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今朝は雨・・・。一時と比べれば気温は高いので辛くは無いが、それでも初春の雨は冷たい。2月も今日で終わり明日からは3月・・・ようやく春の訪れだ。それにしても時間の過ぎるのが早い・・・早すぎる。ついこの間・・・正月だったのに・・・もう3月だ。その間にクルマをつぶしたり大雪が降ったりと色々なことがあったが、それでもアッと言う間に過ぎ去ってしまったような気がするな~。このところ急激に気温が上がって暖かになったのだが、今年はまだ「ふきのとう」が出ない。昨日もある農園さんで「まだ出ないね」と話していたら、「雪が無いからだめなんだ。 雪が積もっていると地面が暖かになって雪の下にピョコンと出るのだが、 雪が溶けてしまって天気がいいと地面が冷たいからな」との事だった。なるほど・・・いつもは溶けた雪を取り除くとちょこんと顔を出している。雪は冷たいんじゃあなくて暖かいんだ・・・と表現のし方に納得。ところで、獣害が相変わらずひどいそうだ。ローカルテレビのニュースで頻繁に放送されている。イノシシとシカが相当増えているらしい。これから暖かくなると農家のおじさんおばさんが農作業を始める。せっかく芽を出した作物が食べられてしまうのは確かに気の毒だよね。オレの廻りでは「罠」を使ってイノシシやシカを捕まえている。昨日も近所のTさんと話していたら、昨年一年間で10頭以上のイノシシやシカが罠にかかったとか?。だいたい比率は半分半分だったそうだ。彼等の天敵が何なのかは知らないが、生態系が崩れているので自然淘汰が行われず、今の環境に対応できた「種」が生き延びて増え続けてしまう。もっとも・・・それに一番成功したのは人間という哺乳類で、今では世界中に60億を超える固体が生存しているし、平均寿命も他の動物と比較して長いので、これからますます増殖して行く事は間違いない。イナゴの大群の大移動やネズミの集団入水自殺など、過去にあった不可思議な出来事は、増えすぎた単種の自然発生的な調整ではなかったかとオレは考えている。そういった考え方で行けば、人間の数を調整するための何かが起こっても不思議ではない。それが「戦争」であったりHIVなどの「新種の伝染病」であったり・・・、鳥インフルエンザや口蹄疫などもその類では無いかと考えているのだが?。ところで、ローカルテレビと言えばこんなことがあった。つい先日、飯田市内のとある喫茶店でコーヒーを飲んだ。いつも投稿いただける「neneさん」と待ち合わせをしていたのだが、その日は席待ちがでるほど込んでいた。何組かが待合で席の空くのを待っているような状態だったのだが、その中の数人のグループは順番が来ても席へ移動せずにズッと待っている。すでに空き席が目立ちだしたのにまだ待っているので、オレは「あいつ等・・・なんなんだ?」とちょっと首をかしげた。暫くするとそのうちの若いおにいちゃんが俺たちの席へ来て、「これからテレビの取材をするので写ってもよろしいですか?」と聞きに来た。「喫茶店の取材?・・・なんで・・・こんなのニュースになるの?」オレには不思議だった・・・。この喫茶店、「コメダ珈琲店」と言うフランチャイズ店で本店は愛知県。「コメダ珈琲店」は愛知県内ならどこにでもある。待ち合わせなら「どこそこのコメダ」と言うのが定番になっているほどの店。味噌カツ・味噌煮込みうどんと並んで「喫茶店のモーニングサービス」、愛知県と言えば喫茶店のモーニングサービスが充実していることで有名だ。しかし、ここ飯田地区にはモーニングサービスと言うものが無い。さてそのモーニングサービスとは・・・。朝の一定時間内にコーヒー等の飲物を注文するとおまけがついてくるサービスで、このサービスが店によってはとてつもなく豪華なのだ。ベーコンエッグにサラダにトーストなんてのはまだ普通で、中にはおにぎりに味噌汁なんてのもあるし、もっと豪華にブッフェスタイルの店もある。勿論・・・追加料金は無い・・・飲物の価格だけなのである。そんなモーニングサービスを当てにして、外回りのサラリーマンや保険屋のおばちゃんなどは、家で朝食を取らずに喫茶店で済ますのがもう当たり前・・・と言う世界。そんなモーニングサービス文化がここ飯田市にやってきた。それが「コメダ珈琲店」なのである。「コメダ珈琲店」のモーニングサービスは11時までらしい。我々が入ったのが11時少し前なのだが、店が込んでいたのはこの「11時」が原因らしいと後で解った。その証拠に11時を過ぎて入店する客はほとんどいない。みんな・・・モーニングサービスを目当てに来ていたという事だ。そんな新文化が南信州に登場したのでテレビ局が取材に来たのだろう。奥方殿が「愛知県ではこんなの当たり前よ。 私達は愛知県から来たので珍しくも無いわ」。などと言うもんだからアナウンサーとカメラマンがこちらへやってきた。ADだと思っていた若いおにいちゃんはディレクターだったようで、取材対象をオレ達に絞って攻勢をかけてきたのだ。実際は「コメダ珈琲店」のモーニングは大したことは無い。が・・・ここ飯田地区では初めてなのである。コーヒーの値段でゆで卵と厚焼きトーストがおまけでついてくるのは魅力なのだろう。オレはこのモーニングサービスを大げさにコメントした。「私達が期待していることを全てお話いただいて助かりました」。アタリメーヨ・・・あんた達の取材の方向性はお見通しだーな。という事で簡単に取材は終わった。コーヒー代金がサービスになるかと期待したが・・・ダメだった。ちぇ・・・ケチ!。ちなみに・・・オンエアは3月5日(土)18時からの番組内だそうだ。チャンネルは確かフジテレビ系列だと言っていたから8チャンネル。しかし、ローカルなので長野県内しか放送されない。長野県の方・・・覚えていたらちょいと見てチョーダイね。もっとも・・・しっかり編集されてオレが写るのは数秒程度だと思うけど・・・。
2011年02月28日
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暫く間が開いてしまった。特に忙しかったわけでも無いのだが、なんとなく書けなかった・・・という事。積もっていた雪も概ね溶けて、山里は今、冬の終わりと春の始まりのちょうど境目。日によって暖かかったり寒かったり、そして一日のうちでも春だったり冬に戻ったりと、山里の初春の気候は変化が激しい。ちなみに今朝の気温は-3度・・・氷がはっていた。屋外においてあるクルマは霜で真っ白で、暖気運転をしてフロントガラスの霜を溶かさないと動けない有様。が、太陽が顔を出す位置は随分北に移動して、その時間も早くなった。少しずつ少しずつ昼間の時間も延びてきて、そう・・・もう一月もすれば春分の日になる。先週の土曜日(19日)は「雨水」だった。「雪も溶け出し水も温む」と言う意味だそうだが、なんとその通りでこの日あたりから白一面の世界が土色に変わった。いつもなら雪の間からちょこんと顔を出しているはずの「ふきのとう」は、今年はまだのようで、春を味わうにはもう少し時間が必要かもしれない。日差しを求めて我が家の犬達が、まるでプレーリードッグのような格好をして並んで座っている姿がおかしい。柴犬の毛が抜け始めたのでこんなことからも春が近いことが解る。ところで、我が家の息子殿のアルバイト先が無い。そこで昨日、職安にアルバイト探しに行ったのだが、求人が少ないのには驚いた。目立つのは、 介護職員 パチンコ屋のホール係り 歩合給与の営業職程度だ。製造業の求人票はめったに無い。対人関係が苦手な息子殿は接客業が出来ない(本人がそう言っている)ので、「コンビニの店員」がだめなのだ。という事で、何度職安通いをしてもアルバイトは見つからない。オレにはそんなことはお見通しなのだが、せっかく息子殿がその気になっているのに、「お前に向くような仕事は無い」などと冷たくあしらう訳には行かない。ここはゼスチャーでも協力体制を見せなければ・・・、せっかく働こうという意欲だけはあるのだから。そして、まだ大学が決まらない。学校推薦の大学は本人が断ってしまったので、入試を受けるか?、または、通信制にするか?という選択肢しか残されていないのだが、息子殿の学力で入試を受けて合格するような大学は、入試なんか無くても金さえ払えば入学できるところ。という事で、とりあえずは自己管理の訓練も含めて通信制に傾いているのだが、いくつか資料を取り寄せても本人が決められない。理由は「自分では将来の方向性が決められない」という事らしい。面接などでは、「将来の夢は?」と必ず聞かれるらしいのだが、「夢が無いのだから応えようがありません」と応えてしまいそうで面接は絶対にだめだね・・・と言っている。そう・・・我が家の息子殿を含めて「将来に夢を抱かない」若者が多いそうだ。勿論・・・我々の年齢になると・・・もう現実が見え過ぎてしまい、夢どころか先行きの不安しか見えない。今の日本はそんな社会になってしまっている。攻めよりも守りが優先する・・・そんな風潮が渦巻いている。将来に不安を抱えている年代が多くなってしまったので、消費も喚起できないし投資も行われない。人をだましてカネを巻き上げるという、元出のかからない詐欺師ばかりが新商品を開発して、あの手この手で老人を騙して回る。そして、わざわざ犯罪を犯して刑務所に入りたい輩もいるとか?。娑婆では食えないがムショでは食えると言う訳だ。困ったもんだ・・・う~ん・・・息子殿の将来が不安である。親はもうそんなに永くは生きられないし、齢を重ねるごとに稼げる額も減ってくる。それなのに自分で稼げないとなると一体息子殿はどうやって食べていくのだろう。毎晩深夜まで、あるいは明け方までパソコンに向かいっぱなし。高性能パソコンの画面にはオンラインゲームのキャラクターが動き回り、耳にあてたヘッドセットとマイクでスカイプを通じて仲間と笑いあう。真夜中のど田舎の一軒家・・・一室だけに煌々と明かりが灯り、そこから聞こえる大きな笑い声は・・・もう・・・異様である。と言って、話をすればちゃんとそれなりの話が出来るし、飯を食いに行こうといえばついて来る。完全な引きこもりという訳でもない。う~ん、こんな事を考えていると親が引きこもりになってしまうので、まあ・・・ケセラセラで・・・気楽に行こうと・・・居直ろう。隣の婆さんはまだクルマのUターン場所を閉鎖したままだし、内憂外患・・・なかなか田舎暮らしも辛いのである。
2011年02月22日
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「春告鳥」・・・ウグイスのことである。では「春告魚」とは?・・・「ニシン」のことだそうだ。ニシンは3月から5月にかけて産卵のために北海道の西海岸に近づく。「ニシン来たかとかもめに問えば~」のあれである。それでは「春告草」?・・・そう・・・これは梅。それぞれが皆、春の季語でもある。ところで、今冬はメチャクチャ寒かったのだが雪が降らず、このまま雪無しで春が来てしまうのかと思っていたら、まるでその帳尻を合わせるかのようにドッカーンと降った。連休中にも大雪が降ったが昨日の雪は1日でそれを上回るような大変な雪だった。深夜には降り止んだが、半端な積雪ではなかった。朝起きてみると、我が家も雪に埋もれていた。庭先はこんな風。そして白い町と化した飯田市内を眺めれば・・・。娘を毎朝天竜峡の駅まで送っていかなければならないのだが、我が家の周囲を取り巻く狭い市道は勿論、メイン道路の県道も雪だらけ。いつもより少し早目に家を出たのだが、クルマの流れが遅くて電車の時間に間に合わなかった。もっとも途中でそれに気が付いたので、二駅ほど先の駅へと向かったのだが、それでも時間には遅れてしまった。幸いなことに電車も遅れていてホームには多くの人影があったのでやれやれ。話は変わるが雪の朝はとても静かである。積もった雪が音を吸い込んでしまうので遠くの物音はほとんど聞こえない。聞こえるのは・・・野鳥のさえずりだけなのだ。「チッチッチチッ」と我が家の周りに集まってくる。いつの間にか野鳥の種類も数も増えたような気がする。オレは野鳥には詳しくないが、随分きれいな毛色の鳥も少なくない。「ねえ・・・ここに鳥の巣箱を置いたら?」と奥方殿。日ごろの言動に似合わずなかなか風流なことを言う。が、残念なことにまだウグイスの声は聞こえない。いつだったか、3月に雪が降ったときは、竹やぶの奥から「ホーホーケキョケキョ」と聞こえたのだが、今年はまだのようだ。それでも窓越しに美しい色彩の野鳥が戯れているのを見ると、冬の終わりが近いことを思う。春告鳥・・・一声で良いから鳴いておくれ。その声を聞くと・・・春が来る。
2011年02月15日
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立春の頃は暖かかった。これで・・・春が来る・・・と思った。が・・・毎年その直前には大雪が降るはず・・・?、だからその覚悟もあった。そして、予想通り今回の雪・・・しかし、2日も降り続いた。だいたいが1日で終わるのに今年はまるまる2日も降って、積雪も25センチほどだった。我が家は坂道の上にあるので雪が積もると登れない。雪かきが大変なのである。※この様子は → http://plaza.rakuten.co.jp/shinsyunet/diary/201102120000/あまり積もってしまうとそれこそ人力では処理できなくなってしまうので、最低でも1日に2度はかかないといけない。慣れない体にはこれがキ・ツ・イ。腰が痛い・・・腕が痛い・・・肩がはる。日曜日には晴れて日が差したので、道路の雪は概ね融けた・・・日陰を除いては。山里には一日中日が差さない場所と言うのがあって、そこに積もった雪は何日も融けない。その雪の上をクルマが行き来すると雪が踏み固められて凍る。ほとんど氷の塊と化してアイスバーンとなる。我が家から県道へ出る道が現在その状態なのだ。それでも下りは、停まるような速度でなんとか下りるのだが、上りは全くだめである。無理をすればクルマが横を向いてしまい、雪で隠れた側溝に落ちるか畑に突進という事にる。だからその道を避けて遠回りをして出入りしている。今日の飯田市の最高気温の予想が1度。この予想気温は飯田市内のもので、我が家のある場所はうんと標高が高いのでだいたい2度から3度は低い。よって・・・昼間でも氷点下と言うことになる。この気温では直接日が当たらないと氷は融けないので、この道路は今日も使えない。それどころか、午後からは再び雪の予報が出ている。今夜いっぱい降るのだそうだ。最初に雪かきをしたときは節々が痛かった。2度目はもっと痛かった。3度目はもう本当にイヤだった。4度目になると・・・痛みが消えて・・・汗が心地よくなった。マラソン選手が良く言う「ランニング・ハイ」の雪かき版か?。英語では「雪かき」のことを「Snowplough」と表現するらしいが、その伝で言えば「スノープルーフ・ハイ」とでも言うのだろうか?。いずれにせよ、何度も繰り返していると体が自然に使う筋肉を覚え、それほど体力を使わなくても出来るようになる。昨日は珍しく息子が手伝ってくれたが、5分でギブアップしてしまった。これなども力んで余分な筋肉を使ってしまうせいなのだろう。19歳の若者が60歳の老いぼれに負けるとは思えない。金曜日の昼間から降り始めた雪は土曜日の深夜まで降り続き、雪が積もった道路は両側に取り除かれた雪が壁を作って狭くなっている。そして、溶け出した雪は道路の低い方へと流れるので水浸し、そいつが夜の低温で凍り付いて凍結する。昼間くらい晴れて気温が上がってくれればいいのだが、今日は今もこれからも日が差すことはなさそうだ。奥方殿が騒いでいる。「もう冷蔵庫が空っぽだよ。 特に野菜がなんにもなくなった。 買い物に行きたいのに・・・また・・・雪?。 いい加減にしてよ、ほんとうに・・・だからこんな山奥はイヤなの」。毎晩、NHKの7時前の天気予報を欠かさない我が奥方殿は、こと天気のことになると非常に敏感なのである。そして・・・雪道を異様に怖がる。仕方が無いとは思うけど、この辺りのおばちゃんはそれでもグングン走るけどね!。そろそろ慣れろよ・・・イヤ、そんなことは言えない。オレは雪が嫌いではないが、雪が生むこの副産物には手を焼くのである。「いいよ、乗せてくから・・・どこへ行きたい?」。と今日もスーパーへ買出しのお供をするオレ。女の買い物に付き合うのは大変なんだよね。やはり・・・早く春は来てもらいたいものである。この愚痴を聞かなくても良くなるように・・・ネ。
2011年02月14日
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何か変だ・・・オレの周りでおかしなことが起こっている。昨日のこと、「今日・・・会議があったのですがいらっしゃいませんでしたよね。 1月の終わりにご連絡を差し上げた件でございますが」。とある人から電話があった。メールを確認したが、らしい物は残っていない。電話も受けた記憶が無いし・・・オレには全く記憶が無い。実は暫く前にも同じようなことがあった。これは仕事ではなく半ば遊びの約束なのだが、「どうしたの?、待ってたんだけど!」と言われて驚いた・・・これもオレには記憶が無い。一度だけなら「ついうっかり」という事もあるのだが、二度も重なると今度は自分自身を疑わざるを得ない。ひょっとしたら「認知症?」・・・オレは背筋が凍った。そして・・・じっくりと考えてみた。「アノー・・・約束したのっていつだっけ?」と問い合わせてみたら1月の終わり頃だという。あ・・・なるほど・・・!。実は・・・Blogには書かなかったが、1月の終わりに熱を出してちょっとやばかった時があった。医師の診断は「インフルエンザの疑い濃厚」という事だった。検査結果は当日には出ないので、「まあ、インフルエンザという前提で・・・!」と薬をもらってきたのだが、2日ほどは確かにかなり熱が高かった。ところが3日目にはすっと熱も引いて嘘のように楽になったので、何事も無かったように元の生活に戻った。本当にインフルエンザだったのだろうか?。今思えば単なる風邪か、あるいは日ごろの無理がたたった過労か?のどちらではなかったか?。前日には雪道を遠出して出張にも行っていた。つまり「インフルエンザの疑いがあった」が、実は普通の風邪か過労かという事だったのだろう。ところがこの高熱の2日間、何もすることが無いので、一人部屋にこもってブログを書いたりしていた。勿論仕事は忘れてはいない。クライアントのメールのチェックもちゃんとやっていた。・・・・つもり・・・だった。この2日間は普段使っているデスクトップではなく、別の部屋でノートパソコンでメールをチェックしていたのだが。まあ、一方はたいした会議でもなかったし、もう一方も遊びだったのでで良かったようなものだが、まだ他にも気が付いていないことがあるのかもしれない。今思えば・・・この2日間の出来事は断片的にしか記憶していない。悪いことに、熱が下がった後でがらにも無くデスクの上を掃除して、日ごろの臨時的なメモなどのごたごたを全部捨ててしまった。しかし、どうやら認知症ではなさそうなのでほっと安堵なのだが、仕事が絡んだ約束をしていなかったかと不安が残る。結果、熱を出してボーっとしていた間の出来事が、履歴として全く残っていないのだ。そんなことはありえないと思うが、もしもこのBlogを読んでいるあなたが、1月の終わりにオレに何か連絡をしていたら、是非、再度連絡をお願いしたい。記憶力には少々自信を持っていたオレ・・・、今までメモを取ることは全くしてこなかった。ボチボチ・・・ドキュメントで残さないと・・・やばそうだな。でもホント・・・認知症だったとしたら・・・ウウウウ・・・ヤバ?。本当に大丈夫・・・かよ?。外は相変わらずの雪・・・。昨日からもう4度も雪かきをしたのに、これでは終わりが見え無い。天気予報では午後は「雨」のはずだったのに。
2011年02月12日
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朝の風と夕方になった今の風とはまるで違う。とても同じ日に吹いている風とは思えない。雨上がりながら日差しはまぶしくカラリと晴れ上がった今朝、北から吹いてきたのだがその風は暖かかった。しかし、日が傾いて薄暗くなったこの時間に吹く風は冷たい。10日ほど前まで吹いたあの真冬の冷たい北風と同じなのだ。今夜から再び寒くなるらしい。昨夜は雪の予報だったが実際には雨が降った。明日と明後日には再び雪マークがついているが、今の気温の下がり方だと本当に雪になるかもしれない。今年の冬は雪が少なかった。イヤ・・・これから降るのかもしれないが、今まではほとんど積もるような降り方ではなかったのだ。こんな冬は・・・3月のはじめ頃が危ない。最も、関東地方では今朝から昼にかけて雪だったようなので、この雪が3月はじめのに降るはずの雪だったのかも?。だったら・・・助かるのだが・・・とにかく雪はいやだ。なぜかって?まず、完全に融け切ってしまわないと凍結する。こいつがクルマには一番危険だ。そして、犬を散歩するときにもすべるので怖い。二つ目は、融けかけるとあたり一面がビチョビチョになる。シャーベット状態なのでクルマはすぐに泥だらけ。フロントガラスが泥で汚れると、朝日に向かって走るときに何も見えなくなってしまう。これがいやだ。三つ目は、屋根に積もっている奴が融けて落ちてきて危険。その上、片付けても片付けても同じところに落ちてくる。屋根から雪がなくなってしまわない限り落ちてくる。腹が立つのだ。そして、四つ目だが・・・これが一番やっかい。奥方殿が「危ない」だの「冷たい」だのと騒ぎたて、挙句の果てには「こんなとこイヤだ~」と駄々をこねる。子供は雪を喜ぶはずなのだが、大人の姿をした子供は雪がお嫌いのようだ。と言うことで、一面の銀世界はきれいなのだが、その後がいけない。早く雪が降らない季節になってくれることを願っている。雲がどんどん厚くなり出した。気温も下がってきた。やはり・・・一足飛びに春とはいかないようだ。ストーブ用の薪をたくさん準備しなければ!。今夜は寒そうだ。
2011年02月09日
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俳句では「初午(はつうま)」は春の季語だそうだ。今日がその「初午」、二月の最初の「午の日」を言う。一般的には稲荷社の縁日として知られている(?)が、本来は五穀豊穣を願うための行事であった。この「初午」にしてもそうだが、本来は旧暦の2月の最初の午の日が正解だ。今年で言えば3月上旬・・・もう暖かくなっている筈。節分にしても立春にしても新暦の日付ではどうにもしっくりとこない。「今日から春ですよ~」と2月のはじめに言われても、実は吹雪の真っ最中だったりしそうな頃なのだ。しかし、今年はこの節分と立春が文字通りぴったり一致した。急に暖かくなったのだ・・・偶然とはいえこんな年もある。新暦とか旧暦とかではなく、必ず時期が合うのが春分と秋分。1年のうちこの2日は昼と夜の長さが同じとなり、この日を境に徐々に昼が長くなったり夜が長くなったりする。それにつれて季節も変わっていくので春分と秋分は全く違和感が無い。原因は地球の地軸の傾きと公転の関係なのだが、大昔にはそんなことは判らないので四季の区切りも自然の力と敬った。太平洋の北西の隅っこで、アジア大陸にへばりつくような形で弓なりに列島を形成する日本には、この緯度・経度と海流・偏西風などの複雑な要素が絡み合って、極寒から猛暑まで、亜寒帯から亜熱帯の気候までと季節が移ろう。当地で春を見つけようと思えば一番に思いつくのが「ふきのとう」。今年は雪が全く積もらないのでなんとなく雰囲気が出ないが、例年、雪解けの隙間からちょこんと顔を出す「ふきのとう」を見つけると、その日がいくら寒くても「もうじき春だ」となんとなく心が明るくなる。我が家の裏山にも毎年「ふきのとう」が顔を出すのだが、去年の秋に隣のジイサンが刈ってくれた草が山積になっているので、「ふきのとう」が顔を出してもわからない・・・かも知れない。と言うことで、ここ2~3日の温かな夕方を選んでこの枯れ草を全部片付けた。文字で書けばたったこれだけのことなのだが、傾斜がきつい上に「草」というよりほとんど「木」状態の太い奴もある。その上、長い間ほおってあったので腐敗しかけて臭い。重いし臭いし・・・こいつをよっこらよっこらと狭い通路を担いで畑まで出し、火をつけて燃してしまうのだ。しばらく雨が降っていないので枯れ草はカラカラに乾燥していて、葉っぱにライターの火をちょっと近づけるだけで一気に燃え上がる。その火勢たるやすざましくボアアーと天高く燃え上がる。実は、裏山で燃しても良いのだが、この強い火勢で家に燃え移るかもしれないし、斜面一面に枯れ草が置かれているので一度に燃え上がると山火事になる。周囲に燃える物が無いところで燃さないと危ないのだ。と言うことでセッセセッセと運んだのだが、あまりの量で3日もかかってしまった。で・・・その2日後・・・コ・シ・イ・テ・エ・ェ・ェ・・・!。妙に肩が張るし腰がギクギク言うし腕も痛い。日頃使っていない筋肉をフル動員して年甲斐も無く頑張ったのがまずかった。と言うことで昨日から体中のアチコチが痛いのだ~。ところでこの刈れ草だがこいつを燃やす時は本当に注意がいる。その火の勢いは想像を絶するほど。本格的な「カツオのたたき」を作るときに藁の火で焼くというが、実は藁を燃す時の火勢と枯れ草を燃すときの火勢は同じなのだ。少し離れて見ていたが髪の毛が「ジジッ」と燃えた。で・・・オレは・・・片付け終わった裏山に、いつ「ふきのとう」が顔を出すかと楽しみにしている。が・・・これだけ暖かくなっても・・・まだ出てこない。てんぷらや酢味噌和えで食べると・・・うまいんだぜ!。はぁるよ来い・・・はぁやく来い!。
2011年02月08日
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愛知県でダブル選挙+住民投票が行われた。大方の予想通りの結果にはなったのだが、新知事には元自民党国会議員の大村氏、新市長には前市長で元民主党国会議員の河村氏が当選。そして、住民投票は市議会解散・・・。元自民党と元民主党の国会議員がタッグを組んで政策を実行するのも(?)だが、中京都構想というのは斬新で庶民受けしそうだな。そして、大阪府の橋下知事も同じような構想を発表している。政治も経済も文化も東京一極集中状態で、首都圏の横浜やさいたまなどは人口の増加が目覚しいのだが、大阪や名古屋などの中核都市が少ずつ地盤沈下しそうな、そんなタイミングを見計らっての大阪都・中京都構想・・・。県・府と市が合体すると言うこの考え方がとても新しい。それに「道州制」が加われば日本が大きく変わるかもしれない。ところで、依然読んだ小説に半村良氏の「人間狩り」と言うのがある。東京に海外の移民が大量に流れ込み衛生面や経済面に不安が生じ、一部の裕福な日本人は東京を捨てて、東北5県に「ファンデーション」という自治共和国のようなものを作る。同じ日本の中でも半独立国家として立地していくのである。しかし、東京にとどまった日本人は、ファンデーションと対立しながら人間らしい日本を取り戻していく。と言う粗筋なのだが、この小説は平成4年に発表されている。なんとなく、大阪都・中京都構想や道州制に通じるものがある。今から20年も前にこんなことを考えている人が居たことに驚くとともに、小説家の想像力は案外政治家や経営者の参考になるのかもしれないと認識した。この小説の結論は、ファンデーションから東京へ送り込まれた工作員が、必死に東京で生きている人々の姿に感銘し、ファンデーションを裏切って東京再生に努力すると言うものだが、ファンデーションが「金持ちの物」と言う設定なのでこういった結論になっている。もしもファンデーションが、例えば「強力なウイルスに犯されて隔離された地域」などと言う前提であれば、物語はまた違った展開をみせるであろう。話は横道にそれてしまったが、いずれにせよ、都市の住民の考え方は柔軟である。それには色々と要素はあろうが、まずは「地域住民の結びつきの薄さ」があげられる。この結果、独自性が強くなり、隣や近所の考え方に左右されず、自身で情報を得て独自で判断するということになるのだ。田舎ではこうはいかない。表向きはみんな横並びを好んでいるように見えるので、自分の意見を表に出さずに大勢に流されるのを良しとする。実際には反対と思っていても自分だけ反対することは出来ない。無記名の議員・首長選挙などではさすがにこういった事は無いが、顔をあわせる寄り合いで何かを決定する場合はほとんど反対意見は出ない。仮に出ても大筋に反対ではなく、その手法や利益誘導の方向性で異論が出る程度。そして、初めに結論ありきで、その寄り合いの長が持ち込んだ結論に沿って決まっていく。一見、穏やかで無風状態に見えるが、実際にはそうではない場合が多い。一人一人と話をしていると、その考え方は全く違うのだ。が、そういった意見は表には出ないので、実際の真意の集約はつかみ所が無いそんな「風の吹かない」寄り合いで大声で反対を唱える奴が出てきた。それが・・・オレ。よそ者の上に穏やかな会議を引っ掻き回すもんだから、もう・・・彼らにとって見れば鬱陶しいことこの上も無いのだろう。勿論、個別に話をしてば納得してくれた奴も、大見得切ってオレに賛同するようなことはしない。しかし・・・オレは知っている。本当はオレの言うように変化して欲しいと思っている奴が何人か居ることを。取りあえずは憎まれ物になっているが、きっと理解者も増えてきてこの村は良い方向に変わって行くはず。それでなきゃあ・・・このまま齢を重ねたらここには住めない!。と言うことで・・・今年度はちょっと頑張ってみよう。
2011年02月07日
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うららかな春の日差しが暖かい・・・と勘違いしそうなこの陽気、このまま一気に春になってしまう事を願うのだが、どっこい・・・そうは問屋が卸さない。まだまだ何度も寒い日がやってくるに違いない。「三寒四温」とは良く言ったもので、毎年の事ながら温かな日と寒い日が交互にやってきて、少しずつ少しずつ季節は移ろう。今年の冬は特別に寒かったような気がする。北陸・東北など日本海側の大雪も異常だが、太平洋側の各地も気温はかなり低かったのではないだろうか?。そのせいか、この時期になって薪の注文が多い。予想外に薪を使ってしまい皆さんあわてているようだ。これを書いている今も岐阜の初めての人から電話があった。ホームページからの問い合わせや注文は通常Eメールでくるのだが、直接電話で問い合わせがあるということは切羽詰っていると言うこと。「在庫はあります」と返事をすると明朝にでも引き取りに来ると言う。勿論、我が家の薪の在庫もやばい。完全に無くなってしまったわけではないが、あまり寒い日が続くと今の在庫状況では心もとない。ところで、薪に最適な樹種は「楢(ナラ)」、どんぐりの木の仲間と思ってもらえば判るかな?。そして、当地では「楢(ナラ)」のことを「マキ」と呼ぶ。そのくらい薪に適している樹種と言うことなのだろう。火持ちが良いのでとろとろと長時間燃え続ける。松などは一気に燃え尽きてしまい燃焼温度が高すぎるのでストーブには向かない。ところが、「楢」の薪はすべて販売にまわしてしまうので、オレはこの「楢」を使えない。と言うことで、我が家の薪は果樹園さんからもらってきたりんご・梨や柿の木。これとて、本来なら自分たちで切りに行かなければならないところを、親しい果樹園さんが切っておいてくれるのでとても助かる。何度も書いたが、薪ストーブを使っているくせにオレはチェーンソーを持っていない。チェーンソーと言っても都市住民には何のことかわからないかもしれないが、こいつが無ければ山の立ち木を切り倒すことができないのだ。しかし、木を切っておいてくれてもそのまますぐには使えない。まずは「玉切り」と言ってストーブに入る長さに揃えて切る。それが済むと今度は割って乾きやすくしなければいけない。以前はこの「薪割り」が大変だった。斧で一本一本割るのだが、もう・・・めちゃくちゃな体力が必要。しかし、昨年仲間内で「エンジン薪割り機」を購入したので、この「薪割り」からは開放された・・・やれやれである。が、十分に乾燥されていない薪は全く燃えない。今頃に伐採して割りを済ませたものがようやく次の冬に使えるようになる。当地には赤松・唐松などの松の木はいくらでもある。しかし、「楢」の木で「無料で切っても良い」と言う木はそうは無い。金を払えば切ることはできるのだが、材料に費用を使っていては薪販売の事業は成り立たない。立ち木から薪にするまでの加工賃、つまり人件費が原価の100%なのである。木は想像以上に重い・・・「楢」の木は特に重い。高さが20mも25mもある木は倒しても運び出せない。結局は運び出しやすい道路近くの山の木しか切り倒せない。直径が40センチもある「楢」の木は、45センチ程度の長さに玉切りしても一人では持てないかも知れない。薪作りは 伐採→運び出し→玉切り→割り→乾燥と言う工程を経なければならない。乾燥だけは放っておけば良いのだが風通しが良く日当たりの良い広い場所が必要。加えて乾燥以外の工程は体力が必要だし危険も伴う。薪という奴はこれでなかなか手がかかるのである。だから燃料としての薪は灯油などと比べても価格は圧倒的に高い。そんな高額な薪を惜しげもなく燃して暖をとろうとする人は、やはり金持ちなのである。オレん家も薪ストーブを燃している。その伝で言えば金持ちの仲間に入るのかもしれないが、実は金を払わずに体力を使っている。薪を買って暖をとろうとすれば1日に千円~2千円も必要になる。そんな金額はとても使えない。そういった意味では田舎の住民はみな豊かだ・・・風呂だって薪で沸かしている。東京や大阪などの都会の一戸建で「薪ストーブ」・・・、これが究極の贅沢かもしれない。
2011年02月05日
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昨日の昼ごろだったか、近所で火事があった。俺の家の目の前なのだがオレは家の中にいて全く気が付かなかった。消防車のサイレンがうなってはいたが、まさかこれほど近くとは?。てっきりどこかの土手が燃えている程度だと思い込んでいた。俺の住む飯田市にはあちらこちらにでっかいスピーカーが設置してあって、火事や行方不明者などが出ると広報がこのスピーカーで全市に知らせる。問題はこの「全市」と言う奴で、全く関係の無い地区の火事などの情報も流れてくる。24時間365日のことなので、深夜や早朝などはうるさいことこの上も無い。昨日のこの時間にもスピーカーから大音量が流れていた。が・・・室内にいるとテレビも付いているので、「何か言っているな」と音は聞こえるが何を言っているかまではわからない。またどこかのジイサンが徘徊して行方不明になったのだろう・・・程度に思っていた。そして、この広報はご丁寧にその結果までも大音量で流してくれるので、オレには「どうでも良いこと」なのにうるさくてしょうがないのだ。携帯の呼び出し音が鳴った。「火事ってどこだ、あんたん家じゃあないだろうな?」。お世話になっている当地唯一の日本旅館「不動温泉佐和屋」の社長からだった。「エッ・・・火事?・・・どこが?」。「なんだ・・・知らないのか?、広報で公園の隣と行っていたぞ。 てっきりあんたのとこかと思ったんだが?」。オレは携帯を耳に当てながら外に出てみた。ワンワンと消防車のサイレンがすぐ近くで鳴っている。が・・・煙は見えない・・・オッ・・・あれかな?。玄関の正面にうっすらと・・・焚き火のような煙がゆらり。「Kさんとこかも知れませんね。でも煙は大したことないけど」。「あの公園の入り口の家か?。もう消えたのかな?」。その後、何軒かのお客さんから携帯に同じような電話がかかって来た。みんな広報を聞いていてオレの家の近くで火事があったことを知っているのだ。目の前にいるオレだけが知らなかったのも変だが、あまりに多いこのスピーカーからのがなり声はもう聞きなれてしまって、「どうせヨソの事・・・オレには関係ないや」とほとんど聞いていないのだ。童話の「狼と少年」状態になってしまっている。この火元のKさんには大変お世話になった。オレをよそ者扱いせずに気楽に話をしてくれる数少ない地元人の一人だ。Kさんは隣村にある工場の管理職をしていて、当然この時間は会社へ行っている。奥さんも出かけていて娘さん一人だったそうだ。原因は定かではないが119番に連絡したのはこの娘さんらしい。「取りあえず様子を見に行ってくる」とオレは現場へ向かう。現場では防火服に身を包んだ消防署員がテキパキと消火作業をしていた。Kさんの家は道路から3mほど下の傾斜地にあるので、見物人は皆道路から見下ろすような状態で消火活動を見守っている。ヘルメットをかぶり消防団の法被を着た消防団員らしき姿もある。が、腕組みをして見物人同士で話をしているだけで消化作業をしようともしない。それに・・・妙に年をとっている。彼らは消防団員ではなかった・・・元消防団員なのである。現役の消防団員は・・・いない。そりゃそうだ・・・現役の若い団員は平日のこんな時間には家にいるわけが無い。みんな仕事に出ていて地元にはいないのが当然。幸いなことに火事は南側の一部屋を燃しただけで消し止められた。それでも、放水で家の中は多分水浸しになっている違いない。連絡を受けたKさんがしばらくして会社から駆けつけてきた。その時点では言葉のかけようも無いのでオレはそっと現場を離れたのだが、まだ法被組は腕組みをしたまま状況を見物していた。この火事で最初に駆けつけたのはやはり近所のTさん、煙を見て驚いて飛び込んできて、消火器で火を消そうと頑張ったそうだ。その後、オレは奥方殿の買い物のお付き合いで出かけたが、「ねえ・・・台所が燃えたんなら食べるものにすぐに困るよね」。「そうだな~」。「パンでも買ってってあげようよ・・・お茶も」。女ならではの気遣いである。奥方殿はオレが以前Kさんにお世話になったのを知っているのだ。焼きたてのパンをいくつか選んで届けた。「ねえ・・・消防団が火を消したの?」。「いや、消防団員はほとんど居なかった・・・消したのは消防署だよ」。「だよね~・・・素人が火事なんて消せないよね」。「いや・・・そうじゃ無いよ・・・119番通報は消防署に届く。 消防署ではすぐに出動するから最初に現場に着くのは消防署員さ。 消防団員はまだ火事が起きたのも知らないんじゃあないの?」。「そうか~・・・そうだよね・・・仕事に言行ってるもんね」。「工場のラインで働いていれば携帯も使えないしすぐには帰れない。 仮にすぐに職場から出ることができても現場に到着するには時間もかかる。 実際には消防団が火事の消火をするという事は不可能だよな」。全国的に消防団員が不足しているそうだ。団員になりたがる若者が居ないのが原因か?。もっとも、高齢化が進んで若者自体の数も減ってしまっている。農業や林業など第一次産業に従事しながら家で仕事をしている若者もほとんど居ない。職場と自宅が別の場所なので、消防団に入って訓練に励むと言う行動自体に無理が生じてきている。当地も全く同様で、消防団員適齢の若者は数えるほどしか居ないし、その数少ない若者たちが消防団への入団を嫌う。以前にもこの事は書いたが、今の若者に消防団の組織形態や活動は受け入れられそうに無いのだ。そういった現実を、法被を着て腕組みをしながら消火活動を眺めている、一昔前の元消防団員はどのように考えているのだろう。隣のバアサンが、「消防団の勧誘に行くと、本人より先に親が断るんだ」とブツブツ文句を言っていたが、このバアサンが若い頃とは時代背景があまりにも違いすぎるので、消防団を経験した親だってその辺のことは十分理解している。仕事を持つ息子に無理やり消防団に入れとは言えない。あまり煩く勧誘に行くもんだから、「うちが火事になっても消防団は来てくれなくても良いから」などと言われてしまう。今回の火事の出動状況を見ても、「なるほど・・・火事を消しにくるのは消防署だもんね~」と頷かざるを得ないのが実状。消防団・・・この際、名前を変えて「地域防災奉仕隊」なんてのはどうだろう。勿論、性別や年齢にこだわらず、登録すればだれでもOKだ。そして、ボランティアなので登録しなくても罰金などは科さない。今の消防団・・・入らないと罰金を取られるもんね。余計に・・・反発食らうよ・・・な!。
2011年02月04日
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今日は節分、冬と春の季節を分ける日。そして明日は立春・・・その何恥じぬ今日の暖かさ、日本の四季の移ろいはやはり旧暦でこそなのである。旧暦といえば今日が元旦で、年賀状に書く「新春」・「賀春」・「迎春」の言葉も、立春を直前にすればなんともぴったりと合うではないか?。そして、中華民族は「春節」としてお正月を祝う。今ではあたかも当然のように生活のリズムとなっている7曜日をはじめ、西暦年やクリスマスなどはすべてキリスト教を基にしていて、緯度的に見ても日本の四季にはうまくマッチングしない。日本人の生活リズムにはやはり旧暦が似合う。今日がお正月・・・になれば、明るく降り注ぐ日差しもなんとなく華やいで、心もウキウキして来そうな・・・そんな気がするな。日本でももう一度「旧正月」を復活させたらひょっとして景気も良くなるかも?。クリスマス→西暦の新年→旧暦のお正月と、大口の消費イベントの三連荘となる。改革開放で発展目覚しい北京や上海などの中国の大都市や、中華民族の多いシンガポール・香港などではこの三連荘がある。最も・・・我々庶民は大変だけどね~。多分気のせいだけではないと思うが、今朝の日差しは妙にまぶしい。朝の冷え込みは相変わらずでも、お昼前には天気予報どおり暖かくなりそうな気がする。いつも娘を送り出してから二度寝をむさぼる奥方殿も、「布団干すぞー」オーラを出しまくって起きだしてきて、春の日に輝く屋外で洗濯物を干している。でも・・・この時間・・・まだ冷たいんだよね。けさ7時半の外気は相変わらずのマイナス6度だったのだから。ところで、チュニジアの政変をきっかけにして、世界の、特にイスラム圏の長期独裁政権が危ない。アラブの盟主として君臨してきたエジプトがやばい。もしもこの騒動が湾岸諸国に飛び火すると、特にサウジアラビアやクゥエートあたりまで影響を受けるようなら、この地域に石油の90%以上を依存している日本経済はひとたまりも無い。いや、日本だけでなく世界中の経済が、湾岸の石油によって火達磨となってしまう可能性が高い。エジプトの政権がイスラム原理主義者たちに取って代わられると、ただでも「世界の火薬庫」と化しているパレスチナとイスラエル周辺が燃え上がる。それを最も危惧しているのがアメリカなのだが、この問題は一人アメリカだけではなく間違いなく世界に飛び火する。一昔前なら世界の経済を牛耳っていたのはユダヤ人。彼らは世界中に分散してそれぞれの国の経済の中心となっていた。そのユダヤ人の祖国イスラエルが周辺のアラブ国家から攻撃されると、世界中のユダヤ人は黙っていない。となれば、アメリカだけでなく、ロシアやキリスト教系のヨーロッパ国家もイスラエルの側につく。イランをはじめとしてイスラム国家がパレスチナを後押しするので、21世紀の宗教戦争が勃発することになる。ましてやヨーロッパの国々は昔の植民地政策の副産物として、国内にも多くのイスラム系移住者を抱えていいるので、あからさまにイスラムに攻撃を仕掛けると国内にも火種を抱えてしまう。内憂外患・・・、文字通り、世界を巻き込んでの戦争状態となってしまうかもしれない。しかし、最近の戦争は戦線の無い戦争、ほとんどがテロとの戦いである。いくら核を持っていても、いくら優秀な武器を持っていても、テロには全く通用しないから始末が悪い。そして、このテロは人が多く集まるところに仕掛けられるので、全く関係の無い一般市民が巻き添えを食うし、「自爆テロ」には打つ手は無い。「自分の命と引き換えに他人の命を奪う」のだから、「オレは死にたくない」と思っている豊かな市民には全く勝ち目は無いのだ。このあたりは太平洋戦争の特攻精神に似ているかも知れないが、あの頃はあくまでも対象が相手国の軍隊であった。しかし、昨今の自爆テロは相手が一般市民なのでまるで別物である。日本でも安心はできない。空港は勿論、駅やテーマパークなど、人が集中するところが最も危険だ。と言っても東京などの大都市とは限らず地方都市でも可能性はある。自分の体につけた爆弾を爆発させて人を殺傷するのだから、3人でも30人でも300人でも良いのである。宗教という奴は人が幸せに一生を過ごすためのものとオレは解釈しているが、その勢力を広めるために勝手な理論解釈を振りかざして戦争を始めてしまう。あたかも神が戦争を推奨しているように・・・。日本人は宗教心が薄いといわれているがオレもそう思う。オーム心理教のような狂信的集団は別にして、仏教も神道も道教も儒教も、みんな「良いとこ取り」をしてしまう優れた体質を持っている。つまり・・・あまり宗教にのめりこまない冷めた民族とも言える。それ故に「自爆テロ」などには理解しがたい部分もあるのだろうが、正常な日本人が宗教目的で自爆テロを起こすようなことはまず無い。今回のエジプトなどの政変がそこまで発展しないことを願うが、もしも世界テロ戦争にでもなれば日本にも危険が及ぶ。でも・・・こんな田舎ではテロは起きそうに無い。戦時中のように都市住民は「田舎へ疎開」するのが正解かもしれないな~。その意味では田舎は良いぜ!・・・蛇にかまれなければね。
2011年02月03日
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今日からあの寒さは去る筈だった。「ようやく布団が干せるね」と奥方殿は楽しみにしていた。が・・・今朝は・・・雲がかかってすっきり晴れとはいかない。気温も11時ころでまだ0度。「もう・・・天気予報・・・外れた」とがっくり。明日は今日よりも気温は上がりそうで、「明日にしたら?、手伝うから」と慰める。朝の最低気温がマイナス2~3度程度になってくれると、9時頃には5度くらいまで上昇するので本当に楽になるのだ。それにしても、新燃岳の噴火はすごいね。そのすぐ近くに住んでいる人たちは恐怖だろう。ところでこの「新燃岳」は「シンモエダケ」と読む。実はオレはこの「シンモエダケ」が山の名前とは知らなかった。オレが競馬を始めていくらも経たない頃に、この「シンモエダケ」と言う名前の牝馬がいた。当時オレは「シンモエダケ」ってどう言う意味なのかと真剣に考えたことがある。「シン モエダケ」なのか「シンモ エダケ」なのか「シンモエ ダケ」なのか?。その当時はウイキペディアは勿論インターネットも無いので、調べようもないし・・・いつの間にか忘れてしまった。それが今回のニュース報道で「新燃岳」と知った。この「シンモエダケ」はかなり強い馬だった。デビューから3連勝して桜花賞候補の一番手の評価を受け、牡馬に混じって重賞の「シンザン記念」をも勝っている。が、本番の桜花賞では1番人気ながら「アチーブスター」の7着に敗れて、そのレース以来勝ち星に恵まれずに引退した。この「シンモエダケ」が明け4歳(現在は3歳表記)になった年は、牡馬には凄い馬たちがいた。3強と言われた 「ランドプリンス」/「ロングエース」/「タイテイエム」に、その年の菊花賞と有馬記念をブッコ抜いた「イシノヒカル」と、牡馬陣は当たり年なのである。そして、その翌年にはあの「ハイセーコー」が中央競馬に殴りこんでくる。耳に赤鉛筆を挟み、競馬新聞を穴の開くほど見つめながら、ゴール前では怒声を発するじいさん軍団のバクチ・・・。それまではどちらかといえば暗いイメージだった競馬が、ハイセーコーの出現によって一気に庶民の中に受け入れられ、売り上げもうなぎのぼりに上昇し始めるという庶民競馬元年。その前の年に「シンモエダケ」が脚光を浴びていたのだ。「シンモエダケ」の父は当時の名種馬「シプリアニ」。「シプリアニ」は、前年の皐月賞とダービーの2冠を制した「ヒカルイマイ」や、牝馬ながら天皇賞・有馬記念を勝った「トウメイ」の父でもあるし、当年の桜花賞で「シンモエダケ」を倒して、見事勝利をものにした「アチーブスター」の父でもある。ちなみにこの時「アチーブスター」に騎乗していたのが「武豊」の父「武邦彦」。まあ・・・そんな時代の話なのではあるが・・・!。考えてみると俺はずいぶん長いこと競馬をやってきた。いったい中央競馬会にいくらつぎ込んできたのだろう。「新燃岳」の噴火で苦しんでおられる宮崎・鹿児島の方々には申し訳ないが、「シンモエダケ」と言うテレビのアナウンサーの声を聞いて、長年疑問に思っていたことが突然解決し、そして、一気に当時の事を思い出したオレであった。馬の「シンモエダケ」は桜花賞直前まで活躍した。今回の「新燃岳」の噴火も3月には治まるのではないかとオレは真剣に思っている、・・・ワケないか?。でも早く平穏に治まって欲しいよね。
2011年02月02日
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「言うまいと思えど今朝の寒さかな」と言いながら、とにかく寒いのだから仕方が無い。昨日の朝がマイナス8度で今朝がマイナス8度。日が昇り10時半を過ぎたと言うのにまだ耳が痛いほど冷たい。居間へノートパソコンを持ち込んでこれを書いているが、ストーブが燃えているにもかかわらず指先が凍える。今日から2月、2月のことを「如月」と言うが「衣更着」とも書くそうだ。衣を着た上に更に重ね着をするほど寒いと言う意味らしく、その伝で言えば今が最も寒い時期と言うことになる。それでも明後日は節分でその次の日は立春。天気予報も今日の午後からは冬型の気圧配置がゆるみ、ところによっては3月の気温も期待できるらしい。あの暑かった夏もいつしか終わり、そして大雪と激寒の冬も今まさに過ぎ去ろうとしている。時は移り、季節は確実に変化しているのである。「明けぬ夜は無い」と言うが、時間の経過だけは人類みな公平と言うことなのだろう。最も、その人類の中の一人一人を見れば、朝が来ぬ人も居るし夜が来ない人も居る。オレなんぞは若いころにチットばかり日が差したが、子供時代と中年後はず~と夜ばかり・・・暗い人生である・・・フフフ。昨夜は、娘が遅くなるとかで奥方殿は晩飯の支度から開放されたがっていた。オレが先日食べた「讃岐うどん」の話をしたので、うどんを食いに行こうと言い出した。娘と息子が晩飯を食わないと夫婦二人だけという事になり、ついつい手を抜きたくなるらしい。毎日「晩御飯・・・何にしよう」とお悩みなので、そんな時くらいはオレも文句を言わない。いつもは若い中国人夫婦がやっている小汚い中華屋の定職を食べに行くのだが、奥方殿が「いくらお値打ちでも・・・もう飽きた」とおっしゃるので、まあ・・・「たまにはうどんも悪くないか」と同意した。オレにとっては決して「たまには」では無いが、奥方殿は先日もうどんを食い損ねているのでオレだけ食っていては申し訳ない。例のうどん屋「飯田のうどん 藍花」がラーメン屋に転身してしまって、我が家からそこそこ近いうどん屋と言えば、あの悪名高き「得々うどん」しか無い。息子を迎えに行く時間が決まっていて遠くへは行けないので、「仕方ないね」と「得々うどん」へ入った。夕方6時と言うのに客はオレ達だけ。もっとも、うどんはやはりオレにとっては昼飯と言う感覚だけどね。確かに飯田はうどん文化ではないのかも知れないな、この状態を見ると。しかし、この「得々うどん」は人口10万の飯田市内に2店舗もあるので、全くうどんを食べないと言うことでも無さそうに思うのだが・・・。ところで、オレは年に似合わず大食漢でいつも奥方殿にしかられる。オレの食事に対する優先順位は、 1.ボリューム(量) 2.プライス(価格) 3.テイスト(味) 4.クリーン(清潔感)つまり「VPTC」と言うなんともさもしい価値観なのである。「量が多くて安ければ味や少々の汚さは我慢できる」という事。この価値観でいつも行く中国人の中華屋を選んでいるので奥方殿には全く不満だろう。オレがこの中華屋でオーダーするのは「唐揚定食」か「餃子定食」に決まっている。前者は通常の4倍はあろうかと言うデッカイ唐揚げがどどーんと4個、ライスに小ラーメンにサラダが付く。後者は餃子6個にライス・普通の大きさのラーメンがセットでサラダも付く。その上に奥方殿の分のライスを半分ほどいただいてようやく満腹感を感じる。だから「得々うどん」のメニューにはボリューム面で不安があった。が、取りあえずメニューを見て思い出した・・・麺を無料で増量できることを。通常は1玉なのだが2玉でも3玉でも価格が同じなのだ。しかし・・・うどんだけではそのときに満腹感を感じてもすぐに腹が減る。やはり・・・ご飯も欲しい。理想形は「味噌煮込みうどん大盛」+「ライス大盛」なのだが、オレは愛知県人で「味噌煮込みうどん」は本場の奴を食べ慣れていて、ここらの「味噌煮込みうどん」はどうにもイマイチに感じてしまう。結局はお手頃価格の「かやくご飯セット」に落ち着き、麺を追加してもらって何とか腹いっぱいの幸せを感じたのだが、やはりと言うか・・・麺本体がね!。その上、店内に客が少なく寒々としているので、熱いうどんが食えないオレは冷たいうどんで体が冷えて寒かった。「馬鹿みたい・・・この寒いのに冷たいうどんなんて」と、奥方殿の一層冷たい視線が突き刺さる・・・うううサブー。しかし、今回発見したことがある・・・「うどんつゆ」がうまいのである。奥方殿も「ここのおつゆ・・・おいしいね」と言っていた。あの・・・うるさい奥方殿が褒めるのだからまずまずなのだろう。これでうどん本体がうまかったら最高なんだけど、うどん屋のうどんがうまくないのは致命的。が・・・追加の玉が無料なのはオレにとっては福音。しかし・・・夜中に腹が減って苦労した。こんな事を続けているので・・・最近ズボンが少々きつい。
2011年02月01日
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