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気が付けば、もう雪組公演。約2ヶ月振りの宝塚観劇となる。そして、気が付けば街角にも舞台にも桜が咲き誇っていた。今回の雪組【夢介千両みやげ】は、どこか昭和の喜劇を思わせるおおらかな雰囲気の作品だった。作品が発表になった時、ネットでは「千両」という金額と「道楽修行」という女遊びの部分ばかりが話題になっていたが、実際に観劇すると本作の主題はやはり「通人」にある。(ここで言う「通人」とは、「人の心が分かる人間」という意味である)主人公の夢介は道楽修行を「人生経験」と捉えており、そのためにお金を使う事を厭(いと)わない。それは「生きた金」であり、彼は全て他人のためにお金を使っている。悪人にまで簡単に大金を払っている場面があるが、三太との会話にもあるように夢介は「悪事を働く人間は、そうせざるを得ない環境に生きて来た人達」と捉えているようだ。恐らく夢介は、自分が恵まれた環境に育って来た事をきちんと理解しているし、それと同時に自分とは真逆の環境でしか生きて来られなかった人達がいる事も理解している。彼らがお金を求めるのは、その人がお金を必要としているから…。であれば、夢介にとって相手が善人か悪人かはあまり違いが無いのだろう。この辺りの夢介の感覚は、ロシアの民話『イワンの馬鹿』に相通じるものを感じる。『イワンの馬鹿』の主人公・イワンは、性悪な兄2人から求められるままに財産の取り分を全てあげてしまう。彼らが無一文になって帰って来た時も、イワンは喜んで養った。その後、王女を助けた縁からイワンは結婚して国の王様になるのだが、「体を動かさないのは性に合わない」と、人民の先頭に立って以前と同じように畑仕事をして生活する。王女も彼を愛していたので、共に農作業に勤(いそ)しんだ。彼の国の掟はただ一つ「働いて、手にタコのある者だけが食べる権利がある」だった。ある日、商人に化けた悪魔がイワンの国に来て金貨をばら蒔くが、人民は誰もが衣食住に満ち足りているためお金に興味を示さなかった…。そもそも夢介はお金に執着していない、というかお金の多い少ないを幸せの基準にしていない。千両が無くなれば、小田原に帰って農作業をすれば良い位に思っている。(彼の口振りからすると、庄屋の息子だからといって遊んで暮らしている訳ではなく、小作人達と一緒に田畑に出て働いているようだ)千両は「使って良いお金」として親から貰っているし、それを他人のために役立てるのは決して悪い事ではない。夢介の父親が「通人になるため」と言っているように、この道楽修行は単なる浪費ではない。そうやって人間を磨く事で、使った千両が将来2倍にも3倍にもなって返ってくると、父親は考えたのだろう。「浪費」ではなく「投資」である。千両が浪費になるか投資になるか、或いは「浪費で終わらせるか」「投資に変えられるか」は本人の生き方次第であり、それを夢介と総太郎の人柄で対比させているのだろう、と舞台を観ながら感じた。大切なのは使う金額ではなく、その「使い道」なのだ。そんな本作が面白い所は、夢介が最初から「通人」の素質を持っている事だ。童話『北風と太陽』の喩えにあるように、物語を通して主人公が成長するというより、夢介が実際に人々と関わりお金を使う事で、周りの人達の心が解きほぐされて行くという構図になっている。夢介は、最初から「お金」ではなく「人の心」を見ている。彼が時々口にする「面白い芝居を見せてもらった」とは「人間の心模様を見せてもらった」という意味である。だからこそ、金銭目当てで夢介と接した人達は、自分の下心や人間性を見透かされたような気になって恥じ入り、改心する(惚れる)のである。(逆に、馬鹿が付くほど真正直に生きている夢介には、隠したい事や後ろめたい事が何も無い)そして、夢介は絶対に見返りを求めない。「お礼をしたい」と言う人達には、「じゃあ、他の誰かの助けになってあげて欲しい」と頼む。つまり「恩送り」の精神である。「恩返し」は当事者同士で終わってしまうが、「恩送り」は誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人に送る事で善意の輪が広がって行く。お金はその切っ掛けに過ぎない。それを損得勘定や義務感からではなく、性根でできてしまう所に、夢介の凄さがあるのだ。このように【夢介千両みやげ】は、お金の豊かさより心の豊かさを描いた良心的な作品である。目先の「損得」や「勝ち負け」でしか物事を判断できなくなった現代人の心に、夢介の底抜けなお人好しがどのように響くか、僕もとくと拝見させてもらおう。良い芝居を観せてもらった。ありがとう!!キャスト別の感想はまた後日。ショー【Sensational!】も、雪組の充実度を見せ付ける見事な内容だった。個人的には、既に今年のベスト・レビュー候補に挙がっている。こちらの感想は2度目の観劇後に。さて、星組【めぐり会いは再び】は人物相関図も出て、物語の全体像が何となく掴めて来た。意外な場所に意外な人物がいて驚いたりしながらも、基本的にはこれまでの推理に変更は無し。(寧ろ、どんどん想像が膨らんで、推理が纏め切れなくなっている状況だ…笑)どんな展開になるにせよ、かなり楽しいドタバタ劇になるだろう。因みに、解説記事は既に書き進めているのだが、人物相関図が出るまでの推理分だけで前後編の長さになっており(笑)、そこに相関図発表後の推理と答え合わせの分を合わせると、全4回になりそうな勢いだ。僕がどういう手順で、どういう経路で推理を進めたかが分かるように書くつもりなので、頑張って読んでもらいたい。これで何一つ正解していなかったら思い切り恥を晒す事になるが(笑)、その辺りもお楽しみに。
2022.03.30

BOB DYLAN『Blowin' in the Wind』1963年 歌詞&和訳How many roads must a man walk downどれだけの道のりを歩いて行けばBefore you call him a man?人間は差別のない社会に辿り着けるのだろう?How many seas must a white dove sailどれだけの海原を越えて飛べばBefore she sleeps in the sand?白い鳩は平和な世界を見付けられるのだろう?Yes, and how many times must the cannonballs fly一体どれだけの砲弾が飛び交えばBefore they're forever banned?人間が武器を手放す日は来るのだろう?The answer, my friend, is blowing in the wind友よ 答えはいつも風に吹かれていてThe answer is blowing in the wind僕はそれを掴みあぐねているんだYes, and how many years can a mountain exist一体どれだけの歳月を費やせばBefore it is washed to the sea?山は波に削られて海に沈むのだろう?Yes, and how many years can some people exist一体どれだけの歳月を費やせばBefore they're allowed to be free?人間の尊厳が認められる日は来るのだろう?Yes, and how many times can a man turn his head一体どれだけ顔を背ければAnd pretend that he just doesn't see?人は見て見ぬ振りを止められるのだろう?The answer, my friend, is blowing in the wind友よ 答えはいつも風に吹かれていてThe answer is blowing in the wind僕は未だにそれを掴めずにいるんだYes, and how many times must a man look up一体あと何回顔を上げればBefore he can see the sky?彼は空の青さに気付けるのだろう?Yes, and how many ears must one man have一体あと幾つ耳を付ければBefore he can hear people cry?彼は人々の嘆き声に気付けるのだろう?Yes, and how many deaths will it take 'til he knows一体あと何人の命が奪われればThat too many people have died?彼は犠牲者の多さに気付けるのだろう?The answer, my friend, is blowing in the wind友よ 答えはいつも風に吹かれていてThe answer is blowing in the wind僕はずっとそれを掴みあぐねているんだ……
2022.03.22

■抽選結果お申し込みをいただいた中から厳正に抽選させていただいた結果、誠に残念ですが、以下の公演につきましてチケットをご用意することができませんでした。・宝塚歌劇 月組公演 『ブエノスアイレスの風』-光と影の狭間を吹き抜けてゆく…-フッ…… (  ̄ー ̄)まあ、これが現実ですよ、皆さん。いくら偉そうに「友好的な関係で行きましょうね」と言った所でね、結局は僕の独り善がりでしかないんです。所詮、僕達ファンは劇団の掌の上で転がされる運命なんですよ。皆で笑えば良いさ!!エェーーーーーン!!。。゚・(((つД`)))・゚。代わりに、雪組公演4月12日(火)のチケットを追加購入したから、彩風咲奈と雪組の皆に慰めてもらうもんねぇええだッ!!と、お約束のネタも披露した所で(ネタなのか…?)、星組公演の話題。星組大劇場公演【めぐり会いは再び next generation-真夜中の依頼人(ミッドナイト・ガールフレンド)-】は、4月26日(火)と5月17日(火)のチケットを無事に手に入れた。(この時期になればコロナ禍の影響もほぼ無くなるだろうと判断し、最初から2回分を購入)少し調べてみると、柚希礼音で初演された【めぐり会いは再び-My only shinin’ star-】は、フランスの劇作家ピエール・ド・マリヴォーによる喜劇『愛と偶然の戯れ』と『愛の勝利』が下敷きになっているようだ。今作では新たな役も加わり、どんな物語が展開されるのか楽しみにしている。とりあえず「一角獣の聖杯」の謎と、その先に浮かび上がる重要参考人、そして怪盗ダアトの正体まで、一通りの目星は既に付けてあるものの、勿論どれもまだ確証がある訳ではない。(物的証拠なら幾つもあるのだが…笑)名前からだけでは想像し難いキャラクターもいる。人物相関図が出れば、もっと深く推理できるだろう。当日は舞台と共に、答え合わせも一緒に楽しみたいと思う。推理が当たっていれば、久し振りに深読み解説もしてみたい所だが(まあ、外れたら外れたで感想戦をしてみるのも一興かも知れない…)、東京公演の千秋楽以降となると7月末になるので、あまり期待せずにお待ち頂きたい(笑)。ネタバレになってもミスリードになってもいけないので、これ以上ここで何か書くのは控える。それでも敢えて今、この段階でヒントを出すとすれば「真夜中」かな…。 「ですよね、小柳先生?」「さあ、君に解けるかな?」
2022.03.16

いきなり現れた、見るからに怪しい一人の男…。誰だ、こいつは?うん、確かに。「いや、どうもどうも…」誰かと思ったら……ポ…!!?( Д ) ⊙ ⊙嘘ぉおおおおんッ!!?思ってたキャラクターと、全然違うじゃん!!いや、宝塚ファンとしては、こういう勇ましいキャラを期待してたんだけどな……。「すみません、すみません…」いや、驚いた(笑)。青天の霹靂とは正にこの事だ。『週刊少年ジャンプ』の最新15号に掲載の『逃げ上手の若君』に登場した楠木正成。よもや想像と真逆のキャラクターで登場するとは、かなりの奇襲を喰らってしまった。しかも、来週からは正成の屋敷を訪れる事になり、遂にあの3兄弟と対面するのか気になって仕方が無い。松井優征、やるね。
2022.03.15
先月は朝6時と言えばまだ真っ暗だったが、3月に入り明るくなる時間がだいぶ早くなって来た。OG達のインスタグラムにも花の画像が見受けられるようになり、暮らしの中に何気なく春の訪れを感じている。(とは言え、まだ暫くは寒い日が続くので、体調には気を付けたい)ウクライナ情勢は予断を許さないが、彼らに一日も早く穏やかな春の日々が訪れる事を切に願っている。さて、今月からモーニング料金を一律50円値上げしたのだが、思った以上に好意的に受け入れられている。僕としては客が減る事も覚悟していたのだが、今のところ影響は無く、常連客からは「ずっと値上げしないから心配してた」とか「今まで辛抱してたものね」といった同情(?)の声も聞かれ、身構える必要は全く無かったようだ(笑)。まあ、オープン13年目にして初めての値上げだし、昨今の日本経済の動向から考えて、お客さんも「やむ無し」と捉えているのだろう。確かに、昨年末からパンに珈琲豆、マーガリンにチーズ、更にはドレッシングとあらゆる食材が値上がりしており、さすがの僕もこれ以上は踏ん張れなくなっていた。タイミング的にもちょうど良かったのかも知れない。昨日は星組の集合日だったようだが、天寿光希の退団が発表された。彼女の事は、これからもずっと星組にいてくれるものだと勝手に思い込んでいたので、星組一筋に舞台を支えて来たベテランがいなくなってしまう事が意外過ぎて実感が湧かない。そこにいるだけで安心できる実力と個性を兼ね備えた天寿との共演は、ARIも学べる事が沢山あるだろうと楽しみにしていただけに、このタイミングでの退団は本当に残念だ。綾凰華への気持ちが整わない内に、また心がかき乱されてしまった…。と、ここまで書いて気付いたが、先月は宝塚の話題をたった2回しか書いていなかった。宙組公演の観劇が流れたとは言え、ここまで何も書かないのも珍しい。という事で(?)、途中まで書きかけて放ったらかしにしていた話題を、ついでに載せておく。上田久美子の2つの作品【fff -フォルティッシッシモ-】と【桜嵐記】についての考察だ。以前、「『fff』とは『Freude für Fūto(望海風斗に捧ぐ歓喜)』の略ではないか?」と考察したが、実は最初は別の言葉を考えていた。それは「Fight For Freedom(自由のために戦う)」だ。これに気付いたのは全くの偶然だった。ポスターの表題文字を見た時、真ん中の「f」が小文字っぽくなっているのは気にこそなったが、それ以上は特に何も考えず忘れてしまっていた。ところがある日、MEGADETHのアルバムをパソコンに取り込んでいる最中に、『FFF』という曲があるのを不意に思い出したのだ。それが「Fight For Freedom」の略だった。この「自由」を「開放」と捉えれば、ベートーヴェンは「音楽の開放」のため、ナポレオンは「人民の開放」のため、謎の女は「苦しみからの開放」のために戦うと解釈する事もできる。ポスターで「fff」の文字が砲口の目の前に配置されている事、そして「やるならやってみろ、運命よ」の文言から見ても「Fight For Freedom」という解釈は的外れではないだろう。その後、より望海風斗のサヨナラ公演に相応しくなるように「Freude für Fūto(望海風斗に捧ぐ歓喜)」という解釈に変えたが、冷静になって考えてみるとやはり「Fight For Freedom」の方が作品のテーマに合っているように思う。『限りを知り、命を知れ』多少でも哲学を学んだ経験がある者なら、この言葉からハイデガーの「死への先駆」を連想するだろう。「死への先駆」とは、いずれ訪れる己の死を運命として自覚的に受け入れる事を指す。実際に死が訪れる前に、死の方へ先走って行き、そこから自分の人生を捉え返すという意味だ。ハイデガーによれば、この死の覚悟がある者だけが「良心の呼び声」に応える事ができると言う。自分がいつ死ぬか分からないという切迫した状況の中でこそ初めて、人は本当に為すべき事は何かを問うようになるのだ。それは、今ある自分を受け止めると同時に、未来の可能性への選択にもなる。あの時、『第11場B 赤坂村 楠木の館』で「やかましい」と叫んで邪念を振り払った楠木正行は、己の内に良心の呼び声を聞いたのではないかと思う。そして、自分が為すべき事に思いを定めたのだ。その姿は、国外へ亡命する道を選ばず、首都キエフで大国ロシアと戦う覚悟を表明したウクライナのゼレンスキー大統領と重なるのではないか…。
2022.03.08
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