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ある者が映画の撮影の仕事で訪れた処で、女性に暴行を働き逮捕される。するとこの者の被害者は、仕事で収録済みのビデオをたくさん持っているテレビとかラジオとか映画会社、契約しているスポンサーや出演予定の作品に関係している人々。なのはわかるが、この被害女性の今後についてはどうなのか。この女性から見れば、そのような「容疑者を雇い、利益を共有していた人々や会社」もまた加害者側に属しているのではないのか。そのような仕事が成れば、この容疑者はその日その場所にはいなかった。仕事は同容疑者の天然キャラ=人格によるところが大きいのであるから、尚のことである。被害者の気持ちを汲めば、被害者が他にいるかのごとき、その母も被害者であるかのごとき、たとえそれが事実であったとしても、慎むべきものであるはずだ。この容疑者に言いたい。「自分の母親が、自分のような者の慰み者にされたら、どうするのか」と。被害女性にも、当然親がおり、子がいてもおかしくない。そのような人たちにこの容疑者の母はどう答える。
2016年08月30日
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罪を犯した成人の息子。親が何処まで責任をとるのか、問われるのかという命題でマスコミが視聴率狙いに行っている。そんなものは、有るに決まっている。なぜなら、子供がノーベル賞もらって、金メダル取って、勲章もらって、ナントカ賞取って、大成功で大金持ちになって、「親は関係ありません」と言えるのか。良い時には第一の関係者で、悪い時は関係ない、それは許されない。ただし、その責任のもって行き方が、リンチになってはいけない。この度の高畑容疑者の母親の会見で、本人(母)とすれば気を使ったつもりかも知れんが、被害女性側からすれば神経逆撫での質疑応答は、確かにあったと思う。それは質問者の資質に依存していたとも感じる。被害女性の一日も早い社会復帰、立ち直りを御祈りする。
2016年08月29日
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この度「ここには犯罪名を書いていたが楽天によって不適切と判断され掲載を阻止させた」の疑いで逮捕されたタレントがいて、本人が容疑を認めているため起訴される事になるという。報道を見るとその影響の大きさに焦点を当てたものがほとんど総てで、「被害者が今後どうこの事態に向き合っていくのか」という視点は無いも同然である。特に多いのは、容疑者が関わったテレビや映画のスタッフがいかに大変な目に合うかという事を繰り返し報じている内容である。テレビ局を「被害者」扱いしているが、本当の被害者は被害女性でテレビ局はこのタレントのスポンサーであり雇主。十分加害者側の立羽である。被害者については、誰も心配しないのか。夜勤づとめというのはそれなりに経済的理由もある人とみるのであるが、それにしても被害者目線が無い番組構成には、ウンザリする。閣僚が問題を起こしたような時には「首相の任命責任」というわけのわからん用語がとび出すが、では「〇〇局のタレント採用責任」は無いのか。私は無いと思うが、普段自分たちは「採用責任」を問うているのではないのか。(もし私の意見が不適切・不都合・誤謬ありと思われる向きは書き込みしてください。)
2016年08月27日
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もし、最低賃金より少し低い額なら仕事をしてほしいという事業所があって、職を求める人もいたとしたら、最低賃金は壁となる。
2016年08月26日
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事件当時、施設内には9人の職員が居たという。犯人の男は、そのうちの数人を結束バンドで拘束し犯行に及んだが、この状態でも1対4。そもそも職員には防犯は期待されてないし、その意識もない。当たり前と言えば当たり前だが、では、容疑者侵が入直後に職員の誰かによって、殺害されていたらどうであったか。そっちは赦されるのだろうか。そもそも日本には、犯人保護の思想がある。現在幸か不幸か、職員が複数居ながらどうして犯行が防げないのかという声は殆ど無い。自分の得た情報では一つあったが、勿論それは職員たちを非難するものではなかった。容疑者進入時にこれを殺害、19人の命を救った行為は、行き過ぎの非難を受け、下手をすると殺人罪で起訴される。「話し合いたかっただけ」「刃物は脅かすため」(話し合いがこじれたばあい)「診察で精神的に問題ないことがはっきりしている」「大麻は関係ない」そして、「そういう人達(犯人のような精神状態の人)を差別するな」そういう関連団体、緊急アピールを発表!此れすなわち、罪は憎まず、人を論じて迷宮に入るの図式。
2016年08月24日
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デンゼル・ワシントンの演技がさく裂。飛行機事故の裏に隠された、巨悪を暴く男の孤独な戦い、と思いきや、そんなことは全く無い。人間の再生の物語だった・・・ストーリー自体は、後から考えると至って単純。何のからくりも謎解きも有りません。それだけに、俳優陣がしっかり演技していると言えます。
2016年08月18日
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2016/10/11 加筆以下の文章を確かに自分は書いたんだが、今しがた受け取った、「電脳会議」vol.174 の冒頭にフォントの記事があって、それを見るとどうやら事情は当初思っていたことではないらしい。しかしいったんは出したものであるので、これは置いておきます。(尚、電脳会議」によるとフォントは游ゴシックを推奨。ただし各ブラウザ、サイトによって推奨フォントとかもあるらしい。)最近フォントの事が気になっている。そこで、考えたのは、今使っているフォントというものは、全体の中でそこだけ違えて目立たせたい時にこそ使うような物であるということである。MSのフォントがいかに優れていたかということでもあるのだが、かと言って今更はしご外されてもこまりまんがな、ということですわ。現在のような状態に、いかにして立ち至ったのかはともかくも、このままでは私も過ごすわけにはいきません。たとえMSのせいではなくともです。ここで思い起こすのは、ステーブ・ジョブズがかつてスタンフォード大学で行った「(常に)ハングリーであれ・愚かであれ」のスピーチです。ここで彼はフォントに言及しているのですね。==========フォントって、自分は目立たず伝えたい事は言葉に委ねているが故に偉大なのだと痛感します。(勿論ジョブズがそんなことを言っているわけではないですが)
2016年08月17日
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2016/10/11 加筆以下の文章を確かに自分は書いたんだが、今しがた受け取った、「電脳会議」vol.174 の冒頭にフォントの記事があって、それを見るとどうやら事情は当初思っていたことではないらしい。しかしいったんは出したものであるので、これは置いておきます。(尚、電脳会議」によるとフォントは游ゴシックを推奨。ただし各ブラウザ、サイトによって推奨フォントとかもあるらしい。)どうやらMSめ、自分とこのブラウザが不人気なのに業を煮やし、MS系のブラウザ以外ではMSゴシックとかのフォントを使えないようにしたようだ。もともとEdgeでGoogle日本語入力が使えなかったが、とうとうフォントにまで制限をかけてきた。MSの意義って、Macの路線とは違いますよ、ということであったはず。次のPC買い替え、ないしOS更新時にはなるべくMSからは離れようと思ってしまう。このような挙に出たMSに対しては、ささやかながら蟷螂の斧にて一撃食らわせたく、胸中に期するところあり。
2016年08月16日
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フォントが変わったような気がする。いや、絶対変わってる。それから、新管理画面になったら、Firfox もChromeも大して変わらん。これはChromeで書いてる。========「フォント、変わってるで。」「え、ふぉんとに。」「・・・・・・・」「。。。。」こうして、距離というものが生まれた。
2016年08月15日
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オリッヒックネタです。少し気になったので。今回オリンピックで金メダルを取った選手の中に、かつて国際大会前に風邪薬を飲んで、その薬の中にドーピングに抵触する成分が含まれており、それが分かったのでその大会参加を自粛した、という経験のある人がいます。市販薬にどんな成分が含まれるかなど、一個人・選手がそこまで気をつけなければならないというのは、「異常」と認識しなければならないと考えます。いまの世の中、これを普通のこととして受けとめています。こんなことは、協会とか身近にいるコーチとかが気をつけてやれというのは簡単です。でも、風邪くらいで休みたくないので選手も相談しづらいのでは、というぐらいの話になるのでしょう。私は別な話をしたいのです。すなわち、この際製薬会社の側が、その薬がドーピング検査に抵触する成分を含んでいるかどうか表示すべきだと思います。「眠くなる成分は含んでいません」、あれと同じ感覚です。目薬・頭痛薬・風邪薬と私たちは不用意に薬を用い過ぎているというのは、一般にこの頃ようやく広まりだしていますが、もっと薬について我々も知るべきではないでしょうか。これは単に、オリンピックだけの問題ではないのです。
2016年08月13日
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あることがとても重要に思えて、そればかりが心を支配したとしてもそれは人生とか周辺とか環境とかそんなものから見ればごく一部に違いない。もし「心」全体がそのことに支配されていたとしても、心は自分の総てではあり得ない。願いとか思いとか、そんなものを振りかざして人々の関心を集め、何かを悪者にして幻の勝利を演出する。「何でも聞いて」と言い、常に答えを持っていて、結局は「こちらの責任」しか出口はない。何とか制度などというものは、無責任制度でしか無い。ここから出るのは、実は簡単なのだろうが、凡人以下の脳みそには難解過ぎて投げだしたくなる。心なんかほっといて、たまには己全体を見ろ。たまにはそのことを思いだせ。
2016年08月11日
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これまで「沖縄振興予算」と称して、総額11兆円にも及ぶ税金が投下されて来たが、はたしてそれで沖縄の人達の生活がどの程度良くなったのか。そもそも、何を改善するためにどうお金が使われたのか。それをこの際検証してみる必要がある。もしも莫大な額の税金が一部の人達の利権のために使われ、一方で自分たちの不遇を「基地があるから」と言っている人達が居てそれが巨大な仕掛けのように作用して利権を生み出している、としたら。手始めに、昨年度の沖縄県の予算とそこで使われた「振興予算」の使いみちを明らかにしてもらいたいものだ。
2016年08月10日
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ケネデイ大統領が暗殺は、謎の多い事件である。おそらく現在のアメリカにあって、オズワルド単独犯行説を支持する人はほとんど居ないのではないかと思われる。最近、同テーマによる作品を二つ見た。(DVD) いずれの作品も、興行的な成功よりはアメリカ人に現実を伝えよう、考えさせようとしている。「この事件には疑問の余地がある」と。それを残しておかねばならないという気持ちが伝わってくる作品であったが、いずれの作中にも、大統領を熱狂的に支持する人達が居る反面、それを裏返して余りある感情を抱く人達も描かれている。変革期だったんだなあと、思う。最先端の民主国家と見えていたアメリカにあって、日本で言えば、明治~昭和初期にでも起こりそうな事件があったのである。ただしそれは銃で実行され、フィルムに記録されている。確か日米間の初の衛星中継でもあったと思うが、違っていたらどなたかつっこんでください。少なくとも、単独犯ではありえないと自分は思う。
2016年08月08日
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少女像なんか放っとけ。大事な事は、日本人が戦時中の慰安所、そこに働く女性たちについて正しく、実態を把握することである。日本人が、である。今回の騒動。これは反日日本人の手によって産まれている。もう「元慰安婦」の人達に配慮する必用も、余裕もない。それはこの騒動を利用してきた、そして利益を得てきた側の責任に帰する問題である。資料を生のままに、だれの手にも、目にもそのまま晒すことは危険な事であり、昔から慎みを持って慎重にそれは扱われて来た。しかし今、もうその余裕も、必用もなくなってしまった。「少女像」はそのままでいいので、実態が分かる資料が散逸せぬように収集・保護され、かつ閲覧できるように整理・展示されるべきである。
2016年08月06日
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昨日です。トモダチ作戦被害者支援基金 にご協力をお願いします。 詳細はWebで検索ください。後日当ブログでも紹介の文を載せます。ただし、同基金・関連団体とは連絡していません。当方の一方的勝手なお願い・紹介です。という文章を載せました。実は福島において、多くの米兵が被曝し、そのため既に死亡した人達を始めとして何の公的支援も無い中苦しい生活を強いられています。このような現状をマスコミは報道しません。我が国のため他国の兵士が危険を顧みず粉骨し、多くの人を救ってくれました。そしてその為に今、英雄たちは窮状に陥っているのです。これを見過ごして良い訳はありません。このような現状を見て、それぞれの立場の人は自分の立場に有利なように宣伝に利用するかも知れません。実際同基金は主に原発反対の立場の方々が設立されていますが、自分などはむしろ賛成派の方です。それぞれの立場を超えてこの基金の趣旨に協力したいと思い、私なりの募金とともにこの文を載せます。
2016年08月03日
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幸せな人達というのは、何が幸せかを自覚している人達である。そうでない人達は、周りのコマーシャルとか、コマーシャルに寝食された周りの人達とかに巻き込まれて動いているだけだ。そして結局は虚しさを味わうことになり、やがて別の新たな空虚さを求めて熱狂したがる。その消費・消耗を吸い上げたコマーシャルが常に勝利者となる。===========トモダチ作戦被害者支援基金 にご協力をお願いします。詳細はWebで検索ください。後日当ブログでも紹介の文を載せます。ただし、同基金・関連団体とは連絡していません。当方の一方的勝手なお願い・紹介です。
2016年08月02日
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世に森田療法というものがあって、自分などは大いに参考にもしている。この療法もその成立時から現在に至るまで、様々に改良を加えらていることであろうが、その初期にさかのぼれば、その第一段階としてほとんど寝たきり(正式な呼び方は異なる)を強制される。そしてその後の治療段階を通じて、世間からは隔絶した生活を送ることになる。これは「引きこもり」と現象的には似ている。引きこもりはそれ自体問題にするべきものではなく、あるいは本人が再び社会生活を送る上での重要なステップとして見直されても良いのではないか。引きこもりが自発的な「防衛」であることは確かなので、この状態を利用して系統的治療を試みてはどうかと思う。ただし、森田療法は神経質過ぎて社会に不適応をきたしているという人達に向けて開発された物であり、多くの場合本人にその自覚があり、自ら改善を望んでいる。対して引きこもりは社会から逃避し、逃避はするが一部には自分を認めてもらいたいという願望もあり、周囲の自分への思いやりとか優しさも欲しているので、これを森田療法そのものにつなげようという事ではない。
2016年08月01日
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