まいかのあーだこーだ

まいかのあーだこーだ

2026.04.01
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テーマ: 日本の歴史(1089)
わたしは、
4年前の「ブラタモリ」境港の回↓を見て以来、
https://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/202208290000/

てっきり島根半島というのは、
隆起でできた東西に長い島を、
杵築 (出雲) ・松江・境港の3つの砂州が繋いだもので、

それらの砂州は、
すべてトンボロの原理で作られたと思い込んでました。


ところが、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B5%B7
島根半島の時系列の形成過程が図解されてて、
わたしの考えは間違ってたと判明!

何故いままで気づかなかったんだろう…(^^;

斐伊川の歴史.svg


わたしの勘違いは大きく2点。

第1に、
真ん中の松江は砂州じゃなくて、
紀元前5000年の縄文海進で沈まなかった台地であり、
もともとの島根半島の首 (付け根) なのです。

第2に、
西の杵築と東の境港は、

厳密には陸地と離島を結ぶ「トンボロ」じゃない。

正確な定義はよく分かりませんが…

ChatGPTの説明によれば、
それらは「沿岸漂砂や河川供給による堆積作用」で、
小さなスケールで生じる「トンボロ」とは違うそうです。



松江 → 杵築 → 境港

の順に土地が形成されたのは事実だし、
その地形変化と海流変化が、
出雲国造家の拠点移動を促した可能性は高い。



紀元前4000年に、
西側の杵築の砂州形成によって、
内湾が外海から分断されて宍道湖になります。

なので、
元来は松江の東岸こそが、
漂流物や漂流民の終着地であり、
波の穏やかな湾内の良港として、
商業交易や政治外交の拠点だった。

もともと島根半島周辺は、
リマン海流や対馬海流によって、
北九州を経ずに朝鮮半島との直接的な交流が可能。

国引き神話は、
海の彼方から土地を引き寄せるファンタジーだけど、
実際には人や物や文化を引き寄せたのでしょう。

黄泉比良坂が、
現世と異界の境界だったとすれば、
それは古代の海に通じてたからかもしれない。

https://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/202310070000/

松江の東岸は、
島根半島の森「闇見 くらみ 」と同様に、
黄泉の国の入り口でもあったのだと思います。



しかし、
奈良時代末から平安時代初期に、
東側の砂州 (夜見島) が米子につながると、
弓ヶ浜半島によって中海が汽水湖化します。

上掲のWikipediaの図を見ると、
弥生時代にいちど半島が完成してますが、
奈良時代にはまた島に戻ってたらしい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/弓ヶ浜半島


海流の終着点は、
弓ヶ浜半島の形成にともなって、
松江東岸から杵築や境港へと移ります。

そして、
現在の神魂神社を中心とした出雲国造家の活動が、
西へ比重を移すことによって、
杵築大社 (出雲大社) の成立へと帰着する。



出雲から大和への国譲りによって、
現世支配と冥界支配とが分担され、
出雲は冥界のみを支配することになります。

西の杵築は神々の終着点となり、
東の境港は妖怪たちの終着点になる。

小泉八雲が松江で収集した怪異は、
まだ松江東岸が異界の入り口だった頃の、
古代の記憶を掘り起こしたものかもしれません。



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最終更新日  2026.04.02 11:30:27


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