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2週間前に宮城県の伊豆沼に行った際、オオハクチョウはたくさんいましたが、コハクチョウは撮影できませんでした。そこで今回はコハクチョウを撮影しに行ってみました。ただし、また宮城県まで行ったわけではありません。東京からだと、伊豆沼の10分の1の交通費で行けるハクチョウの渡来地があるのです。それが、タイトルの「白鳥の郷」です。千葉県、JR成田線の小林駅から徒歩30分余りの場所にあります。11月30日はかなりの冷え込みで、霜柱が立つ田んぼの間を歩いて白鳥の郷に向かいました。(手袋を持たなかったのは失敗だった)アオジと思って、さほど気に留めずに撮影したのですが、アオジじゃない。くちばしがホオジロ科ではない。タヒバリです。尾は振っていなかった気がするのですが、記憶違いかな。同じくタヒバリ。尾を振っていた記憶がないので、ほかの鳥かなととも思ったのですが、タヒバリ以外になしとの結論です。しかし、白鳥の郷に着いたら、そこにはなんと、白鳥が1羽もいません(涙)。10羽ほどのオナガガモがいるだけです。しばらく待つと3羽だけ飛来しました。コハクチョウ同じくコハクチョウの若鳥。成鳥2羽と若鳥1羽なので、親子でしょう。しかし、この3羽以外は飛来する気配なし。更に5羽飛来しましたが、降り立たずによそに飛び去ってしまいました。しかし、遠方から、明らかに白鳥の鳴き声が聞こえるのです。ちょうど地元の方らしき観察者がいたので聞いてみたら、数日前から急にハクチョウたちがねぐらを変えてしまったというのです。道を教えていただいて、そこに行ってみることにしました。途中でタヌキの亡骸に遭遇。車に轢かれたのでしょうか。かすかとはいえ声は聞こえるので、そんな遠くではないと思ったのですが、行ってみたらすごく遠かった。声はすれども姿は見えず。いました。ハクチョウの群れ。後で地図を確認すると、「白鳥の郷」からはだいたい1.5kmほど離れていました。多いときは白鳥の渡来数は1000羽くらいに達するそうですが、現在は150羽前後のようです。コハクチョウが大部分を占めますが、オオハクチョウも数羽混ざっていました。写真中央で畔の上に座っている2羽と、左端で右を向いている1羽がオオハクチョウ。この写真では判別できませんが、右端で首が隠れている1羽もオオハクチョウ、そのほかはコハクチョウです。左がコハクチョウ、右がオオハクチョウ。名前のとおり大きさはオオハクチョウの方が大きいけれど、大きさの差は両者が並ばないと分かりません。確実なのは、くちばしの黄色と黒の模様の違い。黄色い部分が広くて、下方で先端に伸びているのがオオハクチョウ。下方で口元の方に引っ込んでいるのがコハクチョウ。この場所でも地元のバードウォーチャーさんが何人かいらっしゃって、数日前にマガンがいた、ということをお聞きしました。数日前にはいたけど、今日はいないな、と。別の場所に移ってしまったようだと。しかし、そんな話をしていたら・・・・・。コハクチョウに混ざってマガンが1羽飛んできたではありませんか!マガン。確か、1950年代までは浦安あたりでもガン類が定期的に渡来していたと聞いたことがあります。戦前には、シジュウカラガンが数十羽皇居で越冬していた、とか。いずれも昔聞いたうろ覚えの話なので記憶違いもあるかもしれませんが、いずれにしてもかつてはガンは東京近辺でも珍しくはなかったようですが、現在は東京近辺にガン類の定期渡来地は皆無です。マガン。伊豆沼では10万羽というマガンを見ましたが、ここではたった1羽。それも、前述のとおり今の東京近辺では極めて貴重なものです。時々白鳥が数羽ずつ飛び立っていきます。新たに飛来する白鳥もいますが、飛び去る方が多い。時々白鳥同士の争いが起こる。セグロセキレイがいました。ハクセキレイは都心でも普通にみられる都市鳥の仲間入りをし、キセキレイも都心はともかく郊外ではそれほど珍しくはありません。しかし、セグロセキレイはあまり見ない気がします。珍しい鳥というほどではありませんが。ガンはカモより相当大型で、鳥の中でも極めて大きい部類に入りますが、白鳥と比べるとかなり小さいです。周囲のハクチョウが飛び立つのに煽られて、飛び立ちそうなそぶりを見せましたが、なかなか飛び立ちません。しかしとうとうコハクチョウの群れとともに飛び立ってしまいました。気が付くと、田んぼにいる白鳥の数も、私が到着してから1時間ほどの間に半分以下に減っていました。なので、このあたりで撤収しました。往路は小林駅から来ましたが、地図で確認すると、このあたりからは1つ先の安食駅の方がはるかに近いので、帰路は安食駅に出て帰宅しました。
2019.11.30
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もはや旧聞、というかすでに離日していますが、ローマ教皇フランシスコが初来日しました。ローマ教皇の来日としてもヨハネ・パウロ2世以来38年ぶり史上2回目ということです。気さくな人柄と言われ、また質素な暮らしぶり、高級車を嫌って小型車で移動する姿が知られています。ただ、核兵器や原発に厳しい態度を取り、格差や貧困問題に取り組む姿勢からは、一部の政治勢力からは嫌われているようです。例えば、こんな記事がありました。ローマ教皇の政治的発言への違和感ローマ教皇が広島、長崎で祈りを捧げられたそうです。~敬意は表しますが、政治的発言に違和感を覚えたのも事実です。核兵器の廃絶に熱心なようですが、そういう主張は日本ではなく北朝鮮や中国ですべきではないかと思うのです。日本は被爆国ではありますが、核保有国ではありません。核兵器をなくせと日本で主張するのはおかしくないですか?日本は核兵器の脅威に今も曝されているのです。日本の「リベラル」はお説を有難く拝聴しているのでしょうが、率直に言って、私は違和感を覚えました。---相手がローマ教皇なので表向きは精いっぱい抑制的な言葉遣いですが、裏ではひょっとしたらもっと露骨な発言をしているかもしれません。ただ、この種の人たちのこの種のお決まりの発言に今更驚いても仕方がありません。そんなことよりも、私が興味をそそられるのは、フランシスコが本当に「リベラル」なのか?という点です。確かに、間違いなくそういう側面はあるでしょう。そもそも、フランシスコはアルゼンチン出身ですが、アルゼンチン人は広島に少なからぬ関心を抱いています。今から60年近く前、キューバ革命の英雄エルネスト・チェ・ゲバラが革命政府の使節団を率いて訪日し、その際に広島を訪問していることは、当ブログでも過去に紹介したことがありますが、そのエルネスト・チェ・ゲバラは言うまでもなくアルゼンチン出身です。アルゼンチン・フォルクローレの巨匠アアルパ・ユパンキは、「広島、忘れえぬ街」という曲を残しているし、同じくアルゼンチンの歌手ヒナマリア・イダルゴは「広島の鳥の声」という曲を作っています。二人ともずいぶん前に故人となりましたが、現在でも活躍している音楽家では、ビクトル・エレディアの「ソブレビビエンド(生き残る)」という曲に、広島という言葉が出てきます。ちなみに、ユパンキは何回か来日公演を行っていますが、ヒナマリア・イダルゴとビクトル・エレディアは私の記憶する限り来日公演はしたことがないはずです。アルゼンチンの音楽史上に名を遺す3人の歌い手が広島を歌った歌を残すくらいですから、同じアルゼンチン人であるフランシスコも広島には深い関心があるのだろうし、そうであれば、核兵器万歳、などという立場にはならないのはある意味当然でしょう。教会が格差や貧困問題に目を向けるのも、やはりある種当然のことであるように私には思えます。これらの点は、ある種当然のことではあるものの、今の日本の政治風土の中では、それらの当たり前のことが「リベラル」に見えてしまう、という側面は否定できません。もう一つ、フランシスコ教皇が「リベラル」な姿勢と思われるのは、他宗教との極めてオープンな関係を目指している点です。今回の来日でも、東日本大震災で被災したお寺の住職との対談が行われています。数年前、ミャンマーを訪問した際も仏教の高僧と会見しているし、イスラム教の指導者と会見したこともあるようです。また、歴史的にカトリック教会がアメリカ大陸におけるスペインの侵略と植民地主義の協力者であった点についても、率直に謝罪の意を表明しています。そういう側面があることは確かですが、それがフランシスコ教皇のすべてではない、リベラルな面もあるけれど、かなりの保守派という側面もまた否定できません。そうでなかったら、バチカンで多数の支持を得て教皇に就任することはできなかったでしょうから。以前は、アルゼンチン軍政時代の人権侵害(多くの左派、反政府派の市民が軍事政権によって闇から闇で拉致されて殺された)に若き日のフランシスコ教皇が加担したのではないか、具体的には「解放の神学」派に属する聖職者を軍政当局に密告したか、彼らが軍に拉致されて「行方不明」となるのを見て見ぬふりをしたのではないか、という疑惑がささやかれたことがありました。ただし現在ではそれはデマと考えられているようです。ただ、カトリックの教義に関わる部分では、彼は間違いなく保守派です。例えば同性愛とか同性婚に対しては絶対反対の立場であり、また妊娠中絶も全面否定です。また、それらの点を対立軸として、アルゼンチンのネストル・キルチネルやクリスティナ・キルチネルの左派政権とは対立的な関係でした。なんとなくですが、左派だけど派手ないでたちのクリスティーナ・キルチネルと質素を旨とするフランシスコでは、いかにも肌合いが合いそうにないな、という気はします。というわけで、教皇フランシスコは、リベラルな部分と保守的な部分が同居した人物、ということになりそうです。
2019.11.28
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東大大学院特任准教授が中国人差別ツイート 大学謝罪、企業は寄付停止表明も本人は反論東大大学院情報学環・学際情報学府で特任准教授を務める大澤昇平氏がツイッターに、自身が経営する会社の採用で「そもそも中国人って時点で面接に呼びません。書類で落とします」などと投稿し、物議を醸している。大学は発言を「不適切」と謝罪、大澤氏が担当する公開講座に資金を寄付する民間企業も「(大澤氏の)価値観は到底受け入れられない」とし、寄付の停止を表明した。一方で、大澤氏は新たに「私企業が採用方針を表明しただけで、東大の思想を代表したものではない」などと投稿し、反論している。大澤氏は20日、「(自身が経営する会社で)中国人は採用しません」とツイート。他のアカウントからの批判に対し、「中国人のパフォーマンス低いので営利企業じゃ使えないっすね」「そもそも中国人って時点で面接に呼びません。書類で落とします」と相次いで反論した。ネット上では「コンプライアンスの問題以前に基本的人権を理解していないのではと疑われる」などの批判的な意見がある一方で、「会社の利益を守ることは当然のこと」と理解を示す書き込みもある。 ---こんなレベルの人が特任准教授で、東大大丈夫?と思ったら、さっそく東大も謝罪を行い、寄付講座の提供元企業も寄付を停止するとのこと。至極当然の対応が行われたようです。で、問題の人物については私は知りませんが、ネトウヨ番組「そこまで言って委員会」に出演、また報じられている以外にも「なんか日本語通じない下級国民のパヨクが沸いてるなー」なんて発言があったそうで、どういう人物か、およそ想像がつこうというものです。基本的人権というものをまるで理解しないヘイト丸出しの発言であることは言うまでもありませんが、それだけではありません。日中のGDPが逆転したのが2010年、それからたった9年で、もうじき3倍の差がつきそうです。日本はずっと経済停滞、その間中国は破竹の経済成長なんだから、そうなるのも当たり前です。にもかかわらず、「中国人のパフォーマンス低いので営利企業じゃ使えない」とか、どれだけ周回遅れの認識?と思わざるを得ません。要するに、そういうネトウヨ思想に凝り固まって、現実が見えていない、ということなのでしょう。いや、本当に、遠からず「日本人はパフォーマンス低いので使えません」と言われ始めなきゃいいけどと思ってしまう時代です。いくら「私企業が採用方針を表明しただけで、東大の思想を代表したものではない」などと主張したところで、「東大最年少准教授(特定短時間勤務有期雇用教職員)」なる肩書※を公にしたうえでの発言は、否応なく東大の看板を背負っての発言ということにならざるを得ません。別に東大に限らず、どんな勤務先でも(とりわけ、著名な企業や組織であればあるほど)同じでしょうけど。※なお、東大「最年少」という自称に根拠はなさそうです。で、ご本人のツイッターを見ると、更に眩暈がいそうな発言が並んでいます。一部の人物が主張している、「これは差別煽動・ヘイトスピーチであり、レイシズムやホロコーストを助長するものである」と主張は、「風が吹けば桶屋が儲かる」くらい、論理的な飛躍が大きいものです。たとえばある企業が「新卒採用では大卒しか採用しない」と発表したところで、それが高卒全体の集合がホロコーストに逢う危険を助長していると言えるでしょうか。いやあ……この種の屁理屈は結構よく見かけますが、ヘイトスピーチとは何か、ほかならぬヘイトスピーチ規制法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)に定義が定められています。言うまでもなく「中国人は(人物や能力と無関係に)面接に呼ばず書類で落とす」と公言することは本邦外出身者に対する差別ですが、学歴は国籍や出身地とは無関係なので、ヘイトスピーチではないのです。採用試験の応募条件を学歴で切ってしまうことを全面的に肯定するわけではありませんが、それは少なくともヘイトスピーチではない。いずれにしても、一読して、「東大の教員」と自称していることが見ていて恥ずかしいくらいの無教養ぶりであることは歴然としています。東大の教員になるくらいだから、お勉強はできたのかもしれないけれど、社会常識が欠落しているところにネトウヨ脳が加わってしまった、どうしようもない人物としか評しようがなさそうです。
2019.11.26
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その3としましたが、時間的には伊豆沼の写真より前です。11月3日葛西臨海公園。朝、西なぎさに行ったら、何か黒いものがいっぱいいます。なんと、全部カワウ。数百羽、では済まない数千羽でしょう。連合艦隊集結ス、という感じ。西なぎさにもまたカワウが大量に群れています。人が近づくと、どんどん西なぎさから東なぎさに逃げていくのです。イソシギイソシギ。11月10日、また葛西臨海公園キクイタダキ。何度か撮影していますが、小さくてすばしっこくて、撮影は至難の業。キクイタダキ。キクイタダキ。これでも、過去何回か撮影した中では今回がもっともマシな写真が撮れているのです。キクイタダキ。日本で最小の鳥の一つ。(ミソサザイ、エナガと大体同じ。メジロもわずかの差)キクイタダキオオタカの若鳥が飛びました。これも、オオタカと思っていましたが、よく見たらノスリでした。ノスリアオアシシギ
2019.11.24
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告知を忘れていたような気が。11月23日 中野区哲学同公園「宇宙館」にて演奏します。演奏 ティエラ・クリオージャ2ステージ演奏しますが、曲目はどちらも大半が同じです(1曲か2曲、入れ替えがあるかもしれません)中野区哲学堂公園西武新宿線「新井薬師前駅」から徒歩12分または都営大江戸線「落合南長崎駅」から徒歩13分入場無料です。前回の同じ会場での演奏より(この曲は今回の演奏曲目には入っていません)
2019.11.22
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立憲・安住氏の朝食会「原価」1人1739円 首相の会費5千円より安く立憲民主党の安住淳国対委員長の資金管理団体「淳風会」が平成24年に都内のホテルで開いた政治資金パーティーで、会合の「原価」に当たるホテルの会場使用料が対価を支払った人1人当たりで1739円だったことが政治資金収支報告書から分かった。野党は首相主催の「桜を見る会」に関し、安倍晋三首相の後援会関係者が前日に同じホテルで開いた「夕食会」の1人当たりの会費5千円を「安すぎる」と批判しているが、会場使用料などについてホテル側が柔軟に対応している実態が浮かび上がった。収支報告書によると、淳風会は2回朝食セミナーを開き、それぞれ収入は1062万円と1176万円で、対価を支払ったのは531人と588人。淳風会は会場使用料としてホテルに92万3326円と121万円を支払った。通常、使用料には飲食物の値段も含まれる。使用料を人数で割ると、1人当たり1739円と2058円。出席者が対価を支払った人の半数だったとしても、1人当たり5千円を下回る。---言うまでもなく、ネトウヨ機関紙産経新聞のヨタ記事です。これで、定期購読料をとる商業新聞なんだから呆れます。ネットジークだの保守速報だのと、質的になんら変わりません。それを恥ずかしいと思う感性すら、ないのかもしれませんが。第一に、「ホテルニューオータニの夕食会」と、「どこか分からないホテルの朝食会」の値段を同列に比較することのバカバカしさです。いや、とりあえずニューオータニ(と同クラスの高級ホテル)ということでもいいでしょう。いったいどこの世界に、朝食と夕食で同じ料金を取るホテルがあるんでしょうか?ニューオータニで会費5千円があり得ない安さというのは、あくまでもそれが夕食会だからです。朝食なら普通にあり得るでしょう。加えて、言うまでもなく夕食なら酒類が出るけれど、朝食では普通はまず酒は出ない。この点で更に差が出ます。そんなこといちいち説明せずとも、多少なりともものの分かっている人間なら誰でも知っていることですが、安倍愛に目が眩むと、そんなことも分からなくなるんですねえ。第二に、安住議員のそのパーティーは、いわゆる資金集めパーティー(政治資金パーティー)というものです。資金集めパーティーは、原価はできるだけ安くあげるものですし、出席者はパーティー券を売ったうちのごく一部というのが相場です。引用記事には「出席者が対価を支払った人の半数だったとしても」とありますが、出席率が半分にもなることはないのではないでしょうか。おそらく2~3割程度ではないかと思いますが。仮に出席者が1/3とすると、一人当たりの費用は5000円から6000円、「朝食として」ならば、ニューオータニクラスの高級ホテルとして、妥当なというより、結構高額な部類じゃないでしょうか。一方、安倍の「桜を見る会前夜祭」は、地元の支持者に対するある種の饗応ですから、政治資金パーティーとは性質が正反対のものです。そんなものを同列に比較できるわけがありません。もっとも、いくら頭の悪いネトウヨ新聞でも、そんなことを知らないとは思えないですけどね。「安倍愛に目が眩むと、そんなことも分からなくなる」と前述しましたが、産経新聞自身はそのくらいのことは知っているでしょう。知らないのは、それに煽られて踊るバカウヨ連中だけで。産経は、知っていながら知らんぷりしてこういうデマ記事を飛ばしているんだろうと思います。本当に悪質なデマ新聞です。
2019.11.21
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桜を見る会、参加者は「共に政権を奪還した皆さん」? 首相あいさつに疑問の声この一言に、すべてが凝縮しているのではないか。「皆さんと共に政権を奪還して、7回目の『桜を見る会』であります」。騒動の渦中にある毎年恒例の「桜を見る会」、今年の安倍晋三首相のあいさつである。私たちの税金で開かれるこの会、実は首相と共に政権の奪還運動をした人たちの集まりだったのか?(以下略)---すでに各所で大騒動になっている「桜を見る会」ですが、まったくあきれ果てた話だと思わざるを得ません。元々、「桜を見る会」の開催要項によると、招待の対象は「皇族、元皇族、各国大使等、衆議院議長と参議院議長及び両院副議長、最高裁判所長官、国務大臣、副大臣及び大臣政務官、国会議員、認証官、事務次官等及び局長等の一部、都道府県の知事及び議会の議長等の一部、その他各界の代表者」だったものが、安倍政権になってから、「その他各界の代表者」に「等」の文字が加えられ、招待の対象者が(かかる費用も)とめどなく拡大していったようです。結局のところ、モリカケ問題と同じで、「お友だち優遇」の公私混同なのです。引用記事によれば、「皆さんと共に政権を奪還して、7回目の『桜を見る会』であります」とあいさつしたのだとか。つまり、税金を使って「政権奪回」の恩賞というわけです。それも、地元の山口から850人もの支持者を呼び集めるという行状です。ならば、いっそのこと開催要項にも「安倍政権の支持者」とでも書き加えたらいかがかと。およそ、「自らを律する」とか「公平」ということを心がけることができない人、できない政権なのだなあ、と改めて思います。この問題を最初に国会で質問した共産党の田村議員が確か言っていたと思うのですが、こんなことを、もし安倍が自身の私費でやれば、公選法違反は明白です。そんな行為を公費でやる。ある意味バカバカしいことに、(政治家の)私費でやれば公選法違反なのに、公費でそれをやっても、外形上は違法行為にはならない、ある意味法の盲点とも言えますが、道義的にまったく許しがたいことです。安倍政権は、それに対して来年の桜を見る会は中止すると唐突に発表、それで幕引きを図るつもりのようです。こんな薄汚れた桜を見る会を中止するのは当然としても、それで問題が解決、ではないことは言うまでもありません。さて、そういうわけで、法的な面に限定して考えるとこの「桜を見る会」よりも、その「前夜祭」の方がはるかにヤバイ代物です。ホテルニューオータニで800人以上を招いての立食パーティーが会費5000円というのです。常識的に言って、ニューオータニで一人5000円で立食パーティーなどできるはずがないのです。事実、ホテル側は最低1万1000円と言っているようです。つまり、実際かかった費用より安い料金を設定することで、実質的に差額分を饗応した、ということになります。そもそも、この前夜祭の収入も支出も、収支報告書の記載していない。この時点で政治資金規正法に違反しています。安倍自身の説明によると、前夜祭の支払いに関しての明細書はない、参加者が(後援会・事務所を通さずにホテルに)直接支払っているので入出金はない、領収書も出していない、というのです。だから収支報告書に記載していないというわけです。もうちょっとマシな嘘をつけよ、という感じです。何らかの宴会(忘年会でも歓送迎会でも同窓会でもなんでも)の幹事を一度でもやったことがあれば、そんなことがあり得ないことはわかるかと思います。800人もの参加者がいれば、ドタキャンもドタ参加も一定数いる。集めたお金とホテルからの請求がピタリと一致するなんて、あり得るはずもなく、集めたお金を右から左でホテルにポンと渡して精算完了、なんてあるはずがないのです。5000円は、「参加者の多くがホテルに宿泊することからホテル側が提示した価格」とも言っていますが、実際には、どうやら参加者の多くはニューオータニには泊まっていなかったらしいことも判明しています。そりゃそうです。800人もの参加者が、みんなニューオータニに泊まれるほどお金持ちばかりとは思えませんから。立憲民主党の石川議員が同じ会場同じ人数での立食パーティーの見積もりを取ったら、一人1万3千円あまりの額になった、ということです。実際には、料理の内容などが全く同じかどうかは分かりませんが、少なくとも飲み物(ビール・ソフトドリンク)の一人1800円と、室料275万円(800人で割れば3400円)は、確実にかかる。料理を一切出さず、飲み物(それもビールとノンアルコールだけ)と部屋代だけで一人5000円は超えるのだから、もうこの時点でアウトなのです。つまり、可能性としては実際にかかった費用より安い参加費しか取らずに、その差額分を参加者(山口県の有権者)に饗応したまたは、実際にかかる費用より安い額しかニューオータニに支払わず、実質的にその差額分をニューオータニから政治献金を受けたのいずれか(または両方)ということになります。いずれにしても、収支報告書に記載していない(まあ、記載できないでしょうけどね。特に前者の場合は饗応であることが露骨に証明されますから)時点で、政治資金規正法上、限りなく黒に近い灰色というしかないでしょう。
2019.11.20
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前回の続きです。伊豆沼は東西に細長い沼で、東北本線新田駅その南岸東端ちかくに位置しています。そこから東端まで行って北岸を東から西にずっと歩いて、とうとう西端にきました。どこかで伊豆沼1周16kmと見た記憶があるのですが、改めて地図を図ると、東西の距離は3.5kmくらいしかありません。南北は、一番広いところでも1km。ざっくり計算すると、1周10kmを大きくは超えないみたいです。16kmは見間違いかな。沼の西端でやっとマガン以外のガンに遭遇。中央手前の茶色い4羽、ヒシクイです。9月に北海道のウトナイ湖で一応写真を撮りましたが、彼方の豆粒みたいに小さな写真でした。今回はばっちり撮影できました。中央はチドリの仲間、タゲリです。オオハクチョウが飛んでいきます。ガンの群れですが、先頭2羽がマガン、後ろに続く5羽がヒシクイです。くちばしがオレンジ色(ピンク色に見えることもある)で根元から額にかけてが白い(あまり白くない個体もいるけれど)のがマガン、くちばしは黒くて先端がオレンジ色、根元に白い部分がないのがヒシクイです。くちばしの色以外は、胴体や翼は区別し難いですが。大きさは、ヒシクイの方が多少大きいです。並ばなければわからないくらいの差ですけど。ヒシクイ。伊豆沼では少数派ですが、全国的に見れば日本に渡来するガン類の中ではマガンと勢力を二分します。ヒシクイ。タゲリが5羽いました。伊豆沼の南南に隣接する内沼に行きました。そこに栗原市サンクチュアリ昆虫館があり、その他なりに隣接して、食事のできる場所がありました。結局、伊豆沼を1周する間、食事のできる場所はこの1軒しか遭遇しませんでした(沼の東端にも食堂はあったようですが、通過したのが朝7時過ぎなので開いておらず、食堂とは分かりませんでした)。たまたま通過した時間が12時少し過ぎだったので、ここで昼食。お客さんは、私以外は地元の常連さんのようでした。内沼にもハクチョウがいっぱい。そして、伊豆沼にはガンはほとんどいませんでしたが(先ほどの4羽のヒシクイくらい)、内沼にはガンがいっぱい泳いでいました。ヒシクイも結構いました。しかし、太陽の位置の関係で、沼の見晴らしのいい先ほどの昆虫館とレストランの前からは、ガンの群れは逆光、しかも遠い。そこから少し東に歩いたところで、藪の間から湖面を覗くと、ガンがいっぱい泳いでいたのですが、木の枝が邪魔で、まともには撮影できませんでした。そこから再び伊豆沼に戻り、その周囲の田んぼでマガンを見ます。途中、カシラダカに遭遇。名前はタカですが、見てのとおり、タカではありません。ホオジロ科の小鳥です。伊豆沼湖岸の田んぼにて。車が3台止まっていて、多分バードウォッチャーではないか、だとすると、何か珍しい鳥がいるのかもしれないと思い(結局、車から降りてこなかったので本当にそうだったかどうかは分かりませんが)近くに行ってみました。前回も書いたように、ガンは極度に警戒心が強く、生身の人間が寄っていくより、車で寄っていく方が逃げにくいようです。もっとも、窓を開けたとたんに逃げるようですし、そうでなくても運転者むき出しのトラクターがやってくると、みんな飛んじゃいますが。何か珍しい鳥が、という予想どおり、そこにはマガンの部分白化個体(アルビノ)がいました。あるいは、マガンとハクガンの雑種?多分アルビノだと思いますが。そしてもう一つ。シジュウカラガンがいた!!と、思ったのです。(写真中央)でも・・・・・・何かが違う、シジュウカラガンみたいだけどシジュウカラガンではない。頬の白い部分がずいぶんくすんでいるし(幼鳥だとそうなのかとそのときは思っていましたが、あとで調べたところ、そんなことはなさそう)逆にくちばしの根元はマガンとおなじく白くなっています。これはいったい何?おそらく、シジュウカラガンとマガンの雑種でしょう。シジュウカラガンとマガンは別種であるだけでなく、属も異なるのでやや縁が遠く、まさか両者の間に野生状態で雑種ができるとは思いませんでしたが、検索すると結構例はあるようです。うーーん、シジュウカラガンに遭遇したと思ったんだけどなあ。・・・・・オオハクチョウ様、その道を通してくださいませ。こうして、あとはもう新田駅に戻るだけ、となった、そのとき。上空に黒い影が。またトビかとおもつて顔を上げると。トビじゃなーーーい。オジロワシでした。曇り空で、色がつぶれてしまいましたが、名前のとおり尾が白いことはわかります。そして、楔形の尾羽。9月にウトナイ湖で撮影しましたが、そのときよりはるかに近距離(これでもトリミングはしていますが)で大きく映せました。シジュウカラガンもカリガネもハクガンも、コハクチョウすら見られませんでしたが、最後にオジロワシを撮影できたので大満足です。ただ、一人で何の情報もなく来ても、どこにどの鳥がいるかわからないので、確実に色々な鳥を見たいならツアーか、現地の鳥事情に詳しい人に案内してもらうのがいいのだろうな、などと思ってしまいました。音楽や山と違って、鳥に関しては私は仲間がいないので。最後は、新田の駅から(ホームには誰もいなかったので、ここでも笛を吹いちゃいましたけど)仙台に出て、新幹線で帰京しました。
2019.11.18
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野鳥観察を再開して以降、基本的には東京近辺だけで鳥の写真は撮る、と決めていました。いや、北海道や沖縄で鳥の写真を撮っているではないか、と言われそうですが、あれは山登りのついで、家族旅行のついでなのです。鳥の撮影を主目的にそんな遠方まで行ったことはありません。が、ついに、その禁(というほどのものではないけれど)を破ってしまいました。宮城県の伊豆沼は、私が子どものころから、水鳥の越冬地として非常に有名でしたが、一度も行くことはできなかったのです。いつかは行ってみたい、と思っていた場所なので、今回、夜行日帰りの超強行軍でしたが、行ってきました。往路は三陸方面に向かう夜行バスで、岩手県の一ノ関で下車、始発の東北本線で南に向かって、新田駅に6時22分に到着です。仙台経由か一ノ関経由か迷いましたが、仙台からは始発列車でも新田到着は7時になるので、40分ほど早い一ノ関経由を選択しました。駅に着いた時点で、まだ世は明け切ってはいませんでしたが、すでに上空はガンが数多く乱舞しています。夜明けとともに無数のガンがねぐらから一斉に飛び立つ姿は壮観のようですけれど、今回はその写真はあきらめました。まだ空が暗いので、ピントが迷い、ピンボケ写真を量産してしまいました。ある程度まともに撮れたのは、これくらいでしょうか。ガンだけでなく、ハクチョウも飛んでいます。で、伊豆沼に向かって歩き始めました。初めてなので(二度目があるかどうか分かりませんけど)ちょっと道に迷ったりしましたが、ともかく沼のほとりに出ました。近くの田んぼでオオハクチョウがえさを食べています。刈り取った稲の茎や落穂んどを食べているようです。沼にもオオハクチョウが多数泳いでいます。ただ、ガンの姿は水の上にはありません。上空にはあんなにいっぱい飛んでいるのに、沼にはいないのです。夜明けとともにガンは一斉に伊豆脱沼から飛び立って、ほとんどが近隣の農地でえさを食べているので、日中は沼にはほとんどいないようです。というわけで、沼に接する田んぼには、あちこちにマガンがいました。ハクチョウはこんなにいっぱいいます。カモもいる。彼らは日中も沼で採餌しているようですが(最初の写真のとおり、ハクチョウも一部は田んぼでえさを取っている)、ガンだけは日中あまり沼にはいないようです。皆無ではありませんでしたが。マガンが頻繁に飛んでいます。オオハクチョウも飛んでいます。ハクチョウはいっぱい浮かんでいるのですが、多くは首を羽の間に突っ込んで寝ています。ハクチョウにはオオハクチョウとコハクチョウの2種類(ほかに、日本では飼鳥のコブハクチョウも)がいますが、その識別は、くちばしの色の模様なのです。首を突っ込んで寝ていると、どっちなのか分かりません。が、残念ながら見た範囲、写真に撮った範囲に、コハクチョウは1羽もいなくて、すべてオオハクチョウでした。探し方が悪かったのでしょうが。カモ、ガン、ハクチョウ、みんなカモ目カモ科の鳥です。ガン類とハクチョウ類は特に近縁で、カモ類は両者より古い時代に枝分かれしているようです。いずれにしてもみんな近縁同士です。大きさは、カモ類<ガン類<ハクチョウ類なのですが、警戒心の強さはカモ類≤ハクチョウ類<<∞<<ガン類なのです。東京でもよく見かけるキンクロハジロとかカルガモ、オナガガモなどは、5mまで寄っても逃げたりしません。ハクチョウも似たようなものですが(カモ類より若干警戒心が強いような気もしますが、まあ大同小異)、ガンは猛烈に警戒心が強い。5mどころか、50mまで寄っても逃げる。この写真も、それまでえさを取っていたマガンが一斉に顔を上げているので、こちらを警戒しているのでしょう。鳥の多くは目が横についている(ガンカモ類もそう)ので、横を向いていてもちゃんとこちらを見ています。距離は、正確ではありませんが100m近くはあったはずです。数歩ずつゆっくりにじり寄って、一番近づいたのがこれ。距離は50mは切っていたと思いますが、これが限界。このあたりで、地元のバードウォッチャーと遭遇して情報交換。極めて珍しいガンが来ているという話を聞きました。ただし、その方もどこにいるかわからず、探しているのだそうです。そんな珍しいガンが見られるなら見たいなあ、とは思うのですが・・・・・・。マガンマガンマガン、ひたすらマガンの群れです。奥にオオハクチョウが少しいますけど。地元自治体の栗原市観光ポータルサイトによりますと、今月7日時点での伊豆沼のガン類の数は10万2426羽だそうです。多分、そこからさらに増えている。その大半がマガン、一部がヒシクイなわけですが、10万羽のガンが、あちこちの農地で群れを成してえさを食べている、しかも案外警戒心が強くて、近づくと飛んでしまう。写真みたいな群れが、田んぼのあっちにもこっちにもいるわけですが、その中からたった1羽の別種を探せって、そりゃ無理よ。この時点で半分以上戦意喪失、ヒシクイ、シジュウカラガン、カリガネ、ハクガンもぜひ見たいと思っていたのですが、こりゃ、見つけられないかな、と。だけど紅葉する森をバックにはばたくガンって、奇麗だなーと思ってしまいます。とにかく、近づくとすぐに飛ぶ。ノスリが現れました。例によってカラスに追い回されていましたが。飛び立つオオハクチョウ。マガモやカルガモなど陸ガモとか淡水ガモと言われる系統は、水の上でも助走なしに飛び立ちます。しかしガンやハクチョウ、「海ガモ」と言われるキンクロハジロやアイサなどの仲間は、陸では助走なしで飛びますが、水の上では水面を蹴って助走して飛び立ちます。その水を蹴る音が、ハクチョウはなりが大きいだけに、結構けたたましいのです。エナガもいました。このあたりで、毎度おなじみの・・・・・・お前は伊豆沼まで何をしに行ったのだ、と。はい、マガンに笛を聞かせに・・・・・(笑)続きは次回です。
2019.11.17
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桜を見る会を巡る権力と公金の私物化を見ると、そのような印象を強く抱くわけですが、今日の記事はその問題ではありません。地球の裏側から届いた政変劇についてです。ボリビア大統領辞任のモラレス氏、メキシコに亡命南米ボリビアの大統領選で不正を指摘され、大統領の座を退いたモラレス氏が11日、メキシコへの亡命を表明した。モラレス氏は11日深夜のツイートで、メキシコへ向けて出発すると述べる一方、近いうちに「力とエネルギーを強めて帰国する」と予告した。メキシコのエブラルド外相もツイッター上で同日夜、モラレス氏がメキシコ空軍機で出発したことを確認。同氏の身柄は国際法上、すでにメキシコの保護下にあるとの認識を示した。同時に投稿された写真には、メキシコ国旗で体を覆って機内に座るモラレス氏の姿が写っていた。ボリビアでは先月実施された大統領選の結果をめぐって抗議デモが激化し、モラレス氏の退陣を求める声が高まっていた。モラレス氏は軍によるクーデターで追放されたと主張。同氏と同じく左派の立場を取る南米諸国の首脳らも、この主張を支持している。---かつてボリビア中の期待を担い、事実としてそれに応えてきたエボ・モラレス大統領の、あまりに無残な政権末期と言わざるを得ません。直接的な契機は、10月に行われた大統領選の不正疑惑です。現職で4期目に出馬したモラレス大統領の得票率は45%で首位でしたが、ボリビアの大統領選は、首位の得票が5割を越えるか、4割以上で二位との差が10ポイント以上であれば一回目の投票で当選が決まりますが、そうでない場合は上位2人の決戦投票という規定があります。2位のカルロス・メサの得票率は、開票率8割を越えた段階で37%だったので、決戦投票不可避と見られていました。決戦投票になった場合、3位以下の候補はみんな反エボなので、その票がカルロス・メサに集中すると思われ、エボは相当苦しい戦いを強いられると目されていたのです。ところが、ここで突然に開票作業が中断、そして再開されたら、確定投票では何故かエボとメサの得票差は10ポイント以上開いていたのです。野党陣営は黙っていない。不正があったと猛反発して、連日ムリージョ広場(大統領府前)で抗議集会という騒ぎになりました。実際に不正選挙があったのかどうか、その決定的証拠については私は分かりませんが、残票2割もない中で、急に1位と2位の得票差が、現職に都合のよいように数ポイントも変動して、決戦投票を免れた、なんて、状況証拠から見れば「真っ黒」としか見えないことは確かです。ただし、この件はいわば「最後の一押し」でしかありませんでした。それまでにエボから人心が離れていく理由は色々ありました。そもそも、ボリビアの憲法は大統領の4選を禁じています(というより、実は3選も禁じているのですが、これについては後述)。彼は大統領4選を認める憲法改正を試みましたが、3年前に国民投票で否決されています。にもかかわらず、いわば憲法違反の形で今回強引に出馬しています。その点でも支持者が離反したし、更に4選を目指して憲法改正を試みたこと自体が、かつての熱心な支持者を幻滅させました。更に遡れば、任期の数え方の問題もあります。前述のとおり、ボリビアの憲法は大統領の3選を禁じているし、エボが改正を目指した内容も、3選を可能にする、というものです。それが何故4選と「翻訳」されているかというと、再選制限のカウントは現在の憲法の下での大統領選のみ、と解釈されているからです。現在のボリビア憲法は、エボ自身が改正したものですから、彼の1期目の大統領選は旧憲法下のものです。この、かなりアクロバティックな論法によってエボの大統領任期は2期目からカウントする、ということになっているのです。裁判所もこの解釈を認めていますが、「貧しき者の味方」の振る舞いとしてはいささか興ざめする話ではあり、このあたりから熱心な支持者が離れ始めたような気がします。それでも当時は、まだまだエボには高い人気があって、高い得票率で「再選」されましたが、これ以降、前述の経過によって、かつての熱心な支持者がどんどん離れていったわけです。また、個別具体的にどのような事例があるのかは知りませんが、長期政権になることで政治腐敗もかなり進行していたようです。(ただし、ラテンアメリカにおいて腐敗と無縁な政権などほとんどないのが現実ですけど)今や、知人によると「かつて最も熱心なエボ派だった人ほど今ではもっとも激烈な反エボ派」だそうで、与党、閣僚からも造反者が続々、支持母体の労働組合や農民団体からもそっぽをほ向かれる、という状態です。多分、彼が後継者を育てて自分の理想を引き継いでいこうとしなかったことが、一連の失敗の根本なのだろうと思います。エクアドルで、左派のラファエル・コレア大統領が、後継者に指名したレニン・モレノ(その名も、かのレーニンに由来するのですが)が当選したとたんに裏切られて、急激な右旋回を遂げてしまったことも、彼が後継者を育てることよりも自らが権力に執着し続ける一因となったのではないか、という意見もありますが、一連の経過を見ると、エボの自らの大統領任期引き延ばし作戦はそれ以前の時期から始まっているようにも感じます。いずれにしても、初当選時は40代半ばだった彼も今や60歳、永遠に大統領で居続けることはできないのだから、どんなに後継者が不安だったとしても、いつかは後継者に引き継がなければいけなかったのに、それをしなかったことが、蹉跌の始まりと言わざるを得ないでしょう。ただし、モラレス政権の成果は、その晩節は汚したとはいえ、素晴らしいものがあったこともまた事実です。以前に記事を書いたことがありますが、かつてボリビアはラテンアメリカでも最貧国の一つと言われ、1985年には年率2万%というすさまじいインフレ(1年間で物価が200倍になるということ)を経験し、独立以来百数十回といわれるクーデターなど、政情不安と貧困の支配する国でした。しかし、モラレス政権下でボリビア経済は一貫して年5%近い経済成長を続け、それをインフラ整備や貧困層の生活改善に充ててきた結果、私が頻繁に旅行していた当時とは見違えるほどの発展を遂げています。ラパスのロープウェイ網なんて、私はまだ見たことがないのですよ。これに伴って、貧困層の割合が大幅に減少、中間層が大幅に増大しています。モラレス政権以前、ボリビアにおいて貧困層の割合は6割以上、極貧層は4割弱に達していましたが、現在は貧困層38%、極貧層18%まで縮小、逆に中間層は38%から58%に増加しています。ボリビアという国は、南米の中でも小国であり、私のようなフォルクローレ・ファン以外には、ほとんど知られていないので、その経済成長ぶりが世界に注目されるようなことはほとんどないものの、この間の経済成長率はラテンアメリカでも随一のものです。もちろん、それは原油や天然ガスの価格の高騰(ボリビアは石油は出ないが天然ガスは産出します)に支えられてのことではありましたが、エボにとっての「兄貴分」であったベネズエラが、原油価格の低迷とともに国家破綻状態に陥っているのに対して、ボリビアは、現在でも(経済成長率は以前より鈍化し、財政状況や貿易収支は悪化しつつあるものの)破綻状態とは無縁で、国民生活は安定しています。かつては、ベネズエラといえば貧富の差は大きいもののラテンアメリカ最富裕国、ボリビアは最貧国でしたが、今やボリビアのほうが安定しており、最貧国から脱して中進国に近づきつつあるのが現状です。その状態を作り上げたエボの功績(言うまでもなく、本人は経済の専門家ではなく、極めて優秀な経済専門家を味方につけて、閣僚に迎えたからです。そんなブレーンを味方に付けられること自体が大きな才能であることは言うまでもありません)は多いに認められるべきものです。その功績は大いに賞賛すべきですが、しかしやはり権力は腐敗する、長すぎる統治は弊害をもたらす、という一般法則からは、エボ・モラレスといえども無縁ではいられなかったのだな、と思わざるを得ません。実に残念なことです。
2019.11.13
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「天皇陛下万歳」連呼 令和の時代にどう見たらいいのか天皇陛下の即位を祝う9日の「国民祭典」の祝賀式典で、「天皇陛下万歳」の唱和が繰り返された。天皇、皇后両陛下が会場を出た後も続き、少なくとも16回。万歳三唱ならぬ、万歳「四十八唱」に令和の人々は何を思うのか。皇居前広場に約3万人が集まった式典の締めくくりが万歳だった。伊吹文明元衆院議長が「両陛下の健康を祈念し、世界の平和を願い」などと前置きし、「天皇陛下万歳」と声を張り上げ、参加者も唱和。壇上のアイドルグループ「嵐」の5人も両手を上げた。その後も運営側の掛け声で、会場は「天皇、皇后両陛下万歳」「天皇陛下万歳」の連呼に包まれた。万歳に合わせ、両陛下も手に持ったちょうちんを上下に揺らした。---何やらエンドレスに万歳三唱が続いて、物議をかもしたらしいですが、私はさほど興味がありません。今の天皇に敵意はまったくありませんし、憲法の定める象徴天皇制を廃止すべきとも思いませんけれど、即位を「祝賀」しする気も特にないので、「国民祭典」なるものに行く気はそもそもありません。そこに押し寄せた人たちが、天皇のファンなのか「嵐」のファンなのかは知るべくもありませんが、少なくとも天皇の即位を祝賀する行事だという認識はあるのでしょうから、天皇の存在を好意的にはとらえているのでしょう。まあ、そういう集会で天皇制が好きな人たちが「天皇陛下万歳」を48回だろうが480回だろうが、4800回だろうが、やるのは勝手です、他人にそれを強制しない限りにおいて、好きにすればいい。ただ、蓼食う虫も好き好きとはいえ、私自身の感想としては、「グロテスク」という以外の感想は持ちえませんけどね。さすがに、ネット上でも、興ざめ、やりすぎ、というような批判が(天皇制を積極的に支持する人たちの間からも)起こっているようです。そりゃ、そうだろうなと思います。ところが、この「ハプニング」はハプニングではなく、主催者の予定どおりだったのだそうです。どんな感性の持ち主が進行を考えて取り仕切っていたか、およそ想像がついてしまうような話ではあります。
2019.11.11
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「キラ・ウィルカ」にて、神奈川県内の介護施設で演奏してきました。曲は「モレニータ」10曲演奏したうち、まともに撮影できたのは最初の2曲だけで、残りはタブレットのピントが合わず、しかも何人か顔が隠れてしまいました。が、都合により失敗した動画だけを公開します。「ぶどうのロサリオ」Rosario de uvas四半世紀以上前ですが、この曲は日本映画「橋のない川」(東陽一監督)のテーマ曲に使われたこと地があります。サンポーニャだけのバージョンとサンポーニャとケーナのパージョンがあり、映画に使われたのはサンポーニャとケーナのバージョン。以前に別グループではサンポーニャだけのアレンジで演奏していましたが、「キラ・ウィルカ」では映画で使われたのと同じ、サンポーニャとケーナのアレンジで演奏しています。
2019.11.09
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今使っているパソコンは2014年秋に自作したものですが、16年に一度Windows10に自動アップデートされてしまいました。その時はいろいろ考えてWindows7に戻してしまいました。正直言ってWindows7のほうが私にとっては使い勝手が良かったこと、USB外付けのサウンドデバイスがWindows10に対応していなくて、音が途切れてしまう(もちろん、オンボードのサウンドを使えば問題ないのですが)ことが原因でした。で、多分Windows7のサポートが切れるまでにはパソコンを新しいものに変えるだろうから、その時にOSも新しくすればよい、と考えていました。ところが、予想に反して、パソコンの能力に不満を感じることがなく、いまだにパソコンを変えていません(自作機なので、何をもってパソコンを「変える」というか微妙ですけどね)。そして、Windows7のサポート期限が来年1月に迫ってきました。やむを得ず、Windows10に再度アップデートすることにしました。Windows10の無料アップグレード期限はもう切れていますが、過去にWindows10にアップデートしたことがあるパソコンは、再度無料でWindows10にアッブグレードできるのです。そこで、先月やってみたのですが、ものの見事に失敗しました。理由は簡単。Cドライブの空き容量がもう13GBくらいしかなかったから。Windows10をインストールできる条件に、空き容量15GB以上必要なので、できなかったのです。いや驚いた。128GBのSSDが、いつの間にそんなに空き容量がなくなったんだろうか。などと言っていても仕方がありません。無料アップグレードはあきらめて新しいパソコンを作るか、でも、まだまだ性能に不満のないパソコンを作り替えるのも面倒だしもったいないし。というわけで、新しいSSDを買ってきました。これまでの倍の256GBの容量で、お値段は5000円にも満たない。で、旧SSDのOSを丸ごと新しいSSDにコピーして、それをWindows10にバージョンアップする、という作戦を試みました。容量が倍になったので、空き容量の問題は当然解決です。ところが、やっぱりWindows10へのバージョンアップに失敗するのです。エラーメッセージを頼りにネットで検索してみると、原因は不明(笑)しかし、バージョンアップの際、元の設定、データを引き継ごうとすると、そのエラーメッセージが出ることが多い、元の設定を引き継がなければ大丈夫らしいことが判明しました。そこで、そのようにして再アタックしてみたところ、今度は無事にWIndows10にバージョンアップできました。が、それって要するにまっさらの何もないWindowsだけの状態で、要するに新規インストールしたのと同じなのです。考えてみればそうですよね、元のOSの設定を引き継がないんだから。でも、あれやこれやのソフトをインストールして、メールを一から設定して・・・・・・という作業が面倒くさいから新しいパソコンより今のパソコンをバージョンアップしたのに、結局その面倒くさい作業をやらなければいけないみたいです。で、いろいろなソフトを入れて、やっと、ほぼ元の環境にほぼ戻りました。いやー、面倒くさかった。だけど、その一方で、WIndowsXPとか、下手をするとWindows98の時代の猛烈に古いソフトでも、Windows10にインストールでき、使えてしまうんですね。具体的なソフト名は、いろいろ差しさわりがあるので書きませんが、Windows10どころか、7だってすでにサポートされていなかったようなものが、何の問題もなく動いています。その一方で、前述のとおり使い慣れていたUSB外付けサウンドデバイスは、相変わらずWindows10には非対応なんですけどね。唯一まだ入れていないのはLINE(パソコン版)です。それも近いうちに入れようと思いますが。そして本題ですが、Windows10の使い勝手は、やっぱり私にはよく感じません。Windows7さらにはWindowsXPの方が私にとっては使い勝手がいいです。まあ、慣れの要素もあるんでしょうけど。否応なくWindows7はあと2か月ちょっとで使えなくなるので、あきらめて慣れるしかありません。
2019.11.07
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前回の続きです。隣の四阿山は基本的に亜高山帯針葉樹林の山です。どちらかというと深く暗い森。それに対して根子岳は、やはり亜高山帯ではあるのですが、白樺とダケカンバが主体で、中腹以上はそれもまばら、チシマザサの中に針葉樹はまばらに点在するだけの明るい山です。雰囲気的には、大菩薩嶺が似ている感じがします。高さも大体似たようなものです。積雪量は根子岳のほうが多いはずですが。調べていないのでまったくの想像ですが、この植生は人為的な撹乱(山焼きなど)によって生じたのでないか、という気がします。今は時期ではないですが、根子岳は花の山としても有名ですが、それは、人為的な撹乱が原因ではないかという気がします。山頂までもう少し。写真左端の杭が山頂の標識に見えて、一瞬「着いたのか?」とぬか喜び(笑)。でも、もうすぐ山頂なのは確かです。向こう側は地図から判断する限り、戸隠、妙高方面の山だと思われます。山頂に到着。登山口を10時8分発、山頂が11時54分着なので、1時間46分かかったということになります。バス停を出た時間は記録していないのですが、バス停到着は時刻表上9時10分、トイレに行ったりしているので、9時15分頃歩き出したとすると、バス停から山頂までの所要は2時間40分くらい、ということになります。向こうの山は浅間山、だと思います。四阿山。過去2回はこの四阿山と根子岳を結んで登りましたが、今回は根子岳のみ。実は、2回とも四阿山は曇りか雨だったのに根子岳は晴れでした。山頂の向こう側。大展望です。ただ、曇りになってしまいましたが。前述のとおり、過去2回は四阿山から根子岳に縦走しましたが、今回は台風の影響で四阿山の登山道に荒れた部分があるとのことで(登山禁止ではなく、実際歩いている人もいるけれど)、根子岳のみにした代わりに、これまで行ったことがなかった、となりの小根子岳まで足を延ばすことにしました。といっても根子岳から片道15分くらいのすぐ隣です。一つには、根子岳山頂が意外に人が多く、ちょっと笛が吹きにくかったこともあります。というわけで、お約束どおりの。ケーナ2本とマルタとサンカを持っていきました。ちょっとへたばっていて、音の出はいまひとつでしたが。小根子岳。なんか、山というよりはちょっとした起伏の一つ、という感じですが。山頂には誰もいませんでした。ここからも四阿山が見えます。根子岳方面を振り返って。個人的にはこの景色は好きです。根子岳の笹原の疎林と、四阿山から続くうっそうとした亜高山帯針葉樹林の境目付近、ということになるでしょうか。根子岳に引き返して下山。東屋のある展望台まで戻ってきて下を撮影。下りは根子岳の山頂から登山口まで、1時間半くらいでした。相変わらず下りが遅く、登戸下りの所要時間の差はあまりありません。(転んでまた怪我したら嫌なので、もう下りは急がないことにしています)というわけで、上のほうは紅葉が完全に終わっていましたが、北アルプスを中心に大展望を楽しむことができました。
2019.11.06
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・・・・・晩秋とか書いてしまいましたが、その割には暖かい日々ですが。昨日11月3日、菅平高原から根子岳に登ってきました。菅平高原では紅葉はまだぎりぎり見頃、という感じでした。富士山の入山料が話題になっていますが、菅平から四阿山・根子岳に登る登山道は以前より入山料がかかります。菅平牧場の私有地を通過するから、ということのようです。大人一人200円、管理人がはりついていて人件費が賄えるのか、心配になる金額ではあります。登山口に到着。バスの停留所からここまで、小1時間かかり、標高差も260m登ります。登山口までがすでに登山……。根子岳に向かって少し登った展望台より。北アルプス大絶景です。北アルプス中部から北部、立山、劔、爺ヶ岳といったあたりだそうです。さらに右側の北アルプス北部、白馬岳などでしょうか。北アルプスよりさらに右側、地図から判断すると、戸隠、妙高の山々だと思われます。逆に左端。浅間山に連なる連山(浅間山自体はこの位置からは見えない)北アルプスの南端、乗鞍岳です。乗鞍のさらに左(南側)に木曽御嶽山が見えます。展望台からさらに山頂を目指します。まだ、花が一つだけ咲いていました。槍ヶ岳と、その左(南)に連なる、大喰岳、中岳、南岳など。穂高連峰。西穂高、奥穂高、前穂高と北穂高。両者合わせた槍穂高連峰。北アルプス南部です。以下、次回に続きます
2019.11.04
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英語民間試験の導入延期=24年度に新制度実施-「ご迷惑掛けた」萩生田文科相謝罪2020年度に始まる大学入学共通テストで活用される英語の民間資格・検定試験について、萩生田光一文部科学相は1日、導入延期を発表した。文科相は「これ以上、決断の時期を遅らせることは混乱を一層大きくしかねない」と述べ、抜本的な見直しを行った上で、24年度に新制度を実施する考えを示した。英語民間試験をめぐっては、受験生らから地域間、経済的格差が生じるとの不安の声が上がっていた。大学入試制度の実施時期が、直前に変更される異例の事態で、導入に向け準備を進めていた教育現場では混乱が予想される。萩生田文科相は「(関係者の)皆さまにご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ない気持ちだ」と謝罪した。萩生田文科相は同日の記者会見で、「経済的な状況や居住している地域にかかわらず、等しく安心して試験を受けられるような配慮など、自信を持ってお勧めできるシステムにはなっていない」と制度の不備を認めた。---驚きました。うちの子も高校生で、しかも英語はどうも苦手なので、他人事ではありません。もっとも、もっとも影響を受ける高校二年生ではありませんけど。導入延期という結論自体は当然のことだと思いますが、その決定があまりに遅きに失したと言わざるを得ないでしょう。高校2年生の子を持つ知人も、「振り込んだ予約料はどうなるの」と呆れていました。いくらなんでも予約料は全額返還でしょうけど、お詫び料が上乗せされて返ってくる、とはまったく思えないので、何の利益もなく無駄な手間だけをかけさせられた、ということになります。バカバカしいにもほどがある。そもそも、国公立を含めたすべての大学の共通入試の一部を、民間に丸投げということ自体、どうかと思います。しかし、それ以上に問題なのは、英検やGTEC、TOEICなど複数の試験を選ぶ、というやり方です。方向性も難易度も違う別々の試験の点数をどうやって換算するつもりなのか。入試に選択科目があれば、選択による有利不利が生じるのは避け難いことではあるものの、それでも入試としての難易度の統一性をもたせようという努力くらいはあるものです。更に問題なのは、言うまでもなくこの民間試験のために新たに受験料が発生すること、しかも試験会場が限られるため僻地の高校生が極度に不利な立場に立たされることです。この点は、わたしは東京在住だし数千円の受験料が払えない、ということはまったくないので、我が家は個人的には有利な立場にあります。逆に言うと、僻地に住む受験生からしたら、受験料だけの問題ではない、交通費、更に家を朝出たのでは間に合わない場所も多いでしょうから宿泊費、受験料自体よりよほどそちらのほうがお金がかかるでしょう。それを一生に一度(浪人しなければ、ですが)の大学入試のためにやるのは仕方がないにしても、英語というたった1教科だけのために、それ以外に2回、つまり年に3回やれ、というのです。受験生の負担のことなど、何も考えていないといわざるを得ません。その懸念に対して萩生田文科相が「身の丈にあわせて頑張れ」という趣旨の発言をしたことが、火に油を注ぐことになりました。これって、自分の努力ではどうにもならない環境のハンデはあきらめろ、その条件の中で何とかしろ、ということです。「努力したって無駄」と言っているも同然で、これから受験勉強という努力を行おうとしている受験生に向かって、文科相という立場の人間がそれを言っちゃあおしまいでしょう。結果的にこの暴言が最後の引き金になって民間試験は延期となったのは、不幸中の幸いだったかもしれません。この発言がなければ、試験は強行されたか、あるいはもっと準備が先に進んだ後で延期となってさらに深い禍根を残すことになったかもしれませんから。(現実にも充分禍根は残っていますけど)それにしても、うちの子が大学入試を受けるときには、たったいどうなっているのかな。このあたりも、試験制度をコロコロ変えること、どう変えるのかがいつまでも明らかにならないことは、受験生にとって負担でしかありませんから、何とかしてほしいものです。
2019.11.02
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