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2018年06月18日

『物語を忘れた外国語』後5(六月十七日)



 第十一章はウサギの話である。チェコではウサギを飼っていて食べるとかそんな話ではなく、古今東西の物語の中に登場するウサギがテーマになっている。それなのに、不思議なことにソ連のウサギが出てこないのである。チェコのウサギとしてはチャペクがちょっとだけ出てくるけど。

 チェコには、共産党員をはじめ、ソ連時代にノスタルジーを感じ、そこからロシアを支持する一定数のグループは存在するが、多くの人はソ連に対してはもちろん、ロシアに対する反感も隠さない。ただそんな人たちがみな、ソ連に支配された共産党政権の時代のものをすべて嫌っているかというとそんなことはなく、共産党の時代にソ連から入ってきたものに対しても愛着を感じていることがあるようである。
 その例として挙げられるのが、ソ連がクリスマスの象徴イェジーシェクを駆逐するために導入したデダ・ムラースのプロパガンダ映画「ムラジーク」である(いや、ソ連では多分娯楽映画だったのだろうけど、チェコでは単なる娯楽ではなくちょっと違った役割を果たしていた)。題名を聞くのも嫌だという人がいる一方で、毎年クリスマスが近づくと民放で放映され、一定以上の視聴者を獲得している。これは、共産党のシンパ以外にも、「ムラジーク」にノスタルジーを感じる人たちがいる証拠だと言ってもいい。

 同様にソ連時代に制作されたテレビ番組で、たまに放映されているのを見かけるのが、子供向けのアニメ「イェン・ポチケイ・ザイーツィ」である。これは我が日本語が堪能な友人の言葉を借りれば、ソ連版の「トムとジェリー」らしい。アメリカのアニメに出てくるのがネコとネズミなのに対して、ソ連版に登場するのはオオカミとウサギである。
 ちゃんと見たことがないのだけれども、オオカミが逃げるウサギを追いかけまわすというのがパターンになっているようである。ただ、番組の予告などで目に入ってきた限りでは、このアニメ、ウサギが全然目立たない。オオカミが前脚を振り回しながら、二本足で走っている様子は、思い浮かべられるけど、その前で逃げているはずのウサギの印象がほとんどないのである。
 だから、チェコ語の題名「イェン・ポチケイ・ザイーツィ」を見るたびに、ウサギなんて出てかねと首をひねることになる。「ザイーツィ」は、ノウサギを意味する「ザイーツ」の五格だから、題名をあえて訳せば、「ウサギめ、待ちやがれ」とか、「今に見てろよ、ウサギめ」なんてことになるから、ウサギは主要な登場動物であるはずなのだけど。

 このアニメをちゃんと見ていないのは、ソ連時代の物だからという理由ではなくて、絵柄が何となく合わないからである。チェコの子供番組ベチェルニーチェクで放送されるアニメの中にも、絵柄が気に入らなくて見ていないものはいくつもあるけれども、「イェン・ポチケイ・ザイーツィ」も同じである。「ムラジーク」を見ないのも、予告編で目にした男性も含めた登場人物たちの化粧の微妙さが許せないというのが一番の理由である。それがなければ、内容がどうであれ、後学のためと称して一回ぐらいは最後まで見たはずである。

 ちなみにチェコのウサギ料理は、正直な話、口に合わなかった。七面鳥とか、イノシシとか、シカなんかと同じで、一度試せば十分である。ちょっと普通ではない肉の中では、カモが一番口に合ったのだけど、カモを食べるとお腹を壊すことが判明して食べられなくなってしまった。食べることにこだわって生きているわけではないけど、美味しいと思ったものが食べられないのはちょっと悲しい。夕食に美味しいものを食べてちょっと幸せな気分になったその夜に、トイレに籠って食べたものを吐き出さなければならなかったときの悲しみに比べればましだけど。
2018年6月17日23時30分。






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