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不倫3部策の大ヒットの後を受けて、それをしのぐほどのヒットでテレサの代表曲となったのがこれ、「時の流れに身を任せ」だ。北京語では「我只在乎?」と言うタイトルがつけられている。 「我只在乎?(時の流れに身を任せ・北京語)」は → こちらこれもマンダリンの響きがなんとも言えないほどエキゾチック。日本語で歌うより数段この曲のイメージが出ている・・・と思うのはオレだけかな?。「もしもあなたと会えずにいたら、 私は何をしてたでしょうか~?」。人の人生なんてそんなもの・・・本当に人との出会いは不思議なものだ。昔の人はこれを「縁」と呼んだ。人と人との出会い・・・、友人になるのも結婚をするのも「縁あって」という事になる。オレがこの田舎に住んでいるのも「縁あって」という事なのだろう。ところで今夜、どういった風の吹き回しか「アイターン者と地元の有志との懇親会」が行われるそうだ。今までの歴代の区長にはそんな発想は無かった。今度の区長は大手の企業の管理職を定年まで勤め上げ、定年退職後はこの田舎で起業して小さな会社を経営している。地域の雇用の確保にも大きく貢献している立派な実業家(?)である。彼の発案でこの会が催されるのかどうかは不明だが、オレは多分そう言ったことだと睨んでいる。超のつくほど頭が固い今までの区長ではこんな発想はあろうはずが無い。どんな話が出るのか興味深いが、まあ・・・あまり・・・出しゃばるのはやめておこう。このところあまり言い過ぎるもんだから少々風当たりが強いのだ。うまく泳げる奴は良いが、オレのように言いにくいことを言う奴は嫌われる。自分で思っていてもそれを相手から指摘されるとついつい反発したくなってしまうが、当地の年寄連中がオレに嫌がらせをしてくるのも多分そんなところだろう。しかし、せっかく娘が春休みだと言うのに・・・とにかく忙しくて暇が無い。来年度の役を受けてしまったは良いが、引継ぎ会だのお祭りの神事に出ろだのと呼び出され、毎晩・・・イヤ・・・昼間も・・・文字通り連日連夜に予定が入ってしまう。そして、今夜も含めて多分・・・毎晩・・・酒が出る。何度も言うようだがオレはアルコールに強くない。そして、とくに嫌いなのが「宴会」と言う奴。最後には必ず一人や二人はクダをまくし、酒が入ると急に偉そうな口を利く奴もいて、田舎の宴会は甚だ気分が悪いのである。全く飲めないわけではないので気持の良い人となら少々は飲める。しかし・・・そんな奴はめったにいないな~。やはり・・・・酒は・・・キリッと飲みたいものだ。いくら飲んでも普段と変わらず穏やかで、興が乗ってくれば廻りの同席者にもちゃんと合わせることが出き、帰りには「今夜は良い酒だった、ありがとう」と言えるような、こんな酒席ならオレだって断るようなことはしない。が、残念なことにこういった紳士はこの田舎にはいないよね~!。奥方殿のおっぱいを目で撫で回すようなスケベージジイはたくさんいるけど!。「7時半から公民館で」と聞いてはいるが、飯は出るのかな~?。どんな「有志?」が出席してくるのかはわからないが、適当に「時の流に身を任せ」て久しぶりに飲んで来よう。もっとも「一度の人生」をこんなところで捨てるのはイヤだけどね~。
2011年03月30日
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前回のタイトルが「空港」だった。タイトルを書いている時にふと思い出したことがあり、You-Tubeを開いてオレは久しぶりにヘッドセットを耳に当てて聞いてみた。マンダリン(北京語)のタイトルは「情人的關懷」と言う。※漢字が第二水準なので機種依存文字になってしまうかもしれない「情人的關懷(空港・北京語バージョン)」は → こちら演歌が苦手なオレだが、テレサ・テンのこの頃の曲は妙に耳になじむ。そして、今回のタイトルである「つぐない」は「償還」と言うタイトルがつけられている。「償還(つぐない・北京語バージョン)」は → こちら次に来るのが「愛人」で、この3曲をオレは「テレサ・テンの不倫3部作」と呼んでいる。「愛人・北京語バージョン)は → こちら当時、不倫の真っ最中だった女性にとっては身につまされる思いだったに違いない。ここだけの話だが、オレにも一時こんな時期があったので、今、これらの曲を聴くとジ~ンと来るものがあるね!。あの女・・・今頃どうしているのかな?。もう・・・おばあちゃんになってしまったんだろうな!。幸せに暮らしているのだろうか?。などと・・・昔のあの頃の情景がまぶたに浮かぶ。良い時代だったね・・・オレにとっては。今回、別に不倫の話をしようと言うわけではないが、これらの曲に共通するのは「男と女の哀愁」だとオレは思う。歌詞しかり・・・メロディーしかり・・・。女の喜びと苦しみが絡みついたなんとも言えぬ哀愁が漂ってくるではないか?。最も、それはこの曲が流行した70~80年代あたりのことで、いまどきの若い女どもにはこの曲の本当の魅力は伝わるまい。ところで、その「いまどきの若い女」は我が家にもいるぞ。いつの間にか娘が成長してちょうどその年頃の少し前と言うところか?。ところが、オレも奥方殿もこの娘の扱いに苦しんでいる。とにかく両親に対する反発がひどく、必要以外の事はまったく話さないし、その話し方もなんとも挑戦的で敵意に満ちている(ように感じる)。奥方殿は女なので、自分でもこんな年頃があったのだから解りそうなものなのだが、逆にオレよりもピリピリしていてかえって始末が悪い。原因は田舎へ引っ越した事のようだ。当時、本人はとても嫌がっていたが、息子の問題も抱えていたので娘の反対を押し切って引っ越してしまった。それが今・・・親に対する「怨念」となっているようだ。しかし、引越しを実行した父親のオレを恨むのは筋が通っているが、なぜ母親に対しても同じ扱いをするのかが理解できない。母親も田舎を嫌がっているし、その伝で言えば「敵の敵は味方」という事になって、二人してオレを責めても良いと思うのだが、母親にも随分辛く当たっている。この辺りになるとオレには解らない。先日、奥方殿の姉家族と九州へ旅行した時には、「以前と同じでなにも変わらないよ」と言われたので、どうやらオレたち二人に向かう時だけ態度を変えているような節がある。それならそれで対外的な問題は無いのだから、オレたちが我慢すれば済むことなのだが、娘には娘の社会があり、その中での言動がどうなのかをオレは心配している。良し悪し(?)は別にして、友人もそれほど少なくは無いようだし、一応、来年には大学の受験も目指してはいる。なんとか・・・道を踏み外さずに成長して欲しいと願っているのだが!。スクールカウンセラーやその道の専門科に色々と相談しているが、なかなかこれぞと言う解決策は見つからない。「愛をつぐな~えば~別れになる~けど~・・・」とならなければ良いが・・・。この事がオレの最近の一番の心配事である。
2011年03月29日
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オレは飛行機を見るのが好きだ。とは言うものの、高い空に小さく豆粒のように見える奴ではない。大きな翼をゆすって離陸したり着陸したり、そう・・・あの空港で見る飛行機が好きなのだ。空港のあの華やかでエキゾチックな雰囲気は、なぜかオレの気持を高揚させ、わくわくさせる。だから、子供達が小さい頃は時々空港へ連れて行った。勿論、飛行機に乗るのではなく見るために・・・。轟音を発しながら空へ向けて飛び立つ飛行機を見ていると、なんか・・・こう・・・自分のスケールが多きくなったような気がするのだ。愛知県に住んでいた関係で、その頃主に出かけたのは名古屋(小牧)空港だった。ここは当時も今も自衛隊との共用空港なので、滑走路の向迷彩柄に塗り別けられたC30などが見える時もあった。こじんまりとした小さな地方空港は送迎デッキと滑走路の距離が近く、飛び立つ飛行機がとても大きく見えたものだ。セントレア(中部国際空港)が完成して主だった国内便も国際便も全てそちらへ移り、ようやく中部の空港も成田・羽田・関空に次ぐ規模となった。ところで、奥方殿の姉家族が娘を九州旅行に連れて行ってくれるという事で、金曜日の早朝にセントレア行きのバスに乗せて空港まで一人で行かせた。一泊二日の旅行なので、昨日(土曜日)、奥方殿と娘をセントレアまで迎えに行ってきた。昨年は何かと用事があって何度かセントレアへ言ったが、今年は今回が初めて。前述のようにオレは空港が大好き・・・。ちょっと早めに到着して飛行機の離着陸風景を見たかったのだが、道中のクルマが込んでいて着いたのはギリギリに近い時間。女はまずは買い物・・・という事で、奥方殿の買い物にちょっと付き合っただけですぐに到着の時間が来てしまった。それにしても・・・、震災の影響がこんなところにも現れていた。とにかく・・・空港全体が暗いのだ。空港をショッピングゾーンやテーマパークと位置づけて、乗降客以外の客を集客して成績を上げてきたセントレアだったが、見物客も一巡して最近ではその勢いはさっぱり。その上、長引く不況で企業関係の利用者が減り、単年度黒字を続けていた優等生もここ1~2年は赤字に転落。なんとか挽回を・・・と頑張っていた矢先の今回の震災。電力不足が背景にあるので半公共施設という事もあり大幅節電となったのだろうが、あの暗さは崩壊寸前のソ連当時のモスクワ空港みたいだった。とにかく、暗いので空港特有の華やかさなどまるで無く、チェックインカウターなどもほとんど照明が消されていて人の気配も感じない。レストラン街やショッピング街までもが照明を減らしているので、ただでも人が少ないのに余計に閑散として見えてしまう。土曜日の夕方は到着便も出発便も少ないのだろうか?、妙に静かなのだ。みんなで飯を食いにレストランに入ったのだが客は我々だけと言うありさま。国際空港と言えばその国の玄関口である。外国からの客が最初にその国の顔を見ることになる場所なのだが、この陰気な暗さはちょっとまずいんじゃあないかな・・・?。暫く前までのあの賑わいを知っているオレには、あまりの変わりように驚くやらあきれるやら。確かに節電は今の日本にとって重要な事なのだが、ここまで徹底されると少々違和感を覚えてしまう。前回のBLOGにも書いたが、被災しなかったのに過剰に反応してムードだけで萎縮してしまうのはどうかな~?。大騒ぎをせよととは言えないまでも日本を元気にすることも重要なのだ。大好きな空港の風景が「ガッカリ」に終わり、「日本は本当に大変なことになってしまうぞ」と妙な不安感に襲われた・・・そしてそれは今も消えない。トヨタもホンダもアメリカからの受注がこなせないそうだ。部品が全て揃わないことが原因らしい。トヨタもホンダも今までは工場を一箇所に集中させていたが、最近になってこういった地震などのリスクに対応すべく、東北から九州まで工場を分散させて来た。今回の地震の被害はその想定を超えていたという事なのだろう。コレを契機に今後は分散先が海外になってしまうかも知れない。部品工場も含めて企業ピラミッドがそっくり海外に移転してしまえば、日本国内での産業空洞化はより一層進んでしまうことになる。そして、製造業が無くなれば当然サービス業もなくなってしまう。これは・・・本当に・・・ヤバイよね~。オレは名うての楽観論者なのだが、こういった光景を目の当たりにしてしまうと、「大丈夫・大丈夫」とばかりも言っていられなくなる。「大丈夫」の根拠など当然無いし、「大丈夫では無い」状況証拠はいくらでも転がっているからね。やはり・・・どう見ても・・・このままじゃまずいよね~。帰りにみんなで空港内のレストランで飯を食ったけど、こいつはまずくは無かったぞ。その上、社員割引が聞いて全員が特別メニューの特別価格だった。空港内のレストランは高いのでコレは本当に助かったね。そう・・・姪っ子はつぶれなかった方の航空会社に勤めていて、空港内の飲食店はほとんど社員価格が通用するとか?。こんな些細なことでもうれしくなるのだから、ほんのちょっとしたきっかけで日本も復活しちゃうのかも知れないな・・・、と・・・やはり名うての楽観論者の根拠の無い楽観論が出た。でも・・・ホント・・・何の根拠も無いんだよね~・・・!。
2011年03月27日
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梅は咲いたか~さく~らはまだかいな~・・・どころではない。外は雪・・・それも・・・畑が白くなるほどの。明け方まで降るという予報なのだ・・・マイッタ。本来なら今の時期のNHKの天気予報は「XX市の開花予想は3月30日頃で・・・」などと言うところなのだが今年はトンとそれも聞かれない。花見なんぞで浮かれている場合ではない・・・という事なのだろう。しかし、今の雪は・・・困る。人によってはタイヤを履き替えてしまったかも知れない。普通タイヤでは雪道はとても走れないことは昨年の暮れにオレが実証している。こんなこともあろうかと我が家のクルマはまだスタッドレスのままなので、少々の雪なら平気・・・のはずだが?。ところで、当地の旅館が大変なことになっている。先ほどの花見の話ではないが、「こんな時に旅行なんて」とキャンセルが相次いでいるそうだ。もっともこのような事態は当地のみならず全国の観光地は皆同じらしい。これから「観光の春だ~」と言う直前にあの震災である。その上、日本の景気が危ういと散々言われていたのに・・・まずいよね~。ポケットに手を突っ込み背中を丸めて下を向いて歩く・・・、暫くの間、日本人は皆こんな姿になってしまうのかも知れないな~。しかし・・・それでは被災地の復興にも悪い影響を与えそうだ。お金と時間に少しでもゆとりのある「豊かなお方」は、是非「胸を張って」温泉にでも高級レストランにでも行って散在していただきたい。そう・・・「胸を張って」だ・・・ここが味噌。だれも自分のお金や時間を使うのに文句は言えないし、回りまわって消費が喚起され、経済が上向くかもしれないのだから。主力産業の自動車や家電の生産も止まっているし、観光地も閑古鳥が鳴いているようでは、明日の日本は「真っ暗闇じゃあござんせんか?」。こんな時こそ・・・明るい気持にならなければ・・・という事で、まずは「豊かな人」からはじめよう・・トウ・ショウヘイさんも言っていた・・・ホント?。エッ・・・なになに・・・カネはあるがヒマが無い・・・だって?、そんな事なら言ってよね・・・使う方はめっぽう得意だから・・・ね!。オレはヒマは有り余るほどあるが・・・カネが無い・・・がっくり。
2011年03月25日
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年のせいばかりではなかろう。オレだけでは無いのだから・・・奥方殿もそうらしい。新聞を読むたび、テレビの映像を見るたび、ネットのニュースを読むたび、思わずこみ上げて来て・・・涙が・・・出る。辛い時・苦しい時・悲しい時・・・涙が出る。うれしい時にも感動した時にも涙が出る・・・。そして・・・最近はオレの涙腺は緩みっぱなしなのだ。ここは涙を流すシーンでは無い・・・のに・・・出てしまう。子供達の前でも思わず涙ぐんでしまう。アニメ本や単行本を読んでいても思わずウルウルっときてしまう。どうにもみっともないのだが・・・止めようが無い。困ったものである。あの津波の映像を最初に見たときは、まるで映画の1シーンだと思った。それがどういう事なのかを理解せずに、ただただ「ウオッ・・・スゲー迫力!」と驚いた。暫くしてようやく・・・それが意味するものを理解し、あまりのスケールに今度は驚愕し、そして、被害の大きさを想像した。「どうなっちゃうんだ・・・東北は?」思わずつぶやいた。そんな映像や音声が繰り返し放送される中、暫く時間が経過すると、テレビ各局もただ単に起こったことを知らせる形から、被災者への支援体制や復興へ向けての励ましの言葉などを放送するようになった。涙腺が弱くなったのはどうもその頃からだと思う。最初に感動したのはこれ・・・。 PRAY FOR Japan 日本語訳 → http://www.youtube.com/watch?v=sOsgaYzHOpUそう・・・原因はこれだったのだ。これをきっかけに一気に涙腺廻りの筋肉が退化した。もう・・・とめどなく・・・ダラダラ・・・である。日本よりはるかに貧しい国の人々までも、まるで自分の家族の事の様に心配してくれる。国内はもとより世界中から励ましの声が聞かれ、著名人や企業のみでなく一般の人たちからの義捐金の知らせ!。これもイケナイ・・・もう・・・涙涙なのである。欧米諸国は勿論、韓国から、中国から、台湾から、タイから。そんな知らせを聞くたびに、彼等の励ましの言葉を聞くたびに、思わず目が赤くなり嗚咽が漏れ・・・唇がわななく。小さな弱虫の子供のように・・・もう完全な泣き虫状態になってしまった。本当に困ったものである。しかし・・・この涙・・・決してオレだけではあるまい。被害にあわれた方も、幸いにも被害を免れたオレ達も、日本人なら誰でもこの涙を隠しはすまい。この感動の涙は人間だに与えられたものなのだから。日本中の・・・世界中の・・・すばらしい人間達に感動である。しかし・・・この未曾有の大災害の中、なんともずるがしこく悪い奴がいるものだ。新手のオレオレ詐欺がこの災害に隠れて暗躍しているそうだ。特に被災地から離れたお年寄りはご注意を!。医療費を立替たとかお金が流されたとか・・・、「金を送れ」と言う訳のわからない電話は絶対に信用してはならない。いつの世にも火事場泥棒は居るものだ。残念ながらこんな時期の日本にも・・・居る。こんな話を聞くと緩んだ涙腺もまた締まる・・・。オレにとってはこれでちょうど良いのかも?。泣くまいと 身構え見るニュースに また涙
2011年03月22日
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あの地震から10日、津波に流された家から2名の生存者が見つかった。中学生とお年寄りとか?・・・これは凄いことだ。一人でも二人でも助かったのは本当に良かった。ところで今日は春分・・・、秋の秋分とともに、昼と夜の長さが同じになる日。以前にも書いたが、仏教の世界では「彼岸の中日」だ。漢字を見てのとおり「彼岸」とは「彼方の岸」と書き、つまり・・・死後の世界の事。そして、オレ達が生きている今の世界はと言うと・・・、「此岸(しがん)」と言い、つまり・・・こちら側の岸と言う意味なのだ。世界に仏教国は数々あるが、この「彼岸思想」は日本固有のもの。その彼岸では・・・きっと穏やかで平和な生活が営まれている事だろう。が、ここ「此岸」では、大変なことが起きてる。3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震と津波で通電が停まり、肝心の電気を作るべく「原子力発電所」までもが破損・・・!。その対応をめぐって、今、世界中が日本を注視している。ところでこの3月11日と言う日・・・、なにか思い当たらないかな?。今回の大地震が発生したのが2011年の3月11日。10年前の2001年9月11日は・・・、そう・・・あの「9.11テロ」のあった日なのだ。3月には春分の日があり、9月には秋分の日がある。そして、両事件とも11日と言う日に発生し、同様に大勢の人が亡くなったり行方不明になったり・・・。そして、今年が9.11事件からちょうど10年と言う区切りの年。そこに何か因縁めいたものを感じるのはオレだけだろうか?。ニューヨークで起きたこのテロも一時は世界中を震撼させた。そして、今起きている福島第一原発事故も世界中をあわてさせてる。時の政府が「絶対安全」と言い続けた原発の安全神話は、今やもろくも崩れ去ろうとしているのだ。人間は幾多の天災をその英知で克服してきたが、皮肉なことに今回の事故はその英知が仇となってしまった。それでも、9.11テロの現場になったWTC跡地では新しい槌音が響いてる。歴史に残るような大災害の真っ只中の日本だが、9.11テロの現場となったニューヨークが復興したように、必ずや今まで以上の日本に生まれ変わることは間違いない。 ・ ・ ・幸いにして直接的な被害を受けなかったオレ達だが、被災された方々と同じ苦しみを感じ、同じ志を持って頑張らなければならない。その為に今オレ達がしなければならないことは、小さなことでも今すぐできることから実践することだと思う。大きなことは出来ないが、日常の生活を見直して、少しでも被災者の方々のお役に立てるようにと努力しなければいけない。それはそれとして・・・、テレビなどでは東北地方太平洋沖地震に関する報道が圧倒的に多いが、実は長野県の北部でも同じ時期に大地震が発生して、雪深い過疎の村が悲鳴を上げている。そして、新燃岳の噴火や鳥インフルエンザに関する情報も、いつの間にかヘッドラインから消え去ってしまったが、日本の各所で未だに援助の手を待っている人たちが少なく無い。オレ達の住む南信州は今のところは平穏無事。忘れた頃にやってくる長野県北部地震の余震は感じるが・・・。被害を受けられた方々の一日も早い回復と、東北・関東地方の復興を心より願っている。「日本は必ず立ち上がる・・・・なぜならば日本だから!」。海外からも強いメッセージが送られているぞ。
2011年03月21日
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明日は甲子園の近くに用事があって出かける。往路は高速バスを乗り継いで大阪まで行くのだが、帰りは深夜のクルマになるのでガソリンが買えるどうかが心配。「出来ることから・・・」などと言っているのにガソリンを消費するのは申し訳無いのだが、片道だけでも公共交通機関を使うようにしたし、帰りは複数人が同乗してくるので勘弁していただきたい。それにしても今朝は放射冷却で冷え込んだ。こんな日は朝から晴れているし日差しも強いので、今の時間になると随分冷たさも和らいできた。明日と明後日は暖かな春の日だそうで、ここ2日の寒さに凍えていた被災地の方々も少しは楽になるかも知れない。電気や灯油が無く、この激寒の中での暖房無しの生活は本当に辛いだろうね。少し寒かったりするとブツブツと文句をたれる我が家の子供達には、「地震で被害にあった人のことを考えろ」と怒鳴っている。何も無い普段なら今頃は卒業式と入学試験の合否の発表シーズン。感涙に咽ぶはず・・・が、悲しみに涙せねばならぬとは?。ところで、ニュースでは関東・東北の地震被害にだけ焦点が当たっているが、ここ長野県北部でもあの地震の直後に大きな地震があり、我が家でもそこそこの揺れを感じたし、今でも時々余震もある。長野県北部の雪深い山里も苦境にあえいでいるのだ。小さな集落が多い山間地なので人的な被害は少ないのだが、家屋が倒壊したり道路が寸断されたり鉄道の線路が破損したりと、世界的なニュースにはなりえないかもしれないが、何もない時であれば多分大きなニュースだろうね。新潟県との境目にある栄村の被害が大きいそうだ。山里なので住民のほとんどが年寄り・・・孤立すると食べていけなくなってしまう。ここも今・・・多方面からの支援を待っているのだが、長野県が単独で一生懸命復旧に尽力している。そういえば・・・新燃岳のニュースも消えてしまった。最近・・・とんとテレビの画面に現れないね。東北の地震・津波の被害は甚大すぎるほど甚大だが、実はそれ以外にも日本中で色々なことが起きている。こういった場面で問われるのがその時の政府の力量。与野党対立の構図もこの地震で暫くは休戦と言うことなのだろうが、弱者へのさらなる支援と早期の復旧に向けてのなりふりかまわぬ政策をお願いしたい。そう・・・「なりふりかまわぬ政策」の実施が重要だ。変な面子や見栄はこの際捨ててもらって、100%の力を災害の復旧と被害者の支援に向けてもらいたいものだ。そうすれば経済だって連れて回復してくるに違いない。その意味では「菅さん・・・力強さがちょっと足りないよ」と言いたいな。「大丈夫です・・・必ず私がなんとかします・・・任せてください」とここでは見栄を切っていただきたいのだ。こんな時に「あーだこーだ」の言い訳は聞きたくない。
2011年03月18日
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明日は「彼岸の入り」である。春分の日を中日として前後3日間、計7日が「彼岸」である。漢字を見てのとおり「彼岸」とは「彼方の岸」と書く。つまり・・・死後の世界の事。それでは生きている今の世界はと言うと・・・、「此岸(しがん)」と言う。つまり・・・こちら側の岸と言うわけだ。元は仏教思想からきていて、春(春分の日を中日とする)と秋(秋分の日を中日とする)の年2回。春分と秋分は太陽が真西に沈むことから、遥か西にある極楽浄土(西方浄土)を思い描き、生まれ変わるときには浄土に生まれ変わりたいものだという事の表れだそうだ。世界に仏教国は数々あるがこの「彼岸」と言う思想は日本独自のものらしい。その彼岸では平穏無事な生活が営まれているはずなのだが、ここ「此岸」では今大変なことが起きている。一歩間違えば大量殺戮兵器に化ける核を英知で制御して、ようやく人類に平和的に貢献できるようになった原発。実際のところは大事なのか大したことが無いのかわからないが、報道をそのまま信用すれば大変なことが起きているという事になる。一般人は核についても原子力発電についても知識は無い。ある程度は専門家の意見を聞くことになるのだが、これとて良否の判断が出来るわけではない。その上に報道側の思惑も絡んでくるので何がなんだかわからない。解らないのにマスコミがあおるのでよけいに不安になる。ここら辺りから思い込みやデマで情報が錯綜し始める。普通ならパニックになってしまうのだが、世界が感心しているように日本人は冷静を保っている。これはとても大したこと・・・らしい。諸外国からは感嘆と尊敬の眼差しを注がれている。今、せっかくそうして高い評価を受けているのに、最近では不要不急な買占めが行われているとか?。当地の大型SCでも、即席めんが店頭から姿を消したらしいし、トイレットペーパーや米もなくなっているそうだ。灯油もガソリンも値上がりだけでなく物も不足しているそうだ。流通インフラも通信インフラもなんら損傷を受けていないのにである。おかしな話だが、そうなっていると言う。オイルショックのときにも同じような騒ぎになったが、物が無いわけではないし製造が出来ないわけでもないので、実際のところは買いだめなんて全く必要は無い。無駄な金を使うだけ結局は損をするのだが、群集心理なのか?その辺りがオレには不思議に思える。我が家も奥方殿が騒いでいるが、オレが「そんな必要はない」と止めている。今は我々も我慢をしなければならない時、予備として家に保管しておくのであれば、その分は被災地の方々に提供しなければいけない。念のためとかもしものときのためとかは今はやめよう。とりあえずは必要量のギリギリで済ます・・・、これも「すぐ出来る事」のひとつである。そう・・・「出来ること」をするのが今の日本人の義務なのだから。
2011年03月17日
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オレの母親はオレが3歳の時に死んだ。だから幼少時代は父方の祖母に育てられた。オレはその頃愛知県の田舎町に住んでいた。近所に保育園を経営している小さなお寺があり、旧暦の4月8日に「花の塔」と呼ばれるささやかな祭りが開催されていた。今で言う釈迦の誕生日「花祭り」である。小さな釈迦の立像が境内に出され、その像に甘茶を掛けながら無病息災や家内安全を願う。概ねGWの頃に開催されるこの祭り・・・、何も無い昔の田舎のこととて、子供心に楽しみだった。お寺の敷地の道路沿いに庫裏のような建物があり、その扉が開け放たれて近所の年寄りが集まって「御詠歌」を歌うのが慣わし。なんと呼ぶのか知らないが小さな鈴のようなものをチリンチリンと鳴らしながら、子供のオレには全く理解できない歌のようなお経のような節まわしで歌うのだ。ところで、その部屋の三面の壁には一杯に壁画が書かれていて、それが・・・おどろおどろしい地獄絵図だった。生前に悪行を行った人間は天国に行けず、閻魔大王の捌きによってさまざまな刑を科せられるのだが、その刑の一つ一つが物語風に誇張されて描かれていた。背中から血が飛び散り、串刺しにされて泣き叫ぶ女・・・。針の山に正座させられて石を載せられ、針が太ももを貫通している男。茹でられ髪を振り乱し、釜の中でのたうち回る女・・・等等。まだ保育園にも行かないほどに幼い子供の心には、その阿鼻叫喚の世界は強烈なインパクト・・・、今でもオレの心の棘となって刺さったままだ。祖母は「人は悪いことをすると死んでから地獄に落ちる。 地獄に落ちるとこうなるぞ~。 良い生き方をして必ず天国へ行かなければいけないよ」とその地獄絵図をオレに見せながら言った。つい・・・この間のことのように覚えている。ニュースで放映される津波の映像を見るたびに、この地獄絵図が脳裏に浮かぶ・・・。被害にあわれた方々は決して悪いことをして地獄へ送られたわけではあるまい。ごく普通に善良に普段の生活を営んでいて、ある日ある時・・・突然の大津波に巻き込まれてしまった。それがどうして日本なのか?それがどうして宮城や岩手なのか?。それがどうしてあの町や村なのか?。それがどうしてあの人達なのか?。神や仏がいるのならその理由を聞いてみたい。あまりにも不公平としか言いようが無いではないか?。自然の力は人知の及ぶスケールをはるかに超えている・・・然りである。が、決して天国へ行けそうに無いオレがここでこうしてブログを書いていて、地獄方面には行かなくても良い「良い生き方」の人たちが被害にあっている。津波に飲まれてお亡くなりになった方々・・・苦しかっただろう。幸いにも一命を取り留めて避難所で窮屈な生活を強いられている方々、今が・・・辛い。 ・ ・ ・と・・・このブログを書いているたった今、DELLの担当者から電話が来た。オレのクライアント2軒の発注分の納期が今日辺りのなのだが、大幅に遅れるとの伝言だった。千葉県にあるセンターの建物がやられて作業が全く出来なくなってしまったそうだ。直接被害にあわなくてもこんなところにも影響が出る。生きるか死ぬかの瀬戸際の人々にとってはパソコンの納期の遅れなどはどうという事は無い。それよりも水・食料・医薬品とライフラインだ。そして、あまりにも無策に見える政府の対応に腹が立つ。首都圏を守るために被災地の避難所に停電を強いたり、無差別に病院の電気までも止めてしまうとは?。人としての思いやりが欠けているように感じるのはオレだけではあるまい。この停電が原因で人工透析が出来なくてお亡くなりになったり、水や電気が無くて出産の時に事故が起きたりと、事後に起こる災害は明らかに人災・・・である。日本人の全てが復興を願って祈っているこの時、協力を呼びかければほとんどの日本人は応じるはず。こんな時だからこそ、経済活動を少しだけ休んで、計画停電などと言うバカなことをしなくても、国民全体で節電をして被災地や病院に優先的に電気を送ろう。 もっと国民を信用して「性善説」の対策をとっていただきたいものだ。そうすれば、電力不足もガソリン不足も解消されるはず。
2011年03月15日
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今更言うまでも無いが、とんでもないことが起きた。60年以上生きてきて、あんな映像を見たのは初めてだった。そう・・・あれは劇場映画では無く現実だったのだ。お亡くなりになられた方々のご冥福を祈ると共に、行方のわからない方々がひとりでも多く見つかるように、被災して途方にくれておられる方々には、一刻でも早く救いの手が差し伸べられるように、そして、2度とこのような災害が起きないように、ただただ・・・願うばかりである。「日本は必ず復活する。なぜならば日本だから!。」「日本はより強く生まれ変わる。」「日本がすぐに、以前のように美しくて、素晴らしくて、 驚くほどに素敵で、輝かしい姿に戻ることを願っています。」「・・・それに日本はいつも助けてくれる国だよね。」ツイッターへの海外からの書き込みである。 #Pray for japan 日本語訳 → http://www.youtube.com/watch?v=sOsgaYzHOpU実際に被災されたか方々に、安易に 「がんばれ」と言ってもむなしく聞こえるだけかもしれない。しかし、世界中の人たちが祈ってくれているし、現実に有形無形の援助もしてくれている。何よりも世界のメディアの日本人に対する評価は凄い。こういった事件や災害が起きると、海外の国々では先進国でも途上国でも国民はパニックになる。商店や被害にあった家々は略奪の憂き目に会うし、暴動だって発生する。ところがどうだ。今回の地震で被災された方々は、 家族と離れ離れになっても、 水も食料も無く、ライフラインも破壊されただただ途方にくれるしかないのに、 水や食料の配給には整然と列を作って乱さず、 弱者や高齢者をかばい、助け、苦しい中でも日本人としての尊厳を失ってはいない。こういった日本人の姿が、世界のメディアからは最大級の賛辞をいただいている。「日本は必ず復活する。なぜならば日本だから!。」世界は日本の復興に大きな期待を抱いているのが解る。勿論、こうしてブログを更新しているという事は、オレの廻りには大きな被害は無かったという事で、実際に家族の誰かの行方がわからない状態の方々や、全てを無くして悲しみにくれておられる方々にはむなしく聞こえるかも知れない。それでも、日本人は黙っていない。日本全国が・・・国民の全員が・・・あなたたちを助けるはず。安易に声に出して「がんばれ」とは言えないが、心の中で大きな声援を送り続けよう。 ・ ・ ・今朝のこと、いつも読んでいるメルマガの記事にこんなことが書いてあった。引用すると・・・、 被災した後沢山のヘリが空中を飛び回っていて 助けかと思ったら全部テレビ局・・・・ ヘリを睨み付けたこと今でも覚えています 経験があるからこそ 安易に頑張って!とはいえません 今次点でオーバーヒートしそうなほど頑張っているからです 今被災されてる方はすごく気が張っています 他の地域の方もそうだと思います 1週間・・・2週間・・・ その頃が一番精神的にきついときが来ます 絶望感・・・ いきなり倒れたり、TPSDになったり・・・ 私たちが今出来ることは 周りの大事な人たちを大事にし 明日はわが身だということを忘れないで下さい そしていざ被災したら 必ず一人にはならないで下さい 隣人と協力してください その力は後にすごく大きな力になります 「偽善者・・・・」 私たちのしていることはそうかも知れません でも何もしないよりましです 経験から絶対用意した方がいいものを書いておきます ・電池で充電できる携帯電話の充電器(これ絶対です!) ・電池 ・水 ・女性は生理用品 ・懐中電灯 ・アルミ毛布 最低これだけは用意してください 私は用意してあります ・ 中略・・・ ・ そして我が家はこれから2時間節電します 電気を止めます 寒いのはいっぱい着れば大丈夫ですし ご飯はもう出来てます 少しでも節電 それが今私たちに出来ることだと思いますこの方は阪神大震災で被災された方。我が家も暖房器具を電気が要らないものにしようと見直した。こまめに電気器具のコンセントを抜いている。息子は「ボランティアの募集が始まったら行こうかな?」と・・・。今、オレに出来ること・・・家族に出来ること・・・、考えるだけでなく出来ることからはじめよう・・・日本人だから。
2011年03月14日
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テレビのニュースの映像を見て津波の凄さを始めて知った。家やクルマがまるでおもちゃのようにプカプカと浮かんでいた。死者の発表は随分少ないと思えるのだが、行方不明になった方々は多分その何倍かなのだろう。もう少し情報が整理されればとてつもない人的被害があったことがわかるはずだ。ニュージーランドの大地震からまだいくらも経っていない。彼の地では生死も定まらない人も多いと聞いている。そして・・・今回の東北地震・・・だ。新燃岳の噴火も含めて地球の内部で何かが起きているのかもしれない。未明に長野県北部でもかなりの地震が起きている。こうなると人間の小ささが再認識される。いくら文明が進んでも所詮は自然の力の前では無力なのである。宇宙にロケットが飛んで月の表面を歩けても、目の前の地震や津波を防げない・・・情けないことだが仕方が無い。地震は個人がどうこうしてもなんとかなるものではないし、その地域全体の広いエリアに人知を超える衝撃を与える。その上、予知が出来ず準備が出来ないのだから手の打ちようも無い。だれも「地震が起きるかもしれないのであれをやめよう、ここへ行くのをやめよう」などと思って日常生活をしていないのだ。昨日の続きは今日で同じように明日も来ると思って生きている。今朝方の地震のとき奥方殿が言った「たんすが倒れてきたらどうする?。 寝てるうちに死ぬなんていやだ~」と・・・。「寝ているうちに死ぬのって一番楽じゃないの?。 変に苦しむよりいいと思うけど。 だけど、残念ながら地震はいつ起きるのかは解らない。 寝ている時間のほとんどは家族全員が同じ場所にいるけど、 子供達が学校へ行っているときなどは不味いよね。 親だけが死んで子供だけが生き残ると言うのが最悪だ。 どうせなら全員同時に死にたいけど」とオレは返した。今現在・・・我が家では通常の生活をおくっているが、何の前触れも無く突然家族の誰かがいなくなってしまったらと思うと、少々子供達が生意気でも良しとせねばなるまい。それにしても、今回の地震で被害を受けられた方々には、心よりお見舞いを申し上げたい。今、何かをして上げられるわけではないが、出来ることがあれば・・・何が出来るかを・・・考えよう。生きているってことは・・・辛いけど・・・すばらしいものだ。という事を再認識させられた今回の地震であった。
2011年03月12日
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先ほどまで降っていた雪も止んで空は晴れてきた。が、まだまだ気温は低い。明日になれば暖かくなると天気予報で言っていたので期待しよう。ところで、東北の地震の影響がここでもあった。グラリグラリとゆっくり揺れて体がフワフワした。このところ東北で頻繁に発生するこの地震、新燃岳の噴火との関連があるのだろうか。日本列島の北と南で何が起きているのだろう?。それらにはさまれた真ん中のここらでも何か起きそうな気がするのだが?。勿論、このイヤな予感は外れて欲しい。ところで、息子殿が「早く起こして欲しい」と言うので、今日から昼過ぎには起こすようにした。先日、請けている仕事の一部を軽く手伝わせたら、少し興味を持ったようで「次は無いか」と聞いてきたからだ。実は今回の仕事は、高校卒業したての世間知らずにはまず無理な部類に入る厄介なやつ。しかし、せっかくその気になっているので放っては置けない。何か出来ることを探して与えねばこのチャンスをつぶす。そう・・・息子がオレの仕事に興味を持ち始めたのだから。この仕事はプログラムの修正だ。給与計算のプログラムなのだが、「出退勤データと連動させて時間給者の勤怠と給与支給を一度にやっつけてしまおう」と言う目論見。タイムレコーダーの代わりにパソコンで出退勤入力を社員にしてもらい、そのまま給与計算に反映させてしまうのだ。勿論、息子殿にはプログラムの中身を把握するのは無理だし、支給・控除項目の意味や社会保険・雇用保険などの仕組みも知らない。増してや、英語と数学が大の苦手なので今のところコーディングは全く無理。しかし、画面の項目の編集くらいなら出来そう・・・、という事で、かえって手間がかかってしまうのだがこれをさせている。自分ですればこの部分はチョチョイノチョイなのに、イチイチついて教えなければならないので効率はガタ落ちになる。それでも先々を考えればここを避けては通れないので、多少時間的な余裕のあるうちに教えている・・・めんどうくさいけどね。先日の卒業式で息子殿は初めてスーツ様のカチッとした服装をした。その時オレは思ったのだ。「そろそろクライアント訪問の時に連れて行ってもいいかな?」と。それには少しずつオレの仕事のアウトラインでもつかんでもらわなければ困る。機会があれば、多少手間隙は係るけれど、徐々に仕事を教えて行こうかと思っている。本当はどこかよその会社でバイトでもして欲しいのだけれど、家に居るうちはオレが何とかせねばなるまい。しかし、息子殿に仕事をさせるとオレの仕事が出来ない。これも困るのだが・・・!。奥方殿が様子見でちょろちょろと出たり入ったりとうるさい。何をやっているのか気になる様子。テレビで先ほどの地震で大騒ぎしているそうだ。その後は余震は無いのでとりあえずは一段落・・・・だね。
2011年03月11日
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今朝の冷え込みはきつかった。しかし、天気は良いので少し待てば暖かくなると、犬達の散歩を先延ばしにしていた。が、日差しはあるのだが気温は低いまま。日陰に入ると本当に冷たい。この冷え込みで昨夜のみぞれが凍りつき、道路の雪の塊がバリバリと音がするほど。まるでカキ氷の状態になっている。が、目で見て氷がある部分はまだいい。見る角度によってはテカッっと光っているが日陰だと黒く見える・・・、こう言ったところが最もヤバイ。多分・・・スケートリンクの氷と変わらないくらい滑る。数年前にオレん家の近所で郵便配達の兄ちゃんがバイクを滑らせて転んだ。オレの目の前だった。オレは犬に引っ張られてこの氷の上で足を滑らせて転び、肋骨をしこたま打ちつけて半分気を失いかけ、ヨロヨロとようやく立ち上がったばかりのときだった。その直後にバイクが走ってきてゆるいカーブを曲がろうとして、ツツーッとそのまま滑ってペタンと横に倒れてしまった。兄ちゃんは健気に立ち上がってバイクに乗って去っていったが、後で聞いた話だとこのとき足を骨折してしまったそうだ。そのくらい・・・危険なのである。で・・・先ほど2匹の犬を連れて散歩に出た。例の場所を通ると・・・今朝はもっと広い面積が凍っていた。バイクはおろかクルマでも危ない。そして、日陰なのでチョット見では解らない。だれか・・・やるんじゃないかな~・・・ここ。とにかく・・・もうこれで最後にしてもらいたいね。日差しが強いので降った雪は昼間に溶けて水になる。しかし、夜や早朝は真冬並みの気温なので溶けた水が凍りつく。一年で12月の凍りはじめと3月のこの時期が最も危険だ。オレのクルマのスタッドレスタイヤも今シーズンでどうやら引退?。駆動輪側2本が減ってしまっている。毎日雪が積もっているわけではないが、いちいち普通タイヤに履き替えるなんて面倒なことをする奴はいない。スタッドレスタイヤは普通タイヤと比べてゴムが柔らかい分減りも早い。ましてやオレは長距離を結構走るので距離も乗る。雪や氷の上ではあまり減らないが普通のコンクリート道路を走ると減る。減りはじめると急激にグリップ力が落ちてしまうので危ない。タイヤには気を使わなければいけない。昨日の朝、娘を送っていって我が家に帰ってきたとき、例の坂道を登れなかった。滑ってクルマが左右に頭を振るので無理だったのだ。タイヤが減り始めるとこうなる。ここへ引っ越すまではタイヤの衣替えなんて知らなんだ。勿論、スキーに行くためのスパイクタイヤは持っていたが、スパイクタイヤの使用が禁止されてしまったと同時にスキーもやめた。それ以来だからスタッドレスタイヤについても全く知らなかった。勿論、普通タイヤを「夏タイヤ」、スタッドレスタイヤを「冬タイヤ」と呼ぶことも知らなかった。概ね4月から12月までが普通タイヤで、12月の終わりから3月末頃までがスタッドレスタイヤらしい。スタッドレスタイヤから普通のタイヤに履き替えた瞬間、身がスーっと軽くなったような気がする。クルマの走りがまるで軽快に感じるのだ。もう少しで冬タイヤを脱ぐことが出来る。あの普通タイヤの軽快な気分を早く味わいたいものだ。
2011年03月08日
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「オーシオーシ・・・来た来た」。ゴール前の写真ではどう見ても青い帽子が前にいた。が・・・結果は赤い帽子が先・・・昨日の競馬「弥生賞」である。前夜まで1番人気の6番「サダムバテック」を買う気は全く無かった。だが、直前のパドックを見ていたら彼がオレに囁くではないか?。「今日は目いっぱい走るから。前回みたいなことは無いよ」と!。逆に前夜まで中心視していた3番の伏兵「プレイ」の気配がイマイチに写る。4番の「デボネア」の気配が良い。そして「ディープインパクト」の子の9番「ターゲットマシン」も元気よさそうだ。反対に2番人気が予想された5番の「オールアズワン」の気配が怪しい。という事で、まずは6番のサダムを1着、4番のデボネアを2着に固定して3連単流し。6番のサダムと9番のターゲットの2頭1・2着固定のフォーメーション。「おお、これで完璧だ」とほくそえむ。だが、ここで大きな忘れ物をしていたのに気が付いていない。3番「プレイ」のオークションでの落札価格を忘れていたのだ。この馬・・・今回のレースでは郡を抜く高馬でその価格は1億4千万を超える。それだけ期待のある馬・・・、陣営ははどうしても皐月賞に出したいに違いない。そう・・・この弥生賞は3着までに皐月賞の優先出走権が与えられるのだ。それを・・・前夜まで意識していながら・・・この時点で頭から消えた。結果は前述のとおり、6番サダムは予定通りの1着だったが、3番プレイが2着で4番デボネアが3着と着順は逆・・・惜し過ぎる結果となった。オレの競馬暦はそこそこ長いが、まず儲かってはいない。しかし・・・長いだけに薀蓄はまんざらでもないぞ。が・・・このレースのようにいつもいつもあと一押しが効かない。最近は競馬に以前のような金額をつぎ込むことはしなくなった。3連単と言う宝くじみたいな馬券が発売されるようになったおかげで、小額でも大きな配当が期待できるようになったからだ。が・・・こいつは当たらない。「年に一回当たれば利益が出るからね」がオレの口癖で、毎週日曜日にこの3連単馬券を100円単位で買って楽しんでいる。全く当たらなければ面白味も失せるのだが、ごくたまに当たるから始末が悪い。先週もチョコッと当たって利益が出た。今週も当たる予定だったのだが・・・当たったのは・・・雪の予想。そう・・・今朝から降り続いて・・・今も降っている。もう8センチは積もっているのではないか?。「もう一回降るぞ・・・3月に・・・油断してはいけない」と常々言っていたのだが、こいつが当たってしまった。こんなのこそ外れて欲しいのだが!。新聞受けに新聞は入っているのだが、雪の上に新聞配達の足跡は無い。つまり、新聞が配達された後で降り出したという事だ。多分6時ころからと予想される。それなのに、娘を駅まで送っていく時にはクルマの天井に8センチほどの雪。短時間にかなりの量が降ったことになる。そして、今も降り続いている。春の雪は重い、水分をたっぷりと含んでいるのでとても重い。サラサラの粉雪なら8センチ程度であれば竹箒で掃いてしまえば良い。が、重い雪はそうは行かない。雪かき専用の大きなプラスチックのスコップのような奴ですくい上げないと。しかし・・・これが重い・・・比重がフワフワサラサラの雪とはまるで違う。どうやらこの雪は昼には上がるらしいが、途中で雨に変わってくれると助かる。雨で溶けてしまうのが最も楽なのだ。この重い雪の雪かきを想像するとそれだけで腰が痛くなる。娘を駅まで送ってきた帰りの我が家の坂道だが・・・、心配していた通り、クルマは一番上まで上がれなかった。こんな事もあろうかとオレはゴム長を履いて出かけたので、坂道の途中でクルマを停めても歩いて帰ることが出来た。これもここで暮らす生活の知恵なのだ。パソコンのディスプレイが窓際においてあるので外の雪の白さが目に入って眩しい。「ホタールのヒカ~リ・・・窓のユ~キー」の窓の雪は確かに明るい。暗い部屋も一気に明るくなる。ところで、卒業式のシーズンではあるが・・・最近ではこの歌が歌われなくなってしまった。「仰げば尊とし」とこの歌のセットが卒業ソングの定番だったのは今は昔。最近ではユーミンやアンジェラアキの歌が歌われる。「悲しいことがあると開く皮の表紙」ではやはり物足りない。講堂から流れる「あおーげばー、とお~としー」の歌声に涙するのが我々の年代。 ユーミン「卒業写真」は → クリック あ~あ・・・まだ・・・雪・・・止まないな~。「あおーげばー、うら~めしー、我が家の雪」
2011年03月07日
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今日は「啓蟄」である。「けいちつ」と読むが・・・「なんのこっちゃ?」と思われる輩もいると思う。以下がその「啓蟄」の説明である。 冬ごもりをしていた虫が気候が暖かくなって外に出てくる時期のこと。 このころ初雷(はつかみなり)が鳴り、 これを聞いて虫が土中からはい出すと考えたので、 これを「虫出しの雷」ということもある。 「余寒いまだ尽きず」といった天候の季節にあたり、 年によっては南国でも一時雪になったりする。 しかし春の彼岸も近いので日の長くなり方も急であり、 すでに光の春の季節は始まっているとみることができる。という事らしい・・・ひとつ物知りになったぞ。昨日までは「寒の戻りでもうめちゃくちゃ寒かったが、さすがに今日は朝から暖かかった。しかし・・・明日は所によっては雪が降るとか?。もう・・・雪は・・・勘弁して欲しいのだが!。そして再び気温が下がる。降って凍る・・・最も悪いパターンだ。水曜日にはまた治部坂峠を越えて愛知県への出張が入っている。スキー場の真横を通らなければならないのでそこが一番の難所なのだ。 ・ ・ ・去る3月3日のひな祭りの夜、我が息子殿が通う定時制高校の卒業式に出て来た。入学式の時にはずらりと並んでいた生徒も、卒業式には僅か11名。夜間の高校の4年間はやはり厳しいのだろう。最も、定時制高校に通うのには皆それぞれに訳がある。成績優秀だが家が貧乏で自身が働かないと食べていけないからと、中学を卒業してすぐに就職・・・・というケースは今ではほとんど無い。最近最も多くなったのは「中学時代に不登校」と言う奴で、我が家の息子殿もそれに当てはまる。生徒の中には「どう見ても50過ぎ」と言うおじさんもいて、息子殿に「あの人は?」と聞くと「息子さんの結婚を機に、もう一度ちゃんとした勉強をせねばと思い立ち、 一年生に入学して今年で3年目」という事だった。背中には例のモンモンがあるとか聞いたが真意のほどはわからない。いや・・・立派なものである。オレに同じことが出来るかと言われれば・・・自信無いな~。息子殿の同じクラスにはかなり優秀な生徒もいて、成績もずば抜けているがスポーツも万能と言う、俗に言う「文武両道」そのままみたいなのもいた。でも・・・やはり・・・何か・・・違う。我が息子殿も含めて・・・こう・・・なんと言うか・・・変なのだ。立ち居振る舞いに・・・座る姿に・・・どこと無く違和感を覚えたのはオレだけか?。そう、定時制の高校に通わなければならない訳が透けて見えるのだ。ほとんどが就職を希望しているらしく、どうやら進学を希望しているのは我が息子殿だけのようだが、今の時代・・・就職先を見つけるのも大変そうだ。もっとも定時制高校を地元企業がかなりサポートをしてくれているので、成績や出席率によっては優先的に受け入れてくれるらしい。しかし、女の子はサービス業や介護関連にうまくはまるが、製造業志望の男子にはやはり辛い時代なのだろうね。先生も就職先探しにかなりご苦労されたと聞いた。ところで、そんな我が息子殿だが、卒業式の前日に妙なことを言い出した。「明日・・・みんなスーツらしいよ」。奥方殿は慌てふためいた。「チョットチョットあんた!、スーツなんて持ってないジャン」。「そんなこと俺だって知らなかった」と息子はシラーっと言う。「すぐ買いに行くよ・・・ズボンの丈・・・間に合うかな?。 お父さん、早く行くよ!」。と俺にまでお鉢が回って来る始末。前日の夜にちょっと奥方殿と諍いがあってオレはいっしょになんぞ行きたくは無い。「何でオレまで・・・?」。「私じゃあ男の子のスーツなんてわからないジャン」。オレにだってわかる訳が無い。 ・ ・ ・「今日のとんちゃん(我が息子の事)・・・カッコイイね」と女性の副担任の先生が息子に言う。親のオレが言うのもナンだが、我が息子殿はそれなりにイケメンなのである。が、歩き方や立ち姿がどうにも自信無さげだし、見方によっては「どっか悪いの?」と言えるほど病的なのと、ファッションに全く無頓着で髭もちゃんと剃らないような、普段はそんな「変な奴」・・・本当に冴えないむさい男なのだ。が・・・馬子にも衣装とはよく言ったもので、ちゃんとすればそれなりには見えるの・・・一見は?。ウン・・・オレが選んだ服もなかなか決まっていたけど。しかしアレだねえ~。やはり「どっか変」な奴は「どっか変」なんだよね。相変わらず歩き方が自信無さげで胸が張れない。せっかく皆勤賞で表彰されたと言うのに、まるで悪いことをして叱られたみたいにうなだれて歩く。無事卒業式も終わり、帰りに突然、「オヤジい・・・今夜はみんなで飯食いに行くから」と言う息子殿。高校生活も4年目のどん詰まりになってようやくクラスに溶け込めたようで、なかなかうれしいことを言ってくれる。卒業式の夜くらいい、クラスメイトと羽目をはずしても良い筈だ。今まであまりこう言った事が無かったので、ようやく友達に誘われるようになって本当にオレはうれしくなった。深夜に電話が鳴り「友達ん家に泊まるから迎えは明日の朝で!」。何時になっても迎えに行くつもりだったがこの電話でほっと一安心。定時制高校のクラスメイトは必ずしも同じ年代とは限らない。20歳を過ぎて酒・タバコOKと言うのもいる。でも・・・まあ・・・多少のことは目をつぶらないと。最後のホームルームは親も同席したが、担任の先生が言葉を詰まらせて一人一人を呼んだ姿が深く印象に残った。こんな息子だが土壇場でいつも誰かに救われている。4年間、担任をしていただいた先生には心から感謝せねばなるまい。おべんちゃらは言えないが心が温かな本当に良い先生だった。
2011年03月06日
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中央競馬にはそれぞれの月の旧暦の呼称をつけたレースがある。その中で最も多きなレースがG1の「皐月賞」だ。月の呼称だけでなくその月の誕生石のレースもあるぞ。たとえば「アメジストハンディ」とか「ダイヤモンドステークス」とか。今日から3月である・・・競馬では来週に「弥生賞」と言うレースが組まれている。という事で・・・3月の旧暦の呼称は「弥生(やよい)」。しかし、旧暦の今日は1月27日で冬の真っ最中だ。ポツポツと雨が落ちて来た・・・今日はこれから一日雨らしい。この雨が上がると明日からはまた冬に逆戻りで寒い日が続くそうだ。それもそのはずで、旧暦ではまだ1月・・・真冬なのだから。ところでこの「弥生」とは?。「草木弥が上に生い出ずる『弥生』の意」と言うことらしい。なんだか良くわからないが、草木の芽がこれから春の陽を浴びて成長するぞーと言うことなのだろう。その意味からいってもまだチト早くは無いかと思う。そして、3月3日は「ひな祭り」だが、これとて旧暦の3月3日は今年は新暦4月5日。「桃の節句」と言われてこの時期ならそうかと納得できるのだが、この寒さでは桃の花どころではあるまいに・・・。日本の伝統的な文化は四季の移ろいに準じているので、無理やりに新暦に当てはめるとどうもズレが出てしまう。明日からは日本のあちらこちらでまた雪が降るそうだ。当地でも朝方の気温は氷点下が予想されているし、最高気温も5~6度と真冬並みなのだ。少しだけ温いまがい物の春に慣らされてしまった体にはキツイかもしれない。先日、東京で「春一番」が吹いたとニュースでやっていたが、「春一番」が吹いた後にも毎年寒波がやってくる。当地でも例年春の初めにはドカ雪が降るのが常。今年も降るのかな~・・・雪はもうたくさんなんだけど!。遅い年は4月になっても雪が降るときもある。クルマのタイヤもなかなか替えられないのだ。窓の外は相変わらずの雨、昨日も一日中降っていたし・・・、この時期の雨は冷たいね~。3月3日のひな祭り当日は我が息子殿の卒業式。定時制の高校は4年間なのでよくぞ頑張ったと誉めてやりたい。中学までまともに学校に行けなかった変人が、なんと4年間も無遅刻無欠勤で通いとおしたのだから!。それも、昼間ではなく夜間に通ったのだ。そして、親の我々も良く頑張ったと思う。雨の日も雪の日も毎日片道16キロの道のりを送迎した。仕事の予定も全て息子の迎え時間に合わせていたし、出かけることもほとんどしなかった。奥方殿にいたっては、昼食と夕食の支度を2度づつ毎日していたことになる。本当にご苦労なことだった・・・感謝である。しかし・・・まだその後が続く。が・・・以前と違ってまともに話し合えるようになってきたし、自分自身の自覚も備わってきた・・・この4年間で随分成長したと思う。「お前が二十歳になったら~酒場で二人で飲みたいものだ」と言う歌いだしの河島英五が歌う「野風増」という歌があった。その当時はなんとも感じなかった歌だが、息子をが成長してなんとなく解るような気になった。 「野風増」は → クリック今夜はじっくりと将来の話でもしようと思っている。親父と息子が話をする・・・オレにもようやくそんな時代が来たのだ。ウフフ・・・うれしいね・・・!。
2011年03月01日
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