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年末の小春日和に(2) 真っ赤な嘘だった地球温暖化問題は、今後はイラクの大量破壊兵器が無かったことと同じように、誰が悪いとかマスコミの責任なぞうやむやにして話の内容をすり替え、低開発国や発展途上国支援という美名のもとに国際的に取り組まれて行くことになるだろう。要するに政治とは権力者の都合でどうにでも衣替えしながら自分たちに利する方向に運ぶ道具のようなものである。原爆を2発、日本に落として何十万という一般市民を殺戮した人道的責任は心の片隅にあったとしても、あれで野蛮な戦闘好きな日本人を大人しくさせることが出来、戦争(大東亜戦争若しくは太平洋戦争)が終結したのだと自分に都合よく言い聞かせているアメリカのようなものである。玄関に飾ったカトレア。 かつてボクは、ロスチャイルド一派のことを詳しくブログに書いてきたことがあった。しかし、余りにも相手が巨大すぎて、日本で言えば、官僚を始め自民党や皇室にまで彼等の影響が及んでいるのを目の当たりにしてボクのブログ程度ではどうすることも出来ないと悟って書かなくなってしまった。つまり、負けてしまったようなものだった。一般読者には面白かったかも知れないが単なる情報に過ぎなかったのだ。しかし、その時、最後に書いたのを思い起こせば、インターネットの普及で一般市民が情報交換をし合って真実を知ることで世界的な市民運動となり、さしもの巨大企業も立ち行かなくなるだろうと言ったことだった。玄関に飾ったカトレア二種(左:ディディア・セルシア、右:ポーセリア・セルシア)。 あれから5年以上経ち、日本では巨大だった偽保守政党だった自民党が倒れ民主党政権に代わった。政権交代が55年ぶりに成し遂げられたのだ。やれば出来るという姿を観て、矢張り市民運動は必要だと想ったのだった。ロスチャイルド一派は姿を変え、欧州の主要国の中枢に入り込み陰の支配者となってアジア・アフリカを狙って姿を変えた植民地にしようとしている。今回の地球温暖化問題もそうだ。CO2削減と称して原子力発電が各国で息を吹き返し、さもクリーンなエネルギーであるかのような幻想を抱かせる。テレビ・コマーシャルでタレントや俳優がそんな宣伝を楽しそうにしているのを観る度に哀れに思えてしまう。カトレア二種(左:ディディア・セルシア、右:ポーセリア・セルシア)。 金の為になら何でもする連中に憐れみさえ感じてしまう。確かに電気そのものはクリーンだ。が、それを作りだすプロセスで大変なCO2を出し、汚染物質も垂れ流しのようにプールに保管しているだけである。最近は、プルサーマルと称して核廃棄物質を再利用する為に濃度を集積して使っている。一体誰が放射性物質の掃除や処理をするのか分かっているのだろうか。放射能の半減期(放射能の力が三分の一になる寿命の半分の時を半減期という)が1万年という人間の寿命よりはるかに長い期間を要する物質を安全に処理することなぞ不可能なのに安易に可能だと言って推し進めているのが電力会社と政府である。カトレア(カトレアには気の毒だが、玄関は寒いので花が長持ちする)。 嘘をつけ!と言いたくなる。そんなに安全であると主張するなら皇居の堀端に原発を設置してみろ、と言ってみたくなる。天皇が困るというよりも嘘を言っている連中が「陛下のお傍に、何と失礼な!」と不敬罪を落ち出して反論するだろう。国民も薄々危険なことは知っているから「皇居に原発なんて・・・」と眉をひそめるだろう。それなら海岸沿いの原発は付近住民の健康に何らかの被害をもたらしてはいないのか、ということになる。危険や多少の影響が出るのを知っているからこそ保証金や見舞金、補助金を地域住民や自治体にばら撒いているのだ。自治体も悪と知りながら金の為には背に腹は替えられないと黙認しているだけなのだ。(つづく)
2009/12/31
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年末の小春日和に(1) CO2による地球温暖化現象というのが実は真っ赤な嘘だったことがばれてしまい、コペンハーゲンでのCOP15は具体策は何も決められずに高官協議体が資金を采配するという案を盛り込むことだけで終わってしまった。最初からそれを知っていたと思われるアメリカのオバマ大統領は調印式も出ず、歴史的な大雪で死者が出た米東海岸に戻ってしまった。皮肉なことに調印式当日、セキュリティシステムの不調でCOP15の会議場に入れなかった人々が数時間も雪の降る極寒の場外で行列を作って待たされ「何が温暖化なものか!」と震えあがり、皮肉にも懐疑派を喜ばせるというハプニングまであった。世界に嘘のデータを配信していたのはイギリスだった。ああ亦かと想ってしまう。小春日和にココ(右手奥)は日向ぼっこを兼ねて庭を徘徊し楽しんでいるようだ。 実際の話、地球は寒冷化の方向に向かっているという。しかしイギリスは地球の平均気温が摂氏2度上昇するという改ざんしたデータを流し続けていたのだ。つまり英国のイースト・アングリア大学の気候研究所(CRU)で、世界の気候変動のデータに歪曲的な処理がほどこされていた事実が、ネット上での情報流出によって暴露されるという「クライメートゲート」が起き、その改ざんした一部始終を示す多数のメールが暴露され、人々の知るところとなった。が、欧州と日米のマスコミはひた隠しにし報道されないままである。ボクは有料購読しているニュース・ブログで知ったのだが、そのサイトは世界の情報を分析して個別に教えてくれるので大いに役だっている。濡れ縁の下で何かを探しているココ(濡れ縁の上にはココの糞トレーが置いてある)。 ボクは以前から地球温暖化には懐疑的だったしブログにもそのように書いてきたから「やっと正常な情報が流れ出したな」と納得している。グーグルの検索システムもそのメール情報が出ないようにデータを外してしまったというから矢張りアメリカの企業だなと想ってしまう。ところが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって1988年に設立された機関)は「ヒマラヤの氷河は2035年までに溶ける」とする報告書を以前に出していたが、これは実は「2350年までに溶ける」と書くべきところを誤植してしまっていたと、今ごろになってIPCCの関係者が暴露しているのだ。肥っているせいもあるが、ココの長い毛が地面に触りそうだ。 しかし、一旦世界に流れ出した地球温暖化問題は一つの時代の潮流になってしまい簡単には消し去ることはできないだろう。COP15の議論の中で出てきたのは、先進諸国(高官協議体)が毎年1000億ドルの資金を用意し、それを途上諸国の温暖化対策の費用にあてるという構想である。先進各国の政府が出す資金を全部集めても、この半分にもならないので、残りは民間経済に対する課税として集めることになりそうである。課税方法として最有力なのは、全世界の国際金融取引に対して微少な比率の課税を行う「トービン税」である。実は、すでにトービン税については11月のG20会合で英国(今年の主催国)の発案で議論されている。ちなみにCOP15の合意文書に盛り込まれた「高官協議体」とはG20のことである。濡れ縁に飽きて、水飲み場(小池)まで来て水を飲むココ。 地球温暖化問題はもともと英国が主導する先進国が、中国など新興諸国・途上国の経済成長に「排出税」を課してピンハネする策略だった。だから中国は、途上諸国を誘い、COPによる温暖化対策に反対してきたのだった。が、COPが省エネや環境問題の全般にテーマを広げ、意志決定に中国や途上国も参加し、先進国が途上国のために資金を用意してくれるなら中国や途上国にとって反対すべきことではなくなったとして態度を転換したのだ。それは日本にとって、中国が敵対関係から友好関係に転換することになるので日本政府は安堵している。何故なら日本やドイツの環境技術が中国やアフリカの人々の生活向上の役に立つ(つまりは経済効果があることになる)からである。飲み終わって周りを見渡すココ(獲物が居ないのが不満なのかも知れない)。 米英の経済が破たん寸前にあって世界の通貨としてのドルの信用も失墜している中で、イギリスは何とか生き残り策を考え、その一つがトービン税だと言われている。何とかしてユーロを潰せば米英の破たんがその次になると読んだイギリスは、当面ギリシャ経済を破綻させることで、その前のドバイ破綻に続いてユーロに揺さぶりを掛けているのだ。が、それをドイツのメルケル首相が救済すると発表しているからボクはユーロは大丈夫と観ている。COP15とその前のシンガポールでのAPECにおいてイギリスは生き残り策として、COP15主催国のデンマークの首相を飛び入り参加させた。隣の家が気に成るのか見上げているココ(何か気配がしたようだ)。 そこでは米中やインドがCO2削減義務の数値化に反対を表明したのだが、デンマークの首相はCOP15で国別の数値目標を掲げず、政治声明のみ決議することを提案し、米中インドや日本の同意を得たから、この時点で、G20の大半の国々が、COP15で曖昧な政治声明だけ出すということに合意したことになる。こういう裏が分かってしまうと「何だ、馬鹿にしている」と我々常識人なら怒るところだが、ここで観方をちょっと変え「災い転じて福となす」式に結果オーライに成りそうな雰囲気を読み取るなら単純には怒ってもいられない。何故なら、世界は騙し合いで成り立っていて、特にアングロサクソンは数百年前からそういう術に長けているから日本なぞ見習うべきで、単に平和だ正義だ愛だと唱えているだけよりも現実性があると考えるからだ。(つづく)
2009/12/30
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腕時計 修理に出していた腕時計が直ったとデパートから電話があって受け取りに行った。「遅くなりましたが、ようやく直って出来上がって来ました」と言うだけあって3カ月以上掛かった。修理依頼伝票を見れば依頼日が9月19日の日付になっていた。防水のパッキン不良と軸が錆びているとのことで新品部品との交換依頼もしたから分解掃除以外に大分費用が掛かった。一寸した時計が5個は買える値段だった。それでも折角、妻とのペア時計だから使わなくては勿体ないからと直したのだ。外国物はメンテナンスにも費用と時間が相当掛かる。それでもデザインや性能からすればスイスの上を行く時計はそうざらには無いだろう。出かける前のデスクの上の時計(今日は黒の四角いのをして行こう)。 久しぶりに腕に付けると、かつて毎日付けていた感触が蘇って来た。その頃は単身赴任で東京に行っていたから毎日着用していた。未だ携帯電話が世の中に出ていなかったから時計は必需品だった。ところが単身赴任が終わって、大阪の「花と緑の博覧会(1990花博)」のパビリオン工事責任者として赴任した頃に、やっとバッテリーを肩から掛けて使う大きな携帯電話が出だし、車の携帯電話が普及し始めたのだった。ボクも携帯電話を肩から掛けて陣頭指揮を取っていたのだったが、今のような小さな携帯は未だ無く、ポケベルしか無かった。その後、たちまちの内に携帯が普及しだすと、ボクも嫌々ながら携帯を持たざるを得なくなって、以来、腕時計は不必要なものになってしまったのだった。出かける前のデスクの上の時計(拡大)。 ボクは汗かきで腕時計のバンドは直ぐに痛んでしまう。だから皮バンドは駄目で金属バンドばかりしていたのだが、それでも錆びて駄目にするのだった。それにワイシャツの袖口がバンドで擦り切れるのと錆で汚れて困っていたから、携帯を持つようになって衛星通信の正確な時刻が分かるようになって腕時計は持ち歩かなくなった。それが10年ほど続いて久々に時計を付けようとしたら全部電池が期限切れになっていて動かなくなっていたのだ。そこで電池交換と分解掃除を頼んで直ったものから使うようになったのだった。が、輸入物は東京へ送って修理することになっていて数カ月して見積もりが出た段階で「エッ!そんなに掛かるの?」と驚いてキャンセルしたのだった。帰宅してデスクに置いた時計(朝付けて行った時計の処に直った時計が)。 今回、修理に出した理由は、携帯で時刻を確認する行為が人前で出来ない場面が多々出て来たので矢張り腕時計を復活させようと想ったのと、流行のせいか腕時計がやたらと出回って一種のファッションになっているのでボクもそれに乗ったからだ。服装に合わせてTPOを考えれば、凝っている人は20個ほど持つというのも知ったから、それじゃあボクもと数個ばかり買い増ししたのだった。妻とのペアになっているのを修理せずにガラス棚に飾っておいても詰らず、絶えず使って居ないと機械物は痛むことが分かったのと修理代も馬鹿にならないことを想うとドンドン使おうということにしたのだ。帰宅してデスクに置いた時計(拡大)。 それに若い頃と違って汗もそれほどかかなくなって、ワイシャツも余り着なくなったこともある。ネクタイを締めるのは精々月に二三度になってしまったのだ。ブレザーにポロシャツか、タートル・ネックのセーターが定番になった。たまにラッシュの電車に乗ると周りがネクタイ姿ばかりなのが異様に感じる。それもダーク・スーツばかりだ。皆と同じような格好をしている方が落ち着くのだろうが、没個性でまるでロボットのように観えてしまう。ボクがサラリーマンをしていた頃は勿論、ダークもあったが出来るだけ明るい色のものを着ていた。今から思えば、ボクの方が変わっていたのかも知れない。矢張りサラリーマンには向いていなかったのだろう。
2009/12/29
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見上げるココ たまにココをベッドに入れて一緒に寝ることがある。言わばコタツ代わりである。確かに温かい。しかし、お互いに温まると、邪魔になるので、それをいち早く察知するココは掛け布団の端に移動して、頭を少し外に出して眠る。ボクも足元の横なら邪魔にならないのでそのまま寝入ってしまうことになる。ところが、ココは5時頃からモゾモゾと動き出し、ベッドの横のローボードの上に乗ってボクの寝姿を観察しているのだ。暫くして、ボクが寝返りでも打つと「ようやく、ご主人が起きそうだ」と思うのか、ローボードからベッドにジャンプしてボクの顔の横にドンッと降り、反動を利用して反対側のカーペットに飛び降りる。見上げるココ(1)。「早く、お八つを頂戴!」という目で観ている。 ボクを驚かせて早く起きさせようとするのである。最初、その衝撃にびっくりして飛び起きたものだった。地震でも起きたのかと想ったのだ。ところがココの策略だと分かって、直ぐに捕まえてベッドの中に引きずり込み亦寝直した。暫くはココはジッと耐えているが、ものの10分もしない内にベッドから逃げ出し、今度は少し離れた処からボクを観察するのだ。眠いボクはそのままウトウトとする。以前ならココは天井照明の紐を引っ張って電灯を点けて部屋を眩くするのだった。が、消したり点けたりと余りにも鬱陶しいので紐の結び目を切って短くして簡単に引っ張れないようにしてしまった。見上げるココ(2)。「何をじらしているのだろう?」とボクの手を観ている。 それ以来、天井照明が駄目ならジャンプで顔の横に飛び降りてショックを与えてボクを起こそうという魂胆だ。ローボードからは一度、その横のサイドボードからも一度とジャンプの度に捕まえられたり逃げたりする内に6時にはなる。それでもボクはもう少し寝ていたいから寝返りを打ちながら寝る。それで、とうとう諦めたココはベッド横の椅子に乗ってジッとボクの起きるのを待つことになる。7時になればボクは起きるから1時間ほど辛抱して待っている訳だ。嫌ならサッサと部屋から出て行くから、椅子に乗っていても出たり入ったりした形跡がドアの開き具合で分かる。見上げるココ(3)。「もう、くれないと怒るわヨ」という顔で観ている。 ボクはドアには錠前は付けない主義でドア止めのラッチも取り払っているから、誰でも自由に出入りできるようにしてある。ココも自由に出入りする。ようやくボクがガウンを来て部屋から出ると、ココも足元にまとわりつきながら一緒に階段を降り台所までついて来る。最近はボクよりも息子の方が早く起きるので息子に催促すれば早く食べられるのにボクに付いて来る。朝飯が終われば今までの態度は何だったのかと思える程の変身ぶりでプイと外へ出る。そして10時頃のお八つと正午のお八つ、そして夕方の餌と夜のお八つという風に几帳面に帰って来て旺盛な食欲を示す。お八つや夕食を食べに戻って来るまで何処へ行っているのか分からないが、家の近所にいることは間違いない。微かに鈴の音が聴こえるからだ。
2009/12/28
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中間検査と竣工検査(3) 何はともあれ今年の監理の仕事は終わった。来年正月からは当面は鉄筋コンクリート造7階建てマンションの監理が夏まで続き、その直前に地方都市の学校の耐震・改修の監理業務が始まる。そういう細々した物件は事務所の若いスタッフが設計図書を作成してくれる。大小の仕事が重なるが適度な忙しさになるだろう。大きな再開発の仕事が三年後に控えているので、ボクと共同経営している事務所としてはそれに照準を合わせているから繋ぎの仕事で経費を捻出することになる。建築家の仕事は新築物件ばかりとは限らない。ゼネコンもそうだ。新築物件と改修物件とが折り重なって業務が継続できるのだ。大阪夜景(1)。中之島公会堂のライトアップ。 継続できてこそ実績となり実力となる。例えば、この中之島公会堂は明治の有名な相場師が大儲けして大阪市に寄贈した物件である。彼はその後、大失敗して破産し、ルンペンになってしまうのだが、公会堂は残った。形になって残っただけ良かったものの、彼としては事業が継続できなかった悔いが残ったであろう。継続は力なり、と言われるほど同じことを続けることは難しいものである。特に事業は人生を大きく左右する。事業を手掛けている人は何か偉業を残したいと想うのが人情だ。残せば後世の人々が誉めたたえてくれる。人生の記念碑にもなる。しかし、現在はそういう人物は現れ難くなった。大阪夜景(7)。街路樹のイルミネーション。 政治家も実業家も大物が居なくなってしまったのだ。かつて明治期は日本の夜明けと言われた時代だったから政治家や実業家は富国強兵という夢に向かって張り切っていた。その次に張り切ったのは第2次世界大戦(大東亜戦争)での完膚無きまでの敗戦による戦後処理に始まる復興期だった。そして今回の無血革命的な政権交替期だ。戦後の日本を復興させて自由世界第2位にまで経済発展させた自民党だったが、絶頂期後半から巨体のコントロールが効かなくなった恐竜のように自滅して行きつつあった中、アメリカの経済破たんが足を引っ張って一挙に潰れてしまったのだった。大阪夜景(8)。堂島川の右岸で水の都を振り返りながら岸辺に降りる。 それを政権与党となった民主党が更なる躍進を狙って来年の参議院選挙で単独過半数を得ようと頑張っているのが現在の政治状況である。それが達成されれば、自民党は壊滅して新生保守党が結成され、二大政党制への道が出来て行くであろうというのが民主党幹部の読みである。奢れるもの久しからずという平家でもないが、戦国時代の今川にしろ、安土桃山時代の豊臣にしろ、更には徳川時代の幕末明治維新にしろ、人々は歴史に翻弄されながらも冷静に時代を見つめて来たから、左右のブレはあるものの振り子は元に戻り、亦反転することを知っている。そのリズムに上手く乗れる人が先見の明があるとされ時代の寵児となる。大阪夜景(9)。大きな街路樹のツリー・イルミネーション。 かつての反対党(野党)は弱すぎた。これからの野党はバランス感覚の優れた政治家に委ねられ、与党と対等に対峙できる思想を国民に訴え、熱烈な支持を得なければならなくなる。そうでないと日本の歴史が歩んできた単独政権の時代へ逆戻りしてしまうだろう。世界は小さな、それでいて小賢しい、小まめに動き回る日本という極東の島国を注目している。意外にも、かつての大国だった清国(中国)とロシアに戦争を仕掛けて両国に勝った国という事実を忘れてはいないのだ。不気味な国、底力のある国と観ている。そしてアメリカにも挑み、最後には原爆を2発も投下されて原型を留めないまでに痛めつけられ敗戦した日本をも観てきているのだ。大阪夜景(10)。堂島川の右岸を東の方向の天満橋に向かう。 そういう修羅場をくぐりぬけて来た国には、もう怖いものは無い筈である。国民の求めることを政治家はどんどん遂行して行けば良いのだ。自分たちの利権は二の次にして頑張れば、僅かな利権なぞ国民はご褒美として黙認してくれるだろう。勿論、違法な利権は駄目だが、名誉とかボーナスとか銅像が立つという歴史に残る一家にとっての利権は許されても良いだろう。国家を愛し、国民を愛し、子供を健全に養育できる国にすれば誰も文句は言わない筈だ。そういう偉人を育てる気風が現在の社会には無い。御贔屓筋があってこそ関取りやスターは生まれるのである。好い料理屋は客が育てるのだ。良い政治家も国民が育てるということを忘れてはならない。そういう意味ではコッパ役人も国民の意識で善良な公僕に生まれ変われるのである。
2009/12/27
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中間検査と竣工検査(2) 小学校の竣工検査があった。それが今年最後の仕事になった。検査は朝から夕方までたっぷり掛かった。年末に同様の検査があちこちであって、役所の人数が限られ時間が掛かったのだ。が、一口で言ってしまえば市の女性工事課担当者の能力不足によるものだった。もう少し能力があって真面目な人間だったら工期通り先月には終えていたのだった。つまり工事は先月既に終えていたのに彼女の手配や段取りが悪く年末にまで延び延びになってしまったのだった。腹が立ったところでどうしようもないので出来るだけ事務的に処理して行った。能力だけの問題なら諦めもつくのだが、横着さというか開き直った性格というものは治らないからコッパ役人のはびこる時代を恨むしかない。大阪夜景(1)。市役所のイルミネーション。 しかし、そういう人間も次第に淘汰されて行くだろう。時代はそういう無駄な人間を排除する雰囲気になりつつあるからだ。ところで、検査は書類審査のチームと現場審査のチームに分かれて行われ、ボクは書類審査の方に立ち会った。昨日の建築指導部の竣工検査は市の工事課に数点の指摘があって終えたということだった。昨日「色々と指摘を受けましたヨ」と女性工事担当が電話で不満そうに言っていた内容がボクの代わりに行ってくれた社員からのメールで分かっていたから、ボクの方からは訊かなかった。訊いたところで嫌みになるだけで彼女の方からは詳しい説明が出来なかったのだ。大阪夜景(2)。市役所の向かいの日本銀行。 と言うのは、設計事務所や監理者ではどうしようもない内容で、例えば工事課が分割発注した設備に関する指摘や指定材料に関する認定番号への疑義であったからだ。要は、ボクが立ち会わず代理者が立ち会ったことで生じる問題は一切なかったのだ。指摘され答えられなかった内容を、わざわざボクに教えるのはしゃくにさわることだろうし、書類の整備を怠って答えられなかったことも原因していたのだろう。業者とタメグチをきく間があるなら日頃から整理しておくべき事柄なのだ。さて、今日の竣工検査は契約監査課の検査だから来るべき会計監査に備えて調べる内容ばかりだった。大阪夜景(3)。LSDの青っぽい光が幻想的だ。 具体的には第三者の立場でも分かる書類が揃っているかどうかを観るだけのものである。原因と結果の整合性が合うかどうかとか設計図書通りに書類と写真で判定できるかというものである。だから詳細にわたってページ毎に調べて行くから時間が掛かるのだ。倍の検査官の人数が確保出来れば半分の時間で出来た理屈だ。それだけにもっと早くから手配できていれば、と彼女の手抜かりを腹立たしく思える。それが彼女の能力の限界とするなら彼女に当たった業者は全員迷惑するということになる。もし、人間的に好感が持てる人物なら誰もが助けるものである。それを威張る態度に出れば誰も助けてはくれない。大阪夜景(4) 口では合わせてくれるだろうが、それは役所の人間だからで、彼女はそれが分からないのだ。哀れというかハタ迷惑な人間である。現実にはそういう類の人間が役所には多いものである。それを世間ではコッパ役人と呼んでいるという訳だ。検査が終わってから、昼食時に検査官と雑談していた際に出た、市役所横のイルミネーションがクリスマスの今日までというので、帰途、途中下車をして観に行った。日頃は閑散とした場所に多くの人が楽しそうに散策していた。気温はそれほど寒くは無かった。むしろ汗をかいてしまったぐらいだ。大阪夜景(5) 市役所のある淀屋橋から天満橋まで中之島を歩いた。昼間とは違った雰囲気で、此処にイルミネーションが灯るのを観るのはボクは初めてだった。神戸のルミナリエもテレビ・ニュースでは観るが実際には観たことが無い。昼間、仕事で行った時に灯っていないルミナリエ装置を見たことはあるが、全く雰囲気が違う。暗闇に灯るまばゆい灯りが美しいのだ。最近のイルミネーションはLEDの光が多いから青っぽい。中之島のイルミネーションがそうだった。幻想的でメルヒェンっぽい。子供で無くとも綺麗さには大人も感動するのは同じだろう。デジカメに沢山納めた。枚数が多いので明日もアップしてみる積りだ。(つづく)
2009/12/26
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中間検査と竣工検査(1) 新しい現場の中間検査があった。小学校の竣工検査と同じ日に重なったので小学校には別の設計担当者に行ってもらった。昨日、中間検査前の配筋検査をした際に一部に未済部分があったので、今朝その部分の施工完了の確認をした上で役所の検査を受ける手筈だった。が、工事が手間取ってボクの確認検査と役所の検査が同時になってしまった。役所といっても役所から委嘱されている検査機関の担当者で顔見知りだったから施工の完了確認検査と同時になった旨を伝えると快く了承してくれた。そういう風に事前に仕事の流れを伝えておいた方が信頼されるのだ。何も悪いことをしているのではなく、昨日の雨天という工事の流れ上そうなったので仕方が無かったのだ。中間検査風景(1) しかしそれは、むしろ現場監督が事前に説明すべきことなのだ。施工者側の配筋検査も今朝になったことは現場監督のミスであった。順序が逆になってボクの現場監督に対する評価はマイナスになってしまった。昔ならボロクソに怒鳴って叱るところだが、若い監督では怒鳴ったところで意味も分からず委縮してしまうだけだから黙っていた。その代わり施工者側の年配の配筋検査員二人が常識的で、ボクと検査機関の担当員に自分たちの自主検査が遅れて同時になってしまったことに申し訳ない顔をしていた。ボクは観るべき処は観てしまっていて合格を出していたから検査機関の担当者には各部について気付いた点や是正個所の説明をしておいた。中間検査風景(2) 検査機関の担当者にすれば設計者自ら監理検査をし説明してくれたことで安心して現場を観ることが出来た筈だ。だから当然ながら和やかな雰囲気の中で中間検査は合格したのだった。次に彼が来るのは竣工検査の時になるから半年ほど先に成る。それよりも他の現場でそれ迄に出逢うかも知れない。こういう業界は案外狭いもので、役所の担当者が威張る世界とは少し違う。役所の人間は自分の世界だけで威張っているから世間を知らないので平気で好き勝手なことを言っていられるのだ。その下で仕事をしている施工業者はペコペコと頭を下げるから余計に威張るのである。自分を何様と思っているのだろう。ふと見上げると向かいのビルに落書きがしてあるのが目についた。 業者にすれば役所の若い担当者にムカッと来て言い返したり喧嘩をすれば何処かでしっぺ返しをされるのを知っているから一応は頭を下げはするが陰で舌をだして笑っている。「てやんでえ、てめえは親方日の丸だろうが、こちとら、お天道様がついているんだ」と江戸っ子なら啖呵を切るところだ。関西、特に大阪では「ハイハイ分かりました」と言っておいて実際にはなかなか動かない。役所の未熟な担当者はそれで自分の非力を知ることになる。どうすれば動いてくれるか悩んだ末、ボクのような監理者に仕方なく泣きつくのだ。そうなればこれまでの態度は何だったのかということになる。落書きを拡大して撮ってみたが何の意味なのか分からなかった。 泣きつく担当者ならまだ可愛い気があるが、命令調に言う担当者には木で鼻をくくったような返事しかしない。魚心あれば水心である。同じ現場の仕事をしていて立場が違うだけで威張るなぞ技術者の風上に置けないとばかりに慇懃無礼に近い意地悪をする訳である。結局は役所の担当者は上司うから叱責を受けることになる。業者からの評判が悪い役所担当者はいづれ転属させられるという塩梅である。役所の上司もスムーズに現場が動いてくれないと困るのだ。そう言えば中間検査が終わった頃、小学校の女性工事担当者から携帯電話があって「今日の竣工検査で色々と指摘を受けましたヨ」と不満そうに言っていた。「ほうそうでしたか」と返事をしておいたが、内容は敢えて訊かずにおいた。訊いたところでボクには関係の無いことだからだ。(つづく)
2009/12/25
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外出 暇だから家に籠ってばかり居ると「風邪を引いて寒い。腰が痛い」と、ロクなことが無いが、外へ出ると実に体調が良くなるのはココと同じ現象のようだ。矢張り、エアロ・バイクを漕いでいるよりも実際に歩き廻る方が良いようだ。先週の小学校の竣工検査の下検査で見つかった不具合が是正されたかどうか検査に行ったのが昨日で、今日は別の現場の2階の配筋検査に行った。連日出掛けると実に調子が良く勘も戻る。電車や地下鉄の体験感覚が家に籠っていると忘れてしまいそうなのだ。特に混んでいる電車なぞ、実際は嫌なものの筈なのに、現実社会に生きているという気持ちになるから不思議なものである。街の喧騒も刺激があって良い。都会に住めば、便利ではあるが、毎日コンクリートの壁を観る生活になる。 電車の中では大抵目を閉じていて、iPodでバッハを聴いていると眠くなって来る。それだけ脳がリラックスしている証拠である。リラクゼーションというのが流行って、わざわざ金を払ってボックスのようなある種の環境に入ることを思えば安上がりな方法だ。身体と神経が疲れている時は人それぞれのリラクゼーション方法があるのだろうが、ボクの場合はガーデニングであったり本屋での立ち読みであったり映画館での居眠りであったりするのだが、最近は読みたい本もなく映画も詰らないものばかりで行き場がなくなっているのだ。喫茶店に入るのも煩わしく、飲み屋へ行くのも帰りのことを思うと面倒だ。 そういう想いが一番いけないのだろうが、それを払拭するには先ず行きたくなる気持ちにならなければならない。それは分かってはいるのだが、何か美味いものでも食べに行くとか興味のある美術館へ行くというのもテレビで案内を観ると行きたくはなるものの実際に行動に移すまでが大変なのだ。だから仕事をしている方が落ち着くというのが一種の病気のようなもので、何故そうなのか考えてみると社会が不安なことが原因しているようなのだ。生活が安定していても不安というものはついて廻る。この先、日本はどうなるとか、様々な社会の心配ごとを気にすれば一国の宰相でもないのに馬鹿かと自分でもおかしく想えるのに本気で考えてしまう。それだけ暇なのである。 だから常に何かしていないと落ち着かない。その為に暇な時でも外に出るのは良いのかも知れない。昔(独身時代)は街中に住んでいたから繁華街へは直ぐに行けた。呑みにも行けたし帰りも楽だった。何でも揃っていたから街中で生活するのが当たり前だった。たまに自然の中に行ってキャンプもした。都会の喧騒が気に成らなかった。むしろそういう環境に居る方が生きている実感がしたものだった。しかし、結婚して郊外に住むようになってからは考え方が変わってしまった。毎日、自然の美しさを満喫し都会の喧騒とは全く違う場所で住むのが当たり前になってしまった。街中で住むのは働き虫な人々の為にあるようなもので決して人間の住む場所では無いと思うようになった。 郊外に住んでいるからこそ街へ出かけても一時のこととして片づけられた。仕事は街で、住むには郊外で、というパターンが長年続いてそれに染まってしまったと思いこんでいた。しかし、今や、郊外に住むのが退屈になって来た。便利な街中に再び住んでも良いとさえ想うようになって来た。街へ出れば元気になる自分が不思議な気になるのだ。元々、都会育ちなのだから当たり前なのかも知れないが、それでもアパート暮らしは嫌なのだ。マンションと名前を変えたところで集合住宅には違いないのだ。では、一軒家を街中に建てれば良いのだろうが地価が高くて郊外の家のようには行かないだろう。起きて半畳、寝て一畳の広ささえあれば良いとうのは文学の世界で現実的ではない。ガレージの塀の上からココが出迎える。 では、どうする?諦めるか?それとも小さな家でも借りて住んでみるか、と色々考えてみる。家族に言えば呆れてしまうだろうか、それとも一緒に街中へ引っ越そうと言うかも知れない。郊外に家を残して街中に住んで、気が向けば郊外へ行くのも良いかも知れない。しかし待てよ、と想う。郊外と言っても都会から電車で30分の処なのだ。もっと遠くに住んでいる人はざらに居る。高が30分の時間が面倒で街中に移るというのはナンセンスと言うものだ。だから先ず、車の生活を止めて電車に慣れることから始めれば良いのだという気もする。いや、車は未だ手放せない。不便は嫌だ。そんな考えが錯綜する。何とも中途半端で暇な話ではある。
2009/12/24
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お八つをねだるココ四景 食欲の秋はとうに過ぎて初冬に入った。それでもココは食欲旺盛で朝夕の餌だけでは腹が減って仕方が無いという顔をする。外から帰って来て近くに来るのは餌の時とお八つの時だ。お八つは昼と夕と晩の三回やる。一度にやる煮干し雑魚の数は10匹ほど。大小の雑魚が混じっているから手渡しで与えるのに小さい方からやる。大きな雑魚(6~7cm)だと一呑みに出来ないから小さな雑魚の数倍の時間を掛けて食べる。それでも7秒から8秒ぐらいの短さだ。だから小さな雑魚はやるのに忙(せわ)しない。一呑みなのだ。大体雑魚の大きさは平均5~6cmぐらいで、小さなものは3~4cmぐらいなものだ。お八つをねだるココ「お八つの時間ですヨ!早く、早く!」 たまたま買った袋入り雑魚で大きなものばかりだったことがある。10cmはあったから小振りの目指しのような大きさだ。それだと食べるのに時間を要し、ボリュームもあるから3匹ぐらいで充分だった。満足した時は舌舐めずりするから分かるのだ。だから小さな雑魚はやり甲斐が無い。一口で呑みこんでしまうからだ。「もっと味わって食べろ」と言ったところで、ガツガツしているから何も分からず食べに食べる。下手をすると20匹ほどになる場合もある。それでやっと満足した顔になるのだから袋入り雑魚を余分に買っておかなければならない。それを茶筒に入れて戸棚にしまっておく。お八つをねだるココ「お八つを何処に置いてくれてるの?見当たらないわヨッ!」 ボクの椅子の横においているスツールに乗ってボクの顔を観る時はお八つが欲しい時のポーズだ。ボクがそれを観て戸棚から茶筒を取り出すと、モジモジとスツールの上で身体を揺らす。もうじき美味しい煮干し雑魚が貰えるという期待感がそうさせるのだ。筒の蓋を開け、蓋に10匹ほど入れて手渡しで食べさせる。蓋の中が空っぽになっても未だモジモジしている時は不足気味なのだ。情にほだされ可哀想に想え、もう少し与えると「待ってました」とばかりボクの膝に前脚を乗せて雑魚に喰いつく。手まで一緒に噛まれては敵わないから雑魚の尻尾の方を持って頭の方から食べさせる。お八つをねだるココ「もう、そろそろ、くれても良いんじゃないッ!」 情にほだされるように仕向けるのはココの得意技だ。ジッと目を見つめ、何時くれるの?という顔をする。「もう充分にやったじゃないか!」と言っても知らんぷりをする。そんなのはお構いなしなのだ。仕方なく数匹を追加でやってみると直ぐに食べ切ってしまうので大げさにして手渡すか、ボクが立ちあがって「終わり!」と宣言するかになる。強い態度に出ると諦めるが、少しでも情にほだされ優しく言うとココに負けることになる。ペットの喰わんが為の手段とはいえ、健康管理面から観れば安易にやらない方が良い。この頃流行りの糖尿病や歯槽膿漏や心臓病になってしまうからである。お八つをねだるココ「何時まで待たせるのヨ、もうッ、写真ばかり撮って!」 かつて怪我をした猫を病院へ連れて行ったことはあったが、病気になった猫を病院へつれて行ったことはない。それよりも病気になった猫を飼ったことがないのだ。病気になるぐらい餌を与えたこともなかったし、家に居るよりも外に居る方が長い生活をしていたからだ。つまり独身時代は外に出れば猫のことなぞ忘れてしまう生活だった。毎晩、午前様の生活だったのだ。タクシーで帰宅し、車を有料ガレージに駐車したまま忘れてしまったこともあった。翌日、車を取りに行くのに一所懸命想い出さねばならないこともあった。そういう生活で、よく猫を飼ったものだと思うが、何時の間にか居なくなってしまった。雄猫だったから愛想づかしをしたのかも知れない。
2009/12/23
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ココの後姿を観ながら ダイエットを心配しなくてはならないほどココは随分肥った。多分、6kgはあるだろう。1年ほど前に測った時は5kgだった。あれから大分重くなった。ラグドールの雌猫にしては重い方だ。雄猫だと7kgにはなるというが、一寸した仔犬並みだ。だから糖尿病とか心臓病になっても困るので餌を減らしている。減らせば腹が減るからお八つを何度も求めるようになる。夫婦して夫々が別々の時間にやるから益々肥る。それが分かったからお八つはボクがやるだけにした。それでも時々、息子が我々の居ないところでこそっとやっているらしい。というのはココが舌舐めずりして二階から降りて来るので分かるのだ。直近のココの後姿(肥って、のっそりと歩いている)。 好い歳をして恋人も居ず、結婚なぞ考えたことも無いそうだから親としては呆れてしまって勝手にすれば、と放ってあるのだが、猫が可愛いからと、こそっとお八つをやるというのが分からないというか困ったものだと半分呆れている。まるで宇宙人が住み着いているようなもので、我々がその年頃の頃は既に結婚していたから今時の若者の心情が理解出来ない。いづれ自分に跳ね返って来るだけのことだから覚悟はできているのだろうが、それすらも意識には無いようで、親が亡くなった後でやっと気がつくのだろう。男一匹どうにでも生きて行けるから想い煩うことも無いのだが、それでは遅いのだ。半年前のココの後姿。 ペットひとつとってみてもそういう調子だからココにとっては御し易い相手と想ってか、我々に対する接し方と違う。言わば仲間というレベルで観ているようなのだ。ボクと妻に対する接し方も少し違ってボクには親分という意識だが妻に対してはその子分という関係か自分と同等か以下のように観ているようなのだ。猿は人を観て、ヒエラルキー(序列)を意識するというからペットも多分にそういう意識があるようだ。例えば自分の飼い主に対する上下の関係が、たまたま散歩の道で飼い主が上司に遭って頭を下げて挨拶しているのを観て、飼い主を自分より上と思わず見下すようになってしまうというのだ。序列で飼い主よりも上があることを知ると自分がその上位に来ると想ってしまうというのである。単純だ。1年前のココの後姿。 畜生の浅ましさと言えばそれまでだが動物の世界はヒエラルキーが明確になっていて、自分のテリトリーを犯す奴は許しておけないという不文律が本能的にある。人間世界の893と同じで政治家にも同じことが言える。大きく見れば世界情勢も同じようなもので外交関係がそうだ。政治家や外交官による駆け引きの陰には軍事力がセットになっていて、口では紳士的なことを言いながらも軍事力という国家893が目を光らせているのだ。その点、日本は自衛隊という非軍事力(?)しか持っていないから変な隣国から舐められている。憲法改正で交戦力を持てるようになれば相手の態度も大いに変わることだろう。東洋の猿が、虎にもライオンにも成れるのである。2年前のココの後姿(この頃から肥満の兆候が見られる)。 ところが現実は平和ボケした国民が大半を占め、能天気な毎日を送っていて、年度予算での分捕り合戦の前段階の事業仕分けでも好き勝手なことを言っている。アメリカが今や財政破たんで来年度はもっと酷く成り世界中がその煽りを喰うという時に、自民党のずさんな国家経営のせいで借金漬けと悪徳政治家と悪徳官僚のボロ儲けとが重なって大赤字になってしまった国庫を何と観ているのだろう。ボクのような半分リタイアした一市民ですら心配しているのに民主党の足を引っ張ることで自分が浮かびあがれると思っている自民党なぞ早く自滅してしまえば良い。そう想えるだけに「あんたに言われたく無い」と言いたくなる。 3年前の書斎のココの後姿。 それでも、かつては自民党を応援していたのだった。何時からこんなボロ政党に成り下がってしまったのだろう。矢張り竹下政権辺りから兆候は出ていたようだ。以降に続く宇野、海部、宮澤内閣と国民から遠く遊離した政府がコロコロとボウフラのように湧いては消え、ついに国民が切れてしまったのだ。民主党が良いからというよりも余りにも情けない自民党に愛想を尽かしたのだった。自民党に愛想を尽かし政権交替した細川、羽田内閣があったが直ぐに社会党を取り込んだ村山内閣が生まれ、自民党は復活し、それに続く橋本、小渕、森、小泉、安部、福田、麻生内閣が亦もや骨抜き自民党にしてしまった。4年前(生後6カ月頃)のココの後姿。 今や日本はやっと世界と連動して国内政治を経営できるようになったとボクは観ている。が、それを更に推し進める為には国民がもっと国際情勢に通じる必要がある。アメリカや中国ばかりを観ていては駄目だ。BRIC(ブリック:ブラジル、ロシア、インド、中国)を意識下に置きながら中東、アフリカ、アジア、EU、アメリカ、その他をバランス良く観察しないと孤立してしまうだろう。勿論アジアは日本の基盤である。中国は真っ先にそれを意識しアジア(大東亜共栄圏)のリーダーとなりアフリカを取り込もうとしている。日本はその先を行かないと中国の属国になりかねないだろう。それでも中国は現代の日本文化を追い越せないだろうとボクは考えている。4年前(生後4カ月の頃)のココの後姿。 それは日本の10倍である13億もの人口を擁する多民族国家だからだ。漢民族が他の民族を抑え込む不満国家は爆発の火種を常に抱え込んでいる。清朝までの満州民族は今や片隅に追いやられ、チベットやウイグルやその他の民族はまるで漢民族の奴隷のようなものである。そういう不満国民を多く抱え込んだ国が栄えるには軍隊や警察で抑え込むだけでは解決しない。その点、日本も多民族(本州人、アイヌ、沖縄など)国家ではあるがまとまっている。勿論、貧富の差はあるだろうが中国ほど酷くはない。少なくとも太古の昔にアジアの辺境の地に流れ着いたモンゴロイドが日本国民の祖と考えるなら話は簡単である。根は一緒なのだ。ココの後姿を見直してみて、ふとそんなことを考えてしまった。
2009/12/22
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三題話(2) 暖をとるブログを書いていると暖炉のことを想い出した。ボクは暖炉が好きで、住宅の設計にはよく取り入れている。人様の住宅には取り入れていながら自分の家には無いという紺屋の白袴現象だが、前の家には一応暖炉らしきものは取り入れていた。しかし、それは疑似暖炉で煙突が無く暖房機をはめ込む方式だったから頼りないものだった。そうは言うものの意匠的には面白く、インテリアにはそれなりに合っていたから気に入っていた。が、偽物は偽物である。極寒地方には本当の暖炉が必需品である。一般には暖炉でなくストーブや囲炉裏を設ける。関西は極寒地方ではないから山手の別荘地なら兎も角、普通の住宅には必要がない。暖炉(以前の家に取り付けていた暖炉風飾り棚)。 それでも設計した住宅に多く取り入れたのはボクが勧めるのもあるが意外にもクライアントの希望も多かったからだ。寒冷地としては、軽井沢の別荘に設けた。冬にテストすると、床暖房の効きが悪い中、燃やし始めるとワーッと家全体が温まった。矢張り北国には必需品だと思ったものだ。北国に限らずストーブは昔は何処にでもあった。京都でも小学校の頃は石炭ストーブだった。中学校になるとスチーム暖房だった。古い建物だったが(100周年記念があった後、廃校となったが)街中のモダーンな鉄筋コンクリート校舎だったから時代に先駆けて設けたのだろう。スチーム暖房は高校でもあった。15年ほど前に設計・監理した軽井沢の別荘の暖炉(右端に少し見える)。 その後、ストーブは石炭からガスに代わった。灯油のストーブも勿論全国的に広まって行ったが一般的には学校ではガスが主流で、以後、次々と空調に切り替わりつつある時代だった。学生時代に北海道旅行をして釧路のペンパルの家に泊めて貰った時は夏でもダルマ・ストーブが居間に置いてあった。それが北海道での一般家庭の風景だった。今でもそうだろうが懐かしく想い出す。泊めてくれたペンパルは今頃は好いお婆さんになって孫に囲まれてストーブにあたっているかも知れない。そう考えると、これまで何と多くの人々にお世話になって来たことかと想う。夫々恩返しをしたくても連絡先が分からないのを忸怩(じくじ)たる思いで居る。ココの為のテーブル脚(ロープを巻いて爪を立てても大丈夫にしてある)。 さて、ココは猫だから寒い日は家の中で丸くなっているかとい思いきや、餌を食べ終わったりお八つを貰った後は居るのが嫌なようにプイと外へ出てしまう。洋猫のラグドール種で毛が長くふさふさしていて所謂ぬいぐるみと呼ばれるだけあって保温性があるのか寒くないらしいのだ。それでも外から帰って来た時に風邪を引いたように鼻水を垂らしかけている場合もある。抱きあげると毛が冷たくなっている。しばらく温かい部屋に居て身体が温まると食卓の脚に巻いたロープに前脚の爪を立てて弓反りに伸びをする。退屈してくるとそういう仕草をするのだ。そういう時は紐の先に毛束を付けた猫じゃらしで遊んでやる。育苗店のシクラメン(温室で栽培されて出荷される)。 しかし、それも数回で直ぐに飽きて逃げてしまう。「飼い主の子供っぽさには敵わないワ」と想っているのだろうか。気を惹こうとしてお八つの煮干しをやれば喜んでじゃれるが益々肥るから最近は控えている。それでも、夜8時を過ぎて外へ出たがる時は、煮干しを数匹持ってへおびき出すようにして二階のココの部屋へ誘導する。そして椅子の上に煮干しを置いて、ココが椅子に飛び乗って食べだすのを見計らってから照明を消し、ドアを閉める。それがココの就寝の時間となる訳だ。そこは暖房のない寒い部屋だが、ソファもあり、毛布も置いてやっているから動物にとっては贅沢な部屋なのだ。植物ならそうは行かず、多分しおれてしまうだろう。
2009/12/21
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三題話 急に寒くなってきて、床暖房の効きが悪いので補助的に設置してあるガスFFを点けるのだが、温度センサーが馬鹿になっていて直ぐに切れるのだ。そこでガス・ショップに来て貰って調べた結果、古い機械なので部品が無いという。仕方ないので已むなく新しいのに取り換えた。すると今までのが嘘のようによく温まる。それに温度センサーもデジタル表示になっていて見易い。床暖房はジワジワとしか効かないから最初はガスFFで部屋を暖めておく訳だが、急にこう冷え出すと床暖房だけでは温かく感じにくいからガスFFを点けぱなしにしてしまう。が、温度センサーが効いて一定温度になれば切れるようになっているから経済効率は良い。ユニクロにて。 そういう計算ではあるが、実際は他の暖房設備とのランニング・コストの比較を厳密にしていないから分からない。但し、灯油ストーブは臭うから嫌で、ガス・ファンヒーター(外排気で無い方)やガス・ストーブも独特の臭いがするので嫌なのだ。臭いのしない電気ヒーターは電気代が高くつくので嫌となると残るは床暖房かガスFFしか無いということだった。しかし、最近、スチーム暖房ならぬ油を温める暖房機器が評判が良いというので資料を取り寄せて検討してみた。イタリーのデロンギという会社だ。しかしこれも電気代が馬鹿にならないようで思案中である。そんな話題をしていると「ユニクロが販売している下着で、ヒート・テックというのが良いヨ」と息子が言うのだ。 たまたま車の半年点検の連絡が来ていたので出かけるついでに先ず近くのユニクロに行ってみることにした。最近、歳のせいか身体が冷えるのでタイツを履いているが、ヒート・テックのタイツが安くて温かいという。半分冷やかしと騙された積りで行くと、珍しく車の渋滞になるほど国道が混んでいるのだ。原因はユニクロのショップに入る車のせいだった。何とか駐車スペースを見つけて入ると、大入り満員だ。何と人気があるものよと感心した。安いせいもあるがカラフルな衣類が多く、それが斬新に見えるのだろう。ボクはレジの処で妻の買い物が終わるのを待っていた。ふと見ると長い行列の中ほどに妻が並んでいるのが見えた。スーパー・マーケットにて。 この分では未だ20分は待たされるだろう。中でジッと立っているのも退屈なので外に出ると風花がチラホラと舞っていた。寒い筈だ。日本列島が冷え込んでいるのだ。ホットなのは伊豆の地震活動だけだ。年末に気の毒な話だが、天災だけにどうしようもない。精々、観光客がキャンセルを控えてくれれば良いがと願うしかない。一昨年に伊豆に行ったから風景がまざまざと浮かぶ。やっと妻が出て来たので次なる買い物先のスーパーへ向かった。果物と調味料が不足しているそうだ。行けば矢張りついでに余計なものを買ってしまう。チーズも国産と輸入もの数種類買った。酒の当てに良い。牛タンの燻製も美味そうなので買った。 それから思い出したように車のディーラーへ向かった。忘れていた訳ではなかったが時間を喰い過ぎた。スーパーの立体駐車場は何時もなら1階に留められるのに年末の土曜だけあって混んでいたので3階まで上ってやっと留められたのだった。外はもう暗かった。ディーラーでは45分ほど点検に時間がかかるというので近くのホーム・センターへ歩いて買い物に行った。ボクは正月のしめ縄とココの餌を買った。ツナ缶とチップ食材だ。妻は台所用と洗濯用の洗剤やペーパー・タオル、貼るカイロ数種を買っていた。細々したものまで入れると大きなレジ袋で5個ほどになったので荷物を店に預けて車のディーラーまで戻った。車検は未だ終わっていなかった。新しく出来たショウルームで新車を観て廻って時間を潰した。車のディーラー・ショップにて。 担当の営業マンが来て、最近の売れ行きの悪いのを嘆きながらも、ハイブリット車の評判が良いことと近々発売になる電気自動車の話を得意そうにしていた。が、ボクが買い替えるには未だ間があると言うと「何とか、お願いしますヨ」と半分照れくさそうに笑いながら頼むとも諦めともつかない顔をしていた。「ボクは、あと何年乗れるだろうネ?」と自分でも分からない年数を数えながら尋ねてみた。多分、80歳ぐらいまで乗る積りだが、70代で終えるかも知れない。身体が冷えてタイツを履くぐらいだから若い頃に考えていたよりも案外早く乗れなくなるかも知れないとも想えるのだ。
2009/12/20
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Blue Boy 'Fantom'ブル-ボ-イ・ファントム と ドラムビート・トライアンフ 丁度ひと月前に貰ったブルボーイ・ファントムが散って、その隣の茎から新しい蕾が出て花が二輪咲き始めた。ところが名前のようなブルーは未だ出ず白っぽい花だ。テーブルに飾っていればそのうち色が出てくるだろうと眺めている。すると偶然にも贈り主(自治会長)から来訪の電話があって一寸相談事があるのでこれから伺いたいという。暇で時間を持て余している時だから快諾すると20分程して彼は現れた。挨拶の後、書斎のテーブルについてから、ふと目の前のカトレアを観て「カーテン越しの陽射しの場所に置けば色が出てきますヨ」と言ってくれた。早速移動させたいところだが用件が先決だ。1時間ほどして彼の用事が済んで去った後にボクのデスク横のサイド・テーブルに移し替え、写真を撮ってみた。ブル-ボ-イ・ファントム と ドラムビート・トライアンフ(1) 書斎は空調機で暖をとっているから空気が乾燥し、カトレアの鉢も直ぐに水草が乾燥してしまう。週に一度の水やりで良いということだったから出来るだけ水は控えていたのだ。が「鉢の表面が乾燥したら水をやってください」と帰り際にアドバイスしてくれた。前回水をやってから未だ三日程度しか経っていなかったが早速水をやった。花が咲き出せば水を吸い上げる量も増えるのだろう。水をやり過ぎて根を腐らせるのが嫌で週に一度にしていたのだが、臨機応変に環境に合わせて対処するのが適切な方法なのだろう。彼の家の庭は広く、温室もあるから蘭の環境には適している。羨ましいが日本庭園やパティオにして余地がないボクの家の庭には温室は無理だ。ブル-ボ-イ・ファントム と ドラムビート・トライアンフ(2) しかし好きな人は温室は無くとも部屋の中で育てている。熱心な人なんか冬場の冷える頃に押し入れに入れてコタツで温めているという。ボクなんかそこまでやる気は無いから精々貰った鉢を枯らさないようにするだけで精一杯というところだ。草花を愛でる気持ちは充分にある積りなのに蘭を育てるというのは今のところ全く無い。大分前にシンビジュームを貰って株分けして鉢ばかり増えているが、花を咲かせるには矢張り温度管理が適切でないと難しい。偶然にも大量に咲いたりすると腕前が上がった気がするが、実際は腕前なんか上がっていないのだ。同様のことをしても翌年は咲かなかったする。ブル-ボ-イ・ファントム と ドラムビート・トライアンフ(3) それでも花が咲けば長持ちしてくれるように毎日気にはかけている。カトレアは確かに優雅な花で、それだけ気にかける価値がある。そう言えばカトレアを漢字にした屋号の鞄屋が京都祇園にあって、社長が小学校の同級生だった関係で一昨年の同窓会の席でバッグの話をした際、訊いたことがあった。「うちの嫁はんがイタリーに電話してバッグの注文をしていたことがあったけど、日本の職人とイタリーの職人では腕が違うのかな?」「バッグに関しては、技術的には日本も変わらないが、デザインが矢張りねえ」と暗に向こうの方を誉めていた。彼の店は場所柄、芸子や芸者が多いから和風小物入れが多く、勿論バッグも作っていてイタリーにも発注しているそうだ。ブル-ボ-イ・ファントム と ドラムビート・トライアンフ(4) 「でも、向こうのブランドも下請けの職人は案外同じ処だったりするのだろう?」「そりゃあ、そうさ」「だったら、わざわざブランドに注文しなくても、職人のルートさえ知っていれば半値で出来る訳だネ?」「まあネ」「じゃあ一度、嫁はんを連れて、あんたの店へ行くヨ」というような話だった。ボクは外で、話題に妻のことが出てくると「うちの嫁はん」と言うくせがあるのだが、関西ではそれが普通だ。テレビ・ドラマ「刑事コロンボ」で、コロンボが「うちのカミさん」と口癖のように言っていたのと同じだ。勿論、翻訳の吹き替えだから原語は「マイ・ワイフ」だろう。ところで、そうは言いながら既に二年にもなるのに、未だに彼の店には行っていない。矢張り値段もあるが、デザイン性に気が向くらしいのだ。
2009/12/19
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竣工検査の為の下検査(3) 下検査というものは当然ながら本検査の前の下調べだから担当者も気楽な気持ちで接しられる。だから不具合を見つけて是正指示を出せば本検査までには是正され、そのチェックの後で本検査が行われ合格となる手筈である。つまり、本検査は一種の儀式に成る危険性がある。本検査の検査官はそういう事情は知らないことになっているから余計な情報が無いまま現場に望む。つまり、そこで不具合が見つかると本当に検査をしているということにも成るから張り切る検査官も居る。その代わりへそ曲がりな検査官に当たると業者は迷惑する。合格基準があるにはあるが人によって判断が違うから、へそ曲がりな検査官はこじつけの理屈で難癖を付けることもある。竣工検査(7)。消防の検査。 付けようと思えば出来ないことも無いところが曲者なのだ。だから業者は言いなりになってペコペコしながら検査官にべったり付いて廻って説明をする。監理者としては一定の基準を満たしていれば合格にしているから今更不具合が出るとは思わないのに出るのが解せないのである。そんな場合、検査官と見解の相違が出る。こちらが整合性のある理屈で説明して納得する検査官なら問題は無いが、何度も言うようにへそ曲がりな検査官はむきになって来るものだ。そうなれば馬鹿馬鹿しいから相手にせず業者の判断に任せる。業者は早く終えたいから検査官の言うままになる。言わば検査官の太鼓持ちに成り下がる訳である。竣工検査(8)。外回りの室外機の仕上がり検査。 ボクがコッパ役人が嫌いな理由の一つは、例えばやたらと威張り散らす連中とか検査に臨みながらガムを噛んでいる連中が居ることである。それに先程も言ったように屁理屈で不具合にしてしまう連中だ。何か業者に恨みでもあるのかなと訝ってしまう。監理者は施工業者とは対立関係にあるから余計な肩を持たないが、そういう場合は同情的に観てしまう。黙って検査官の話を聴いていて間違ったことを言っていると問いただすこともある。業者が間違ったことを言えば当然ながら業者に注意するが、下検査で指摘した事項が是正されていれば合格だから、それを本検査で不合格にする理由をただすのである。それも監理者の仕事なのだ。竣工検査(9)。機械室の機械の検査。 面白いことに、設計図書よりも一段優れた材料と思って使った材料が不合格になる場合がある。青年時代のことだったが、建設省(現在の国交省)の仕事で大規模なポンプ場の監理に行ったことがあった。未だ駆け出しの頃だったから先輩の監理者がメインでボクはサブだった。たまたま先輩が承認した窓の面格子の角パイプが基準サイズより小さなものだったのが検査官に指摘され不合格になった。設計指定の角パイプが市中に出回っていず、それよりも肉厚が薄いものとワン・サイズ下のパイプを二重に重ねて使っていたのだった。合計すれば肉厚も強度も数段上になって優れたものに成るから承認したのだろうが設計変更(使用材料変更願い)の手続きを怠っていた為に不合格になったのだった。竣工検査(10)。アルミ・サッシの仕上がり検査。 つまり、良いとか悪いの問題ではなく手続きの問題の話であった。ボクは横で観ていて「何と、役人は物事の理非をそういう風に観るものか」と感心したのだった。指定材料以外のものを使う場合は、その性能が同等かそれ以上の物を使うことととなっているから先輩は承認したのだろうが、やるべき指示をしなかった為に業者に不合格が出されたのだ。40年以上経ってもそのことを覚えているのは役人根性というものが強烈に印象に残ったからだ。想い返せば、その頃は下検査というものをした覚えが無い。もし、下検査をしていたなら事前に是正されていただろう。そう想えば下検査も悪くはないものだとも想えるからおかしなものだ。
2009/12/18
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竣工検査の為の下検査(2) 下検査と言っても本検査と変わらない検査だから不具合のカ所が見つかれば是正指示を出すことになる。仕事とはそういうものだ。ところが役所は民間での一人の仕事を三人でやるシステムだから時間は有り余るほどあって、簡単に言ってしまえば暇でしょうがないから本検査の前にも下検査をするのだ。それをやっておけば本検査が楽になる。というよりも二回に分ければ仕事をしている振りが多くなるから如何にも役所は忙しいところだというイメージが出せるのだ。そうでもしないと空調の効いた綺麗な本庁舎に居座っていると上司から何を暇そうな顔をしているのかと言われる。言わば社内営業をしているということだ。竣工検査(4)。検査員が不具合カ所にテープを貼って行く。 現場に出れば出たで、役所内での緊張がほぐれ、上司から睨まれたり注意されている日頃の不満が業者の中でも言い易い設計事務所に発散できるとばかりに不遜な態度で接することとなる。たまたまボクのようなベテランの年長の監理者に当たると技術的に未熟な自分を見透かされるという心配もあり、下手なことは言えず発散のチャンスがなくなる。たまたま虫の居所が悪く不用意に発散してしまうと逆にじんわりと言い返されて逆襲されてしまう。今回のようにそれが女性の場合だと知恵の廻る担当者なら甘えながら教えてもらう態度に出るものだ。それなのに何故か彼女の場合、変なプライド(劣等感の裏返し)が出て、余計に憎まれ口を叩くことになる。竣工検査(5)。素人目に分かり難い枠と梁との隙幅不一致。 結果として、ボクの協力が得にくくなり役所内で恥をかくことになる。仮に監理者の悪評を言えば、何故それを上手く使わないのかと上司に返えされてしまうだろう。役所の仕事が嫌いなボクは敢えて担当者にゴマをするようなことはしないから、仮に悪評が立って仕事が来なくなるなら、それはそれで良いと思って公平な態度で居るだけだ。それでも独立して以来、民間の仕事の暇な合間に役所の仕事が舞い込むサイクルで今日まで来ているから多分悪評は立っていない筈だ。やることはやっているから悪評の立てようがないのだ。勿論、喧嘩はしない。だから単なる建築設計事務所の一つという程度の見方をされているだけだろうと自分では解釈している。竣工検査(6)。窓ガラスの汚れも不具合の対象としてテープを貼る。 業者(建設会社)にとってはボクなんかうるさい設計事務所の先生というイメージで観ているだろう。変な妥協はしないし、勿論ワイロのようなものは絶対に要求しないから公明正大な設計事務所としても観られているだろう。技術力が世間並かそれ以上の優れた面を持っているという自信があるから、逆に不気味に観え、表面的にせよ業者は大人しくしているものだ。当然ながら陰で何を言われているか分からないものの設計事務所というものはそういうことで良いと考えている。業者に媚びる設計事務所なぞというものはロクでもない事務所でしか無い。が、世の中には案外そういう事務所が多いのだ。(つづく)
2009/12/17
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竣工検査の為の下検査 表題の通り、今日は来週に行われる小学校の竣工検査の前の下検査があった。当初の打ち合わせ通り2~3チームに分かれて検査を行う為に設計監理要員を3名ばかり別に用意していたのに無駄になってしまった。未熟な役所の女性工事担当者が1チームで行けると言いだしたのだ。だから無駄になる社員2名を帰らせて検査を実施したのだったが、矢張り時間を喰って暗くなるまで掛かってしまった。2チームに分かれて行えば半分の時間でできたのだ。だから現場検査ばかりに時間をとられ書類検査は出来なかった。ということは来週、改めて書類検査をやらねばならないということである。竣工検査(1) 多分、女性工事担当者は書類を下見するのが面倒なのだろう。だからボクも開き直って書類は出来上がっているのでそのままにしておいて、ぶっつけ本番で竣工検査の書類検査をうけようと腹を決めた。もし本検査で書類不備が出れば女性工事担当者が恥をかくだけの話だ。必要書類は最初にリストアップされているから準備は出来ている。役所の担当者の認印だけが抜けるだけの話だから当日になって慌てて捺印するだろ。それよりも工事が出来上がっているのに検査を待つ為に無駄な時間を置くというのが勿体ない。施工業者にしてもそうだろう。しかし業者は役所と喧嘩は出来ないから黙って待つだけだ。竣工検査(2) ところで、設計事務所(監理者)としての完成検査が役所の下検査と同日になってしまった。それは役所の工事担当女性のミスから日が重なったのだから役所としては文句が言えないのだが、現場検査で不適格な部位が出ると監理者としては嫌なものだ。施工業者に指摘するのとチェックリストに記載するのが仕事とは言え、役所の検査官は監理者に何をしていたのかと内心思っていることだろう。ボクならそう想うところだ。が、こちらも検査をする側だから検査者同士そういうことを言うことはない。唯、ボクが勝手にそう想うだけのことだ。長年、検査をする立場で来たものの不具合のカ所を見つけることはアラ探しをするようなもので憎まれ役だけに嫌なものでもある。竣工検査(3)。もう暗くなってしまった。 残るは、消防の検査と建築指導部の検査と契約監査課の検査の3回である。それまでにボクとしては今日の下検査の結果と報告を書類にしておかねばならない。工事期間が今日で終えるので以後の仕事はサービスになってしまう。サービスをサービスと思わず当然のような顔をして現場へ顔を出させるのが役所である。困ったものである。だからボクは役所の仕事が嫌いなのだ。施工業者にはタメグチを言って、馴れ馴れしい態度でご機嫌をとる。業者は市会議員と直結しているので自分たちの悪口を言われはしないかとビクビクしているからである。その点、設計事務所は市会議員とは直結していないので悪口は言われないという安心があるのだ。実にナンセンスな話だがコッパ役人とはそういうものである。
2009/12/16
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冬の庭 今年も半月で終えようとしている。師走はあっと言う間に過ぎて行く。やり残した仕事の整理で人々は走り回り、僧侶も盆の忙しさ以来、半年ぶりに走り回る程の忙しさから師走という名がついたといわれる。除夜の鐘が鳴るまでは何かと気忙しい時である。ボクも小学校の工事が済んで竣工検査を待つばかりで、新たに始まったマンションの配筋検査も待っているから仕事は続いている。そういう関係の書類を終日書斎で整理していると肩が凝って来るので適当に家の周りを廻っては気分転換をしている。その度にココが一緒に付いて来る。ココも寒いから外へ出ても遠くへ行こうとはしない。陽でも照りだせば亦ぞろ原っぱへ出て、ハタネズミ(野ネズミの一種)狩りでもするのだろう。表の庭(玄関とパティオとの間)にある山茶花の花。 ボクは二日酔いは既に抜けていても街へ出かけるには未だ気分が乗らないのだ。今月は小遣いを使いすぎた。残りの2週間も多分何かと使うだろう。そろそろ財布の紐を絞める必要がありそうだ。高が食に凝ったところで単なる味覚の問題だし、カーテンや時計や帽子に凝ったところでファッションの問題なのだ。もっと面白いことをやりたい。その為には外へ求めるのではなく内なる自分を見つめ直して、かつてクラシック・ギターに凝ったり詩や小説に凝ったように、亦、油絵に凝った時期のように自分の才能の限界まで追求するのも良いのではないだろうか。少なくとも自分の才能を信じているなら追求してみる意味はあるだろう。ボクの前を行くココ(よく肥っている)。 しかし、人生は長いようで短い。これから来る時間は長く感じても過ぎ去った時間は実に短く感じるものだ。年齢と共に時間の感じ方は変わる。5歳の子の1時間は同じ時間であっても5分の一に、20歳の青年の場合は20分の一に、60歳の老人の場合は60分の一に感じるという。勿論、自分の人生の時間においてである。つまり老人にとっての1時間は、子供にとっては12倍にも、青年にとっては3倍にも長く感じるというのだ。だから若い頃の時間はなかなか経たないように感じ、老人の1時間なぞ一瞬の間に過ぎない。だから昔話をついこの間のことのように言う。新しい大脳皮質の新陳交替が形成されにくく古い大脳皮質の記憶が今を支配してしまうのだ。狛犬は悠久の時を、テラコッタのレリーフは数千年を、ココは数十年を生きる。 ところで、除夜の鐘は百八つの煩悩の数だけつかれる。百八という数は無限に近い多くの状態を指すということで、それほど多くの煩悩を人間は持ち生きているということだ。それを年末に鐘に打ち鳴らすことで新しい心で新しい年を迎えるのだといわれる。子供時分、仏光寺(京都)で除夜の鐘をつきに行った。長じて南禅寺の除夜の鐘も観に行ったものだ。馬鹿でかい鐘を大勢の僧侶が一緒になってつく。観ていて面白いものだ。真夜中を過ぎて隣の八坂神社(祇園さん)におケラ参りをして火縄(その火を火種にして朝の雑煮を煮ると無病息災の厄除けになる)を買って帰る。それが大晦日の過ごし方だった。芝生は土の中で冬越しをし春に新芽を出す(芝生の冬ごもり)。 その他にも大晦日の過ごし方は色々と経験したが、今は昔、懐古するだけでは詰らない。それを現代に生かしてこそ生活をエンジョイすることになる。住む場所が変わっても人間は同じなのだ。生活をエンジョイすることなら何でもやりたい。場所場所によっての風習は様々である。郷に入っては郷に従えというのも良いだろう。例えば地元のボランティアの消防団が火の用心の夜周りをしてくれる。それも土地の風習の一つだ。田舎は田舎なりの年末の過ごし方がある。全国的に数限りないやり方で文化が営まれるのだ。地元にとって殊更、珍しくも無いことでもテレビで取り上げる。それを観て初めて知る人々も居る。未だまだ知らない世界があることだろう。
2009/12/15
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書斎で(3) 二日酔いならぬ三日酔いで土日は終日自宅で養生していた。久しぶりに大酒を浴び、午前様の帰宅をしているようでは身体が幾つあっても足りない。いい加減自分の年齢と体調を考えねばとは想うのだが、ついつい調子に乗ってしまうようでは未だまだ修業が足りない。そういう反省がこの二日間は続いたが、それでも日曜の昼には熱い風呂に入って汗を流すと、ようやくサッパリして考え方も前向きに出来るようになり、エアロバイクを何時ものように30分漕ぐとやっと日常の状態に戻れた。人間、やはり健康が一番である。健全な身体に健全な心が宿るとは正しく真理をついている。不健全な考えは不健全な生活状態から生まれると言うことだ。パソコンの上から庭の方を観るココ(満腹になったし早く戸を開けて欲しいな)。 ココは相変わらず食欲旺盛で、餌以外にもお八つを何度も食べるから肥る。肥ればそれだけエネルギーが要り、腹を減らし、身体が求める。腹が減ったと啼けば、ついお八つをやる。それがいけない。だから今日から餌を減らそう、お八つも減らそうということに妻と話し合って決めた。そんなことは知らないココは減らされた餌でも一応食べ終えれば満足して出て行く。外へ出ればそれなりに走り回るか適当な運動はしているだろうから体重は少しずつ減って行くだろう。ひと月もすれば大分効果が出る筈だ。それが結局はココを大事にすることになる。ペットの管理は自分の生活の管理と密接に関連している。パソコンの上のココ(そろそろ開けてくれそうだワ)。 それは余裕のある精神状態で生活を営んでいるということと同義語なのだ。ペットの管理も充分に出来ない生活状態ではペットを可愛がる資格なぞないということにもなる。部屋に花を飾ることと似ているだろう。観葉植物に水をやらずに居ると葉はしおれてしまう。一週間忘れていても大丈夫かも知れないが二週間放置しておくと確実に葉はしおれる。三週間も放置する人は居ないだろうが、その時には根までやられてしまう。水をやり過ぎれば根腐れを起こす。やらなさ過ぎるのもいけないがやり過ぎてもいけない。ペットは毎日のことだから忘れることは無いが多くやり過ぎるのはいけないということだ。萩の黄葉(今年は萩の花が長く咲いていた)。 ボクは出来るだけ手の掛からない庭を目指し、自分で管理出来る範囲のものにしようとレイアウトから樹種も自分で選んで植木屋に頼んだ。それなのに木は育つから上の高い処にまで手が届かなくなって植木屋に葉刈りを頼まなくてはならなくなってしまった。今では廃業してしまった植木屋の代わりにシルバー・センターに頼んで来て貰っている。ボクの年齢と変わらない世代の老人が道具類を持ってきて高い木の上までハサミを入れてくれるのだ。それを観ればボクも出来そうに想うのだが、専用の道具類が無いから頼むしかない。わざわざ専用の道具を買う気も無い。精々、低木用の葉刈りバリカンや高枝バサミを持っている程度だ。山茶花(この木の隣にある乙女椿は未だ蕾が小さい)。 しかし、考えてみればそれで充分なのだ。年に一回の消毒と年に一回の葉刈りの為にわざわざ道具を揃えるのはナンセンスで、手の届く範囲を自分で楽しみながら健康がてらに葉刈りすれば良いのだ。肥料も自分でやれば良い。芝生も自分で出来る程度の広さでしか無いし、ガーデニングも素人が出来る範囲のことしか出来ないのだ。年々老けて行くのだから作業量は減らして行かなければならないが、行く先々のことはどうなるか分からないのだ。その時々に考えれば良い。ああだこうだと思い煩うナンセンスはしないことだ。子孫に美田を残すなというではないか。そう割り切って自分の納得できる範囲内で楽しむことこそ人生を楽しむことではないかと想ったりするのである。
2009/12/14
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書斎で(2) 文明の利器は、それを真っ先に受け入れようとする人もあれば、逆に背を向けてしまう人も居る。言わば拒絶反応を示してしまうのだ。それにメカに弱い人なぞは慣れるのに大層苦労する。苦労して乗り越えた人は良いが、何時まで経っても出来ない人は途中で嫌になってしまい放り出してしまう。パソコンがその代表のようなものだ。ボクに言わせれば車の運転のように簡単なものなのに出逢った時期が問題で、頭が硬直した頃に出逢った人は受け入れるのに苦労する。ところが車は相当昔から出回っているから頭が柔軟な時に運転技術を覚えてしまえた。中年以降に初めてワープロやパソコンに接する人は拒絶反応を示すのは当然なのだ。レース・カーテンで庭が見えなくなるが、室温の保温性能が上がる。 だから、老年期に入って新たに何かを始めることが出来る人は相当頭が柔軟に出来ていると言える。ゲーテだったか、80歳になってから新しい外国語に挑戦してマスターしたと言うから大したものである。よく年をとってから引っ越しをすると呆けるというが、自分の慣れ親しんだ周りの環境がガラリと大幅に変わってしまうと新たな情報ばかりで頭が一杯になってしまいパンクしてしまうせいだろう。親戚に、20年程前、息子が出世して大会社の社長になったことで東京世田谷に家を建てて大阪から一緒に引っ越した母親が居たが、付いて行った頃は70歳ぐらいだったから間もなく呆けてしまった。ロール・ブラインドでパソコン作業に集中できるようになった。 几帳面な性格で親戚中を仕切っていた程だったのに呆気ないものである。今や90歳代の呆け老人で家族が介護で大変だと言う。息子というのはボクと同世代で世界中を飛び廻って活躍していたのだったが、彼も前期高齢者になっているから、そろそろリタイアの頃だ。その点、ボクなんかは技術者だから未だ平気で仕事をしていられる。だが、それもあと5年から10年ぐらいなものだろう。ところで、昨夜の忘年会で同席した建設会社の若い社員の年齢を訊くと息子より十歳も若いのだった。そういう若い連中の中に居て同じように呑んでいると矢張りボクも年齢を意識してしまうのだった。透けて見えるロール・ブラインドだから圧迫感はない。 十時頃にお開きになって、調子にのって同年齢の仲間と呑み直しをしようとミナミの飲み屋街へ繰り出した。不景気と言われながらもネオン街には大勢の酔っぱらい客が居て、こちらも同様で、良い鴨に観られたのだろう、客引きのホステスに腕を引っ張られ離れないので困った。ようやく見つけた目当てのスナックに入り、数曲カラオケを歌った程度にしか想っていなかったのに時計を見れば1時を廻っているのだった。お陰でタクシーで帰宅したのは2時を過ぎていた。最近の不況のせいでタクシーは1万円を超えた分の料金が半額になる制度になっていて、酔い崩れてしまった相手の家まで送り届け自宅に着いたら、それでも料金は1万4千円ほどになっているのだった。(つづく)
2009/12/13
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書斎で(1) 今夜は忘年会に誘われている。仕事の付き合いだから行くが、本音はどうでもいい呑み会である。行っても昔のように呑む訳でもないから只出席して場を盛り上げることが出来れば幸いと想っているだけである。ボクは昔から忘年会というのが嫌いで仕事の付き合いで仕方なく行っていたのだったが、気の合った連中との呑み会はしょっちゅう行っていた。だから敢えて忘年会という名目で呑まねばならない必要性を一度も感じたことが無かった。酒は楽しく呑むべきもので何かを忘れなければならないような意味の呑み会なぞナンセンスと考えているのだ。パソコンの前のロール・ブラインド。 竹林の七賢人でもないが、その雰囲気に憧れ、枯葉で温めた酒を友人と酌み交わすのを真似たこともあった。学生時代は山の雪の降る中でキャンプをし友人と風流と称して酒を酌み交わしたこともあった。そういう連中とは社会人になってからも都会の洒落た酒場で何度も呑んだことはあったが、わざわざ自然の中に行って呑むということは時間的にも心の余裕も無かった。矢張りサラリーマンや役人には無理なことだった。定年退職したという挨拶状を貰うが、決まったように誰もが有意義な時間を自然の中で過ごしたいと書いているものの、わざわざ会って一杯やろうというところまでは行かないようだ。デスクの後のレース・カーテン(1)。 その点、昔から自営でやっている連中は年齢的な衰えはあっても、それなりに自分の流儀で人生を楽しんでいるようで、年賀状なんかにコメントが書かれていたりするのを読むと「成程、奴らしい生き方をしているな」と独りニンマリしてしまう。ボクなんか理系の人間だからでもないが、パソコンは大分昔からやっていて前期高齢者になった今でもブログに書いたりインターネットを楽しんでいるが、殆どの友人はIC関連のことには苦手らしく「会社でパソコンを観ているから家に帰ってまでパソコンなぞ観たくも無い」と言う連中が多かったのを意外に感じていたものだった。デスクの後のレース・カーテン(2)。 パソコンは単なるツールであって目的では無いのだから、それを使う内容の問題なのに勘違いしているのが分からないのである。勿論、趣味の問題もあるだろうが、年齢とは関係が無いはずなのだ。先日も小学校の完成したのを観ていて立派なパソコン教室があるのを羨ましく想ったが、時代のせいで教育の手法や内容が変わるのは当然としても、ボクの学生時代を想い浮かべれば計算機ひとつとっても時代の変わり目であったことが分かる。当時は研究室に電気計算機があることが珍しく、何と早くて便利なものよと感心しながらも、タイガーという手動式の計算機で平方根の出し方なぞを自慢そうにやっていたものだった。デスクの後のレース・カーテン(3)。 やがて手動式の計算機に代わって、モンローという電気計算機が導入されたが、大学を卒業後、暫く建築家の卵として修行していた頃もパソコンが一般に出回るには未だ間があった。その直前、日本建築学会の設計競技で入選し、副賞に貰った計算機は乾電池が直ぐに減るような代物だった。その頃はまだパソコンが1台100万円以上する頃で、ワープロ(ワードプロセッサー)でも結構な値段がしたものだった。やがて20万円程度で出回るとたちまちパソコンが普及し、今では数万円程度で簡単に手に入る時代だ。変われば変わるものである。今や子供でも簡単にインターネットで書き込みをする。老人は浦島太郎のように観ているだけだ。(つづく)
2009/12/12
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ココ・ゼスチャー ココは、というよりも、このラグドール種は余り啼かない。だから自分から何かを合図するのにゼスチャーをする。例えば、餌が欲しい時はパソコンの横に来てボクの顔を見る。朝はココの部屋から出してやると直ぐさま台所まで一緒に付いて来るから合図は要らないが、餌を作っている間もボクの足周りを身体をこすりつけながら早く早くとグルグル廻って催促の合図をする。夕食は何処からともなく現れて、パソコンの横に来る。何処からともなく来ると言ったが、妻が台所に居ればそちらの方面から書斎に入れてもらって来るし、庭に居る時はボクがパソコンに向かっているのをジッとガラス戸の向こうから観ているのだ。視線を感じるので居るのが分かるのだが、多分、目から視線の念波が出ているのだろう。パソコンの横のココ(1)。 人間でも目から念波が出ているのか、観られているのを感じて振り返ると矢張りこちらを観ているということがよくある。だから目線を合わさないようにしていないと相手に感づかれることがある。動物の場合はそれがきついのだろう。自然動物園の立札の注意書きに「目を合わさないで下さい」とあるのを観て成程と想った。人間同士でも893が目を合わすと「眼(がん)をつけたな!」と因縁をつけて来ることがある。尤も893は動物のようなものだから当然なのかも知れないが、目というのは口ほどにモノを言うのである。目は心の窓とはよく言ったものである。プロのギャンブラーは相手の目の瞳孔の動きで判断するという。パソコンの横のココ(2)。フラッシュで赤目になっている。 だからポーカー・フェイスという言葉が生まれたのだろう。素知らぬ顔をするのは案外難しい。単純に素知らぬ顔をしただけではバレてしまうからだ。顔で素知らぬ振りをしても身体がこわばっていたり逆に別のことをすることで「はは~ん、知っているな」と判断できるのである。今問題になっている事件で、覚せい剤で死んだ女性に覚せい剤を渡したかどうかで携帯メールにあった文面を検察官が被疑者に問いただした際に「それは別の意味で、覚せい剤ではない」と応えたとあるのをテレビ・ニュースで観て笑ってしまった。語るに落ちるとはこのことだ。わざわざ「別の意味で、覚せい剤ではない」というところが面白い。パソコンの上のココ(1)。こういう顔を見ると「何を考えている?」と想ってしまう。 こういう男は死刑にすれば良いと世間の人々は想っていることだろう。893だから口先で誤魔化せると想って世間を馬鹿にしているのだ。ボクが裁判員制度で選ばれれば「こういう男は、絶対に死刑だ!」と言うかもしれない。「それは、あんまりだ」と他の裁判員が止めに入るかも知れない。そういう極論を言いたくなる面構えをしている。目も顔も心の状況が現れるものである。ところがココの場合は動物だけに顔の表情だけではなかなか判断が付きにくい。だからゼスチャーをするのだろうが、餌を貰う時とかお八つをねだる時の態度は手の平を返したようにベタベタと近寄って来る。パソコンの上のココ(2)。 それなのに食べ終えてしまうとプイッ!と身を翻(ひるがえ)して去って行く。有難うのようなゼスチャーでもすれば可愛げもあるのに憎たらしいぐらいにフンッとした態度をとるのだ。だから猫は嫌いだという人が居るのも分かる。が、逆に、そういう冷淡なところが好きだという人も居るのだ。面白いのは「矢張り動物だな」と想わせる場面に出くわす時だ。退屈そうにしているので猫じゃらし用に作った紐の先に6cmぐらいの毛束を付けたので床を走らせると直ぐに飛びついて来る。捕える直前にサッと紐を引いて捕れなくすると勢い余ってズーッと滑って行く。急に獲物が消えて捕らえそこなったのが恥ずかしいのか体裁の悪い顔をしている。そこへ亦それを繰り返す。五六度それをすると飽きて興味を失うが夢中になっている時は可愛いものである。
2009/12/11
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カーテン古いカーテンの前のココ(これからカーテン屋が来るのを知らない)。 京都からカーテン屋が来てくれて書斎のカーテンが新しくなった。先月末には取りつく予定だったのが、小学校の変更工事で手を取られ遅れてしまったのだ。急ぐ訳でもなかったし工事も殆ど終え、書類の整理程度で暇になっていたから在宅中で丁度良かった。古いカーテンも気に入っていたものだったが、ドレープ・カーテンの裾が破れていたり、レース・カーテンもココに引っかけられて破れた部分があったから、この際交換しようと思いついたのだった。それも偶然に思いついたのだった。工事現場事務所で打ち合わせをしていてカーテン屋の親父に妙に親近感が湧き、冗談なんか言っていたのだ。書斎に新しいドレープ・カーテンが取り付けられた。 そうこうする内に、彼の住んでいる処が昔、母方の祖父が住んでいた辺りだったので余計に親しみを覚えたのだった。永く行かない場所の最近の状況を説明してくれ、子供時分に遊びに行った頃の光景がまざまざと浮かんで来て懐かしかった。年上だと想っていたら二つ年下ということも妙に気になって同世代の世間話に花が咲いた。訊けば子供は男女二人ずつ四人で全員独立して夫婦二人住まいという。「男の子二人を私立大学にやって生活は大変でしたが、今では孫が五人居ます」と嬉しそうに顔をほころばせていた。同世代でも我が息子は独身で恋人も居ないようだから人それぞれだ。レース・カーテン。 この住宅団地には初めて来た人だから大阪との位置関係や大阪のベッドタウンであることを説明すると興味深そうに聞いていた。ボクは仕事関係の人は自宅には呼ばないことにしていて、打ち合わせは大阪の事務所や工事現場が殆どなのだが、自宅のカーテンだから今回は特別だった。彼の家のことばかり話をしていたので大阪の事務所の名刺をあげておいた。彼は大阪の建設業者の下請けで、今回は小学校の現場に来ていたから亦何かの縁で会うかも知れないが、先ず会うことは無いだろう。しかし、人生は分からないものである。京都のよく行く店の名を言うとよく知っていたから何処で遭うか分からない。デスクの前のロール・カーテン(少し、書斎の雰囲気が変わった)。 ところで、ドレープ・カーテンとレース・カーテンの他にロール・カーテンも注文して合計15万円ほどになっていたのだが、大幅に割り引いてくれて9万円にしてくれた。「6万円も割り引いて商売にならないのでは?」と訊くと「先生からは儲けようとは思っていませんヨ。小学校の工事で出逢ったのも何かの御縁ですから」と笑いながら領収書を切っていた。ボクの小遣いから出す分だから割り引いてくれたのは有難いし、気分が良かったので、先月にワイン屋から売り込みがあったスペインの美味い2005年もののワインが届いいていた箱の中から1本を出し「奥さんと一緒に飲んで下さい」と土産に上げた。
2009/12/10
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冬枯れの庭 冬枯れの風景は、寂しさが漂う割には何処か力強さを感じる。旺盛に繁茂していた緑の季節の力強さとは違った内に秘めた力を感じるのだ。枯葉の落ちた枝をジッと見れば懸命に蕾に養分を送って小さな蕾が育って行くのを観ることが出来る。「ほう~、こんな寒い中でも懸命に頑張っている」と感じさせてくれるから嬉しい。日本庭園は冬場が寂しくならないように出来るだけ落葉の無い常緑樹を植えるのが基本だ。が、どうしても好きな木も植えるから、もみじや百日紅の落葉を惜しみながらもそれなりに楽しむ。梅も桜もそうだ。綺麗な紅葉が楽しみで京都の各寺院は観光客で一杯だろう。観に行っても良いが、人の多いのには辟易とさせられる。冬枯れの庭(1)。ガーデン・テーブルが寒々としている。 その点、有名で無い寺院には閑古鳥が鳴いている。人は余り知らないのだ。わざわざ人混みの処へ行くことも無いからボクなんかは敢えてそういう近辺の処を行く。今年は殊に紅葉が綺麗な年だ。山々の色合いも美しい。20年程前に軽井沢で別荘工事を監理している頃、秋の紅葉が余り綺麗では無かった。そのことを妻に話すと「私の観た軽井沢の紅葉は、それはそれはこの世のものとも想えない程の美しさだったわ。だから毎年そんなものと想っていた」と怪訝な顔をされてしまった。年によって違うのだろう。だから今年は関西では何処も綺麗な紅葉が観られるのだと想われる。奈良の郊外にも綺麗な処が沢山あるからドライブがてら行っても好い。 しかし、昨年の紅葉には、長谷寺と談山神社に行ったから、同じ処では無い方が良い。人間、贅沢なもので何時でも行ける処は有難味を感じないものである。何か美味いものでも喰わせてくれるならと思案したりしてしまう。生意気に風流を、と求めるくせに下世話なことも同時に感じるところが俗物なのだ。どうせ俗物なら好きなことを好きな時にやるのが一番だ。そう想いながらテレビであちこちの美味いものを案内してくれるのを観ながら、遠過ぎるとか、もっと近場で無いものかとか、近すぎれば近いで、何だ知っている処じゃないかと、要は何だ?と自分でも何を求めているのか分からなくなってしまう。冬枯れの庭(2)。当分は芝生も冬眠だ。 先日のイタリー料理のフルコースで懲りた妻に「冬はテッチリ(ふぐ鍋)が良いなあ。但し、酒が飲めて帰りが楽な処が良い」と言うと「もう、イタメシは懲りごり。今度は軽い和食が良いわ、お寿司なんか」と言うから、ふと、以前から素通りばかりしている有名な寿司屋が市役所の近くにあるのを想い出した。スーパーでの買い物も一通り終えて帰途についていた2時頃なので遅い昼食だ。ガランと客足の無い店で握りの盛り合わせと吸い物を注文して食べると評判通り美味かった。「おや、テッチリがあるネ。今度はそれにしようか」「イケスにトラフグが泳いでいますヨ、亦どうぞ宜しく」。店を出て「案外、近場に良い店があったんだ」と言うと「灯台もと暗し」と返された。
2009/12/09
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下検査 小学校の外構工事とカーテン、ブラインド、強化ガラスの工事が終わっているかどうかの確認に現場へ行った。工事現場の前の公園が銀杏の葉で黄色い世界を展開していた。暫く観ない間に雰囲気がガラリと変わっているのだった。銀杏の黄色い葉は美しい。子供時分にその中で遊んだ光景を想い出す。幼稚園の前に仏光寺(京都)があって、その境内の銀杏の大木の黄葉が素晴らしく綺麗だったのだ。園児達がその黄色い絨毯の上に乗ってその大木を囲んでいる光景を一生忘れることが無い。当事者でありながら客観的に外周からそれを眺めているボクだけの記憶だ。言わばボクの秋という季節の美の原点という訳だ。銀杏の枯葉(1) 外構工事はほぼ終えていた。残りは工事用のシート・ゲートを次の2期工事にも使うので残す予定だったのが、冬休み中に不審者がシートを破って入るかも知れないという心配から急きょフェンスにすることが決まったので、その工事をしている最中だった。役所の担当者の思いつきで細々とした追加工事が次から次へと出て現場監督は「何時までも手離れが出来ない」とぼやいていた。当然ながら設計の段階で分かっていることばかりなのに役人が不要と判断し設計に入れさせなかった分だ。カーテンもブラインドも取り付けの最中だった。カーテン屋の親父が「明日の建設会社の自主検査に間に合うかどうか」と矢張りぼやいていた。銀杏の枯葉(2) カーテンとブラインドも、校長と保健の先生のクレーム的要望で教育委員会が折れて一部が変更になり、設計変更となり製作が遅れたのだ。カーテン屋にすれば仕事が増えるのは有難いが、時間が惜しいところだ。クレームは窓ガラスのことだった。職員室や校長室、更には保健室と更衣室の窓ガラスに透明の部分が上段にあって下段はすりガラスなので良いが、上段は公園の向かいのマンションから丸見えになり外部から観えないようにブラインドにして欲しいというものだった。ブラインドはカーテンの倍の値段になるので一部だけ認められ、他はガラスにシートを張ることになった。それも設計の段階で分かっていたことで、当時の校長や教頭、更には保健の先生はその後、転勤となっている。銀杏の枯葉(3) 前任者のせいにして教育委員会は後任の先生の要望を半分呑んだ形で納めたのだ。更に、グランド側の1階の一部の窓ガラスに強化ガラスとなっていない部分があって、学校側の要望でそれも急きょ入れ替えることになった。現場では入れ替えをしている最中だった。前のガラスは廃棄処分になるので勿体ない話だ。役所の担当者が「申し訳ありませんが、強化ガラスと普通ガラスとの差額のみの支払い対象になります」と平然と言うのを現場監督は苦々しく聞いていた。これも設計当初から指摘してあったことで役所が要らないということで退けられていたものだ。それらを確認した上で、ボクは来週の竣工検査に入る段取りに入ったのだった。
2009/12/08
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健康器具(エアロバイク) 何年か前に買った健康器具のエアロバイクを久しぶりに漕いだ。1年ほど使っていなかった。このところ風邪気味で薬を飲んでも足が冷えて、足首に靴下の上からカイロを張っている。薬やカイロばかりに頼っていてはいけないことと運動不足は分かっているのだが、どうも家に籠っていると自然にそうなるので、ふと想い出してエアロバイクを30分漕いでみたのだ。すると下着を替えなくてはならないほど汗が出て身体中がポカポカして来た。単純なことだが足を使わなくては健康は維持できないことを改めて知らされたのだ。これからは毎日の朝の日課にしても好いと想う。健康器具(エアロバイク)の色々(1)。 身体があってこその趣味であり仕事ということだから、先ず風邪をひかない身体をつくることだ。ところが何でも一所懸命に集中している時は風邪なぞひかないものだ。今月から急に暇になったので生活のリズムがくるってしまったのもある。人間は足から衰えるという。老人が歩行困難になって動きが鈍くなるにつれ病気がちになるのを見れば分かる。それに糖尿病の気があるからドンドン歩いた方が良いのだ。亦、ウオーキングを再開しても良いと想っているのだが、どうも最近は気後れしてしまって行く気がしないのだ。今年は紅葉が綺麗だから近くを30分ばかり歩くだけでも良いのは分かっているのだが、その気になるにはもう少し気持ちの整理をしなければならない。健康器具(エアロバイク)の色々(2)。 というのは、一昨年までウオーキングを一所懸命に度が過ぎるほどやったのと、自治会長として雑多なことがあって精神的に疲れていたせいか左の耳が突発性難聴になってしまったのだった。直接の原因は分からないものの、医師の言うには「余り無理をしないように」ということだった。だからそれ以来、ウオーキングもエアロバイクも中止してしまったのだ。最近、運動不足のせいで身体の調子が悪く、仕事も暇になったこともあって軽い運動をしようかという気になって来たのを幸いに亦やってみようかと今朝はエアロバイクをやって調子が良かったのだ。思い立ったが吉日で、亦やってみようという気になっている。
2009/12/07
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カトレア(ドラムビート・トライアンフ と ブルボーイ・ファントム) 妻が日本画の新しいモチーフにしたいというので、先日貰ったカトレアの写真を彼女が自分のカメラで撮ったのを現像した。プリンターは以前のが壊れたので二カ月程前に新しく買ったもので未だ数回しか使っていない。丁度、買った時にサービス品で付いていたハガキ大の印画紙があったので、それにプリントして渡した。それを持って先生の教室へ行くのだ。先生は二代目で先代の時代から習っているので、もうそろそろ卒業しても良いのでは?と言われているのに教室へ行くと描く気になるからこのままで好いのだという。自宅でやれば好いのにと想うが、大阪まで出るのが楽しいのだろう。ドラムビート・トライアンフ ボクなんか毎日のように大阪へ出かけているので、折角の休みは自宅でのんびりとしていたい口だ。尤も、今月は仕事が一段落したのでたまに検査の為に出かけるだけである。だから毎日、インターネットの映画を観たり、録音してあるバッハを聴いて過ごしている。おかしなもので気が緩んでいるせいか風邪がなかなか治らない。出かければ治るのかも知れないが、無理をしてもいけないので養生と称して自宅に居て、気が向けばガーデニングをする毎日だ。しかし、冬枯れの庭は植物は休眠中だから日頃気が付かなかった処へ目を向け、鉢の移動とか庭木の枝ぶりを補正したり境界線にあるラチスの修理をしたりと雑用のような事ばかりだ。それでも何だかんだと用事は出来る。ブルボーイ・ファントム 暇といえばココも同様で、彼女は常に外へ出歩いているからそうは想ってはいないのだろうが、餌やお八つの時間になれば必ず戻って来る。その度にツナ缶とチップ食材の混ぜたものを餌として、煮干しはお八つとしてやるから時間の経つのが速く感じられる。仕事で出かけている時は朝しか餌をやれないから後は妻に作ってもらっている。妻にもお八つをねだっているから全体からすれば相当量食べていることになりブタ猫の直前まで言っている。だからダイエットさせないといけないのだがココは顔を見れば貰えるものと想っているから厳しく管理しなくてはならない。今朝も朝の餌を食べて暫くすると苦しそうな声で啼くので外に出たいのかと出してやった。すると直ぐにベランダで二三度戻しているのだ。二つのカトレア(何時も書斎のテーブルに置いている) 昨夜と同じ餌で冷蔵庫から出しているから餌は痛んでいない筈だ。だから、多分、食べ過ぎで神様が戻させたのだろう。たまにはそういう風に体調を調整させているのかも知れない。貪欲に餌やお八つを欲しがるが身体が受け付けないので自分の身体の中で葛藤しているのだろう。蘭も同様で、水をやり過ぎると根ぐされを起こして枯れてしまう。鉢ものは大抵そういう具合になっている。表面の土が乾けばやる程度で充分なのに素人は水をやり過ぎて枯れさせてしまうのだ。鉢の植物は自分では調整できないから注意してやらねば枯れてしまうということを何度も失敗して学ぶのだが、そのことはペットについても言える。人間がしっかりと管理してこそ可愛がっているということが言えるのだ。
2009/12/06
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クリスマス・イルミネーション 今年も集会所の直ぐ下にある家がクリスマス・イルミネーションを始めた。もう恒例になっていて遠くから車で見物に来るほどである。12月に入って直ぐに点灯すると想っていたのに3日まで点灯していなかったので不審に想っていたら「アメリカに住んでいたことがある夫婦なので、ホワイト・ハウスのイルミネーション・ツリーの点灯式(4日)に合わせているそうよ」と、妻が何処から聴いて来たのかそういうことを言ったので納得したのだった。クリスチャンかどうか知らないが年々華やかになって行く。ボクなんか「ああ、やっているな」という程度の感情だが、妻はわざわざ「観に行こう」と楽しそうに誘うぐらいだ。夫婦二人して行くと既に多くの人が観に来ていた。クリスマス・イルミネーション(1)。後姿は妻。左は集会所のパラボラ・アンテナ。 クリスマス・イルミネーション(アメリカの議事堂とホワイトハウスの分) クリスマス・イルミネーション(2)。今年は豪華客船のイメージのようだ。 クリスマス・イルミネーション(3)。軒の下の色が青色から緑色に変わっている。 クリスマス・イルミネーション(4) クリスマス・イルミネーション(5)。妻も一所懸命に撮っている。
2009/12/05
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新歌舞伎座 新しい新歌舞伎座が完成間近というニュース画像が入って来た。ボクの住む住宅団地を開発した電鉄会社(近鉄)のターミナル(上本町)駅前にである。オープンは来年夏で設計は日建設計である。前の新歌舞伎座は御堂筋の難波に村野東吾の設計で昭和33年に出来上がっている。子供時分、大阪の伯母さんの家に遊びに連れられて行った際、そこは道頓堀の心斎橋筋にあって寿司屋を営んでいて、芝居小屋が直ぐ近所に沢山あったのを覚えている。歌舞伎芝居と言えば、ボクの場合、京都だから南座だった。そこでの恒例の顔見世(年末に催され、京都の風物詩になっている)に毎年、親に連れられて観に行っていたのを懐かしく想い出す。京都の歌舞伎小屋である南座。 大阪は青年時代に就職した先で、結局、京都から出て、大阪がボクの仕事の拠点になった。だから今も大阪に設計事務所はある。大阪は上方と言ってその昔は文化・経済の発信地であった。下方は当然、江戸であった。ところが徳川幕府が出来て以来、日本の政治の中心が江戸に移り、明治維新で首都が東京になってからは東京中心の日本が出来上がって行くのである。それまでの首都であった京都と経済の中心であった大阪は次第に力を無くして行き、現在の姿になった。これは何処の国でも政治の中心が発信地となって栄えて行くのと同じ理屈である。大阪は単なる地方都市になってしまった。しかし、民主党政権になって地方分権をスローガンに挙げているから、やがては地方の時代が来るのは時間の問題だろう。前の大阪新歌舞伎座(御堂筋の道頓堀にある)。 東京は既に大きくなりすぎた。再開発しようにも手狭で地価が高いから、なかなか進まないのと、政治と経済が一体になっているので機能が充分に発揮できなくなっている。アメリカのように経済の中心地ニューヨークと政治の中心地ワシントンと言う風に分離する案も幾つか浮上しているが、なかなか現実には進んでいないのが実情で、理想と現実は実現させるには人々の相当な努力と金が要るようである。さて芝居小屋に関しては、つい近年(先の大戦)まで江戸の三座、浪花(なにわ)の五座と言われるほど大阪が大いに栄えていて、道頓堀に東から弁天座、朝日座、角座、中座、浪花座(竹本座)の五つの小屋があった。新しくなった大阪新歌舞伎座の完成予想図(1) 今は角座と中座しかなく、別に浪速座と松竹座が出来、戦後しばらくした昭和33年には新歌舞伎座が村野東吾の設計で御堂筋にできた。文楽を中心にしていた朝日座も今は無く、千日前に国立文楽劇場として黒川紀章の設計で出来ている。ボクは青年時代に角座で歌舞伎を朝日座で文楽を観たのが最後で、最近では文楽を観に行こうと国立文楽劇場まで何度も足を運んだが気に行った出し物がなかったので未だに観ていない。足が向きにくいのは時代のせいもあって古典芸能が廃れていることもひとつの原因だろう。古典芸能が見直されつつあるから亦、栄えるかも知れない。新しくなった大阪新歌舞伎座の完成予想図(2) 自分の住む住宅団地からターミナル駅まで30分そこそこで行けるのだから、その気になれば何時でも行けるというのは嬉しい。歌舞伎以外にも現代劇もやるだろうから行っても良いとは想うが、矢張りボクの場合はコンサートが多いだろう。クラシックが中心だがジャズも好い。一昨年だったかフェスティバル・ホールでソニー・ロリンズを聴きに行って感激したのも最後になる演奏だったからだろう。今はもうフェスティバル・ホールは新しく建て替え中である。古いものはどんどん壊され新しいものに建て替わって行く。それも時代のせいだ。音響効果や芝居のし易いのを考えた劇場は今や素晴らしいのが出来る時代だ。だが、それに伴う技量の芸術家はそう簡単には出来上がらない。新しくなった大阪新歌舞伎座の完成予想図(3) 芸術家は環境がつくるものだから劇場やパトロンや大衆がバックアプしてこそ育っていくものである。まさかメディチ家がある訳でもない現代社会では矢張りパトロンは大衆である。それが政治に反映され国民の文化的意欲が上がれば芸術家は育っていく。最初はニワトリかタマゴかというよりも、そこに手ごろな環境があればニワトリも金のタマゴを生むだろう。そういう土壌を作ることこそ大事なのである。それには我々自身もそういう意識を持つ必要がある。それはどのような分野にも言える。だからインターネットの時代でも、それは単なるツールに過ぎないことが常識として浸透して行った頃には人々は亦、人間臭い手作りの芝居や音楽に興じるように成るだろう。新しくなった大阪新歌舞伎座の完成予想図(4)
2009/12/04
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留守番 仕事が一段落して自宅に居ると、留守番役をすることになってしまう。息子は会社へ、妻は午後から大阪の髪結いへ出かけて自宅に居るのはボクとココだけだ。ココは何時もと勝手が違うからかボクの周りを着いて廻る。餌の他にお八つが貰えるからだ。欲しがるからと気前よく食べ物ばかり与えているとブタ猫になるので最低でも3時間は間隔を置くようにしている。今朝なぞ5時に朝ごはんをやって9時にはお八つをやり、12時にもお八つをやった。自分の昼飯は妻が作ってくれていたのを食べた。暇なのでテレビを観ていても詰らないものばかりしかやってないから午後からは家の外周りの手入れをした。パティオのラチスの手入れと玄関のテラコッタのレリーフのその後の状態を調べて補強したのだ。ラチスに延びた羽衣ジャスミンはガレージの屋根に廻した。 冬枯れのパティオのラチスに防腐剤を塗り、端の方にはパティオの揺れが来ないように補強材として以前に庭木(ウバメガシ)を切った枯れ木を逆さまにしてステンレス針金でくくりつけた。三又になっている枯れ木を三本脚に見たて固定させるとラチスはがっしりと安定した。それに防腐剤を塗ってしまえば終わりである。ガレージの丸屋根とラチスとの間に隙間があったのを横木で繋ぎ、其処へウバメガシの枯れ木を取りつけることで、隙間の歯抜け状態が何となく落ち着いた。以前から気に掛かっていたのだった。折角の休みだからボケーッとしていれば良いのに何かしていないと落ち着かないのだ。言わば貧乏性なのだろう。丸いガレージ屋根とラチスとの間に横木を渡し、其処へウバメガシの枯れ木を立てた、 冬枯れのパティオは寂しい。精々、ゼラニウムの赤い花がチラホラ咲いているだけで、鉄線(クレマチス)とバラのツルがラチスに伸びてはいるが葉はなく、足元の鉢にベゴニアがある程度である。そう言えば、羽衣ジャスミンは生命力旺盛で他の草花がやられてしまうので「1本だけ残して他は全部処分したワ」と妻が額に汗して言っていた。バラやクレマチスが養分を盗られて育たず、腹が立ったのだそうだ。今ではガレージの屋根に蔦っているだけである。草花は妻の領分だからボクは口を出さないのだが、そのバックアップはボクが手伝っている。羽衣ジャスミンのガレージへの道はハンガーの針金を加工して組み上げたものだ。バラ・ゲートには大分、バラのツルがからみだした。 バラ・ゲートもオランダのものを取り寄せてボクが組み上げ、余分に細いパイプで継ぎ足してゲートを長くした。補強にステンレスと銅の針金でジョイントを取っている。ステンレスの針金は錆が来ないからだが銅の針金は観た目に綺麗だからだ。パイプのクロスするところに銅の針金が結び目としてアクセントになっている。写真では分からないが、近くで観れば殺風景なゲートも緑のパイプと赤銅色とがコントラストしている。どうせ楽しみながらやるのだからと遊び心を出してみたのだ。バラがゲートを覆い隠すまでは景観をそういう雰囲気で仕上げてある。テラコッタのレリーフの周りにアンバー色のシリコン・コーキングを巻いた。 テラコッタのレリーフを取りつけたことは先日書いたが、壁との隙間が気になっていたのだ。横から観れば壁から浮き上がっていて不安定だった。マスキング・テープを四周に貼り、アンバー色のシリコン・コーキングを充填して行くだけのことだが、柔らかいシリコンが下に垂れ、壁が汚れた。マスキング・テープをはみ出して垂れてしまうのだ。が、慌てることはない。マスキング・テープを除去してから、ぼろ布にシンナーを含ませ、汚れた壁を拭き取って行った。やることは簡単なのだが案外手間が掛かる作業だった。建築家は何でも理屈を知っているから簡単に出来ると想われるのだが自分でやるのは別のことで上手い下手がある。ボクは平均より少し上の程度だ。玄関の壁にテラコッタのレリーフを取りつけた状態。 それでもプロとまでは行かなくても何とか格好がついた。想えば今年は仕事の合間によくガーデニングの作業をしたものだった。一番大きなことは日本庭園の外周に焼き杉風のラチスを張り巡らしたことだった。割合値段の張る材料だったが、観た目の範囲全部に張り巡らしてみれば庭が見違えるようにクッキリと浮かびあがって金を掛けただけのことはあると想った。焼き杉風の色合いだからパティオのラチスとは違って案外上手く和風に溶け込んだのだ。しかし玄関の前栽の境界線には設けるつもりは無い。というのは、既にフェンスがあり、そこに生垣が適当に茂っているからだ。それに玄関から見通しが効くので防犯上良い。閉鎖的にすれば空き巣にはもってこいの条件になってしまうのだ。
2009/12/03
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今年を振り返って(3) さて、今年を振り返ってみて良かったかどうか単純に考えてみると、私事としては良かったと言えよう。昨年は気苦労から突発性難聴になり左耳が聴こえなくなるという不運に見舞われた。今年は徐々に回復して半分は聴こえるようになった。が、高音、低音はそうなったものの中音(人の話す声)は聴こえないままだ。そいうハンディキャップを持ちながらの人との会話には苦労させられたが、気分的には少し落ち着くことができた。それよりも毎日が小学校の建設工事の監理業務で忙しく余分なことを考える間が無かったのと、春に自治会長の二年の任期が切れ、新会長に引き継ぐことができた解放感も大いに気分を軽くしてくれた。8月頃のガーデン・テーブルでのココ。 自治会長をしている時に数人の老人会役員連中が公金(市からの老人会への補助金)をちょろまかし自分達だけで毎年温泉旅行に行っていることが判明し、自治会から是正指示されたことに反発し自治会長を怪文書やねつ造した噂で攻撃し脅迫状まで来るという事件があり、公に知られるところとなり、連中は社会的に処断され表舞台から消えざるを得なくなってしまった。それで突発性難聴は少し回復したのだが、何よりも住み易い住宅団地に戻ったのが良かった。新しい自治会は風通しがよくなって集会所の周りも雑草が一掃され、年中綺麗な花壇の花で美しくなった。老人会も自治会の内部の一つの組織となって活動しやすくなった。9月頃の小屋根のココ。 大きなことでは、戦後、独裁的に続いた自民党政権が今年倒れたことも社会現象として大きな出来事だった。アメリカの傀儡政権として安穏としていた自民党を始め、単に反対ばかりして裏取引で成り立っていた社会党も潰れ、一種の無血革命的な政治の雪崩現象が起きたのだった。政権交代の直接の原因は、アメリカ帝国の崩壊だった。リーマン・ショックが決定的なダメージとなって金融国家が崩壊したのだ。親ガメ(アメリカ)が転べば上に乗っていた子ガメ(日本)もずっこけたということだった。千載一遇のチャンスに上手く乗った野党の民主党が選挙で圧勝し民主党政権が誕生し、今年はそれで政界はもちきりとなり「政権交代」が流行語大賞になった。10月、ベランダのココ。 しかし、社会的にはアメリカ発の世界大恐慌となって、当然ながら日本も例外なく大不況で大変な歳であった。来年はもっと酷くなると予測される。そんな中にあっても最初に述べたように私事としては、今年のように来年も安定した歳になりそうに想える。有難いことだ。贅沢を言えばキリが無いが、平凡な一市井人としては適当な仕事量と趣味の分野で退屈しない時を過ごせそうである。年齢的に昔のように活躍はできないから歳相応の過ごし方をして行こうと想うし、そういう風に行ければ万々歳である。つまりは与えられるもので楽しむのではなく自分で作り上げたり行動することで楽しみたいのである。11月、そろそろ寒くなって来たのに高野槇の根元で寝そべるココ。 具体的に言えば、近年流行っているような中高年者が健康維持の為に郊外へのウオーキングや簡単な山登りをしているのと変わりない事をすることであり、その延長で多少趣味を兼ねて古寺巡礼をしながら絵を描いたり景色や風物をカメラに収めたりすることぐらいなものだろう。たまには街のバーや居酒屋に立ち寄り一杯やれば幸せというものだ。たまたまテレビの番組で、全国の居酒屋を飲み歩きながら独り言的に店を評価する中高年のリポーターが居て、それを呑みながら観ていたボクに「お父さんも、これをやれば?」と妻が言った。「仕事で、こういうことをやらされるのは大変だヨ。好きなように自分流に呑み廻るのが最高」と返すと「それもそうネ」と納得していた。12月、外の様子を観るココ。 そういうものなのだ。自由気まま、好き勝手に何かをやるというのが人間にとって一番の楽しみなのだ。それが飲み屋で一杯やることであろうと古寺巡礼であろうと、ボランティアであろうと、何でも構わない。勿論、仕事でも良いだろう、好きな仕事なら。要するに納得ずくでやるのが疲れもせず長続きするのだ。そういうことが出来る人は幸せである。社会正義の為にとか、世界平和の為にとか大層なことを目指さなくとも、身近なことで自分の分に合ったことで、出来れば人に迷惑が掛からず、慾を言えば社会に何か役立つことであれば言うことは無い。が、それが義務とか、せねばならないという気が勝てば自由気ままとはならない。本当に心から気楽に出来ることは、ココではないが、幸せと言うものだ。
2009/12/02
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今年を振り返って(2) 今年の梅雨時分の空模様には例年になく気を使ったものだった。というのは工事現場が本格的にコンクリート工事に入っていたからだ。尤も雨でもコンクリートは打設できる。しかし、大雨の時は中止せざるを得ない。何故なら余分に水分がコンクリートに混じってしまうからだ。余分に水分が多くなるとコンクリートの強度が落ちるのである。少々の雨ならコンクリートの表面を流れて混じることも少なく高が知れているが大雨だと混じってしまうのだ。生コンクリートの堅さは材料の配合でも変わるが一般的には水の分量配合を変えることで柔らかさを変えることができる。柔らかい方が作業性(ワーカビリティー)が良いから昔は品質管理を無視して粗悪なコンクリートがよく出回った。7月(下層階の躯体工事が完了した階段部分)。 ワーカビリティーが良いということは楽にコンクリートが打設出来るということだから敢えて俗に「シャブコン」と呼ばれる水の多い柔らかすぎるコンクリートが出回ったのである。勿論、強度が落ちるので危険だ。危険を無視した職人や無責任な現場監督が仕事を早く終わらせたい為にそういうことをしたのである。当然ながら後年、そのコンクリートが崩壊して事故を起こすことが多発した。昭和40年代の高度成長時代の工事物件だ。10年ほどして高速道路や新幹線のトンネルのコンクリートの崩壊が全国的に現れ、慌てた建設省(今の国交省)が法改正をして品質管理を厳重にするよう改正した。だから、昭和40年代の建物には不良物件が多く散見出来るだけに我々は疑いの目で観てしまう。8月(1、2階から始まった内装工事)。 その証拠に、この小学校の旧校舎は劣悪な状態のコンクリートであることが分かった。1月に解体工事が始まって重機のコンプレッサー(油圧ハサミ)でコンクリートを砕く際の音が弱かったので分かったのだ。強度が出ているコンクリートなら砕く音は堅いが、此処の場合はグスッと鈍い音がして穴が開くだけだった。つまり柔らかいコンクリートであったのだ。「今だからこそ言えますが、阪神大震災でよくもったものですネ。大阪だから良かった」と校長や教頭先生に話をすると「え~ッ!言わないで下さいヨ、恐ろしい!」と絶句していた。3年前にも別の小学校で似たことがあった。体育館の耐震補強と改修工事をした時のことでコンクリートに白化現象が見られ強度が弱かったのだ。9月(最後の躯体工事となる屋上階のコンクリート打設工事)。 白化現象とはコンクリートの骨材(砂利)の周りに白い層が付着する現象で割ってみて初めて分かるものである。白い層はセメント・アルカリ化現象で酸化クロムが発生しているのである。これはコンクリートの中で水とセメントとで起きる化学反応で膨張するものである。膨張すればコンクリートはジワジワと破壊される。つまり強度が落ちるのである。防止方法は水が廻らないようにコンクリートの表面に塗膜防水をする。水さえ廻らなければ数十年は大丈夫である。その他には品質管理としてコンクリートの強度を保つ為に温度補正をする。温度補正とは寒い時や暑い時に気温に左右されず正常にコンクリートが固まるように硬化を促進させたり遅らせたりする補正剤を混入する方法のことだ。10月(出来上がった階段)。 生コンの柔らかさの目安はスランプで観る。生コン車から採取したサンプルの生コンを高さ30cmの末広がりの筒に入れて水平な鉄板の上で筒を外す実験をすることで円柱状の生コンは崩れ、その崩れた部分(スランプ)の高を計測して柔らかさを見るのである。以上細々と専門のコンクリート工学の講義のような話になってしまったのでこの辺で止すが、一般に分かり易く言えば、スランプ16~18(cm)が正常な平均値で、22(cm)ぐらいになれば柔らかすぎて不良品ということになる。シャブコンは25(cm)ぐらいあったのだろう。異常な柔らかさで水が多い粗悪品状態である。まともな技術者から観れば恐ろしい話だ。11月(外構工事の内、外部手洗い場のタイル工事)。 さて、堅い話ばかりになってしまったが、出来上がって綺麗な仕上げを観れば気分は楽しくなるものだ。たとえ役所の基準に縛られて面白くも無いデザインになった建物であっても、出来るだけ人に優しい楽しい建物に成るようにカラー・コーディネートをする。それも監理者の仕事である。役人の堅い頭では選ぶ色彩もくすんだ暗いものに成りがちだが、学校の先生には出来るだけ明るくて無理のない、生徒の気持ちを楽しくさせるような色合いを奨める。カラー・サンプルも様々な状況を説明してイメージを抱いてもらう。ボクはそういう方針で進める。しかし、役人は渋い顔をする。今月(完成した校舎は竣工検査を待つばかりだ)。 と言うのは、自分が竣工検査の時に上司から注意されはしないかと勝手に想って地味な色合いにしたがるからである。生徒や先生のことは考えないのだ。言わばそういうことはどうでも良いのだ。波風立てずに何とか検査に通ってくれれば良いとしか考えないのだ。そういう馬鹿な役人は邪魔だから出来るだけ無視して、先生には専門用語を混ぜて相談に乗るようにする。すると先生は一応教育者であり専門職という自負があるからそういうアドバイスには快く乗るのである。よくぞ教えてくれたとばかり目を輝かせてカラー・コーディネートに夢中になるのである。壁クロスも床の色もカーテンもブラインドも総て教育の基本として環境が心理状態に影響することを知っているからである。(つづく)
2009/12/01
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