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この本がたくさん売れるということは、 世の中には、思っている以上に歴史好きの人たちがいるということ。 『日本史の内幕 』の記事にも、同じようなことを書きましたが…… 逆に「歴史好きの人たちは、本をいっぱい読む」とも言えるのでしょうか。 それにしても、本著の滑り出しは、まさに教科書を読み直しているといった感じ。 しかし、時代を経るにつれて、帯にあるように 「教科書では学べない日本通史!」の色合いが濃くなっていきます。 その内容も、百田さんらしいものに。そして、その傾向は、第7章「幕末~明治維新」以降顕著となり、第13章「日本の復興」と終章「平成」での記述は、まさに百田さんそのものです。それでも、予想以上にその部分に紙幅が割かれていないのは、やはり「通史」ということを、しっかりと意識してのことなのでしょう。平成が終わりを告げ、新しい時代が始まろうとしている今、こうして、日本の通史を読んでみるのは、確かに意味のあることでした。
2019.03.31
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遂に桜田は環との接触に成功し、連絡用の衛星電話を手渡す。 が、桜田から琢磨の話を聞きたいと思いながらも、環は連絡することを躊躇。 そうこうするうち、心臓のペースメーカー除去手術を環に進言しに来た梨世が、 その電話の存在に気付き、環に気付かれぬよう持ち出してしまった。 一方、環を学校前で待ち伏せしていた楊亮は、リュウに見つかってしまう。 だが、リュウはリスト入手の経緯を確認すると、楊を殺すことなく見逃してやる。 その後、楊はリストに載っている人物を次々に殺害していく。 この件がきっかけとなって、リュウは加藤と絶縁する。しかし、この一連の殺人事件は、ニュースとして取り上げられることはなかった。この一連の出来事について、曹は崇に何か深い意味ありげな電話をかけてよこし、さらに、加藤について注意を促す言葉を残す。そして、その加藤は、リュウの決別の際の言葉に、自らが楊を始末する意思を固める。一方、曹はリュウが楊を見逃し、楊が次々にリスト掲載者を殺すことを予測していた。それは、「プティシャトン」事件そのものを無かったことにするための策略だったのだ。そして、再び環を待ち伏せしていた際に、その事実をリュウから知らされた楊は、環の通う高校の門に車で突入する。 ***今巻も、お話としてはさほど進展しませんでした。次第に輪郭が見え始めたこともある一方で、まだまだ不明なことも多いです。その第一は加藤。さて、最後の楊の行動は、何を目論んでのものだったのでしょうか?
2019.03.24
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史上二人目の七冠保持者であるプロ棋士・取海創。 そして、AI研究で注目を浴びる東都大学理学部情報工学科教授・相場俊之。 二人は24年前、小学2年生だった時に将棋を通じて仲良くなり、 隣町の将棋クラブや遠方の将棋道場で実力を高め、4年時に奨励会に入会した。 その後、二人は順調に昇格し、史上初の小学生プロ棋士を目指すまでに。 そして6年時の9月、三段リーグ最終戦での二人の対戦は、取海が勝利。 同率2位となった二人は、どちらかが小学生プロ棋士になることになるが、 相場は、父との約束に従って、奨励会を退会することを宣言する。 相場は、4年生から難関中学受験に向けて、学習塾にも通い始めており、そこで、塾長に数学の能力を見出され、算数オリンピック出場を勧められていた。私立中高一貫学校に進学後、数学クラブとコンピュータ・クラブに所属した相場は、国際数学オリンピックに出場し、中3時に銀メダル、高1時に金メダルを獲得する。その後、相場は東都大学理学部数学科に進学し、大学院博士課程を終えようとした時、アメリカのICT企業から、特別研究員ポストの話が舞い込んでくる。そして、MIT情報工学科で共同研究をした後、人工知能の第一人者として母校に戻り、最年少で教授になってからは、将棋ソフト開発を進める学生の指導にも当たっていた。 ***お話は、過去と現在が行き来しつつ進行していきます。現在のお話は、相場の父が経営する工場への米国企業による研究協力提案話と、将棋ソフトと七冠保持者・取海との対戦実現に向けての動きを軸に展開し、最後には、取海と相場が久しぶりに対局することになります。さすがに高嶋さんの作品だけあって、読みごたえは十分。それにしても、相場、スゴすぎ。
2019.03.24
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「ある種の行動様式・思考様式を持った特定の人物像」。 これが、本著におけるオッサンの定義です。 「中高年の男性=オジサン全体に適用できるものではない」と、 著者は「はじめに」の中で予め断っています。 そして、本著の中でしばしば使われる「大きなモノガタリ」とは、 「いい学校を卒業して大企業に就職すれば、一生豊かで幸福に暮らせる」という 昭和後期の幻想のことであり、「現在の50代・60代の『オッサン』たちは、 その喪失以前に社会適応してしまった『最後の世代』」であるとしています。そんな彼らは、1950年代から70年代までの「教養世代」と、90年代以降の「実学世代」に挟まれた「知的真空世代」であり、「アートにもサイエンスにも弱いオッサンたち」とされています。そして、そんな彼らが社会や会社の上層部で実権を握っていることが問題なのだと。 *** 「数」がパワーとなる現代の市場や組織において、 構造的に最初に大きな権力を握るのは、 いつも大量にいる三流から支持される二流ということになります。(p.39) 二流の人間が社会的な権力を手に入れると、 周辺にいる一流の人間を抹殺しようとします。(p.41) 二流のリーダーが率い、三流のフォロワーが脇を固める一方で、 一流と二流の人材は評価もされず、したがって重用もされず、 日の当たらない場所でブスブスと燻ることになります。(p.42) 組織のポジションと能力や人格には、 統計的にあまり相関がないことがわかっているからです。(p.101)このようにして、世代を経るごとにリーダーのクオリティが低下し、組織が劣化していくと、著者は言います。 個人の能力開発の70%は、実際の生活経験や職業上の経験、 仕事上の課題と問題解決によって発生します。(p.147) 良いリーダーは、良い職業体験によって作られ、 その良いリーダーがまた良い業務体験を人に与えてリーダーを育成する。 つまりリーダーというのは 一度生まれると拡大再生産される傾向があるということです。(p.151)リーダーのクオリティが低下し、組織が劣化する中で、どのように良い職業体験を積ませ、良いリーダーを育てるか。「支配型リーダーシップ」から「サーバントリーダーシップ」への転換。これが、一つの道標となるかもしれません。
2019.03.24
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タイトルの「アンサング(unsung)」とは、 「詩歌にうたわれ(てい)ない、詩歌によってほめたたえられない」という意味。 「アンサング・ヒーロー(unsung hero)」という言葉がありますが、 これは、裏方として主役を支えている存在、即ち「縁の下の力持ち」のことです。 大学6年間 必死で勉強して 国家試験受けて 資格とって 希望してた総合病院にも 就職できた でも私 この頃 思うんですけど もしかして 薬剤師って いらなくない?主人公・葵みどりによる、冒頭の一人語り。タイトルを意識したこの作品の見事なオープニング。画力も十分で、この時点でグイッと惹きつけられてしまいました。第1話「『普通』のために」は、みどりが、内科の葉山先生に、処方の疑義をかけたことから始まるお話。 ランソプラゾールが3錠分3で出ていますが 通常分1で処方される薬ですっ後日、みどりは、腰椎横突起のヒビで入院している庭師・古賀の様子が気になり、血液検査をしてもらえるよう整形の担当医に願い出ますが、拒否されそうになって…… 怪我が治って終わりじゃないでしょう! 古賀さんが病院(ここ)の外で これまで通りじゃなきゃ 意味ないんですよ!ここで、薬剤部の先輩・瀬野のフォローが入り、古賀自身も検査希望を申し出たことで、緊迫した状況は終息。その後、みどりが鋭敏な嗅覚を駆使して、テオフィリン中毒の可能性に思い至るところは、このお話の大きな見せ場。第2話「飲めない薬」では、みどりの新たな能力が発覚。薬を、その味だけで言い当てることが出来るというもの。 新薬出たら 舐めて転がして 味わうでしょうが!この辺りの下りは、猫猫を彷彿とさせるものですが、この能力を生かし、マイコプラズマにかかった子どもに、クラリスロマイシンを飲ませる手助けをします。第3話「近くて遠い目の前」では、みどりが救命救急の現場に。蜂毒によるアナフィラキシーショックで搬送された患者に対応します。瀬野がバイタルが戻らない患者を見て、βブロッカー服用の可能性に気付き、グルカゴン投与を指示する場面が、このお話の見せ場。第4話「資格の覚悟」では、救急看護師の豊中の口から5年前、瀬野が病院にやって来た時に起こった事件が語られます。瀬野が、33週目の切迫患者がHELLP症候群である可能性に気付き、対応しきれないでいる研修医に、上級医を呼んでこさせたというお話。 患者を助けるためなら 俺にできることは何だってやる 看護師も 研修医も 今ここにいる全員 そのために走り回っている あんた以外はな だからあんたも 自分にしかできないことをやってから 医師を名乗れ…!第5話「病気とお付き合い」は、1型糖尿病で入院中の二人の少女のお話。ここでも、みどりは優れた嗅覚で事態を解決に導いて行きます。また、良い作品に出会うことが出来ました。次巻は、2019年春発売予定とのこと。楽しみです!!
2019.03.10
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副題は「あなたの知らない調剤薬局の裏側」。 花丸調剤薬局の若手薬剤師・新井薫が主人公。 薬局長の菅野正史、薬局のエース・中林智子、事務員の佐々木さんに、 社長の山田勲、隣接病院の長谷川医師などが登場。 トローチは何故ドーナツ状なのか、薬の譲渡はなぜダメなのか、 薬の副作用を逆手に取ることもある、お薬手帳の有用性、 多科受診と薬物乱用、薬局での保険証提示の意義、 薬剤師の仕事、マスコミの流す薬の情報、ジェネリック。以上が、本著で扱われている事柄。9つのテーマについては、マンガの後に薬剤師によるコラムが掲載されています。ページナンバーの最期の数字は127ですから、1テーマ平均14ページ程のコンパクトな一冊。スラスラ読めて、色んな知識が手に入りますが、読者ターゲットは、専門知識の全くない一般の方々ということになるでしょう。多少なりとも、この分野に興味関心があり、ある程度の知識もある方には、やや物足りなさが残るかもしれませんね。
2019.03.10
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猫猫の父・羅漢は、碁の達人。 彼に勝てるのは、今上陛下の指南役である棋聖くらい。 そんな羅漢が、これまで指してきた碁の棋譜を掲載した書を出版。 これが契機となって、宮中では碁が一大ブームに。 そして、都の北にある劇場で、碁大会が催されることになりました。 その参加料は銅貨十枚で、羅漢に挑戦するには銀十枚が必要。 しかし、羅漢は囲碁が強い人間に対しては、比較的敬意をもって接する人物です。 壬氏は、羅漢に挑み勝利すべく、棋聖の指南を受けることにしたのです。今巻は、高順の息子であり、馬閃の兄・馬良と、その姉・麻美(マーメイ)が登場。どちらも優れた能力を持ちますが、馬良は人前に出ることが苦手で、麻美は超勝気。麻美は母親似らしいので、高順の家庭での立場も容易に想像されます。二人は、壬氏の側で仕える役どころで、今後も頻繁に登場することになるでしょう。そこに、刑部高官の三つ子の息子たちの女性問題が絡んできます。さらには、玉葉后の父・玉袁や、現在父に代わり西都を統括する兄・玉鶯、そして、玉鶯の養女(異民族の娘)等々。この玉葉后周辺の動きが、今後のお話の核になっていきそうです。さて、壬氏は羅漢との対戦で、勝利まであと一歩のところまで迫りましたが、例の三つ子問題に関わる突然のハプニングで、対戦は中断してしまいます。そして、日を改めての継続戦では、羅漢に優勢を一気にひっくり返され、敗戦。羅漢は「何が目的か知らないが、手段は面白かった」と言い残し、去って行きました。その後、壬氏は、主上、玉葉后、猫猫の前で、帝の臣下となることを願い出ます。そして、思いもよらぬような行動を断行します。その上で、「よほどの信用できる女でなければ、妻にできなくなった」の一言。それにしても、何と強引な……
2019.03.10
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私たちが知らない間に、日本が売られている。 かつては出来なかったことが、いつの間にか出来るようになっている。 政府がこっそり法を変え、マスコミもそれを国民に知らせようとはしなかった。 国民が知らぬ間に、気づかぬ間に、事は進んでいた。 日本の水が、農地が、森が、海が、 そして、仕事が、学校が、医療が、老後が、個人情報が、 次々に、海外の巨大資本へと売られている。 私たちのものだったはずのものが、知らぬ間に他人のものになっていた。しかし、これは日本だけに限られたことではなかった。イタリアでも、マレーシアでも、ロシアでも、フランスでも、スイスでも、そしてアメリカでも、企業利益最優先の巨大資本によって、国民の貴重な資産や未来が、同じように買い占められていた。その惨状は、これらの国々での先行事例を見れば一目瞭然。苦境にもがき苦しみ、かつての姿を取り戻そうとする国々がある中、なぜ日本は、敢えてその苦境に向かって突き進もうとしているのか?本著は、その問題提起の書である。読み始めて、あまりの深刻さに胸が苦しくなった。読み進めることが辛くなった。しかし、第3章「売られたものは取り返せ」とあとがき「売らせない日本」には、希望を見出すことが出来た。 「公共サービスを民間に売り渡すことは、結局高くついただけじゃなかった。 一番の損失は、私たち一人ひとりが 自分の頭でどういう社会にしたいのかを考えて、 そのプロセスに参加するチャンスを失うことの方でした」(p.281)これは、スペインのテレッサ市の市民議会に加わったという女性の言葉。女性は、著者のインタビューに答えこう続けた。 「国民はいつの間にか、何もかもという物差しでしか判断しなくなっていた。 だから与えられるサービスに文句だけ言う<消費者>になり下がって、 自分たちの住む社会に責任を持って関わるべき<市民>であることを 忘れてしまったのです」(p.282)日本に住む私達にとって、とても耳に痛い言葉。そして、私たちがあるべき姿を教えてくれる言葉でもある。
2019.03.10
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著者は千代田区立麹町中学校長・工藤勇一さん。 山形県で生まれ育ち、東京理科大を卒業後、山形で公立中教員となり、 その後、東京都の公立中教員、教委指導課長等を経て、2014年校長に。 いわゆる民間人校長ではなく、教育困難校での指導経験も持つ方。 麹町中は、多くの日本の学校から見れば、少し「特殊」な学校です。 皇居に近く、学区内には国会議事堂や最高裁判所、首相官邸、 衆議院、参議院の議員会館などもあります。 今でこそ、地元の生徒が通う学校ですが、かつては、学区外の全都から 越境入学した生徒が半数以上を占めていて、 「番町小→麹町中→日比谷高→東京大学」といった 名門校の一つに数えられたこともありました。(p.2)卒業生は錚々たるメンバーで、ホールを始め、その施設・設備は相当なもの。外部指導員の支援を得る予算も十分にあると言います。 でも、だからといって、麹町中で取り組んでいることのすべてが、 この場所、この施設・設備がなければできないということではありません。(p.3)確かに、すべてができないということはないです。しかし、その場所、その施設・設備があるからこそ、できていることもあるでしょう。その辺りのことは、読む方が、それぞれの学校や地域の実態を把握したうえで、しっかりと考え、本著で述べられている知見を活かしていく必要があると感じました。 *** 本校の場合、1・2年生には各6人の教員が配属されており、 その全員が、4つあるクラスの担任という立場で、クラス運営に携わっています。 (中略) また、三者面談は、保護者と生徒が教員が指名する形で行っています。(p.38)教員が組織として指導に当たるということを、具現化した取り組み。しかし、三者面談で指名される数の偏りは、どうしているのでしょうか? 麹町中では、服装・頭髪の指導は一切行いません。 そもそも、頭髪や服装が問題だという概念そのものが なくなってしまったからです。(p.52)私自身も、これが理想形だと考えています。しかし、それを実現するためにクリアすべきことは、あまりにも多い。 ある日、女の子が家で食事をしているときに、 母親が「どうしたの?食欲ない?具合悪そうだけど」と聞いてきます。 その女の子は、そんなふうに感じていなかったので驚くのですが、 その言葉を受けて「ひょっとしたら、いつもより少し食欲がないかも」と返します。 すると、母親は、「何かあった?友達に何か言われた?」と、さらに追及してくる。 そのうち、女の子は「そういえばAちゃんに〇〇と言われた。 先生にも〇〇と言われた」、と嫌なことを次々と思い出し、 本当に気持ちが悪くなって、トイレに駆け込んでしまうという話です。(中略) つまり、大人が取るに足らない問題を取り上げ、言葉にしてしまうことで、 問題となってしまうことがあるのです。(p.89)これは、「『問題』は作られる」というテーマの部分で紹介されているエピソード。本人が気が付いていないことに気付かせてあげることは大事なことですが、度が過ぎると、こういうことも起こりうるという例です。でも、こういうケースは、結構頻繁にあるのではないでしょうか。 これから教育実践を貫くテーマは、 リアリティのある「社会とシームレスなカリキュラム」です。(p.103)これには激しく同意。人が興味・関心を示すのは、自分自身やその回りの現実に直接関わりのある事柄。自分のいる場所とは離れた場所で起こっている他人事になんて、誰も時間を費やして、注意を向けたりはしないのです。 しかし、現状の学校と保護者の関係を見ると、保護者が「消費者」、 学校が「サービス事業者」と化しているような状況が見受けられます。 保護者のクレームを真に受けて対応した結果、 子どもが自立する機会が失われてしまったこともあるはずです。(中略) 私は保護者の方々に当事者意識を持ってもらい、同じ目的を共有し、 合意形成を図っていくことが必要だと考えています。(p.152)著者は、その方策として「学校運営協議会」を挙げています。確かに、この組織と運営がうまく機能すれば、とてもいい。それでも、そこに深く関わって一緒に動く人たちと、そうでない人たちができてしまう。その乖離を最小限に抑えることが、とても重要になって来るのでしょう。
2019.03.03
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