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F35墜落事故は本当にパイロットが原因なのか~航空自衛隊三沢基地の戦闘機F35が太平洋上に墜落した。約2か月の短期間の捜索、原因究明の結果、死亡したパイロットが空間識失調という平衡感覚を失う状態に陥り、墜落の原因をつくったという推定の結論を出して、捜索、原因究明の努力を放棄した。安倍首相は憲法9条を変える理由として、自衛官を父親に持つ子どものことを考え、自衛隊の存在を憲法に堂々と書き込む必要があると何度も繰り返してきた。しかし、そこまで自衛官のことを思うのならば、わずか2か月で捜索打ち切り、原因究明中止はあまりに諦めが早いのではないか。安倍首相の言動と実際の行政行動とのギャップに驚く。F35は安倍首相が1兆2000億円という巨額支出をして105機の追加購入を決めた次期主力戦闘機だ。ベテラン・パイロットの墜落事故についてはもっと時間をかけて慎重に原因を追究すべきだろう。機体には何も原因がなく、推定だけで自衛隊のパイロットに原因があったと結論を出すのはあまりに非論理的だ。まるでトランプ大統領やロッキード社に遠慮しているようではないか。~航空自衛隊はまず、酸欠やG―LOC(重力に起因する意識喪失)、機体の不具合などの可能性は極めて低いとしており、その上で次のように結論づけている。有効な回復操作が可能な最低高度に至っても回復操作が見られないことから、操縦者が「空間識失調」(平衡感覚を失った状態)に陥っており、そのことを本人が意識していなかった可能性が高いと推定しかし、この「推定」は本当に合理的なのだろうか。~私は専門家から、自衛隊機事故の真の原因は機体の上下左右の傾きを測るジャイロセンサーの問題なのではないか、と聞いていた。かつてはアナログ式だったジャイロセンサーはかなり完成度の高い技術だった。ところが、近年これを電子化したのはいいが、地磁気や飛行機自体の磁気の影響を受けやすいという。この電子化ジャイロセンサーが原因となって、民間航空機であるボーイング737MAXが2018年10月にインドネシアで、今年3月にはエチオピアで相次いで墜落している。(要旨・以下略)~---F35の墜落事故に関しては、フライトレコーダーも回収できていない状態(フライトレコーダーの装置自体は回収したようですが、肝心の飛行記録を収めた記録媒体は入っていなかったと報じられています)ですから、レーダーによる飛行経路解析と無線でのやり取り以外は「何も分からない」状態です。にもかかわらず、たった2ヶ月で原因を断定とは、恐れ入ったと言わざるを得ません。例えば34年前の1985年日航123便墜落事故の際は、フライトレコーダーもボイスレコーダーも回収されていて、それでも事故報告書の公表まで2年近くかかっています。近年の例でも、運輸安全委員会のホームページに、様々な航空事故の報告書が掲載されていますが、調査のための材料がきちんと整っていて、死者も出ていない小さな事故だって、報告書の公表は事故発生から早くとも4~5ヶ月、1年以上のものも多いのです。にもかかわらず、判断材料が何もないままで2ヶ月で原因を断定というのは、最初に結論ありき、としか言いようがありません。確かに、事故の経過を見て、飛行機にある程度知識のある人なら誰でも、最初に疑う原因はおそらく空間識失調(バーディゴ)でしょう、したがって、推測される事故原因のひとつとして空間識失調がありえる、ということは言えるでしょう。しかし、そう断定してしまうには、不可解な点が多すぎます。引用記事が指摘するのは、事故機のパイロットが飛行時間3200時間のベテランであったこと(当然、空間識失調の危険性は充分に認識していたはず)、またF35のヘルメットは「総合視認システム」によって夜間でも昼間と同じ明るさで外部の景色が視認できるようになっていることです。それがなかったとしても、姿勢指示器(水平儀)を見れば飛行機の現在の姿勢は分かります。当然、高度計でも急降下の状況は分かるでしょう。ベテランパイロットが夜間の飛行において、水平儀も高度計もをまったく確認しないまま、何の疑いも抱かずに35秒にわたって1万m近い高度を真っ逆さまに墜落、というのは、果たしてどうなのでしょうか。可能性のひとつとしてそういうこともあり得ますが(民間機の事故において、機長も副操縦士も他のことに気を取られていて、高度計や高度計を確認しないまま急降下して墜落、という例はあります)、他の証拠が一切ないままそれが最終結論だというのはあまりに乱暴です。引用記事が疑っているのは、まさにその水平儀の元になるジャイロセンサーの電子化による異常、あるいはもっと大きなレベルでのシステム全体のバグです。もうひとつ、引用記事には触れられていませんが、F35に関して問題視されているのは、パイロットが酸欠になる事故が多発していることです。おそらく、酸素マスクのどこかに欠陥がある(マスクの物理的欠陥ではなく酸素供給の制御システムのプログラムにバグがあるのかもしれません)のだと思われます。これまでのところ、それによる墜落事故は報告されていませんが、高高度でパイロットへの酸素供給が経たれれば、酸欠によって判断力が落ちたり意識を失ったりします。しかも、本人にそれという自覚はないことが多いのです。また、そういうことがあるかどうかは知りませんが、最悪の場合、制御システム全体がダウン状態になってしまった、ということも、あり得ない話ではないかもしれません。また、当該事故機は完成機の輸入ではなくノックダウン、つまり部品を輸入して、最終組み立てを日本で行った機体のようです。ということは、逆に日本での最終組み立て過程のどこかにミスがあった、という「日本独自の問題」の可能性も、ありえないとは言えません。要は、何の原因で墜落したか、今の時点ではなんともいえないにもかかわらず、予断で墜落原因を決め付けてしまったようにしか見えない、ということです。要するに、米国様からF35を大量に買うのに、妨げになるような墜落原因では困る、という理由で最初に結論ありきで原因を決めた、ということです。
2019.06.30
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東京五輪チケット落選率に見る、組織委の「おもてなし精神」欠如ぶり「おもてなし」をキーワードに招致を成功させた2020東京五輪だが、開催が近づくにつれ、おもてなしの対象はもっぱらIOCの理事や委員、それにスポンサー企業であって、本来最も大切なパートナーであるはずの東京都民、そして日本国民はまったく「愚弄されている実態」が次々に明らかになっている。6月20日に東京五輪入場券の抽選結果が発表されたが、「都民、国民をバカにしているのか」と、大批判が起こってもやむをえない事実が浮き彫りになっている。多くの応募者が、「1枚も当たらなかった!」と嘆いている。「全部当たったら約160万円なのでドキドキしていたら当選はゼロだった」「時間が重ならないよう何日も検討して選んだのに取り越し苦労だった」など、悲鳴とも憤慨ともつかぬ声があちこちで聞こえる。正確な数字ではないが、周囲の報告を総合すると、実感的には「落選率95%以上」ではないだろうか。「30枚申し込んで当選はゼロ」という人が少なくないから、もっと狭き門だったかもしれない。納得がいかないのは、今回の販売枚数が全体の何割程度なのか、次の先着順販売では今回のキャンセル分だけが販売されるのか、それとも予め確保されていた何割かが売り出されるのか、全体像がまったく公表されていないこと。せめて、最初の抽選販売は何割、国外で販売される枚数は全体の何割、スポンサーへの割り当て数、旅行代理店ルートへの提供枚数、直前販売を予定している枚数がどれほどなのか、およその数か割合だけでも公表されればまだ理解の余地がある。何も知らされず、ただ狂想曲に巻き込まれ、しかも「1枚も当たらない」のでは、バカにされているとしか言いようがない。ーーー私は、東京オリンピックのチケットは申し込んでいないので、当然一枚も当たりませんでした。だから、ある意味部外者、気楽なもんです。ただ、私の知人友人でも申し込んだ人はずいぶんいますが、やはり軒並み落選です。引用記事の筆者は30枚申し込んで水球だけが6枚当たったそうですが、知り合いで水球ばかり申し込んで(お子さんが水球をやっているから)一枚も当たらなかった人を知っています。だから、水球(オリンピックの種目の中では、人気のありそうな部類ではなさそうに思えますがが)が容易にチケットをとれる訳ではありません。そして、今からかなりの確度で予想できるのは、それほど高倍率でチケットが取れなかったはずなのに、本番のオリンピックがはじまったら、一部人気競技を除けば会場にに空席が目立ち、いったいチケットはどこに消えたのか、という話になるだろう、ということです。もちろん、それはスポンサー企業に大量のチケットが割り当てられること、一般に売り出されるチケットも国ごとに割り当ての枠があることなどが原因なのでしょうが、引用記事が言うように、その内訳が闇の中で、何枚が売り出されて実倍率がどのくらいなのか、一般観客にはまったく分からないところが不満の原因になるのでしょう。でも、それを公表してしまうと、「何だ、スポンサー企業がこんなに客席を押さえているのか!と怒りを買いかねないので、それもできないのでしょうね。結局情報もなくただ申し込むだけの一般観客が馬鹿を見るだけです。私なんか、そんな面倒なことに時間と労力を割きたくないから(そもそも、近年はオリンピックにそれほど強い興味があるわけでもないですが)、世間一般的には、そんな殿様商法でもみんなが応募するのだから、おいしい商売だよな、と思います。フルマラソンは、沿道で見学できるのかな。まさか公道上のマラソンコース周囲まで入場料を取る、なんてことは、いくら何でもないよね。もっとも、観客が多くで、ランナーが見える位置にはとても近付けないでしょうが。結局、テレビで観戦するのが一番快適なんじゃないでしょうか。
2019.06.28
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トランプ大統領、日米安保破棄の考え側近に漏らしていた-関係者トランプ米大統領が最近、日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていたことが分かった。関係者3人が明らかにした。トランプ大統領は日米安保条約が米国にとって不公平だと考えている。関係者によれば、トランプ氏は同条約について、日本が攻撃されれば米国が援助することを約束しているが、米国が攻撃された場合に日本の自衛隊が支援することは義務付けられていないことから、あまりにも一方的だと感じている。大統領は条約破棄に向けて実際に措置を取ったわけではなく、政権当局者もそのような動きはありそうもないと話している。トランプ氏の個人的な会話の内容だとして関係者らは匿名を条件に語った。菅義偉官房長官は「報道にあるような日米安保見直しといった話は全くない。米大統領府からも米政府の立場と相いれないものであるとの確認を得ている」と語った。その上で、「日米同盟はわが国の外交安全保障の基軸」であり、「日米安保体制は同盟関係の中核を成すものだ」と指摘した。関係者によれば、トランプ大統領は沖縄の米軍基地を移転させる日本の取り組みについて、土地の収奪だと考えており、米軍移転について金銭的補償を求める考えにも言及したという。また、トランプ氏が日米条約に注目したことは、世界の他の国々との条約においても米国の義務を見直そうという広範な検討の端緒である可能性もあると関係者2人が述べている。大統領はかつて個人的な会話で、日米条約の下での米国の義務を認識していると述べたことがあるが、同時に、他の条約についての立場と同様、より互恵的な関係を望んでいる。(要旨)---私は、以前より書いているように軽武装中立論者であり、自衛隊は今後とも維持すべきだが日米安保は将来的に解消すべきと思っています。その限りにおいては、トランプが日米安保破棄を口にした、という話は大いに望むところです。ただし、引用記事が指摘するように、トランプの内心はともかく、実際に米国が日米安保条約を破棄することは、ありそうもない、というのが現実です。そして、日本側が日米安保破棄を言い出す可能性も、残念ながらなさそうです。つまり、現実的には日米安保が破棄される可能性はまずありません。それにも関わらず大統領が安保破棄を口にするのは、事実上「みかしめ料をもっとよこせ」という要求に等しいものです。「そういう要求をするなら、どうぞ基地は日本からお引取りください」という勢力は、今の日本では限りなく微弱です。自公政権は言うまでもなく、野党側だって立憲民主党ですら日米安保破棄なんてことは考えていませんから。だから、米側はどんな高飛車な要求を押し付けても、日本はどうせ呑むだろうとしか考えていない。今でも在日米軍の経費を負担する「おもいやり予算」は、米軍が駐留する各国の中でももっとも負担割合が高いといわれますが、それをもっと吊り上げようということです。冗談ではない、と私は思います。トランプが抱いているという「米国にとって不公平」という見方は「安保ただ乗り論」と言って、1980年代からあります。いわゆる「思いやり予算」がどんどん巨額になっていった背景には、この安保ただ乗り論があります。しかし、そもそも米軍が何故日本に駐留しているか。言うまでもなく日本が太平洋戦争に負けたからです。元々は駐留軍ではなく占領軍であり、日本を守るため、ではなく日本を支配するための存在です。米軍が日本に駐留するのは米国の利益のための世界戦略の一環であって、日本のためではありません。強いて言えば「米国の世界戦略に都合のよい政権(つまり親米政権)を守り、日本を米国の一の子分にしておくため、ではあるかもしれませんが。ところが、米国にとって都合のよい政権が日本で半永久的に続いた結果、政府も国民の大半も、日米安保体制が当然の前提のように刷り込まれ、在日米軍のいない日本というものが考えられなくなってしまいました。ウソも100回繰り返せば真実になる、なんて話がありますが、まさしくこれだと私は思います。米国の利益のために日本に駐留している米軍が、何故か日本を守る米軍という錯覚に陥り、お金を貢いでまで居続けてほしい、ということにまでなってしまった。骨の髄まで属国根性というしかありません。その矛盾を一身に押しつけられているのが沖縄でしょう。そして、今でも世界一の「思いやり予算」を負担し、大量の米国製兵器を導入しているのに、まだ足りない、というのです。だから、更にF35やイージスアショアに大金をつぎ込むことも決めたのに、それでも「日米安保は破棄したいなあ」と言われてしまった。日本の親米政権やそれを支持する選挙民は、どれだけ足元を見られているんだよ、と思いますけどね。どんなに愚弄されても、これからも米国に臣従する以外の選択肢は、彼らの中にはないのだから、そりゃ、見くびられるに決まってます。そして、国民は老後のために2000万円自己負担せよ、でも米軍のためにはいくらでも金をつぎ込むよ、と。何とも暗澹たる未来図しか待っていない国になってしまいました。
2019.06.26
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安倍首相のあいさつ、辺野古への言及は… 沖縄「慰霊の日」歴代最多の8回目 県民投票後で初ことしの全戦没者追悼式は、「令和」初、「玉城デニー知事就任後」初、そして名護市辺野古の埋め立て工事に投票者の7割が反対の意思を表示した「県民投票後」初となる。今年も安倍晋三首相が出席。第1次安倍内閣の1回(2007年)を含む8回目で、歴代最多を更新する。6月23日の県主催の追悼式は沖縄戦から33年目の1977年に始まった。81年には当時の皇太子(現上皇)が「日本ではどうしても記憶しなければならないことが四つあると思います」と述べ、8月の広島と長崎の原爆の日、終戦記念日とともに、沖縄の慰霊の日を挙げた。追悼式に首相が初めて足を運んだのは、平成になった後の1990年、海部俊樹氏だった。その後、節目ごとに95年の村山富市氏、2000年の森喜朗氏と続き、01年の小泉純一郎氏以降、03年を除き、毎年首相が訪れている。平成の30年間、9人で21回。「令和」初となる今年も引き続き、安倍首相が姿を見せる。歴代首相は、犠牲者の追悼はもちろん、不発弾処理や戦争マラリアの補償、遺骨収集など積み残した戦後問題への支援に言及、米軍基地の過重負担の解消に取り組む決意などを示してきた。一方、県民の負担がアジア太平洋地域の安定につながったとして「率直にお礼の気持ちを表したい」と述べ、県民の反発を招くこともあった。安倍首相は追悼式のあいさつの中で「基地の負担をあたうる限り軽くするため、沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら『できることを全て行う』との姿勢で全力を尽くす」と語り、西普天間地区や北部訓練場過半の返還など実績や成果を強調してきた。(要旨・以下略)---安倍が毎年追悼式典に参加していることは評価すべきなのかもしれません。もっとも、それは単に安倍が長期政権だから、ということにすぎないようにも思えます。この間日本政府の対応が、沖縄が戦中戦後に措かれてきた境遇に対して、正当に報いる内容であったかというと、とてもそうは思えないのが現実です。もちろん、民主党政権下でも辺野古移設を覆せなかったことから分かるように、首相1人だけが悪い、ということではなく、外務省、防衛省など日本政府全体が辺野古移設に固執しているのが現状であろうと思います。その意味では、安倍が、ということではなく日本政府が、いや日本全体が、沖縄に対して冷淡であるという状況は否定しようがないように思います。よく知られているように、沖縄は事実上日本の国土で唯一地上戦の舞台となった場所です(厳密に言えば硫黄島と北方領土も同様ですが)。加えて、戦後25年間本土から切り離されて米軍統治下に置かれ、現在でもなお在日米軍基地の大半が沖縄に置かれていることなど、日本の太平洋戦争における負の遺産を一身に負わされている、と言っても過言ではない状況があります。戦後の経過をたどると、本土の米軍基地が撤去されると、それは単純な撤去ではなく、沖縄に移転しているだけ、という側面すらありました。歴代政権は、大枠ではそのような状況を根底から変えるようなことはしてこなかったものの、限られた範囲の中では沖縄の負担軽減に心を砕いてきた政治家が、自民党の中でも少なくありませんでした。戦中戦後の日本側沖縄に与えてきた仕打ちへの後ろめたさ、なのかもしれませんが。しかし、どうも安倍政権は、記念式典に足を運んだ回数は多いというだけで、沖縄の問題の解決に心を砕いているようには見えません。辺野古への基地移設問題でも、むしろ強硬策を好んで選び、沖縄の民意を挑発しているように感じます。最近は加えて嫌韓嫌中のネトウヨ連中が、その延長線上で沖縄も攻撃対象に加えているようです。安倍自身が沖縄に対して直接的な悪罵を投げつけることはないけれど、安倍支持層の沖縄に対する暴言はひどいものです。安倍の沖縄政策もそれに影響されているのかもしれません。何度も指摘していることですが、翁長前知事も、玉城現知事も、すべての米軍基地を撤去しろとは言っていません。普天間基地に絞って、無条件での返還(辺野古への移設ではなく)を要求しているに過ぎません。嘉手納基地も含めたすべての米軍基地の返還を求める世論も沖縄では根強い中(私も、本来的にはそうあるべきとは思いますが)あえて普天間基地だけに的を絞った最小限度の要求に終始しています。基地としての重要性も、普天間と嘉手納では大差がある中で、せめて普天間だけでも撤去を実現したいという現実的な対応です。しかし、それすら辺野古への移設と交換条件でなければ認めないというのが日本政府の態度です。沖縄の中で基地を移設することは、移設であって返還とは言えないでしょう。辺野古への基地移設に対する賛否は、この間の国政選挙の沖縄での得票、県知事選、そして住民投票によって、十分明らかです。その、明確な意志を踏みにじっておいて、「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら」とは、よく言えるなと思わざるを得ません。
2019.06.24
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葛西臨海公園に鳥の写真を撮りに(ついでに笛の練習をしに)行ったのですが、今日はめぼしい鳥には遭遇しませんでした。クロツラヘラサギは、前回写真を撮った16日を最後に姿を消したようです。その代わり、今日はこんなものに遭遇しました。ミミズだと思ったのです。やや大きめですが、普通に見かけるサイズですから。でも、何かがおかしいと思ってよく診て見ると子ヘビでした。何ヘビでしょうか。ヒバカリかなあ。ヒバカリだとすれば、成長してもさほど大きくはなりません。確か、以前にも葛西臨海公園でヒバカリは見たことがあったように思います。管楽器ケースの厚みは9cmあります。そこからヘビの大きさもわかりますね。小さいけど、頭をもたげています。ただ、警戒心はあんまりないようで、私が近付いて前に楽器ケースをおいても、すっ飛んで逃げることはありませんでした。それにしても、ヘビは鳥と違って飛んで移動はできません。それでも都会の真ん中の埋立地でヘビがいるということは、23区内にも、結構広範囲にヘビは分布している、ということですね。葛西臨海公園以外では、羽田空港に近い東京港野鳥公園(大田区)でも、確かシマヘビを診た記憶があります。そうそう、その東京港野鳥公園に少し前に行ったとき(やはり、そのときも鳥は空振りでしたが)こんなものに遭遇しました。これも、かなり小さかったです。何トカゲかは知りませんが、子どもでしょう。こちらは、逃げ足が速かったです。
2019.06.22
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タンカー攻撃「イランの水雷に酷似」 米「新証拠」主張ホルムズ海峡付近でタンカー2隻が攻撃された事件をめぐり、米海軍の当局者は日本の海運会社が運航するタンカー攻撃に使われた水雷が、「これまでイランの軍事パレードで公開されたものと酷似している」と主張した。米国は新たな「物証」を示すことで、国際社会の「イラン犯行説」への足並みをそろえたい思惑とみられる。事件をめぐっては、トランプ米大統領が「イランがやった」と発言。イランの精鋭部隊・革命防衛隊による犯行の証拠だとする動画や写真を公開するなどして関与を断定してきたが、攻撃の決定的な証拠は示していない。一方で、イランは全面否定している。米中央軍の海軍司令官は、日本の海運会社・国華産業のタンカー乗組員が「飛来物による攻撃だった」と証言したことについて、「飛来物が当たったものとは一致しない」と否定的な見方を示した。一方、水面より上部に水雷が設置されていたことについて、「船の沈没を意図したものではない」と指摘した。---一番最初に航海されたのは、暗くてよく分からないモノクロの動画でした。とてもそんなもので「イランの犯行による証拠」などとは断定できないと思っていたら、また新たな「証拠」が出てきましたが、どうも疑念は深まるばかりです。どうしてこのように小出しにするのかがまずよく分かりません。最初の動画が白黒だったことから、ひょっとすると夜間の出来事だったのか?とも思いましたが(でも、影の鮮明さは日中だろうな、とも思いましたが)、次に出てきた「証拠」が同じ場面のカラー写真だったところから考えると、カラーで撮影した動画を白黒に変換して公開したようです。なぜ、わざわざそんなことをするのか、もちろん、動画は編集されています。他の写真も、公開されている点数が少なく、分からないところだらけで、これで「動かぬ証拠」と言われても、とうてい信じることは困難です。当事者であるタンカーの乗組員は、少なくとも2回目の攻撃は何らかの飛翔物によるものだと証言していると報じられています。一方、米軍は攻撃の現場を見てはいません。後で、イランの革命防衛隊が不発弾の撤去に来たと称する場面と、攻撃の跡を見て言っているだけであり、目撃証言を覆すには、あまりに薄弱な「証拠」としか思えません。なお、乗組員は、最初の攻撃は見ていないそうです。ならば最初の攻撃だけは機雷だったのか?どうも、そう信じるのは無理があります。攻撃に使われたのはリムペット・マイン(吸着型機雷)だというのが米軍の言い分です。磁石、釘などで舷側に貼り付けるタイプの爆弾です。米軍の主張する「証拠」からは、磁石吸着式であることが示唆されているようです。確かにイランはその種の兵器を所持しており、タンカー攻撃に使った過去もあったようです。が、調べた限り、停泊中の船舶に使った例しか見当たりません。そりゃそうです。航行中の船舶に接舷して機雷(というか爆薬)を貼り付ける、そんなことを、レーダーもあれば見張りもいる相手の船に、気付かれずにやることが可能かどうか、という問題です。しかも、タンカーが多数行き交う湾内です。気づかないはずがないでしょう。細部を検討すると、なおさら怪しさが募ります。「不発弾を撤去した跡」と称する痕跡は、露骨なまでにくっきりしており、証拠隠滅のために機雷撤去に来ながら、あんな跡を残して帰るのか。そもそもリムペットマインをはがすとあんな跡が残るようなら、どうして爆発した破孔にはそのような跡がないのでしょうか。動画は比較的近距離から撮影されています(せいぜい100~200m程度の距離)。撮影の手段は分かりませんが、ドローンではないかと思います。日中にその程度の距離でドローンが飛び回っていれば、気付かないはずがありません。そもそも、ペルシャ湾の対岸はイランから見て仮想敵国ばかりです。それなのに、接近する撮影機材に注意を払っている様子がないのは何故なのか。要するに、不自然なことが多すぎるのです。私は、軍事の素人ですから、よくわかりませんけど、この破孔の写真を見て、真っ先に想像するのはRPG7などの携帯対戦車ロケットでしょう。それなら、小型のボートなどから発射できますから。犯人は、現状ではまったく分かりません。無論、イランの可能性もある。でも、それ以外の可能性も充分にあると考えざるを得ないでしょう。また、イランにしても、政権が一枚岩というわけではなく様々な派閥の相克があるようです。また、「親イラン」と言われる武装組織についても同様です。だから、イランもしくはその影響下にある組織の犯行だとしても、独断専行の類である可能性は多分にあります。でも、イランと対立する周辺諸国が犯人である可能性も充分にあり、現時点では、犯人は分からない、としか言いようがないと私は思います。少なくとも、犯人はイランだと断定できるような状況ではありません。
2019.06.21
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昨日300万アクセスに到達しました。2008年8月に開設して以来、11年かかりです。200万アクセスがいつだったのかは記録していませんが、100万アクセスは2015年10月29日に到達していますので、それから3年8ヶ月ということになります。割り返すと、この間のアクセス数は1日平均1500程度。さしてアクセス数が多くはありませんが、それでも、この間当ブログを見放しもせず、定期的に読んでいただいている方が、おそらく数百人はいらっしゃるのだと思います。ありがたいことです。今後ともよろしくお願いします。というわけで、今月も何回か鳥の写真を撮りに行っています。6月1日葛西臨海公園クロツラヘラサギ。何度も紹介している鳥ですが、全世界に3000羽しかいない珍鳥です。日本では冬鳥なのですが、今年は何故かまだ東京にいます。クロツラヘラサギ。世界的珍鳥なのですが、葛西臨海公園に行けばいつもいるので、ついつい当たり前の鳥のように錯覚してしまいそうになります。クロツラヘラサギ。葛西臨海公園鳥類園のウォッチングセンター目の前(上の池)にいることが多いようです。クロツラヘラサギ。クロツラヘラサギ。上記と同じ場所ですが、別の位置から撮影しました。コチドリ6月2日葛西臨海公園キアシシギオオヨシキリ。アシ原の各所で「ギョギョシ!ギョギョシ!」と囀っていますが、姿を見つけるのは意外に大変です。オオヨシキリオオヨシキリ6月9日日比谷公園このときは鳥の写真を撮る目的ではなく笛練習だったのですが、たまたま目の前にくちばしの黄色い若造が飛び出してきたので(笑)撮ってしまいました。スズメの幼鳥です。スズメの幼鳥6月16日葛西臨海公園この日もまたまたクロツラヘラサギが定位置にいました。いつまでいるんだろう、このまま葛西臨海公園で越夏するんだろうか。クロツラヘラサギクロツラヘラサギクロツラヘラサギゴイサギハクセキレイの幼鳥。この時期の東京は、珍しい鳥はいませんが(おっと、クロツラヘラサギは珍しい鳥です)、子育て中の鳥はあちこちで見られます。
2019.06.19
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「年金返せデモ」の参加者には年金保険料を返してあげようきのう東京で「年金返せデモ」が行われ、主催者発表で2000人が参加したようですが、このデモは何をしろというのでしょうか。ポスターを見ると「今まで払った年金保険料をすべて返せ」と主張しているようですが、これは政府にとってありがたい話です。年金財政は大幅な赤字だからです。その収支を国民年金についてみてみましょう。年金保険料は月額1万6340円だから、40年その収支を国民年金についてみてみましょう。年金保険料は月額1万6340円だから、40年間払うと、国民年金保険料の総額は784万3200円になります。これに対して国民年金の支給額は月額6万4941円なので、約10年で元が取れます。65歳から国民年金を受け取り始めると、75歳でトントンになり、それ以降は長生きするほど得する設計です。厚生年金はもっと複雑ですが、おおむね5年で保険料を取り返せるので、70歳以上は長生きした人ほど得します。今でも国民年金の未納率は4割近いのですが、彼らは年金をもらえないので損します。「年金返せデモ」の参加者が年金保険料を返してもらったら、65歳になったとき後悔するでしょう。---大嫌いな池田信夫の主張ですが、少なくとも表面上は、言っていることはそのとおりではあります。もっとも、国民年金法ですべての国民は国民年金に加入する義務があります。年金未納率は4割にも達しますが、それでも「既に払ってしまった年金保険料」を返還するという選択肢はありえません。また、「今まで払った年金保険料をすべて返せ」と要求されて、それを政府が内心で「ありがたい話」などと認識することもありません。それは、あらゆる意味でありがたくない話(または、ありがたくない事態に通じる話)だからです。もちろん、デモの参加者も、本気で「今まで払った年金保険料をすべて返せ」と思っているわけではなく、そういう言葉でこの問題に対する怒りを表明している、ということであるのは明白です。そういった、例によって池田信夫の粗雑な言い分の問題点はありますが、年金は払うべきである、どうしても払えないなら免除申請をすべきである、という限りにおいては、そのとおりだと私も思います。ただし、ここで池田信夫が計算しているのは、現在の保険料と現在の年金額に基づく計算です。現在の年金保険料は1万6410円(池田の書く1万6340円は、今年3月までの金額)ですが、平成が始まった頃の保険料は8000円であり、50年前は35歳以上300円、35歳未満250円でした。バブル全盛期だった平成のはじめと比べて、今の物価は2倍にもなっているか、50年前に比べて物価が50倍60倍にもなっているか、といえば、明らかに違います。それを考慮すると、「元が取れる」までの期間は池田の計算よりもっと短いのです。ただし、過去の加入歴に関しては、です。年金の支給額のほうは50年前(1969年)は月額で8000円、平成のはじめ(1989年)は5万5500円で、現在は6万5008円(これまた、池田の書く6万4941円というのは今年3月までの額)です。払った保険料月額の何倍の年金月額が受け取れるか計算すると、50年前は27倍、平成のはじめは7倍、現在は4倍です。年金保険料は物価上昇率を遥かに上回るペースで上がる一方、もらえる年金額は物価スライド制でほとんど上がらない(どころか、1999年をピークに下がっている)ので、こうなるわけです。そして、この傾向が今後も続くなら、払った保険料の「元が取れる」までの期間はどんどん長くなります。ついには一生元が取れないときが来るかもしれません。例えば、年金保険料が今の倍になったとすると(年金月額は今と変わらず)、「元を取る」までの期間は20年になります。85歳となると、元が取れない人の方が多くなるのではないでしょうか。そして、池田の文中に日本政府は将来もずっと年金を払い続けるので、年金財政は「100年安心」だと約束しているからです。という言葉がありますが、これはウソではないけれど、「百年安心」なのは、年金財政であって、年金生活者の生活ではない、ということが、今回の騒動で露呈した、ということでしょう。つまり、財政が逼迫してきたら年金額を減らす(または支給開始年齢を引き上げる)、そうすれば確かに破綻することはありません。財政は安心です。でも、その年金額で暮らしていけるかどうかは別問題、ということなのでしょう。それでも私は年金保険料は、払うべきだと思います。数字上の損得とは別に、何らかの事情で障害者になったとき、障害年金が受給できるか、といった面にもつながっていくでしょうから。そして、払えない状態なら免除申請という選択肢があります。これこそ、保険料はタダで、年金額は半分に減るだけなのですから、元は絶対に取れます。もっとも、なんだかんだと言っても厚生年金加入者には「年金保険料を払わない」という選択肢はありませんけどね。損得もへったくれもない、給料天引きで否応なく取られているだけです。
2019.06.17
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先日、手元にある一眼レフのレンズ5本を紹介しました。このうち、鳥撮影用のSIGMA100-400mm F5-6.3 DG OS HSMを除く4本で撮り比べをしてみました。SIGMA17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM、2018年6月頃中古で購。SIGMA18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSM、2018年年3月頃中古で購入。キヤノンEF24-85mm F3.5-4.5 USM、新品で2001年に購入。キヤノンEF50mm F1.4 USM、2003年に中古で購入。以前にも同じ企画をやったことがあります。デジタル一眼レフの交換レンズこのときとはレンズが2本入れ替わっている(2本は共通)のと、前回は晴天の屋外、今回は雨の暗い屋内での撮影、という点です。暗いので撮影の条件は今回の方が厳しく、三脚にレリースを使って撮影しました、ISO感度は400に固定。まず、SIGMA17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMです。2018年6月頃購入。常用の広角ズームのつもりで買ったのですが、鳥を撮れるほど望遠ではないので、山で鳥の写真は捨てて風景を撮るときか、または屋内で使っています。なので、実は意外に常用していません。広角端の17mmf2.8(最大開放)以下の写真もすべて、木管ケーナ(色の濃いほうのケーナ)の一番上の指穴の上側(写真の向きでは一番右下の指穴の右下側)にピントを合わせています。が、ピクセル等倍に拡大すると、ちょっとボケている上に、若干前ピンのような気がします。f10だと、やはりf2.8より鮮明になります。続いて50mm、の、つもりで撮ったのですが、あとでデータを確認したら49mmでした。f4.0(最大開放)ピクセル等倍に拡大してみると、やっぱりややボケて前ピンか。f10。ここまで絞ると鮮明になります。続いて、SIGMA18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSM。高倍率ズーム、いわゆる便利ズームです。高倍率ズームは画質の面でいまひとつと言われますが、そして確かにそのとおりではあるのですが、鳥だけを撮影するときは別ですが、山や旅行で、景色も山も撮りたい、というときはこのレンズを使っています。当初ひどい前ピンでボケボケでしたが、調整したらかなり改善しました。まず広角端の18mmf3.5(最大開放)F10。f3.5よりは鮮明です。しかし、意外に17-70mmとの画質の差は少ないかもしれません。続いて50mm、のつもりがやっぱり49mmで撮影していました。f3.5での撮影。ボケボケ、というよりピントが前に来ています。F10。f3.5よりは鮮明で、ピントもあっています。更に、手元でもっとも古いレンズキヤノンEF24-85mm F3.5-4.5 USM。唯一の新品購入ですが、2001年なのでもう18年も使っています。フイルムカメラの時代は屋外での撮影の常用レンズでした。山の写真はだいたいこのレンズで撮っていました。まず広角端の24mmにて。f3.5。f10。f3.5よりは鮮明ですが、全般的に、他のレンズに比べて、ややボケっとした感じがあります。続いて50mm(実際は48mm)で撮影。f4.0。f10、少しシャープになりました。そして最後にキヤノンEF50mm F1.4 USM、唯一の単焦点レンズです。フィルムの時代に室内で子どもの写真を撮るのに使っていましたが、APS-Cサイズのデジタル一眼レフでは、室内の撮影には使いにくくて、最近はあまり使っていません。f1.4、目いっぱいに絞りを開くと、悲惨なことに。ボケボケで前ピンです。f2.8まで絞ると、シャープに写ります。F10だと、更にシャープです。私は、普及価格帯のレンズしか使っていないせいか、いずれのレンズも絞り開放だとピントが合わない傾向があります。普段は、絞って使うし、ピクセル等倍で見ることも、望遠で鳥を撮影するとき以外はまずありませんけど。
2019.06.15
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日本タンカー攻撃受ける 米国務長官「責任はイランに」中東のホルムズ海峡近くで13日、日本の海運会社が運航するタンカーなどが攻撃されたことについて、アメリカのポンぺオ国務長官は、「責任はイランにある」と述べた。ポンぺオ国務長官は、「オマーン湾における攻撃の責任は、イランにあるとの判断を下した」と述べた。ポンぺオ国務長官は、アメリカ政府にもたらされた情報や、使用された兵器などから、攻撃はイランが関与したとの判断に至ったと説明した。また、イラン政府が安倍首相が要請したトランプ大統領との対話を拒否したうえに、日本の企業が運営する石油タンカーが攻撃されたのは、「日本に対する侮辱だ」と述べている。タンカーを運航していた日本の海運会社「国華産業」やアメリカ海軍によると、タンカーは13日、ホルムズ海峡付近で2度にわたり、砲弾のようなもので攻撃を受けた。フィリピン人乗組員21人は、オランダの船に救助され、1人が軽傷。同様に攻撃を受けた台湾の大手石油会社のタンカーは、黒煙を上げて炎上したが、乗組員23人は全員無事だという。こうした中、ニューヨークの原油先物価格は一時4ポイント以上値を上げ、急反発したが、現在は落ち着きを取り戻している。---イランを敵視する米国から見れば、悪事の原因はイランだ、ということにしておくほうが何かと都合がよいのでしょうが、具体的にどのような証拠があってイランの責任と言っているのかは定かではありません。ただ、仮にもし米国の主張どおりイランが攻撃に関与したとすると、安倍首相のイラン滞在中に、日本の海運会社の船を攻撃した、ということになります。攻撃対象については、多分無差別でしょうけど、この海域を行き来するタンカーに、日本関係が相当の割合で含まれることは、分かりきった話です。もっとも、イランは国の上から下までが一枚岩というわけではなく、例えば保守派と改革派の対立、統治機構の内部対立は色々あるようです。だから、これがもし本当にイランの行為だったとしても、イラン政府の明確な意志に基づく行為とは限りません。いずれにしても、もしこれが本当にイランの責任に属する事件だとすると、侮辱と言えば、確かに侮辱でしょうが、それ以前に今回の安倍訪問に対するイラン側の意識が透けて見えます。要するに、トランプの使いっぱが何しに来た、ということです。少なくとも統治機構の一部に、そのような意識があって、このような行為に至った、ということになります。日本の立ち位置の足元を見られてしまっている、ということでしょう。この一件が、もし韓国で安倍の訪韓中に起きていたら、安倍礼賛勢力は凄まじい吹き上がり方をしたでしょうが、さすがに今回はそんな反応を示さない程度には、冷静さを保っているようです。しかし、今後もし米国がイランと戦争を始めたら、日本はどうするのか。そこまで行かずとも、現に米国は日本を含む各国に対して、イランからの石油輸入を停止するように要求していますが、それにどう対応するのか、唯々諾々と米国の要求に屈っするのか。日本とイランの関係は、イスラム革命の前も後も、概ね友好的であり、石油を通じた経済関係もずっと途切れることはありませんでした。そして、今も日本とイランの間で、直接的に対立点があるわけではありません。それなのに米国の尻馬に乗ってイランと敵対するようなことは、いくらあの安倍政権といえどもしないだろうと私は思っているのですが、果たしてどうなるでしょうか。補足米国は、「イランが攻撃した証拠」と称する映像を公開しましたが、白黒の不鮮明な画像の中でタンカーに接舷した小型船で人がゴソゴソ動いているだけで、服装も、何をやっているかもよく分かりません。しかも、米側の主張では「不発の機雷を撤去しているところ」というのですが、攻撃された船会社側は、少なくとも2回目の攻撃は乗組員が飛翔物が飛んでくるのを目撃していること、損傷部分が海面より上であることから、魚雷、機雷など水中からの攻撃の可能性を否定しています。米側の主張はかなり怪しいものだと言わざるを得ません。
2019.06.14
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「老後2000万円」試算 金融庁報告書 事実上の撤回 麻生氏「受け取らない」麻生太郎副総理兼金融担当相は公的年金以外に夫婦で老後に2000万円の蓄えが必要と試算した金融庁の金融審議会の報告書を受け取らない考えを表明した。報告書を事実上、撤回した。自民党が夏の参院選への悪影響を回避するために金融庁に撤回を求めた。政府の審議会が公表した報告書の撤回は異例だ。麻生氏は閣議後の記者会見で、報告書について「政府の政策スタンスとは違うので、正式な報告書としては受け取らない」と語った。麻生氏は「(老後の)生活費として不足、赤字だという表現を使ったのは、極めて不適切。不安と誤解を与えた」と強調した。二階俊博幹事長は撤回要求の理由について「参院選を控えており、候補者に迷惑を掛けないようにしないといけない」と党本部で記者団に語った。これに対し、立憲民主党の辻元清美国対委員長は、報告書について「参院選の最大の争点になる。世論調査で一番関心が高いのは社会保障だ。将来不安を政治がどう解決するのか」と国会内で記者団に語った。報告書は平均的な無職の高齢夫婦世帯で月5万円の赤字が見込まれ、20年間で約1300万円、30年間で約2000万円が不足するとした。(要旨)---この報告書は、証券業界の意を受けた金融庁が、国民を投資に誘導しようという意図でまとめたもの、という見方が出ているようです。さもありなん、と思いますし、事実ならとんでもない話です。ただ、公的年金だけでは老後の生活をまかないきれない、という限りの話においては、必ずしもウソが書いてあるわけでもないのではないように思います。老後に必要な資金と一口に言っても、個人差が大きすぎて一概には言えないでしょう。生活水準の差、医療介護の必要性とその程度にもよりますし、住居がローンを払い終わったか、残債があるか、賃貸住宅か、でも相当に異なります。ただ、平均的に言って、公的年金だけで生活していける人は少ない、ということは言えそうです。2000万円はともかく、何らかの公的年金以外の収入、あるいは資産がないと生活できない人の方が多いのは確かです。個人的なことを言えば、今手元にある年金定期便を見ても、65歳でもらえる年金額は、結構厳しいなと思うばかりです。22歳のときから、転職時に1ヶ月だけ国民年金だったのを除いて、ずーっと年金を給料から天引きされて、合計の年金加入歴はとうに25年を超えています。しかし仮に今仕事を辞めたとすると、65歳時にもらえる厚生年金額は、全厚生年金受給者の平均額にも、まったく届きません。まだまだ辞めるわけにはいかないな、と(それ以前に子どもの学費などがまだまだかかるので、今辞める選択肢は当然ありませんけど)。なお、厚生年金の平均受給額は男女でかなり大きな違いがありますが、仮に定年まで勤めたとしても、見込み年金額は、さすがに全体の平均は超えますが、男性の平均額に届くかどうかは、あやうい。相棒の見込み年金額は知りませんが、私より遥かに少ないはずです。そして2人あわせてこの年金額で暮らしていくことは、我が家の場合は、子どもがちゃんと就職していれば、可能かな、とは思います。日常の生活費だけなら、月20万もあれば2人で暮らすのに充分と思いますが、医療や介護、家の修繕など不意の出費を考えると、貯金またはほかの収入なしで充分やっていけるとは言えません。しかも、私が65歳になるのはまだ十数年先のことで、そのとき65歳から年金がもらえるか、見込額のとおりかはすら、非常に心許ない。そんなこんなを考えると、仮に定年まで勤めるとしても、そのあと仕事をせず悠々自適、なんて生活は、絶対にない、ということはいえます。働けるうちは働けと。別に、私は働くこと自体は嫌いじゃないから、70歳までだって、体が動いて雇ってくれるなら働きますけどね。少子高齢化が進み、経済も下り坂傾向の今の日本で、65歳から何の不安もなく悠々自適で暮らせる年金を全国民に保証せよ、と、言いたい気持ちは山々なれど、そんなことを言っても無理であることも確かなのです。ない袖は振れない、ということです。年金じゃ生活保障できないから自分で2000万円用意してね、はひどい話ですけど、それが「縮む日本」の現実でもあります。引用記事によると、安倍政権はこの報告書をお蔵入りさせるようです。年金生活者を投資に誘導しようというような報告書はお蔵入りさせて当然、とは思いますが、一方で、報告書をお蔵入りさせれば、年金額が増額できる、受給年齢を繰り下げなくてよくなるのでしょうか?現実が何か変わらないなら、それは臭いものにふた、頭かくして尻隠さず、の類でしかありません。いずれにしても、この国でこれから心楽しい老後、なんてものはありそうにないな、と考えるしかなさそうです。
2019.06.12
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ふとインターネットを見ていて、ちょっとドキっとしたのですがレンズ沼の住人の金銭感覚すみません、見ず知らずのよそ様のブログに無断でリンクを張ってしまいました。レンズ沼、ということば聞いたことがありますが、こういうことでしたか。私はそんな世界とは無縁です。あれ、無縁なのか?うーむ、気付けば手元にレンズが5本もある。しかも、これ、手元に残っているレンズであって、既に売り払って手元に残っていないレンズが4本ほどあります。レンズ沼の住人からしたら、こんなの全然レンズ沼じゃないけど、世間の一般人から見たら、充分レンズ沼だよね。ちなみに、写真に写っているのは左からキヤノン EF50mm F1.4 USMキヤノン EF24-85mm F3.5-4.5 USM(このふたつのレンズについては、こちらの記事で紹介しています。ちなみに、この記事で紹介した4本のレンズのうち残りの2本は売り払ってしまいました)SIGMA 100-400mmF5-6.3DG OS HSM(このレンズはこちらの記事で紹介しています)SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMそして右端でカメラに装着しているのがSIGMA 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSM(このレンズはこちらの記事で紹介しています)となります。ちなみに、この中で新品で購入したのはEF24-85mm F3.5-4.5 USMだけで(それも、今から17年前)、それ以外はすべて中古です。というわけで、右から2本目のSIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSMを紹介したことがなかったことに気が付きました。こちらのレンズです。これもまた中古で購入しました。昨年の今頃だったと思います。値段も記憶がありませんが、1万円台後半でした。それまで標準ズームとして使っていたTAMRON SP AF17-50mmF2.8は(望遠レンズのキャノンEF-S55-250mm F4-5.6 IS STMも一緒に)、その際に売り払ってしまいました。写りに多少の不満があったことと、オートフォーカスが遅くて、動いているものにピントを合わせるのが困難だったせいです。明るさは、全域f2.8だったタムロンのレンズに対して、こちらはF2.5はワイド端だけで、テレ端はF4なので、比較するとやや暗いレンズです。それでも充分に明るいです。同じシグマの高倍率ズーム18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSMと比較すると、描写はこのくらい違います。SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM 17mmSIGMA 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSM 18mm・・・・・・あれ、全然違わないって?では、ふもとのホテルを拡大してみます。SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM 17mmSIGMA 18-300mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSM 18mmここまで拡大すると、差が分かると思います。えっ?それでもたいした違いではない?そうかもしれません。広角で撮った風景写真を、いちいち原寸大でピクセル等倍まで拡大したりはしませんから、パソコンの画面サイズで写真全体を表示する限り、気になるほどの差は生じません(周辺部は、注意深く見れば差が分からなくはないですが)実は、現在山登りにはこの2本のレンズを持って行っているのですが、どちらのレンズを主に使っているかというと、描写の優れた17-70mmではなく、高倍率ズームの18-300mmの方なのです。17-70mmでは鳥は撮れないからです。一眼レフはレンズが交換できることがメリットですが、現実問題として、屋外でレンズ交換は面倒です。鳥が出てきてからレンズ交換していたら、とっくに鳥は飛び去っていた、となりかねないので、普段は高倍率ズームを使い、「ここは景色がよい」という場所だけ17-70mmにレンズを使っています。でも、ついつい面倒だから、レンズを交換するのはごく限られた場所だけになるので、結局風景写真も大半は高倍率ズームで撮ることになりがちです。ゴールデンウィークの涸沢(涸沢から上のみ)や、1月に登った八方尾根は、最初から「今日は風景写真に徹して鳥は追わない」と決めて登ったので、全部17-70mmでしたが。そりゃ、もちろんカメラを2台に広角レンズと望遠レンズをつけて持てば、山も鳥もベストの機材で撮影できますが、重くて山が登れません。山登りには、どうしても荷物の重さという制約が付いて回るので、高価なレンズの世界には溺れにくいのです。一般的に登山道具は高価なものほど軽量で持ち歩きやすいのですが、カメラの世界は逆に高価なものほどでかくて重いのです。堅牢性が求められるからでしょう。私が持っているレンズの中で一番重いのはSIGMA 100-400mmF5-6.3DG OS HSMですが(重さ約1.1kg)、これでもこの種の望遠レンズの中では非常に軽量の部類なのです。でも、こんなものはとても山には持っていけません(高尾山にはもって行きますが)まして、600mmだの、キヤノンの白レンズだの、それに耐えられる堅牢な三脚だの、山どころか、都内での鳥撮影だって、そんな思いものはとても持って歩けません。電車に持って乗れないじゃないですか。たぶん、皆さん車で移動なんでしょうね。まあ底なしにお金のかかる世界です。私はそんな世界には無縁でいることにします(と、思っているのは自分だけ、興味ない人から見れば充分レンズ沼)というか、沼と言えば笛の沼の方が遥かに深いですけど。
2019.06.10
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主戦場 公式サイト今頃になって、この映画の配給会社が東風であることを知りました。そうだったのか!!!実は、東風のある社員(と言っても、小さな会社なので多分社員は何人もいないと思います)と知り合いで、色々お世話になったことがあります。というわけで、この映画は見なくてはならないと思い定め、今日見てきました。公開当初は連日満席だったそうですが、現在は落ち着いており、土曜日の今日も、8割の入り、という感じでした。予告編が始まってから入場したので、客席が暗くて、他のお客さんがどのような人たちかは分かりませんでしたが。で、中身ですが、いろいろな意味ですごい映画です。まず、非常に面白い。そして、右派の早々たる面々の取材によく成功したな、というのが最大の驚きです。もっとも、公開後になって、映画に登場した右派の論客たちが「騙された」と叫んでいるようです。ただ、どう見てもその主張には説得力がありません。監督の会見によれば、取材した7人のうち5人からは出演に関する「承諾書」を取っており、残る二人(藤岡信勝と藤木俊一)は、その承諾書の中身に不満があったため、これとは少し内容の異なる「合意書」を取り交わしていますが、いずれの場合も作品の評判がよければ、映画祭に出したり一般公開することもあり得ると伝えてあった、ということです。そもそも、映画の中で右派の論客たちが主張していることは、私の知る限り、彼らの典型的、代表的な主張です。確かに、映画の編集は、相当大胆な切り取り方をしていますが、彼らの平素の主張を捻じ曲げたり、針小棒大な取り上げ方をしてはいません。実際、登場した右派論客の一人、藤木氏は会見で映画内での自身の発言について、内容は「まったく改める必要もない」と回答しているそうです。映画の中での彼らの主張は、「産経」や「正論」「WILL」「HANADA」など極右系メディアでよく見慣れたものであり、大半は、とりたてて新奇なものはありませんが、同時にほとんど見るに耐えないくらいグロテスクなものです。もっとも、加瀬英明の「人の本は読まない」発言は、ある意味で新奇な発言でしたが。そうだったのか(笑)いや、ぶったまげましたが。それで専門家、ですか。※ただし、吉見義明を「知らない」、秦郁彦は「友人だが著書は読んだことがない」という加瀬の発言を、額面どおりに受け取ってよいかどうかは分かりません。本当に知らない、本当に読んだことがないのではなく、「そんな奴らは俺の眼中にない」という意味でそう言い放っているのではないか、という気もします。しかし、極右、ネトウヨ界の閉じた世界での言論活動の中では、自らの主張をそのように客観視することはできないのでしょう。要するに、閉じた世界の言説がその世界の外側でどのように受け取られるか、そういう想像力が彼らにはない、ということです。かつて、米国下院で慰安婦問題で日本政府の謝罪を求める121号決議が提案されたとき、彼ら極右派は「ワシントン・ポスト」紙に「The Facts」なる意見広告を出したことがあります(その内容はほとんどこの映画での彼らの主張と重なります)。その結果は、右派の言い分が受け入れられるどころか、逆に多くの米国議員の怒りを買い、同決議案はむしろ共同提案者を大幅に増やして、圧倒的多数で裁決されています。つまり、彼らの「世界に向けて真実を発信」は、お仲間に向けて「世界に向けて『真実』を発信している愛国者」という姿をアピールすることが目的であって、実際にその「発信」の中身を読んだ世界がどう受け取るか、なんてことは考慮の外なのです。どこまで言っても自己満足の世界です。今回の映画でも、彼らは言いたい放題のことを言い、かつこのうちの藤木と藤岡の両名には、監督は自身の出演部分の映像を事前に送って確認を求めたそうですが、特に異議申し立てはなかったそうです。自分たちの発言が酷い内容だと思っていないのです。それが、映画の中では反対派の反論と交互に取り上げられることで、つまり閉じたネトウヨ界の外側の言い分と並べられることで、否応なく自分たちの主張のグロテスクさ、説得力のなさを客観的に晒されて、狼狽して「騙された!」と叫んでいる、そういう状況でしょう。ただ、この種の閉じた世界の狂信的主張を生み出すのは、必ずしも日本のネトウヨ界だけではない、とも思います。どこの国でも、一線を踏み越えたようなナショナリズムは存在します。トランプ万歳な米国人だって同根でしょうし、宗教やイデオロギーも同じ。左翼だって、この点に関しては色々自戒しなければいけない点は多い、と思います。閉じた「運動圏内」だけでしか通用しない言説では、支持は広がりませんから。いろいろなことは考えさせられましたが、とにかく良い映画でした!
2019.06.08
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訪日外国人が増えたのは、日本が「格安天国」だからではないか次の時代の日本の有力産業として観光業があげられている。訪日観光客数は2012年から増加が続き、2015年にはインバウンド(海外から国内へ)がアウトバウンド(国内から海外へ)を逆転。2018年には、3100万人超の外国人観光客が訪れている。観光地化する日本。自分の国に世界中から人が集まってくることは、それだけいい意味で興味を持たれているからだが、喜んでばかりいられない側面もある。数年前、町内にオーストラリア資本のカフェがオープンした。このお店で食事をとると結構なお値段になる。店内の他の日本人客らも、おそらく「え?あの値段でこの内容……」と戸惑っていたのだと思う。ところが、この店には外国人観光客、特に白人のお客さんが多いのだが、彼らは見るからにリラックスしている。どうして外国人客らはリラックスしているのか。彼らにとって、別にお高い店ではないからだ。食べ物以外のちょっとした買い物だってお得である。品揃え充実でお値段控え目のコンビニはどこにでもあるし、100円ショップという究極の激安店も存在する。家電量販店に外国人客が多いのも、高品質低価格の商品が多いからだ。20年、30年前は、日本は物価が高く、お金のかかる旅行先だった。それがこの間に、物価の安い国に成り変わっていた。このことはアジア各国を旅行しても実感できる。日本人にとって、何でも安くて豪遊できたアジア旅行も、そう言えるほどではなくなった。なぜか。世界中のほとんどの国で緩やかなインフが起きていたからだ。物価も上がり、各国民の所得も増えた。対して日本はずっとデフレ。モノの値段もたいして上らず、所得も増えない。OECDによると、時給の1997年から2018年の上昇率は、韓国167%、イギリス93%、アメリカ82%、フランス69%と各国ともアップ。唯一、マイナス8%とダウンしているのが日本だ。飲食店は安い労働力を使って格安の料理を提供できるし、他の各店舗も同様にお得なサービスやモノを売ることができる。日本人にはその実感がないが、外国人からしたら美味なのに安い、サービスがいいのに安いお買い得な国なのである。あんまり「安い安い」と言われると、「俺たちもしかして後進国になっちゃったの?」との不安が頭をよぎる。正確には、後進国ではなく、後退国なのだろう。いわば経済後退国。まだ一応先進国の仲間であるとはいえ、ほかのみんなが進んでいる間、足踏みばかりしていて、相対的に落ちこぼれちゃった発展停滞国と呼べるかもしれない。(要旨)---外国人旅行者の急増については、当ブログでも何度か触れたことがありますが、私が外国人旅行者の増加を実感し始めたのが2015年のことですが、この年の訪日外国人数は1900万人、それが昨年は3100万人ですか。このまま行くと、5年後くらいには4000万人か?それ自体は良いことでしょうが、外国人旅行者が増えた背景には、いつの間にか日本が「物価の安い国」になっていたから、というのは、なかなか鋭い指摘であるように思います。つまり、簡単に言えば日本の物価と賃金がほとんど上がらず、かつては物価の安かった国にどんどん追い越されてしまったため、今では外国人にとって日本が(相対的に)安く旅行を楽しめる国になった、ということです。経済後退の副産物、という言い方もできそうです。もちろん、それに付随して治安がよい、町がきれい(衛生的な意味)、交通機関の時間が正確、といったこともメリットではあるでしょうけど。私自身も、かつて1988年から2002年にかけて、15年間で7回(均せば2年に1回近く)海外旅行に行っていたのに、2002年の新婚旅行を最後に、経済的に海外旅行が不可能だったわけではないのですが、子育てとか仕事の事情など時間的な制約で、もう17年海外には行っていません。(もっとも、この間に相棒は2回海外に行っていますが)更に言えば、私が子どものころは、旧国鉄が毎年のように運賃値上げを繰り返していたし、それ以外もいろいろなものの値段がどんどん上がっていった記憶しかありませんが、現在は、JRの運賃なんて(他の私鉄も同様)、消費税率のアップ時を除くと、もう長いこと上がっていません。電子機器や家電製品なんて、値段が上がるどころか、待てば値段が下がるだろう、という状態です。今上がるのは消費税率と社会保険料だけです。日本と中国のGDPが逆転したのは2010年のことですが、それから9年、日本は停滞を続け、中国は高成長を続けており、あっという間に中国のGDPは日本の2倍を超え、もうじき3倍になりそうです。今はそれでも日本の物価は(給与水準も)「先進国の中では安い」というレベルですが、あと20年もすると、NIES諸国と言われた新興国にも抜かれてしまうかもしれません。中国の経済成長もいつまでもは続かないと思いますが、かといって、中国が没落すれば日本が代わりに再浮上する、ということもまたありそうにありません。むしろ、中国が沈めば一蓮托生で日本も沈没するしかなくなるでしょう。経済的な面で、どうにも日本の将来に明るい展望は開けそうにありません。
2019.06.06
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長男暴力「命に危険感じた」 元次官宅で複数の刃物押収元農林水産事務次官の容疑者が自宅で長男を殺害した事件で、容疑者は調べに、長男の家庭内暴力で「命に危険を感じた」との趣旨の供述をしている。容疑者の説明では、長男は中学の頃から家庭内で暴力を振るい始めた。離れて暮らしていた時期もあったが、事件約1週間前の5月下旬、自ら希望し容疑者夫婦との同居を再開したという。長男は家にこもってゲームで遊ぶ一方、再び暴力を振るうようになり、容疑者の体にはこの際にできたとみられるあざが残っていた。今月1日には、隣接する小学校の運動会について、長男が「音がうるさい。ぶっ殺すぞ」と発言。注意した容疑者は「怒りの矛先が子どもたちに向き、危害を加えてはいけない」と感じたという。---これもまた、川崎の通り魔事件の強い影響によって生じた事件と言えるでしょう。なんとも救いようのない事件、としか言いようがありません。この犯人の行ったことは、もちろんどこからどう見たって歴然たる殺人であり、当然に逮捕され、ほぼ確実に有罪となり、情状酌量の余地はあるにしても、多分実刑になるでしょう。この犯人がやったことは、もちろん許されないことですが、それよりも、あまりに無残すぎる状況、何でこんなことになってしまったのか、もうちょっと何とかならなかったのか、という感覚の方が強く、この犯人に対して口を極めて非難しよう、という気にはあまりなれません。多分、事件の報に触れて、怒りよりも悲しみの感情の方が強いのです。さて、つい先日、川崎の事件を巡って「死ぬなら1人で死ね」という言説を批判した藤田孝典氏の主張に賛同したばかりですが、その藤田氏が、今度は以下のように発言しています。殺されても仕方がない人間はいないー元農水事務次官の長男殺害事件を受けてー元農林水産省の事務次官がひきこもり状態にあった息子の言動に危機感をもって殺害する事件が起きた。殺害された息子はひきこもり状態であり、家庭内暴力、暴言があったことが報道されている。れを受けて、インターネット上には「社会に迷惑をかける前に殺害することは正しい」「父親はよく決断した」「あまり良いことではないが殺されても仕方がない命はある」という書き込みが相次いでいる。本当に、彼は殺されなければならなかった命なのだろうか。社会福祉にかかわっている立場からは、この苦悩をされた父親の気持ちを慮ることは可能だが、容認することは絶対にできない。なぜならば、社会資源と呼べる支援は、不十分ながらも存在しているので、それによって犯行は抑えることができたのではないか、と思うからだ。 実は、ひきこもりに苦しみ、悩む人々や家族にとって相談窓口や機関は多数ある。別にひきこもりを問題だと思っていない場合には活用しなくても構わないし、事実として、問題とは言えないひきこもり案件も多い。ましてや、ひきこもりが犯罪予備軍、危険な状態だということも誤りなので差別や偏見は持たないでいただきたい。家族同士での解決が難しい案件も、相談窓口や機関を利用することで解決への糸口が見いだせることがある。 ~(要旨)---先の投稿で、「藤田氏の主張には、時々賛同できかねるときもありますが、今回は正しい」と書いたばかりなのですが、わずか数日にして、今回は「時々賛同できかねるときもある」の範疇に入ってしまいました。いや、一般論としては、藤田氏が書いていることはそのとおりなのですが、それにもかかわらず全体としてはその主張に違和感を感じてしまうのです。ひとつ言えるのは、「問題とは言えないひきこもり案件も多い。」という主張が、個別の事実を踏まえていないと思われる点です。確かに引きこもりがすべて犯罪予備軍、危険な状態ではありません。ただ、引きこもりだろうがなんだろうが、自分の力でお金を稼いでいるなら「問題ない」ですが、40にもなって収入もなく、親の脛をかじっている状況を問題がない、とは言い難いです。それに、一般論ではなく今回のこの事例ではどうだったのでしょうか。殺された長男は、両親に対して家庭内暴力を振るっていたと報じられています。父親は、体にあざが残っていたというので、最近も相当の暴力が振るわれていたようです。現実には父親が息子を刑事告訴して警察がそれを立件する可能性はないでしょうが、あざが残るほどの暴力は、普通なら暴行罪であり、犯罪予備軍ではなく既に犯罪を犯している、ともいえます。家族に対してそれほど激しい暴力を振るっている人間が、小学校の運動会に「音がうるさい。ぶっ殺すぞ」などと口走っている状況は、とても「問題ない」とは言えません。社会福祉の専門家なら、高齢者虐待と判定するのではないでしょうか。実際には、そのまま放置したら本当に小学校の運動会に乗り込んで行って凶行に走ったかどうかは分かりません。多分、そうはならない可能性の方が高かっただろうとは思います。でも、世間一般の引きこもりの平均よりは、凶行のリスクはかなり高いであろうこと、そして現に暴力を受けていた父親は、とても冷静に判断できる状況ではなかっただろうこともまた確かです。一歩間違えれば、「殺されても仕方がない人間はいない」という言葉は、殺人者となった父親に対してではなく、殺された息子に対してかけなければならなかった言葉かもしれないのです。もちろん、だからと言って、まだ殺人を起こしたわけでもない息子を、「このままだと人殺しをするかもしれないから」と先に殺害してしまう行為は、いかなる意味でも容認できません。その点は藤田氏のいうとおりです。ただ、口を極めてその犯罪を非難するかどうかはまた別問題です。そして、多くの人の感覚は、それに近いのではないでしょうか。先に「死ぬなら1人で死ね」という言説を使わないで欲しい、という藤田氏の主張を読んだとき、私がドキッとしたのは、他ならぬ私自身にそういう感情があったことです。まるで、そこを見透かされたように思え、そして冷静に考えると、まったく藤田氏の言うとおりだと気が付きました。でも、今回は違うのではないか、と。ネット上で「正しいことをした」だの「よく決断した」だのという意見はあるとしても、それは「1人で死ね」よりは圧倒的に一部の極論です。多くの人は、元事務次官という立場の人が、そんな二者択一を迫られるほど追い詰められてしまった状況に慄然としたのであって、やったことが正しいとは、たいていの人は考えてはいないでしょう。犯罪である、許されないことである、それは当然だが、しかし、ということでしかありません。その上で、ただこうなる前にもうちょっと何とかならなかったのか、とは私も思います。そこは藤田氏の言うとおり。いくら元事務次官と言っても、農水省ですから、社会福祉の諸制度や相談窓口には精通していなかったのでしょうし、その経歴が足かせになって、引きこもりの問題で相談窓口に駆け込んだり社会福祉の諸制度を利用することに抵抗があったとすれば、それは非常に残念なことです。もっとも、社会福祉の諸制度を活用すれば根本的に解決するかというと、そうとも限らないように思いますが。
2019.06.04
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JNN世論調査、衆参ダブル選「賛成」3割に夏の参議院選挙に合わせて衆議院選挙も行う衆参同日選挙について、「行うべき」と考える人が3割にとどまり、「行うべきではない」を下回ったことがJNN世論調査でわかりました。安倍内閣を支持できるという人は、先月の調査結果より1.7ポイント増えて59.1%でした。支持できないという人は、3.4ポイント減って36.9%でした。夏の参議院選挙に合わせて衆議院を解散し、衆参同日選挙を行うという案が取りざたされていますが、衆参同日選挙を行うべきかどうか聞いたところ、「行うべき」と答えた人は30%にとどまり、「行うべきではない」の42%を下回りました。また、参院選で投票の際に重視するテーマについて聞いたところ、最も多かったのは「年金や医療などの社会保障」で64%、さらに「少子高齢化や子育て対策」の54%、「消費税増税の是非」の32%と続き、「憲法改正」は11%で8番目でした。丸山穂高衆院議員は、北方領土でのビザなし交流で、酒に酔って「戦争で島を取り返すことには賛成か、反対か」などと発言しました。この発言を問題だと思うか聞いたところ、「問題だと思う」と答えた人が84%に上り、「問題だと思わない」は7%でした。また、丸山議員が辞職すべきか聞いたところ、「議員辞職すべき」は67%で、「議員辞職する必要はない」は20%でした。---安倍政権をほぼ6割の人が支持している、というのは、私にとってはガックリくる数字です。が、そのことはともかくとして、衆参同日選挙を行うべきが30%、行うべきではないが42%というのは、そうだろうなと思います。民主党が下野したのが2012年12月の総選挙です。それ以降、自公政権はずっと圧倒的多数の議席を持っています。にも関わらず、安倍政権は、2014年12月、2017年10月に解散総選挙を行い、もし衆参同日選となれば前回から2年にも満たないのに、またまた解散総選挙ということになります。衆議院の任期は4年です。実際には任期いっぱいまで務めた例は数えるほどしかないとはいえ(ただし、そもそもいわゆる7条解散の妥当性については議論の分かれるところですが)、大半の解散が、前回から3年程度を目処に行われてきています。もちろん、内閣不信任案の可決とか。重要法案での突発的事態(例えば郵政解散)は例外的にありますが、第二次安倍政権になってから、例外が常態になっているのが現実です。いくら衆議院が常在戦場とは言え、任期の半分や、それにも満たない期間での解散を何度も繰り返すことには問題があると私は思います。一度の国政選挙で、600億円もの費用がかかるのです(衆参同日選にすれば衆院選だけの費用はそこまでかかりませんが、同日選には後述する別種の問題が伴います)。選挙に要する費用は、勿論民主主義のコストとして必要不可欠のものですが、乱発すればよい、というものではありません。加えて、巷間言われる衆参同日選ということになると、おそらく各地の選挙管理委員会は悲鳴を上げ、各地でトラブルが頻発する事になるのだろうと思います。一度にこれだけの票が投じられる選挙は過去に例がないからです。衆参同日選自体は、1980年代に2回前例があります。しかし、当時の衆院選は1人1票でしたから、一人の有権者が投じる票は、衆院選、・参院選選挙区・比例区・最高裁国民審査の4票でした。現在は衆院選も比例区と小選挙区の2票に分かれるので、1人5票になります。そのような選挙はいまだかつて例がないので、おそらく投票所のスペースが足りない、投票箱、記載台の数が足りない、投票所での滞留によるトラブルなどが頻発することになるでしょう。そもそも、前例のある1人4票ですら、相当に厄介な状況と聞きます。80年代の衆参同日選は遠い昔なので知りませんが、東京では2012年に衆院選と都知事選のダブル選で1人4票になったことがあります(衆院比例区・小選挙区・最高裁国民審査・都知事選)が、その際も各地で混乱があったと聞きます。なお、統一地方選では一部の政令指定都市で1人4票になることがあります。結局、政治家はそういう実務面の個別の事情のことなんか、考慮はしないのでしょう。首相が「同日選をやる」と決めれば、実務担当者が死ぬ思いをして、やることになるのでしょう。それ自体は、そういうものだから仕方がないですけど。ただ、もし衆参同日選になったら、投票は期日前投票をお勧めします。投票所や時間帯によるでしょうが、場所と時間によっては、長蛇の列で待たされるかもしれないですからね。
2019.06.03
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6月23日、中野区哲学堂公園で演奏します。日時 6月23日午前11時/午後2時会場 中野区哲学堂公園内宇宙館演奏 ティエラ・クリオージャ入場無料昨年演奏した際の映像です。昨年は真夏の7月29日に演奏したものだから、強烈に暑くて、汗だくになりました。今年は6月中なので、湿気はありそうですが、昨年よりは涼しい・・・・・といいなあ、と。この曲は今年も演奏する予定です。
2019.06.01
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