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「ああ、それでしたら、あやつらの目的は、多分、村の教会の神父様です。
神父様を逮捕しに来たのでありましょう……」
宿屋の主人は声を潜めて答えると、困惑と悲しみの混ざった表情で溜息をつき、床に視線を落とした。
次の瞬間、不意にアンドレスが、押し込められていた大棚の陰から飛び出してきた。
そして、扉の前に走り込んできて、主人に迫り寄る。
「ご主人、それはどういうことなんです?
この村の神父様が、あのスペイン兵たちに狙われてるってことですか?」
貧しい身なりの旅商人にしては、あまりに貴公子然としたアンドレスの風貌に、宿屋の主人は驚いて目を丸くした。
「えっ!?
あの、お客様は……?」
物陰から出てきてしまったアンドレスに、ジェロニモやペドロが「あちゃぁっ!出ちゃったらダメでしょ~!」と、呆れつつ慌てている。
そんな彼らをよそに、アンドレスはさらに主人に詰め寄って、相手の顔を覗き込んだ。
「ご主人、教えてください。
この村の神父様が、なぜスペイン兵に逮捕されそうになっているんですか?
もしや……!」
アンドレスの剣幕に気圧されながら、主人がおずおずと口を開く。
「は、はぁ…、その、お客様も村中に貼られているあの紙をご覧になったでしょう?」
「あの貼り紙のことですか?
キリスト教の上層部を厳しく批判して、インカ族の者たちを擁護し、解放闘争への糾合を呼びかけたあの──」
「そ、そう、それです。
ご存知の通り、あの貼り紙は、この村だけに貼られてるってわけじゃないんです。
今じゃ、もう国中のあちこちに貼られてるって聞きますし…。
それなのに、あれを、この村の神父様が書いたのではないかって、前々から疑われているんです。
それで、クスコのサント・ドミンゴ教会まで出頭するようにと…!
ですが、神父様は、ずっと断り続けてきたんです。
あの貼り紙を書いたのは自分ではないって仰って……」
「クスコのサント・ドミンゴ教会ってことは、あのモスコーソ司祭に直々に呼び出されてるってことですよね?」
「仰る通りでございます。
畏れ多くも、あのモスコーソ司祭様から……!!」
宿屋の主人の言葉に、アンドレスは固唾を呑んだ。
彼は己の心拍数が上がっていくのを感じながら、さらに問う。
「この村の神父様って、何者なんです……?
まさか……!」
アンドレスの逼迫(ひっぱく)した気迫に押されて、主人は後ずさりはじめている。
「村の神父様は大変博学ですし、信仰心も人一倍強いお方ですから、スペイン側に目を付けられてしまったのも無理からぬことではございますが……。
とはいっても、こんな小さな村の出身者です。
いかに今はご立派になられようとも、あの貼り紙のような、大それたものを書くような人ではありません……。
この村のもんはみんなそう思っていて、神父様をお守りしてきたんです」
「……え?
嫌疑のかけられている神父様は、この村の出身者なんですか?
ってことは、スペイン人ではなく、インカ族……?」
アンドレスの質問の意図がわからぬまま、主人が擦れ声で答える。
「はい、お客様。
代々この村で薬師をやっている家の次男坊で、もちろん生粋のインカ族です。
村を出て、アレキパの都市部の神学校で学んでいらした時期はありましたが」
アンドレスが再び大きく息を詰める。
(あの貼り紙の文章を書いた人物が、俺の予想している人だとすれば、この村の出身者でもインカ族でもないはずだ。
ということは、この村の神父は、やってもいないことで嫌疑をかけられていることになる。
あのモスコーソのとこなんかに、連行されてみろ。
たとえ冤罪(えんざい)であろうとも、死ぬまで拷問されて殺されるぞ……!)
【登場人物のご紹介】
☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。
スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。
≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)
植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。
キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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