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先週の火曜日(2/23)、就職活動はあっけなく終わった。自分の思う形態と違う雇用だったが、所謂保険もボーナスもあるというやつで、複数の職場を掛け持ちすることはできない。3月にもう一度詰めの話し合いをして4月から働くことになった。また、「研修とかは・・・」と聞いたが、そんなものはないようだ。それから後で分かったことだが、福祉の団体としては六十年の歴史があるようだ。乳幼児のための施設や保育所なども経営しているので、おそらくは戦災孤児支援を出発点としているのではないかと思われる。ホームページもあるので、それを見たらいいだけなんだけどね。それで3月は仕事も週に二三回ほどしか無く、のんびり。
2016年02月29日
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つい数日前のことである。強制退去させられる前に収容される施設において、不法滞在者たちがハンガー・ストライキを行った。報道で見る限り、そこで出された食事は自分が普段食べているものと変わらないし、むしろ栄養バランスは良さそうに思えた。「私たちは動物ではありません・・・」ふざけるな!俺たちは日々動物以下で暮らしているのか、そこへ法を犯してまで来ていらんわ。早く一刻も早く出て行ってください。そうして元の自分たちの人間らしい立派な食事をとってください。私たちは動物以下でいつでも幸せです。 もう、絶対来るなよ。二度と来るな。
2016年02月28日
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消費税10パーセント。これは私は以前から主張していた。理由の一つは分かりやすいから。ただし、それには源泉徴収をやめて、自営業も給与所得者も同じ仕組で納税し年金も医療保険も一元化する。それによって「減税」「企業の負担減」をはかる税制改革が前提だ。そもそも源泉徴収もたばこ税同様に戦費調達のために始まったものだ。それぞれの戦争は違うが、その戦後に税が元に戻ったかと言うと、そのまま残った。取れるんだから取っておく。安直なやり方の積み重ねで今日に至ってしまった。「自動車重量税」も一般財源化というマジックで同様の有様だ。税は広く薄くが原則で、現在は複雑すぎその仕組に精通しないと損得が発生してしまう事態となっている。低所得者に対しては、別途手当を考えればいいのであって、公平性の名のもとに反対し、反対のための反対というパフォーマーの舞台となっている。
2016年02月27日
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明日は久しぶりに早起きしなければなりません。面接が二件ありますが、スーツとかネクタイとかはしたくない。かと言って初めから喧嘩腰で行くわけでも行かず。と考えていたところ。一件目、午前の面接は先週からの予定です。そこへ、「急ですが明日どうですか」と二件目からの電話が入りました。これで、私のシナリオは、まず一件目の面接時は「午後から仕事ですので」とか「このまま仕事に向かいますので」とか言って普段着(Gパン)であることを言い訳し、午後からの面接では「午前中に一件ありましたので」とか「仕事終わってそのまま来ました」てな事を言う予定。これでまずはめでたしめでたし。
2016年02月22日
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イギリスの日刊紙ガーディアンに、ゲス不倫の事が取り上げられ、ベッキーは仕事なくなり、相手のバンドリーダーの方には仕事があるというのは、「日本には人種差別がある」という証拠だ、という。確かに人種差別があるのは確かだと思うが、この場合の差別はちょっと違う。ベッキーはもしハーフでなければ、あのように成功したタレントではありえなかった。日本人であったなら、おそらくあの数倍美人かめちゃくちゃかわいいか、さもない時はよほどの頭の良さを持っているとか、特殊な能力の持ち主でもなければ、あのテレビ露出はありえない。つまり彼女はハーフだから、優遇されて成功したのである。一般の日本人にとっては欧米系の顔立ちには本能的に弱いのである。私もです。それに加えて英語をしゃべるとか、バイリンガルとかにもめっぽう弱い。私もです。ベッキーは大成功者であり、「大物」。対してゲス谷川の方は紅白出場を果たしたとはいえ、まだまだ「小物」。今回の紅白選出についても「なんで私が○○に」のレベル。紅白の「選出」そのもの、つまりNHKの側が自分たちの選出をアピールしたい、その要員。ベッキーは、大物だからそれだけ失うものが大きかった。彼女の売りは「イメージ」であり、それを失ったのだから失うものはそれこそ「ほとんど総て」。対して谷川の方の売りは「音楽」、それもこの頃ようやくメジャーだが基本は「一部にファン層がいる音楽」。大衆が離れても、ま、なんとかなる。ただし、これから大々的に売り出して大儲けを目論んでいたレコード会社は落胆。ざまあ見ろ。
2016年02月20日
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小学一年生の児童がダンプに轢かれた事故を、マスコミが取り上げている。ひき逃げ事故でもあることから、68歳の男が捕まっている。この男の表情を見ると、おそらく自分はそんなに悪くはないと思っているかのようだ。確かに「青」信号だった。この運転手はおそらく、今回と同じように何度も交差点に進入したはずだ。そのたびに歩行者の方が危険を避けてくれたので、事無きを得た。本当は自分が注意しなければならないのに。単に幸運で助かった。その僥倖を天の助けとして感謝せず、相手が避けるのが当然という態度が改まらなかった。このたび、そういう不届きな態度が通用しない場面に出会った。そこで払われた犠牲はあまりにも大きい。残りの人生を償いに費やしたとしても、一体何が償えると言うのか。同じような事例は、過去に何度も起こっているはずなのに、「もっと注意しよう」「気をつけよう」「心して運転しよう」せいぜい「歩行者の方も注意しよう」程度で結論となる。今回の犠牲も単に社会を維持していくための、そのための「一つ」にされてしまうのか。もし、「注意義務」というくくりだけでこの事故を教訓とするなら、その態度こそ「何も学んでいない」と言えるだろう。なぜなら、一般論で言えば人間である以上必ずミスをする、不注意はある。何か「仕掛け」を変えない限り、事故は防げないし、尊い犠牲に報いる事はできない。私はここに、人・車分離を改めて提起したい。歩道橋はその手段だったが、結局撤去の流れとなった。なぜかといえば、それらの歩道橋は人・車がともに移動の効率を求めた結果の妥協の産物だったからである。「非効率でも安全第一」「納得できる比能率」で、道路を考えなおすべきである。
2016年02月18日
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最近夜勤がきつくなって来た。どうせよる寝られないなら、ということで一時は週に三回の夜勤をこなしていたが、もう辞めたい。現在残っている水曜日の夜勤。これをやめれば夜勤は無し。それで働き口を探しているが、おいそれとは見つからない。この度こそ、本当に温泉でもつかりに行くことになるかも知れない。そうでなくても行ってみたいところはあるし、暇を持て余すということにはならないはずだ。今日もネットから一件応募しておいた。どうも女性を中心とした職場のようだ。募集が女性のみでも、この頃はおいそれとそれを表に出せない妙な風潮があるようだ。勿論ちゃんと書いている所もあるし、一時期よりは誤解による非表示は減っているようだ。いずれにしても、かのゲーテも言っている。「生活者の名に値するものは、日々生活のために戦う者のみ」。
2016年02月16日
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後漢の王充は「道家」最後の大物、と以前このブログに書いた。しかし、「論衡」そしてその中にある王充の自伝を見てみると、本人はあくまで自身を儒者と思っており、実際その通りだったと思う。彼を儒者中の異端ならしめたのは、その真を求める真摯な態度と科学的な知識の普及発展があげられる。であるからこそ、儒者でしかありえない孔融(孔子の子孫)は王充の論を知っていて「孝」とは言っても、その実は(男女の)情欲に発するものではないのかと口にして、処刑されてしまった。王充を儒者と見ると、相当な異端であることは間違いない、しかし「嘘はいけない」というそれこそ儒教の根本・本義にかなったものであることも間違いない。真面目すぎる儒者、王充と孔融に敬意を表するものである。ちなみに孔融を処刑したのは魏の曹操であるはずだ。この時日本はまだ卑弥呼の時代あたり。文字があるか否かという違いは、大きい。
2016年02月14日
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OUTLOOKの文字化け、要するに敵のいじわるだった。試しにEdgeで表示してみると、全く問題ない。ほぼ一ヶ月いや二ヶ月ぶりかも、のEdgeの登場でした。普段はChrome、Firefox、Opera、Kinzaを使いまわしています。そおかぁ、実力では敵わぬと見てEdgeわるを仕掛けてくるとは、なんとMy苦しソフト! まあ、単に仕様上そうなった、だけかも知れないが、はじめのうちは問題なく表示されていた。それに部分的な文字化けだし、やっぱり「やっている」と見るのが妥当。 自社のメールを使いたかったら、パソコンもスマホもMicrosoftで統一しなさいってか。自分は現在スマホもタブレットも持っていない。携帯は通話のみの契約でiモードなどの接続はない。
2016年02月12日
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MSNのメール。やっぱり、数字のところに□□□が出てます。MSNには「文字化けしている」と意見を送ったのですが。もしやこれは個人情報保護という近頃はやりの病の一つではないか、と思えてきました。これを発明した人は、さも自分こそ文明・社会の守護者と思っているんでしょうけど。ここに一人、それを気味悪がっている人間がいるんです。平成の道家です。実はこれから動画で意見を発信しようと考えているのです。3月にYoutubeに動画をアップするやり方を教えてもらいに行くことになっておりまして、USBメモリなんかも新たに買いました。以前我流でアップしようとして失敗。その時は音声だけでしたけど。医療とか福祉とか、それから「依存症」とか「いじめ」とか、いろいろ言いたいことはあります。新聞に投稿もします。もう何年もそれを実行できていないませんでしたが。最後はいつもの様に、題名から飛んでしまいました。
2016年02月11日
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最近じゃないですけどね。就寝が二時三時いうのがざらです。いろいろ思うところがあって、こういう生活が合っているならそれもいいかも、とか、それではいくらなんでもとか。中毒について考えてしまいますね。パソコン中毒。やっぱり制限のあるSIMでWiFiだった方が良かってのか、なんて弱気になります。二年なんてすぐに来てしまうので、料金の安いものに変えるつもりですが、それまでにこの中毒を治すことです。たばこ・酒そして薬物。みんな深刻な中毒を引き起こします。ギャンブル・ゲームそしてスマートフォン。もし自分がパソコンを一定期間意図的に離す事ができれば、中毒とまでは言えないし、まだ助かる目は残っています。もし、いつかの誰かのように何かを注意されて(その人の場合はたばこ)頑強に反論したり、もしそう言われてそれが自分の人格まで否定していると感じたならば、それは(たばこに)頭まで冒されているに違いないのです。たばこや酒をなめてはいけない。自分の欲のままに生きている、自由にやっている、自分の意志で決めていると思っていて、その実は誰かの商売にうまく乗せられているだけなのです。
2016年02月09日
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MSNのメールが文字化けしている。懸賞とかポイント貯めて応募とかの用事に使うのならともかく、仕事に関係していたりすると本当に困ってしまう。やっぱり頼りはGメールです。でもそれだとgmail受信が増えて困るので、ここでリリーフにAOLなんかを持ち出すというのも一考かも。AOLはおそらくGmailを借りている、ような仕様になっていますね。もし、MSNが回復してくれたらそれでいいんですが、ちょっと時間がかかっています。今週中に回復しなければ、検討します。すでに一部はGMAILに変更しているんですが、マイクロソフトは危機感を持っているんでしょうか。ね。
2016年02月07日
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もし清原が立ち直りたいなら、「薬物中毒そのものはおそらく治らない」と腹をくくる必要がある。それは慢性病のように一生ついてまわる。周りもそれを理解して対応しなければならない。尾崎豊は薬物中毒が完治ということで、社会復帰したが実際にはそうではなく、薬物中毒の発作が起きたにもかかわらず、事の発覚を恐れた妻が通報を躊躇し手当が遅れて死亡した。ホイットニー・ヒューストンも完治ということだったが、結局は廃人同様になって死亡した。同じように薬物を用いても、一二回でまあこんなものかと、中毒には至らずやめられる人もいることは事実である。いつだったか兄弟で一方のみが中毒になっていくという設定の映画(実話に基づく)があった。医師の管理のもと、薬物そのものを用いながら徐々に使用量を減らしていくしかない。同じ苦しみを持つ仲間と励まし合い助け合いながら、その病気と付き合っていくしかない。そうするうち幾人かは完全に断つことも出来るのである。そういうチャンピオンを基準にすると、逆に脱落者を増やし、その人達を闇に追いやってしまう。藥絶ちに失敗してもまた挑戦出来る環境作りこそが人々を救うし、初めから一度や二度の挫折は想定に入れておいたほうがいい。
2016年02月06日
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昨日中央図書館に行って、若干の蔵書を寄付した。もっとあれこれ疑いの目で見られるのかと思いきや、氏名だけ書いたらあっさり預かってくれた。こんなことなら、もっと早く持っていけばよかった。これなら、次も持っていけそう。で、本日は「清原逮捕」について一言。確かに彼のやったことは馬鹿なことだが、彼自身が馬鹿ということではない。むしろこれから、彼の本当の力を見せる時である。英雄とか、虚構のスターの仮面を脱ぎ捨て裸一貫、男を見せて欲しい。英雄はテレビの中に居るのではなく、町中に汗を流す者の中に居るのだ。本人も内心はホッとしているのではないか。捕まったおかげで厚生の道がひらけ、廃人にならずに済む。 健闘を祈る。
2016年02月03日
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もう火曜日になってしまった。部屋はぼちぼち片付いてきたけど、明日と言うか実際にはもう今日の事になってしまったが、蔵書を少し図書館に寄贈しようと思う。それでまた空間が増える。なかなか物を捨てるというのはしにくいもので、断捨離と言っても更に難しいことになる。つくづく、小さいもの・軽いもの・薄いものが役に立つ事を実感する。と、話は飛ぶが、縄文と弥生。縄文人が弥生人に征服されたとか駆逐されたとか言われていたのは今は昔。縄文人とはすなわち弥生人のことで、使っている土器が変わっていっただけというのが主流の考え方であるようだ。実際自分は以前から、人骨の変化をいうなら、もう少しはっきりとしたサンプル数を示すべきだと思っていた。統計に基づかない、自論を補完するサンプルのみを提示しているかのようにも見える言い方には、疑問を持っていた。それで、大きくて重くて厚い縄文式土器が、軽くて薄い弥生式に変化していくのは古代人のライフスタイルの変化だったと、自分は思うのです。
2016年02月01日
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