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ネットブック(hp1000 SSD16G) を売ったので、ネット喫茶からアクセスしています。次のパソコンを何にするか、ほぼ決めているのですが、決め手は、キーボードと液晶。特に日本語打ち(ローマ字入力でない)する自分にとって、キーボードは大事です。ネットブックの中ではhp1000は出色の出来栄えだったのですが、物理的限界はいかんともしがたい。次は12インチ以上の普通のパソコンにします。で、少しの間ブログはお休み。
2009年03月28日
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WBC ってはじめはボクシングのことかと思ったものだ。しかし、今は野球に決まっているでしょう。で、これを日本語に直すと、「日韓世界一決定戦」でしょうが。え。
2009年03月23日
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エロ書き込みとかは、設定を変更することで対処しているが、メッセージ(メール)の方に「メルトになってください」とか何とか、もうあほらいくて書く気もせん。ブログを読んで気になったので・・あほか。そんなやつ、おるはずもない。まあ、それはさておき、私のように間違ったことばかり言っている人間は、いつも排斥される。先日も家庭裁判所で書記官と怒鳴り合いしてきたところだ。もう一回くらい行くかも知れんので、その時には録音・撮影をする予定。
2009年03月20日
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己にやましいところ無ければ、天佑というものは必ずある。事態が思うように行かないときほど、後になってみると、実は幸運だったりする。だめだ、と思ってあわてて、余計なことをしてしまったり、ずるいことをしたりすると、事態はさらに悪化する。
2009年03月14日
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このブログを以前から知ってくれている人たちにとっては、ああまたか、という繰り返しである。しかし、私自身、少しずつ考えもまとまってくるので、これからも何度か同じテーマで書くつもりだ。すなわち、一、日本は、第二次大戦以来数次にわたり戦争に参加した。一、朝鮮戦争は日本の経済を立て直すほどの経済波及効果をもたらし、一、ベトナム戦争の補給基地は日本だったし、一、湾岸戦争において日本は最大の戦費負担をしたし、一、イラク戦争を支持したのは日本の首相だった。日本は、戦争をして来ている。すくなくとも戦争に参加している。然るに、九条のおかげをもって、戦争はしません、していませんと言いくるめ、自らと世界とをあざむいている。日本は憲法上、普通の国々のように、戦争能力を有するべきであり、その上で、堂々と戦争を否定、拒否することによって、国民生活は困窮し、社会は激変するであろう。なぜなら、アメリカとの関係が、最悪の物となるからである。
2009年03月09日
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障害者介護で、重要な項目は排泄と入浴である。これら二つとも、障害者の側からあまり要望が無いかの如くであるが、これら二つがうまくできないために障害者は生活のリズムが作りにくく、健康上に問題を生じている。まず、排泄は、これを自力で解決できない障害者は、いきおい回数を減らそうとするため、便秘ぎみになり、浣腸に頼るようになる。また、自立志向の旺盛な人でも、生活が不規則であったりすると同様な結果になる。この排泄に重点を置いた介護があってもいいと思う。すなわち、午前に一回排泄するとすると、その準備・後始末にかかる時間を考慮し、おおよそ一時間から二時間をこのための時間として取るのである。また、入浴は時として危険も伴うのだが、ここをおっくうがると障害者は外に出た際、周囲の人たちの、なんとなくそわそわした雰囲気をかんじることになる。それは臭いがするからで、単に障害者はへんな目で見られるということではない。この二つを重点的にケアすることにより、生活にリズムも生まれ、健康の元にもなる。この分野の専門家ないし、専門ヘルパーステーションはまだない。訪問入浴車というのもあるが、実際はほとんど見かけることは無い。隠れた成長分野ですよ。ここは。
2009年03月08日
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民主党の小沢さん。献金問題で立場が微妙になりかけている。この問題、変な方向に行きかけている。つまりは「ほかの党の人ももらっている」とか「捜査・発表の手順に問題が」とか、いうのがそれで問題の本質とは離れた方に議論が行こうとしている。一 選挙の有利不利と不正を正すこととは切り離すべき一 政治資金の規制は政治家が国会で決定すべきものではない。然るにそのようになっているところに瑕疵がある。一 大切なことは制限ではなく、公開である。すなわち誰から誰にどれだけの資金が渡っているかということを明らかにしない制度は、規正法とはいえない。一 莫大な金を自己の利益外のために使用することは、企業の目的に合致しない。検察は速やかに結論を得て、公開してほしい。
2009年03月06日
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障害者たちの、不安の源泉は「自分たちが何ができるか」「自分の能力をどう高めていくか」という問いに向き合わないことによる。現在の福祉のあり方は、そのような方向性を持っている。すなわち心優しい人たちによって、障害者は苦しみ、悩み、努力して向上していくというチャンスから遠ざけられている。言い換えれば、現在の福祉は、障害者に悲しい思いをさせてはいけないのである。何かやりたければ、失敗するのは当然である。思い通りに行かずに、悲しい思いをするのは当たり前である。この当然の道を歩ませぬようにするのが、福祉だと思っているのが福祉関係者で、彼らによって、障害者はその可能性を奪われている。その、「彼ら」の中に、当然、私も、含まれる。
2009年03月02日
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