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学校には競合する相手がいない。すなわち、無競争で「学校と名がつけば学校でいられる」。先生とか、教育者という人たちは、自分の正義を疑ってはいけない。すなわち、自分たちが困るものは悪である。いじめっ子も困るが、いじめられて反撃もできず、自殺でもするやつはもっと困る。反撃してくれれば、両成敗などという便利な道具や、仲が悪い、犬猿の仲などというごまかしも使える。いじめられ子は、行き場が無いので、翌日も学校に来る。もし、学校以外に学校があっていじめられ子がそっちに行くようになったらどうなるか。アメリカでは約10%の子供が家庭学習を選択している。日本でもフリースクールの芽は確実に育ちつつある。ここに、学年進級の資格審査を導入すれば、あらゆる学習の可能性が生まれる。どんな形態で学ぶにせよ、その児童・生徒がちゃんと電車に乗れ、静かに順番を待てて、一定の学力が認定されれば、資格証明書を持って上級学校に進学できればよいだけのことだ。規律を重視する学校、学力を重視する学校、私塾に至るまで、形式・形態にとらわれず、学びやすさを考える事がよい。現在の学校制度がよい人ももちろんいいし、学校でがんばっている先生は立派だ。しかし、その影で泣いている者が今日、命を絶とうとしている。
2009年12月28日
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「だんなぁ、実は今度、正真正銘、上物が入りましたんでさぁ」「またそれか、お前の正真正銘はあてにはせんよ」「いや、今度こそ本当の本物、混じりけなしの保障つき!」「お前の保障だろ」「1882年物」「な、なにぃ」「へっへっへ、おいくらでお取引いただけますか、ねぇ」「うーん、まず、現物をみてからだぁ・・・・」
2009年12月27日
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最近、梅原猛氏の「古事記」を読み終えた。そこに「天下り」が出てくるわけであるが、今の天下りとはずいぶんと違う様子が描かれている。さても平成の天下り。この問題にはトリックがあるように思う。そもそも、天下りそのものには何の問題もないから、自分なんぞは大いに奨励すべしと思っている一人である。問題なのは、そのようにさして働きもない役職に高給を以って報いていることにある。その役職が何であれ、まずは役人の数とか、役職そのものが必要かどうか、また重要なポストながら給与でなく別な形の報い方とか、検討の余地はある。たとえば、無給であっても非常に権威と権限の高い役目もあるはずだ。また、本当に大変な役目で、目の回るほどの仕事なら、もっと人員を増やして、一人一人は仕事量を減らすべきだ。そのような当たり前ができないのは、公開の原則が無いからで、できない仕事を抱えてそれをできているかの如くに繕うことを覚えて、世渡りしているやつらに、いずれ鉄槌の下らんことをここに願うしだいである。
2009年12月25日
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小沢氏にしても、鳩山氏にしてもそれは自民党の中の一派閥でしかない。その政策はかつてのばら撒き全盛期のそれであり、外国人参政権問題のごとく、どこかとの票や資金とのバーター取引が見えみえなものもある。そして安定政権という目的のためには、政策よりもまず連立ありきという構図は、これまでの自民党と瓜二つ。民主党という名の自民党政治最後の輝き。それが鳩山内閣である。
2009年12月12日
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このごろ楽天の更新がやりにくい。エディタが降りてくる前にスクロールなどしようものなら真っ白になるし、すぐに動かなくなったりもする。現在イーモバイルの無線を使っている自分としては、パソコン自体の非力を差し引いてもかなりきつい。来年は二年間の契約も切れるし絶対に解約する。それから、歯医者の方は、ようやく終わったが七月の末から十二月の初めにかけて支払った金は七万を超えた。それでも月に一度は検診に行くことにした。医者からも勧められたし。これはしたほうがいい。書きたいことは、いろいろあったが、そのつど不十分な表現になることを恐れて見送ってしまった。こんなことをしていると、大器でもないのに「免成」。以下に少しメモ書きをして、今後のテーマを忘れないようにしておきます。一 学校は死んだ スリースクール二 雇用と平等と保護三 老子という書物と人 「大器は免成」四 優しさ というごまかしとまやかし それは毒
2009年12月10日
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