次男、K 0
末っ子、Kei 0
ダックスOBチーム 0
天国の子・奨大 0
友人 0
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インフルワクチン接種副作用、80歳代女性死亡 厚生労働省は30日、昨季(昨年10月~今年3月)のインフルエンザワクチン接種による副作用で、80歳代の女性が死亡したと発表した。 同省によると、女性は接種後、血小板が減り内出血しやすくなる「特発性血小板減少性紫斑病」を発症した。 接種から発症まで短期間であることなどから、病気の発症は接種と関連があると専門家会合で判断された。 昨季に同ワクチンの接種を受けた人は推定で延べ5024万人という。 (2013年10月31日 読売新聞) 子宮頸管ワクチンも副作用に悩む若い女性が増えています。 予防するはずが、想定外の状況に追い込まれる。常に医療は危険との背中合わせですね。 母も85と高齢ですが、よくも両眼の白内障の手術に持ち堪えたと感心するほどです。 予後のこともきちんと考えてと思っても、まさか命まで落とすことになるとは、考えも及ばないことかと思います。 母は白内障の手術後に、右目の視力が一気に低落。それも緑内障の進行が急に早まったとのこと。 手術すれば進行が抑えられると信じていただけに、今は落胆の溜息ばかりです。 医療とどう向き合うか、医療が年々進んでいるだけに、受け入れる側の賢明な選択も問われる時代になってきていますね。🌠 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.11.01
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障害者施設の実態、「預金がいつの間にか半分に」「子どもは"人質"」 軽度の知的障害者が入居するグループホームなどの運営が不適切として、横浜市から相次いで改善を指導されているNPO法人「PWL」(横浜市中区、箕輪一美理事長)。 ・・ 「もう、1人暮らしは無理かもしれない」。 ・ ・ 1人暮らしのために給料と障害年金をこつこつためてきた。目標の200万円まであと数十万円。だが知らないうちに、銀行口座から数十万円が引き落とされていた。 職員に尋ねると、「これまで足りていなかった家賃をまとめて引き落とした」と説明された。 家賃は4万5千円だったが、「実際の金額より安くしていた」分の差額だという。 さらに4月から、食材費などを含めて計8万4千円だった「利用者負担金」が、10万円超に跳ね上がった。 新しい契約書にサインをした記憶はない。 毎月の給料とほぼ同額に当たり、ほかの支出もあって預金はみるみる目減りし、ピーク時の半分まで減ってしまった。 ・ ・ 職員は自分より障害が重い利用者の対応に追われ、放置されることが多かった。・・ ◇ 子どもの朝食は、菓子パンとジュースだった。「ちゃんと野菜も食べないと」。そう諭した母は、わが子の"反論"に耳を疑った。「うるさいな、PWLではこうだったんだ」 子どもは長くグループホームで生活し、今は1人暮らしをしている。 だが、自炊など「自立」に必要な生活習慣は、身に付いていなかった。 法人への疑問は、ずっと抱えていた。 月々の収支が分かる明細書は親元には届いていない。同じ法人の別のグループホームに転居しても、親に連絡はなかった。利用契約書も交わしていない。・・ 8月、PWLの家賃問題を神奈川新聞が報じた。 子どもは家賃を取られ過ぎていたようだ。 記事には、横浜市の指導を受け入れ返還するとあったが、法人から連絡はない。 「施設を出たら関係ないのか」。不信感は増すばかりだ。◇ 「お前、自分がどこ出身か分かってんのか? 少年院に戻すぞ」 昨年まで入居していた男性(20)は、職員から繰り返し、そんな暴言を吐かれた。少年院に入ったのは事実だったが、盗難騒ぎなどトラブルがあるたびに「お前だろう」と疑われ、否定すると「少年院上がりだからうそをつく」と非難された。 昨年7月、我慢できずにグループホームを飛び出した。家族とは音信不通で、友人を頼った。1度、警察に保護されたが、PWLは引き取りを拒否、別の知人の手を煩わせた。その数週間後の9月、事件を起こし、逮捕された。 少年審判の付添人弁護士がPWLに連絡を取ると、「契約解除」を通告する書類を渡された。日付は所在不明となってから1カ月後の8月。約15万円あった預金は、すべて引き出されていた。不審な点を問い合わせたものの、返還はされなかった。◇ 娘の退所から4年が過ぎた今も、両親は怒りが収まらないでいる。 娘のてんかん発作は入居まで年1回程度だったが、グループホームでは月2、3度と頻発するように。近くのスーパーで発作を起こし、救急隊から直接連絡を受けたこともあった。 娘が自宅に帰省していたとき、PWLから「解約通告書」が突然、自宅に届いた。「暴力行為を繰り返し、他の利用者と指導員の安全を脅かす」のが理由とされた。次のグループホームを探す支援はなかった。 一方で入居中、理事長夫妻から「新たに購入したグループホーム用の物件の残金が払えず、子どもたちが屋根の下で年を越せない」と借金を申し込まれ、1千万円を貸した。数年後に利息なしで返還されたが、「弱者の足元を見ている」と父親は憤る。 娘は今、別の施設で暮らす。投薬管理がきちんとされており、てんかん発作は起きていない。◇ 「『じゃあ別のグループホームに行って』と言われると思うと、不満があっても言えなかった」。PWLが運営するグループホームに子どもを入居させていた複数の親は口々に打ち明ける。「実際に別のグループホームを探したが、見つからなかった」と親の一人。 将来を考えれば、自宅で生活させることもできない。 「子どもは"人質"」。無力感が胸を締め付ける。 横浜市障害支援課によると、今年4月現在の障害者グループホーム数は570カ所で、定員は3045人。 一方、市内の障害者手帳の所持者は約14万人に上る。入居希望は多く、「空きが出ればすぐに埋まってしまう」(同課)のが実情で、入居対象も「親の高齢化」「1人では生活できない状態」といった緊急度を優先せざるを得ないという。 市は毎年度40カ所、定員200人規模の新設を計画している。それでも、絶対数が足りていないのが実態だ。 社会福祉法人理事長で県知的障害者福祉協会の役員を務める飯野雄彦さんは、「『親が面倒をみるべき』という意識が強く、グループホームの利用などに負い目を感じる親も少なくない」と話す。社会の受け皿も足りない中で「不満を抑え込んでしまう」といい、「家族会など不満を言いやすい雰囲気をつくった上で、親に『障害者は社会で支える』との意識を持ってもらう関わり方が運営側に必要」と指摘する。 元入居者の親は、こう嘆いた。「ひどい所だとは分かっていた。でも、ここにしか入れなかった。惨めな気持ちです」◆NPO法人「PWL」の不適切運営問題 運営する障害者グループホームで、利用者から一律4万5千円の家賃を徴収、実際の負担額より過大だったり過少だったりしていることが発覚。・・ また、定款変更した法人の臨時総会を開催したように装った疑いがあるほか、禁止されている監事と法人職員の兼職も明らかになっている。[カナロコ] 本人の自立の為にと思っての一人暮らしも、思わぬ想定外の状況に追い込まれることもある。 こういう事態も極稀だとしても、実際に悩んでいる方がいると思うとやるせないですね。🌠 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.10.06
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母さんの種きっと実る 9月です。きょうは大切なご報告があります。 5年前に当欄ができて以来、何度も便りを紹介させていただいた、大阪市東住吉区の作前ヒロ子さんが、8月15日に亡くなりました。 42歳でした。転移したがんと闘っていた、2人の男の子のお母さんです。 いつも胸に響く言葉を寄せてくださったことに敬意と感謝をこめ、作前さんをしのびます。 作前さんが乳がんの手術を受けたのは2007年3月。 自閉症の長男、竹柾君(15)が小学3年生、次男の保行君(9)が3歳のときでした。 翌年1月、「気流」欄に投稿が載っています。 子供たちへの思いをつづり、〈母ちゃん、一日でも長く生きられるように頑張るからね〉と書いておいででした。 間もなく骨への転移が判明します。 2009年の年明け、この日曜便に初めて便りをいただきました。 〈もう長くないのだと悟りました。身辺自立を今、必死に子供に教えています。でも、幼いうちに、無責任に親の寿命が来てしまったら......。毎日、頭がいっぱいになります〉。 このときは、みなさんから、たくさんの励ましの便りをいただきました。 私が忘れがたいのは、2010年暮れのメールです。 がんと闘う別のお母さんへのメッセージとして、寄せてくださったものでした。 第九の合唱に保行君と参加したことにふれ、〈息子と参加したのは、経験という種を植え付けたいと思ったのです。たくさんの種を植えることが、生きていくための自信につながると思って〉。 そして、〈(子供さんのことで)相談機関に足を運ぶ中で、助けようと動いてくれる人は確かにいました。だから、息子たちには、困った時は「助けて」と、恥ずかしがらずに言うんだよと伝えています〉と。簡単そうで難しく、とても大切なことだと思いました。 今年6月5日、作前さんは、最後の入院をしました。ご主人の浩二さん(52)に、笑顔で「やるしかない」と言い、小脳に転移したがんの手術を受けました。 だんだんと体力が落ちていき、8月15日未明に力尽きました。息子さん2人が、手を握って「さよなら」を言ったそうです。 ご自宅を訪ね、お参りをさせていただきました。 竹柾君は特別支援学校高等部の1年生。作前さんが教えた通り、洋服をたたんだり、お茶の準備をしたり、身の回りのことがちゃんとできます。 保行君は小学4年。夏休みは、野球やサッカーに一生懸命です。 熱帯魚が好きなお母さんの病床に飾るため、瓶で作った小さな「水族館」が、リビングに置いてありました。 家の中のことは浩二さんがしています。ハキハキ意見を言ってくれた奥さんがいなくなり、いろいろなことを一人で決めます。 最初は砂糖の買い置きの場所もわかりませんでしたが、「入院中に少し練習ができました。そのために、2か月頑張ってくれたのかな......」と涙ぐまれました。 入院の日の朝、作前さんが記した文章を、見せていただきました。 〈子供の成長をそばで見届けられないこと......ごめんね。痛みのセイで字がきたなくてごめんね。死んでもそばで見守っています〉と、結んでありました。 作前さんは、子供さんたちに関することを少しずつ、浩二さんにバトンタッチするよう心がけていたようです。 そんなご家族の様子をお聞きすればするほど、病を得てから6年半の、作前さんの奮闘が浮かび上がって見えるようです。 子供さんたちは、お母さんの植えた種とともに大きくなり、いつか、勇ましく楽しく生きようとしたお母さんのことを、お父さんから聞くのでしょう。 ご家族の暮らしが温かであるように祈ります。そして、作前さんがおっしゃったように、もし、ご家族から「助けて」が届く日があったら、読者のみなさんもぜひ、力を貸してください。(読売新聞) 自閉症の息子 堂々スピーチ 「余命1年の母」に励まし 「生きている者が大事」 父が奨ちゃんが亡くなった後の四十九日に、ふと口にした言葉です。 寡黙な父だったので、たまに投げ掛けてくる言葉一言一言が、熱く、脳裏に残っています。。 子に先立たれるのも哀しいけど、まだ幼かったり、障害のある子どもを置いて先立つのも、どんなにか心残りだったか。 でも、きっと植えられた種が実り、子ども達の糧となり、成長と成すのでしょうね。☆彡 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.09.16
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進行性の病気と向き合うとは 車椅子マラソンで風を切って走り続ける 車椅子陸上競技 木山由加さん(岡山県身体障害者陸上競技連盟) 大元よしき (ライター) 「『そんなニコニコしてると舐められるよ』」なんて言われるんです。緊張もするし、真剣にもなるんですよ、それなのにいつも笑ってしまって、もっとしっかりせんと! と周りに言われるけど、普段からこんな感じなので変えられないんですよね~(笑)。しんどい練習中でも、あんまり顔に出ないので「もっと真剣に走れ!」って言われることがあります(笑)。そこが悩みどころです」 とお茶目な反面、 「ロンドンパラリンピック前と同じことをやっていたら、それ以上にはいけないじゃないですか。だから、変える必要があるんです。病気は進行するかもしれないけど、筋トレをして負荷を与えてみようかなと考えています」 と競技にストイックな面も併せ持っている。 今回はフランスで開催されたIPC陸上競技世界選手権大会に向けた強化合宿期間中にお話を伺った。[wedge infinity] ふと目に留まった大元さんの記事、産まれた時は五体満足であっても、人間は色々な病に苛まれるものですね。 脊髄(せきずい)小脳変性症という進行性の難病。 信念の強さ、生きていく凄み、諦めずに前向きに挑む思いに、ただただ、励まされるばかりです。 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.09.09
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強殺容疑で29日再逮捕 「1千万円返済困り」供述 岡山県津山市の山中で神戸市の吉田久栄さん=当時(87)=の遺体が見つかった事件で、預かった現金1千万円の返済を免れるため吉田さんを殺害したとして、兵庫県警は28日までに、死体遺棄容疑で逮捕した知人の無職田口勝志容疑者(55)について強盗殺人の疑いで逮捕状を取った。 29日に再逮捕する。捜査関係者への取材で分かった。 捜査関係者によると、田口容疑者は「うその投資話や、施設に入所する(吉田さんの)娘の世話をすると言って、定期預金の解約を持ち掛け、1千万円を預かった。 金は遊興費に使ってしまい、返済に困って殺した」と供述している。【東京新聞】 この事件は、弱い立場の人間を騙し、金銭を騙し取った上に、返済できないので殺害、と何とも残虐な事件ですが、犯人は、障害を持つ入所されている娘さんの為に残していた蓄えに目を付けたようです。 先に死ねないと、一人で仮設住宅で細々と暮らしていた吉田さんの思い。 どんなにか切なく、儚い最期であったのでは。と辛く、悲しい事件であります。 実家にも、「ぼく」を名乗る人物から電話が掛かり、幸い常に弟と連絡を取っていた母なので、「日本生命からの白い封筒届かない?」との一言でも動じなかったようですが、寂しさや悩みを抱えている一人暮らしの高齢者世帯。 今後も、周りも気を付けていかないと、ですね。障害者の親としても、実に居たたまれない事件です。 娘さんが幸せに暮らせるよう、祈るばかりです。💖 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.09.06
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暑い夏を過ぎて 猛暑酷暑の8月も終わり、あっという間の9月です。 2013年も3分の2が過ぎ去ってしまいました。 歳を取る度に、時間が経つのがどんどん速く感じられるような......。経験を重ねて日常に新鮮味がなくなると、脳への刺激が減るので、月日があっという間に流れていくような錯覚におちいるのだそうです。知らない場所に行く時も、同じ距離のはずなのに、帰り道のほうが何となく短く感じられますよね。 ・ ・ 記録的な猛暑に見舞われた7月下旬から8月にかけて、今年の春に亡くなった祖父の初盆のため、長崎の実家に帰省していました。 前回帰った4月の段階では祖父はまだ生きていましたので、祖父亡き後の実家で過ごすのはこれが初めてということになります。 長崎には精霊流しという、故人を供養する伝統行事があります。 初盆には死者の御霊を乗せるための精霊船を川に流し、お墓にはロウソクを入れた提灯を夜にかけてぶら下げます。霊魂が戻るべき場所を見失わないようにするためです。 このように、伝統行事にはそのひとつひとつに深い意味があるのですが、何よりも大切なのは、初盆や年忌法要といった行事を通じて、亡くなった家族について思いをめぐらせることではないでしょうか。 ・ ・ お盆の時期にはたくさんの親戚が実家に集まり、にぎやかで楽しい時間になったのですが、住み慣れない長崎での暮らしは、やはり不便が残るものでした。 ほぼ1カ月間におよぶ帰省を通してあらためて感じたことは、住宅面のバリアフリーです。 以前もお話しましたが、実家は昔ながらの日本家屋で、細かい部分に段差があり、車椅子ユーザーが暮らしやすい造りにはなっていません。 数年前に祖父が改装してくれるまでは玄関にも高い段差があり、車椅子をいちいち二人がかりで持ち上げなければならない状況でした。 家屋全体を全面的にバリアフリー化するには、さらなる時間と資金が必要になるでしょう。 人は必ず、歳を取ります。そして家というのは、人が一生を楽しく、充実して過ごすための場所です。ということは、家を設計する段階から、バリアフリーの視点が不可欠になってきます。 それは、たんに(段差をなくして平面にしよう)とか、(歩きにくいから手すりをつけよう)という当たり前のものだけでなく、もっと個々人のニーズに重点を置いた、「ピンポイントのバリアフリー化」も意味します。 日中にパソコンを使う時間が多いのであれば、作業部屋を家の中心に配置し、効率的な移動ができるように動線を工夫する。 また、一日の中でお風呂が何よりの楽しみなら、入浴をより快適に楽しめるように浴室のバリアフリーを考える。 肝心なのは、(その家でどのような人生を送りたいか)ということをつねに中心に置くことです。 家に住む当事者自身が主体となり、自立した暮らしの実現のために、生活上のニーズをひとつずつかなえていく。 家を考えることは、人生と向き合うことなのです。自分の住まいを納得のいくかたちでデザインすることで、毎日が実りあるものになるでしょう。 賃貸住宅の改装についても、一定額までなら補助されるシステムがありますし、家賃補助という制度もあります。 自立生活の実現には、こうした公的な社会保障を存分に活用していくことが必須です。4月のコラムでも書いたように、社会保障の手厚さには地域ごとに違いがありますから、地域ごとの福祉行政を事前によく調べたうえで、生活の拠点を選ぶことも必要です。 住宅デザインのイメージが具体的につかめない人のために、(住宅環境コーディネーター)という、専門の資格を持ったプロがいます。 読んで字のごとく、どうすれば快適な住まいになるかということを、当事者と一緒になって考えてくれる人たちです。 アイディアを出すのはもちろん本人自身ですが、専門家の視点が入ればより安心ですよね。 少し前までお世話になっていたヘルパーさんがこの資格を持っていて、いろいろと細かいアドバイスをたくさんもらいました。 一口に住まいのバリアフリーといっても、障害の程度や職業は人によって違うので、その実態もさまざまです。 一人暮らしを目指している人は、まず、自分の障害を正確に把握するとともに、どんなかたちで一生を送りたいかを、できるだけ具体的にイメージしてください。しっかりとした構想が頭の中にあれば、その後の実務的な打ち合わせやデザイン作業がスムーズに進みますよね。 これから新しく部屋を借りたい。あるいは住居を新築したいと考えている人は、ぜひ、(住宅コーディネート)という視点を持って住まいを選んでください。住むところは、暮らしの基本なのですから。 お盆の帰省をはさんだことによって、気分がリフレッシュしたような気がします。 心機一転、リスタートという感じですね。このコラムでも、今まで以上に切り口の斬新さを意識して、タイムリーな記事を発信していきたいと思っています。・ ・ 実は今、自閉症の青年が漫才の舞台に立つ、という物語を構想中なんです。この小説で新人賞を取って作家デビュー......となれば、理想的なんですけどね。 立石芳樹 (たていし・よしき) 1988年、神奈川県生まれ。生まれてすぐに脳性マヒ(CP)と診断される。中学校の頃から本格的に創作活動を始める。専門はショートショート。趣味は読書と将棋。ツイッター(@dupan216)も始めました。座右の銘は「一日一笑」。 【apital】 長男より2歳年下の立石さん。何も発信しない長男ですが、同年齢の青年の思いは、参考になる部分が多々あります。 是非、頑張って自閉症の青年の小説で新人賞に輝いて欲しいです。 ゴールはほど遠くても、その工程が大切で為になるのでしょうからね。 応援しております。💛 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.09.05
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押し入れに白骨、住人「父が殺した誰か」 東京・江戸川 29日午後4時半すぎ、東京都江戸川区中葛西7丁目のアパート「第1コーポ清水」を訪問したケースワーカーから、「2階の一室に人骨のようなものがある」と警視庁に通報があった。 駆けつけた警察官が、押し入れの中からポリ袋に入った白骨遺体を発見。 同庁は30日にも、この部屋に暮らす男(61)を死体遺棄容疑で逮捕する方針。 同庁によると、遺体は成人男性のもので、男は「父が殺した誰かの遺体だ。遺体の身元は知らない」と説明しているという。 男の父親は15年ほど前に亡くなり、男は知的障害のある弟(59)と2人暮らしだったという。 ケースワーカーが27日に弟を訪ねた際、「人の骨がある」と言う男から、ポリ袋に包まれた人骨のようなものを見せられた。 さらに29日には男から「父が殺したんだと思う」と聞き、不審に思って通報した。 【朝日デジタル】 なんだか解せない事件ですが、最近は、遺体の処理に困り、死体遺棄の事件も多くなっています。 生活苦から家族が急病で亡くなっても、葬儀をあげることもできない揚句の行動だとしたら、実に儚く、空しい世の中になりつつありますね。💔 にほんブログ村 にほんブログ村
2013.08.30
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自閉症について知ろう 川崎授産学園(麻生区細山1209)が3月16日、同学園内で世界自閉症啓発デーにあわせたイベントを開催する。 時間は午後1時半から午後7時まで。 この催しは、自閉症について多くの人に知ってもらおうと同学園が企画した。 第1部(午後1時半から午後2時20分)では、音楽交流サロン「奏(かなで)」によるコンサート「そらのいろ」が行われる。 第2部(午後2時半から午後4時半)では、福祉講演会と題し、自閉症当事者で作家の東田直樹氏が「自閉症の僕が語る自閉症の世界」、直樹氏の母・美紀氏が「わが子の可能性を信じる子育て」について語る。 午後4時半から午後5時半までは、大型絵本の読み聞かせや天文童話のブラックライトシアター、紙芝居、軽食の提供(有料)が行われる。 第3部(午後5時半から午後7時)は、特別天体観望会「パンスターズ彗星を観望しよう!」と題し、肉眼でも確認できる明るさの彗星として話題の星を観察する。 参加は無料。 希望者は電話(【電話】044・954・5011)またはファックス(【FAX】044・954・6463)、 メール(info@seiwa-gakuen.jp)で申込みを。定員150人に達し次第受付終了。[タウンニュース] 春休み前後を挟んでのイベント、親子で参加できる内容で、時間もたっぷりと、工夫されていますね。 春休みならではの過ごし方、探せば、最近ではイベントも充実しているように思います。 昨日はまた、実家を往復しながら、義実家の義母へも惣菜などを届けに行きましたが、あいにく連絡が付かず、玄関先に置いて来てしまいましたが、どうやら銭湯へ行っていたようで、夕刻に自宅に留守電が入っていました。 一人暮らしの母たち、それぞれに別々の生活パターンにスタイル。 孤立していて、気ままでいいのでしょうが、やはり時々は、様子を見にいかなくては、と思っています。(#^.^#)
2013.02.01
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精神科 診察室から 道立緑ヶ丘病院・東端院長に聞く 十勝で精神医療に長年取り組んでいる道立緑ヶ丘病院(音更町緑が丘1)の東端憲仁院長に、近年の受診動向や精神科分野の課題などについて聞いた。(聞き手・小林祐己) 地域で機能分担、連携を -近年の精神科の受診動向の特徴は。 昔に比べて精神科の敷居は低くなった。多いのは広い意味のうつ。うつの症状があればうつ病と誤解されているが、ストレス社会になってうつ症状を訴える人が増えている。 典型的なうつ病には抗うつ剤が良く効く。ところが最近は薬に反応が良くない人が増えている。 以前は「抑うつ神経症」と言った、性格的要因の強いタイプも、うつ病に含められ概念が広がり、社会的にも偏見がなくなってきた。 -子供のうつ症状も増えているのか。 うつ自体を主な訴えとして病院にかかる人は多くない。主訴は発達の問題で、そのためにストレスがかかりやすく、うつ症状を合併している人はかなりいる。不登校に伴ってうつ症状が出ることは珍しくない。 子供に特徴的なのはうまく症状を表現できないため、頭が痛い、体がだるいなど体の症状が出ること。 ただ体だけを見ていると、うつ症状を見逃してしまうこともある。 うつを背景とした素行障害(非行)や薬物乱用にも注意すべき。虐待によるうつもある。やはり環境要因として、子供もストレスが増しているのだろう。 -子供は発達障害の増加が指摘されている。 発達障害の受診は増えている。社会的に認知される一方で、国際的に自閉症自体が増えているという調査結果もある。かつて自閉症は1万人に4、5人とされたが、最近は20〜40人、自閉症の特徴を部分的に持つ広汎性発達障害では100人ともいう。病院に来るのは氷山の一角。 子供の診療は予約待ちが多く、児童精神科医の確保が急務だ。 -精神科病棟への長期入院は減っているのか。 この地域は熱心なケースワーカーのグループが住居を開拓してきたこともあり、退院は促進されている。入院患者数の人口に対する割合はイギリス並みになっている。 一方で障害が重い人が社会で生活する仕組みは十分でない。訪問支援活動があることで病床も減らせ、入院期間も減らせる。十勝は8月から国の訪問支援活動「アウトリーチ事業」のモデル地域にもなっており、当院も協力して病床を減らしていきたい。 -精神医療分野の今後の課題は。 1つは臨床心理士の国家資格化の問題。 カウンセリングや認知行動療法は社会的ニーズが高いが、医師は忙しくて十分な時間をかけられない。心理士が資格の下に行えるとよい。 切実なのは認知症の問題。妄想やうつ症状、徘徊(はいかい)などの精神科的副症状が強いと入院するが、入院の長期化は悪影響も大きく短期間が理想。家族支援を含めて、地域で暮らせる仕組みづくりが重要な課題だ。 昨年7月、地域医療計画が必要な疾病に精神疾患が加わった。3次医療圏で機能分担、分化を図り、連携することが大切だ。精神科同士の横の連携に、他科との垂直連携、保健福祉との連携も必要。各機関が情報を公開・共有し、総合的に話し合う場が必要だ。 <プロフィール>とうばた・のりひと。1956年旭川市生まれ。北大医学部卒業。84年から道立緑ヶ丘病院に勤務。2009年から現職。[十勝毎日] 「これからは医療と福祉が役割分担し、連携していかなければ」 現場の切実な言葉、実に分かりやすく思います。 高齢化社会が進むにつれて、益々地域の見守りに連携が益々必要になってきています。 母も今は実家で独り暮らしですが、声を大にしなくても、優しく見守って貰える地域作りが必要だと痛感します。 見て見知らぬふりを通している近隣関係も、それでは、不安とストレスがつのるばかりかと、逆に病を呼び込んでしまう風潮もあります。 初心に戻って、優しい地域作りを、心掛けたいものですね。
2012.11.29
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焦点 障害者の避難・介護 医療機器、運び出せず 東日本大震災で、障害者手帳所持者の死亡率は住民全体の2倍近くに及んだ。 自力での移動が難しい障害者をいかに避難させ、避難後の介護、ケアにどう対応するのか。 対策は遅れている。 「障害者が犠牲にならない社会にしてほしい」。 関係者の願いは切実だ。 ◎寝たきり17歳、犠牲に 東北の沿岸自治体で最も多い397人の障害者が犠牲となった石巻市。難治性てんかん、気管軟化症と闘う狩野悟君=当時(17)=は、自宅で津波に遭い命を落とした。 悟君はあの日、母由紀さん(46)、弟拓磨君(9)の3人で自宅にいた。 由紀さんは激震が襲った際、寝たきりの悟さんにタンスが倒れないよう、必死で押さえた。 自閉症の拓磨君は音に敏感で、ラジオの音でもパニックに陥る。電源を入れられず、地震や津波の情報は全く入手できなかった。 倒れる家具がない居間に悟君をベッドごと移し、窓の外を見ると、黒い水の壁がすぐそばに迫っていた。 平屋の家は逃げ場がなく、拓磨君と慌ててベッドの上に避難。 由紀さんは「もうだめだ。3人で死ぬんだ」と覚悟した。 家の中に津波が押し寄せ、ベッドすれすれの高さまで浸水した。 人工呼吸器やたんの吸引器などの医療機器は水に浸かり使えなくなった。 たんが吸引できず、苦しそうな悟君。 由紀さんは声を掛けながらずっと背中や胸をさすって励ましたが、午後9時ごろ、息を引き取った。 悟君の体重は43キロ。 避難時には、人工呼吸器やたんの吸引器なども運び出さなければならない。 由紀さんは「避難しようにも、悟と機材を1人で運ぶのは難しい。避難場所も分からなかった」と振り返る。 「長く生きるのが難しいと覚悟はしていたが、まさか津波で亡くなるとは思わなかった」。由紀さんが遺影を見詰めて続ける。 「悟のような障害のある人が災害で命を落とすことのない世の中になってほしい」 ◎届かぬ行政の支援/視覚障害女性、不便強いられ 「障害を理解する人が周りにいなかったら、どうなっていたか...」 石巻市大橋1丁目の仮設住宅で、視覚障害のある主婦鈴木明美さん(52)が震災当時を振り返る。 多くの不便を強いられ、行政の支援はほとんど届かなかった。 2006年ごろ、中枢神経系の難病「多発性硬化症」を発症。 視力の9割を失った。右半身は脱力感としびれが続く。震災当日は石巻市内の自宅で伏せっていた。激しい揺れで外に出たが、体に力が入らず、座り込んだ。障害を知る近所の女性に声を掛けられ、2キロ離れた稲井小体育館に避難。夫の善美さん(52)が市内の勤務先から戻るまで3日間、避難所で過ごした。 着の身着のまま逃げたため、薬がなく、体を思うように動かせない。 避難者から「高齢者も物資の配給を手伝っている。なぜ働かない」と責められた。移動の際、横になっている人の腹を誤って踏んでしまった。 「自分さえ我慢すれば、他の人に迷惑を掛けずに済む」。そう思い、水分を取らずにトイレを我慢した。配給の列にも並ばなかった。 津波で1階部分が浸水した自宅に夫と戻ったが、つらい思いは続いた。 視覚障害1級の障害者手帳を持っている。市の保健師が震災後、初めて自宅に来たのは昨年夏。面談した担当者は病状を知らなかった。特定疾患を受け持つ宮城県と情報が共有されていなかったからだ。行政の縦割り主義を感じた。 自宅が全壊と認定され、昨年10月から仮設住宅で暮らす。仮設集会所に向かう途中で具合が悪くなったとき、近所の人が介助してくれた。 それ以降、障害を気に留めて「最近、姿を見ないね。大丈夫?」と声を掛けてくれるようになった。 鈴木さんは「障害や病気のことは隠しがちになるが、普段から周囲に理解してもらうことが大切だ。行政は障害や病気の情報を共有し、適切な支援につなげてほしい」と話している。[河北新報] 母も、現在実家で独り暮らしですが、ずっと昔から住んでいる家にも関わらず、回りがどんどんと入れ替わりの核家族社会。 以前は、お世話になっていた向かいの歯科医も、娘の世代となり、容赦なく掃除当番の札が回ってきたり、募金の収集作業も当番制。 老衰で、要介護の身でも、弱音を吐けない戦争を生き抜いた世代なので、無理をして、ゴミ置き場の掃除や網当番をしては、転んで、傷が絶えません。 我関せずの、見て見知らぬ暮らし、状況は都心では特に多いように思います。 やはり、自分から殻を破ってでも、飛び込んでいくことも大事ですね。 皆、それぞれに自分の暮らしで精一杯です。 その中での、助け合いが、今、一番求められているような気がします。 去年、わたがしさんと裕大の作業所のレストランでランチをご一緒してから、丸一年が経ちました。 一年って、早いですね。~
2012.09.25
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