全7件 (7件中 1-7件目)
1
先の父の葬儀に続いて、明日は祖母の葬式です。祖母は百歳を超えていたので、孫の子供と同時に生きていた。生きてはいたが、周りの状況や人をどの程度認識できていたか、それは別な話である。それをめでたいとか、違うとか、そんなことを言うことそのものが、違うんだろう。
2010年10月27日
コメント(1)
自分が中学生の時、「戦争がないからといって平和であるとは言えない」という意味のことを習った。ちょうど冷戦のさなかのころである。私はそれをとても意味のある言葉だと思って心に留めた。実際、そうなのだろう。しかし、その考えに基づいて平和運動やら、正義の押し付けなどがなされ、多くの血が流れているのではないかと、最近思い出した。この言葉を思いついた人は、たぶん「冷戦」ということを念頭においてのことだったであろう。そして、それは局地的、短期的には現実味のある言葉でもあろう。しかし、双方が正義である場合、それは通用しない。フランスの歴史家ルネ・グルッセは、「モンゴルの正義」という言葉を用いてその大帝国を描いて見せた。「それは一人の男の剣によって刻まれた、そしてそれは正義の剣であった、ただしそれはモンゴルの正義であった・・・」北朝鮮の正義は拉致を行い、ソ連=ロシアの正義は島を占拠し、韓国は・・中国は・・そして日本は、断じて他国の侵略を許さぬ以上、敵には敵として対峙するほかはない。そして、その状態を平和としよう。現実的な選択を以って、偽善的メルヘンから脱却すべきである。
2010年10月25日
コメント(2)
後期高齢者医療制度というもを例にとると、「うまく行っている所から、金を取ってきて困っている人たちを助けましょう」という企てである。こんなものはうまく行かないに決まっている。案の定、廃止ということになった。残ったものは、健全に運営していた健保組合の破綻・解散。正に屍累々と言うべきである。一部政治家の人気取り、その場しのぎがいかに危険か思い知るべきである。初期の共産主義は、みんなこれをやって破綻した。そこに、日本型共産主義が登場し少なくとも一時期大変な成功を収めた。これが終わりの始まりだった。
2010年10月23日
コメント(0)
日本はロシア、中国・台湾、韓国・北朝鮮と、それぞれ領土問題を抱えている。それらの解決のためには、友好の時にこそ懸案を先送りにせず、険悪の時にこそ交流を絶やさずという姿勢が必要である。日中国交回復の時、自分はまだ若かったが、あの祝賀ムードの中で、領土問題を思っていたのは少数の人たちだった。サンフランシスコ講和会議以来、吉田は重光と対立し、佐藤は官僚のせっかくのアイデアを握りつぶした。その結果は、メリット・デメリットもある。それは勿論だが、そのデメリットを今また思い知らされている。「敵には敵として対峙する。ただし、いつでも敵と握手できる。」それが平和主義者のやり方である。そのためには、確固たる自尊・自衛の念がなければならない。政治家は元来交渉事は苦手で、政治決着だの政治的判断だのと言いたがる。それは正に彼らの手柄の源泉である。しかし、外交官は裏舞台で命を賭けて歴史を作っていく。
2010年10月19日
コメント(0)
私の両親は日本人の両親の元に生まれた。父は先ごろ亡くなったが、日本に死んだ。母もおそらくは同様となるであろう。そして私も。そして私は、尖閣諸島は日本の領土だと信じている。しかし、もし、私が中国に生まれ、あるいは朝鮮に生まれていたならば、別な考えを持っていたに違いない。
2010年10月17日
コメント(0)
11:50 ごろ大阪府国民年金基金に電話して、自分に加入資格があるかどうか確認した。電話を取ってくれるまで、やや間があった。
2010年10月06日
コメント(0)
父が一日に亡くなり、通夜、葬式と済みました。それに、「ホール葬」と言って会館を借りてやる方式で、初七日の法要も葬儀当日に済ませてしまうという段取りでした。形骸化した様式が、どこか哀れさを誘います。
2010年10月05日
コメント(1)
全7件 (7件中 1-7件目)
1