ほととぎす 待てど来鳴かず 菖蒲草
玉に貫く日を いまだ遠みか
(大伴家持 万葉集巻8-1490)
という歌がある。
歌の意は「ほととぎすを待っているが、いっこうに来て鳴いてくれない。あやめ玉を薬玉にさし通す日がまだ遠いからだろうか。」というもの。
大伴家持さんは、余程ホトトギスの声が好きであったようで、「玉くしげ二上山に鳴く鳥の声の恋しきときは来にけり」(万葉集巻17-3987)という歌なども詠んでいるが、それはさて置き、この「あやめ草玉に貫く日」というのは5月5日、端午の節句の日のことである。
あやめ草はショウブのこととされる。セキショウ説やカキツバタ説もあるが、一般には、サトイモ科の植物、ショウブのこととされている。
ショウブの香には邪気を祓う力があると信じられていたよう。古代の人は香の強いものには邪気を祓う霊力があると考えていたようで、橘の実やヨモギなども同様である。
端午の節句には、麝香や沈香など香料や香草、薬草を袋に入れて、橘の実やショウブやヨモギで飾り付けをし、五色の糸を垂らした玉にして、これを身に付けるということをしたようです。今日、薬玉と言えば、祝い事やイベントなどの折の割玉のことを言うが、その原型はこの邪気祓いの薬玉なのである。
旧暦の5月と言えば梅雨に入る時期。暑気と湿気でものが腐敗しやすい季節である。病気になりやすい季節の入口ということで、この夏も無事に乗り切れますようにと、この薬玉を身に付けたり、ショウブを頭にかざしたりしたのである。粽を食べるというのも、茅
(ち)
で巻いたものを食べることで、茅の邪気を祓う霊力を身に取り込もうということであったのだろうから、同じ趣旨の行為である。
今のような近代医学というもののなかった時代にあっては、単なる習俗、儀式というのではなく、薬玉を身に付けたり、ショウブをかざしたり、粽を食べたりすることは、もっと切実な行為であったと言える。
ショウブは漢字では菖蒲でアヤメと同じ漢字であるのでややこしいが、アヤメとは別の植物である。
大伴家持は、他にもあやめ草の歌を詠んでいる。
白玉を 包みて遣らば 菖蒲草
花橘に 合へも貫くがね
(大伴家持 万葉集巻18-4102)
(真珠を包んで贈ったら、菖蒲草や花橘に合わせて通して欲しい。)
ほととぎす 今来鳴き始む あやめ草
かづらくまでに 離るる日あらめや
(大伴家持 万葉集巻19-4175)
(ほととぎすが、やっと来て鳴き始めた。菖蒲草をかづらとする5月5日まで、飛び去ってしまう日がどうしてあるものか。)
芭蕉さんもあやめ草の句を作っている。
あやめ草足に結ん草鞋の緒
(松尾芭蕉 おくのほそ道)
で、ショウブの写真は、とマイピクチャを探せど見当たらず。
鯉のぼりの写真でお茶を濁して置きましょう。
<参考> ショウブ・Wikipedia
本日は、端午の節句特集でありました。
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