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里見忠義公が、房総の地からはるばる伯耆の地に転居なされて、401年目になります。 倉吉の地を治められて、北条八幡宮、当地北野天満宮 等を社殿造営など御信仰のあかしを心がけられました。 それも束の間、御政道の変わりで、姫路より池田藩に変わり、倉吉は家老伊木長門守管掌、忠義公は、一転、池田家お預けの身になってしまいます。 神坂から、下田中、関金山守へと居を替えられ8年の年月を山陰の地でお過ごしになりました。 不遇なめぐりを、哀れんでか、はたまた政を嘲弄してか、架空の物語に編成され、実証の人物像は、有無消散されてしまっています。 当地に残る、里見忠義の記録は、ほとんどというほどありません。 神坂の地から、下田中の地に移され、山守の堀に転じ終焉をみたという位です。 後は、編者が、己の心情に比して情況を展開してる状態です。 関東武者が、21歳から29歳、人生完熟の青春期、泣きの涙で過ごすはずはありません。 しかも、風光明媚、大山の護り盤石、住めば都のともすれば故郷をも忘れさせるほどの民の温情に包まれて過ごした8年。只、残念なるは、健康の不具合、本人の終焉をみたことです。 実を申せば、家老伊木長門守忠貞、池田始祖勝入斉の菩提寺建立、中部の暴れ川、天神、小鴨、甲府の3河川の始末に苦慮、長門土手なる今にも名を残す大事業をなした事は、記述にありますが、其のほか余分なことは一切ありません。 姫路から、10万石減らされて、家来衆は皆連れてきて、減給、半農半士まで工面せねばならぬ藩の現状、倉吉でも資金、労力においても貧窮間違いありません。 その上、幕府からの監視はきびしく、余分な記録は、残していないのが実情です。 家老伊木長門守忠貞が5歳であり、如何に優秀な人間でも補佐の家来衆がいるはずです。 家老の実績で通り一遍の記録で終わりです。 と申すのは、幕府からの里見忠義扱いも、預かりで、それ以上、それ以下も記録なしです。 左遷された者が、前任左遷者を冷たく扱うはずはありません。 伊木家老家の実像を知るとはっきりします。 そこで、北野神社を里見忠義公が社殿造営なさった400年前の感謝を、武者行列10年目に、参詣し、終焉の地山守の地に向かおうと養生の長が発案、全員一致で決議しました。 北野神社では、天満宮、その他神社の合祀がなされ、その100周年目にもあたり、神社も郷土のしきたりの泥天神祈願、地元の少年少女が打つ童子ばやし太鼓の協賛あり大賑わいになりました。 まさに世は地方創生提唱のじだい。 里見忠義公にこんどは、快活、天下の将として、地域発展の御活躍ねがいます。
2015年08月22日
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戦争を知らない子供たちというが、終戦後70年たった今、70歳までの人は戦争を知らない事になる。 経験者の話を聞いておけばよかったとか、話しておかねばならないとかよく聞くようになった。 戦争経験といっても、戦場で、殺し、殺される修羅場の経験、銃後の守りで、国にいて空襲を受け逃げまどった経験などいろいろある。 しかし、いずれも、戦争経験などよい経験ではない。してはならない経験である。 勝者の論と敗者の論は、自ずから違う。 いわゆる勝てば官軍ということになる。 歴史認識なるものも「ずれ」がでるのが当然であろう。 腹をわって話会わねば結論はでない。 原子爆弾ができて、効果も十分知ってても、抑止力として、どこの国も備えようとしてる。 人類って元々好戦的なのだろうか。 謝れ謝れと言いながら、自分は他国への新しい侵略行為を行ってる戦勝国?など言語道断な現象もおおい。
2015年08月16日
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南総里見八犬伝は、8つの珠、仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌の文字が入った珠をめぐる一大スペクタルの物語です。 8つの文字の珠は、もともと小さな108個の珠の数珠に連なっていたいました。 この数珠は、役の行者が、伏姫にあたえたもので、口をきけなかった伏姫〈玉梓の呪い)が口がきけるようになりました。 役の行者は、三朝三徳山の投入堂を投入れられた方です。 玉梓の呪いとは、伏姫の父義実が、玉梓(たまずさ)を殺さぬとの言を翻して断首してしまったためです。 時経て、敵に攻められあわやの際に、大将義実が、「敵将の首を採ったものに、娘伏姫をやろう」といいました。 飼い犬の八房が、敵陣にのりこみ、敵将の首をとってきました。 しかし、畜生ゆえ無視、許嫁と結婚させようとします。 八房は、伏姫を連れて出て行きます。 八房も玉梓の呪いがかかった犬でした。 伏姫は、相手が畜生でも約束は約束、たがえてはなるまいとついて行くのは覚悟の行動です。 義実と許嫁の金碗大輔(かなまりだいすけ)は、伏姫と八房の洞窟をみつけ、大輔が八房に矢を放ったら、伏姫にもあたり死んでしまいます。 姫が亡くなる時に身につけていた数珠が飛びちり、例の8珠、仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌が飛び散りました。 金碗大輔は、丶大法師と僧になり、8つの珠を探しの旅にでます。 珠を持った因縁の者どものそれぞれの活躍劇が展開され、8人がつながりをもち、館山に集まり、里見家復興をなしとげました。 犬ずくしです。丶大法師(チュウ大・大に丶で犬) 8犬士は、 仁、犬江親兵衛仁(いぬえしんべえ まさし) 義、犬川荘助義任(いぬかわそうすけ よしとう) 礼、犬村大角礼儀 (いぬむらだいかく まさのり) 智、犬坂毛野胤智(いぬさかけの たねとも) 忠、犬山道節忠与 (いぬやまどうせつ ただとも) 信、犬飼現八信道 (いぬかいげんぱち のぶみち) 孝、犬塚信乃戌孝 (いぬずかしの もりたか) 悌、犬田小文吾悌順 (いぬたこぶんこ やすより) 孔子が説いた五つの徳目 ・仁・義・礼・智・信 宋時代の三つの徳目 ・忠・孝・悌 儒教の考え方、勧善懲悪・因果応報のものがたりです。 9月6日は、伯耆倉吉に転居して8年をすごされた、里見忠義公の遺徳をしのんでの里見祭があります。 八犬伝の要素が混在した祭りですが、清濁併せのむことで我慢して頂きます。 暮らしやすい安全な評価がある街になったのも8珠のおかげかもしれません。
2015年08月13日
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広島原爆の日がきました。 テレビで式典の放送をみますと、新たな感慨がわいてきます。 朽ち果てた原爆ドームが、威風堂々として物語っているように感じます。 原子分野に手を染めて、殺人を考え始めたのが、人類滅亡への第一歩です。 叡智を誇る科学者が、善悪を逸脱し作成、為政者が、我利をのみ強調して強行する様は、人間の醜悪さでしょう。 勝つための原爆なら、広島で充分です。 3日おいて、9日の長崎原爆は、余分です。 聞くところによると、広島原爆はウラン型、長崎原爆はプルトリウム型。 手を挙げる前に、実験せよ」としかかんがえれません。 勝つ者の論理が優先する人間世界。裁判。 不問にされてるがおかしいことです。
2015年08月06日
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