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春先の陽気は、枯れ木や枯れ草を乾燥させます。コンプレッサーの排気からでた火の粉が枯れ草に燃え移ったのが火事の原因でした。雑木林であったのと、木がまだ小さかったので類焼はまぬがれました。坑内から飛び出してみんなが火消しをして大過なくすみました。 乾燥期ゆえ火に注意しようといましめあいました。 ところが、1週間もたたないうちに又大山火事に遭遇してしまいました。 隣村が山火事だと聞き、眺めましたら、かすか向こうの山際に黒い煙があがっていました。 火事と聞き記憶に真新しいので皆んな仕事が手につかぬ様子でしたが、工期もあり仕事を続けさせました。 煙がこちらに向いてきて、その速度がどうも速いようです。 燃え広がるというより、飛び火するようにしてこちらの方に進んできます。風が火を進め火が風を起こすというんでしょうか、手に取るようにみえました。 その頃通気坑も兼ねて坑道が裏側山頂に貫通していましたのでここから、パノラマを見る様に観察できました。 30分もかからぬ速さで、火列の先端がはっきりと観察できるようになりました。どうも様子がただならぬようです。 坑内の仕事を中止させ、山の中腹にある火薬庫からダイナマイト、雷管を運び出させ坑内に移動させました。 最後のダイナマイトを坑口まで入れた時には、頂上まで火の手がやってきました。危機一髪でした。 鉱山の入り口は、化粧枠といって、山の男が念入りに格好をつけて作っています。通気坑の化粧枠が危ないというので、バケツさげて坑内を走りました。 行ってみると、坑内に火の粉が飛び込んできて、まさにあたりは火事真っ只中でした。枠に水をかけ焼けぬようにしました。 このあたりは目通り尺、2尺の大きな松林の林立しているところでした。 小さな火の粉がまず飛んできて、枯れ草がちょろちょろ燃えます。 その火が松の木の根っこに行ったと思った瞬間、木の幹をつたって一気にてっぺんまで炎があがり、瞬時に枝を伝い松の葉が火を噴きます。 発火温度にあたりが熱せられているので、火が来るとたちまち炎になってしまいます。 炎が風を呼び、風が炎になり、まさに炎舞です。 山火事は炎にまかれて危険だといいます。全くです。 坑内に避難できるので、山火事の真っ只中を近くで見学できました。 火の手はまだ手をゆるめず、テレビ塔基地の山へむかいました。火薬庫は無事でしたが回りの草木は真っ黒でした。 夜7時頃ちいさな雨がふりました。瞬く間に鎮火しました。 山火事には雨が一番と知りました。 どうも忘れないうちに災害が来るは、最近の常識になりました。 つまらぬ事件が多かったので、時事には目を覆い私の回顧で時を過ごしました。 明日から心気一転します。
2006年01月31日
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日曜日夕飯もすみ一段落している時でした。 街の山持ちさんが飯場に立ち寄りました。用件はたいしたことではなかったんですが、後山のYがジープで送っていく事になりました。米進駐軍の払い下げのジープがあったんです。Yは免許をもっていて所長がよく運転させていました。10時過ぎてもYは帰ってこないんです。「なんかあったんだろうか、おそいなあ」「10分もかからんぞ、おかしいな、酒呑んどるかもしれんぞ」Yは酒がすきらしい。しかたなく、様子を見に街の方へと真っ暗な道を歩きました。 しばくすると、山道の下方から車のライトが右左と闇を縫ってあがってきます。坂道ですのでスピードはありません。確かにジープです。道の真ん中で立っていたら止まる様子がありません。慌てて飛びのき、ジープの後部ドアを走りながら開け飛び乗りました。 案の定、後部シートに座っても分からない位酔っています。飯場の前に川があり、その横の広場が駐車場になっています。広場までたどりつき、方向転換です。 川に向かって1回進み、ブレーキ、バック、車寄せ、もう1回前進、ブレーキのブレーでキの時は、前輪がゆるやかに道肩を越えていました。 アット言う間もなくジープは川に落ちていました。 宙に浮いたと思ったらフロントガラスに尻からいやと言うほどぶちつけられました。ガラスは飛び散りました。運転手は車外に飛び出していません。 みると川の中の大きな岩に運転手はへばりついています。「大丈夫かっ、おい」側に近寄って肩に手を当てたら急に泣き出して、「すみませーん」と抱きついてきました。 怪我がないとわかると、むしょうに腹がたってきました。でも腹が立ちすぎると声もでないものです。そのころ、飯場の連中が音を聞き寝巻き姿で出てきて、とりかこんでいました。 事務所で、Y爺さんが平静な顔しているのが、かえって腹が立ち、ヤケ酒をあおりました。 本社からの客を前にしてなんと言うことが起きたのか。万事休す。でも対策はたてねばなりません。 以前日通に勤務した事のあるTさんがいましたので、明朝一番になんとしてもグレーン車を手配してくれるよう頼みました。明朝未明に山を下り、日通の始業前に、玄関前で戸が開くのを待って一番に頼んでみるからといってくれます。 黄色い大きなグレーン車が細い山道を上がってきたときはとてもうれしいものでした。助手席にはTさんが乗っていました。心強く感じました。 引き揚げ作業は、グレーン車を固定して、ワイヤをジープにかけたと思ったらいとも簡単に上がってきました。前輪がひしゃげていましたが、足で蹴りますと元にかえりました。さすが戦場を走る車、フロントガラス以外はなんともありません。 Tさんに運転してもらい、隣町のガラス屋まで行き厚手のガラスをはめてもらいました。専務一向の視察は無事終了しましたのはいうまでもありません。 「コンプレッサーの排気で山が火事になった」と電話がかかったのは、陽気が漂う頃、事務所での仕事をしている時でした。 現場までの1キロほどの道をどうして走ったか記憶ありません。 灰色の煙が立ち登っています。
2006年01月30日
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街の荒男は腸捻転もなおり又現場にでてきました。 「若いのが、夜さ見舞いに来た、こんな事は初めてだ。」といって、みなにこの若いのに協力せよと言いはじめたんです。 坑内で人が足らぬ時は、ヘルメットを冠りサアやるぞといって、自分から進んで入ってくれるようになりました。 勿論、蝮の先山も一番先に言う事を聞くようになりました。 正直にもうせば、わたしが赴任した時、「現場を任せる」といって所長が私を放り出したのは、こんな現場の人間関係のいじめにあって、私が1週間で根を上げて辞めると言い出すだろうと予想しての事だったんです。 事業所が4箇所あって、他の3つの鉱山の所長は、大学出身の若手でした。 でも、みんな赤字採算でした。当事業所だけが、黒字で本社に送金していたんです。 海軍士官だったという所長には、若いもんに負けるかという意地があり、黒字出してるという自負も持っていました。 京都本社では、社の伝達も無視するワンマン性に困り、かといって唯一の黒字に文句もいえず、職員をもう一人つけて健全化しようと考えました。 新入社員の私にその役をさせようと、まだ就任間もない現場から、当事業所に転属させたわけでした。本社から部長が来ての依頼でした。前事業所の所長は、あそこに行ったら殺されるぞと反対してくれました。 でもなんだか面白いと思いまして、「1年だけ行かしてください」と条件つけて承諾しました。そして今の現場に転勤してきたんでした。 ここで大きなミスがありました。 4事業所会議が前にあって、その懇親会の酒宴の時、今の所長にむかって、「大きい人か、小さい人か分からない」とジョークのつもりで言ったのを忘れていました。「大胆にして、且つ細心」は、豪傑の条件です。 所長はどこかこの条件に近いとその時思ったんです。ひげをのばし、精悍無比で、元潜水艦の下士官で、反面、小さな几帳面な文字をかく人だったかです。小さいが余計だったんです。 所長は、酒もタバコものまない人だったんです。 こちらが酒が醒めて忘却しても、もともと酒が醒めない人は覚えています。 本社の人事意向も分かっていました。 その結果が、「現場をまかせるからやってみな」だったんです。 私は信用されたと思いこみ期待にこたえようと必死でした。 雷管の種類が分からず、先山に聞いて、ど素人となめられ、ヘマをしましたが、切り羽にいっては、スコップ持ってトロッコの積み込みを手伝ったり、坑外のズリ捨て場を掻き落としたり、坑内の配管の継ぎ手、レールの部品の加工までしました。新品の長靴が2ヶ月もちませんでした。 酒の帳簿も、資材の坑木も2重の操作があるようでした。 ほかの現場はいまだ赤字で、黒字はここの事業所だけは変わりませんでした。 所長は現場に行かなくなったのでかえって経理操作が楽になりました。 一方、所長は、自分が扱いに困った荒男が坑内仕事までやっていると知り、態度が変わってきました。日曜にはジープに乗せて町へ繰り出し映画館に行き、食堂でご馳走までしてくれるようになりました。当地で育った三国連太郎が売り出した頃でした。 辞めさせる作戦を間違って、愛情と受け取ったため、ひょうたんから駒ならぬ信用を所長から受ける羽目になり、仕事も覚え、鉱山現場は楽になりました。 知らぬが仏がひょうたんから駒をだしました。26歳でした。 隣県にある事業所は規模が一番大きい鉱山で、3交替で掘削していました。 ここに総評から来て労働争議が起きかけました。 本社からの指令で所長は、ここに転勤となりました。 労働組合と一触即発の様相を鄭しました。 後々に又私も呼び寄せられる羽目になるわけですが。 所長が転勤になって、鉱夫経験豊かなK爺さんが相談役になり、現場の所長代理を新入りの私が受け持つことになりました。 そして明後日、本社から専務が事業所に来るとの知らせがあったその夜、事件はおきました。 ジープが5メートル下の川に転落しました。酔っ払い運転でした。
2006年01月29日
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飯場の事務所には、町の酒屋さんから買ってきた2号瓶の酒が箱入りで積んでありました。現場の仕事を済まし、食堂に来て、1本、2本と帳面につけてもらって呑むんです。勘定は、月末に賃金から相殺されます。荒仕事のあとの1杯は、別格の味がするものです。町から通いの人も、ここで呑んで、ほろ酔い機嫌で帰ります。 誕生日とか、掘進状況がよい所には、所長が褒美に1本がでたりします。 蝮の先山(さきやま)はもう大分酔いがまわっていました。 「ご苦労さん」といって私は食道にはいっていきました。 「一杯のみな」と湯呑みをさしだして、蝮の先山が右手に2号瓶を持ち上げました。「ああどうもありがとう」と湯呑みを受けて一気に飲み乾しました。のどが渇いていたので本当にうまかったんです。他の連中も飲みっぷりに唖然としていました。 「私にも3本ください」と2号瓶を、事務所から貰ってきて、みんなの前に置き仲間入りしました。 呑むほどに、酔うほどに、口がほどけ、みんなが前の現場の話をします。 北海道、東北、九州、みんな全国に渡り歩いているんです。「俺ん所の所長はな、そりゃあ豪気な人だったんだぜ」「そうか、俺ん所は先山が九州ん男で可愛がってくれてな」 決まって前の現場はよい所のようです。いいところにいたと思わせたいんです。 2号瓶の追加は、増えます。「あんた強いなあ、まいった」「そうでもないよ」とさされた酒は全部飲み干しました。 2号瓶がテーブルに乱立してその日は終わりました。 学生時代、除夜の鐘を聞きながら酒をのみ始めて、場所を3回かえて元日が暮れたことがありました。仲間の北海道のとも連は、熊の会と自認した酒豪ぞろいでした。 私は最初銚子2本でギブアップでしたのが、「酒に交われば飽かくなる」。で学業のかたわら、酒業?の芸をおぼえたんでした。 翌日、段取りのため皆より早く現場に行きました。 昨日の連中はまだ覚めやらぬ顔をしています。 一緒に呑んだ町から通っている男が顔がみえないので、聞くと腸ねん転で休むという事でした。 仕事がすんで、夜8時ごろなりましたが、町まで歩いて腸ねん転の男を見舞いに行きました。症状は軽くもう治ったとのことで安心して帰りました。 実はこの男が町では、なうての荒物で、いれずみ消し男も、蝮の先山も一歩さがって従っていたのです。坑内は危ないから、坑外の仕事しかしないといって、坑内に人手が要り所長が頼んでも嫌といって従わない男だったのです。
2006年01月28日
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鉱夫の中には、ダム現場、トンネル工事現場を渡り歩いている者、金属鉱山、炭鉱経験者などがいました。 これが、掘っ立て小屋飯場に寝泊まりし、地元の通い人夫あわせて、30人近くが探鉱坑道の仕事をしていました。 年齢が一番若い私に所長はいいました。「仕事というものには、年齢は関係ない。役職で皆を使え」 挙句就任早々の私に、現場指揮をまかせるといって自分は、現場に足を1歩も運ばなくなりました。 朝の仕事割り振り、ダイナマイト、雷管の受け渡し、坑内仕事現場を切り羽といいますが、この切り羽現場を巡回して、仕事状況を見てまわります。 仕事は掘進量で幾らと請渡しになっていますから、黙っていても働きます。 防塵マスク着用、施枠の安全、浮石の点検などをみてまわります。 坑道を掘り進む時は、岩壁の真ん中に穴を開け中空にし、そのまわりを真ん中に向けて崩ずします。これを一回の発破で一緒にしてしまいます。ダイナマイトにつける雷管が5種類あって、コンマ秒差の時差が付いています。電気でスイッチいれると5段階で爆破して岩盤が崩れきれいな台形の洞穴があきます。 岩の硬さ、割れ目をみて削岩機でまず穴をあけ、ダイナマイトを配分して詰め、砂袋で栓をして、爆破します。間違ったら洞穴は開きません。又反対に余分な所まで崩してしまうことがあります。 掘進は、先山といって切り羽のチーフの腕の見せ所です。 1mいくらの掘進請けですので、上手な先山のところに行ったら配分が多くなります。余分な所まで崩すと、トロッコで余計のズリを抗外にださねばなりません。 保坑といって、危険な所に丸太の枠を組みますが、余分な事までしなければなりません。 5種の雷管は、赤、青、緑、白、黒とリード線が色分けしてあります。 ダイナマイトも、樫、桐、檜と強度で分け包みを違いにしてあります。 雷管の色分けが分からなかったので、蝮の陰口愛称をもつ先山に聞いたのが失敗でした。「あの若いのなんも知らんぞ」が鉱夫仲間に知れわたりました。 それから切り羽の空気がなんだか違うんです。 この若造って様子がわかります。 発破をかけた後、保安要員が先に安全点検をしなければならない。と鉱山保安規定にあります。 普段は、稼ぐため点検など待たず、すぐ仕事するくせに、天井が崩れてきて危ないと、点検してくれと報告に来ます。 発破の後の土煙が篭っていて、もやっとして見えません。断層に当たったのか崩れが大きく、間断に岩石が落ちてきます。 先山が、私を試しているのかと思ったら本当に怖そうな顔して後ろの方にいます。 意を決し、中に入り天羽の浮石を落とし、矢板で止め、事なきをえました。天井のことを天羽といいます。 後山(あとやま)とは、先山(さきやま)と一緒に働く切り羽の作業員のことをいいますが、この後山に怖がったことが照れくさく、弱みを見せぬ為憮然と一言も言わず、仕事にかかっていました。 刺青を入れた者は珍しくはありませんでしたが、2の腕に刺青をして、それを消す為に硫酸で自分で焼いたと言う人がいました。痛かったらしく全部焼いていないんです。なんの絵だったのか人の足が2人分残っていました。引きつった表皮の先に足が突き出し、不気味さを感じました。 又、この男が力持ちで、2人でトロッコを押さないと行けない坑内の急坂箇所を1人でグイグイ押していきます。 飯場では、強い印象を植え付けようと近づいてくる者もいました。 よからぬ遊びで、よこねといって、腿のつけねのリンパ線がはれる病気になった時、海に浸かり、カミソリで切開したことを痛かった様子で教えます。その時はすごいなと思いましたが、今は信用していません。 左の親指を付け根から失している、先山がいました。労災稼ぎに昔やったと言っていました。30万円もらっても痛いんじゃ遊びもできないだろうに。 30センチ位に切った丸太を割ってパッキンを作りますが、誤って端をおさえた親指をナタで切った人がその後以外と多いのを知りました。 ハッタリと言うことが以外に横行する世界である事を後で知りました。先手をとって威勢を示さねば、負けると思っているんです。あるいは、どうせ無くなった指、かっこよく労災稼ぎにしとこかだったかも。 個室といったって、コンパネ仕切りですが、飯場には私の部屋がありました。 ダイナマイトの空箱をテーブルにして、坑内、抗外、火薬取り扱いの鉱山保安員の試験勉強もしました。 給料袋をもらって、テーブルの上に置いて、用たしから帰ったらパット消えていました。そして、その日の夕飯から1人分食事がいらなくなりました。辞めていく駄賃だったんです。 所長から、突き放され(当時は、私の修業の為の行為と信じていました)、坑内では、危険な時に先陣をきらされ、仕事の後始末して、飯場にかえるのは最後になり、風呂も膝までしかない湯でした。 役職といっても、なかなか若造がついてまわりました。自分も感じ、みんなもそう感じていたんで仕方ありません。 でも、なにくそと言う気持ちだけがいやに燃えるのだけは記憶しています。 逆転の時は、以外に早くやってきました。 こんなにうまくいくのと思う位の出来事でした。 芸は身を助けるといいます。 その日、飯場に帰ったら、蝮の先山含め、6人の男が食堂で酒をのんでいました。 「やあ、ご苦労さん」と私は、近づいていきました。
2006年01月27日
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痛ましい事故が鳥取県のJR伯備線で25日起きました。 下り特急スーパーやくもが保線作業員3名をはねて死亡させました。 どうやらダイヤの乱れで列車の現場通過順が変ったのがが原因のようです。 現場通過時間は、通常ダイヤでは、下り特急(やくも9号)13時2分、上り特急(やくも16号)13時10分、上り貨物列車13時40分でした。 それが下り特急が14分遅れた為、上り特急が定時13時10分に先に現場を通過しました。 作業は下り特急通過、上り特急が通過した後、次の上り貨物列車通過時までの約30分間に作業を終了する予定でした。 線路沿い181号線を車で作業現場に向かう時に、上り特急やくも16号が通過して行くのを作業員は確認しているようです。 そして13時12分に作業開始を現場責任者が携帯で本部に連絡しています。 作業開始わずか6分後の13時18分、14分遅れの下り特急やくも9号が走ってきてはねられ事故を起こしています。 運輸指令が、現場からの電話に「今9号が14分遅れている」。「上り貨物列車は14-15分遅れる予定」と連絡し、現場責任者は、内容を復唱して確認している事が録音装置に残っているといいます。 責任者は、この保線作業開始電話報告後、見張り員に「次は上りの貨物列車が来る」と伝え2人の見張り員を約30分後に来る貨物列車に備え、1人は現場から400m離れた上り線が来る方向、つまり下り特急やくも9号とは逆の方向におき、1人は作業現場に配置しています。 400m先で一人の見張員が列車到来を確認して、作業現場の見張り員に連絡し、この見張りが4人の作業員に知らせる手順のようです。 所が逆方向だったので、背後からいきなり近づいた列車に犠牲になったようです。 300m手前で列車は、作業員を見つけ汽笛をならし急ブレーキをかけたが間に合わなかったようです。見張員、作業員2名の3名が死亡、1人が軽傷のようです。 JR西日本は尼崎で大きな転覆事故を起こして大変な時期です。 何故現場責任者が指示を誤ったのか、ダイヤをそらんじていて、上り特急が走るまえに、下り特急は通過しているものだと思いこんでいたのでしょうか。14分遅れがどんな事か深く考えていなかったんでしょう。 運輸指令が14分遅れを通達する時に上り、下りの通過順が変わったことを通達して、作業開始をしますと聞いた時、下り列車が通過してから掛かれと言ってたらよかったでしょうに。 当時吹雪いていたようです。列車の安全運行は、レール保全を下支えする保線員の方々のおかげです。お気の毒でなりません。
2006年01月26日
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市民参画条例なるものを制定し、なんとかしようと行政主導ですすめられています。企画案なるものについての意見をもとめられました。 佐藤良二さんなる人が日本海、金沢から、太平洋、名古屋まで桜のトンネルを作ると発意して、身はバスの車掌さんでありながら、苗木を植え続けたそうで、売名行為とののしられた事もあったそうですが、今では賛同者が増え、愛好会が出来、1000本目が金沢に1500本目が氏の手で名古屋に植えられてから、今では万を数える桜になっていると紹介していました。氏の亡くなられ日が今日だそうです。 発意する人がいるとそれに賛同する善意の人は多く集まってきます。 所が、先人をきって行動することはなかなか勇気と計画力が伴います。 条例を作ってまでと思いますが、やはりムードを作る為には必要です。 砂丘の砂も、磁場を与えてやると、砂鉄が真っ黒になって集まります。きっと条例が磁石の役目をはたし、善意の力が結集ましょう。予算がなくても英知がでます。 殺伐ばかりが目につく時代、木の葉が札束になったり、又札束が紙切れになったりする時代ですが、金でなく予算でなく、善意の輪をあつめましょう。 豊かな水流、美しい自然にはぐくまれた歴史と文化の町を自認し、継承しようとするならみんなで力だすしかないでしょう。
2006年01月25日
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{人間は誰もが使命をもって生まれてきている。その使命を果たすまで「おまえは生きよ」とだれかが生かしてくれる。使命をはたすまで死にたくても死ねないのだ。}と述べられる96歳の塩谷医学博士の食事をご紹介します。 かたよらずにいろいろな食物をとること。野菜を主にして肉や魚などの動物食を少なくして、タンパク質は植物性のものを摂取する、玄米食をこころがける。玄米がいいのは、それそれ自体が生命を持っている事と全体食であること。肉や切り身は部分食。煮干、小魚は全体食。大根も葉から根まで食う事が大事。 部分食は西洋医学の根幹をなす、要素還元主義(胃が悪いとしたら胃の部分だけの疾患と考える)と対応している。 東洋医学は病気とは体全体の弱りがある箇所に表れたと考える、これは全体食の概念と呼応する。 真の健康実現のため、玄米に代表されるような、食物を一つの生命として考え、まるごと摂取する東洋流の食スタイルを見直すべき。 ガンは、簡単にいえば細胞の異変からひきおこされる症状です。 ガン細胞という以上細胞が無秩序に増殖して、正常な細胞のはたらきを妨害する。それは悪貨が良貨を駆逐するのに似てガン細胞の悪業パワーが正常の免疫機能をうわまわってしまうことから起こる病気といえる。原因に慢性的酸素不足が一因。 細胞の免疫力を体と心両面で相乗的にたかめるのが正心調息法。 是非を問う事象事件が、次々と波に乗り押し寄せます。証券界、建築界、政界、そして韓国についで、東大でも遺伝子研究で疑惑論文が浮上しています。 闇を憂い過ぎストレスにしないように、呼吸を調整して、健全な精神を育成し、明日に備えましょう。
2006年01月24日
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相手の目線に合わして話すとよく言う。 なんでも話をきいて、一緒に悩み、泣いてやるばかりが、親切ではない。 時には、それは間違いであると叱りつける勇気が必要である。 そして、その目線の上がどんなものか教えてやらねばならない。 それが、年長者、先人としての役目である。 多数決は、ベターであるが、ベストでない。 往々にして間違った道に進むことがある。 衆偶とよばれることもある。 何尺だ、何センチだ、何インチだと言いあってもピンとこない。 どれも間違いでないが、かみあわない。 共通の物差しがないと混乱する。 信仰心はだれでももっている。 信仰心と宗教を混同している。 一体であるが、同義ではない。 数々の宗教界の堕落が、無宗教を美徳に感ずる人を作った。 神は宇宙創造の主であり独一である。 キリストもマホメットも同根であるはず。 相容れぬと殺し合いをしている。 指導者と多数決がまちがっている。 広島に原爆が落とされた日がくる。 多数決で、どこかに又落とすかもしれぬ。 このあわれな姿を思いだし記憶をあらたにしよう。 メモが出てきました。どこで、何のものだったか忘却のかなたですが。 でもなんだか今日の私には、いたく感銘しましたので紹介します。
2006年01月23日
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この呼吸法は、正心と調息の2つの面からなっています。正心は心の正しい使い方のことで裏の部分、調息は特殊な腹式呼吸のやり方で表の部分。これに「大断言」を組み合わせておこないます。○正心1)、物事をすべて前向きに考えるふだんから心を積極的、前向きに保つ。2者択一の場合は積極性のあるほうを選択する。したがって行動も積極的になります。失敗におわっても、決して悔いず、次への教訓をみつけるよう務めましょう。2)。感謝の心を忘れない 周囲のすべてに感謝する心をもつ。この心がけを持っていると、身の回りには感謝するべき多いことが沢山あることにきずきます。はじめはさほどに思はないことでも、感謝の癖がつくと、「ああ、ありがたいな」と心から感謝できるようになります。3)、愚痴をこぼさない世の中には、自分にとってムダな事はないものです。損になる事でも害になることでも、苦しまされることでも、じっくりみつめて考えると、そこからは、かならず得られるもの、学ぶべきこと、ためになること、参考になることがある。人生にはムダはないのです。○(調息法)腹式呼吸の一種。塩谷信男完成。これだけ実行しても健康や痴呆症の予防など大きな効果を上げることができます。効果をあげるキーポイントは、継続して行うことにあります。 この調息法を繰り返していると、心がすっかり落ち着いて、心身に気力が充実し、精神が透徹したようになってきます。深沈と安定した気分が手に入り、いわゆる肝っ玉が据わって何事にも冷静に、平常心で対処できるようになります。感動しました。ご一読あれ。
2006年01月22日
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窮すれば則ち変ず、変ずれば則ち通ず 「易経」 事態がどん詰まりの状態にまで進むと、そこで必ず情勢の変化が起こり、変化が起こると、そこからまた新しい展開が始まる。 「易経」によれば、これがにんげん世界を貫く普遍の法則だという。 たしかにそうであるにちがいない。 われわれの処世でもっとも気になるのは、窮したとき、つまりどん詰まりの状態に陥った時の生き方だ。 相当な人物でも、ここで取り乱したり、ヤケをおこしたりして進退を誤ることが少なくない。 「易経」の言葉を信ずるなら、そんなときこそ、あわてないで情勢の変化を待てばよいのだ。 ただし、指をくわえてただ待つのではない。 「易経」のことばを借りれば、「君子は器を身に蔵し、時を待ちて動く」なのである。 つまり、能力(器)を磨き、それを身に蓄えながら満を持しているのだ。 こういう待ち方をすると、かならずや情勢の変化に応じて新しい展望を開くことができるにちがいない。 一葉の便りが孫子の兵法の書籍に添え送られてきました。 変すれば通ずの時期が今です。 阪神大震災に皆耐えた師の設計建築物の真髄を世に問う時期です。鶏鳴の時期と思います。 天下騒じょうの昨今、すべてに当てはまる書状ありがとうございました。
2006年01月21日
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過去を追うな。 未来を願うな。 過去はすでに捨てられた。 そして未来はまだやって来ない。 だから現在のことがらを それがあるところにおいて観察し、 揺らぐことなく、 よく見極めて実践せよ。 ただ今日なすべきことを熱心になせ。 (中部経典) お釈迦さんがおっしゃった言葉だそうです。 取り越し苦労はするなというよりありません。 昨年の暮れをもって、オウナーとの折り合いを悪くして、会社経営から身を引き、病院とは縁がないと豪語した人間が、7転8倒で入院しました。今日見舞いにいってきました。 日曜から6日間絶食だそうで、点滴の管が巻ききついていました。 心痛がいとも簡単に健康を害するものです。1升瓶がかなり転んでた様子を奥さんがそっと教えてくれました。 1寸先は何があるのかわかりません。 でも、禁酒、禁煙生活に入った事は、救いと感謝すべきでしょう。 本人は帰りたいとだだこねていましたが、3週間は拘留されるようです。 伸びたひげが痛痛しくかんじました。
2006年01月20日
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雪の姿は殆ど消えた街筋ですが、一歩山間部にはいると、まだまだその残雪の凄さに驚きます。今日は竹の炭を焼いてるところにおじゃましました。 薄暗い小屋ですが、明るい笑い声が響きあっています。 煙突から煙を冷却して、竹酢液の装置が作ってあります。琥珀色の液がポトポトと還流していました。 若い人が街にでて、山の手入れも不十分になり、竹が繁茂して造林地まで入り困ってるのは、ここばかりでなく全国的な傾向ですが、だからといって放っておくわけもいかず、昔の青年が3人で始めた事業です。 「雪の降る前に竹材を用意しているので、雪の中でもへっちゃらです。暖かい所で作業していると世間の風は吹いて来ませんぜ。」 竹の炭を思いついてから6年目で、最初は竹炭がもてはやされ、オールマイティの如く宣伝され、竹酢とともにひっぱりだこでした。 ところが、安くて粗悪品がでまわり、輸入品が逆進入してきて、挙句農薬改正法によって、使用制限がされ、販売が低下しました。 他の窯はやめていきますが、原点にかえり、竹酢液の稲作使用、入浴剤使用をみずから試み、臭気、湿度の吸収調整効果、健康効果を竹炭竹酢でおこなってきました。 そして、納得のいく製品が出来るようになった喜びがこの明るさでした。 困った竹が、役にたてば、一石二鳥、原料は無限で心強いものになりましょう。 これで竹がすくなくなります。 春の息吹はもうすぐのようです。
2006年01月19日
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血液検査の結果をききにいってきました。 コレステロールが243(標準130-219)とアップ、LDL170(70-139)HDL61(40-77)、中性脂肪62(30-149)でした。 雪にかこつけ、運動量が減り、油断は己にありました。 天気もよくなり、今日から散歩再開します。 診察関係の袋から入院当時の日記がでてきました。 初心想起して気をひきしめます。 カーテン一枚で仕切られた場所。これが私の定められた居住です。 カーテンの向こうには、又別の人生が息ずいており、それぞれの生き様で体調を壊して、復調すべく、身を横たえ、医師、看護師にみとられ起き伏しをくりかえしています。 夜中、団欒の家庭を離れ、病人に接している看護婦さんには頭がさがります。 早朝だというのに、救急車のサイレンが聞こえます。 建物の下方で音がとまりました。今、処置室に搬入される所でしょう。一昨日の自分の光景が目に浮かびます。 一歩間違ったら、三途の川行きです。 幾人がここまで来て、「はい、さようなら」と別目的の車に乗り換えて帰ったことでしょう。運命といえばそれまでですが、先が不確かな浮き橋みたいな人生ではあります。 「人生とはなんぞや」などしかつめらしい事は、脳の血管を痛めた人間にとっては、害になるのでやめるが、70までの人生、焼いてでも、喰ってでもと強がり言ってみるが、これで幕となるとみれんが残ります。 なんのみれんなのか。 これが人生だったという満足感がないという事です。まだ笑いたい。納得の事実を掴みたい。 呑みたい、喰いたいは一つも感じないのは、朝めしくったあとなのでかな。 細かい脳の血管が一本つまった位で、あわてふためき、足がしびれ、手がしびれるなんて人間だらしない。反面、とても正密なものだとも思います。 こんな精密なものをと進化を論じるほどの几帳面さは今ない、神様のなす技と納得する方が得策のようです。 点滴の静かにおちて秋日さす
2006年01月18日
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時事刻々に世は変わります。 昨夜から、証券界の捜索でニュースは騒然としています。 今日の昼過ぎには、国会の耐震偽装召喚が行われようとしています。 あれほど苦しめられた雪も2-3日の天気でほとんど消えました。 でもまだ落雪で被害がある所もあります。早く春風が来るようにいのります。 くしくも今日は阪神大震災の日です。 1級建築士のMさんは今一線をひき、自由の身で読書の世界にふけっているそうです。自慢できるのは、震災の時に設計したビルが一軒も倒壊しなかった事だといいます。 しかし、自分が建てたビルの倒壊、補修で忙しい他の建築士に較べ、仕事がなく困ったそうです。その事と現在との因果はお聞きしていませんが、皮肉な事です。 地震の多い国で、倒れたら分からなくなるの気持ちが今度の偽装事件の裏にあるとしたら怖い事です。 保身の為の政界との癒着、汚点の探りあいで、天下とりの争奪戦もあまり格好よいものでもありません。
2006年01月17日
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米国産とカナダの牛肉の輸入再開がされました。 その安全性と選択について、牛海綿状脳症などプリオン研究の第一人者の方の対談記述で驚きました。 米国産牛肉は安全と言っていいのか。 「分からない。プリオン病は、摂取した異常プリオンの量が少ないと潜伏期間がそれだけ長くなる。日本も米国も英国に比べたら汚染度ははるかに低く、たとえ感染者がでても5年や10年はまったく分からない。感染者が発症して問題が顕在化するのは数十年先。今、安全だといっている人たちが責任をとわれることはなく、無責任に何でもいえる」 万一、感染者がでた場合、どんな事態が予想されるか。 「潜伏期間中の人が知らないうちに輸血などをして、他の人の感染を広める危険もある。そういういやな病気だということをを知ってほしい。」 あなた自身は米国産牛肉を食べるか。 わざわざ食べることはないが、私の年齢では感染しても発症するまで生きていないだろうから食べても平気だ。しかし、ちいさな子どもは将来影響が出る恐れがある。ほかに食べ物がないのなら食べさせるが、代わりの食べ物がたくさんあるのだから食べさせない」 消費者はどう行動すればいいのか。 「状況を理解した上で、食べたい人は食べればいい。ただ、現状では、外食産業などの表示が万全でなく、消費者には選択の自由が保障されていない。これでは消費者がかわいそうだ」 あなたは食品安全委員会プリオン専門調査会の委員だが、一年以上前から審議の欠席を続けている。なぜか。 「初めから輸入再開の結論が決まっており、誰かが決めた道筋通りに物事が進められていくと感じた。意見を言っても繁栄されず、出席する意味がない。科学的議論をする場なのに、安全委員の中には科学者でなく、何らかの思惑をもった食肉業界のロビイスのような発言を繰り返す人もいる。BSE問題に関する限り、信頼される機関になるには組織を解体してゼロから出直すしかない」 安全断言は無責任との大見出しの記事をみて、すべてどちらがどちらと判断はつきかねますが、明日の耐震偽証事件の国会召喚をも併せ考えさせられました。
2006年01月16日
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朝9時から町内駅跡広場でどんどさんがありました。 正月のしめかざり、旧年のお守りなど持ち寄って燃しました。書初めを燃やして、舞い登る灰が高く上がったら上手になると親子で手をたたいて喜ぶ姿あり、振る舞いのお神酒に顔をあかくするおじさんありで、1時間半の時間は大賑わいでした。 跡かたずけしていて、ミカンの黒こげが多いのは、しめかざりについているので肯けますが黒い塊になった、鏡餅らしき餅が多くでてきたのには驚きました。 煙にいぶした餅を持って帰り食べると病気しないといいます。 いぶしたつもりが取りそこなったんでしょう。 それにしてもあんまり多いのです。 どうも、かびがはえたもの、外にだしていたものは食べないという人が多くなったみたいです。 食育基本法が昨年きまりました。 経験を通じて食に関する知識と食を選ぶ力を習得し、健全な食生活を送る事が出来る人間を育てることとしていますが、食を大事にすることも意図しているようです。もったいないの用語も世界語になろうとしています。 食育基本法について「食育」という言葉は、明治31年(1898年)石塚左玄が「通俗食物養生法」という本の中で「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき。」と、明治36年(1903年)には報知新聞編集長であった村井弦斎が、連載していた人気小説「食道楽」の中に「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある。」と記述しています。最近、「食育」という言葉が改めて広く聞かれるようになりましたが、そのルーツは大変古い物です。 明日から、正月気分はおはり、平常心で元気にがんばりましょう。
2006年01月15日
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太りすぎ、糖尿病、心臓病予防には、ご飯、みそしる、焼き魚におひたしの今まで日本人がやってきたごはん定食型がおすすめと日本医師会のお医者さんの討論会ででたそうです。 ご飯はゆっくり消化して、満腹感が長持ちし、いろんな味付けのおかずにあうため、低カロリーの料理がつくりやすく、食塩をすくなくできるのが長所です。 パンや麺類は、イメージの割りにカロリーが高く、マーガリン、脂肪が多くなりがちです。 肉や卵、乳製品を多く使った洋食が中心になり、動物性の脂肪が多い食事に変わり若い世代の太り過ぎが急増してるそうです。 肥満の人の血液はコレステロールや中性脂肪が多く、血管が狭くなったり、詰まったり、動脈硬化で脳や心臓の病気をおこします。 最近の小中学生に朝食をとらず、夕食もコンビニの弁当、パン、お菓子で済ませる子が多いそうです。子どもは油っこいハンバーグや甘いものが大好きです。 好きなものを好きなだけとの親心が高カロリーで味が濃い食事を用意してしまいがちです。太りすぎの子どもが多くなりました。 日本人の体質は、白人や黒人に比べ、軽い肥満でも糖尿病や高血圧、高脂血症などの生活習慣病になりやすいそうです。草食性で腸の長さが長いせいかもしれません。正しい食生活は、子どものときから身につけさせたいものです。 ご飯は消化、吸収がおだやかで、糖尿病の予防効果も期待できるし、毒素を体外に出す食物繊維も多くふくんでいます。でもおなじ和食でも、てんぷらばかりでは駄目で、主食のご飯に、低脂肪の主菜、味噌汁などの副菜をつけた定食型を基本として、間食はしないことだそうです。
2006年01月14日
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その時も稀な大雪でした。中国山地の雪も多いものです。 外部からの交通は遮断の状況でも、年度末で鉱山は突貫工事でした。 その頃坑道は、四方にのび、上に掘りあがって二階部分にも坑道をほっていました。二階部分の掘削ズリをトロッコで受け止め鉱外にだします。 忠さんは、トロッコにズリを入れる役目でした。カンテラの灯りでみると忠さんの長靴が破れています。よくみりと血が滲んでいます。 長靴をぬがしてみたら、靴下の親指の付け根がぐしゃりと負傷しています。どうしたんだと聞いたら不用の笠木を上から落とした時、レールにあたり、はねたのが当ったらしいといいます。 2階部分の作業してる人間も知りません。忠さんは、それでも仕事続けているんです。負傷した足をみて「どうりで足に力が入らないと思った」と呟いています。 台車にのせ抗外に搬出しました。指先は白くなって血は止まっていました。 民家からソリを借りてきて、運転手の牧さんと2人で雪道を忠さん乗せてひっぱりました。5キロの道は並大抵ではありませんでした。忠さんは、「ごめんな少しやすみなよ」と元気です。でも時間がたつとしびれが取れて痛くなるだろうとひっぱり気が気でありません。息がきれ「すまんがちょっとやすむよ」と複雑な心の休憩でした。 やっと県道にたどりつき診療所にいったら、ここでは駄目だと応急手当していただき、街の病院までジープをとばしました。朝9時ごろの怪我が、午後の2時に病院にたどりつきました。 驚いたのはそれからです。 先生が診察され、親指根元の筋が一本しかつながってないから切らねばならないとおっしゃると「下駄がはけなくなるな」と冗談言う始末です。そして切り取る手術をこしかけてみているその気丈さに驚きました。 痛さを感じない不死身と言う部落があるんだと、後で聞きましたが真偽はわかりません。 ソリを曳いたつらさの思い出よりも忠さんの気丈さの思い出が一杯です。 大雪をみるといつも忠さんのことを思い出します。
2006年01月13日
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朝食抜きで、待合室で検診の順番を待ちました。定期健診日です。 14,5名のおばあさん達が楽しげにお話しています。テレビに目をやると、イルカが遊覧船のそばを競泳しています。数にして2,30。鳴き声も楽しそうです。 熊本県天草の五和町に300頭のイルカが住み着いています。 有明海と天草灘との海流が、島原半島と天草の海峡を豊富な資源の海にして、海草を茂らせウニ、魚介類を生育させ、イルカも繁殖しています。 昔からイルカを敵対せず、豊富な海産物があるので、共存してきた漁師さんたちの温かい心がうかがえます。 一時、イルカの群れが天草灘に居を移した事があったそうですが、又舞もどってきたそうです。やはりここが一番よかったんでしょう。 餌付けしてるわけでもないのに、船のまわりに寄ってきて、じゃれ合うように競ってきます。イルカウッチングの遊覧船が今では、天草、島原からでて、イルカに遊んでもらって、そして食べさして貰ってるようです。 イタリーのジローラモさんが取材旅行していました。 キリシタン弾圧でからくも残った隠れキリシタンの教会を訪れ、イタリーの故郷を偲んだり、東支那海に沈む夕日に感嘆していました。 又行きたい、今度は家族と一緒にとなごり惜しそうな言葉が印象的でした。 も一度行きたいと思わせる心が観光の原点かもしれません。 リラックスしたせいか、血圧144.80.血糖値80.でした。OKです。 後の数値は土曜日にわかります。
2006年01月12日
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禁煙155日達成、凡凡ながら偉大な実績です。 最近変わったのは、公民館の会合で、灰皿がなくなったことです。 タバコ吸ってる人も外にでて用をたしているみたいで、人中では、喫煙は見なくなりました。 肺がん発生の原因で一番多いのは喫煙だそうですが、アスベスト曝露と喫煙が合併すると更に肺がんリスクがたかまるそうです。 アスベストは、断熱性、耐久性、柔軟性で、加工が簡単で、広く利用されていました。実験室のバーナーの金網、煙突の継ぎ目、屋根裏の断熱材など民家の建築材にもかなり使いました。 公共の建築物は検査確認して除去していますが、未確認の場所が多くあります。 すぐさま危険でありませんが、改造や、立替の時の粉塵には注意がいります。 現代は原因を特定できないほど、多岐にわたって原因不明病がふえています。 科学の発達によって、利便性増進の反面、リスクも多くなり、その原因物質も多くなりました。 でも、私たちは、恐れてばかりいなくても少々のことでは負けない体力と免疫性をもっています。喫煙でその免疫力を弱める事のないようにしましょう。 禁煙して155日となりました。 体重が増えて困るという人の声がおおくなりました。 タバコやめれたんだから、減量のため、少しぐらいタバコふかしてみようなど夢おもわないでください。アスベストがあるかもしれない、それと合併するとアウトだとおもってください。 見事、あなたの副守護神の喫煙いいじゃないか心を制覇して、禁煙の志を貫いたあなたの正守護神の奮闘をたたえてください。 155日といっても、並大抵ではなかったと思います。 宴会の時、食事後の時、やけくそになった時、淋しい時、「一本位いいだろう、やめると言うストレスの方が体に悪い」とあなたの副守護神が囁いたでしょう。私も昔そうでした。2回ほどここまでで終了があります。その後が大変、タバコの本数がグーンとアップします。 リハビリしてる人は皆言います。 あの時気をつければよかった、止めておればよかってと後悔していますと。 この労力を元気な時に予防に使えばよかったと。 後悔先に立たずと成らないように気をつけましょう。 タバコを断つことができたら、なんでもできるといいます。 なにか挑戦をこころみてください。 1月11日。まだ今年は始まったばかり、鏡開きの日です。 正守護神の雄雄しき姿を鏡で眺めて、私はいい男(女)だと誉めてください。
2006年01月11日
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医療関係者と衣料関係者が最初、ごっちゃになって報告されたので、又ミスがらみかと思わせた赤ん坊誘拐事件も無事でなによりでしたが、元PTA会長さんで子どもさんもいる人だったと聞き言葉なしです。 成人式では、相も変わらずバカ面晒す時代遅れがいます。 テレビ報道するなら、真顔を写すべきです。 他人の人権侵害は、刹那心で済まされない重大事件です。 犯罪を犯した親はまあ仕方ないとして、元PTA会長の子どもはこの先どんな人生を歩めばいいんでしょうか。 静かに聴いている会場で、騒いだら目立つ、為政者に反抗、とんでもない。どれだけまじめな人達が迷惑しているか、とっくり説教してほしいものです。 人間3分1になると予言する先覚者もいます。 殺しあって減るものと、人間の顔した化け物が多くなり、人間は減っていくというんです。 もう一度社会全般を見直す要があるようです。
2006年01月10日
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暖冬予想から打って変わり寒波の襲来、しかも未曾有の豪雪被害、その対応にテンヤワンヤの行政です。町村合併でスリムにした人員も、人海戦を余儀なくされる、災害の情報収集、対策が立ってないようです。 利益代表を議会に送り、予算配分を余計にとるかが、地域発展の道でした。 この道路、この橋、この学校は私が作ったんですと議員さんの権力の証でした。 陳情すると熱意の度合いで、順番が決まりました。その代わり一票を捧げました。 行政単位が大きくなると、一地域の無理も言えなくなり、大局で考えないとことが始まりません。役所職員も議員さんも頭の切り替えが必要と考えてた矢先に大雪被害がきました。優先順位、連携、住民の協力体制を確立せねばなりません。 市街地の若者を山間部の老人家族の雪降ろしに派遣してあげると、合併してよかったとなりましょう。その連携が市職員間に出来てないようです。 同じ行政体の山間部へ雪かきに行こうと号令かけると応ずる若者が、家のなかでテレビ、パソコンはお休みにして参加するといっています。 早く行政の指導力を確立してください。
2006年01月09日
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仙台の赤ん坊誘拐犯に、わずかの人間心が残っていてホットしました。とにかくお母さんのもとに生きて帰ってよかった事です。自分本位の考え方で突っ走られては困ったものです。ムシャクシャしたんで、駅に火をつけっるのも困ったものですが、又、その犯罪が刑務所を出てからまもなくと聞き唖然とします。 償いと更正とは一体でないのでしょうか。 交通取締りにしても、違反を罰すだけで、反省を促す事は重要視されません。 形だけで精一杯、心までの反省、改心はありません。 公民館で防犯を含む防災組織を作る説明がありました。組織図をつくり、規約作りをして、5月に住民説明会をするとのことでしたが、悠長なことだと反論がだされました。 それより先に、住民説明会で状況説明して必要性を訴え、通学路の安全確保等の出来ることはとりかかるスピーディさと、組織作りの案もみんなで検討すればもっともりあがるでしょう。住民が自分のまわりを気にかけることからはじまります。 運動会も祭りも安全を主体にして、その連携として考えるようにしようということになりました。 今日は、歩道は積雪であるきにくく、日曜もかさなり、除雪した家、してない家があります。子どもたちの通学道だから、せめて道位通れるようにしてやりましょう。 高齢者とか、若者がいなくなったとかグチは不要です。 できる人がやっていれば、心ある人間が集まってきます。 こんな公民館活動であるべきです。 さあ、スコップもって、家に前の通学道の雪掻きしましょう。明日は通学日です。会合はこれくらいにして、道の除雪にかかりましょう。
2006年01月08日
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万民のための政治は無理といわれ、最大公約数が民意として継承されてきました。またそれを普通と思ってきました。 しかし最近の不祥事、事件をみていると主流とかけ離れた一部が、大は武力を持って暴れ、他人の生活に土足で踏み込み、幼子を殺したり、奪ったりの事件が洋の東西、国の内外に頻発しています。 科学、文明の進歩が生活のレベルを急激に上昇しました。貨幣経済の進歩は、虚業の一攫千金をも可能にして、人は競い合って実虚を奪いあっています。 取り残された人間は、ねたみ、恨みを残しうさを晴らそうと画策します。 競争の原理は、人に勤勉を強い、達成感の充足を与え、団結力を養成しました。 しかし、今までの家族、企業、国家の段階で順調に伸びてきた原理原則が、地球規模に通信、科学交通の発達に適合しなくなったんでしょう。 頻発する地球規模の災害、宇宙の変遷が、国境を越え、人類としての協調を促す試練に思えます。 国益を御旗に善悪を判断して殺戮、大国の権威を示したり、主張を通す為虚偽を押し通す怪奇国の存在もあります。 社益を守るための端者きりすて、勝者栄華、負者露頭の風潮は、追い詰められておかしな人間を次々産みだしていきます。 おなじ世紀に生きるものが助け合う世になるための試練が、今の天災、人災でありましょう。日本の総理も次代を目指して後継者が決まるみたいです。
2006年01月07日
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発症から入院、在宅復帰といった治療の段階ごとに、患者が、「どの医療機関で受診したらよいか」を一覧できるように医療計画策定するようです。 それによると、 1、医療機関間の機能分担、業務連携、施設の相互利用の状況。 2、地域の保険、医療提供体制の現状 を都道府県が住民に示し地域医療の将来像を数値目標を設けて、関係者の責務と役割も明記するそうです。 主要事業は、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の生活習慣病対策や、小児救救、災害、僻地の医療対策、終末期をふくむ在宅医療などです。 医療の選択が患者の権利みたいに、建前は語られますが、まだまだ患者にとっては程遠いものです。 友人のMさんは、抗がん治療を受けていて、昨夏東京でセコンドオピニオンを受けました。でも資料不足の理由でなんともいえないと徒労に帰しました。お願いした時、担当の先生が顔がこわばったのを思い出したといいます。 又、行く所なく治療を続けざるをえません。腫瘍マーカーが大きくなったと次の段階をうけました。自宅で服薬すると、夜半になって苦しくなるので、地元病院に紹介をお願いするとカルテがないから駄目だといわれ、1時間離れた自分の所に来いといって、薬を止めても良いとの答えでした。 昨日、付き添いを受け、知名知人が同道して、受診にいきました。 打って変わった優しさで、地元の病院に転院を了承してくれたそうです。 度重なるCT撮影も話題にしたそうです。 どの医療が最適か、患者が容易に選択できるものではありません。 お医者さんを信じ、頼るしかないんです。 信じられるお医者さんになる事を第一義にしてほしいものです。 そしたら、地域の高額所得番付でも皆尊敬します。 医療改革を厚生労働省が打ち出しました。 信じて療養できて安らぎを得られますように祈ります。
2006年01月06日
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静かな夜だと思ったら、朝おきてみると、又真っ白な雪の世界です。 本当に今季は雪の年です。新潟、秋田は雪害の情報を伝えています。 スキー場での雪崩事故は、喜びが一瞬に悲しみに転ずる光景です。万全の対策をしていても、掬い手から水がこぼれるように事故になります。 今まで降った雪が凍り、その上の新雪が滑って、表層雪崩をおこします。 よく雪崩に巻き込まれたら、もがいて雪の上に上がれと聞きます。 そんな場合もありましょうが、一回眼前を雪崩れる現象をみましたが、土煙があがり、岩石を巻き込み火花まであがります。立ち木がマッチ棒を折るように飛び散ります。 おおらかな自然も一旦牙をむいたら、とてつもない力を発揮するものです。今までなかったといっても、さらにどんな現象が起きるかわかりません。羽越線列車事故も瞬間風力が車輪の回転と共鳴して、強力な力を生じ脱線したものでしょう。運転者は、状況把握で今までの経験から大丈夫と踏んだんでしょう。予想外の微気象に惑わされこんな結果になってしまい気の毒でした。 いままで、ああ危なかったの経験がありましょう。 でもそれは、危機を脱したヒーロー的感覚もあったかもしれません。 これだけの重量だから、風が飛ばす事はあるまい、いままでなかったから。 勿論、私の推測です。 それだけ自然はきまぐれで怖いものです。 いつもと違うのは、地域的気象、微気象が顕著になったように感じます。 今回の雪も隣村にはなく、当地は何十年らいの大雪なんて言っています。所詮信越、東北に較べたら、わずかな量ですけど。 まだ寒波は南下するといいます、豪雪地帯に害がありませんよう祈ります。
2006年01月05日
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習慣を治すと言うのはむつかしいものです。 自分の体にしみこんだ好みの繰り返しだから、知らず知らずのうちにその行為をくりかえしています。 解っちゃいるけどやめられないという事になってしまいます。 タバコ、お酒の習慣も、好き昂じて中毒気味になってくると、話は別になってきます。よほどの決意がないとやめれません。 生活習慣病が一進一退するのも、すきなものはなかなか止められないからです。 病気がなおっても、又再発するのは、習慣が変わってないからです。 病気のつらい思いがある時は、精進しますが、元気になると忘れ、同じ好きな習慣にもどってしまいます。 もしかしたら他界した、という経験があると、時折この時の記憶を思い出すことにより、習慣を断ち切る事が容易になります。あんな苦しい経験は2度と御免だと想起することで欲望は解消します。 死んだ気になるとやめることができるという事でしょう。 高層階よりエレベーターが一気に地階に向けておちる感覚が、意識の中ではっきりあります。なんの手立てもできません。体をおさえてもらっても、自分でベットをつかんでみてもなんの効果もありません。 おそらく他界する時は、こんな感覚でしょう。現界では、長い時間のようですが、時間、空間がない霊界では、一瞬でしょう。 その後にフワットした恍惚間が、やってくるのでしょう。きれいな花園を感ずる世界でしょう。先覚者のお話です。 蛇足ですが、認知症は、閻魔さんが現界人に与えてくれた、唯一の褒章かもしれません。 なげかず、一番楽しいようにあつかってあげねばなりません。 経験がなくても、仮想経験で悪い習慣をなおすのは賢明な方法です。
2006年01月04日
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昨日からの箱根駅伝は、今日は復路で、精鋭が覇を競いあっています。 数々のドラマを繰り広げ、練習を積み上げての結果を披露しています。 精魂込めて、精魂の限り走り、バトンを次へとわたす為に唯走り、走り続けます。 バトンを渡し精魂つきて倒れこむ姿には、感動をさそいます。 練習で想定した走行距離、気候条件等総てをクリアして臨んだ本番でも、いろんなアクシデントが生じ、反対に好結果を発揮する者もいます。 精神一統何事か成らざらん。目的にむかって青春をひた走る若者に乾杯。 結果だせず、涙をながし、来年にかける決意を新たにする姿も凛々しいものです。初春の風物詩となった、この行事はいつまでも愛されていくでしょう。 感動の実績を一つでも二つでも作り、社会の気風を変えていきましょう。
2006年01月03日
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今日は、公民館の初総会でした。 朝からは、箱根駅伝がはじまり、若者たちが、健脚を競っています。 駅伝は日本発のスポーツで、書簡を届ける飛脚からヒントうけてるそうで、ギリシヤのマラソンが一人で功をなすものと異にしています。 一人が突出した力をもっていても、次の仲間が失速すれば、追いつかれます。全員が、かばいあって効果を出す所に、人間社会と似て、好感を抱きます。 町村合併により、今までの補助金にまで予算配分が回らなくなり、新項目の予算捻出がなされていました。 なにをして貰おうでなく、なにをすれば、住民のためになるのか、事業を考えなおそう。 単に集いの為の行事でなく、集いを安心安全にする為の行事に方向転換する必要があります。 当地の事業所が2軒、夜中にバールでドアをこじあけられ金庫がもっていかれました。 交番は、機構改革で撤収され不在、被害の近所に聞き込み捜査はなし、公民館にも報告なし、住民は事件が起きたことも知らない状態です。 殺人事件でないと、警察も周辺調査はしないほど、事件が多いのか、人員が少ないのかです。 住民で出来ることは、安全対策、警備でも自己管理しなければなりません。 学童事件が登下校で多いので、その時間に老人は散歩するとか、辺鄙な通路を徘徊することも協力になりましょう。 今までの事業のための事業を続けるのでなく、やらねばならぬこと、やめることをはっきりして、全員で安全確保を中心にした行事を作りましょう。 どうせ上くだりの補助金事業は、一部の事業のための事業なんですから。 グランドゴルフも1年生が帰る時間は休憩して、通学路に立つべしとの老人会長さんの言はたのもしゅうございました。
2006年01月02日
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穏やかな初日です。予想にない快晴の新年の明けです。 平和な世になりますように神殿で、お祈りを捧げました。 寒い朝、目が覚めます。床から出るのが億劫になります。 「頭がおもいのでもう少し寝よう」 「昨夜、早く起きて仕事すると誓ったんではなかったんか」 「そうだが、明日からでもいいだろう」 自分で立てた行動計画でも、時所位により、心の変化が変わってきます。 誓いを忠実に守ろうとする心と、何か理由をつけて、安易な方に導こうとする心の2つが、はっきりと生ずるのを感じた事ありませんか。 同じ自分の身内に起こる心ですので、化学現象のように捉えがちですが、これを混合現象と捉えるとはっきりと対処が出来るようになります。 自分の行動を司る本守護神、副守護神の混合発意現象だと認識すると、ある時は葛藤、ある時は冒険、ある時は改心、ある時は猛進が如実に客観的に意識として了解できます。 人は本来、生まれ赤子がそうであるように善であり、神性により正しく導かれ守られて、人たる道を歩む事ができます。これが本守護神の働きです。 又、肉体保全のための、動物的本能も必要欠くべからざるものあります。 自己保全のもので、自己愛の塊で、自利、自愛のためには、天地の道理も他人の事もおかまいなしに、どんなことでもやろうとする習性があります。これが副守護神です。 この2要素が時に葛藤し制御し、あるいは、勇気の後押しとして台頭します。 状況経過を客観的に把握できれば、自利と体欲との動物的境涯に迷い、時を浪費しなくて良い事になります。 祈りは、神性を明瞭にし、強力にしてくれます。 禁煙の決意も神性を強くし、体欲の台頭を制御する事で可能になり。受験勉強も効果を発揮する事ができます。 個の充足をなして初めて世界の平和も参りましょう。個々が充足し共振波及しあい更にひろがりましょう。 今年はおおいに祈りましょう。
2006年01月01日
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