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2019年最後の投稿は、「30年前(1989年)」繋がりでハードロックの名バラードを。来年も、あなたの周りに愛が溢れますように… (*^_^*)TESLA【Love Song】1989年 歌詞&和訳So you think that it’s overきっと 君はもう終わったと思っているんだねThat your love has finally reached the end自分の中で愛は もう枯れ果ててしまって空っぽだとAny time you call, night or day昼でも夜でも いつだって構わないから電話しておいでI’ll be right there for you when you need a friend, yeah君が友達を必要としているなら 僕はいつでも傍にいるからIt’s gonna take a little time今直ぐには無理かも知れないけどTime is sure to mend your broken heart時間が必ず 君の傷付いた心を癒してくれるDon’t you even worry, pretty darlin’だから心配しないで 愛しい人よI know you’ll find love again君なら きっと愛をまた見つけられるさYeah, love is all around youだって 愛は君の周りに溢れているんだLove is knockin’ outside your door愛が 君の心をノックしているのが聞こえるかいWaitin’ for you is this love made just for two君を待っているものは 2人の間にあるこの愛なんだKeep an open heart and you’ll find love again, I know君が心を閉ざしたりしなければ 再び愛を見つけられるさ 絶対にLove is all around you, yeahほら 愛は君の周りに溢れているよLove is knockin’ outside your door愛が君の心をノックしているよWaitin’ for you is this love made just for two君を待っているものは 2人の間にあるこの愛なんだKeep an open heart and you’ll find love again, I know心を閉ざしたりしないで そうすれば君はまた愛を見つけられるからIt’s all around愛はどこへも行かないLove will find a way愛はいつか見つけるはずさDarlin’, love is gonna find a wayそう 愛はずっと探しているんだFind its way back to you君の心へと戻る道をLove will find a way愛は見つけるだろうSo look around, open your eyesだから目を開けて 周りを見渡してごらんLove is gonna find a way愛が道を探しているのをLove is gonna, love is gonna find a way愛はやがて その道を見つけるはずさLove will find a way愛は探しているんだLove’s gonna find a way back to you, yeah君の心の中へと戻る道を そして愛はきっと探し出すよI know僕には分かるんだ
2019.12.31

いよいよ年の瀬も迫って来たという事で、今年も芸術の話題で締めくくってみたい。と言っても、今回は目先を変えて「贋作」について。「贋作」は犯罪であり、そんなものに語るべき事などあるのかと思われるかも知れないが、贋作者には贋作者なりの人間ドラマがある。可笑しな話だと思われるだろうが、贋作の世界にも「巨匠」と呼ばれる人達がいるらしい。その中で最も有名なのが、今回紹介するオランダの画家、ハン・ファン・メーヘレン(1889〜1947年)だ。子供の頃から画才に恵まれた彼は、父親に猛反対されながらも己の意志を貫き、1913年に卒業制作として提出した絵画がロッテルダム賞を受賞し、画家としてデビューを飾る。しかし、古典的な写実に拘るメーヘレンの作風は古臭く、キュビズムやシュールレアリズムが席巻しつつあった当時の欧米アート界では、およそ売れ筋とは言えなかった。自分を認めようとしないオランダ美術界に対する苛立ちと、生活の困窮。そうした状況が重なり、やがて彼は贋作ビジネスに手を染めるようになる。一般的に「贋作」と言えば、有名な画家の作品を「模写」したものを思い浮かべるだろうが、メーヘレンはその点でやや特異だった。彼が制作したのは「オリジナルが存在しない贋作」だったのである。しかも、オランダを代表する画家フェルメール(1632〜1675年)がほとんど手掛けた事がないとされていた宗教画を、敢えて絵の題材に選ぶ。素人の僕からすると「そんな作品が本物と認定される事があるのか…?」と驚いてしまうが、確かについ最近も『サルヴァトール・ムンディ』がレオナルド・ダ・ヴィンチの直筆であると(ほぼ)認定され、508億円という史上最高額で落札されるなど、新たな発見は続いている。折しも、母国ではフェルメール再評価の機運が高まっており、まだ見ぬ直筆作品の発見が期待されていた。メーヘレンもそこを狙ったのだ。メーヘレンは慎重かつ巧妙に贋作を制作した。真贋判定法にも通じていた彼は、フェルメールの作風を模倣するための研究を重ねると共に、フェルメールが使用したとされる絵具、絵筆から溶剤に至るまで当時と同じものを使用した。更に、絵を描くキャンバスも17世紀の無名の絵画から絵具を削り落としたものを使用するなど、その贋作の手法は徹底していた。このように制作された『エマオの食事』(1936年)は、オランダ美術界の権威アブラハム・ブレディウスの鑑定眼を見事に欺(あざむ)き、「本物」と認められる。この絵は大いに注目を集め、ロッテルダムのボイマンス美術館が54万ギルダーで買い上げた。勿論、当時からこの絵に対する懐疑の声はあったが、重鎮のお墨付きの前にかき消されていった。メーヘレンは、その後も「没落した貴族から極秘に仕入れた絵画を売却している」という触れ込みで、贋作を幾つも制作しては販売した。こうして財を築いていったメーヘレンだったが、戦後間もなく警察に逮捕、起訴される。遂に贋作がバレたのかと思いきや、そうではなかった。戦時中、フェルメールの絵画をナチス・ドイツに売った事が罪に問われたのだ。とは言え、あれはメーヘレン自身が描いた真っ赤な偽物。「それで罪に問われても…」と言いたい所だが(笑)、ナチスに加担した彼への風当たりは想像以上に強く、売国奴として長期の服役も覚悟せねばならない状況だった。仕方なく、彼は身の潔白を主張するため、その絵が自ら描いた贋作であると自白する。ところが、誰も信じない。それはそうだろう。名だたる評論家達が本物だと認めている絵を、いきなり「私が描きました」と言い出したのだ。そんな戯言を、真に受ける人間などいる筈もなかった。こうした事態は、贋作の世界ではよくある事らしい。日本でも、一家で浮世絵の贋作を描いていた春峯庵事件(1934年)が起きた際、家族は末弟の矢田金満が主な描き手だと証言したが、警察に信じてもらえなかった。それもそのはず、金満はこの時まだ16歳。罪を逃れるための偽証と疑われたのだ。警視庁の一室で実証制作が行われ、ようやく事実と認められた。メーヘレンも自身の贋造を立証するため、獄中で新たな贋作を描く羽目になる。先述した通り、贋作は立派な犯罪。ナチスに売った絵が本物のフェルメールではないとしても、それで贋作の罪が消える訳ではない。当然、犯罪者として軽蔑されたに違いない、と誰もが思うだろう。ところが、ナチスに売った絵が贋作だと分かるや一転、世間はメーヘレンを「ナチスを欺いた男」として英雄扱いし始めたのだ。「何のこっちゃ…」である(笑)。結局、ナチスへの絵画の販売については無罪となり、フェルメール等の署名を偽造した罪で、当時の詐欺罪の刑としては最も軽い禁固1年の判決を受けるにとどまった。(因みに、一般的にどの国でも「贋造」それ自体を取り締まる法律は無く、それによって被害者が出た場合に限り「詐欺」罪が適用される)しかし、これが天罰と言うのだろうか。既に酒と麻薬とで身体を蝕まれていたメーヘレンは、判決から僅か1ヶ月後に心臓発作で他界してしまう。58歳だった。 (左:『エマオの食事』 / 右: 獄中で筆を握るメーヘレン)この事件に限らず、芸術作品の評価基準には、いつも疑問を感じてしまう。そして、作品が驚くほどの高値で売買される現実。それだけの大金があれば、救える人達がもっといるのではないかと思うのは、偽善だろうか。昨年、オークション会場でバンクシーの絵画『少女と風船』が約1億5000万円で落札された直後、額縁の中に仕掛けられたシュレッダーで細断される、という騒動があった。これはバンクシー自身が仕掛けた装置で、高額で美術品を取引きするオークションに対する彼なりの挑発、抗議だったと見られている。(ただ、皮肉な事に『少女と風船』は、シュレッダーにかけられた事によって、逆に作品価値が上がったと言われている)メーヘレンに対する世間の評価と共に、「芸術とは何なのか?」「作品の価値(=値段)は何によって決まるのか?」「真作と贋作とを分けるものは何か?」など、色々と考えさせられるエピソードだ。バンクシーの絵が細断された時のニュース動画この映画を観れば、答えが分かる…かも?
2019.12.29

ずん、誕生日おめでとおぉぉおおうッ!! ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆「うむ、ありがとう!!」(とは言ってない…笑)昨年に続き、僕がこの記事を書くと踏んだのか(笑)、ずんの誕生日に合わせて【壮麗帝】の先行画像をアップしてくれた劇団の気遣いに、謝辞を述べたい。しかし、思っていたより随分と渋い男性像で、第一印象は「そう来たか!?」という感じだった。内容は勿論だが、新たな桜木みなとが観られそうな予感に、期待値が上がった。頑張れ、ずん!! ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆そう言えば、大した話題ではないが、1st.フォトブックの「Research100!!」の中で、ずんがお気に入りの映画に『マリリンに逢いたい』を挙げていた事に、ちょっと驚いた。この映画の公開は1988年だから、さすがにリアルタイムでは観ていないだろう。当時は、『子猫物語』や『ハチ公物語』、『ドン松五郎の生活』など動物を主人公にした映画が幾つも制作されており、『マリリンに逢いたい』もその流れの作品だ。(因みに、僕は既に中学3年生だったので観てはいないが、実話を基にした作品という事で話題になったのは覚えている)それほど有名とは思えないこの映画を、世代じゃないずんが知っていたのは意外だったが、彼女が好きだと言うなら、僕もいつか観てみようと思う。という事で、今年もたくさんの笑顔と元気を届けてくれたARIとずんに、感謝を込めて歌の贈り物をしよう。曲の世界観を壊さない程度に、意訳してみた。それと、狙った訳ではないのだが、調べてみたらこれも30年前(1989年)の曲だった。BAD ENGLISH【When I See You Smile】1989年 歌詞&和訳Sometimes I wonder時々 不安になるHow I'd ever make it through君がいなかったらThrough this world without having youこの現実を どうやって乗り越えていけば良いんだろうってI just wouldn't have a clue手掛かりなんて何も無いんだ'Cause sometimes it seems時々 感じるんだLike this world's closing in on me現実に押し潰されそうになっている自分をAnd there's no way of breaking freeそこから抜け出す術が見付からない時And then I see you reach for me手を差し伸べてくれるのは いつも君Sometimes I wanna give up時々 諦めたくなったりI wanna give in挫けそうになったりI wanna quit the fight立ち向かうのを止めたくなるけどAnd then I see you, babyそんな時 君を見るとAnd everything's alright大丈夫だって思えるんだEverything's alrightきっと大丈夫だってWhen I see you smile君が微笑むの見るとI can face the world現実と向き合う勇気が湧いてくるYou know I can do anythingどんな事でも乗り越えられるとWhen I see you smile笑顔の君を見るとI see a ray of light一筋の光が射すI see it shining right through the rainそれは雨雲を抜けて 真っ直ぐに輝いているんだWhen I see you smile君が微笑むのを見るだけでBaby, when I see you smile at me君が僕に微笑みかけてくれるだけでBaby, there's nothing in this worldねえ この世界にはThat could ever do君の手に触れられる事よりWhat a touch of your hand can do素敵な事なんて 他には何も無いんだIt's like nothing that I ever knewこんな気持ちになるなんて 思ってもみなかったよAnd when the rain is falling,雨が降って来てもI don't feel it僕は気にしない'Cause you're here with me now今ここに君がいてAnd one look at you, babyそして 僕が君を見ていられるからIs all I'll ever need,それだけで良いIs all I'll ever need君を見ていられる事だけが 僕の望みなんだWhen I see you smile君が微笑むの見るとI can face the world現実と向き合う勇気が湧いてくるYou know I can do anythingどんな事でも乗り越えられるとWhen I see you smile笑顔の君を見るとI see a ray of light一筋の光が射すI see it shining right through the rainそれは雨雲を抜けて 真っ直ぐに輝いているんだWhen I see you smile君が微笑むのを見るだけでBaby, when I see you smile at me君が僕に微笑みかけてくれるだけで
2019.12.27

ここ数年、この時期には気に入ったクリスマス・ソングを紹介しているが、今年は宝塚で【I AM FROM AUSTRIA】が上演されたという事で、ウィーン少年合唱団が歌う『きよしこの夜』を。この合唱団を1498年に創設した神聖ローマ皇帝・マクシミリアン1世は、ハプスブルク家の出身。彼は、元々スイスの貧しい田舎領主でしかなかった同家の隆盛の礎を築いた人物で、勇名を馳せると共に、芸術振興にも注力したという。エリザベート達も、クリスマスの夜には少年達の歌声に耳を傾けたのだろうか。
2019.12.24
最後は、自分の立ち位置について。今年は、自分も含めたファンの「発言力」について考えさせられる年だった。「何でも書けば良いってもんじゃないな…」と。応援するつもりが、却って贔屓の足を引っ張るなんて、それこそ本末転倒だ。ブログ村にも参加していない僕のブログがマスコミや劇団関係者の目に止まる機会など滅多に無いとは思うが、「自分の軽はずみな発言が、回り回ってARIやずんの将来に悪影響を及ぼす…」なんて事も無いとは限らない。僕は、飽くまでもタカラジェンヌ達の味方でいたいので、「誹謗中傷」や「人事考察」、まして「週刊誌にネタを提供するような行為」はしないと、ここで改めて誓っておこう。(人事考察をされて喜ぶジェンヌがいるとも思えないので…)それよりも、ジェンヌ達の心に届き、少しでも彼らの励みになるようなブログを書きたい。もし、それが守れなくなった時は、潔く宝塚ファンを辞めよう。それがタカラジェンヌ達に対する礼儀であり、僕が最後にしてあげられる、せめてもの愛情表現、優しさだ。そんな日が来ないように自分を戒めながら、これからも感受性と言葉を磨いて行きたい。まあ、そんな事を書きながら、先日も失言したばかりなので、何の説得力も無いのだが…(笑)。言葉は難しい。詩人の最果タヒが、こんな事を言っている。「人と人はわかりあえない、決して。 同じ人生を生きることも、同じ生活をすることもないから。 それでも、そこを飛び越えていけるのが、言葉であると思います。 言葉は、人の内から溢れてくるものというよりも、常に人と人の狭間に漂うもの。 語りかけたり書いて届けたりすることは、狭間にある言葉を揺らし、 その振動によって、相手の何かを動かしていくこと。 だからこそきっと、相手に伝わるころには、 自分の思っていた形とは違うものになっているのだと思います。 でもその違いこそが、言葉が人と人の間にあり続ける理由なのだと思います」正にその通りだ。僕が自分の気持ちをある言葉に託して発したとしても、それを受け取った人がその言葉からどんな連想をするかは分からない。共感してもらいたくて書いた話題が、逆に反感を買う場合だってある。「頑張れ」という言葉が、時として相手を傷付けてしまう事があるように…。「あなたと私が、わかりあえないまま、 それでも共に生きるために、 言葉はあると思います」 ― 最果タヒ ―人と人とは、決して分かり合えない。それでも、人が人と繋がるためには、僕達は言葉に頼らざるを得ない。その事実を了解した上で、どれだけ言葉に対して繊細になれるか…。46年間生きて来ても、未だに模索の日々だ。
2019.12.19
今回は、ジェンヌ達に関して。ARIは、吉岡清十郎、チップ、そしてパブロと、まるでキャラクターの違う役柄を、大きな振り幅で演じ分けた。新人公演を卒業したての新たな一歩としては、どれも素晴らしい役に巡り会えたと言えるのではないだろうか。少しずつではあるが、大人っぽさ、男役の色気を自然に出せるようにもなり、これから更にどんな成長を見せてくれるのか、益々楽しみだ。一方のずんも、組内での立ち位置が上がるに伴い、トップスターの真風涼帆と対峙できる存在感を求められる、挑戦の1年だったのではないかと思う。これまでにない悪役を、ずんならではの切り口で演じていた。一朝一夕には求める結果は出ないだろうが、一歩ずつ男役の度量や哀愁を身に付けて欲しい。そして、まだ番手こそ無いものの、水美舞斗や瀬央ゆりあ、朝美絢らにも求められるものが増え、95期は確実に次のステージに進んでいる。トップスターに就任した礼真琴に柚香光、2番手の月城かなとも含め、皆がもう一つ殻を破ろうと闘っているのが感じられて、頼もしい。それぞれのペースで、焦らず歩んで欲しい。言わずとも分かっているだろうが、宝塚は「早さ」を競う場ではない。そんな95期生に、松下幸之助のこの言葉を贈ろう。「人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずる事ではない。 けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、もしも今年が劣っているとしたら、 それこそ恥ずべき事である」また、今年は99期の抜擢が目立った年でもあった。「不遇の期」と言っても良い程、これまで出番の無かった彼らだが、最後の最後で与えられたチャンスをしっかりと好評価に繋げたのは、これまでの努力があったからに他ならない。(英かおとの「宝塚だから努力するのは当たり前」という言葉には重みがあった)諏訪さきも、新人公演主演おめでとう!!落語家の立川談志がこんな事を言っている。「修行とは、矛盾に耐える事を学ぶ事」99期に限らず、若手には迷っても、挫けそうになっても、納得のいかない事が続いても、せめて新人公演を卒業するまでは頑張って続けて欲しいと思う。宝塚を辞めるのは簡単だし、いつでもできるが、一度辞めてしまったら二度と戻って来られない世界である事も忘れないで欲しい。100期以下の若手も奮闘した。花組の聖乃あすかは、【カフェブレイク】の映像で観る限り、滑舌の悪さも改善され、台詞回しが随分と男役らしくなって来た。本公演「白い薔薇の精」の演技も、宝塚大劇場の時より洗練されて、その成長を窺わせた。(他のジェンヌ達も、東京大劇場の方が確実に芝居が良くなっており、「こちらをDVD化して欲しかったな…」とちょっと思った…笑)聖乃にとって、学びの多い公演だったに違いない。雪組の彩海せらは、新公初主演とは思えないほど見事な歌を聴かせてくれた。顔が幼いので、まだまだ男役の貫禄は出せないが、それは経験の中で培われて行くだろう。芝居心もあるし、将来が楽しみだ。星組の天飛華音も、体当たりの演技で好感が持てた。まあ、さすがに本役が紅ゆずるなので、【GOD OF STARS】の新人公演は全く違う作品を観ているような印象だったが(笑)、まだまだ主演の機会はあるだろうし、礼真琴の下でどう成長して行くか見守りたい。天飛と同様に、宙組の鷹翔千空も、立ち姿だけなら既にスターの片鱗を見せている若手だ。ただ、全体的に線が細いので、舞台上ではまだ物足りなさを感じる。先ずは、誰にも負けない(或いは、負けたくない)得意分野を中心に個性を伸ばし、男役として自信をつける事だ。そうすれば、徐々に舞台での存在感も増して来るだろう。今年は、月城かなとの怪我という大きな話題があったが、来年は誰もが無事で健やかに舞台に立てる事を祈っている。(そう書いている矢先に、星蘭ひとみの休演が発表されたが…)いや、ジェンヌだけでなく、舞台に関わる全てのスタッフが無事息災でありますように。って、そうなると、ファンの人達の分も祈らなきゃいけなくなるか…(笑)。じゃあ、もういっそ世界中に「LOVE & PEACE」を!!(宝塚、関係無くなっちゃった…笑)最終回は、タカラジェンヌに対する自分の姿勢について。
2019.12.16
昨日、「次回の雪組公演は観に行けそうにない」と書いたら、今日は星組公演【眩耀(げんよう)の谷 ~舞い降りた新星~】のチケットが当選したというメールが届いた。新生星組がどんな舞台を見せてくれるのか、楽しみだ。そして、【仁義なき戦い】の話題に触れたその日、梅宮辰夫が亡くなった。これも何かの縁だろうか、哀悼の意を込めて映画を観ようと思う。では、ここから本題。間もなく令和元年が終わろうとしている。今年は、年明けから交通事故に遭い、その直後に常連さんの息子が警察に捕まり、更には別の常連さんが包丁で刺されて亡くなるという事件が起きるなど、ほんの2〜3ヶ月の間に信じられない出来事が続いた。ちょうど元号が変わる時期だった事もあり、「平成」の終わり方としては最悪だったと言える。「令和」は穏やかに暮らしたいものだ。宝塚では、ARIとのハイタッチ、鳳月杏の月組復帰、ずんの3番手昇格といった喜びがあった反面、七海ひろき、美弥るりか、紅ゆずる、明日海りおと思い入れの深い男役スターが立て続けに卒業するなど、気持ちの振れ幅が大きな1年だった。(七海ひろきの退団が、まだ今年の出来事だったという事実に、ちょっと驚いた)宝塚ファンを続けるには、気力も必要だと痛感。だいぶ宝塚ファンらしくなって来たと思っていたが、まだまだ若輩だ(笑)。そんな2019年に鑑賞した舞台は以下の通り。月組 … 3公演(計5回)【夢現無双】× 2回【ON THE TOWN】× 1回【I AM FROM AUSTRIA】× 2回宙組 … 2公演(計3回)【オーシャンズ11】× 1回【El Japón(エル ハポン) 】× 2回花組 … 2公演(計2回)【CASANOVA】× 1回【A Fairy Tale】× 1回星組 … 2公演(計4回)【霧深きエルベのほとり】× 2回【GOD OF STARS】× 2回雪組 … 1公演(計2回)【壬生義士伝】× 2回今年は10公演を16回の観劇数となった。【ポーの一族】と【エリザベート】を見逃した昨年は8公演を13回だったので、ペース的には例年と変わらずと言ったところか。その中で特に印象的だった作品は、星組【霧深きエルベのほとり】と花組【A Fairy Tale】だ。期せずして、どちらも「ウエダ」姓の女性による演出だ。特に「台詞の叙情性」という点において、【霧深きエルベのほとり】は本当に素晴らしかった。かつて、映画【ブレードランナー】の制作スタッフが、こんな事を語っていた。「脚本とは、小説というよりも、凝縮された詩に近い」確かに、菊田一夫の紡ぐ言葉は正に「詩」のようだった。そこに共鳴し、この作品を50年後の現代に蘇らせた上田久美子の感性も素晴らしい。或いは、映画監督ヴィム・ヴェンダースにこんな言葉がある。「どの映画にも、脚本段階で俳優に言わせるのが楽しみな台詞がありますが、読んだ時と、実際にシーンの中で口から話された時とでは、全く別物になるんです。 読んだ時に心が惹かれるかどうかではなく、台詞として話された時に真実味が感じられる事が大切だと考えています」脚本家(特に男性陣)には、単に台詞を言わせるのではなく、それを役者が発した時の「音の響き」にも意識を向けて言葉を紡いで欲しい。美しい言葉には、人の心を動かす力がある。再び、僕が心の中でタクト(指揮棒)を振りたくなる作品と出会えるのを楽しみにしている。一方【A Fairy Tale】は、青い薔薇の精を巡るお伽話の中に、現代社会にも通じる「寓意」を幾つも描き込んだ意欲作だった。そもそも「お伽話」や「童話」とは情操教育の側面を強く持った物語であり、その点でも本作は『A Fairy Tale』の題名に相応しい、「大人のためのお伽話」だったと言える。(C・ディケンズの小説【クリスマス・キャロル】を引き合いに出したのも、そのためか)そうした寓意までをも、明日海りおへの愛と共に1時間30分の作品に織り込んでしまうのだから、植田景子とは何とも恐るべき才能の持ち主である。今後も、2人のウエダに注目だ。ショーに関しては、ウィスキーというテーマに真風涼帆の魅力が絶妙にブレンドされた、直近の【アクアヴィーテ!!】に軍配を上げたくなるが、振り返れば今年はどの作品にも思い入れや忘れ難い場面があり、そこに優劣をつける事はできない。それなら、いっそ全てに「ありがとう!!」を言おう。ちょっと長くなったので、続きはまた後日。
2019.12.13

当初は1回しか観られないと思っていた宙組公演【El Japón(エル ハポン)】だが、試しに覗いた公式HPに10日のチケットが残っていたので、急遽観に行く事にした。ずんの1st.フォトブックも買いたかったし、来年の卓上カレンダーもまだだったので、ちょうど良い機会だと思ったのだ。 (舞台の画像は11月19日に撮ったもので、12月10日は2階B席から鑑賞)今公演は、前作【オーシャンズ11】で鍛えられた個性が濃度を増し、各々が確かな成長を感じさせる舞台となっている。特にショー【アクアヴィーテ(aquavitae)!!】は、これまで中軸を担っていた上級生達が抜けても全く見劣りする事はなく、世代交代が完璧に行われた事を印象付けた。宙組は今、豊潤の時を迎えている。そして、ウィスキーを題材にした今回のショーは、正に男役として芳醇さを増すばかりの真風涼帆を象徴する舞台ともなっている。テーマを一つに絞って描く藤井大介の感性が、見事に嵌まった形だ。その中で最も印象的な場面は、何と言っても『第6章・第13場』だろう。「ウィスキーが、お好きでしょ?」今回のショーはどの場面も宙組の魅力に溢れているが、この場面の衝撃力は群を抜いている。これ程までに女性ファンの願望に応えた演出があるだろうか。ダンディ真風、セクシー芹香、ハンサム桜木の並びも美しく、サントリーからCMのオファーが来るのではないか、とすら思ってしまう(笑)。この演出を思い付いた藤井大介に、乾杯だ。ずんは、これまで以上に見せ場が多く、確実に宙組の中心的な存在になりつつある事を窺わせた。生来の熱さや朗らかさに加え、男の色気もしっかりと漂わせ、どんどん魅力的になって行く。更に個性と技術を磨き、3番手に相応しい男役に成長して欲しい。そう言えば、今回の舞台で初めて、ずんの髪型が場面によって違っている事に気付いた。女性のお洒落に疎い僕にしては「よく気が付いたな…」と自分でも驚いたが(笑)、色々な雰囲気のずんが楽しめて満足度も倍増だ。(フォトブックには、七海ひろきとの対談も載っており、こちらの満足度も倍増した…笑)ありがとう!!ところで、2回目の鑑賞となる【El Japón(エル ハポン) 】は、ストーリーが分かっているからなのか、役者の演技が馴染んで来たからなのか、それとも演出が変わったのか、とにかく3週間前よりも随分と腑に落ちる印象を受けた。特に、『第13場 帰路』で蒲田治道(真風涼帆)がしっかりと覚悟を口にした事で、その後の流れに弾みがついた。ただ、ここで一つ問題が…。初見の時、あの場面の記憶が僕に全く「無い」のだ(笑)。いや、治道がアレハンドロ(芹香斗亜)と言葉を交わす場面は、しっかりと覚えている。それ以外の場面に関しても、「確かに観た」という記憶がある。しかし、アレハンドロが去ってから、治道が刀を手にして銀橋を渡り始めるまでの記憶だけが、すっぽりと抜け落ちているのだ。初日から、あの演出だっただろうか…。だとしたら、僕の意識はその時どうなっていたのか…(笑)。あそこは、治道の過去との「対比」そして「決別」を表現する場面なので、彼の想いが明確であればあるほど良い。2回目の鑑賞で、ラストの「置いてきぼり」感が無くなっただけでも、個人的には改めて観た価値があったというものだ。(ただ、その代償として、自分の記憶力に自信を失くしたが…笑)という訳で、今年の観劇はこれで終わり。雪組公演【ONCE UPON A TIME IN AMERICA】は、チケット難で観られそうにないので、暫くは宝塚から離れる生活になりそうだ。ちょうど、つい最近、映画【仁義なき戦い】のシリーズ第1作を生まれて初めて観た所なので、この機会に全作鑑賞してみようかと思っている。米国のギャングが駄目なら、日本のヤクザに嵌まってやろうという寸法だ(笑)。僕は、ホラー映画とヤクザ映画は怖いので基本的に観ないのだが(笑)、現在【週刊新潮】で連載中の『飢餓俳優 / 実録 菅原文太伝』で紹介されている映画の裏話があまりに面白くて、意を決して観てみる事にしたのだ。感想は後日に回すが、乱暴ながらも斬新なカット割りと、鬼気迫る俳優陣の演技に圧倒される。(街中での抗争シーンは、ほとんどが無許可でゲリラ的に撮影されたため、通行人から本物の流血事件だと勘違いされ、何度も警察に通報されたそうだ)と、まあ、映画の話は置いといて(笑)、その前に今年の「観劇まとめ」だ。最初は前後半にするつもりだったのだが、書いている内にどんどん長くなり、結局3回に分ける事になった。更新は不定期になるだろうが、順次アップして行きたい。では、また… (^_^)/
2019.12.12
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