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野生動物は、歯が悪くなって 物が食べられなくなったらお終い。 物が食べられないことは、即ち死を意味する。 それほど歯は大切なのだ。 ワカッテハイルケレド… すまない。我が歯よ…
Feb 28, 2006
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高校の修学旅行で九州へ行った。 その日は長崎で、原爆資料館を見学して宿へ入った。 就寝時間が近づき、お決まりの枕投げなどしながら布団の準備をしていると、 他の部屋から女の子達の悲鳴が聞こえたり、どうも異様に騒がしい。 先生の顔つきも変で、何だか館内が騒然としていた。 先生達が部屋に駆けつけると、 部屋に血の付いた歯が落ちていたと言う。 色々調べたが何故なのかわからず、 気持ちが悪いので、部屋を替えてもらった。 で、別の部屋で、その子達が布団を敷いていたら、 また血の付いた歯が落ちていたのだと言う。 聞いた途端にゾクッとした。 結局原因は解らず終いだったが、 何とも気持ちの悪い話で、 その夜は、怖くてみんな遅くまで起きていた。 歯の具合が悪いので、 イライラズキズキそんな話を思い出した。
Feb 27, 2006
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活きの良いイセエビをもらった。 まだ箱の中でビシビシと跳ねている。 3匹と聞いていたのに、イセエビは次々と姿を現し、 藁に包まれて5匹も入っていた。 そのままガスコンロへ入れて焼いてしまおうと思ったが、 あまりに触覚が大きく、あまりにも活きがいいので、 胴体と頭を切り離すことにした。 まな板の上から跳ね下り、 藁くずを飛び散らせながらキッチン中を暴れ回っていた。 素手で掴むとトゲトゲが痛い。 漸く捕まえて 殻の隙間に包丁を入れると、 ビクビクッと生命の痙攣が伝わってくる。 頭を切り離しても、まだガシガシと暴れまわる。 すごい生命力。 すかさずコンロへ放り込み火を点ける。 しかし、炎の中で熱さのあまり、しばらくガシガシと暴れていた。 「すまない。すまない。」 味噌汁を作るために頭を半分に割る。 ビビビッと断末魔の痙攣が伝わってくる。 すかさず鍋の熱湯の中へに放り込む。 ワラワラワラと苦し気に、 脚と触覚が蠢いている。 暫くすると、どちらも香ばしい匂いが漂ってきて、 いやが上にも食欲をそそられる。 アツアツの殻を取り出し、 美味しくホクホクに焼けたプリプリの甘い身を充分に堪能した。 つい先程の生命のほとばしりと断末魔を思い出し、 「すまない。すまない。全て美味しくいただくからな。」 と言い訳みたいに呟いてしまう。 そして、ふいに閃いた。 「この体験こそ、今の子供達に必要ではないか!」と。 小さい頃、家でウナギを捌いているのを見て、 「ああ、何て残酷なんだ…」と思ったことがある。 「人間は何て罪深い生き物なんだろう…。」 「自分は多くの生命の犠牲の上に生かされているんだ。」と。 もちろん幼い子供がこの言葉通り感じた訳ではない。 しかし、子供心にそんな様なことを感じたのを覚えている。 生命を断つ行為は残酷な心を芽生えさせると言うかもしれない。 でもな、それは教える立場の人間が重要な役割を果たすんではないか。 既にキレイな切り身になって店頭に並べられ、 ましてや調理された物しか知らなければ、 ‘生命の尊さ’なんて考える余地すら皆無に等しい。 自分の子供にはぜひ体験させたいな。
Feb 25, 2006
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むかしむかし、人々は 病や災いを象徴するものとして、 牛鬼の伝説を生んだ。 今の世の中、その面構えを見ていると、 災いを追い払う魔除けのような気がする。 写真は霊験あらたかな切石神社の隣に鎮座する牛鬼像。
Feb 24, 2006
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韓国で歌手デビューしたことがあるという若い男性にあった。 素朴なことだが、 「笑顔って大切やなぁ。」って思った。 特別すごい笑顔ではなかったが、 そんな当たり前のことを感じさせてくれる、 素朴で素敵な笑顔だった。
Feb 23, 2006
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サイパンは実にヤクザの方々が多い島であった。 ある時期になると、色鮮やかな入れ墨がビーチにあふれる。 入れ墨というよりも立派な彫り物。 まさに芸術作品である。 サイパンの地元民チャモロ人も、フィリピン人も、 海の民なので入れ墨が多い。 しかも、一色でマーク程度のもの。 中にはニコちゃんマークやプレイボーイのウサギマークもあった。 彼らにとって、日本人の入れ墨は羨望の的。 惚れ惚れとした尊敬の眼差しで見ている。 以前、珍しく漢字の読めるチャモロ人スタッフが、 「田中組」と組名を彫った方に、 「田中さん?」「田中さんでしょ?」と 声をかけて冷や汗をかいたことがある。 また、そういった方々から、 数々のお叱りを受けたことも多々ある。 ライセンス講習も体験ダイビングも たくさん担当させていただいた。 ある時、ウェットスーツを、 他のお客さんが居ないところで着たいという方がいた。 何となく強いオーラを持った威厳のある方。 理由を尋ねると、 「他のお客さんに迷惑がかかるから。」と言う。 まだまだ経験の浅い頃だったので、 それを聞いてもその時はピンとこなかった。 体にもの凄い立派な彫り物があったのだ。 その入れ墨を目の当たりにして、 あまりの立派さに圧倒されてしまったほど。 そして、どんなに暑くても、一日中ウェットスーツを着たままで、 他のお客さんとにこやかに話をされていた。 後で聞くと、かなりな大人物であり驚いた。 実に紳士的な方だったのだ。 またある時は、物腰柔らかく、めちゃ腰の低い方が、 ある大きな会社の社長だったりしたこともあった。 要は何が言いたいかというと、 弱い奴ほどよく吠える。 小さい奴ほどよく吠える。 ということである。 もっと大きな心でありたいね。
Feb 22, 2006
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海をフィールドに生きる奴は、もっと海みたいに大らかな人間でないと。海みたいに大らかで。海みたいに広くって。海みたいに穏やかで。海みたいにやさしくて。海みたいに全てを包み込む。海みたいにデッカイ人間。しかしなぁ。海で生きる奴は、どうも了見が狭い人間が多いような気がする。肝っ玉が小さいのである。変にナワバリ意識が強かったり、他と交わろうとしなかったり、小さいこと気にしたり、他のやつの悪口言ったり、頑固だったり、すぐに激怒したり…そして、それを如何にも良いことのようにカッコつけて、「一徹」とか「純粋」だとか「スジ」などと言葉をすり替える。海というでーっかいフィールドで仕事しながら、実に器の小さい人間が多いのである。それは、海そのもので生きていると言うより、海の動物を飼育したり、海の動物に関わって生きているだけだからだろうか。しかしな、海そのもので生きてても変わらんかな。要はそいつの人間性か。実に悲しいことである。海人間はもっと海のような人間であって欲しい。もちろん。そんな人間だけではなく、海みたいに魅力的な人もたくさん知っている。自分も反省して気をつけんとあかんな。いつも海みたいな人間でありたいもんである。でも、しかし。ついつい腹が立って激怒してしまうこともある。そして、そんな時には、言い訳まじりに決まってこう言う「海も荒れる時があるさ…」
Feb 20, 2006
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その昔、撮影したフィルムをまとめて現像したら、 撮った覚えのない写真が混ざっていて焦ったことがある。 しかも、みんなで見ている時に限って、 である。 「何これ!?」と騒がれて、 身に覚えがないのに、 何故か冷や汗モンだった。 どんな写真だったかは想像に任せよう。 未だに何故あんな写真が混ざっていたのか解らない。 さて、それが最近のこと。 携帯電話のデータフォルダに、 撮った覚えがない見慣れない写真が何枚も保存されていた。 んん??? よく見ると今回は犯人がすぐに判明した。 一歳になる我が息子が、いつの間にか撮った写真だった。 これはケガした自分の足を撮影した写真。 自分で戸を開けた時に挟んでしまったらしい。 何かを伝えたかったのか? まさに未熟ながら‘写心’である。 あはは。親バカやな。 ま、偶然とはいえ、 撮った写真を自分で保存していたのが可笑しかった。 ピンボケなのはご愛嬌。 これから楽しみやなぁ~…
Feb 18, 2006
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この頃、卒業生がよく訪ねてくる。 それも決して優等生でなかった卒業生が。 優等生でないと言うよりも普通以下。 そう、悪かった学生達である。 遅刻欠席。ほとんど学校には来ない。 授業は真剣に受けない。 問題をおこす。 やっとこさ卒業できた学生達。 でもなぁ。 やっとこさでも卒業した学生はたくましいな。 某ダイビングショップで、名インストラクターとして 多くのお客さんから慕われている卒業生。 悪かったもんなぁ~。 もう言わんといて!と笑っているが。 あなたは私の誇りです。 今日はやっとこさ卒業できた学生が子供を連れて来ていた。 自分の担当クラスの学生ではなかったが、 退学相談にきてからよく話をするようになった。 見た目は、いかにもめちゃ悪そうな感じ。 やっとこさ卒業した一人。 彼は誰よりも海を愛し、 本物の海と向き合いながら毎日生活している。 彼の海に対する純粋で熱い思い。 そして家族と幼い子供に対する愛情。 腕の中で眠り込んでしまった子供を抱きしめている顔つきを見ていたら、 思わず涙が出そうになった。 頑張れよ…
Feb 17, 2006
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朝、夢と現の狭間で吐き気がしていた。 体が鉛のように重く手が熱い。 胃がキリキリと痛み吐き気がする。 頭ガンガンずっしりと重い。 自分が巨大な虫になってしまったよう。
Feb 16, 2006
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由緒正しい中之島中央公会堂での発表が終わった。 自分は、全ての発表学生を、舞台袖から送り出す役割だった。 発表前の学生達の緊張感がビシビシ伝わってきた。 思いっきり感情移入してしまい、 むしろ本人達よりも緊張してしまっていたかもしれない。 全ての学生を心から送り出し、 発表が終わった学生は心底ホッとして迎えいれた。 昼食をとるのも忘れていた。 全ての学生達が発表を無事終えた時は、 涙が出そうになった。 中でも、一番権威のある賞に 「大阪湾スナメリ調査」が選ばれ、 最優秀賞に「釧路沖鯨類調査」が選ばれたことは 本当に嬉しかった。 学生達は本当によくやった。 入学してきた時は 人前で話すことすら苦手な学生が、 よくこんな大舞台で発表できるまで成長したもんだ。 心から拍手を贈りたい。 そして、この‘意志’を、是非とも後輩達に引き継いでいって欲しい。 あーあ、今日は疲れたけど本当に良い一日だったな。 この感動の共有こそが明日のエネルギーとなる。
Feb 14, 2006
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学生達の集大成である卒業研究の本発表がある。 数ある中から選考会を通過し、 最終的に選ばれた学生達が発表を行う。 最近は毎日夜遅くまで手直しや練習を繰り返していた。 選ばれた学生達の、ここ数週間の成長ぶりは凄い! 大したもんである。 厳しい指導にもめげず、途中で投げ出さず、 よくぞここまできたもんだ。 今日も朝早くから夜遅くまで、 修正と練習を繰り返した。 でも、まだまだ不安は拭いきれない。 緊張と不安と、思うようにできない悔しさで、 泣きながら練習した学生もいた。 明日は大阪の中之島にある中央公会堂での発表。 いつも最高の晴れ舞台を演出してやりたいと思いながら、 忙しさの中で、 ぎりぎりになっての準備不足が悔やまれる。 さて、泣いても笑っても明日が本番。 楽しみと緊張感が高まりつつある。
Feb 13, 2006
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東京から大阪まで新幹線で約3時間。 思えば同じ時間でサイパンへ行けるのだった。 あぁ、サイパンか… しばらく行ってないな。 近くて遠い島。 よく言ったもんだ…
Feb 12, 2006
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今週末、金・土と学校の大きなイベントが終わった。 一人一人が力を合わせて、 みんなでやりとげる。 一生懸命やった子はやっただけの成長と学びがあり、 達成感も感動もあったはず。 それなりにしかやらなかった子は、 それなりのものしか得られなかっただろう。 制約のない今の内に、 思いっきり色々なことをやっておいて欲しい。 思いっきり。 思いっきり。。。 やれやれやっと終わった。 ふぅ。疲れた… と思うのも束の間。 今は東京へ向かう新幹線の車中である。 いったい何時に到着できるのだろう。
Feb 11, 2006
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来月、海遊館で開催する大阪湾フェスタでシンポジウムをする予定。 そのシンポジウムのコーディネーターをK先生にお願いしに行った。 K先生は昨年貝塚市で行われた大阪湾市民フォーラムで初めてお会いした。 その時のユーモラスなコーディネートっぷりが印象的で、 今回のシンポジウムでも是非ともお願いしたかった。 NPOのS理事長を通して既に打診はしていただいており、 府の人とS理事長と待ち合わせ、 京都にあるK先生の研究所へお伺いした。 ビルという勝手な先入観を持って探し回っていたが、 最初から意表を突かれた。 研究所は京都の古い町屋を改装した、 まるで旅館か料亭のような建物であった。 マイッタなぁ。 いきなり雰囲気に飲まれたまま打ち合わせが始まったが、 先生の人柄からなのか、 終始和やかな雰囲気で楽しい打ち合わせになった。 いつの間にか2時間が経過。 あらかた内容を詰めた後、 それぞれのプロフィールやそれぞれの思い、 これから描いている夢などをざっくばらんに語り合った。 先生のネットワークや手掛けているプロジェクトを伺っていると、 すごい人物やなぁ、えらい人物やなぁ と感じることしきり。 それでいて気さく過ぎる人でもあった。偉いのに一緒にいて楽しい人。 それってすごいよなぁ。 色んな意味でおもしろい先生であった。 楽しいまま、瞬く間に2時間が過ぎ去った。 楽しいだけでなく、今後一緒に取り組んでいけそうな お互い‘ピン’とくる話がいくつかあった。 今日は打ち合わせが終わったら、 早々に失礼させていただくつもりであったが、 ちょっと無理して残った2時間が、 これから先、きっと大きな実りをもたらすであろうとても貴重な時間になった。 めちゃ有意義な時間であった。 縁ってそんなもんなんだろうな。 という訳で、まだ京都からの帰路途中である。 そして吸引力のあるSさんにも感謝だ。
Feb 8, 2006
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Veraper variegatus カレイ目カレイ科マツカワ属ホシガレイ 大阪湾では昭和50年代の初め頃までは、漁獲されていたようだが、 現在では絶滅してしまったと言われている幻のカレイ。 日本全体でも数が少なくなってきている高級魚。 この幻のホシガレイも大阪湾に再生できたらいいな。 本日は体長数ミリの稚魚が無数に泳ぐ水槽、 ホシガレイの成魚が泳ぐ水槽を見学させてもらった。 左ヒラメ右カレイと目の付き方で見分けられているが、 ホシガレイは右目左目どちらもいた。 何故だろう? しかも特徴のある目つきに愛嬌がある。 いつの日か、大阪湾の海底でホシガレイに出会いたい。 そして、その愛嬌ある顔つきを写真に収めたい。
Feb 7, 2006
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節分の日、パチパチの木で鰯を炙り、 豆を煎る。 パチパチの木はウバメガシの木だったか。 火にくべるとパチパチ激しく音がする。 この音で悪鬼が逃げる。 鰯を炙るときは、大声で 「くっさくさくさくさくさっ」と 臭い匂いを強調する。 この匂いを鬼が嫌がる。 鰯は各部屋の雨戸にさしておく。 そして豆撒きも各部屋、蔵、納屋、車庫と回っていく。 「鬼は外!」「福は内!」 「とみはぁーうちぃっ!」 とみはうち??? 子供の頃、この意味がピンとこなかった。 とみはうちが鬼は内に聞こえ、そう叫んで豆を撒いて怒られた記憶がある。 「とみはうち」とは「富は内」であった。 最後は玄関で内の中へ「福は内」。 外へ向かって「鬼は外」 そして一番最後に大声で「鬼はぁー外っ!」と叫び、玄関の扉をピシャリと閉めて3回ドンドンドンと叩いて締めくくる。 これで完全に鬼が出て行った訳だ。 家族で豆を食べる。 数え歳で自分の年の数プラス1つ豆をとり、 一つ豆を自分の後ろに投げてから食べる。 家族の歳の数だけ豆を和紙に包み神棚へ御供えした後、 神社へ持っていきお祈りを捧げる。 サイパンに住んでいた頃も しぶとく続けていて笑われた。 大阪にきて、初めて丸かぶり寿司の風習を知った。 マンションでは豆撒きも、なかなか思うようにできない。 何処からも「鬼は外、福は内」の 声が聞こえてこないのが寂しい。
Feb 3, 2006
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四季のある日本で、移ろいゆく自然を感じる。 季節を感じ自然を愛でる心。 その節目にある行事を重んじる心。 日本のしきたりは、そんな柔らかな心から生まれたのではないか。 あまりにも物質的なものを求めるばっかりに、 そんな柔らかな心が失われてしまったようで悲しい。 生きることは甘くないかもしれないが、 そんな心が忙殺されてしまっていることに、 むしろ憤りさえ感じる。 大切にしたいな。
Feb 2, 2006
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四季のある日本で、移ろいゆく自然を感じる。 季節を感じ自然を愛でる心。 その節目にある行事を重んじる心。 日本のしきたりは、そんな柔らかな心から生まれたのではないか。 あまりにも物質的なものを求めるばっかりに、 そんな柔らかな心が失われてしまったようで悲しい。 生きることは甘くないかもしれないが、 そんな心が忙殺されてしまっていることに、 むしろ憤りさえ感じる。 大切にしたいな。
Feb 2, 2006
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本日は水産課で報告会&打ち合わせがあった。大阪湾再生プロジェクトに関わる方々と「海」ではなく、久しぶりに会議室で顔を合わせた感じで、いつも会っている人達なのにちょっと緊張してしまった。海で活動している人々とは、やっぱり海で顔を合わせるのが良い。もっとも初年度は、春先から「大阪湾再生プロジェクト!」と半ば興奮しつつ声高に叫びながら、会議室での打ち合わせばっかりで、実際にそれらしい活動に取りかかったのは、秋になってからだった。そんな回想に耽りながら、本日は今年度取り組んできた活動の報告と、まだまだ3月末まで取り組まなければならない活動の打ち合わせをした。そして、それぞれが来年度の活動へ思いを馳せた。予算のことや色々な絡みで、まだ具体的に何を実施するかは決定できないが、これまでの活動を継続しながら、また新たに何かを仕掛けたいという思いがフツフツと湧き上がった。何ができるかな。あんなこともこんなこともしたいな。そして、あれもこれもしたいな。夢は膨らむばかり。そして、そんな思いが集まって形になっていくことが楽しい。(※写真は泉南里海公園)大阪湾ダイビングスポット候補場所かな。大いに可能性が期待される。ここにアマモ場が再生できて水質が浄化され、多種多様な生物が生息できるようになったら、体験ダイビングや講習で楽しめそう。エコダイビングスポットとして「人と自然の共生」「環境問題」「大阪湾の現状」など難しいことを難しく考えるんじゃなく、楽しみながら発信していける基地になったらいいな。
Feb 1, 2006
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