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April 29, 2022
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カテゴリ: REALIZE2
翌朝、夜遅くに実家に戻っていたジークが、自家用船で離島の別荘に4人を案内した。

「リカルド、エリザベス、今日はお前たちに休暇を与える。こっちの別荘でゆっくり遊んでくれ。王女のお世話は俺が任されよう。この島は丸ごとうちの別荘だから、自由に遊んでくれていいぞ。ただし、向こうの岩場は危ないから、気を付けてな。」
「「やったー!!」」

 リッキーはベスと手をつないで早速浜辺へとかけて行った。ジークはその姿を見送って、ハワードに向き直る。

「ハワード殿、君も自由にくつろいでくれ。釣りをするなら、さっきの船着き場の近くに突堤がある。近くの小屋に道具も置いてあるから良かったら声を掛けてくれ。」
「ありがとうございます」
「私も釣りをしてみたいなぁ。ジークさん、良いですか?」

 ヒカルは今まで一度も釣りをしたことがなかった。3人はさっそく突堤に向かい、釣竿を垂らすことにした。年老いた釣り小屋の管理人がヒカルにツバの広い麦藁帽を手渡す。

「お嬢さんにはこれを。日差しがきついですから、日焼けしては大変ですよ」


 管理人は日に焼けて深くしわの入った顔をほころばせて、楽し気に笑った。

「ここはウェリントン領主さまの別荘ですから、お客さんは領主さまのお客様だけですよ。さ、大物を狙ってくださいよ」

 突堤の真下は透明度の高い海だ。波間に魚の影が見えている。朝が早いので、風が爽やかに吹き渡る。静かな波音が絶え間なく聞こえて、まるで別世界に来たような感覚だ。

「うわぁ!」

 突然、ハワードの釣竿がしなって持って行かれそうになる。

「一気にひっぱらないで、じっくり引き寄せて」
「おお、すごい手ごたえですね」

 珍しく頬を紅潮させたハワードが、じわじわと魚を手繰り寄せる。年齢からは想像できないような素早さで、管理人が網で補助すると、見事な魚が吊り上がった。

「さあ、ここに。」

 管理人が差し出した容器には、氷が詰め込まれている。ハワードが針を引き抜いている間に、今度はジークの釣竿がしなりだし、同じく見事な魚を釣り上げた。



 ぴちぴち撥ねる魚と動かない自分の釣り竿を見比べるヒカルも、「ひやぁ」と声をあげた。釣竿が引っ張られている。ぐいぐい引っ張られる感覚に心がワクワクしてくる。

「ゆっくりですよ」

 管理人が網を差し出そうとしたその時、釣竿が急に軽くなって、魚に逃げられてしまった。

「え~、悔しいなぁ」
「あははは。残念でしたねぇ。」


 そんなやりとりをしながら朝の時間を過ごし、別荘に戻ってきた。ハワードとジークが釣った魚は、アクアパッツアになってお昼ごはんに登場した。
 午後からも、リッキーとベスは海岸に出かけ、ヒカルは浜辺が見える別荘の庭に設えられたハンモックで木漏れ日の中、ゆっくり読書を楽しんだ。ジークは夜のバーベキューの準備をすると言って、食材の調達にでかけ、ハワードは別荘の書棚にあった植物図鑑で何やら調べものを始めた。

 波の音がこんなに心地よいなんて、いままで知らなかった。木漏れ日の優しい光と、程よい海風に吹かれて、ヒカルはうとうと昼寝を始めた。

 夕陽が水面にオレンジの光をちりばめている頃、ジークがバーベキューを始めた。新鮮な魚介のバーベキューに舌鼓を打って、今日はお開きとなる。それぞれに一部屋を用意してもらって、大はしゃぎしていたリッキーとベスだったが、気が付くとベスの部屋でチェスの駒を握りしめたまま二人そろって眠りこけていた。

 深夜になって、それまで調べものに精を出していたハワードが、ベランダに出てきた。静かな波の音と、月の輝きが浮足立っていた気持ちを沈めてゆく。ベランダに並べられたボンボンベッドに身をゆだね、ぼんやりと星空を眺めると、まるでさっきまでの光景が夢だったかのような錯覚にとらわれる。

「はぁ、ずいぶんと遠くに来てしまった」

 ヒカルが転移してきたのに対して、ハワードは何者かによる召喚だ。撮影に忙しくする日々が突然途切れ、気づいたときにはルクセン伯爵に保護されていた。男色の気がある伯爵から逃れるのは手間だったが、俳優業をしていたら、監督や立場のある人物から無理な要求をされることもあったので、ハワードは難なく逃げおおせてきた。伯爵の失脚によって、シルベスタの執事へと立場を変え、それは激動の日々ではあったが、大人のハワードにとっては自由のある暮らしだ。しかし、深夜の月と波音が誘うのは、思春期の不安に揺れ動く時代への郷愁だ。


家族と買い物中にスカウトされた若き日のハワードを、当時父は面白がって俳優を目指せといい、母も嬉しそうだった。映画に出るようになると、弟も友達に自慢ができると喜んでいた。しかし、「紅の騎士」の人気で、今まで以上にファンに囲まれることが多くなると、事態は一変した。
ロケバスの周りにも、近くのビルのトイレにもファンが待ち伏せしていた。ロケバスのカーテンの隙間からカメラのレンズが覗いていてぞっとすることも度々だった。それでも、外に出ると、多くのファンに応援されているのが心地よかった。
問題は、実家に帰った時だ。 外とは全く別の世界が広がっていた。玄関のドアを開けると、いつも弟のリチャードが仁王立ちして睨んでいた。そして、手を差し出して金を要求する。手渡しても黙ってひったくるようにして出ていくだけだ。ギャンブル狂いの父はほとんど家にはいない。母は紅の騎士の契約金が入ったとたん、家に戻ってこなくなった。金庫に入れていた契約金はなくなっていた。
どんなに人気があっても、孤独だった。映画、テレビ、グラビア撮影。露出度が上がると、油断する暇もない。本当の自分はどこに行ってしまったのだろう。自分は家族に何をしてしまったのだろう。家のベランダから海が見えたので、よくこんな風に夜風に当たりながら自問自答しながら波の音を聞いていた。

 執事としてシルベスタの元で働くことは、何の苦痛もない。給金も良いので、不安はない。ないのだが、この胸にぽっかり空いた空洞のような焦燥感はなんだ。ふと、すさんだ弟の顔が浮かんで、一層心を引きずり降ろされる感覚に襲われ、ハワードは深いため息をついた。

つづく





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最終更新日  April 29, 2022 08:20:16 AM
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