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動画を貼り付けました。「唯」に見立てた女性が消える直前までの映像ですが、浩次を想っkkkkて 第23話 こころが先に 動画を貼り付けました! 浩次はすでに予約待機してくれていたタクシーの中にいる。乗り込むと同時にドライバーの方に礼を言い、行き先を告げた浩次はアンドロイドメーカー「F・L」社営業部「アンドロイド」課に電話を入れた。電話口に出た女性社員に用件を告げると、保留音が流れ始めたがすぐに男性の声に変わった。 「これは杉山様、すっかりご無沙汰致しまして申し訳ありません」 課長である加賀見氏の声が聞こえた。今まで、どちらかと言うと聞きたくなかった人の声なのに心が決まると、思いもよらず耳に心地いいとさえ感じるのはなぜだろうか・・・「今、新東京駅から自宅に向うところなのですが」「左様でございますか」加賀見氏は次の言葉を急がない。「F・L](Fair lifeの略、 『公平な命』の意)社のような義体メーカーはどの会社でも営業課の社員には、「メンタルケア乙種」の資格取得を課している。彼らが接する客は、失った身体の部分を補うその為に、自らの欠損部分を彼らに診せ、触れさせる許可を与えなければならない。従って担当者には、顧客の尊厳に対する守秘義務を遵守することのみならず、看護士が患者に接するのに似た心構え、つまり顧客に安心感を与えるような接し方が必要とされる。 特に「アンドロイド」を求める人はまず、大切な人を亡くした方であることを充分理解して接することが大前提となる。従って「アンドロイド」対象顧客応対担当者が必要とする資格もより高度なものを求められる。 「メンタルケア乙種」取得後2年以上の実務経験を経た者にはじめて「メンタルケア甲種」受験資格が与えられ、さらに「メンタルケア甲種」取得後1年以上のインターンを経た後、「メンタルケア甲種第2種」資格保有者のテストに合格した者だけに「アンドロイド」対象顧客応対担当者として「アンドロイド」課に所属することが許される。 浩次は、加賀見氏にオーダーを決めたことを告げ、書類に必要事項を記入、サインした。「結構で御座います。僭越ながら奥様のお姿、お振る舞い等、杉山様より承っております事柄につきましては、先日お預かり致しましたディスクを再生し、改めて確認させて頂きました」 浩次はあの日、了と美季と3人で旧交を温めた翌朝、コンビニの隣りに見つけておいた「POST NET」からビデオディスクを「F・L」社の加賀見氏宛に速達で送っておいたのだ。 「F・L」社のゲートまで見送ってくれた加賀見氏からのメールを受信したのは、直接書類にサインしてから5日後の朝だった。「杉山 浩次様、お早う御座います。奥様、杉山 唯 様は何時にても、お会いになられます。わたくし、加賀見がすべてのお仕度を整え、杉山様をお待ち申し上げております。尚、杉山様のご自宅まで奥様をお送り申し上げることをお望みになられました際はそのように致します。どの様にも杉山様のお望みのとおりに致します。それでは、ご返信のほどお待ち申しあげます。 「F・L」社杉山様担当 加賀見真一 」 約1時間後、加賀見氏は浩次の自宅マンションの前に車を寄せた。浩次は自宅で、唯を待つことにしたのだ。本当はすぐにでも迎えに行きたかった。けれど、アンドロイドの唯を見て、助手席に乗せて、冷静に運転する、そんな自分を想像することは出来なかった。 チャイムが鳴った!浩次は飛び立つ思いを抑え、インターホンに向って言った。「はい」モニターに写る二人の姿。一人は加賀見氏、もう一人は・・・ああ・・・ 「杉山様、加賀見でございます。そちらにお伺いする前に、お願いがあります。わたくしが先にドアを開けますのでサインをお願いします。そこでわたくしは失礼させて頂きます。そのあと直ぐに唯様がお入りになります。詳しくは後ほどメールを差し上げます。それではこれにて・・・有り難うございました」 「あ、はい・・こちらこそ・・・」 サインを受け取った加賀見氏の足音が小さくなる。 ドアが静かに開く・・・懐かしい・・・もう目が熱くなって・・・けれど、どうしても顔が見たくて我慢した。軽い金属音がしてドアが閉まる・・・ 「唯、唯なのかい?」返事は無かったけれど、彼女は頷いた!ぼくのことが分かるんだ! どんなにか迷い、そしてどれほど待ち望んだことか・・・彼女は、まだ硬い表情だけど !ぼくの方へ両手を差し出そうとしている!でも玄関に立ったままだ。 ぼくも手を伸ばしてゆく・・・照明が彼女の顔を浮き立たせた!「唯!」 そのときぼくの手は遅れた!ぼくのこころが! 「こころが先に」 彼女を抱きしめていたんだ! 、唯の浩次への想いは、願いとなり叶うのです。 ポチして頂けたら幸いです! 1日1回有効です
2012.10.25
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いつもなら、「国立図書館」を開き、「文学」 「小説」と続いて開くのだが 浩次の頭の中で「声」がした。連想とは違い、なんの脈絡もなしにただ「災害」と、どこからともなく「声」が現れた。 ※これを「マインドポップ」と呼ぶらしい。そしてそれは、浩次の世界を占拠し、彼の意思となりディスプレイに表示された「災害」に彼の指を触れさせた。 「災害」のカテゴリー 一覧から「地震・津波」を選ぶと、サブカテゴリーが表記された。今度は想像していた通り、一覧のトップに「太平洋アジア大震災」が有り、浩次は躊躇うことなく指で触れた。 すぐにタイトルが現れ、続いて解説文、被害状況を示す文字が自動的にスクロールされていく。改めて知る被害の大きさに、浩次は知らず呼吸を忘れていた。スクロールを手動に切り替え、上体を伸ばしゆっくりと一度深呼吸をした。 文字による資料のページが終わると、動画が自動再生を始めた。大地が揺れ、2度目の津波が引いた後の光景を見て、浩次は背中が寒くなるのを感じた。 想定される限りの対策を施したはずの高い防波堤だったのだが。四方を海に囲まれた日本の海岸、太平洋側だけでもそのすべてをガードすることは、やはり無理だった・・・80年前から徐々に高台に移転する人々が増加したとはいえ平地に集中していた都市部の移転は計画そのものが難題だった。 その隙をつくように防波堤の切れ目から海水は浸入した。津波の直撃は、かなりの割合で軽減されたのだが、スピードを落とした浸水は避けられなく、標高の低い都市部ほど浸水範囲は広がり地震による倒壊を免れた家屋は2階部分まで浸水した。 浩次の目が哀しみに彩られていると、カメラは上方向にパンした。町のあちこちに点在するビルの屋上に、手を振る人々の姿が見える皆が見上げている上空には、次第に数を増すヘリコプターの機影航空自衛隊の救助作戦が開始されたのだ! 地方の町でも、津波警報が解除されると同時に自衛隊、警察、消防団特に自衛隊は、災害対策も考慮に入れた大幅な予算増によって配備を拡大した救助作業車両を抱えて運べる大型ヘリコプターを各地に派遣、クレーン車やショベルカーを使用、慎重に瓦礫を撤去しながら多くの人々を救助し、海では海上自衛隊と海上保安庁が協力して波間に漂う人たちを救い上げてゆく。 間もなく動画が終わり、ヘッドホンをはずした浩次は、大きく息を吐きながら背もたれに身体を預け、意識して肩の力を抜いた。 そのとき、さっきまで彼の世界を占めていた心の痛みは唯への想いと繋がっていたことを思い出したことで和らいでいった。 ふと、我にかえり窓の外を見ると「新 横 浜」の三文字が見えた。(停車してたのか・・・!次で降りなきゃ)浩次は手にしていた携帯モバイルPC本体をディスプレイボードから取り外し、バッグにしまった。 電子音が鳴り響くと、リニアカーは滑るように動き始めた。浩次はポケットから携帯を取り出すと、タクシーセンターに名前を告げ、「新東京駅」中央口に予約待機を依頼した。「これでいい」と一人ごちた浩次の心を占めることは、ただひとつ 「会いにゆくよ、唯」 ※日経サイエンス10月号より引用
2012.10.18
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もうすぐ唯に会える。たとえアンドロイドであっても構わない。彼女に会えるなら・・・2070年以前ならば、白い目で見られていただけでなく禁止されていたことなのだ。故人または行方不明者にそっくりなアンドロイドは、刑事事件ならば、警察の捜査に支障となり、災害や遭難時には捜索及び、生存確認作業に混乱を招くからだ。 ところが21世紀末におきた「太平洋アジア大震災」は人的喪失の数が桁外れに多かった。死者は31万2千人、行方不明者は17万人強と史上最悪の人的被害をもたらしたのだ。 その結果、家族を失った多くの人々の精神的ダメージを考慮した政府は「疑似アンドロイド禁止法」を3年間と期間を限定し、一時撤廃を議決した。 浩次は、バッグから厚さ3ミリほどの透明なボードを取り出した。大きさB5サイズほどのボードは充分な強度を持っていながら適度に軟性を備えている。彼はもう一度バッグの中に手を差し込み、厚さ5ミリ、縦、横、それぞれが20ミリ×40ミリほどの金属板を取り出し、先ほどのB5サイズのボードの裏に装着した。すると透明だったボードが白色に変化し、瞬く間にアプリ選択画面となった。 浩次が選んだのはオンラインライブラリーだった。有料だが国立図書館に収められたすべての書物を閲覧し、ダウンロードも可能だ。浩次は、リニア新幹線新東京駅に到着するまで愛読書の力を借りて唯の面影を少しだけでも薄めたいのだ、無理だとは知りつつ・・・ 応援のクリックよろしくお願いします
2012.10.16
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交通網に関して 国民が不安に思い、求める事は、大きく分けて2種類あった。 農林・水産などの第一次産業や製造・建設などの第二次産業界が先行して欲しいと願う、リニア新幹線の実用化と、日本列島を縦断する幹線道路の復旧までの具体的な代替策であり お年寄り、主婦、学生など、限られた地域で生活する人々そして第三次産業に携わる人々が必要とするローカル線や一般道を往来する交通手段の代替策だった。 政府は、この事案についても多様な知識人とスパコンにその答えを求め、回答を各自治体と、各省庁へ同時に知らせた。 主要な幹線道路の代替として、新エネルギーの発見、実用化により従来、石油を運搬していた石油タンカーの内から比較的小さめのタンカーを企業より国が安価にて買い取りこれを旅客、貨物運搬に両用可能なように改造した。 同時にスパコンが収集した情報に基づき、寸断された一般道の利用には大、中、小のヘリコプターを、比較的損壊の少ない道路用にはバスの代わりとして各地域の被災状況にあわせた数のキャタピラー車両を、軽度な被災で済んだ国々に発注した。 ※突然ですが可愛い「ムク」の写真を公開! 「待て」と言われてお座りしてますので足は写っていませんが 立ち上がると170cmほど、大きかった。人懐こくてご近所の 子供たちは今でも時々、フェンスのブロックの上に花を置いて ムクを偲んでくれています・・・
2012.10.13
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今、浩次を乗せたリニア新幹線は今日も通常の高速運転で走行中だ。20世紀後半から21世紀初頭には頓挫していたリニアモーターカーの高速且つ広範囲な実用化、その計画が中止された主な理由として 1、リニアモーターカーの構造上、急なカーブを曲がれない。2、軌道施設建設に莫大な費用が必要なこと3、リニアモーターカーの高速走行メカニズムである強力な磁力を 生み出す電力の供給が安易ではないこと これ等が主な理由とされていたのに、何故今は可能となったのか、その背景には皮肉な事柄があったのだ。 まず第一に、今から80年前、2070年にアジアを襲った激震「太平洋アジア大震災」によって日本各地で寸断された旧新幹線、及び在来線の復旧には、想像を絶する莫大なる費用と時間が必要であることは誰の目にも明らかだった。 このことは、日本列島を縦断する流通経路というライフラインそのものが長期に渡って停滞する事を意味する。 当時の政府にとってこの甚大なる被害は、事前の予想を大きく上回るもであった為、内閣は至急、災害時に決めていた対策要員と幸いにも破損を免れたスーパーコンピューターを駆使して対応を再検討した。 結論として、すでに着手していた、寸断された在来線の復旧は代替策を講じ中断する事として日本列島を縦断する新幹線を建設交通網再整備費として承認されていた復興予算の4分の1をその費用に充てることが決められた。まさに苦渋の決断であったが・・・ 次回、「リニア新幹線 (2)」へ、つづく いつも応援のポチありがとうございます 1日1回有効です 一週間1回有効です
2012.10.08
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