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せんでって調子こいてキーボードを盲にして寝てしめってせいで、「エー」のキーげ変ねのです。でけれ、「エー」の代うぇりに「E」を使用して打ってめす。許してくでせい。 高校1年の冬、失業中のお父せんに請うてスーペーフェミコンを買うてきてもれってオレ。じきに金を貯めて、自力で購入せしSEGE MEGEDRIVE。 NOTひめつぶしBUT真のゲーム好き、こぞってイケすゲームげ奇跡的に多いセゲメゲドレイブを購入せり。 スーペーフェミコン=フェミリー向けのホンウェケムードに対して、セゲ=COOLゲームキッズにベケ受けの攻撃的ゲームげ多けり。 象徴へ、「SONIC THE HEDGEHOG」。「スーペーメリオ」げ最も出来のいいゲームでえることへ認めつつ、速度の気持ちよせを追求せしSONICを熱烈ケンゲイ。ヘイスピードに酔う。 「メイケルジェクソンズ ムーンウェーケー」、「ヴェンペイエキレー」、「レンドストーケー」、「シルフィード」、「ゲンステーヒーローズ」、「エレジン」等、ベケゲー~洋ゲーめでNICEエクションゲームげ超多い。 RPGへスーフェミ、エクションねれメゲドレイブとよく遊んでりっぺにゲームキッズにねる。任天堂げ権利を封せし、いうぇゆる「テトリスショック」へ無念でってよね。 そんね思い出を刺激する書籍『メゲドレイブ大全』(太田出ぺん)を購入して。 国内売り554本全てをレビューという太い本。 しべれく寝入りに読もうと思う。 てってこれでけの文量に2HOURけけって。もうこりごり。 鉄人28と比して、その巨大ぶりを見よ。
2004.09.30
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せんだってから、マレーシア県ジョホール・バル町でやっとるサッカーアジアユース。 なにしろU-20という年齢。 20歳以下はまだまだ世の中の怖さを理解するための経験の足りないお年頃であるっつー事実は、我々年寄りは後悔の念で涙がにじむほど体で分かっているけど、当の若いコは分かろうとしないもの。いつだって年寄りのわかったような口調はウザいじゃん。こういうことは経験知なんだろうね。 今日の相手のベトナムは、かつてアメリカを病に陥れたほどのしつこさはなかったものの、普通に粘り強く勤勉なチームという印象で、俗に言う決定力が無かったことがウチの若いコに幸いした。正直危なかったと思う。 メディアはヒーローを欲し、オレだって平山カレン森本ばかり見てるがDFのヤバさったらない。勤勉なだけのチームを相手に結構ロクでもない状況を作られていたってことは、ヤバい。 極端な危機にあって、それを実力で回避するかもうメタメタにやられちゃうかの経験がないと、あの手の油断に由来するヤバさはちょっと消えない。まああと三日四日でしっかり直してくれるかも知れないんだけどネ。 だからこそ親善試合なんかじゃなく本番の経験が大事であって、そういう意味で絶対にワールドユースに出て欲しいのである。代表が強くなるために、だ。あと単純にワールドユース好き。 なんといっても、本番の試合数は少ない。できるだけ勝たないといっぱいケ☆イ☆ケ☆ンできない。 毎試合、すげーピンチに陥って、やっと勝つのが、オイシイんじゃね? 五七五七七なのはともかく、そういうチームは人気も出るし強くなるのが速い。 森本が思い切りのいいシュートで決めてくれたが、あれは思い切りがいいから決まったシュートであり、A代表ではなかなかお目にかかれない間のシュートである。この文、シュートシュートうるさい。 あの少年の才能を伸ばせるかどうかでウチんトコのサッカー環境が試されることになるであ、あ、いま鉄人28号終わった。超面白かった。すげえ。 ボール持ってからシュートまで早いのがすごく良い。
2004.09.29
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せんだって通販した。 紅の豚の飛行機だ。正確には『紅の豚』の原作マンガ&模型雑誌記事の増刊本とそのオマケの飛行機のプラモデル。限定版だ。値段は本だけで買うのと変わらないので、これは通販で申し込みロハで模型をゲットというのが賢い主婦。節約生活バンザイ。 いい大人が限定プラモで喜んでるのは、別にヤフオクで転売してあぶく銭で風俗にでも行こうかとかそういう魅惑的な目的ではなく、ボクが少年の心を持ち続けているだけのことだよ。 こう見えてボク、模型作りとか趣味で、内向的でシャイなあんちくしょうであり、押し入れにはそれはもう箱根の寄せ木細工状に「みっしり」と魍魎の筺そのものが詰まっておりまして、その数はちょっと言えない。だいたい、半年で一個完成として、単純計算で53年は遊んで暮らせる。 最近はブログのお蔭を持ちまして制作ペースが落ちており、一年で一個できるかどうか。 もうこれは趣味なんて悠長なことは言ってらんない。積み模型は業、カルマ、呪いである。何十年か後には手もつけていない呪いの模型に囲まれて悔いを残したまま畳の上で死んだように眠れるのか不安です。モテモテにもならず風俗にも行かずに模型のおじいさんと渾名され近所で評判の好々爺。そんな人生は嫌だ! この呪いを解く方法はバリバリこさえてしまうことなのだが、部屋の環境がなかなかそれを許さない。この部屋に引っ越した動機は、広い部屋で模型をこさえやすくするためだったのだが、レイアウトに失敗して模型ッ気が盛り上がらず制作ペースが落ちているという有り様。ああいっそ引っ越してしまいたい。 引っ越すには荷物が多すぎてそのほとんどがプラモデルの箱。軽くてかさばる憎いヤツである。コイツを減らさないと引っ越しもままならない。引っ越しもできないとなると、積み模型を完成させるためには部屋のレイアウトを変えるしかない。しかし在庫が。 そんなわけで、プラモデルをつくる環境を整えるためにプラモデルをつくるという、模型好きには天国のような循環に陥っているウロボロスのエクソダス。ホエホエ。 はやく完成させたいものだ。ブログ書いてる場合か。
2004.09.28
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せんだって「人間の才能」について書いた、というのはウソで今回が初めて。 器用だとか足が速いとかゴールへの嗅覚とかそれにプラスして体格がいいとか、これ全て才能であり教育訓練で伸びはするがあらかじめ下駄をはいた状態の人というのは間違いなく存在する。飲み込みの速さ、というのもまた才能だったり。 才能というのは、その才能を発揮する機会に恵まれ、才能に気づき、それを伸ばしてくれる環境に身を置くことで、なんつうか意味が生まれる。ここで言う意味とは金になるかどうかだ。世間に関係を持たない才能は、金にならない。それがいいかどうかはともかく。カレンダー計算の天才も、びっくり人間として生きるか数学者として生きるかでは世間体が大きく変わってこようものだ。 自分にはなにかすげえ才能があって、オレは一生それに気がつかないまま死んでいくのではないか、という恐れは誰にでもあると思うのだが、オレだって静岡やブラジルで生まれていたならいまごろ鈴木アレックスにデカい顔させてねえぞと、育った環境を恨んでいるところ。失笑上等。 で、ファナティックなサッカー日本代表にわかサポのオレはユースチームも俄然注目中。 FW不在という病んだ日本サッカー界は、中山新山野口森山の世代から離れること十何年にしてやっと平山と森本というFW生物を発見した気がする。 森本は子供なのにすげえ、と言う点で才能と思われる。ヴェルディみたいなチームにいるのが残念だわい。今日のマレーシアのDFは高校生みたいなものだったが、クロスをダイレクトでシュートする感覚のFWが少ないので、もうそれだけでいいや。 アジアの大砲高木はポストプレイじみた真似はしていたが、本当の意味でポストプレイをこなせる器は平山が初めて。オレ、にわかなので勘弁。妙な間のドリブールも柔らかいシュートもできるんだから、つい期待しちゃう。 しかし、平山にしろ森本にしろ環境がなあ、なんかなあ。 森本はやる気はあるんだろうが、平山はなあ。やる気あんのかなあ。あのFWbeingがなあ。 才能はあっても本人にその気がないということもあるわけで、見てる側の我々は彼に勝手な期待をかけて彼の進路に一喜一憂するしかないわけだが、世間には絶望的に才能が足りないことに一生かけちゃう人もまたいるわけで、それはそれで当人は満足なのかもしれんが、なんていうか、うまいこといかないものだ。平山の件は素人サポのまったくの杞憂で、サッカーをすっげー考えた結果、大学行ってるということもあるわけだが。オレ、にわかなので。 芽が出るか出ないかはともかく、すべきことを選択できる環境や才能を育てる環境があるっつーことこそが幸福なわけで、たとえば60年70年かけてイチローのような天才を生みだした膨大な野球人口の分母がこれからは減っていくであろうことを思えば、もう二度と彼のような歴史的野球生物は出てこないのであろうから、今のイチローの活躍を忘れないようにしたいとも、また思うのである。 ヤな怪我はしないで欲しい。
2004.09.27
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せんだって、花束を買った。 友達が初舞台を踏むお祝いだ。えー、友達っていうかー、結構「気になる」女子なのでこういう機会にポイントを稼ぎたいオレだ。 こういう場合、アーバンでコ洒落たリッチでボヘミアンなオッサンが贈るべき花束は「バラ一抱え」でなくては適うまい。しかも大事なおチビちゃんの初舞台ときたら色は紫。オレ、速水。 花屋に入ってお姉ちゃんに「紫のバラを、こう(抱えるジェスチャー)…」と意図を伝えると、紫は無いという。なんと。 急遽、代案として色チェンジ。真っ赤なバラはアイツの唇、白や黄色は趣味じゃない。なにより真紅の薔薇を一抱えではちょっと急ぎすぎじゃないか。リチャード・ギアでもあるまいし、オレはもっとゆっくり二人の間を近づけたいんだ。無難にかわいらしいピンクにする。 ピンクの薔薇を花束として説得力がある量になるまで揃えるとなるとけっこう値が張ることが判明。無職のオレが用意できる予算は4000円。店員の姉ちゃんの眼が変わる。具体的には面倒くさいという意志が現われる。こういう空気は苦手だ。早く買って帰りたい。 おまかせ。 姉ちゃんはむんずとかすみ草【切なる願い】をつかみ、嵩を稼ぐ用意をする。プロである。 薔薇に固執してたオレの意図を汲み、なおかつ「かわいらしい感じで」というリクエストをかなえるため、ピンクのバラ【わが心】をセレクト。プロだ。 かすみ草【切なる願い】とピンクのバラ【わが心】だけでは色味がふわふわして頼りないので、比較的安価な帯紅のバラ【私を射止めて】を挿す。だいぶ華やかになり嵩も増えた。あと、なんか変な実が付いた枝をプラスしてアクセントにする。子供っぽいパステルカラーが急に落ち着いた感じに。プロである。 ここらで一度バランスをみると、どうにも薔薇の存在が薄い。数は少なくても強い色でバラ感を出しておこうとオレがお願いして足してもらったのがマゼンタ色のヨーク・ランカストーローズ【戦争】。 バツバツ切って束ねてもらうと、なるほどサマになるものである。さすがプロだ。 完成した花束。花言葉は【私を射止めて、それがわが心の切なる願い。こんどは戦争だ!!】となった。 バラ薔薇言って、ええかっこしようと欲を出したばっかりに予算オーバー。 逡巡したお蔭で時間もオーバー。会場に駆け込み汗をぬぐう。花束抱えて息を整えるオレ、速水。視線が痛い。 公演はそのコばかり見ててよく覚えていない。印象はnot bad。 カーテンコールのあと、役者は出入り口で観客を見送る。ついに花束を渡すタイミング。ど緊張してるオレ、速水。 口には出せない秘めた思い【私を射止めて、それがわが心の切なる願い。こんどは戦争だ!!】を抱えてモジモジするオレ、速水。 彼女は女友達に囲まれて笑いさんざめいている。人気者なのだ。笑顔がまぶしい。 渡すタイミングがつかめない。 そろそろ後片づけ、ということで観客見送りはおしまい、というころにやっと彼女が一人になった。 Jr仕込みのキメ顔で彼女に挨拶をすると【私を射止めて、それがわが心の切なる願い。こんどは戦争だ!!】を手渡した。 「ありがとうございます(にっこり)」 これでポイントアップ間違いなしだ。 中学一年の彼女にオレの苦労が伝わったろうか? ↑【私を射止めて、それがわが心の切なる願い。こんどは戦争だ!!】実物です。
2004.09.26
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せんだって野球に楽天が参入したのは「お友達」西武堤&オリックス宮内に呼ばれたのではないかというウワサがありまして、LIVEDOORほりえもんが仙台に駆けつけて「楽天はこの三年間すごい赤字出してるの知ってますか?」と記者に逆質問したのを見るにつけほりえもんの怒り焦りがよくわかるです。 野球協定で弾かれるのがわかりきってる神戸大阪にまず名乗りをあげといてやむをえない態で仙台へ。 球団側イニシアチブの状況なのは変わらないようで、ほりえもんには選手ほどファンの応援はつかないだろうからLIVEDOORピンチよね。 四国信州日本海側の自治体と野球ファン、チャンスだ。 ここはほりえもんじゃなくて楽天を呼べ! 面白いことになると思うよ。追記 選手会がストで戦える段階は12球団維持のための次シリーズまでの新球団発足の口約束だけで、この先どのような性格の球団がどういうプロセスでできるかというのは市井のファンが監視するしかない。 いよいよファンに「野球文化」が突きつけられているわけで、オーナー連に大いに舐められているファンがどう振る舞うのかが注目ですが、まあ、ナメられっぱなしで将来は1リーグ&アジアシリーズってのもいいんじゃないんでしょうか。どうせ喇叭太鼓をプカドンする場所があればいいんだろうし。 ファン有志が小規模なゲリラストしたところで止められるわけなどなく、署名が効果ナシなのは経験済み。舐められたくないなら観客ゼロ、視聴率ゼロくらいやらないと伝わるまい。 システムを変えなさいって問題を、楽天vsLIVEDOORにすり替えられてはいけない。 長野や高知が、断れないくらいものすごい勢いで楽天を誘ってくれないかしら。 とはいえ、真っ黒な関西系赤字を整理しなきゃいけない球団もあるのだろうからこの際いっそ整理すればいいのに、とこれは邪推。
2004.09.25
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せんだって日記ことオレ様は生まれた時からA型人間で通してきている。小学生のころ、愛しの黒澤優ちゃんとの相性を測るために読んだ占い本に「A型は几帳面」とあるのを読んで以来、几帳面たろうと無意識に自己教育をしてきたのでいまやすっかりナーバス中年だ。訴えてやる。 実際にどんくらい神経質かってことは8/1の日記を見ていただければ一目瞭然である。もういやんなっちゃうyo。 ブログを書く資料を探したり、寝しなにちょいと読むために持ち出したりで、本棚の中が乱れてきてるのを気づいたのは一昨日。今日はちょいと時間が空いたので軽く整理しようと思ったのである。ホラ、A型だから。 こういう作業は楽しい。見た目のきれいさと、作家/ジャンル/サイズなどの並びの意味、そして実際に半端ナシでタナに収まるかという分類の仕方を悩みながらカツカツ詰めていってうまく収まった時は気持ちいい、ってなんて神経質なオレ様! 基本的には単純な作業なもので、オレ様こういう時はしばしばテレビを見ながらやる。「ながら」くらいがちょうどいい。画面を注視しなきゃいけないものなんてクリステルくらいしか思いつかないしね。しかし今日はたまたま、ホントにたまたま、クリスタル映像の大人向けおもしろビデオを再生していたもので、ながら作業どころではなく、そのうち腹減ったので本棚から出た本を床にばらまいた状態でテーブルを開けてグリーンカレーをすすり汗を垂らしK-1を見て勢いでネットして今に至る。ホラ、A型だから。 K-1はやはり技術のある人が出てなおかつ勝たないとドッチラケだとあらためて思ったがそれはともかく、今日は肌色ばかりがテレビに映るのがなんかバツが悪いのです。 とにかく、なにかやった気になるためにざっくりと本棚に文庫を収め、並べ替えはまた来週くらいにしようと、きっちり予定を立てる。ホラ、A型だから。この本棚見て「ふーん(ニヤニヤ)」とか「ああ、そっちの人?(ニタリ)」とかしたら、ウチの跳ねっ返りの若いもんが憤ってオレ様でも抑えられないかもしれませんよ。
2004.09.24
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せんだっては照れ臭くて質問に答えられず、いたいけな女子の期待をつれない感じで肩すかしっぽくしちゃったモテモテのオレだけど、今宵はこういう形でアンサーするぜベイベーよろしくお願いします。 で、イカシタ美青年俳優・玉山鉄二(24・愛称、玉鉄)が主演で、あの伝説のマンガ『逆境ナイン』が映画化されるってことくらい、アンテナ高いハイセンスなボーイ&レディなら、もう当然チェック済みだよネ! 原作マンガは島本和彦先生のスポ根では奇跡的に出来がいいもので、本質が、漢(おとこ)とメタと間の外しである島本マンガの魅力は『ペン』シリーズの半自演スタイルのほうが座りがいいとは思ってるんですが、『逆境ナイン』は間のとり方やボンクラ熱血が最高に脂がのってた作品でとっくに座右の書であるけれども、心配事はいろいろなブログでも書かれているように『少林サッカー』の影響をどの程度受けているのかということと、キャストのココリコ田中asサカキバラゴウのテンションにつきるのではないかと思われるのは、「それはそれ!これはこれ!」等、マジでやってもらわないと絶対にハズすセリフが多すぎるということであり、一昔前なら確実に藤岡弘が起用されていたのであろうがいまさらあの人がメタ熱血演技をしたところで既視感しか湧き起こらないかもしれない情報化社会の悲しさを思えばなるほど小日向ハズバンドはギャンブルというより堅実な配役なのかもと納得しつつ内心は生っ粋のコワモテ役者たとえば寺島進などで見てみたかったっていうか、まあそういうキャスティングであるから映画の方向も「そういうこと」かしらとまたぞろ不安に襲われたりしつつ、島本マンガの中で希有なほどテンポの早い『逆境ナイン』であるから編集もバシバシ切ってって欲しいと、これはもう切に願うものである、祈るほどに。 玉鉄ファンの女子は、今のうちに そんなことより、滝川クリステルがクールビューティなまま真剣に「ケロヨンクラブ」と何度も繰り返すのに萌え死ぬかと思いましたので、当該クラブはもっとやってください。内輪で死ぬとか、その程度の迷惑のかけ方でよろしく。
2004.09.23
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せんだって太った。 なぜだ。 朝食はいただかず、昼飯はたまに食べ、晩飯は米をがっつり&果物、ラーメン、お菓子お菓子、ビール。 仕事は仕事でバリバリと、広い東京の中をあちこちに動き回る相手に電話をかけまわる座りっぱなしのハードワーク。 太って当然じゃないか。 このままでは、出会いサイトに書き込むときに「オレ、ぽっちゃりだけど平気かナ?」とか、歯の浮くような美辞麗句を連ねないといけなくなる。 この体だって、かつては筋肉質でしなやかなバリ島のビーチボーイなみに好色だったというのに、いまや見る影もないほどに人畜無害。どうですか? とにかく漫然と太るのは嫌だ。 もし宇宙人に拉致されて体をすみずみまで調査された時、オレのバディがゆるゆるのプチファットでは「地球人ってこんなに柔らかいんだぁ(='o'=)。アーシアン、恐るるに足らず(☆ω☆)b」と判断され、たちまち総攻撃開始、地球滅亡。残念。 強くて美しい体を維持するのは地球人の義務。敵性宇宙人に隙を見せてはならない。いつアブダクションされたとしても、宇宙人がオレの鍛えぬかれた美しい体にビビって侵略を諦めるくらいじゃないと一人前の男とはいえない。宇宙船地球号を守らなくてはいけない。 オレくらい責任感の強い男になると体調管理も宇宙規模なのである。 今夜は涙をのんで風呂上がりのアイスを諦め、カロリー消費のためにいろいろしてから寝ることにする。これも地球のためである。
2004.09.22
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せんだって知り合いの女性、Rと駅で会った。 生傷の絶えない色白なちびっこ美人だ。tATuで言えばジュリア。不意打ちをすると西の言葉が出るという、大阪で生まれた女やさかい大阪の街を出て東京で働いておられる。 最近、新しいアクセサリーを身につけた。 前腕の黒蜥蜴。 元ネタは乱歩の黒蜥蜴らしい。かなりきれいな出来なので撮らせてもらった。 彼女は、どこでどこを出しても恥ずかしくないほどの絵人間。裏も表も絵人間。新しい黒蜥蜴が前腕にいるのは、そこが空き地だったからなのかと勝手に想像している。 ワイは刺青はしない、と思う。似合わないですもの。 彼女は色素が薄く、眼の色もヘイゼルで、白い肌にタトゥが似合うのである。生き様もそんな感じで黒蜥蜴で血で血を洗うタイプ、と勝手に想像している。 モテモテなワイだけど、彼女は口説けません。そんな恐れ多い、ていうか恐ろしいっていうかコワイわぁ。 堅気の若い女性の刺青は「似合わないのに」「背伸びして」「若気の至りで」「やっちゃった感」「え?消えないの?デジマ?」という言葉で形容されがち。 ワイは、親からもらった大事な体に云々…なんて言えるほどデキタ人間ではないが、見る側の意見として、モンモンが似合う人にモンモンして欲しいと思う思います。見ててイタいとか、マジ勘弁。 このRさんに関しては、性格や生き様がもうそんな感じだし、興味本位で墨入れたと言うにはすでにちょっと手遅れなくらいに体中で絵人間でもある。だいいち似合う。 似合う人が似合うものを、身の丈に合わせて身につけているのが見てて気持ちいいですな。 聞いた話ですが、漢字TATOOが流行ってた時期のこと。誰かがアメリカの街を歩いてたらでっかい黒人に話しかけられ、和訳すれば「YO、すみませんそこのJAPな御方。CHECK IT OUTオレの肩を見る、最高にCOOL'N'ILL、THIS漢字刺青、WHAT'Sなんて意味MEAN?MEN!」みたいなことを聞かれたらしい。 つまり、デカい黒人の肩に漢字TATOOがあると。しかし彼は意味がわからないと。日本人なら漢字を読めるだろうと。意味を教えてくれと。で、見たら、「台所」と書いてあると。 まあネタなんだろうけど、苦酸っぱい思いで一杯です。 その点、ムリーロ・ニンジャの背中とかは、なんかかわいい。少なくとも字を間違ってないし、本人が選んだ文言だ。
2004.09.21
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せんだってはUターン(土田ラヴ♪)して人を轢いた2ちゃんの現人神・田代まさし被告。タシ━━(゚∀゚)━━ロ!!!!。 またシャブで捕まったじゃないか。盗撮→シャブ&覗き→轢く→銃刀法&覚醒剤所持→( )に入る言葉はなんだろうね。 不注意なUターンで人を轢いてしまったときは、さすがに気の毒で「運のない人だな」と思ったものだが、ここまでくると本当に尋常じゃない。 面白すぎる。 まったく新しいアンチヒーロー像、ピカレスクロマン。もしくは逮捕芸。 何度捕まっても懲りない様子はもはや愛敬の域だし。彼をこれ以上嫌うのは難しいっていうか、もう何やっても面白いだけである。 まあね。Uターンしちゃいけないとこで車回してぶつかるとか、刃物持ってる時に職質受けるなんて、本当は他人事じゃない。カッターナイフが鞄に入ってることや十徳ヴィクトリノックスが腰にぶらさがってることは珍しくない。いままで捕まってない人はたまたま運がよかっただけだものなあ。とはいえ田代まさしはそこに覚醒剤もあるので、即逮捕になってしまうのだが。 性癖だって、オレらたまたま運が良くて法に触れないですんでいるだけのことだ。イスラム国家ならとっくに鞭打ち百連発、中世カトリック国家では生きたまま火あぶり決定の日本人は少なくない、と思う。まあ、覗きがオッケーだった国は寡聞にして知らないのだが。あるわきゃないな。 むしろ、マーシーはシャブ大盛りの状態で好きな光景(スカートの中や風呂場)を見てたのですから、なんぼかすげえ涅槃ビジョン、社会生活を質に入れてもニルヴァーナだったやらと思うと、その多幸感万能感うらやましいZOという意見もあるくらいだ。 自分もいつマーシーのような逮捕されマニアになるかわからん。そんな自覚を抱えながら世界とバランスをとっている人が、田代まさしの定期的な逮捕を喝采で迎えられるのだろう。そんな訳ないだろう。 面白がってるだけだろう。 やっぱり覚醒剤ってやめられないのかな。こわい薬ですね。
2004.09.20
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せんだって日記なんか書いてても大人です。 聞けばなんですか? いまの子供の四割が天動説を信じているとか。 ゆとり教育だかなんだか。 もしオレがガリレイだったらいまごろ失意を抱えて墓の底ですが、どっこい生きてるんでこうしてブログで書ける幸せ。 地動説っていうか地球が太陽の周りを周ってることなんて、学問というより一般常識の範疇に入るんじゃないのか? 学研の科学マンガで読んだり、冗談の端々から推測したりさ。 いったい、いまの子供はガンダムやセーラームーンのストーリーを理解できるのか? 微妙に古いでしょうか? このままでは、いまの子供が地動説を「発見」して大騒ぎするのは火を見るより明らかだ。きっと異端裁判を受けたりするんだ。バチカンじゃねえんだ。 いずれ近い将来、ワガママで自己中な女子大生に対して地動説の重要性を身体でわからせる必要が生まれるかもしれない。そのワガママな身体に、84(B)-56-86の若いカラダに、160センチくらいで白いワンピースの似合う顔の小さいコの溌剌とした躰に。全くの義務感から。めくるめく地動説を。「世界はお前を中心に周っているのではない」と。これも彼女の将来のためだから。いいからいいから。 ガリレオも、死んでも死に切れまい。
2004.09.19
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せんだって、かつて流行の中心地であった渋谷428に出かけた。 「印刷解体」という催しがあったのですよ。 主に、もはやお役御免となった過去の印刷技術に関する展示。 小規模ながらいろいろなものが並べられていたのだが、メインは電算写植機の原版を手にとって見られることと、活字を拾ってなんと買うことができること。 活字ってのは、グーテンベルグが発明した、すべての印刷物に対応できるよう文字をバラで組み合わせる版画の原版の、その文字ひとつひとつのことですか? 書物を大量に刷ることができるようになったことで人々の教育水準が上がり、産業革命の引き金になったとかならなかったとか。 もっとも金属活字の活用はむしろグーテンベルグ以前からアジア方面で盛んだったという話もある。 ウチにも一冊、グーテンベルグ版のTHE BOOK第二刷があるが、綴じがそろそろ危ない。 電算写植機は、和文タイプライターの活字の並びをフィルムに焼いて光学的に印刷するもの、らしい。活字の摩滅を心配しなくていいし、一個一個活字を拾う手間もいらない。ちょっと前まで大発明だったのだが、コンピュータのデジタルフォントの出現でコスト高い面倒なシロモノになってしまった。でも、すっげーイイ書体が多い。コンピュータにはまだ本当にイイ書体を使うことは許されていない。ざっくり言えば著作権保護の問題だ。 電算の原版を矯めつ眇めつして、石井ゴシックやゴナDをフルセット持ち帰りたい衝動に駆られたりする。なにに使える訳でもないのに。 そこでフラストレーションをためた客を待っているのが活字の棚である。 ずらり並んだ金属活字。昔はどこの町にも写植屋さんがあって、職人が電光石火の速度で文字を組んでた。 アレが体験できるのだ。そして、買って帰れるのだ。 本名の漢字を全部集めるのはほぼ不可能と判断(使用頻度の高い文字はもう売り切れだし、オレの本名にはレアな漢字があって探すのが面倒)して、他の字面を組むことにした。 ひらがなはいろは順で並んでたので楽に探せたのだが、「記」の字がなかなか見つからない。わりと使用頻度の高い文字だから目の高さにあるだろうと思っていたが、もう全然みっかんないの。職人ってすげー。すでにカラの枠もあるので内心ぞっとしてたときにやっと見つけた。部首が近いものも近いとこにあって、似た漢字が並んでてわかんなかったってのもあるが、漢字ばかり見てると意味が消えてほんとうにわからなくなるあの境地に達してたというのが真相だ。職人ってすげー。 活字の金属ってやたら重くて、ピンセットでつまみあげるのもコツがいる。あわてて拾った「記」を、重さのあまり取り落としたほど。たった七文字なのにずいぶんな手応えになった。 せっかくなので、日記のタイトルにしてみた。 カッコイイ? モテそう? マジで? これは「二号」というサイズ。一個200円。1400円(税別)のネタ。高えyo!
2004.09.18
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せんだっての続きなんだ。 ■ ■ ■ ■ ■ 日曜日、センパイの家のチャイムを押す指が震える。今日はルシファーセンパイとどうにかなっちゃうんだろうなって、覚悟っていうか期待っていうかそういうドキドキが止まらない。 「なにボーッとしてんだ、ボーズ。早くおいでよ」 ドアを開けたルシファーセンパイは真っ黒なシャツを第三ボタンまで開けてて、学校で見るのと違っててその普段着のルシファーセンパイもすっごくかっこよかったんだ。 二階にあるセンパイの部屋に通されて、ベッドで座って待つように言われた。初めて入ったセンパイの部屋はすごく整頓されてて、なんだかいい匂いがした。壁にはクリケットのユニフォームが掛かっていて、その後ろにはモーリスのポスターが飾られてた。 ルシファーセンパイが約束のレッグガードを持って戻ってきた。「ボーズにはちょっと長すぎるかもな」「すぐにちょうどよくなりますよーだ」 そのレッグガードは、センパイが初めて使ったヤツだって言ってた。ヒザの下のところに大きなくぼみがある。デビュー戦の記念だって言ってたけど、ボクは知ってる。ルシファーセンパイが活躍し過ぎて相手チームにマークされ、ひどいラフプレイをされたことがあるんだ。 ルシファーセンパイはそのくぼみを見てちょっとくやしそうな顔をしたけど、すぐににっこり笑って「お茶淹れてくる」ってキッチンに行っちゃった。 ルシファーセンパイはお母さんを早くに亡くしてて、お父さんと二人暮らし。弁当も自分で作るみたい。レッグガードのくぼみを指でなぞっていると、センパイが昨日作ったスコーンと紅茶のカップを持って戻ってきた。ちょっといびつなそのスコーンは、ほんのり甘くてかすかにレモンの香りがした。紅茶を飲んだ時、苦かったせいでボクは変な顔をしたみたい。センパイは「ボーズにダージリンはちょっとキツかったか」って笑うと、ボクのアゴについてたスコーンの破片をクチで舐めるように取ってくれた。 心臓が、止まるかと思った。 ちょっとイジワルな顔になったセンパイは、今度は噛みつくようにKISSをしてきたんだ。「あっ、センパイ…!」「つきあうって、こういうことだよ…」 センパイが何度も優しいKISSをしてくれるから、ボクは体中のやおい穴というやおい穴が開いちゃったような気がした。初めてなのにオカシイんじゃないかってくらい気持ちよかったんだ。「ボーズ…、ホンットにかわいいな」 ボーッとしてるボクのシャツをあっという間に脱がして、センパイはボクの体中にKISSマークをつけていった。ボクは後輩だからセンパイに合わせなくちゃいけない、って思ってたんだけど、センパイのリードは完璧で、気がついたらセンパイの匂いがするベッドの上でボクたちは生まれたままの姿に生まれ変わってた。「まだ、生えてないんだね」 アッ、と思ってあわててソコを隠した隙に、センパイはボクのやおい穴にもKISSをした。目の前が真っ白になって、うなじのあたりがゾクゾクした。 ルシファーセンパイがボクの恥ずかしい所を! その衝撃は何時間にも感じられたし一瞬のことのようにも感じたんだ。「ボーズ、いくよ?」 すっごく優しい顔でルシファーセンパイが囁いた直後に、ボクのやおい穴はセンパイでいっぱいになった。 感電したみたいな感じ。 センパイはゆっくりと、夕方、浜によせる波みたいにゆっくりと、やさしく動きはじめた。「んっ、センパイ…」「ああ、ボーズのココ、すごいぞ」 ボクらは、遠い海でダンスをするミンククジラみたいに潮を吹きあった。 センパイがちょっと動きを早くするだけで、ボクのやおい穴が震えて目の前で何回も花火が破裂したんだ。「センパイ、もっとやさしく…」「ボーズがかわいすぎて…抑えられないよ」 センパイはボクをギュって抱きしめると、もっと激しく、バンドウイルカみたいに泳ぎはじめた。 ボクもセンパイに置いていかれないようにキツくしがみついたんだ。 息が続かなくなるほど遠くまで一緒に泳いだボクらは、遠い沖で同時に大きなジャンプをした。「ボーズ、なんで泣いてるんだよ」 ボクの髪をクシャクシャに撫でたあとで、ルシファーセンパイがボクのまぶたにKISSをした。 だって、大好きなセンパイとこんなふうになれて、ボクはとても嬉しかったんだ。 七月に入って、クリケット部のコーチが代わった。新しいコーチのアララト山さんは ■ ■ ■ ■ ■ 書いてて異常に面白いんですが、いいかげん辛くなってまいりました。 リクエストがあれば続きを書きますが、どうなんだ? 珍しくヤマもオチもイミもある、面白いお話でした。この同人誌を見て感激して書きました。リスペクト。
2004.09.17
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せんだって、お高い名古屋嬢を名古屋撃ちで果敢に攻めたててういろう売りを覚えさせるという夢を見たのでそのことを書こうかと思ったのだが、ちょっと思い出したことがあるのでそのことを書こうと思う。むしろ書きたい。 中学時代のことだ。 ■ ■ ■ ■ ■ ボクは男子中学のころクリケット部に入っていたんだ。練習が厳しくないし、他の部と比べていやらしい先輩が少ないってウワサだったから。 春の郡大会に向けて、ボクら一年生もウィケットやボールを拾ったり、あわよくばレギュラーになろうと一生懸命練習してた。 ボクら一年生にはあこがれのセンパイがいたんだ。郡でも最高のバッツマンで、Vネックのセーターが似合う真っ黒な天パがカッコイイ人で、名前は煌輝ルシファー。付き合いたいってヤツもいたけど、ルシファーセンパイには瑞珠アンヘル主将っていうみんな公認の恋人がいたから、あきらめるしかなかった。 郡大会ではルシファーセンパイの活躍で決勝まで順調に勝ちあがった。ボクら一年もスタジアムから一生懸命応援した。でもルシファーセンパイの振ったバットがアンヘルセンパイの額に当たって血が出ちゃってチームのリズムがおかしくなり、結局負けちゃったんだ。準優勝さ。 その日からルシ×アンの仲もおかしくなってた。前は練習中に仲良く話し合ったり一緒に自転車で帰ったりしてたのに、いまはバラバラ。別れたってウワサだった。 ボクはバス通学だったから、六月のその日も練習後にひとりでバス停まで歩いてたんだ。坂を下る途中で後ろから「おいボーズ」って声が聞こえた。ボクが新歓コンパでスチャダラを歌ったのでこういうあだ名になった。ぶっきらぼうなのに優しいその声はルシファーセンパイだ。 胸がドキドキした。 「ボーズ、バス停まで乗ってくか?」 ルシファーセンパイと二人乗りなんて最高に嬉しい。断る理由なんかない。ルシファーセンパイの腰にギュってつかまって自転車の二人乗り。風を切り走る坂からは夕焼けに光る川が見えた。 その日を境に、ボクとルシファーセンパイは一緒に帰るようになった。たまたまアンヘル主将とトイレで一緒になったときに「ボーズ、ルシファーとつきあってんの?」って聞かれて「そそ、そんなこと…。とんでもないです!」ってムキになって否定した。だって本当は付き合いたくてしょうがなかったんだ。 ルシファーセンパイの後ろに乗って話をしてて、こんどの日曜日にセンパイの家にお古のレッグガードをもらいに行くことになった。お古をもらえるだけで超嬉しいのにセンパイの家にいけるなんて最高の気分だ。 まだ話の途中だったからルシファーセンパイとバス停の小屋の中で二人きり。センパイの家までの行きかたを教えてもらってた。横顔がとてもステキなんだ。 急にルシファーセンパイが真面目な顔になってボクを見つめたんでドキってした。「アンヘルに嫌なこと言われなかったか?」って。 聞かれてたんだ! ボクはもう恥ずかしくって、やおい穴から変な汗が出てきた。 言葉を出せずにモジモジしてたボクに、ルシファーセンパイは「ボーズ、カワイイな」とにっこり笑って髪の毛をクシャってしてくれた。きっとボクは真っ赤になってたと思う。 帰りかけて小屋の出口まで出たセンパイがクルって振り返り「つきあっちゃおうか」と囁くと、ほんとにいきなり、KISSしてきた。 「…!」 声が出ないほどびっくりしてるボクに最高の笑顔を見せて、ルシファーセンパイは「じゃあ日曜な」って言って帰っていった。 その日はどうやって帰ったか、何を食べたかなんて覚えちゃいなかった。センパイのふわってした唇の感触やいい匂いがいつまでも残って、ジンジンしてた。 日曜日、センパイの家のチャイムを押す指が震える。今日はきっと ■ ■ ■ ■ ■えーと、続く。
2004.09.16
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せんだってっていうか今日のことですが。 ランチ不毛の地である仕事場界隈をケッタマシンで疾駆していたら新しいメシ屋がオープンしているのを発見した。 名古屋発「あんかけスパゲティ」の専門店だ。期待と不安とすきっ腹を抱えてカウンターに座った。名古屋名物というのはストレンジなものが多いことで有名ですけれども、あんかけスパとはこれまたハイブリッドというよりは接ぎ木、動物で例えるならレオポンではなく件。エッセンスを抽出して混ぜ合わせて新しいモノを創造するというよりは、のせるかけるくっつけるという、なんつうか思いつき感の強い食い詰めママのアイデア料理。ミソカツ、天むす、名古屋撃ちの類いだ。 名古屋巻きを決めた名古屋嬢ウェイトレスに「ぶっかけ」なる、ややアレめなものへウインナーをトッピング(100円)して発注。セクハラのようで実は口説いてるオレ。不覚にもしゃっちょこばる。 40分後に出てきた。新規開店早々ということで異様に手際が悪いのもそうだが、厨房の動線もおかしかった。なにをするにも最低二人を越えなくちゃ動けない配置。だぎゃあ。 「ぶっかけ」はスパの上に薄い卵焼きをのっけててあんをかけたもの。パスタにあんが絡みにくくなっている仕様。なんでなんだ。トッピングのウィンナーはさすが名古屋。想像を裏切る懐かしの赤い小さなウィンナーである。ウマそうな腸詰め然としたものが乗ってくるのかと思い込んでいただけに、口説き失敗セクハラ返しな印象だ。バカにしやがって、悔しい悔しい。 肝心のパスタは茹で置きをさらに茹で直してさらにデカい鉄板で炒めたもの。我々イタリア人が焼き饂飩と呼ぶものだ。あんかけ焼きうどん。アルデンテを遠く離れてどこへ行く。紅生姜が欲しい。 量はモーニング、値段はナマイキ盛り。名物に旨いもの無し。 ほかのトッピングにはハンバーグや卵などもあります。デジマ。
2004.09.15
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せんだってはストを回避したプロ野球。 ゆるゆる規制が軽くなり、ライブドアと楽天様が球団経営を画策しているという。状況の変化が早く、ちょっと面白い。 ライブドアはともかく、イルハンに年棒を盗まれた実績をもつ楽天(お世話になっております)が球団経営に名乗りをあげたことが痛快だ。やれんのかよ(←三村。それはともかくミムラかわいい)。 多分に憶測になるが、先週末の選手会ぬか喜びスト回避は、球団経営者がその場しのぎのウソをついた(子供かよ)だけなのだろうと思われ、後ろ暗い取り引きの経験値が高い(例えるならムラマサブレード装備6人のパーティ)球団経営者にとって、野球バカ(誉め言葉)の多い選手会をダマくらかすことなど赤子の手をひねるほどの罪悪感も感じることなくできたに違いない。赤子の手をひねるあの後味の悪さときたらちょっと…。 野球ファン、主に私設応援団らの掩護射撃のないまま戦う(ていうか二正面作戦を強いられている)選手会とくに古田が気の毒でしょうがないが、いっそストライキをやっちまいなさいと、俺なんか思っちゃうワケよ。ファンはそんなに真剣に考えていないようだし、彼らの目を覚ますっていうか状況を理解させるにはスト実行って効くんじゃないかと考えられる。 ストライキをやるチャンスは今くらいしかない。なにより、実際にやったらどうなるかという経験を得ることもこの際重要だ。重要な気がする。重要ですよね。確実に、球団経営者は何らかの対応を迫られることウケアイだし、状況変化のスピードも上がるだろう。 まあ、あのオッサンどもは野球を見たいと泣く子供の涙を見たところでなんの感銘も受けずむしろその子の腕をひねりあげながら、日銭の減収に涙するかもしれない。 ていうか俺はストを見たい。危機感のない経営者や私設応援団が今になってあわてふためく姿は単純に面白そうだし、何らかの効果が期待できることは間違いない。タイミングは、盛り上がりきった週末とか日本シリーズが望ましい。ストライキはファンへの裏切り行為だっつー意見もあるが、愛しているであろう選手たちを追い込んでいるのはヌルいファンも同罪だ。選手に泥をかぶせたくないなら、なんかあるだろ。 ストが実行され、ベンチャー各社の新球団が興り、放漫経営の会社が潰れる。そんなプロ野球なら面白みがあるかもしれない。つーか、それが「普通」なのだけれども。 活性の低いまま、なりゆきで市場規模を縮小して静かに衰退していったとしても、まあそれはそれで。 結果、運動神経のいい子供が野球に買われることもなく、自然にサッカー選手を志す世界になったらこれほど好ましい状況もないってなもんだ。追記会見での古田の表情がなあ。うああ。根来Cは辞任したが規定事項だ。面白くないぞー。「ストやられたら困るわぁ」と神戸のおばちゃん。「金持ちの野球選手がストライキしても応援できない」とオッサン。ストライキと言えば雇用賃金の問題としか思えないのかなあ。損害賠償ということになれば、選手は自腹覚悟で「野球文化」とやらを守ろうとしていることになる。そこに言うに事欠いて「明日明後日の試合を見たいだけだからストしないで」、という野球ファンの心理がよくわからん。だれか教えてください。追記追記古田がかわいそうじゃないか!ものすごい責任とプレッシャーじゃないか!経営者側に理由なんかねえんだ、意地になってるだけだ。自称ファンよ、なにやってんだ!戦えバカ!
2004.09.14
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せんだって、割に合わない仕事であちこちうろうろする。どのくらい割に合わないかって、時給計算したら420円くらいかな、今のところ。ナチュラルボーンデスクワーカーである拙者にとって、外回りはキツいでござる。夏まっさかりのころに比べて過ごしやすい気候なのが幸いだが、昼間はまだまだアツイでござる。忍者気分で歩いちゃいても、六尺のサラシは地べたを這うばかり。幸運なのは、土地勘のあるところばかりだったので迷子になる不安に襲われることもなく歩き回れたこと。みんな駅から遠いところに会社を構えるのはどういうことだ。里を抜けたばかりに理不尽な仕事に追われるなんて、嗚呼。 午後も半ばを過ぎて小腹が減った拙者は、ちょうど新宿にいた。目的地には小一時間の距離、アポは一時間後。ブログなので食べ物のことを。 慎太郎が焼き払いたくてウズウズしてる(と噂される、あくまで噂ではあるが、火の無いところに煙は立たないっていうか、火事になっても消火が難しい、そして実際に不審火があった)思い出横丁に向かう。 ここは戦後のバラックがそのままに近い形で保存されている昭和テーマパークである。 入園料を払って横丁に入ると、主に飲み屋と食べ物屋が軒を連ねている。不気味なほど出汁の効いたラーメン屋や本物のメチルを出す一杯飲み屋、油染みた店内で太平洋スープを味わえる店もある。 この横丁に、中国人がうろ覚えでデリカテッセンを始めたがなんかうまくいかずスペインの侵略を許したようなリストランテがあり、拙者はさみしい時や新宿で小腹が減った時によく利用しているのでござる。 昼も半端な時間なのにわりかし混んでいる。 カウンターしかない店内。拙者の左側にはライトグレーのスーツをノーネクタイで着ているおじいさんがいて、ビールを大瓶でやりながらソシュールの『一般言語学講義』を読んでいるでござる。向こうにはメチルを酌み交わしながら船のプロペラの話や宝くじの必勝法に夢中になっている父娘。3時前。 拙者はカウンターの中のガイジンに「ソイ丼」と申しつけたのでござる。 この店に来る理由はソイ丼の存在である。ソイビーンズという豆を煮て、味つけをカレー粉でごまかしたようなものが丼飯にかかっている。格別ウマいものでもないが、なんか食べたくなる類いのものだ。今日はちょっと酢っぱみが強い。 ソイ丼をかっこみ、中の大根の葉をシャリっと咬んでいると、隣に化粧を失敗しているおばちゃんが座った。注文したのはご飯とマカロニサラダ。マカロニサラダをオカズにご飯をちびちび食べている。なんかすごい。こんなの初めて。 あ、拙者そろそろ行かなきゃ、と思ったので店を出たでござる。急いで食べたあとで走ったので片腹が痛くなった。
2004.09.13
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せんだってからブログに頻出するように、アーバンでおしゃまなオッサンであるオレにとって、昼飯は悩みの種。もはや、昼食のメニューを考えるだけで食欲がなくなる域に達した。 欲望の消失。霊的ステージが上がったのがわかる。すでに正悟師くらいかな。 腹が減ると感覚が冴える、とはよく言われることだ。さっきからグーグー鳴るのが他ならぬ自分のお腹だってことは、聴力に頼らずともとっくに気がついている。ポンポンがキリキリする。欲望に負け、てっとり早く食欲を満たした豚fatではとても辿り着けない境地。だってお腹がならないのだもの。 エンドルフィンが空腹の苦痛を抑え、偽りの桃源郷に遊ぶ午後。なんつうかコレ摂食障害に近いんじゃないの? psyco気どりでイキがってるなんてオレ、ちょっとイタくない? これはイカン。夏場、食欲をかき立てるためにオッサンがやることといえば食前酒、ていうかとりあえず生。 生じゃないが、缶ビール。痩せたソクラテスは毒杯を呷ったが、空腹のオレは会社の冷蔵庫に入ってたお中元の生き残りを片づける。今日の会社にはオレより偉い人がいない安全日。原価計算や見積もりくらい、一杯きこしめしてもやれます。やってやる。 こう見えて、アルコールをいただくとすぐに顔が赤くなるんです。それはもうソクラテスの飲んだ毒ニンジンよりも赤い。ほんのり上気したアダっぽい視線でノートを見やり、おぼつかない指先で電卓を弄う(いらう)。飯なんかいらねえや。イスに座って腕を組み、沈思黙考働く男。 一眠りしてすっきりしたので、ダダダっと仕上げて帰宅。完成するも結果的に残業。空腹いまだ去らず。
2004.09.12
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せんだって「チューボーですよ」に橋田寿賀子先生が出演なさっておった。 いつもどおり大物オーラを吹き荒らし、いつもどおり傍若無人に振る舞っていたのだが、さすが大先生、
2004.09.11
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せんだってから言おう言おうと思っていたが、スーパーサッカーでの白石美帆は他の、例えば生理用品のCFと比べてむやみに色っぽいのが不思議でならない。今日(9/11)なんかハレムのエースみたいな佇まいだった。萌えー。 で、オレなりに分析したところ、原因は二の腕である。そして首周りである。 スカートの時とパンツの時があるが、色っぽさはあまり変化しない。 つまり、白石の色気は首周りと二の腕から滲み出ているであろうと考えられる。 「そんなの、だれだってそうじゃんかyo!」と申される方もいらっしゃるかもしれないが、たとえばUtada(元・宇多田ヒカル、前・cubicU)はまだ白石の域に達していない。あと三年欲しい! また鈴木えみなどはむしろトックリのセーターなどのほうが、細いアゴと口元が際立ってイカす。 思うに美帆は、アゴの線と二の腕が適度にだらしなく、その部分をあえて露出して虫も殺さないような秘書科顔と近い位置でフレームに収めることによって色気をかもし出すコントラストが立つのであろう。 この、コントラストというのは大事なことなので、世の女性も自分を演出するうえで一考されたいと切に願う。 この日記は、書いてる本人は二日懸かりで、正直、知恵熱を出すほどに真面目なのだが、まったくのたわごとになっていないか心配だ。 鈴木えみといっしょに食べたいと思って作ったスパゲティナポリタン。ケチャップびしょびしょのヤツをテーブルに正対して、共に吸い込みたい。
2004.09.10
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せんだってまで、あるいは今もどこかのスクリーンで掛かっている映画『世界の中心で、愛をさけぶ』は、原作本の人気にあやかって、途中まで撮影されていた別の映画をねじ曲げ監督の首をすげ替えて撮り直したものである、らしい。人が死んだから悲劇、というだけの今さら恥ずかしいお話はどっこにでもあるもので、途中から別のタイトルにしたところでナニが変わるものでもない。愛すべき娘さんが死んで、だから悲しいという条件さえあってれば、なんだってよかったのだろう。タダ券があったから見に行ったのだが、そして人並みに涙を流したのだが、素晴らしい映画とは口が裂けても言えない、正真正銘の駄作だと思ったものだ。邦画は本当に死んだのか。 心ある、そして才能あるフィクションの作り手は「悲しむべき病死」をオハナシのピークに持ってくるようなダサいことは恥ずかしくてできないのが心理であり真理だ。 なにより原作の小説は、後ろ向きな男が過去を飲み込んで成長する瞬間にピークを置いている。小説においては安い感動テクニックなんかより、そのあとの終わりかたが頑張り所でありクライマックスなのだ。 噴飯ものの映画に比べてテレビは破綻がなく処理されていたように思う。さぞかし人の悪い(つまり有能な)制作者だろうと想像できる。テレビドラマの視聴者が身もだえして期待している感動死シーンを外すことなく、映画版のハチャメチャなダサさを回避して、「ただ死んで悲しい」オハナシ以上のものに治めたようである。 フィクションの作り手にとって、「純愛+死=客の涙」というウリはあまりにたやすくなんかバカみたいで恥ずかしいものである。土台となる部分、なんつーか「作家性」がどんなにブザマでもそれなりの評価を受けられるし、なによりカネになる。あの無体な映画の興行成績がその証左となるだろう。 ドラマは、視聴者の貪欲な需要に正直に向かった作りで、素晴らしい作品というよりはグッジョブという感じ。泣きたい、感動を貪りたい、少女の死を見たい、というニーズに応えた商品をこさえてたという意味でグッジョブ。完成度高い。オレ、ナマイキな口調。 本当にどうでもいいことなのに、なんでオレがこんなに夢中になっているのか。実はセカチュウのことが好きなのかと言われれば、好きなんです。カセットレターとかにはかなりグッとくるし、甘酸っぱいセリフも好きだ。映画の長澤まさみも、yes愛してる。 しかしもっとも面白いのは、フィクションとはいえ何万もの人間がひとりの少女の死を手ぐすね引いて今や遅しと待っているという筒井康隆的状況が現出したことだ。その動機が涙を流してスッキリとカタルシスを得たいということが相当グロテスクだ。ドラマでは早め短めに処理されていたことでガッカリした人がいることも興味深い。その心理がグロい。そんなに安心して見れる死を愉しみたかったのか。その願望は誰にでもあるし、類するオハナシの型は無数にあるが、「ンもぅ、せっかく泣けそうだったのにィ、早いんだからァ」みたいなのはいささか欲求が強すぎやしないか。 世界には白血病で苦しむたくさんの「亜紀」がいる。「純愛+理不尽な死」は戦場になんぼでもある。涙を排泄し感動を貪り悲劇を消費した人のうち何人が骨髄バンクに登録し、愛すべき若者の理不尽な死をなくすために尽力するのだろうか。 死んだほうがドラマティックで感動し易いじゃないか。 原作本のパクリ元となった名著。これは実の母含む317人が死ぬ宇宙規模の純愛モノだが、泣けない。
2004.09.09
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せんだって職場の人から借りた『ダ・ヴィンチ・コード』を読了。いまさらベストセラーの感想。 ダ・ヴィンチ問題、聖杯伝説、フリーメイソンと快刀乱麻の暗号解析エンターテインメント。蘊蓄好きにはたまらない。キリスト教がらみの少年探偵団みたいのだ。 監督ロン・ハワードで映画化決定ということから容易に推察できるように、お話はいたって普通。そっち方面でどうということはない。恋と活劇と謎解きと裏切りが均等配分されたウェルメイド。 普通だなあ。 ざらっとした印象は「エヴァンゲリオンみたーい」。エヴァのほうが面白く、ダヴィンコのほうが蘊蓄がわかりやすい。なんたってエヴァ最大の謎、あの死海文書問題が、なんと解けている。蘊蓄深度が段違いだ。 収穫としては『ファイブスター物語』でおなじみの「テンプル騎士団」の引用元がわかったことと、「徹夜本」というジャンルがあることを知ったこと。 そしてなにより、世の様々なものに秘匿された女性の聖性の象徴が楽しくわかることだ。占いのモチーフになっているものが多く、女性を口説く時に超使える。これはヤバい。マジヤバい。 この本を貫いているキリスト教関係の蘊蓄はそっち方面(日本では荒俣宏、故渋澤龍彦、故種村季弘っぽい方面)では80年代ころから大騒ぎだったらしいですね。ちっとも知らなんだ。エヴァで見た程度だ。 個々人のアイデンティティにジーザスが突き刺さっているキリスト教社会において、聖杯問題はきっと地面が抜けたようなショックを受ける人が多かったのではないかしら。諸外国でのバカみたいな売れ行きはそのことを想像させる。だから、キリシタンじゃないと面白くないんじゃないの?と斜に構えてたのだが、蘊蓄そのものが存外おもろかったのでよかったです。論文や読み物も多いんだろうが、ミステリー小説の形なので食べやすいっていうかー。 難をいえば、せっかくガイジンがいっぱい出てるのに濡れ場が少なすぎることか。エヴァンゲリオンよりも少ないってのはどういうことだ。
2004.09.08
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せんだって日記こと私は、サッカー日本代表の自称熱狂的にわかサポである。代表が大好きである。 たとえ点を取るのがDFで守備をするのがFWでも、個人のひらめき頼みでも、チームとして動けないワーワーサカーでも、もう愛しちゃってるんである。 ダメ人間が逃げ込むことで有名な悠久の時間がたゆたうインドの、しかもオー!カルカッタなんつう破廉恥なミュージカルの聖地でのたたかい。インド古流格闘技経験者の私でさえちょっと暑苦しい気候だ。 よく頑張った。 電気を停められ、田舎審判にイジメられ、捨てばちな気分になった弱インドのマンガみたいなこっぴどいラフプレイに襲われ、それでも勝ってくれた彼らに心から惚れているのである。本山サイコー。 なんかもう滑稽なほどスポーツナショナリズムに捕われてしまっているのだね。 ただし、鈴木とサントスはマジでもういらねえ。 ていうかサントスに関してなら、試合終盤で体力が無くなってからはダイレクトプレイが増えて、リズム無視の持ちすぎドリブルとかひとりよがりの適当クロスが減る傾向にあることがわかった。 鈴木は、真性のバカなのは言うまでもないが、なぜかゴールすることがある。なぜだ? 鈴木はたぶん、脳が無く、全身に点在する神経節がその代わりをしている類いの生き物なのだろう。 そう考えると、異常なほどのオフサイドの数やシュートミスも納得できる。 そう考えないと説明がつかない。●スズキは、視界の中に動くものを見つけるととりあえず反応します。その結果、シュートに見える行動をとることがあります。●一般の選手は、パスを出す相手の意図を感じて動きます。しかしスズキは、出たボールに対するリアクションでしか動けません。オフサイドが多いのも、好パスに追いつけないのも、パスコースを予想して前もって動きだせないことも、自らスペースを見つけてパスを要求することができないのも、すべてリアクションでしか動けないことが原因です。●視界の中にボールが入ると反応する習性は、前線からボールを追いかける「DFW行動」として表れます。ときに自陣深く、最終ラインにまで入って守っているのは、ボールを追いかけることに夢中になっているからです。●スズキは、人が多く集まっている場所を好むさびしんぼうなんです。たまたまゴール前にいることが多いのはそういうことなんです。間違いない。●スズキは、ただボールを追いかける習性を持ってるだけなんです。 たぶん鈴木隆行選手は恐竜や昆虫の仲間です。 神様ジーコの目指していると思われるインプロビゼーションサッカーは、各々が戦術眼を持ち技術的にも優れた選手たちが掛け算的に作り出すものと思われ、ではなぜ鈴木隆行のような昆虫が混ざっているのか疑問だ。 チームとして機能しないと勝てない方法を選んでしまった我々の代表は、練習期間を長くとらないと危険。しかも、選手全ての能力が高いことが大前提。 ハマればきっと面白いけど、こわい。アタイこわいの。オッス!オラ鈴木!特技は、どフリーでのシュート外しとどフリーの速攻時なのにバックパス! 追記シドニー五輪予選のタイ戦で小野伸二が膝を壊されたように、勝てないとわかってやる気を失くした相手選手のラフプレイにはヒヤヒヤする。インドよ、なぜ鈴木を壊してくれなかった。
2004.09.07
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せんだっての地震、そしてせんだっての噴火、そして連続する記録的巨大台風。もはや天変地異とでも言いたくなるような昨今。 広島の厳島神社では国宝が倒壊したとか。 昨日のニュース映像はすごかった。台風で屋根が剥ける瞬間、道路を走っててころんだトラック、風で道路の向こう側の歩道まで流されるバイク、座礁転覆した貨物船、濡れたOL女子高生。台風の威力、災害のひどさに言葉を失う。 日本中が天災に見舞われるなか、東京は比較的おだやかだがこれで済むはずがない。 デカい、一発が、くるかもしれない…。 などと、いたずらに不安に襲われたりしている。熟睡できない。 野分の開け、ばかみたいに晴れた朝、清少納言なら「いとをかし」でオッケー牧場なのだろうが、そうも言ってられないのが高度情報化社会だ。 秋は野分のころ。果物のおいしい季節。好物の梨をむいて、せめて秋の良い方の一面を味わう。 博徒の縁起かつぎをならって、ありの実とでも呼ぼうか。今年初のありの実はおいしかった。
2004.09.06
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せんだって昼飯を喰いにカフェ「ほっこり亭」に行った。 おばちゃんの「はいよ、カフェ飯いっちょぉ!」という威勢のいい声は午後の仕事のリズムを作ってくれる。 無国籍生春巻が刺さっているイタリアンロコモコの上の目玉焼きをどこから齧ったものかと苦戦していると、おばちゃんが「相席お願いね~」と一人案内してきた。混んでる時はおたがいさまだ。 「すみませーん」と言いながらテーブルの向かいに腰かけたのは若い女性。杏さゆりを一回り細くしたような感じで、歯科助手だという。 yes、歯科助手。OLと看護婦の長所を合わせ持った、男児憧れの職業ナンバーワンの役満ジョブだ。しかも彼女、声がいい。声がいいということは骨格がいいということだ。yes、口説きたい。 その時、店のテレビでは関ジャニ∞の『浪花いろは節』が流れており、オレもアンズちゃんもカフェ飯を置いてついつい見入ってしまった。ステキなイケメン関西ジャニーズ達が太鼓があるのに叩きもせず「エンヤコラセーのドッコイセ」と、なぜか相当寸止めなイキ顔で唱えまくり舞い踊る不思議なPVだ。これはお好きな人にはたまらないんだろうが、いきなり見せられるとかなり困る映像だ。オッサンが電車の中でスポーツ新聞を広げるのを女性が嫌がる気持ちがわかった気がした。オレお気に入りである錦戸クンの断末魔っぷりときたらちょっと見てられないくらいステキだったし、横山クンは相変わらず半端だった。シラフで見るにはキツい動画だ。なんか喰うなら眼に来るヤツがいい。 気づけばアンズちゃんは眼をハートマークにして口を開けてテレビを見ている。…かわいい。しばしして、オレの熱視線に気がつき、照れたようにして生春巻をほおばった。…かわいい。 オレ「エイト、お好きなんですか?」 アンズ「はい、村上クンが」 オレ「変わってますね、そこがステキだ」 アンズ「あ…ポッ」 ふたりは一瞬で恋に落ち、彼女、アンズちゃんはその晩、オレの部屋にくることになった。乙女の言い訳は、オレがネットでコツコツコレクションしているかわいい猫の写真をCD-Rに焼いてもらうため。 PowerBookでかわいい猫の写真のフォルダを展開し、アンズちゃんの欲しい写真をピックアップしていく。その作業の途中で、まったくの事故から秘蔵の杏さゆりのアイコラ写真がバラバラと開きまくってしまった。 気まずい沈黙を破ったのはアンズちゃんの鼻息。「ああもう素手で抱いて今抱いて、真昼に見た村上クンのように」。アンズちゃんの眼が語っている。そう思った。 ベッドでアンズちゃんの杏ちゃんをえんやこらどっこい。ふたりでおかしな踊りを舞う。どっこい。 そろそろ太鼓を叩こうか、というタイミング。まったくのサービス精神から「エンヤコラセーのドッコイセ」と村上クンのモノマネをしながら低く甘く囁きエンヤコラどっこいしようとしたら、アンズちゃんの様子がおかしい。喜怒哀楽でいえば「怒り」である。 いわく、半端に真似しないで。いわく、けがさないで。いわく、バカじゃないの? こちとらサービス精神でやったこと。なぜこんなにも怒っているのかわからない。まるで大事なものを穢されたような勢いだ。 オレを罵倒しながらすばやく着替えて荷物をまとめると、CD-Rをつかんで出ていってしまった。 以上、オレが『浪花いろは節』のPVを見て妄想したことです。 あんなに思い切った曲がやれるのは、やはり人気があるからだなあと思いました。かっこいいなあ。 「この期に及んで、まだスタジアムに足を運び球団経営者を利する野球ファンはやはり鐘太鼓で騒ぎたいだけなのかと思うニャー。ファンの観戦ボイコットという考えがあってもいいと思うのにニャー」
2004.09.05
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せんだって気づいたのだが、仕事場の近所にロクなメシ屋がないせいか食事に対する興味を著しく欠いている時があるようだ。これといって食べたいものもなく、腹が膨れて不味くなければなんでもいい気分になる。不健康な昼飯をいただく毎日だったりするわけだこりゃ。トムヤムラーメンやとんかつ定食など、好物を食べることもあるが、それは食べに行くヒマがある日のことで、本来はイレギュラーなものだ。仕事場の近所には吉野屋と立ちそばと行列ができるラーメン屋くらいしかないもので、吉ブーのメタかわいらしさと豚丼のおいしさにはもう飽き飽きといったところ。 家に帰れば帰ったで、面倒くさいやら疲れてるやら、ステキな独身男性の常でちょっとした調理しかできない。チキンラーメンを上手につくるコツは、案外CMのようには固まらない卵をどうやって加熱するかにある。卵白は粉々になるのが好みなので、湯の流れでほぐれるようにすればすぐに固まる。問題は黄身だ。誰かいい方法知りませんか? 酷暑とのコントラストで肌寒く感じる昨今なので、ちょいとポトフをこさえてみた。 溺愛の、いや出来合いものを買ってきたり喰いに行ったりというのにはモチベーションが上がず晩飯お菓子でいいかしらと考えるオレだが、自分で作ったものには不思議に食いたくなるものだ。食欲が無いけど食べないといけない時、自分で作るのはいい手だ。たとえば、インフルエンザで寝込んでいるときに自分でこさえたお粥なら食べる気になる。食べないと死ぬかもしれないし。 ポトフとは、おフランスの家庭料理で、鍋で煮たヤツだ。牛肉を水とブーケガルニで煮てダシが出て柔らかくなったら大きめに切った野菜(ニンジンセロリカブたまねぎなど)を入れてまた煮まくる。これで出来上がるのだからステキなフランス料理じゃないか。味つけはコンソメ基本の塩、コショウ。つぶマスタードで食べる。ブーケガルニの香りがして具が大きくて、肉、野菜が入ってて味が大幅に狂ってなければポトフと称してよい。わりと懐が広いのでラクチンなおフランス料理だ。 だもんで、いつも書くような極めて再現性が高く役に立って微に入り細をうがったレシピはないんである。 レシピといえば、ポトフのレシピを探してググったところ、レシピよりもHNポトフなんとかさんの楽しい日常を綴ったブログとかHNなんとかポトフさんの買ったものとか、そんなどうしようもないもののほうが多く引っかかり、非常にストレスフルであった。 この日記もまた検索「ポトフ」で引っかかるようになるのだろうか。いい気味である。 ていうか食べ物の名前をハンドルにするのはやめてもらいたい。腹減ってンだ。 中村うさぎの表情はおもしろいなあ。大根みたいだ。
2004.09.04
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せんだってネットニュースでソーラーセイルの実験に成功したことを見つけた。 もう中学のころだろうか。雑誌の科学コラム「オールザットウルトラ科学」(単行本は現在絶版。復刊ドットコムで要求中)で読んだソーラーセイルの話にグッときたことを思い出し、スクラップブックを掘り出してみた。 ソーラーセイルとは、ぶっちゃけ宇宙ヨット。「内なる光に導かれてこの道場にやってまいりました」という言い回しもあるように、光にはものを押す力がある。大きな帆を広げてその光量子力で宇宙船を進めようというのがソーラーセイルの基本である。燃料の心配をせずに宇宙船が運用できることから、いろいろな可能性が考えられている。ロケットのガタイのほとんどが燃料であることからわかるように、宇宙開発の泣き所は打ち上げのロケット燃料と打ち上がってからの燃料の容積である。 ソーラーセイルの根幹となる光の力はものすごい。 太陽みたいにでっかい光源から、地球周辺で約100億分の1気圧ほど。うっわー、ものすごく小さい。しかし、重力や空気抵抗をほとんど無視できる宇宙空間でなら加速を続けられるわけで、もし光を受けつづけられるという前提で考えれば、理屈の上では光速まで加速できることになる。 実際に利益をあげられる運用方法としては月からの貨物便、おもに単価の高いヘリウム3の運搬、その前に発掘プラントの輸送などがあるが、地球-月レースなんかも考えられており夢一杯である。ハレー彗星の観測というプランもあったが、巨大な帆を打ち上げて展開するという技術的な問題などで頓挫したようだ。 そう、現在、ソーラーセイルの問題は帆の打ち上げと展開である。なにしろ帆がデカいほど光を多く受けられるものだから、なるべく大きな膜を広げたいわけだ。するとロケットのペイロードの限界が出てくる。 セイルの形は扇子型やヘリオジャイロ(ものすごく羽の枚数が多いタケコプター状のもの)などいろいろ工夫されている。帆となる膜自体の薄さと強度は解消されつつあるが、サイズを小さくするのには一苦労である。分割したら強度が下がるし、組立てに手間がかかるようでは実用に耐えない。 で、たとえば四角い凧のような帆の場合はミウラ折りが定番。この折り方が発明される前までは、一体型で巨大な平面構造は、絶対に宇宙に運べないと思われていた。いまミウラ折りは地図などでおなじみだが、もともと三浦公亮東大名誉教授はソーラーセイルの研究をしていた人である。 どのような過程でミウラ折りを思いつかれたのかはさだかではないが、折り紙の文化を持つ日本ならではの発想だと感心したし、ちょっと誇らしくもあった。 折り紙という伝統文化、枯れた技術の水平思考(<横井軍平)が宇宙開発の現場で生きるという小気味良さ。 ウルトラ省エネな宇宙船の可能性。 宇宙空間をゆったりとゆく帆船や凧の風景。 こういうことにロマンを感じつつ、ロマンティックな男はモテるだろうなとほくそ笑み、やはりフロンティアには面白いことがあるのだと、活性の強いフロンティアで伝統文化が活きていると、そんなことを思いながら紙飛行機を折る。
2004.09.03
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せんだって、というくらいだからまだ八月の頃のこと。 新宿駅の地下を歩いていたら、いかにも北関東といった風情の2004年にもなってまだギャルでい続ける流行の最先端を地で行く若い女子(たぶんティーン)が三人、ヒールをカコカコ鳴らして膝を曲げたまま歩いてた。やはりというかなんというか、大きな声で話していたので聞くとはなしに耳に入ってきたセリフが「やっぱりホストってかっこいいよ~q(>▼<)p」という脱力系。聞いた途端に目の前が真っ暗になり、本来の用事を忘れ半額のガンプラを買って帰ってしまったほどのショックを受けた。 モテるために必死でブログを書いてる自分がバカみたいではないか。あの時、ああ、あの時ホストをやっていれば。 あの北関東系のロウアーは、たとえばゴージャス松野みたいな男をカッコイイというのであろうか。おそらくそうではあるまい。「ホストクラブに務めていて、なおかつその集合の中で自分の好みの顔をしている男」を指してホストと言っているだけなのだ。つまり、言葉をうまく使えないだけなのだろう。 私は、決裁権や人事権を握っている人に好まれようとする、いわば肩書きで人を判断するタイプの卑しい人間であり、少なくとも顔と職業だけで男を選別する遅れてきたコギャルをどうこう言う資格は無いかもしれない。 しかし、気になる言葉である。意味がわからない。 「やっぱり」ということは、なにかしらマイナス条件を認めつつ、でも「ホストはかっこいい」ということだ。そもそも女性の眼で見てかっこいいという事が存在意義であるホストに対して、あらためてかっこいいと言うためにはなんらかのマイナス点がなくてはならないということなのだろうか。いわく、ホストは女性からお金を巻き上げようとしている悪いヤツだ。いわく、ホストはお客さんすべてに対して色目を使う浮気者だ。などなど、紋切り型のマイナス要素はたくさんある。しかし、そのワル&不貞という属性はホストの抱える魅力の構成要素であって、ホスト的には奨励こそされても、なんのマイナスにもならない。 では容姿はかっこいいのか。ホストの写真を見ると、ナルシスティックにキメまくった普通のアンちゃんだ。店内でどのように振る舞うのかを知らない私は、あれがカッコイイということなのかと思ってしまう。ポルコ・ロッソはかっこよくないのか、騙された。 よく「一生懸命仕事をしているオトコはかっこいい」と言われる。それか。ホストクラブは畢竟、擬似恋愛を提供する極めて高額な女性向け風俗店である。元価の50倍くらいで酒を売り、一晩で私の年収の数倍の売上げを叩き出す。なるほどかっこいいかもしれんが、自分で金を払って「稼ぐカッコヨサ」を作るのに協力する愚かしさは理解の外である。 「ホストは優しい」と言われる。オトコの優しさはかっこよさだ。私も、お金さえもらえばすごく優しくできる自信がある。電車で老人に席を譲ったり、先週の講義のノートを見せたりしてあげる。宝物のセミの抜け殻もあげる。無駄なお金を使わないようにたしなめたりなんてのもお安い御用だ。本当の優しさは、えてして厳格に見えるものだ。擬似恋愛の相手なら、ホラ、ここにいますよ。ねえちゃん、オレだよ、オレオレ。 もし男性が「やっぱりフードルってカワイイよ(@∞@)b」と大声で言い合ってたら、それはもう、ええ、ハイ。いいから鳥目を治せってことになりますよ。本当にかわいいフードルってのはな、心の中にしかいないんだ。 で、こないだは電車の中で「ガイジンってかっこいいよね」というお嬢さんを見た。たぶん、ジャッキー・チェンとかブッカーTとかチャモアペット・チョーチャモアンとかですね。あいつらカッコイイもんな。
2004.09.02
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せんだって 私鉄千歳の烏山 こおろぎ一匹 鳴くは爪先 ジジ臭く都々逸スタートのつもりが和歌になっちまったようですか? まだまだ残暑を満喫してるのだが、夜ともなるとわりかし過ごしやすい気温になってきた。もう九月。果物のおいしい季節だ。 東京とはいえ環七越えたらもはや武蔵野。マムシとタヌキの荒野である。ウチの近所には野菜の無人販売所があって、清貧を気取るオレサマは万引きの誘惑に堪える日々である。うーん梨食べたい。 仕事帰りにぐったりと電車に座ってゲームボーイアドバンスなど握り締め懐ゲー『リンクの冒険』を嗜んでおると、視界の隅に黒いものが走った。どこからか、こおろぎ'73が乗り込んできたらしい。(ちなみに'90年代初期から冬眠中。最終メンバーはマック、ヒロ坊、さとくん、アー坊、タッちゃん。2へぇ) その黒い虫は、立ってる人もまばらな車内で跳んだり歩いたり寝こけているリーマンの少年サンデーに登ったり、読書に夢中なOLの膝にとりついたりと、わりかし自由に振る舞っていた。いつちょっとした叫び声があがるか心配してたが、とまられた人は誰も気づかず、車内は静かなまま。そのうち急行の接続待ちで開放されたドアからどっかへ行ってしまった。 さて、せんだっての日記にも書いたように虫を食べない食文化圏は欧米のそれくらいで、世界のほとんどのエリアにおいて食虫はキタナイことでも野蛮なことでもない。 弁当のオカズにイナゴライダーを入れてたのが見つかって教室中がパニックになった的な話はよく見聞きする。確かに生き物の形そのままで食するのは気持ち悪いのは自然かもしれないけど、これは教育の結果であって、世界中どこでも通用する常識でなはい。もともと日本だってそっち方面には寛容な食文化だったのに、こりゃもう鬼畜米の洗脳といってもいい。牛肉オレンジ捕鯨禁止のアレだ。 だいたい、喰いもしないのに殺生するほうが野蛮なものだ。スポーツフィッシングとかな。 そう決めつけてしまうと頑固になるのがオッサンのつねであり、だったらってことで、善男善女にみなさまに蛇蝎のように嫌われている蠍を食べにいくことにした。 ていうかー。 本当は、たまたま入った香港料理店に「蠍の唐揚げ」というメニューがあり、一緒にいた友人であるパンクスの佐藤(三十路)が「食べようゼベイベー」とラリられたご様子でおっしゃったもので食べざるを得なかったというか、パンチされるのが嫌だったから食べたっていうか。カリッとサクサクした歯ごたえで、味はほとんどなく、それはそれでウマい。ビールに合う。とりたてて大騒ぎする食べ物ではない。そんな無礼なことはできない。 縁日でガイジンがイカ焼き喰って大騒ぎしてたら薩摩隼人でもないのに攘夷行動したくなるもの。 クーニャンに「猛毒ですか?」と聞いたら、よく聞き取れない口調で大丈夫ッぽいことを言ってたので簡単に安心した。喰ってから安心。 気が弛んで、シッポの曲がった部分を唇に引っかけて白目をむいてみせたら、超ビビったパンクスの佐藤が必殺のズームパンチ(指輪アリ)を繰り出した。「なんかイカすから喰おうベイベー」って言ったのは佐藤じゃんかよ。パンクスには「いい人」が多いのは事実だが、こういうメリケンサックみたいな切れ味のヤツもいる。
2004.09.01
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