全5件 (5件中 1-5件目)
1
最近、OPERAに戻ってみた。自分なりに調べてみたが中国資本の影はない。どうやら本体は維持したのかどうもよくわからん。が、ブラウザが様変わりしたのは間違いない。使いやすくなった。タブをすべて閉じても(少なくともデフォルトでは)ブラウザが終了しない仕様というのはいい。これの方が自然です。このまましばらくは使っていこうと思います。
2016年10月27日
コメント(0)
そろそろほとぼりが冷めてきたので、書きます。「相模原障碍者施設襲撃事件」。事件そのものよりも、事件後、複数の障碍者関連団体から、緊急声明なるものが続けて出された事に違和感を持つのである。それはなぜなのか。自分でも釈然としないまま、でもどこかそういう声明を出す人たちとは、共感できないのである。この犯人。はっきり言って「異常者」。変な奴がとんでもないことをしでかした。薬物依存の疑いまである。そういう犯罪があって、「社会の人々にメッセージ」、ですか。分かりません。意味不明。私は。
2016年10月26日
コメント(0)
最近、「道家」ってなんですかと聞かれた。時折聞かれることもあるのだが、面倒なのでてきとーにはぐらかすことを心掛けている。道家になった以上は、行きつくところそんなことは「考えもしません」ということなのであるが、自分はまだまだそういう境地には遠い。で、一つの答え方として、「要するに儒家ではない」ということ儒教的ダイナミクスからはじかれてしまった、あるいはいや気がさした、そういう人たち。ただしこの中には儒家よりよっぽど儒教的生き方を目指す人たちもいる。そういう人たちにとっては、儒教=孝の思想をうまいこと利用だけして立身出世の道具、己の世渡りの道具として自らを特権階級たらしめる、そんな似非儒者が我慢ならないのであろう。そういう人たちこそ本来儒者なのに、道家と呼ばれることもある。ちょっと話がそれてきた。道家の中にも様々なタイプがあるのです。要するに、私は「儒教的生き方ができないので、道家になりました」ということです。道家とは、という問いには別の言い方の方がいい気もするので、それはまた別の機会に述べます。
2016年10月21日
コメント(0)
「残業100時間で過労死は情けない」これを額面通り読めば、それは「正しい」。この事件の場合、残業時間の多さそのものが問題ではなく、職場環境そのものが問題で、ここで時間数だけを問題にしてこの種の事件を考えるようになると危険である。その辺は真剣にこの問題(職場の人間関係・環境問題)に取り組んでいる人たちにとっては自明のことで、今後このネットに書き込みされた言葉の問題と、ごちゃまぜにされることがないように注意すべきである。ここにある本質は、上司や先輩がこの有為の人材をつぶしにかかったという事実。そういう環境で生き延びるすべがある者たちがそこの集団力学を支配しているという事実である。そもそも電通になんで一流大学の才媛が・・、と思ってしまうのは自分だけではないはず。これはネットの共通認識であろう。
2016年10月13日
コメント(0)
相変わらず本文の文字は小さい。フォントも見づらい。が、タイトルは大きくなっている。フォントの使いづらさはほかのブラウザ(Kinzaのユーザーページ)などでも指摘されていて、自分だけの感想ではないことが覗われる。これはメジャーでないフリーブラウザにとっては大いなるチャンスである。見やすいフォントを導入・開発すれば他からの乗り換えを獲得できる。今はまだEdgeがブラウザとしての基本のところでもたついているので、実績のあるエンジンを積んでいるフリーソフトには優位性がある。これはChromeで書いているが、やっぱりフォントはみにくい。そういう意味ではKinzaに期待。
2016年10月04日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1