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小学校六年生の当時、自分のように、いじめで苦しむものはきっと全国に居るに違いないと思った。そう考えたのは、ある日の朝礼のさなか、ボーっと校舎を眺めていたときだったか、あるいは、教室から外の校舎を見ていた時だったか、いずれにせよそんな時だった。自分が何か特別な、特殊な者のように考えるのは違うんじゃないかと漠然と思った時だった。
2009年10月31日
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誰かがその地位なり立場に居るということは、その者の本質的な価値や、能力とは別である。たとえ地位が上位であったとしても、能力・志の低い者たちはいくらも居る。これはひとえに、何かを得る能力と何かを成し遂げる能力とは一致していないことによるものである。そんなやつらにかかると、周りの部下などは責任転嫁のための道具でしかない。まるで責任転嫁という一分野があって、その仕事をしているかのごとくである。それで、めでたく引退・退任とでもなって周りを喜ばせた後に、年賀状も来なくなったと世間を責めるのはいいとしても、自分の「功績」自慢とか、人の頭の上から物を言うのは勘弁してよ。だって、地位・立場で物を言っていたのは自分だろ。その自分が地位を失った。後に何が残るというのか。
2009年10月22日
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ガイドヘルパーの仕事で、西明石まで行ってきたのですよ。で、その帰り。見た。見えました。見たのですよ。鉄人。鉄人28号が、見えました。電車の窓から、ビルの間に、チラッとですけどね。新快速だったので、ホンと、わずかの間でした。ガイドしていた子は小学生だったので、あんまり関心ないみたいでしたけどね。
2009年10月19日
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「人脈」「子育て」「成功」これらの言葉は、いずれも造語・新語(意味の狭義化・特殊化を含む)である。成功という言葉は、元来の意味を持っていただけに、それがどう文脈で機能しているか、見なければ意味は違ってくる。そういう言葉が必要になる社会というのが、我々にとって良いのかどうなのか。こうして書くということ自体、すでに否定的に見ているのでるが。その昔、貨幣の「貨」という文字は無かった。貨幣経済が浸透しそれが必要とされるまで、その文字は眠っていた。「貨」は『老子』に見えるが『論語』には無い。
2009年10月15日
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歯の治療。まだやってます。以前、「山は越えた」などと暢気なことを言ったとたん、それまで一番痛いのが待っていたのですよ。それから、それに劣らず痛いのもあったし、今日はまあ、ましでしたがやっぱり痛い。今年いっぱいは覚悟。それで、「学校は死んだ」シリーズを書こうと思っていますが、テーマの性格からして月に一度がやっとこさ。今月は書く予定です。
2009年10月14日
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ウイニーのことですよ。そもそも、これが何で裁判になるのか、何で逮捕までされなあかんのか分からん。ネットのことを全く理解していない者が、妄想とこじつけによって起こした国費の無駄遣いである。日本には、罪そのものを裁く、罰するという思想がそもそも欠如している。すなわち、いじめ、すなわち部落差別。いじめたやつを、先生や学校は罰しますか。差別したやつを公表しますか。差別が見えないように、身元調査をするなという次元の違うことに置き換えてごまかしている。ウイニーだって、これを利用して著作権や肖像権を侵害したやつを罰したらいいのであって、そして、別にウイニーを利用したから、しなかったからということではなく、侵害はあるのであって、ウイニーを問題にするのは問題のすり替えである。それは、逃げの手である。いじめにおいても、いじめられる方が悪いかの如くに話し合いだと。あほか。そんなばかな所に行く必要は無い。またまた論点の定まらん日記でした。すまん。
2009年10月08日
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古代エジプト人の文書(石か何かに彫られたものらしい)に、「我々は食物のうち四分の一で生きる。後の四分の三は医者が食べる」というものがある。また、四世紀にエジプトの修道士が、「八つの枢要罪」を著書の中に書いたときには、「暴食」はその中でも最も重い罪とされた。それから、「タブー」というのは、食物が語源ということである。我々の欲のうち、生存を直接に担う欲が食欲であるならば、文明があった直後から、あるいはそれよりもっと以前から、食は人類の哲学と深く結びついてきた。私はキリスト教者ではないので、これ以上は言えないが六世紀の後半にグレゴリウス一世が八つの罪を「七つの大罪」に整理改定したときには、大食(暴食)が、下から二番目に格下げされているのは面白い。しかし今、世界的には飢えに苦しんでいる人は数億人に上る。旧日本軍の戦死者のうち、六割は「餓死」である。欲望の最終的なはけ口が戦争であるなら、そこに最も原初的な欲が満たされないという鉄槌が下されたとも見るべきである。御英霊に感謝申しあげる。
2009年10月07日
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元財務大臣中川氏の急死という事態を受けて、今のうちに一言。中川氏というと、「もうろう会見」というくらいイメージは定着してしまったが、私は彼がバチカンの博物館で立ち入り禁止の区域に立ち入った上、美術品、宝物とも言うべきものに手垢をつけて回ったということの方が、気になっていた。それを書く前に氏は亡くなられたわけだが、生前、なかんずくでも選挙期間中に本人や周りの人たち、マスコミまで、「朦朧会見」は取り上げたが、「手垢べたべた」は取り上げなかった。私は残念だし、違和感を覚える。また、夫の死に臨み、妻が号泣(この表現自体怪しいが)、そもそも国を背負うというものの妻が、この体たらくではと非難の対象にはならないのが残念。違和感を覚える。
2009年10月05日
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IOCの決定は順当・妥当なところ。リオに決まって良かった。現在のように招致合戦が繰り広げられ、オリンピックが盛り上がるというのは、1984年のロス五輪を見てからのことである。オリンピックは開催国・都市に大きな赤字をもたらし、ばば抜きのばばのように思われていた。加えてその前回の1980年モスクワ大会はアメリカをはじめ西側のボイコットがあって、参加国は史上最低だったはず。この次の大会にはソ連の報復的不参加があると予想もされた。さて、そこに手を上げたのは、かつて自身がオリッピック代表候補にもなった、ピーター・ユベロス。並み居る反対派を「すべて民営でやるから」という、お前らには頼まん俺に任せろ式で押し切って、開催にこぎつけたのであった。かくて、ソ連とそれに応じた東側諸国の不参加にもかかわらず、大成功を収めたのはひとえに彼の器の大きさに因るものである。参加費用が無いという国には、資金を提供した。何より、実業家としての成功を捨てて、オリンピック大会組織委員長に専念した。自社を1400万ドルで売ったのだから、捨てたわけではないとも言えるが、敢えて茨の道を行ったのは事実。今の招致合戦は、この成功を見て、安全な投資をしたい人たちが群がっている図式である。
2009年10月03日
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日本の無人輸送船が、無事に宇宙ステーションに物資を送り届け、無事任務を果たしたことはすでにご案内の通りである。この成功の裏には、見事な危機管理があることは言うまでも無い。すなわち、ドッキングのシュミレーションをする際には、その90%がトラブル発生時の対処に費やされたのである。そして、トラブルは起きた。それは、想定したものではなかったが、これを見事に乗り切った。対して、名ばかりの管理者の言うことは、「事故を起こさないようにするには云々・・」「そういうことは、多分起こらないから大丈夫・・・」これを称して「ゼロ危機管理」と呼ぶ。最も事故など起こしそうに無い現場は、事故を想定して訓練し、毎年必ず事故に遭遇する者たちはそれを避けて過ごそうとする。
2009年10月01日
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