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2012.10.11
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カテゴリ: 安積親王と葛城王


 では何故このように異質と思われるような『あさか山の言葉』が『歌の父母』の二とされたのであろうか。考えられるのは、海と山を比較してみた場合、安積親王はやはり山と比喩した方が雰囲気としては合うのではあるまいかということである。また現実に安積が海に面していない以上、その公算は大と思われる。例えば、山を御神体とする神社は少なくない。そう考えてくると、仮名序で歌の父母としたのは、単に安積山の歌の出来映えがよかったから(一文字余りではあるが)ということだけではなく、それ以上のもの、つまり『安積山』が『安積親王』を象徴的に表していたからではないかと考えられる。そうすれば、『安積山の歌』が『歌の父母』として推奨された二つの歌のなかの一つであることの意味が分かるような気がする。

 その上で、もう一つの疑問に『安積香山』がある。一文字一音という原則があったにせよ、なぜ『安積』に『香』という文字を重ねたのであろうか?

 奈良県橿原市には天の香具山、畝傍山、耳成山の大和三山があり、持統天皇の御製の歌に『天の香具山』が出てくる。

  春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣ほしたり 天の香具山
                (万葉集 01/0028)

 この大和三山で『天の』の付くのは香具山のみである。この山は天皇が国見をする山であったことから、天から降ってきた『聖なる山』と考えられていたようである。とすればくどいようだが、『安積香山』は安積の『聖なる山』、つまり安積親王を表現しようとしたのではあるまいか。なおこの『安積山』が枕詞とされる例が多いが、原田大六氏の『万葉集発掘』には次のように記載されている。

  『万葉集』では、枕詞と序詞というものは一切なく、歌の背
  景は古神道であった。平安朝における和歌では枕詞と序詞が
  存在し、歌そのものは仏教的思想に支配されていた、

 古神道ということになると、やはり安積山イコール安積親王説を補強することになると思われる。その関係もあってか、万葉集約4,500首の歌のうちに『安達太良山』が三首もあるのに、この歌以外、『安積山』、もしくは『安積』のつく歌を見つけ出すことはできなかった。しかも安積山の歌を含めたすべての歌(四首)の作者が、そろって不詳とされているのである。

  安達太良の 嶺(ね)に伏す鹿猪(しし)の ありつつも
             我(あ)れは至らむ 寝処(ねど)な去りそね
(安達太良山の鹿や猪はいつも決まった寝床に帰って休むと言います。私もお前のところへ通い続けるから、いつでも共寝できるように待っていてね)。
           (作者不詳 万葉集 14/3428)

   陸奥(みちのく)の 安達太良真弓 弦(つら)着(は)けて
                引かばか人の我を言(こと)なさむ
(檀(まゆみ)で作った弓に弦をつけて引っ張るように、あの女の気を引いたら 世間の人はあれこれと噂を立てるだろうなぁ)
           (作者不詳 万葉集 07/1329)

   陸奥の 安達太良真弓 はじき置きて 反(せ)らしめきなば
                      弦はかめかも
(陸奥の安達太良山でできる弓のつるを外しておいて、反らせておいたならば、もう一度つるをはめようとしてもはめられようか。それと同じで、逢わないでいてよりを戻そうとしてもだめでしょう)
           (作者不詳 万葉集 14/3437)

 それにしても安積山を詠った歌は一首しかないことから、安積山という山が普遍的に知られていての歌であったとは考えにくい。これに対し、安達太良山の歌が三首もあるということは、実在の山と架空の山との差であったのではなかろうか。安積山が架空の山であったということは、前述したように安積山が安積親王であったという仮定に基づく。そのことはまた、安積山という名の山が実在しない以上、『浅香山』が正しくないとも言い切れないのではあるまいか。大和物語に出てくる、『安積郡の安積山』という固有名詞が「あさかやま」を安積山に固定していった理由の一つと考えられる。

 ところで最近、知人からの又聞きとして、次のようなことを聞いた。

「奈良・春日大社の建つ丘の名が『安積山』だということを、春日大社の宮司に聞いた」というのである。しかしすでに鬼籍に入られているその方の著書を図書館で漁ってみたが、見つけることができなかった。やむを得ず春日大社に、事実かどうかを問い合わせてみた。ほどなく春日大社宝物殿学芸員の松村和歌子さんより『奈良曝(丁卯暦孟夏吉日、洛南書坊西村嘯月堂)』のカラーコピーに添えて次の説明が寄せられてきた。なお奈良曝の序には、『古き京の残れる跡春日・興福・東大或ハ栄行今の寺社・名師・名匠・諸職・商店・町々の竪横を書あつめしより奈良曝としかいふ』とある。

  お尋ねの安積山(浅香山)は、「奈良曝」貞享四(1687)
  年刊行、(全5巻)の第三巻に記載があり、荒池畔の奈良ホテ
  ル(奈良市高畑町)がある小高い丘が浅香山と呼ばれ、近く
  に山の井があったことが分かります。
  采女神社のある猿沢池から言えば、南東方向になります。
  奈良曝の浅香山の項には、お手紙にあった万葉集の安積山の
  歌をあげたあとに、「ぼだい谷成身院のうしろなる山をいへ
  り・・・」とあります。
  山の井については、「水上が春日大社の建つ御蓋山(みかさ
  やま)で、その清流にある水谷川から流れてくるとあります。
  近世の地誌ですので、これが、万葉集の安積山という確証は
  ありませんが、近世にはそう信じられていたようです。






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最終更新日  2012.10.11 07:41:06
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