『福島の歴史物語」

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2007.09.29
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 二人は林の中の清冽な谷川の畔で、向かい合っていた。
 そして時が、静かに流れていた。
「房盛。苦しいことばかりであったのに、ようこれまでついて来てくれた。その方の祖父や父にも礼を申す。結局わしは、その方に何もしてやることが出来なかった。誠に心苦しい・・・。誠に済まぬ」
 則義は房盛に小さく頭を下げて言った。
「殿。ありがたきお言葉。房盛、嬉しゅうございまする。いずれどう生きようと短かい人生。お蔭様にて太く面白う生きました。おそらく先祖たちも『ようやった』と申しておると思いまする。悔いなどは全くございませぬ」
 房盛は首を小さく横に振りながら言った。
「そう言われればわしも救われる。それにしても人間にはそれぞれに生きるということの限度、というものがあるのやも知れぬ・・・。さすれば、ここらあたりが、我らが生きる限度ということになるのかも知れぬのう」
 則義はそう言いながら房盛を見つめた。
「さようでございまする。我らは精一杯生きて来ましたによって」
「わしはこの頃こんなことを思うておる・・・。何事であれ、物事は考えれば考えるほどキリがなくなるとな。後は諦めることを上手にすることやも知れぬとな」
 則義は木の間の向こうを眺めながら言った。
「諦めることを上手に・・・、でございまするか?」 
「さよう・・・。『諦める』と言うと『ものごとを、消極的に終わらせる』と聞こえるかも知れぬが、決してそうではない。諦めるということは『いさぎよく、ものごとに決着をつける』という意味でもあると思う。つまり何が大事かさえ突き詰めることが出来れば、全てのものごとに決着がつけられるとな。その決着をつけるために重要なこととは、そう多くはない筈だ」
 そう言いながら則義は視線を房盛に戻した。
「『いさぎよくものごとに決着をつける』、でございまするか・・・? なるほど、我らも随分と戦って参りました。それでも確かに、今という世の中は『妥協をせねば生きられぬもの、諦めが肝心』かと思ってはおりましたが、『いさぎよく決着をつける』という諦め方もあったのでございまするな?」
 それを聴く則義の目は柔和になっていた。
「さよう・・・。さればわしは、妥協などをせずいさぎよく戦い続けてきた。しかしそれらの戦いの中で何の奇跡も起きなかった。あるべきことが、あるがままに起き続けてきただけであった。奇跡というものは、奇跡的に起こりはしないということであった。それはまたわしの開き直りの境地でもあった」
「開き直り・・・でございまするか?」
 思わず房盛は、聞き返した。
 則義は黙ったままうなずいた。
 房盛が言った。
「さすれば殿。ここらあたりが我らの潮時なのかも知れませぬ・・・」
「潮時・・・?」
 思わず房盛の顔を見つめていたが、やがて則義は大きな声で笑った。
「うむ、なるほど・・・。しかしそれをその方に説かれるとはのう・・・」
 それにつられて房盛が微笑んだ。
 しばらく宇津峰山の方角を眺めていた則義は、やがて兜をはずし、鎧を脱いだ。則義が言った。
「では房盛。雀之宮神社のお守りをくれぐれも頼んだぞ」
「ははっ。確かにお受け致しました。ご安心を!」
「うむ」
 則義は、傍らの短刀を押し戴いた。房盛はその背後に回ると、静かに刀を引き抜いた。その二人の耳に沢を流れる水の音がことさらに大きく、そして爽やかに響いていた。

 刀風でもあったのであろうか、房盛の一瞬の声とともに残されていた枯れ葉が一葉、はら、と散った。

 田村庄司氏は、ここに断絶した。

                                 (了)






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最終更新日  2007.11.15 17:09:51
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