まいかのあーだこーだ

まいかのあーだこーだ

2026.05.29
XML
梅雨寒やレンジ湯たんぽまた出して ザクザクと初夏の荷解きや部屋ひらく 夏野菜廻る姿や小宇宙 クエン酸シンクの雲消し五月晴れ ルクエより溢るる春の香のゆたか 留守の部屋夏風くるり掃除ロボ 吾の棘もなくなりしかな胡瓜揉み 夏めくやマスクケースの影薄し
5月28日のプレバト俳句。
番組ではお題を「台所」としてましたが、

実際の兼題は「自宅にある便利グッズ」だったようです。

とはいえ、便利グッズには、
一般のイメージを超えた機能があるし、
それを共感性のある句にするのは難しい。

ややもすると、
器具の説明をしただけの句になりがちだし、
なかなか厄介な兼題です。




YOU。
ザクザクと初夏の荷解きや 部屋ひらく
初夏の部屋 ザクザクひらく段ボール
(添削後)

番組では中八で読んでましたが、
「にほどき」と読むなら「や」を省けばいいし、
逆に「や」を使うなら「にとき」とも読めます。

下五の「部屋ひらく」は意味不明ですが、
ドアを開けたとも解釈されかねないし、
荷解きして部屋が広くなったという意味なら、
時間経過をふくむ因果関係ってことになる。

そして、やはり、
「ダンちゃん」という便利グッズを知らないと、
ザクザクという擬音の理由が分かりにくい。


ザクザクが何の擬音か分からないと、
A: 初夏の部屋ザクザクひらく/段ボール
B: 初夏の部屋/ザクザクひらく段ボール

のどちらに解釈すべきか読み迷います。

素直に商品名を詠み込んで、
ダンちゃんの荷解きザクザク 初夏の部屋

と書くのが正解かもしれません。





夏野菜廻る姿や 小宇宙
夏野菜ブンブン回すみじん切り
(添削後)

下五の「小宇宙」は、
いかにもソングライターが使いがちな比喩だし、
全体的に意味不明です。

現在のJ-POPにはその種のものが多いのよね。
比喩を散りばめて本人だけが分かってる歌詞。

それと同じく添削句も意味不明です。
夏野菜をぶん回しながら微塵切りをするのか。
包丁をぶん回しながら微塵切りをするのか。

やはり、これも、
「ぶんぶんチョッパー」を知らないと、
字面だけじゃ理解できない内容ですね。

器具の説明をするなら、
夏野菜回れば微塵 便利器具

のように書けるけど、
夏野菜色とりどりの微塵切り

とだけ書くほうが映像的でしょうか。
まったく面白みはありませんが…(^^;





村山輝星。
梅雨寒や レンジ湯たんぽまた出して


今週はこれが一番まともでした。
それはグッズ名をそのまま詠み込んで、
とりあえず意味を分かりやすくしたから。

…とはいえ、
前段と後段が因果関係になってて、
二物衝撃とは言いがたい内容なので、
通常なら凡人査定になるかもしれません。


輝星ちゃんは字も上手なのね。



森口瑤子。
ルクエより溢るる春の香 のゆたか
ルクエより溢るる春の野菜の香
(添削後)

こちらも、
グッズ名をそのまま詠み込んでるけど、
ルクエを知らない人も多いだろうから、
それはそれで別の難しさがありますよね…。

じつは俳句そのものは、
たいしたことを詠んでるわけじゃなく、
見かけに反して内容は乏しい。

そして格助詞「より」は、
《起点》の意味か《比較》の意味か分かりにくい。
もし後者だとすれば、
> ルクエのなかの食べ物の匂いよりも
> 春そのものの香りのほうが豊かである

…みたいな誤読が出来てしまいます。

ためしに、
春を閉じルクエが蒸した野菜の香

としてみましたが、
やはり内容的に凡句です。




エルフ荒川。
クエン酸 シンクの雲消し 五月晴れ
五月晴の窓や シンクにクエン酸
(添削後)

原句は中八で三段切れ。
台所で五月晴れってのも違和感がある。
(雲を消して五月晴れ…という掛詞らしい)


添削句も上6の字余りですが、
シンクにクエン酸 窓は五月晴

とすれば破調の17音には収まります。

ちなみに「五月晴れ」の本義は、
梅雨の合間の晴れ間のことだそうです。

そういう意味だとすれば、
梅雨晴れの窓や シンクにクエン酸

と定型に出来ますし、
そうでなければ、
たんに 「夏晴れ」 でもいいわけよね。




なにわ男子・高橋恭平 …ストロボエッジの一ノ瀬先輩ね。
留守の部屋 夏風くるり 掃除ロボ
留守番はお掃除ロボット 夏の風
(添削後)

これも三段切れだけど、
A: 留守の部屋/夏風くるり/掃除ロボ
B: 留守の部屋/夏風/くるり掃除ロボ

と切れの位置によって解釈が変わります。

かりに、
作者のいない無人の場面を詠んだなら、
それは描写じゃなくて空想ですね。

添削のほうは、これで正解だと思います。
ロボットに留守を任せて玄関を出た場面と考えれば、
不用心という話にはなりませんから。





梅沢富美男。
の棘もなくなりしかな 胡瓜揉み
吾の棘も減りしか 胡瓜揉みしょっぱ
(添削後)

基本的には心情句です。
中七で「かな」を使うのはイレギュラーだけど、
一概に悪いとまでは言えません。

最近は品種改良で、
棘のない胡瓜があるとのこと。
しかし、その意図が読み手に分かりにくい。

棘の有無について詠むのなら、
料理した後の胡瓜揉みよりも、
むしろ生胡瓜と比較すべきなのでは?

たとえば、
棘のなき胡瓜や 爺の棘も消え

棘がないと言い切るのが不遜なら、
棘のなき胡瓜や 吾 われ も棘わずか

…ってな感じでしょうか。




清水アナ。
夏めくや マスクケースの影薄し


下五「影薄し」は、
存在感がないという比喩なのか。
それとも薄い影の実景を描写してるのか。

花粉症の季節が過ぎて、
マスクが不要になったという意味かしら?
だとしたら、
前後に因果関係があるということですね。




▽過去の記事はこちら
https://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/ctgylist/?ctgy=12








いいねを押す前に 
 こっちを押してね!!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.05.31 14:49:31


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: