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先日、「今月の鳥見はここまでかな」と思って、「8月の鳥」という記事をアップしてしまいましたが、今日三番瀬海浜公園に鳥を見に行ってきたので、「その2」を追加します。しかし暑かった。干潟にいるあいだは海風でそんなに暑くは感じなかったのですが、それでも500mlの保温ポットに入れた麦茶は飲みきってしまいましたし、駅からの往復が、なかなかね。片道2km、徒歩30分くらいかかるので。先日三番瀬海浜公園に行ったときは、シギがほとんどいなかったのですが、3週間経った今日は、いっぱいいました。チュウシャクシギ。この個体だったと思うのですが、1羽、怪我しているのか先天的か分かりませんが、ずっと足を引きずって歩いていました。頻繁に通っている方によると、何日も前からそんな状態だそうです。その足でシベリアから何千キロも渡ってきたとは、すごい・・・・・・けど、まあ飛んでいる間は足は使わないですからね。鳥にとって、羽の怪我は致命的だけど、足はまったく歩けないのでなければ、そこまで致命的ではないのでしょう。チュウシャクシギ。左側が(おそらく)先ほどの個体メダイチドリメダイチドリ。上の写真と同じ個体。オオソリハシシギメダイチドリ。3週間前にはシロチドリが数羽いましたが、今日は見当たりませんでした。チドリはダイゼンとメダイチドリばかり。メダイチドリの数は比較的多かったです。メダイチドリ。とあるブログの情報で、メダイチドリの中にオオメダイチドリが1羽混ざっているというので、片っ端から写真を撮っていったのですが、帰宅後撮った写真を確認したところ、すべてメダイチドリでした。こんなにいっぱいいるんだから、1羽くらいオオメダイチドリが混ざっていたって、いいじゃない・・・・・・カメラマンがいっぱい集まっているところに行ってみたら、コオバシギがいました。左のシギ。右はミユビシギ。コオバシギは初めて見る鳥です。中央コオバシギ、その左右奥はダイゼン、手前のピンボケはミユビシギ。コオバシギ夏羽とミユビシギ冬羽。オバシギとコオバシギは冬羽だとかなり酷似していますが、夏羽は違うので、これは分かりやすかった。コオバシギが飛んで行ってしまい、変わりにオバシギの団体さん(略称オバサン、じゃなくって・・・・・・)が乱入。こちらは、ほぼ冬羽(または若鳥)真ん中にオバシギが4羽、奥右がオオソリハシシギ、置く左はダイゼン、手前の小さいのがミユビシギですが、一番手前の1羽は顔つきからハマシギじゃないかと思います。(確実ではないけど)ミユビシギがゾロゾロ。奥はオバシギオオソリハシシギ。ソリハシシギもいたのですが、ピンボケ写真しか撮れませんでした。メダイチドリメダイチドリ。(背景の2羽も同じ)明日も、どこかに鳥を見に行けるかな、もう9月だけど。
2019.08.31
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日の丸外してU18杯、自民・武田氏「参加しなくてよい」韓国で30日から始まる野球のU18ワールドカップに臨む高校日本代表が、日韓関係の悪化を受けて現地入りの際に日の丸などが入っていないシャツを着ていたことについて、自民党の武田良太元防衛副大臣は「韓国が強要したのなら極めて非常識で失礼だが、強要されていないのに自ら日の丸を外すのはもっと問題だ」と日本高野連の対応を批判した。党本部で開かれた外交部会などの合同会議で語った。武田氏は、昨年10月に韓国で行われた国際観艦式で、韓国が自衛艦旗「旭日旗」の掲揚自粛を求めてきたために防衛省が海上自衛隊派遣を見送ったことを挙げ、「やっていいことと悪いことがある。自ら日の丸を外すのなら、試合に参加しなくてよい。そんな気概では勝てない」と述べた。外務省は「事実関係を確認する」と答えた。菅官房長官は28日の記者会見で「高野連の方針や個別の対応について政府としてコメントは控えたい」と述べた。---武田とかいう参議院議員の言い分に、わたしは口あんぐりです。選手たちが海外遠征に際してどのような服装をするのか、そんなことは本人(未成年だから親)と主催団体が決める問題であって、政治家がああだこうだと指図する問題か?いったい何様だよと思わざるを得ません。公船である自衛隊の艦船と私人である高校生を同列においてどうするよ。実際のところ、日の丸を付けたポロシャツを着ていたからと言って、何かトラブルが起こる可能性は限りなく低いでしょう。先の記事に触れましたが、職場で後輩が韓国旅行に行ったら、。日本人と分かっても(というか、韓国語が話せないから、最初から明白なわけですが)全然平気、どころかとても親切だったと言っていました。ただ、人間という生き物は、喧嘩を売られた、挑発されたと感じると、頭にくる習性を持っています。例えば、今の日本で韓国人が太極旗を身につけて集団で行進しても、まず99.8%なにも起こらないとは思いますけど、もし8月15日の靖国神社でそれをやったとすれば、ほぼ確実に何らかのトラブルが生じるでしょう。彼らが野球のU18日本代表だ、ということを知っていれば、シャツに日の丸を付けていることを挑発と考える人はいないでしょう。でも、空港という場所にはいろいろな人が集まります。みんながみんな、「彼らは野球の日本代表」と知っているとは限らない。まったく何も知らずに、なんだか良く分からない集団が徒党を組んで胸に日の丸をつけて歩いている、という光景だけを見て、それを挑発的と感じる人がいる可能性は、なくはありません。そういう中で、ひょっとしたら将来年俸1億のスター選手になるかもしれない若者の集団を、不必要なリスクに晒す必要はない、という判断は、そんなに間違ったものでもないと私は思います。だって、たかがポロシャツですよ。そのデザインをどうするかなんて、たいした問題ではない。日の丸があっても、99.8%問題は生じないと私は思いますが、日の丸のないデザインのポロシャツにしたら99.98%安全になるなら、そうするに決まっているじゃないですか。武田という議員は、更に「自ら日の丸を外すのなら、試合に参加しなくてよい。そんな気概では勝てない」と言ったそうですが、実にバカバカしい話です。第一に、「そんな気概では試合に勝てない」というのは空疎な精神主義に過ぎません。第二に、こんなことを理由に日本代表が帰国したら、それは挑発、喧嘩を売る態度の最たるものです。要するに、韓国と関係を改善する気なんか全然ない、もっと喧嘩を売れ、もっと挑発しろ、もっと関係を悪化させろ、と言っているも同然です。しかも、そのリスクをかぶるのは自分じゃない、高校生たちだ。そういう方向性の先に、あまり明るい日本の将来は見えないと私は思うんですけどね。
2019.08.30
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富士山落石、死亡したのはロシア国籍の女性 夫婦で登山26日午前5時ごろ、富士山の山頂付近の登山道で、女性が落石でけがをしたと、地元の消防に通報があった。女性は間もなく死亡が確認された。山梨県警富士吉田署によると、女性はロシア国籍で東京の主婦(29)。日本人の夫と一緒に25日午後9時ごろ、同県富士吉田市の吉田口登山道から登り始め、山頂を目指していた。石は胸などに当たり、死因は外傷性心肺損傷という。事故を受け、吉田口登山道は9合目の手前から山頂にかけて26日午後6時まで通行止めとなった。---痛ましい事故が起きてしまいました。ただ、富士山で落石による事故が起こるのは、そう稀なことではありません。遠いむかしですが、1980年に12人もが亡くなる大規模な落石事故がありました。富士山大規模落石事故それ以降も、数年おきに富士山での落石事故は報じられています。死者が出ないと報じられないであろうことを考えると、怪我に留まる落石事故は、もっと多いのかもしれません。他の山でも落石事故はあります。ただ、正確な統計を取ったわけではない単なる印象に過ぎませんが、富士山が落石事故が一番多いように思います。その原因は4つ考えられます。ひとつは、登る人が多いからです。落石が起きても、その下に人がいなければ事故にはなりません。しかし、富士山は夏場のシーズン中は登山者が非常に多く、登山者が数珠繋ぎ状態となることは稀ではありません。そうなると、もし落石が登山道に飛んできた場合、その中の誰かに衝突する可能性が非常に高くなります。もうひとつは、富士山は夜登って朝山頂で御来光を眺めようとする人が多いからでしょう。今回亡くなった方も前夜に登りはじめているので、同様のパターンだったようです。当然のことながら夜中に歩けば、日中よりも落石に気づくのは遅れます。事故は午前5時頃だそうです。8月26日の静岡県の夜明け時間は5時14分(独立峰である富士山頂の直下では、それより少し早かったかもしれませんが)まだ夜が明けきらない薄暗い中で、落石に気づくのが遅れた可能性は大いに考えられます。第3の原因は、富士山が単純な形状の成層火山であることです。つまり、山頂付近から五合目付近まで標高差約1500m以上にわたって、落石を阻む樹木や登り返しがなく、ずっと単純な下り斜面なので、落石が途中で止まらないのです(唯一の障壁は山小屋ですが、そこへ石が突っ込めば、やはり人的被害が生じる可能性は高い)。前述の1980年の落石事故では、山頂直下で起こった落石が、8合目(標高3100m)で人にぶつかり、更に6合目と7合目の間(おそらく標高2600-2700m)でももう一度人にぶつかっています。これは、冬季における富士山での滑落事故の多さとも同根です。冬の富士山は、マイナス15度以下の低温で雪が青氷状態となること、偏西風の直撃によって「体が宙に浮く」とも表現される強烈な風(八ヶ岳でも北アルプスでもおおむね同様ではありますが)による滑落が多いのですが、どこで滑っても6合目付近まではまず止まらないといわれます。ただし、今回の事故に関しては、頂上直下だったらしいので、だとすれば、今回の事故ではこの点はあまり関係がなかったかもしれません。そして、最後に富士山は元々(地質学的な時間のものさしでは)誕生して間もない不安定な形状と地質の山であり、元々ちょっとしたことで落石は起こりやすいと考えられる、という点です。というわけで、富士山が日本の主要な山の中では一番落石の危険が高そうなのですが、もちろん、それ以外の山は大丈夫、ということではありません。例えば、北アルプスの白馬岳への主要な登山道である白馬大雪渓でも、わたしが山登りを初めて以降、多分3回は落石による死亡事故が報じられています(うち1回は、落石というより土砂崩れ)ここは、前述の1番目、つまり登る人が多いために誰かにぶつかる可能性が高い、ということが当てはまります。そして雪渓つまり滑りやすい雪面上なので落石が止まりにくい、ということもあります。更に、雪の上は落石の音が比較的小さいため、音で気が付くのが遅れがちになる、ということもあります。また、雪上歩行、アイゼン歩行に慣れない登山者だと、雪渓の上で機敏に逃げられない、ということもあるでしょう。実際のところ、白馬の大雪渓、あるいは北岳の大樺沢の大雪渓もそうですが、雪の上に点々と石が転がっているのを見かけることは稀ではありません。さすがに1メートルもあるようなものは見たことがありませんが、10cm程度の意思でも、人間が投げるより速いスピードでぶつかってくれば相当の殺傷力があります。というわけで、対策としては、こちらに記事によると不安定な岩が散乱する急斜面に付けられた登山道上で長い休憩をしない!上方に背中を向けて休憩をしない!(常に上方を見ておく)のが鉄則「フォールライン(物が落下する時に通るであろう線)に入るな!」と同時に自分自身が起こす落石が下方にいる別の登山者に当たる可能性を考えて、石を蹴らないなどの丁寧な足さばき夜間、視界が遮られる雲の中、悪天候でフードを被って視界が狭まっている時などは、視界が悪く音も聞こえにくい状況です。~落石が自然停止できないくらい傾斜が増している8合目から9合目付近を、ヘッドランプを点けて暗い中を登るのは避ける方が良い登山中は周囲の音(落石!という人の声、ガラガラという落石の音)がしたら、自分の目で周囲を確認して、落石と落石が落ちてくるルートから決して目をそらさず、安全に確保したうえで移動する不安定な岩石が散乱する登山ルートではヘルメットを着用するといったものになるようです。ヘルメットね、一昔前は、バリエーションルートの岩登りにしか使わないものでしたが、近年は北アルプスや八ヶ岳の岩場の多いコースでも推奨されるようになっています。私は、2014年に前穂高岳に登ったとき、周囲の登山者の多くがヘルメットを着用しているのに驚き、翌年西穂高岳に登る前に購入しました。最近では、ゴールデンウィークの涸沢でも、山岳警備隊に「次からはヘルメットを持ってきてくださいね」と言われるほどでした。(ヘルメットがなければ登るのはやめなさい、とまでは言われませんでしたが)無雪期の富士山に登るのにヘルメットは考えもしませんでしたが、今後は必要になるかもしれません。ただし、今回の事故では落石は「胸に当たった」とのこと。それはヘルメットでは防げないし、直径が50cmも1メートルもあるような石だったら、ヘルメットをしていても、「気休め」以上のものではなさそうです。それでも、着用しないよりはマシでしょうけど。なお参考までに、引用文中に「落石!という人の声」という記述がありますが、現在の登山用語で、落石は「ラク」と言われることが多いです。もちろん、自分が叫ぶ側に回るときは、「落石」と叫んでなんら問題ありませんけど、「ラク!」という叫びを聞いたら、それは落石のことだということは覚えておくべきと思います。
2019.08.28
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8月の鳥の写真です。ひょっとしたら第2弾もあるかもしれませんがないかもしれません。まず8月4日葛西臨海公園あまり自信がなく撮ったのですが、コムクドリでした。分かっていれば、もうちょっと粘って全身が見える写真を狙えばよかったです。みんなの人気者、カワセミ8月12日三番瀬 東京近郊のシギのメッカですが、この日は全然いませんでした。キアシシギが数羽、チュウシャクシギが1羽だけ。あとはシロチドリも数羽と、ミヤコドリだけが十数羽。シロチドリミヤコドリ。この日シギがほとんどいない干潟で、カモメ類以外で目立ったのはこの鳥でした。ミヤコドリ8月15日葛西臨海公園アオアシシギアオアシシギカイツブリの親子。そして8月24日東京港野鳥公園。ブログで、その日に確認された鳥が紹介されるのですが、それを読んで翌日見に行っても空振り、ということがよくあります。(珍しい鳥が、2日続けて出てくるとは限らないので)このときは、前々日、前日と2日連続でちょっと珍しい鳥が記録されたのを知っていたのですが、3日連続で登場するかどうかは分からず、果たしてどうかと思って土曜日に行ってみました。そうしたら・・・・・・いた!セイタカシギです。セイタカシギ。名前はシギですが、実際にはチドリの系統だそうです。もっとも、大元をたどればシギもチドリも(カモメ類やエトピリカ、ウミスズメなどの仲間も)すべてチドリ目ですけど。セイタカシギ。見よ、この脚線美(笑)もう1羽登場。いや、最初から2羽いるのは分かっていたのですが、なかなか1枚の写真に納まる位置に来なかったので。セイタカシギ、採餌中。セイタカシギ。2年前には東京港野鳥公園で繁殖していますが、そのときは遠くて小さな写真しか撮れませんでした。今回は観察窓の目の前にいたのでアップの写真が撮れました。セイタカシギ。羽を広げて伸びをしている、ように見えたのですが。飛んでしまいました。2羽とも行ってしまいました。ただし、そのまま飛び去ったわけではなく、結局池の反対側の岸辺に降り立ちました。キアシシギのアップ。
2019.08.26
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ソウルから 倭人の眼】GSOMIA破棄の韓国、「快く手を取る」と言いつつ逆襲連発韓国が日本政府による輸出管理厳格化などに対し、日本からの輸入食品への放射線検査強化に続き、日本とのGSOMIAの破棄を“対抗カード”として繰り出した。日本統治からの解放を記念する「光復節」(8月15日)の式典で、文在寅大統領は「日本が対話と協力の道に乗り出せば、われわれは快く手を取る」と言ったばかり。にもかかわらず、日本と手をつなぐどころか、神経を逆なでし続けている。(以下略)---文大統領は別に、無条件で「われわれは快く手を取る」と言ったわけではありません。そこには、「日本が対話と協力の道に乗り出せば」という前置詞がついており、しかしそれに対してわれらが日本は、「対話と協力」のシグナルを発そうとはしなかった以上、「快く手をとる」となるはずがないのは明白です。私は残念だと思います。でも、安倍政権やその御用メディアは、むしろそうなることを望んでいたんじゃないの?韓国と、あるいは少なくとも文政権と関係を改善したいなんて気はこれっぽっちもなかったんじゃないんでしょうかね。そもそも、輸出管理厳格化(「ホワイト国」外し)の表向きの理由は色々言っていますけど、いかに言い訳をしたところで、その真の理由が徴用工問題(あるいはレーダー照射問題その他諸々の対立)に対する制裁措置であることは明らかです。日本がそれをやれば、当然やり返されるのは当たり前の話です。そのひとつが韓国側も日本をホワイト国から外す決定です。それに関してもネトウヨメディアは色々叫んでいましたが、日本が韓国をホワイト国から外すのはよくて、韓国が日本をホワイト国から外すのは悪い、などという理屈はどう考えても成り立ちません。ただ、韓国が日本をホワイト国から外しても、その経済への影響は日本が韓国をホワイト国から外すほどには大きくないのでしょう。だから、GSOMIA破棄という最大のカードを繰り出したのでしょう。しかし、GSOMIAは1年毎の更新であり、期限3ヶ月前に破棄の通告すれば終了となることは、最初から規定されていることです。その更新が11月23日であり、3ヶ月前の更新期限は8月23日であることも、最初から分かっていたことです。それを分かった上で、「8月から韓国を『ホワイト国』から外します」と言うからには、当然GSOMIAの更新拒否という報復は予想の範囲内であるはずです。というよりむしろ、GSOMIAを破棄したければどうぞ、というくらいの覚悟、あるいは開き直りがあってやったことなんじゃないですか?それなのに、韓国がGSOMIAの更新を拒絶すると、政府・自民党幹部は怒り狂ったり慌てたり。何を今更慌てるのか、まさかとは思うけれど、そのような展開を予測もしないで「ホワイト国外し」をやったのでしょうか。そもそも、GSOMIAは遠い昔からある協定ではありません。わずか3年前に始まった協定です。前述のとおり、更新については規定があり、その規定にしたがって協定を終了させることは、腹の中でどう思うかはともかく、そんなに口を極めて非難すべきことでしょうか。元々、日本にとってそれほど実質的に重要な協定でもなかったように思うのですが。ところで、話は変わりますが、韓国が反日だ、というのですが、実際のところはどうなのでしょう。たまたま先月、私の職場の後輩が2泊3日だったか3泊4日だったかで、ソウルに旅行に行ってきたというのです。今どきの、政治に特別の関心のない、ごく普通の若者ですけど、もちろん日韓の対立のことを知らなかったわけではありません。でも、全然「反日的な雰囲気」など感じることはなく、みんな親切で楽しかった、と言っていました。で、引用記事によれば「一般国民の多くは「愛国」やら「抗日」を前面に出されれば、世間体を気にして黙って従うしかない。韓国社会は今、そんな雰囲気や状況が続いている。」と言うのですが、その真偽のほどは知りません。しかし日本でも「韓国素敵」と発言しただけでネトウヨの攻撃を受けて炎上した芸能人がいるくらいだから、他所の国のことをあまり言えたものではありません。で、今後のことは分かりませんけど、これまでのところ、訪日外国人の統計を見ると、確かに韓国人の日本入国者数は前年比マイナスではあるのですが、6月は前年比プラス0.9%、7月マイナス7.6%(マイナスということなら、「親日」の台湾からの来日者数も前年比マイナス)、依然として国別では中国に次いで第2位の位置にいます。そんなに大幅な減少はしていません。日本政府観光局(JNTO)2019年訪日外客数よりで、日本からの渡航者数についても、若干古い5月の統計ですが、韓国への渡航者は米国を僅差で押さえて国別渡航先の第1位、前年比20%増、という状態です。jtb総研 アウトバウンド 日本人海外旅行動向より大韓航空が日本路線を減便、一部の路線を休航という報道はあるけれど、地方空港への便(元々便数が少なく、機体も小さい)ばかりで、大都市相互を結ぶ便の休航はほとんどありません。また、韓国のもう1社のアシアナ航空と日本の航空会社(JALとANA)が減便という報道もありません。したがって、渡航者の減少は確かにあるのでしょうが、それほど壊滅的な減り方をしているわけではないのだろうと思います。実際のところは、今月あるいは9月の渡航者数の統計が明らかになる頃でないと分かりませんけど。
2019.08.24
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死と隣合わせの日本最難関コースに溢れる登山者 山岳ガイドが感じた危機感この8月18日、日本山岳登山コースの最難関といわれる「奥穂高岳~ジャンダルム~西穂高岳」を歩いてきました。岩場の不安定さ、一瞬の転倒が致命的な事故につながる圧倒的な高度感の険しいルート、より安全な道を探すこと(ルートファインディング)の難しさなど、天気が悪くなれば撤退することさえも困難となる上級者向けのコースです。美しい写真、動画とルート解説、個人の感想などは、雑誌やインターネット上には多く存在しています。それらを見たと思われる実に多くの若者が挑戦していました。正直言って、どこでミスしても簡単に「死ねる」場所だらけの日本最難関コース上に、何ら緊張感乏しく歩き回る登山者の姿に恐ろしさも感じました。~遭難しないために一番大切なこと、それは不安定な登山道を歩く身体能力と歩き続けられる体力なのです。1:他人のレビューを見てあとは天気だけが心配だな、と思っていたら、あなたはあぶない登山者です。2:大勢が登っているから行けるだろうと考えていたら、あなたはあぶない登山者です。~自分の登山体力を測ってみましょう。極端に特殊な技術を必要としない登山という前提で、次の点をクリアできるか試してみましょう。その時、自分の健康管理を自分自身でコントロールする必要があります。第一目標:体重の10%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差300mを登ることができる、且つ、4時間連続して歩き続けられる。第二目標:体重の10%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差450mを登ることができる、又は10時間連続して山を歩き続けられる。第三目標:体重の20%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差300mを登ることができる、且つ、6時間連続して歩き続けられる。第四目標:体重の20%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差450mを登ることができる、且つ、10時間連続して山を歩き続けられる。「奥穂高岳~ジャンダルム~西穂高岳」ルートを安全に楽しむなら、第四目標を継続的にクリアできるようになってから計画してはいかがでしょうか。 ---ある程度本格的な山登りをやっている人なら、「日本最難関の登山コース」として知られるふたつのルート、「西穂~奥穂」と「剱岳」の名前は聞いたことがあるでしょう。私も知っています、名前は。そしてもちろん登ったことは、ありません。なお、西穂高岳まで、奥穂高岳までだって、普通の登山者にとっては結構な難易度です。特に西穂高岳はね。2015年9月20日西穂高岳西穂高岳独標(ここまでは入門コースと言われる)の向こう側への下りがいきなりこんなです。遠くから見ると、こんなところを下ります。そして、こんな場所を通過して、更にその次の難関が続きます。これだけだと、どれだけヤバイ場所か、あまりよく分かりませんが下から見ると少しは分かるかな。でも、まだ良く分からない写真中央やや左上の矢印と○のところが先の写真です。斜めの一枚岩の切れ込みに足を突っ込んで渡るわけです。同じ写真のトリミングなし。落ちたらどこまで行くのだろう。そして、それでもまだ終わりではありません。西穂高頂上直下の壁。ここが一番厳しい場所だったように思います。でも、「恐い」という感覚は最初の独標からの垂直の下りで置き捨ててしまいました。というわけで、フツーの人から見れば、これだって相当ヤバイ場所と感じるはずです。わたしは、当時はさほどの恐さも感じず、ヒョイヒョイ登ってしまったけれど、足首の怪我以降足の踏ん張りが利きにくくなったため、今でもここをヒョイヒョイ登れるかというと、登れないことはないでしょうが、相当慎重に歩かないと無理でしょう。しかし、この西穂高岳も、その先の奥穂高岳までのコースに比べればまだ全然難易度の低いコース、と書けば、それがどの程度のものかはおおむね想像がつくかと思います。ところが、西穂~奥穂や剱岳でさえも、それが最難関というのはあくまでも「コース」として整備されているルートの中では、ということなのです。つまり、岩登り沢登りの範疇になれば、もはや登山道ではないので、いくらでもとんでもないルートを取ることができます。私の冬山の恩師である職場の先輩(すでに退職)によりますと、「西穂~奥穂なんてたいしたことはない」のだそうです。槍ヶ岳北鎌尾根、谷川岳一ノ倉沢、北岳バッドレス、海外ではマッターホルン等々名だたる岩場を登っている人でした。もっとも、それは別にして一、般ルートの中でも、積雪期には無雪期の西穂~奥穂間より困難なルートは数多くあると思います。まあ、わたしはもはや西穂~奥穂間にアタックすることはないだろうと思います(怪我の前は、「いつか」という気持ちはなくはなかったけれど)。ところで、余談ですが私自身の体力状況ですが第一目標:体重の10%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差300mを登ることができる、且つ、4時間連続して歩き続けられる。体重の1割ということは私の場合は6kgですが、これは怪我の前も現在も、余裕でクリアできます。第二目標:体重の10%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差450mを登ることができる、又は10時間連続して山を歩き続けられる。これは、怪我の前は軽くクリアできていましたが、現在は自信ありません。第三目標:体重の20%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差300mを登ることができる、且つ、6時間連続して歩き続けられる。体重の2割は、私の場合12kgですが、これは怪我の前も現在もクリアできます。(ちなみに、怪我の前は体重の3割つまり18kgの荷物でも1時間で標高差300mのペースで登れました)第四目標:体重の20%重量の荷物を背負って、1時間あたり標高差450mを登ることができる、且つ、10時間連続して山を歩き続けられる。これは、怪我の前はクリアできていましたが、現在は明らかに無理です。というわけで、怪我の前の私は全部クリアできていましたが、現在は第1目標と第3目標しかクリアできません。したがって、その点からも私は西穂~奥穂間のアタックは無理、ということになります。西穂~奥穂間が、どんなにとんでもない場所かは、YouTubeを検索するといろいろな動画が出てきます。この難関の中でも、11分45秒あたりからの「馬の背」が最大の核心部。西穂高までと比べても、かなり別次元の世界です。
2019.08.23
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娘あやして「誘拐犯」...劔樹人さん、J-CASTに心境語る 実感した「男性の育児」への視線ミュージシャン・漫画家の劔樹人さんが2019年8月18日、娘を連れて新幹線に乗っていたら、誘拐犯と思われて警察に通報されたという体験談を投稿した。新幹線で幼い娘をあやしていたのだが、娘との二人連れを怪しまれて警察の捜査を受けることになったという。一連の体験談はネットで大きく反響を呼んだ。劔さんは2歳半の娘とともに長野駅から新幹線「あさま」に乗車した。自由席に座っていたが、Uターンラッシュの時期で次第に車内は混み合い、高崎付近ではデッキにも人があふれるようになった。車内が混んできたことで、寝ていた娘がぐずり始めたという。ちょうど年齢的に「イヤイヤ期」にあたり、泣き叫んで癇癪を起し始めた。「手が付けられないし、まずいと思ってデッキに移動してあやしました」という劔さん。この年頃の子どもが癇癪を起こすのは珍しくなく、劔さんにとってはよくあることだったが、娘の激しい反応に、「うるさい、デッキに行け」と怒る乗客もいたという。そしてデッキで娘をあやしていたら、上野駅で乗車してきた警官に東京駅まで詳しく事情を聴かれることになった。「誘拐や重大事件の可能性があると言われ、身分証や保険証を見せ、妻にも携帯で連絡を取って身分を明かした」という劔さん。警官の態度は真剣で、「母親はいません」と無線で会話するなど、本気で事件性の有無を考えている様子だったという。疑いは晴れたが、上野駅で5分ほど停車したために列車も遅れることになった。イヤイヤ期の娘が「パパ違う!」という言葉をしきりに口癖にしていたのも、疑いをかけられた原因ではとも劔さんは推測した。(以下略)---わたしは子どもが1歳くらいのときからね数え切れないくらい子どもと2人で出かけていますけど、幸いにしてこういう経験をしたことはありません。もっとも、行き先は東京近郊だけで、新幹線や長距離列車、飛行機で出かけるようなところに子どもと2人だけで出かけたことはありませんけど。こどもが電車内で泣き叫んでどうしようもない、という経験はありますが、そう多くはありません。お店の前で、よくある「あれ買って」攻撃は時々ありましたけど。それにしも、一生懸命父親が育児に参加して、子どもと2人で外出したら、誘拐と間違われて通報されたのでは、父親は立つ瀬がない。私だったら、もう二度と子どもと2人では外出しない・・・・・・、ということはないけれど、やつぱりガックリくるだろうなあ。「通報した人を責める気はありませんし、警察官の方も職務上真剣だったと思います」などと言えるほどには、私は人間ができていないので、警官と誰だか分からない通報者には嫌味を言うだろうなあ。まあ、だけど子どもと2人での外出は楽しいです。過去に何回か書きましたけど、私はフォルクローレの練習と演奏に関して、ずっと子どもを連れて行っていました。2歳くらいから小学校5年くらいまで。そうじゃなかったら、家庭内で波風が立ちすぎて、とても演奏活動は続けられなかったでしょう。他のメンバーも同年代の子どもを連れて練習に来ていたので、子どもも私にくっついて練習に参加するのが楽しかった。そして、実のところ私自身も子どもを連れて出かけるのは楽しかったのです。子どもをおんぶしたまま2時間でも3時間でも笛の練習をして苦にならなかったし(まあ、私も若かった・・・・・・)そのおかげか、こどもが高校生になった今でも、親子の断絶はあまりない。実は未だに子どもと2人で出かけることはあります。近所のスーパーに買い物とか、食事に行くとか、そんな程度ですけど。自分自身が中学生くらいの頃は、両親と一緒に外出するとき、家の近所では絶対に親の周囲5m以内には近寄らなかったものですが(今考えると、その点では親不孝ものの息子だったなあ)、私のこどもはそんなことはありません。性別が違うから、親に対する感覚も違うのかもしれませんけどね。
2019.08.21
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中国が日本を「豊かさ」で抜く…その時起きる戦慄すべき事態中国と日本の豊かさ(1人当たりGDP)の差は、急速に縮まっている。この傾向は将来も続く。したがって、どこかの時点で中国は日本より豊か国になる。これは、日本と中国との関係が現在のそれとは質的に全く異なるものになることを意味する。それは、さまざまな面で、日本人にとって受け入れがたい大変化をもたらすだろう。日本経済研究センターの長期経済予測は、中国が2030年代前半に経済規模で米国を抜くとした。「2030年展望と改革」(内閣府)によると、2030年で、中国のGDPの世界シェア 23.7%は、アメリカの20.2%より高くなる。これ以外の長期推計も、ほとんどは2030年代前半に中国がGDPの規模で世界最大になると予測している。 中国の人口は巨大だから、経済規模が世界最大になるのは、さして驚くべきことではないかもしれない。日本との関係でより重要な意味を持つのは、「豊かさ」だ。ドル表示で見た1人当たりGDPは、2010年には、中国の値は日本のほぼ10分の1であった。2018年、中国の一人当たりGDPは日本の4分の1程度になった。IMFによる推計によると、2023年に、中国は日本の3分の1程度になる。過去の傾向が将来も継続するとしたら、中国の1人当たりGDPは、2032年に日本のほぼ2分の1になる。そして、中国が日本と同じ豊かさになるのは2046年だ。以上は過去のトレンドが続くとした場合のものだから、これとは違う結果になることは、十分ありうる。しかし、これまでのトレンドが続けば、逆転は避けられない。人口高齢化によって、将来の日本が深刻な労働力不足経済に突入することは、よく知られている。そこで、外国人労働者の受け入れ拡大が不可欠になる。しかし、日本の賃金が高いからこそ、外国人労働力を呼び寄せられる。日本の賃金の方が低くなれば、外国人労働力は来ない。ベトナムなど東南アジアからの労働者が期待されるかもしれないが、そうした人々は中国に行くだろう。中国の方が豊かになった時代には、日本人が中国に出稼ぎに行かなければならない事態になるかもしれない。中国に立地している日本の製造業は、低賃金労働を享受できないことになる。むしろ、日本が低賃金労働を提供する可能性がある。予想される第二の問題は、中国人の行動によって日本国内の秩序が撹乱されることだ。観光公害は、日本各地ですでに危機的状態になっている。(要旨・以下略)---日中のGDP(1人あたりではなく総額の)が逆転したのは2010年のことですが、それから10年も経たずに、すでに2倍以上、もうじき3倍に達しそうな差です。そして、当ブログでも何度か触れていますが、訪日中国人観光客も激増しています。わたしは、週末によく都心方面で笛の練習をしていますが、ほんとに外国人だらけ。(中国人に限らず、欧米系もかなり多いですが)10年前、中国人が仕事ではなく観光目的の短期滞在で大量に日本に押し寄せる、なんて事態はまったく予想の外でした。いや、中国だけではありません。笛の練習をしていて、南米人が寄ってきて話をしたことが3回あります。このうち一人はおそらく日本在住でしたが、あとは短期滞在の来日のようでした。それとは別に、YouTubeを通じて知りあいになったチリ人の学生が日本に遊びに来たのが4年余り前。チリ、ペルー、エクアドル、これらの国々から(中流以上の階層とは言え)日本に観光客が来る状況もまた、10年前には予想だにしませんでした。※余談ですが、一度、笛の練習をしていたら中国人観光客が寄ってきて(当初は言葉が分からないので全然話が通じなかったけれど、少し後に通訳を連れてきた)、「この笛を売ってくれ」と言われたときはびっくりしました。売り物ではありませんと、丁重にお断りしたけど。以前にも記事を書いたと記憶していますが、外国人観光客の急激な増加と日本の衰退(国際比較での物価の低下)は相関関係があると思われます。いつの間にか、日本が世界の先進諸国の中では「お得な旅行先」になってしまった、ということです。今後、日本のこの状況(特に少子高齢化)が大きく変わるとは考えにくいので、日中のGDP逆転に続く、一人当たりGDPの逆転もまた不可避なのだろうと思います。ただ、中国も日本を上回る勢いで少子化が進行していますから、中国の天下もそう長くは続かないとは思いますけど。この点については、引用記事に同意です。ただ、それによって起こる「戦慄すべき事態」については、あまり同意できません。確かに、日本に働きに来る中国人は激減する可能性が高いですが、中国に外国人労働者が押し寄せるようになるか、というと果たしてどうでしょう。中国は国内での地域間格差が非常に大きいので、まずは貧しい内陸部から豊かな沿岸部に国内の労働者の移動が起こるでしょう。というかすでに起きているでしょう。それに加えて国外から労働者が押し寄せるかどうか(この場合は、エリート的な頭脳労働者ではなく、低賃金の労働力という意味)は、それを中国政府が許容するかどうか、次第ではないかと思います。そして、中国は低賃金の外国人労働力の流入を望まないのではないか、という気がします。(前述のとおり、国内にそういう労働力は大勢いるから)そして、中国人の行動によって日本国内の秩序が撹乱されるという話も、わたしはそこにはかなり偏見が混ざっているように思います。外国人旅行客が急激に増えはじめた4~5年前、確かに中国人観光客の問題行動が取り沙汰されました。確かに、そういうことはあったのでしょう。いや、今でもあるのでしょう。ただ、わたしが都心部でほとんど毎週末に見かける外国人旅行者の様子からは、年々中国人観光客の行動がスマートになってきたように感じます。感覚的なものですけどね。前述の「その笛を売ってくれ」という話(丁重にお断りしたら納得して帰って行ったので、何も問題があったわけではないけれど、素っ頓狂な出来事ではあった)も、すでに3年くらい前の話になります。もうひとつ、近年日本の山に登る外国人が急増していて、中国人の登山者も激増している(実際に山に登っていて体感する)のですが、デタラメな装備で登ってくる人が、もうほとんどいないのです。わずか6年前だったか、ゴールデンウィークの富士山(当然雪山)でインドネシア人の若者が運動靴に素手で登って、途中で降りられなくなっているところに遭遇して、ピッケルを持たせて尻セードさせて降ろしたことがあるのですが(富士山は日本を代表する山だけあって、当時から外国人登山者は多かった)、今はそんな外国人を見なくなりました。先日登った北岳、日光白根山でも外国人をずいぶん見かけました。中国人もいたし、多分東南アジア系と思われる人もいましたが、みんなちゃんとして装備で登っていましたよ。そういう意味で、日本旅行リピーターが増えれば増えるほど、日本国内の秩序が撹乱される事態は減っていくのではないかと思います。
2019.08.19
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「機動戦士ガンダム」の人気が40年も続く理由機動戦士ガンダムの第1回の放送が1979年4月から翌1980年1月までなので、今年は40周年に当たるのですね。正直に告白しますと、わたしが小中学生の頃、一番好きだった作品が、「ヤマト」と「ガンダム」でした。宇宙戦艦ヤマトの第1作は、わたしはテレビで本放送時にリアルタイムで見ていました(おそらく3話か4話くらいから)。しかし、ガンダムのほうは本放送時は見ていません。何故か存在を知らず、再放送から見始めたクチです。さて、この2つの作品、共通項があります。戦争を扱っている、ということや、スタッフが一部重なっている(ファーストガンダムの監督富野喜幸とキャラクターデザインと作画監督を手がけた安彦良和は、ともにヤマト第1作に絵コンテで参加しています。富野は西崎プロデューサーと喧嘩してシリーズ序盤で降板していますが、安彦は2作目の劇場版「さらば宇宙戦艦ヤマト」テレビ版「宇宙戦艦ヤマトII」まで絵コンテで参加しています)こともありますが、テレビでの初放送時は視聴率が取れず、途中で打ち切りになったものの、その後人気が出たことです。ヤマトは、裏番組の「アルプスの少女ハイジ」(高畑勲演出、大塚康生作画監督、レイアウト宮崎駿)と、その後番組「フランダースの犬」に視聴率で完敗、「ガンダム」は裏番組が「まんがはじめて物語」だったようです(記憶がある!かなりよく見ていた番組で、だから「ガンダム」は本放送時には見ていなかったようです)。ガンダムは引用記事に「1年で打ち切られている」と書かれていますが、実際には1年続いていません。1年間のアニメは全52話になりますが、ガンダムは43話という中途半端な話数で終わっています。もっとも、ストーリー的には途中で打ち切られたような中途半端感、唐突感はないので※、おそらく早期に途中打ち切りが決まり、話数にあわせたストーリー構成となっているのでしょう。※富野監督の次の作品である伝説巨神イデオンは、途中打ち切りであることが歴然とした唐突な終了となっています。ヤマトの話は措いて、わたしがガンダムを見たのは、再放送が初めてで、その後劇場版も見ました。少なくともファーストガンダムの最終作「めぐりあい宇宙編」は劇場で見ました。ものすごく好きだったので、ずっと後年になって、作画監督の安彦義和が手がけたマンガ「ジ・オリジン」も全館買ってしまいました(アニメ化されたものは未見ですが)。ただ、その一方で続編にはあまり興味が持てず、高校生の頃放送されたZガンダムは、多分最初の3話か4話までは見たのですが、そこで見るのをやめてしまい、以降は前述の「ジ・オリジン」のマンガ版を除いてまったく見ていません。どうも話の流れが良く分からなかったことが原因です。今の視点で見れば、作画のレベルはかなりメタメタで、ガンダムがホワイトベースからカタパルトから射出されるときはビームライフルを持っているのに、次の場面では何故かバズーカ砲を持っている(セル画あるいはフィルムそのものの使い回しをしているから)など矛盾だらけでした。また、リアリティという面で見ても、そもそも宇宙空間に建設された巨大な与圧構造物であるスペースコロニー(中でモビルスーツが爆発すると、壁が破れて空気が漏れ出してしまうほど脆弱)の中で、重さ何十トンもあるモビルスーツが走り回る、とか、実際の戦場では高さ1.7メートル程度の生身の人間でさえ、立ったままではたちどころに銃弾に当たってしまうのに、その10倍、高さ18メートルの巨大な人型兵器が立った姿勢のままで戦ったら、たちどころに命中弾続出でしょ、など、今の視点では突っ込みどころ満載なのです。しかし、それでも、当時私はこの作品が大好きでした。いや、今でもそうです。人型ロボット兵器という、明らかに子ども向けで現実性のないテレビ用の設定の範囲内のことではあるものの、それまでのアニメではほとんど存在しなかったエネルギー切れや弾切れ、補給、主役メカの故障など、「戦争」を描くなら当然つきものであるはずのものが描かれており、それゆえ、ロボットアニメの中でも「リアルロボット」と呼ばれるジャンルを確立したといわれます。もうひとつ、富野作品は戦争の悲惨な場面を、これでもか、というくらいに描きます。ガンダムは、いわゆる、狭い意味での反戦を訴えるような作品ではないけれど、人が殺し合いをやめられない業の深さへの絶望感、といったものを描く強い信念は感じます。それを極限までに前面に出して描いたのが、次の作品「伝説巨神イデオン」の、特に最後の数話と打ち切られた部分です。打ち切り部分を再編集した劇場版では、登場人物、とりわけ女性が、激しい戦闘の中で、唐突にむごい殺され方をしていく。ヒロインといえども例外ではありません。そして、最後は「イデの発動」によって敵味方すべてが、全宇宙を巻き込んで全滅、よくもまあ、こんな作品を商業アニメとしてやったなと思います。ある意味富野監督の戦争というものへの怨念の深さが前面に出た作品。話をガンダムに戻すと、イデオンほど極端ではないにしても、戦争の悲惨さから目をそらすような作品ではない(もちろん、メカのかっこよさを描く側面もあるので、一概には言えない、二律背反的な要素もありますが)ということは言えるでしょう。
2019.08.17
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令和に誓う不戦、陛下初参列「深い反省」…戦没者追悼式15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれた。天皇陛下も皇后さまとともに初めて参列、先の大戦への「深い反省」に言及するなど、上皇さまのお言葉の内容をほぼ踏襲された。式では、正午の時報に合わせて参列者全員で黙とうをささげた。陛下はお言葉で、「過去を顧み、深い反省の上に立って」と、上皇さまが戦後70年の2015年に盛り込んだ「深い反省」に言及。戦陣に散り、戦禍に倒れた人たちに追悼の意を表し、世界の平和と国の発展を祈られた。安倍首相は「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この誓いは、昭和、平成、そして、令和の時代においても決して変わることはありません。今を生きる世代、明日を生きる世代のために、国の未来を切り拓いてまいります」と式辞を述べた。---「反省」を口にしたのが天皇だけで、首相はその言葉を言わなかった、予想どおりのことではあります。310万人は、自然死で亡くなったわけではなく、それは当然、人災だったわけです。しかも、日本の犠牲者だけでも膨大な人数ですが、アジア太平洋全体では一桁多く、正確な数字は分からないけれど、2000万人以上が犠牲になっています。日本が侵略を行ったことによって生じた犠牲です。「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。」という言葉はよいのですが、先の戦争について反省も検証もすることなく、どうして同じことを繰り返さないといえるのか。それでは「二度と繰り返さない。」という言葉も、真実味が感じられません。先の大戦への真摯な反省の念を首相が放擲し、天皇家だけが最後の砦になっている、残念ながらこれが今の日本の現状です。戦後74年間、日本は戦争に参加せず、戦争による死者もほとんど出さずに来たわけですが、それもこの先いつまで続くか、この状況では危ういと思わざるを得ません。来年は戦後75年、ということになります。3四半世紀経ってしまった、ということです。わたしが子どものころ、というのは1970~80年代のことですが、社会には多くの戦争経験者が御存命で、というよりも、まだまだ現役で仕事をしていました。敗戦時20歳だった男性の多くは兵役に取られていたと思いますが(1943年までは満20歳、それ以降は満19歳で兵役検査があった)、その人たちは、1980年の時点で55歳ですから、ほとんどがまだ引退はしていなかったはずです。戦争体験を主体的に語るかどうかは別にして、そういう経験を持つ人は社会に大勢いました。しかし、今では敗戦時20歳だった方は94歳ですから、そのほとんどが亡くなっています。母は敗戦時小学校1年生ですが、川崎生まれなので空襲を経験しています。おそらく、その母が戦争体験者(経験をちゃんと記憶しているという意味で)としてはもっとも若い世代と思いますが、すでに80歳を超えています。子どものころは近所の駅前で「傷痍軍人」がアコーディオンを弾いたりというのを目撃していましたが、それも70年代いっぱいか、せいぜい80年代初め頃までだったでしょう。近年の日本の右傾化の原因は、様々な複合要因によるもので、単一の原因によるものではないでしょうが、社会の中から戦争の恐ろしさを実体験として知る人がほとんどいなくなってしまったことが戦争への忌避感を低下させている、ということも理由のひとつとしては(必ずしも最大の原因ではないにしても)あるだろうと思います。喉もと過ぎれば暑さ忘れる、という奴です。話は変わりますが、来年が75周年ということで思い出されるのは24年前の1995年の「戦後50年決議」です。今にして思えば、村山内閣の、現在に残る最大の成果がこの決議及び村山首相自身の談話(村山談話)であったと思います。だって、安倍政権ですら、その談話を「引き継ぐ」と言わざるを得ないくらい(当時、安倍自身は決議に反対して欠席しているくらいだから、腹の中では嫌々なのでしょうが)重いものですから。前述のとおり、通常この種の国会決議は全会一致で決議されるものですが、残念ながらこのときの決議は全会一致とは程遠い状況でした。いうまでもなく、村山内閣は自民党・社会党・さきがけの3党連立政権でしたが、安倍をはじめとする自民党内の強硬右派から大量の欠席者が出る一方、その自民党内強硬保守に譲歩しすぎた文面が不満で、社会党からも決議への欠席者が出ます。野党である共産党は出席して反対票を投じました。同じく野党の新進党も大半が欠席しました。それでも衆院では賛成多数で決議が採択されましたが、参院では議決すらされなかった。戦争に対して反省したり謝罪したりする気がない右派連中がこの決議に反対するのは、彼らの主張から考えてもある意味当然と言えます。しかし、左派がこの決議を「不十分」と反対したのは、現在の視点から見れば誤っていたように私には思えます。そりゃ、確かに充分な内容ではない、とは私も思います。でも、政治的力学の問題で、これ以上の内容の決議が成立する可能性はありませんでしたし、その後の流れから考えると、後の時代に鳴ればなるほど成立する可能性は厳しくなっていったであろうことは容易に想像できます。理想的な文面の決議でないなら反対、というのは、結局何の決議もされない、ということにつながります。結果的には、それでもかろうじて決議は成立したし、またこの状況があったから村山首相は決議に加えて自ら談話を発表した、ともいえます。その後の村山談話の「歯止め」としての存在の大きさを考えると、内容が「不十分だから」という理由による反対は、一歩間違えればすべてをぶち壊すリスクもあった、その点は大いに反省すべきであると私は感じました。すべてが自分たちにとって「充分」な内容などということはまず実現できないのですから。
2019.08.15
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最終回です。当初予定では、五色沼から湯本温泉に下る予定だったのです。ところが、前回書いたように、山頂から五色沼まで、標準コースタイム1時間15分のところを1時間45分もかかっている。転倒こそしていませんけど、足の踏ん張りが利かなくて、登りはともかく、下りでペースを上げるのは無理な状態。原因は、左ひざの痛みです。これは骨折以前からの慢性症状で、多分原因はジョギングにあると思います。これまでは普段は痛みを感じることがあっても、山では痛みを感じなかったのですが、前回編笠山で下山時に飛ばしたら(アブから逃げるため)、最後に膝が痛くなってきた。それから2週間、今回は飛ばしたわけではないのに、やっぱり膝が少し痛い。そのせいで岩場など不安定な急降下で足の踏ん張りが利かず、バランスを崩して今度は右膝を岩にたたきつけてあざを作ってしまう、更に骨折した左足首を軽くひねってしまう(そのときは、軽く捻挫したかな、と思いましたが、結局何事もありませんでした)、という状況でした。この状態で標高1490mの湯本温泉まで下ることはさすがに躊躇し、結局標高2000mの白根山ロープウェイに下山することに急遽予定変更。五色沼は凹地の底にあるので、どこに向かうにしてもいったんは上り坂です。ロープウェイにはまず標高差約100mを登り返して峠を越えます。峠のうえは再び草原が中心の開けた景観です。アキアカネ。麓から山頂まで、大量に飛びまわっていました。峠を越えて下っていくと、朝通過した弥陀ヶ池を再び通過します。弥陀ヶ池から、再び白根山への登山道を一瞬だけ登る(標高差40mくらいの登り返し)と、ロープウェイ方面への道が分岐します。オオシラビソの葉の上に止まるアキアカネ。そしてロープウェイの終点に到着しました。五色沼で笛を吹いていたので、出発したのが10時37分、ロープウェイ到着が12時27分なので、所要1時間50分です。昭文社地図による標準コースタイムは1時間25分。いやー、時間かかりすぎです。ロープウェイの駅前にコマクサの群落!!・・・・・・もちろん栽培したものです。白いコマクサ!!初めて見ました。白い品種があるのですね。でも、これも栽培です。食堂で昼食、そしてデザートにソフトクリーム!ロープウェイの終点から改めて日光白根山の全容を撮影。実は、先ほどのソフトクリームを食べている間は、窓の向こうに雲ひとつかかっていない日光白根山があったのですが、ほんの10分ほどの間に雲がかかってしまいました。でも、ソフトクリームが美味しかったから仕方ありません。丸沼のロープウェイの麓駅にもお風呂があつて、心が動いたのですが、本数の少ない湯元温泉行きバスの時刻が迫っていたので、風呂は湯元温泉ではいることにしました。ロープウェイは片道1300円、そこから湯元温泉までのバスも1300円、合計2600円でした。直接湯元温泉に下山できていればねえ。バス停の目の前に日帰り入浴できるお店があったので入りました。私以外誰もお客がいなかったので、浴場を撮影。いやー、風呂に入ったら見事に蘇生しました。気持ちよかったーー!明らかに完全な源泉賭け流しです。硫黄臭たっぷり。湯温はやや高めの上に、じっとしていると熱いお湯が流れ込んでくるので水面付近がどんどん熱くなっていくのです。常時かき混ぜていないといけない。で、湯元温泉からは日光駅まで、かなり頻繁にバスが出ています。所用時間は1時間以上かかりますが。中禅寺湖と男体山。同じく男体山。奥日光の山もなかなかいいです。次は男体山か女峰山も登ってみようかな。来年以降ですけど。今回、夜行日帰りの必要があり、しかもあまり遅い時間に帰宅するわけに行かなかったので、湯元湖も中禅寺湖も戦場ヶ原もバスから眺めただけ、華厳の滝にいたっては、寝落ちしていてバスの中からも眺めていません。もちろん、東照宮など日光の市街地内の見どころも。ただ、例によって例のごとく、バスの中も、車窓から見える観光客の姿ても、外国人が非常に多かったです。東武日光駅から、これに乗って帰宅しました。JR253系、かつて成田エクスプレスに使われていた車両です。成田エクスプレスに乗ったことがなく、この列車に乗るのは初めてでした。シートビッチが広くて、足元にザックを置いても狭く感じず、快適でした。今回は、脚力の衰えを感じる山行となってしまいました。単純標高差は登りは850mなのですが、登り返しが140mほどあるので、累計標高差では1000mにわずかに欠ける程度です。くだりはそれより270mほど少ないので、累計標高差では720mくらいでしょうか。決してライトな山登りではありませんが、1ヶ月前の北岳が標高差1600m、2週間前の編笠山は標高差1300m弱だったので、それに比べれば楽、ということになるでしょうか。しかも、ペースが遅かったため、結局筋肉痛はほとんど出ませんでした。とはいえ、もうとちょっと鍛えなおさなくては。
2019.08.14
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前回の続きです。山頂には30分ほど滞在し、五色沼方面に下山しました。トウヤクリンドウ前回も紹介しましたが、名前が分かりません。下山途中で山頂を振り返り。目指す五色沼はだいぶ下に見えますが、標高は2100mを超えています。前回記事でも書いたように、ハイマツがありません(今回立ち寄らなかった前白根山の一角を除く)。奥日光の山全体を通じて、ハイマツは女峰山以外はほとんどないそうです。富士山もハイマツのない高山ですが、富士山はハイマツだけでなく、それ以外の高山植物も非常に乏しい山です。それに対して日光白根山は、ハイマツが欠けているだけで、すでに見たように、それ以外の高山植物はかなり豊富です。ハクサンフウロ高山植物の女王とも言われるコマクサ。マルハダケブキの花畑。前回触れたように、この花は鹿が食べないので、マルハダケブキがいっぱい咲いている=鹿の食害が酷い、という図式になることが多いのですが、このあたりはそうではないのかもしれません。ハクサンフウロのお花畑。鹿の食害がひどければ、丸裸になっているでしょうからね・・・・・・。五色沼への下り、途中までは緩い下りですが、途中から急降下になります。五色沼に向かって急降下。実は、この当たりで足の踏ん張りが利かなくなってきて、ちょっとよろよろ、ペースもかなり落ちました。高山帯が終わりダケカンバ林に入ります。日本では、亜高山帯針葉樹林と高山帯(ハイマツのある山ではハイマツ帯)の間に、ダケカンバ林が挟まることが多く、「ダケカンバ帯」とも言われます。クルマユリそして五色沼に到着です。8時40分過ぎに下山を開始して、ここには10時ちょっと前についているので、1時間45分もかかっている計算です。登山地図のコースタイムが1時間15分なので、大幅なオーバータイムです。と言っても、まだ10時前ですけどね。山は早立ちするとすべての予定が楽です。五色沼から見上げる白根山頂。そして、ここでお決まりの・・・・・・笛を吹きました。残念ながら動画を撮影しなかったのですが、周囲が斜面に囲まれた凹地なので、音の跳ね返りがすごくて、驚くほどよく響きました。動画を撮るんだったなあ。以下次回(最終回)に続きます。
2019.08.12
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昨日、夜行日帰りで日光白根山に登ってきました。これまで、日光の山はアクセスがどうもよく分からず敬遠していたのですが、実は先日、土曜日日帰りでどこかの山に行こうと、「毎日あるぺん号」の空きを探していたら、奥日光方面が空いていたのです。正直なところ、そのとき私の頭の中で候補として考えていた山(諸事情により、今回は日帰りか夜行日帰りしか無理だったのですが)はもうひとつあって、それは浅間山でした。実は以前に一度「登りたいな」と思って調べたところ、東京からは日帰りで行けるのです。(新幹線と路線バスで行けるので予約は要らない)浅間山にするか日光白根山にするか、多少の迷いはあったのですが、浅間山は何となく「いつ噴火するか分からないし」という思いがあって、白根山にしました。・・・・・・いやー、まさか本当に噴火すると思っていたわけではないんですけどね、白根山にしておいてよかった、と思う今日この頃です。噴火が分かってからあわてて予約を取ろうとしても、白根山方面のバスの空きがあったかどうか。というわけで、金曜日の夜、毎日あるぺん号で奥日光方面に向かいました。バスは丸沼ロープウェイ入口、菅沼、金精峠と止まりますが、私は菅沼登山口を選択。ロープウェイで行けば標高2000mまで一気に登れるのですが、ただ運行開始時間が朝7時半なのです。それだったら、菅沼(ここも標高1730mほどある)から登るほうが遥かに早く着けそうです。ところが、時刻表では菅沼登山口着が4時10分となっていたのですが、実際にはそれより早く3時半には着いてしまいました。当然まだ真っ暗。ヘッドライトを頼りにあるくのもどうかと思い(同じバスで来た人で、ヘッドライトですぐに歩きはじめた人もいたようですが)、駐車場でごろ寝して夜明けを待ち、空が明るくなりはじめて4時50分頃に出発しました。登山口から登山道に入ってすぐのところで。暗い間はガスっている感じがしたのですが、どうやら晴れそうです。登山道は亜高山帯をひたすら登り。シラビソとオオシラビソ(いずれもマツ科モミ属)の樹林が続きます。キオンだと思ったのですが、後刻調べたところ、キオンと同属の別種ハンゴンソウのようです。かなり標高が上がってきて、森林限界が近づいてきたようです。マルハダケブキ。大柄で派手な花ですが、鹿はこの花が苦手らしく、食べません。つまり、鹿の食害がひどい山では、他の花はみんな鹿に食べられてしまい、この花だけが繁茂している、ということになります。そういう意味では、マルハダケブキがあまり繁茂していないほうが健全な自然、とも言えます。ちなみに、近年どこの山でも見られる光景ですが、日光白根山でも高山帯に入る当たりで鹿侵入防止用の電気柵が張り巡らされていました。弥陀ヶ池に到着、眼前に白根山の全容が見えます。そして・・・・・・池の水面には逆さ白根山が。山頂まではまだまだあります。結構急登です。先ほどの弥陀ヶ池で亜高山帯針葉樹林はほぼ終わり、その上はダケカンバ帯と高山帯の草原の入り混じった植生のようです。きつい登りが続きます。そういえば、この当たりで気が付いたのですが、日本の高山帯植生の代名詞とも言えるハイマツがありません。後刻調べたところ、日光白根山は、前白根山の一角にわずかにハイマツが自生するのを除いて、ハイマツが分布しないそうです。眼下に先ほど通過した弥陀ヶ池を望みながら登ります。遠方に見える湖が菅沼。この湖畔から登ってきたわけです。手前の岩の向こうに見えるのが、丸沼からの白根山ロープウェイの終点です。この花はなんでしょう。向こう側が山頂です。目の前ですが、いったん下って登り返します。と言っても、十メートル程度でしょうが。そして、山頂着。8時6分到着でした。4時50分頃菅沼登山口を出て、3時間15分か20分で到着です。標高差は850mなので、やや遅いペースですが、登山地図上のコースタイムが3時間10分なので、ほぼコースタイムどおりです。(怪我以降でも上りはコースタイムを上回るペースなので、そういう意味ではやや遅いですが)二等三角点がありました。今まであまり注目したことがありませんが、結構これを目当てに登る人もいるようで、何人かの方が、これをなでてから下山していきました。以下次回に続きます。(全3回予定)
2019.08.11
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大阪府知事、愛知の知事は「辞職相当」 表現の不自由展大阪府の吉村洋文知事は7日の定例記者会見で、企画展「表現の不自由展・その後」が中止となった国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会会長を務める愛知県の大村秀章知事について「辞職相当だと思う」と述べた。企画展をめぐっては、慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが展示されたことを日本維新の会代表の松井一郎・大阪市長も批判している。吉村氏は、維新の常任役員を務めている。吉村氏は会見で、少女像などの展示について「反日プロパガンダ」だと指摘。「愛知県がこの表現行為をしているととられても仕方ない」と述べ、公共イベントでの展示は問題だとの認識を示した。また、大村氏が展示内容を容認したとして、「愛知県議会がこのまま知事として認めるのかなと思う。知事として不適格じゃないか」と語った。---大村知事といえば、もともとは自民党出身であり、また知事選に出馬するに際しても、名古屋市長の河村たかしの「減税日本」に担がれていたように記憶しています。だから、実のところ、この問題が表面化したとき、どうせ河村らと一緒になって展示を問題視し、つぶしにかかるのだろうと思っていました。ところが、そうはならなかった。これは、よい意味で驚きでした。ネトウヨ陣営、かつての仲間河村市長、そして、維新の吉村大阪府知事、誰に叩かれても一歩も退かない。大村知事が、こんなに気骨のある人とは知りませんでした。それに比べると、河村名古屋市長もそうですが、「反日プロパガンダ」などという、ネトウヨ界の陳腐な定型文を叫ぶだけの吉村大阪府知事の、なんという薄っぺらさでしょうか。言うに事欠いて、辞職せよ、とはね。大村知事が非難を浴びるような悪いことは何もしていないし、辞任する必要性などありません。実際、辞任などしないでしょう。
2019.08.09
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米テキサス州で銃乱射、20人死亡 26人負傷 20代の白人の男を拘束米テキサス州エルパソで3日、自動小銃を持った男がショッピングモールにある米小売り大手ウォルマートの店舗などで買い物客に向けて発砲した。同州知事は、この事件で20人が死亡したと発表した。エルパソ警察によると、死亡者の他に26人が負傷した。米メディアは、テキサス州への「ヒスパニックの侵略」に反対する記述がある「マニフェスト」がインターネットに投稿されているのが見つかったと報じ、容疑者との関連を取り沙汰している。エルパソ警察は、憎悪犯罪(ヘイトクライム)だった可能性も視野に捜査していると明らかにした。エルパソはメキシコ国境に近く、米国勢調査によると人口68万人で、その83%がヒスパニック系だ。---米国で、差別主義に基づくと思われる衝撃的な事件が起こった十数時間後には、オハイオ州でも同様の銃乱射が起こるという、更に衝撃的な事件がありました。こちらについては、その思想的な背景は不明のようですが。それにしても、最初の乱射事件が起きたエルパソは、メキシコ国境の町ですが、そもそも歴史的に見ればテキサス州自体がかつてはメキシコ領であり、それを米国が侵略して奪い取ったものです。(ただし、当時のメキシコ政治を牛耳っていたサンタ・アナ将軍の失策にもその原因はありますが)メキシコは、独立当時の領土の4割を米国に奪われており、「何と哀れなメキシコ、神からはこんなに遠く、米国からはこんなに近い」なんて言葉がメキシコにはあるほどです。で、そういう歴史的経緯があるので、そもそも「エル・パソ」という街の名前自体がスペイン語です。珍しい話ではありませんね、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴ、サンノゼ(サンホセ)、サクラメント、ラスベガス、シェラネバダ、コロラド・・・・・・米国南西部には、スペイン語の地名が沢山あります。ちなみに、米国側のエルパソからリオ・グランデの国境を挟んだメキシコ側の町は、現在はシウダ・ファレスと言いますが、これは19世紀半ばのメキシコ大統領ベニート・ファレスの業績を記念して改名されたもので、もともとはやはりエル・パソと称していました。つまり、国境線で分断されてしまったけれど、元々は同じ街だったわけです。それにしても、以前にも書いたことがありますが、軍用の自動小銃とほぼ同じものが一般に市販されていることが、この種の犯罪への敷居を極度に下げているといわざるを得ません。この数日前にはカリフォルニアでカーリック・フェスティバル(どういうものか分かりませんが、にんにく料理のフェスティバル、ということでしょうか?)での乱射で2人名が死亡したばかりです。異常な事態、と言わざるを得ません。日本でも民族的なヘイトクライムの懸念は高まるばかりですが、幸いにして日本では銃器への規制が非常に厳しいので、少なくとも今の時点では、米国の深刻な状況に比べれば、「まだマシ」であることは確かです。もっとも、あいちトリエンナーレの「言論の不自由展」に対しては、「ガソリン携行缶を持っていく」などという脅迫のFAXが送りつけられていたと報じられています。既報のとおり、京都アニメーションのスタジオがガソリンで放火された事件では、30人以上が殺害されており、これはエルパソの乱射事件より犠牲者の数が多いのです。つまり、ガソリンによる放火は、自動小銃より更に殺傷力が高い場合がありえるわけです。このような公言を行うものがいる、ということは、やがてはそれを実行する輩が現れないとは限りません。今は米国よりは「まだマシ」ですが、「明日はわが身」になりかねない懸念はあります。そうならないためにも、厳正な捜査と厳しい処罰が必要でしょう。FAXでは、まず間違いなく発信元は特定可能でしょうから、警察は犯人の検挙に全力を尽くして欲しい、と思います。
2019.08.07
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もう1週間経ちましたが、先週の富士見高原、家族旅行で撮影したはやの写真です。編笠山に登りましたが、編笠山の森林限界より上は花はほとんど見当たらず、ほとんどの花の写真は富士見高原のペンション近辺、あるいはそこから小淵沢まで下っていく途中で撮影したものです。キキョウ。富士見高原で植栽されていめものです。いっぱい咲いていて、最初は色合いからアザミと勘違いしましたが、子どもに違うと指摘されました。花に詳しい知人によると、アカツメクサだそうです。ウツボグサ。編笠山への登山道の途中にて。シモツケソウ。これも登山道の途中で撮影です。ホタルブクロ。富士見高原にて。アザミもちろんアジサイ。東京ではもうアジサイは終わりですが、富士見高原ではまだまだ満開です。コオニユリ。ペンション近辺にて。植栽されたもの。多分オオバギボウシ。道の駅小淵沢からJR小淵沢駅への途中。色が違うけど、これもおそらくオオバギボウシ。道の駅小淵沢からJR小淵沢駅への途中。グラジオラスだそうです。植栽、道の駅小淵沢からJR小淵沢駅への途中。ノカンソウだそうです。植栽、道の駅小淵沢からJR小淵沢駅への途中。これは私でもコスモスだと分かります。アメリカノウゼンカズラという外来種だそうです。雑草状態で生えていました。マメ科であることは私にも分かるのですが、種類までは分かりませんでした。ビロードフジという、やはり外来種だそうです。マリーゴールドだそうです。これは植栽。以上です。山の上では花がそれほど多くなかった代わりに、外科医が花に満ち溢れていました。
2019.08.05
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「表現の不自由展」中止に 少女像作品めぐり抗議が殺到愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会は3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を決めた。慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした二十数点を展示しているが、抗議の電話が殺到するなどしていた。津田氏は開幕前、朝日新聞の取材に「感情を揺さぶるのが芸術なのに、『誰かの感情を害する』という理由で、自由な表現が制限されるケースが増えている。政治的主張をする企画展ではない。実物を見て、それぞれが判断する場を提供したい」と話していた。津田氏によると、少女像をめぐって、抗議する電話が開幕した今月1日だけで約200件あった。テロ予告や脅迫と取れるもの、職員の名前を聞き出してネットに書き込むような事例もあり、「対応する職員が精神的に疲弊している」と説明していた。一方、河村たかし・名古屋市長が2日、トリエンナーレ実行委員会会長である大村秀章・愛知県知事に対し、展示中止を含めた適切な対応を求める抗議文を提出。「日本国民の心を踏みにじる行為」などと主張し、津田氏らが対応を検討していた。---きわめて残念な事態です。想定される事態に対する対応が甘かった、ということはあるのでしょう。でも、このような展示は重要であり、中止されるべきではなかったと思います。少女像について、賛否があるのは分かりますが、それ自体が何か物議を醸すとか、公序良俗に反するような性質のものであるようには、まったく見えません。ただ単に、その位置付けが「慰安婦にされた少女像」というものであり、それがネトウヨ層にとって不快である、ということに過ぎません。だって、歴史的事実として慰安婦というものが存在したこと、その少なからぬ部分が朝鮮から連れて行かれた(少女像はチマ・チョゴリ姿)ことは事実です。その歴史的事実を突きつけられること自体が不快である、嫌だ、というのは、「嫌なら見に行かなければいいじゃない」としか言いようがありません。それが「日本国民の心を踏みにじる」とか、そういう言い方は、私は異常であるとしか思えません。前述のとおり、従軍慰安婦については、様々な議論はありますが、本人の意に反して(従軍)慰安婦にさせられた女性が存在した、ということ自体は、明白な歴史的な事実です。それは確かに、ネトウヨ層にとっては、「不都合な真実」ではあるでしょう。でも、ネトウヨ層にとって不都合な真実であることを、「日本国民」全体の「心を踏みにじる」と言うのは、冗談ではないと思います。別報道によると、「(少女像を)撤去しないとガソリン携行缶を持ってお邪魔します」と記されたファクスまで送付されたといいます。京都アニメ放火事件(それ自体、疑いの余地なく理不尽な凶悪犯罪だが)の模倣行為をやるぞ、ということであり、糾弾されてしかるべき、というより脅迫罪で警察の捜査が入るべき事案と思うのですが、「日本国民の心を」という虎の衣を借りるこのような言動は、「愛国無罪」でそのまま見過ごされてしまうのでしょうか。結局、今の日本では、ネトウヨ層の逆鱗に触れるような言論の自由は担保されない、ネトウヨ層に敵視されない、あるいは影響力が小さくて存在を注目されない言論(例えば当ブログとか)だけが自由を保障される、という状況になってしまっている、ということでしょう。つまり、日本の言論の自由は危機的な状況にある、ということだと言わざるを得ません。何も官憲(公安警察とか)が直接的に言論を取り締まらなくても、「日本国民の代弁者」気取りの国士様連中が私的に「非国民摘発ごっこ」を繰り広げることで、言論の自由はどんどん失われていくわけです。本当に絶望的な状況と思わざるを得ません。
2019.08.03
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登山文化の危機! 山小屋ヘリコプター問題6月末のある日、T航空の荷上げを翌日に控えていた僕たちは一本の電話を受けた。「ヘリが全て故障したので、当面荷上げはできません」。ここから今回の騒動は始まった。~2019年7月下旬現在、多くの山小屋の現場で重大な異変が起こっている。営業物資、生活物資が突如として届かなくなったのだ。数年前から主要なヘリコプター会社のA社やN社が山小屋の物資輸送から事実上の撤退を示唆し、大幅値上げや契約拒否などに踏み切っていることは問題として顕在化していたが、ここにきて現状北アルプスの8割方の物資輸送を手掛けている、最後の砦というべきT航空が、一昨年来相次いだ事故やそれに誘発された人材流出、直近の機体トラブルなどによってついに機能不全に陥ってしまったのである。先述の故障の連絡から2週間ほどでヘリコプター1機が復帰し、徐々に仕事をこなしつつあるとはいえ~僕の知る限りでも食料が届かずに客食を提供できない小屋、燃料が切れかけている小屋、営業開始半月経っても物資が届かない小屋、冬季解体して夏に再度組み立てるはずの施設が建てられず営業開始が遅れている小屋など、あらゆるレベルで影響が広がっている(全ての情報を網羅できるわけではないが、7月下旬現在、ほとんどの小屋で営業ができない状況は解消されたようだ)。~例え当面の物資輸送の滞りが表面上は解消に向かったとしても~今後この問題は際限なく拡大して行く可能性が高い。~今回の騒動を引き水に、今後ヘリコプターによる物資輸送を受けられなくなる山小屋が続出する可能性があるのだ。~1960年代初頭以降、ヘリコプターは山小屋運営の絶対的な生命線になった。それ以前は人が背負える範囲内の物資で山小屋を建設し、生活物資や食料を確保し、人力だけで開拓活動全般を行っていた。食料は宿泊者がある程度持参するのが慣習であった。それが60年代初頭のヘリコプターによる山岳地への物資輸送が実用化され、全てはそれを前提として発展することになった。~山小屋のヘリコプター事情の風向きが変わり始めたのは雲ノ平山荘を建て替えた2010年頃からだったと思う。2011年の東日本大震災が何らかの形で影響を及ぼしたのかとも思われるが、それまでは前出のT航空が比較的大きなシェアを占めていたとはいえ、4社ほどがそれなりに正常な競争原理を働かせながら共存して北アルプスの山小屋の物資輸送を行っていた。それが2010年頃からA社、N社、S社などが山小屋の物資輸送を急速に撤退方向に舵を切り始めた。当時、雲ノ平山荘で契約していたN社も突如として、山小屋の物資輸送から撤退したい旨を公言するとともに、3年間で段階的に物資輸送単価を倍近くに引き上げることを通告してきた。交渉しようにもにべも無く、一方的な通達である。その際N社の担当者が話していたことが、端的にその後の展開を物語っている。「時代とともに農薬散布や林業などの大口の民間事業がなくなり、ヘリコプターの需要自体が限られる中、今までのように広く浅く収益を上げる方針は変更せざるを得ない。これからは電力会社の事業や公共事業などの単価が高く、大型工事にターゲットを絞る方向になる」おそらくこの方向性はヘリコプター業界にとってはある種必然的とも言える経済判断であって、生き残り戦略でもあるのだろう。ことさら、山小屋の物資輸送は気象条件が厳しく円滑に仕事をこなすことが難しいため、ハイリスクローリターンの典型でもある。その後はN社と前後してA社、S社なども同じ方針を打ち出しはじめ、他社に契約を断られた山小屋が続出し、結果的にT航空に過剰とも言える山小屋の物資輸送のシェアが集中することになった。~雲ノ平山荘も長い話し合い期間の末に2017年からT航空に物資輸送をしてもらえることになった。しかしその矢先、T航空の大型ヘリコプターが墜落事故に見舞われた。T航空の関係者曰く、「もとより10ある仕事量に対して10の人材と機体でかろうじて対応していたところに来て大型機の喪失に加え、様々な経緯によって人材を失う流れとなり、その後は変わらずに10ある仕事に対して5や6の対応力になってしまった」のだ。そもそもヘリコプターがひとたび事故に見舞われると航空局から厳しいペナルティーや制限を課せられ、ただでさえ身動きが取りづらくなってしまう。このことを考えるほどに山小屋の物資輸送を手がけるのがT航空一社になってしまっていること自体がそもそも計り知れないリスクなのである。(以下略)---記事中のT航空というのが東邦航空を指すことは、多少なりとも山の事情に通じていれば一目瞭然です。元々、記事が指摘するように、山のヘリ輸送のパイオニアであり、私でも、「山のヘリ輸送と言えば東邦航空」というイメージがパッと思い浮かぶくらい、山と縁深い会社です。その東邦航空が最後の砦となり、それ以外の各ヘリ会社が山小屋への輸送からほとんど撤退している、という状況にあることは、この記事を読むまでまったく知りませんでした。ゴールデンウィークの涸沢では、件の東邦航空のヘリが30分ごとに飛来して忙しく働いていたし、先月の北岳でも、露出を間違えて真っ黒な写真になってしまったためアップしませんでしたが、大樺沢の仮設トイレをちょうどヘリが運び上げているところでしたから。記事が書くように、ヘリの荷揚げがなければ、山小屋の維持、運営は非常に困難でしょうし、従って小屋泊まりを前提とする登山も困難になります。登山者が減れば登山道が整備されなくなり、歩きにくくなって更に登山者が減る、という縮小再生産の道を歩むことになってしまうでしょう。ボッカ、尾瀬を初めとして、何カ所かで見た記憶はありますが、20世紀の時代ばかりで、2000年代以降は山で遭遇した記憶はありません。山小屋の経営者や従業員が入山時に荷物を持って行く、という副次的なものを別にすれば、もうほとんどポッカをやる人はいないのではないでしょうか。私など、テント山行で荷物が20kgにもなると、重くてヒーヒー言うのに、60kgとか80kgを担いで人間が山を登る、というのはほとんど信じがたいことです。よりによって、雲ノ平というのは、北アルプスの中心とも言える場所に位置しており、どの登山口から入っても、一日では着けない、途中で最低一泊しないと着けない最奥の秘境です。40年前ならいざ知らず、今の時代にそんなところにボッカで荷物を運ぶ仕事をやってくれる人など、いるわけがありません。というわけで、深刻な事態だと思うのですが、解決策はというとなかなか難しいと思わざるを得ません。引用は省略しましたが、元記事での筆者の主張は、山小屋の公的な役割を認め、公費での支援を、というものです。確かに、登山道の整備は、自治体や国から費用はでているものの、実際に委託を受けて作業を行うのは山小屋関係者であることが多いようです。しかも、公費は充分ではなく、足りない分は山小屋の持ち出しで補っている例が多いようです。また、日本の登山人口は1000万人近くにもなり、今や海外からの観光客も少なからず日本の山に登る時代ですから、登山の総合的経済効果はかなり大きなものになります。ただ、山小屋への輸送ヘリに公費というのは、なかなか厳しいだろうなと思わざるを得ません。もちろん、個人的には賛成します。ただ、それですんなり公費助成、という流れになるはずがないな、とも思います。登山人口1000万人はすごい数ですが、逆に言えば残りの1億1千万人にとってはどうでもいい話、になってしまうでしょうから。結局、解決策としては自力で何とかするしがない、ということにならざるを得ないのだろうと思います。入山料、というのがすぐ考えつく手段でしょうが、これは徴収自体にコストがかかるため、現実的にはどうでしょうか。あとは山小屋の宿泊料値上げ、トイレの使用料値上げ、などが考えられます。思うに、ヘリでしか荷揚げができない場所での山小屋建設には、莫大な費用がかかります。おそらく、億の単位は超えるでしょう。そうすると、ヘリ1機の値段と山小屋の建設費は、そう大きくは変わらないのではないかと思われます。寿命は、木造の山小屋だと50-60年でしょうか?下界より厳しい環境ですから、災害で壊れたり、場合によっては火災(消防車は来ないし、尾根筋では水も足りないので消しようがない)などで、老朽化以前に壊れるリスクは多々あります。ヘリは、寿命はその半分くらいでしょうが。つまり、山小屋1軒だけではどうにもならないにしても、ひとつの山域数十軒の山小屋がまとまれば、ヘリを2~3機共同で運用することは可能ではないでしょうか。もちろん、実際の運用を自分たちでやるのは無理でしょうから、整備、飛行に関しては既存のヘリコプター会社に業務委託することになるでしょうけど。そのヘリが、例えば山岳遭難が発生すれば救助にもあたる、ということであれば、公費で補助金という話も、それほど敷居の高いものではなくなるように思います。それにしても、ヘリコプターは事故が多いものですね。上記のヘリ会社いずれもが、ほぼ数年おきに死亡事故を起こしています。そういえば、以前に、知人で元海上自衛隊のヘリパイロットだった人がいました。本人はある事情から視力が悪化し、途中からパイロットができなくなったのですが、その人が言うに、自分の同期のパイロットで民間に引き抜かれて移った仲間のうち、6人が事故で亡くなったというのです。みんな、電力会社の仕事で高圧電線を張るで墜落した、と。山小屋の物資輸送や遭難救助なども、場所が場所だけに一瞬のミスが即墜落につながることは明らかです。そういう意味では、ヘリが危険というよりも飛ぶ場所が問題なのでしょうけど、ともかく事故の危険が付きまとう乗り物であることは間違いなさそうです。ゴールデンウィークに涸沢で幕営した際に撮影した、T航空こと東邦航空のヘリの写真です。
2019.08.02
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