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June 10, 2010
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 チェックはその答えがさも不満そうに首を横にふった。

「だめじゃねえか。時は春。正に恋ののシーズンなんだぜ」

 すっかり年老いたチェックには縁のない話のようだが、それは俺にとっても大問題だった。なんとか気持ちをそらすようにしないと、どうも意識がそっちの方に向いてしまうのだ。あと2,3日もすれば忘れてしまえるのに。

「ははは。確かにそうだが、俺はこれでも理想が高いんでね。相手はじっくり選ばせてもらうよ」

 俺は、まるで気にしていないような素振りでそう言うと、かるくしっぽを振って見せた。だが、長年ネコ人生を歩んできたチェックにはやせ我慢に映ったのだろう。軽く首を横に振って哀れむように笑った。

「そうそう。お前さんが来ない間に、この公園におもしろい常連ができたんだぜ。まあ、ネコじゃないんだがね。興味があるなら明日の昼過ぎにここに来るといい。人間の世界にもいろんな奴がいるんだな」

 チェックは思い出したのか、口角を上げてかすれた声で笑いだした。明日の午後か、念のため親父に付き合ってみよう。


 翌日、チェックの言うとおり公園に出てきた俺は、意外な人物に遭遇した。アイスマン家のメイドをしているアンがやってきたのだ。


隣に座っていたチェックが、ちらっと目配せすると、さっさとアンに近づいて甘えた声を出した。アンも知っているネコを扱う様子で、チェックをすんなりと抱き上げてベンチの自分の横に座らせると、バスケットの中から小さなネコスナックを出してチェックに振舞った。

なにが面白い人間だ。結局ネコスナックにたかっているだけじゃないかと、俺が後悔し始めたとき、ブツブツとアンがつぶやいているのが聞こえた。

「はぁ。私はどうなるのかしら。アイスマン家はお金持ちだからいいお仕事だって聞かされて応募したのに、とんでもない家だわ。頼りにしていたメアリーさんはクビになっちゃうし、お嬢様はちっとも家には戻ってこられないし。
ねぇ、あなたどう思う?アイスマンさんって、どっかの一流企業の理事をしているらしいんだけど、すごく変な人なのよ。仕事から戻られたら、すぐさま自分のお部屋に入ってしまって、殆ど出てこないの。それに、メアリーさんには最初に言われたの。ご主人が自宅にいらっしゃるときは静かに歩くようにですって。あと、ご主人のお部屋には近づかないようにっとも言われたわ。おかしいでしょう? 
もしかして、あのご主人って幽霊か何かなのかもしれないわ」

 チェックは次のネコスナックほしさににゃあと鳴いていた。まったく、いい親父がよくやるよ。俺はそっと公園の脇に進み、そこから遠回りでアンの座っているベンチまで回りこんで、そっとベンチの下に寝そべった。うまいコーヒーの香りが漂って、俺にはそれだけで充分に心地よかった。


「それにね。時々だけど、ピーピーって、機械みたいな音がしていることもあるの。ご主人がいないときでもよ。なにやっているのかしらねぇ。料理人のチャーリーから聞いたんだけど、あのアイスマンって人は過去には相当悪いこともしていたらしいわ。チャーリーのお父さんのお友達がアイスマンって人の部下だったらしいけど、あんまりひどいことするからって、会社を辞めたんだって。
よその会社にスパイを送り込んだり、情報を幹部に売りつけたりしたらしいわ。それに当たり屋まで使ってよその会社の人を陥れたりしていたらしいわよ。そんなことしていてお金持ちになったってだめよね。案の定、奥様は病気で亡くなったし、お嬢様は家出されてお戻りにならないし、結局あの広い屋敷に一人ぼっちよ。哀れだわ」

 アンはブツブツとチェックに話して聞かせながら、次々とネコスナックをチェックの口に入れ、自分はサンドウィッチやバナナを食べると、もう一度カップにコーヒーを注いだ。

「あら、もうネコスナックが無くなったわ。ごめんね、ネコ君。また今度の休みにも愚痴聞いてちょうだいね」

 アンのその言葉を合図に、チェックはすっとその場を離れて歩きだした。公園の脇まで来たとき、チラッと振り返って俺にだけわかるようにじゃあなと挨拶して去っていった。



 アンは最後のコーヒーを飲み干したのかカップを水筒にセットして、バスケットの中身を整えるとまたとぼとぼと歩き出した。
アンにはアイスマンの家は合わないな。しかし今回だけはがんばって手伝ってもらわないといけない。よろしく頼むとしよう。


 チェックの言うおもしろい常連も確認できたので、俺はサムの家に戻る事にした。

 サムの家を目前にして、昨日出会ったケイトが表れた。


「ああ、探偵業さ。今までの仕事も続けている。パソコンとデータがあれば、なんとかやりくりできる仕事なんでね。ここでは一応俺は飼い猫ってことで通ってる。俺は猫になって2年だが、人間とはパソコンで会話しているんだ。もちろん、限られた人間とだけだがな」

 ケイトは呆れたように眉をひそめた。

「猫になってまで、ワークホリックってわけ?」
「なんとでも言えばいいさ。俺は自分を必要としてくれる仕事仲間がいる限り、仕事は続けるつもりさ。君はすっかり猫の生活に馴染んでいるってわけかい?」

 俺は、どうもこのケイトという人物が気に食わなかった。初めてみたときから、こちらを見下げているというか、小ばかにしているような印象を受けてしまう。

「しょうがないでしょ。飼い主が大変な猫好きなのよ。健康管理や美容にも時間とお金を使ってくれているわ。私は猫のコンクールで優勝したこともあるの。
自分の動きが常に視線を集めているってことを意識しながら生きてきたわ。まあ、その辺りは人間の頃と同じだけど。
おかげでいろんな国を回ったわ。」

ケイトは晴れ渡った空を見上げてつぶやく。

「だけど…

だけど、どうしても人間に戻るヒントを見つけることが出来ないのよ。調べ物をしたくても、そうそう自由な時間もないのよね。貴方はそのままで良いと思っているわけ?」

 ケイトはやや神経質に眉間に皺を寄せて早口で捲くし立てた。それは、人間に戻れないことへの焦りの表れだろう。

俺だって、諦めてしまったわけではない。だけど、どうすることもできないんだ。こういうときは、チャンスが訪れるのを我慢強く待つしかない。

「思っているわけないさ。だけど、今は自分に出来ることをやるしかないじゃないか。いつか人間に戻るヒントが見つかったら、ケイトにも知らせてやるよ。じゃあ、俺は仕事があるんで、失礼するよ」

 まったく、ケイトというヤツはどんな人間だったんだ。高飛車で傲慢で、ろくな女じゃないな。俺はさっさとケイトの横をすり抜けて、サムの家に入って行った。






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最終更新日  June 10, 2010 02:35:01 PM
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