まいかのあーだこーだ

まいかのあーだこーだ

2006.03.29
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テーマ: 風のハルカ(31)
カテゴリ: 風のハルカ
わたしは半年前から、かなりの気合を入れて、
このドラマをずっとフォローしつづけてきました。

でも、ラストが近づくにつれて、
正直、わたしの不安は増すばかりだった。

本当にこのドラマをフォローしてきてよかったの?
最終的に、わたしはこのドラマを支持できるの??
もしかしたら、
このドラマをフォローしてきたのは、
わたしにとって、大きな間違いだったんじゃないの??



でも、
どうやら、もう、そういう心配はしなくてよさそう。
最終週になって、ようやく、このドラマの着地点が見えてきた気がする。



青鱗湖で、天に昇る龍に出会った5人の夢。

願いを裏切られても、夢見ることをやめられなかったハルカ。
願いを裏切られ、湯布院と、家族とを憎みつづけてきたアスカ。
願いどころか、
兄を亡くし、家族を失くし、過酷な少女時代を生きてきた奈々枝。
龍のウロコなんかより、
ガイセイバーのほうがよっぽど大事だった金持ちの坊っちゃん、正巳。


5人の少年少女の、それぞれの夢が、
どんなふうに挫け、そして、どんな形でかなえられるのか。
それを描くことが、このドラマの一番のテーマなんだと、ずっと思ってきた。


・・けれど。


待てども待てども、「龍のウロコ」は出てこない。

小説の中のアスカの心の叫びが何だったのかも、まったく見えてこない。

“レストランの夢”はどうやら叶えられたけど、
あとは登場した男女をアミダくじのように結びつけてエンディング・・
なんてことで、このドラマが終わってしまうんだとしたら、
わたしには、いったいこのドラマが何を言いたかったのか、
まったくもって理解できないで終わるってことになる。

それに、
猿丸さんとハルカが結ばれることでドラマが幕を閉じるのなら、
それは、子供時代のあのエピソードとは何の関係もないエンディングになってしまう。

本当にこのドラマが、
ただ「娘を嫁入りさせるまでの物語」に終わるんだとしたら、
まさに、小倉千加子が批判した、
そのまんまの結果だと言っても過言じゃありません。

わたし自身、本当にそんなことなら、
最後の最後になって、
このドラマをこっぴどくコキ下ろすことになるかもしれない。

正直、先週ぐらいには、
わたしは、そこまで考えてました。


でも、
どうやら、このドラマは、
わたしが予測していたのとはまったく違うところに、
その着地点を用意してるんじゃないかという気がする。
そういう方向性が、今日の放送で、なんとなく見えてきた。



青鱗湖の、5人の子供たちが、
それぞれに描いていた夢。

でも、重要なのは、
その個人個人の夢が、
叶うってことでもなければ、挫折するってことでもない。

それぞれの夢は、
その時々で、かなったり、くじけたりするかもしれないけど、
大事なことは、それらを乗り越えて、
それぞれが、それぞれの「個人」の立場から、「社会」へ開いていくこと。

そこに、このドラマの着地点があるような気がする。

これからのこの町を、
守っていくんも、変えていくんも、わたしたちや。


結局、いちばん重要なことは、
レストランを成功させるかどうか、
もういちど家族を取り戻せるかどうか、
だれかと幸せな結婚ができるかどうか、
そういうようなことじゃない、と思う。

個人的な夢を実現できるかどうかが重要なんじゃなく、

大事なのは、
その夢と、その挫折を乗り越えたところから、
彼女たちのまなざしを、社会に向けて開かせていくこと。

それが、このドラマの着地点であり、
同時に、彼女たちの新たなスタートラインになるんだろうという気がします。

そして、
そういうラストなら、
たとえ登場人物がだれと結ばれ、どんな立場におさまったとしても、
わたしとしては、納得のいく結末を迎えられる気がする。


・・もともと、このドラマは、
「トトロ的な世界」を描くと同時に、
そのファンタジーを壊すところから始まりました。

そういう意味で、このドラマの物語は、
『となりのトトロ』に描かれていたような、
子供の夢=自我の夢への、現実世界からのアンサーみたいな感じがあった。

でも、最後の本当の答えは、
そういう子供(=自我)の夢が、現実に叶うのか、それとも壊れるのかじゃなく、
最終的に、それを乗り越えた彼女たちが、
そういう「自我」の世界から「社会」に開かれていくことの大事さにあったんだ。
そういう気がしてきた。

それこそが、「トトロの世界」を乗り越えることなんだって気がする。


こういうエンディングは、
事前には、まったく予想してなかったけど、
今になって思えば、
こうやって登場人物の未来を「社会」のほうへ開いていく結末は、
ちょうど『不機嫌なジーン』と同じ構造になってるのかもしれません。




『ニコニコ日記』も『不機嫌なジーン』も、
ともに九州を舞台にした話だった。

もともと、大森美香ちゃん自身、
中途半端な気持ちで九州の物語は作れないんでしょう。

この『風のハルカ』も、
ただたんに「湯布院の観光PRドラマ」に終わらせるだけじゃ、
彼女自身の気持ちはおさまらなかったと思う。

これ、昨日、もういちど読んでみたら、
この主人公も、けっして故郷を「良し」と思ってない。
だから、この町を嫌いなオレは、
この映画に向いてるのかもしれんな・・


これは、たぶん美香ちゃん自身の気持ちでもあるんだと思う・・。

「書くべきことは書かなきゃならない」ってのが、
最後に、こういう形で現れてくるんだなと思います。

それに、これは湯布院だけの問題じゃなく、
たぶん、日本中のあらゆる場所で、
“故郷を愛するがゆえに憎む”というようなことがあるんだろうと思うし、
むしろ、キレイごとで終わらせないドラマの内容のほうが、
地元の人たちにとっても、有難いことじゃないのかなって気がする。

なんだか、
わたしは『不機嫌なジーン』のことが鮮明によみがえってしまいました。

そういえば、YUIちゃんも福岡の出身だったっけ。



「農業と、旅館と、観光」みたいな提案が、
現実的にどれほど有効なものなのかは、わたしには分からないけど、
とりあえず、彼女たちを、
「個人」の願いから、そういう「社会」的な課題に向かわせて、
そこでもういちど彼女たちを、同じ夢を共有させるような場所に立たせれば、
それで、このドラマの役割を果たせるんじゃないかなと、
そんな気がします。








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最終更新日  2006.03.30 02:00:51


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