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明日からはちょっとネットも休止。NEXTmobileというのを申し込んだので、それが来るまで休みます。いざとなれば、スマホと10.1型ノートにSIMが入っているので、それでしのぐわけですがネット喫茶に行くのが現実的。そもそもWindows更新のたびに速度制限がかかるDTIをやめようというのが今回の乗り換えの理由です。それさえなければ何とかDTIのつなぎ放題でもやっていけそうですが、早めに決断しました。しかしNEXTmobileとてどうなるかわかりません。もしこれがだめなら再び光ということですが、何とか踏みとどまってほしいですね。
2018年07月31日
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人のことが分かったつもりで、なめてかかると最後には痛い目に合う。人の力でうまくやったつもりでも、二度目はないということだ。それが実際、三度四度とまあもう少し回数があったもしてもそれは時として、不利として働く。回数を重ねると自分の力が分からなくなってしまうということだ。実力もないくせに周りの力で何とか切り抜けているだけの間に、次のことを考えているなら大したもんで、実際は己を過信する方になる。そして必ず、報いは受ける。たとえ善意の人であったとしても。
2018年07月29日
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鳥のオウムが迷惑。そして、もし「坂本弁護士一家殺害事件」や「松本サリン事件」の捜査を尽くしておれば、その後の事件はなかったはず、(その前後の假屋さん殺害事件などを含む一連の関連事件については話を簡略化するためあえて触れないが同様のことが言える)である。それを阻んだ要因のうち最大のものは、現在の日本でよほどの凶悪事件でもないと警察が踏み込んだ捜査をやりにくいということがあげられる。また、いったん「宗教法人」としてしまうとその壁は相当に高い。坂本一家殺害の際、現場にはオウムを疑うに足る遺留品が残されていた。それを素人に指摘された捜査陣は逆にかたくなにさの素人推理を拒んでしまった。というのは私の推論であるがもしこの点を詳しく知っている人がいたら、突っ込んでください。私への連絡方法は表紙に明らかにしているので。
2018年07月27日
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たとえ賃貸であろうと、多くの場合家屋は十人にとっては負債である。ましてやローンを抱えての所有は負債そのものである。なぜなら売り手にとって買い手の負担が売り手の負担を上回らなければ、そもそもそんなものを他人に供給しようとはしないからである。負担は負担。負債である。負債を負債として正しくあるがままに認識しそのうえで自分たちにとってその価値がどういうものか理解している必要がある。そのうえでそれを楽しめるならば、楽しいであろう。
2018年07月25日
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プライバシーと言い、人権と言い、その時のその土地(国柄)の求めに応じて何かを守り、それに従っている限り納得しているようなそぶりは見せる。人権派の人たちに言いたいことは、人権はその人そのものではないということだ。誰かの人権を守る時誰かの人権は考慮されていない。その自覚なき無邪気な正義は、多くの人の涙と屍の上に傲慢にも権力を振りかざす。
2018年07月23日
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障害者の、特に「自立」生活の度合いが大きい生活においては、当人の意思というのもが重視される。しかし、そこには「かのごとく」という枕詞がつく。障がい者は経験値が圧倒的に不足していて、違う経験を同一経験として当てはめてしまいやすい。その結果「こうしたい」という望みは、多くの場合周りにいる者が駆けずり回ってやっと実現しているのが現状である。それは日常の些細な生活においても言えることである。別な言い方をすれば、障害のあるなしにかかわらず困難なことはたくさんあってその人の「望み」というのがその困難さを障害のせいにしている限り、楽に・楽しく・面白く生きることは実現するはずはないということである。
2018年07月22日
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自分はガイドヘルパーです。最も怖いのは「人」です。さらに、歩きスマホの人たちは、自分がよけてもらっているという自覚がない。彼らこそ障害そのものです。歩きスマホの人たちは、すでに脳を侵されておりこれを注意されると自分の人格まで否定されたように感じているはずです。これは喫煙者と似ています。さらに彼らの「姿勢」。あのように首・肩・腰・膝を曲げた姿勢を長年続けていて老人になったとたんにしゃきっとした姿勢になれるはずはありません。これは介護の負担が国全体で今よりも相当増えるということです。増税は避けようもありません。若者たちよ。早く気づいてください。
2018年07月20日
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ブロックチェーン(以下BC)は、単に金儲けの道具ないし場としてだけでなく、その気になれば新たな国家の形態として、少なくともその原型としての可能性も持っている。世界のどこかで、すでにその動きはあるはずだ。
2018年07月19日
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障碍者の障害は、一つは排泄である。排便・排尿ができる(おむつでない)にもかかわらず、困難さが年と共に大きくなる人がいる。こういう人はやりたいとき、出したいときに排尿・排便をしたいと思っていて、かつ、それができると思っている。誰にでもある程度は可能であっても「思うまま」というのは不可能。それを続けて我慢していると、ますます逆に困難になっていく。すなわち、排便しそうな時にも排便ができないという状況になる。そうなると介助者は特別の、その人に適したテクニックによって介助しなければならなくなる。するとその人の排便は特定の技術を持った介助者だけに頼ることになり、ADLは著しく低下する。時間や金をある程度かけても、人間の本来的活動を第一に考えることが肝要で、社会的な活動とりわけ「見栄」などはこの際後回しにすべきである。
2018年07月18日
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どこで間違ったのか・・と、様々な事件についてあとから言われることも多い。だが実際は物事には引き返す機会は複数存在している。その機会に抗いつつ、人間のエゴと欲が人を破滅へと導いていく。人の優しさ、思いやり、献身を踏みにじって自ら破滅へと向かう。
2018年07月14日
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できないやつ、自信のないやつの言うことというのは「何を言うか」ではなく、「どのように言うか」である。どのように言うかを考えている間に何を言ったのか、言われたのかをすっ飛ばしている。そして、相手が自分をどう見ているかに最大の関心があり、自分のできなさがばれないように関心をそらそうとする。そう、ばれたら大変。一大事。
2018年07月13日
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組織において、上からの信任も厚く自他ともに認める有為の人であり、幹部となって活躍著しいものがあった。一方、頭はいいがどこか愚鈍に見える者があって幹部にはなっているものの重要な場面には主催者に同行許されない。そして、その有為の人材と目された者たちは主催者=「教祖」と共に死刑となる。教祖の名は麻原彰晃。愚鈍なものはその道を、行けなかった。
2018年07月12日
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人の99パーセントは運でできている。我々はただ1パーセント頑張ればいいだけだ。それ以外に何ができるものか。
2018年07月11日
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