全31件 (31件中 1-31件目)
1

7月中旬のある日、私は妻の油絵の仲間の展覧会を観に行きました。これはその時に撮らせてもらった絵です。額縁のガラスに会場の照明が反射して光るため、斜めの角度から撮ったのがタイトルの由来です。妻のグループは平素、山の絵を描いていますが、この展覧会では自由なモチーフだったそうです。 かなり苦労して撮影したのですが、やはり一部の絵に反射が見られますね。それでもネット上の小美術展を楽しんでいただけたら幸いです。明日に続きます。<続く>
2014.07.31
コメント(12)

7月中旬のある日。仙台市博物館で特別展「室生寺の仏たち」を観た後、私は妻の油絵仲間の展覧会を観に行きました。この絵は、その時に撮影させてもらったものです。作品は20号から30号くらいのものが多く、額縁にはほとんどガラスが入っていました。そこに会場の照明が反射するため、止むを得ず斜めに写すしかありませんでした。少し斜めになった絵。それがタイトルの由来です。まだ芸術の秋ではありませんが、お楽しみいただけたら幸いです。 ネット上での小さな美術展を楽しんでいただけたでしょうか。明日に続きます。<続く>
2014.07.30
コメント(10)

千秋楽。左からの出し投げで日馬富士を土俵上に投げ捨て、横綱白鵬の名古屋場所は終わった。13勝2敗。前日まで優勝の可能性がある力士は4人もいた。それが終わってみれば、やはり落ち着くべきところに落ち着いた。30回目の堂々たる優勝だ。この上には31回の千代の富士と、32回の大鵬しかいない。白鵬なら、きっと前人未到の記録を残すはず。だが、日本に帰化しない限り、彼の「一代年寄」はないと理事長が断言している。 関脇の豪栄道は千秋楽に大関琴奨菊を破って12勝目を挙げた。これで3場所の合計勝利数が32勝。先場所は8勝7敗と奮わなかったが、今場所は2横綱2大関に勝ったことが高く評価され、場所後大関に推挙される運びとなった。14場所連続で関脇を勤めただけに、安定感は抜群。これで3人のモンゴル出身横綱に、3人の日本人大関が立ち向かう形になる。千秋楽に勝ち越しを決めた遠藤ともども、今後の活躍が楽しみだ。 右肘の靭帯を傷めた田中マー君に続いて、松坂投手が故障者リスト入りになった。相次ぐ日本人投手の故障が気がかりだ。大リーグでは田中投手の故障の原因を日本での投げ過ぎとしている。つまり問題は球数と考えている訳だ。これに対して日本では、中4日が故障の原因と考える関係者が多い。つまり日本では、登板間隔が中6日と空いているため疲労は回復すると考えている訳だ。楽天の星野監督は、変化球の投げ過ぎを問題視している。肘に負担がかかるためだ。 夏の高校野球石川県大会では、決勝で星陵高校が9回に8点差をひっくり返して優勝を決めた。最終回に0対8からの逆転勝ちは珍しい。星陵の選手達は「笑顔」をモットーにしていた由。8点差をつけられていても、最後まで味方の逆転を信じて笑顔を絶やさなかったようだ。相手の小松大谷は、勝てば29年ぶりの甲子園だったそうだ。最後の最後にスルリと逃げた大魚。さぞ悔しい想いをしたことだろう。今全国各地で、こんな悲喜劇が起きている。 高校生と言えば、長崎県の佐世保市でとんでもない事件が起きた。女子高生が同級生を殺害した事件だ。警察の調べによれば女子高生は単独犯行を認めた由。犯行理由は殺人に興味があったからと言う。また死体をバラバラにしたかったとの理由で、首と手を切断した由。県下でも有数の進学校に在籍し、留学を目指していた女子高生が、いとも簡単に殺人を犯す裏になにがあったのだろう。同県では十数年前に小学生が同級生を殺害した事件も起きている。 韓国では逃亡していたフェリー会社の会長が死体で発見された。例の沈没事故で大量の死者を出した会社だ。事故の原因もお粗末だったが、この顛末も謎だ。DNA鑑定で本人とされたが、疑惑も残る。首と胴体が離れていたそうだ。裏には政官財界の癒着があったとも言われ、口を塞がれた可能性もある。ともあれ現在の韓国を象徴する不可解な事件の解明が、これで一歩遠のいた感じは否めない。 中国の精肉業者の映像には驚いた。床に落ちた鶏肉を手づかみでラインに戻し、ベルトコンベアーの上をカビが生えた牛肉が流れる。賞味期限切れを指摘されても、死にはしないと嘯く工場従業員。とてもあれが隠しカメラで撮ったものとは思えない。「上海福喜」はアメリカの大手精肉業者OSIの現地法人だが、あれを米国企業の仕業と見る人は少ないはず。食品の安全に危機感がないのは以前から。だからあれは中国人の犯罪と感じるのが普通だろう。 深刻な地下水汚染と大気汚染。そして相次ぐ食品偽装や「毒餃子」に代表される安全管理の問題。中国の料理人は自分達が食べる「賄い料理」を作る時だけは、安全な食品を使うと言われている。今回の「事件」も、中国政府の言い分を聞かないアメリカ政府に業を煮やした「嫌がらせ」との見方もある。つまり画像は「やらせ」と言う訳だ。もしそうでなければ、カメラやインタビュアーの前で従業員が、あんなに堂々と受け答えはしない。 小保方さんの博士論文の調査結果に関して、早大大学院の4人の教授が異議を唱えた。早大大学院では「科学論文の執筆」に関する講義があるが、彼女はそれを全く無視していること。博士論文は「草稿を間違えて提出した」との主張を認めたのはおかしいこと。不正があると指摘しながら博士論文自体は取り消さないことなど、私が先日書いた疑問点とほぼ同じ主張だった。 日本学術会議が、STAP細胞論文に関する理研の対応に苦言を呈している。責任著者だった小保方さんのみならず、論文を執筆した理研関係者を厳しく処分すべきと言うのがその主張のようだ。また共著者の1人である山梨大学の若山教授が、あの実験で用いられた細胞が自分が提供したものと異なるとの疑義を、以前から呈している。 先日NHKでは特別番組でこの問題を取り上げた。専門家に依頼して分析した結果、nature掲載論文の画像の8割方に不正や疑問があったとされた。またNHKでは「キメラ細胞」が出現した月日が実験ノートに記載されてない理由や、実験室の冷蔵庫にES細胞があった理由を小保方さんに書面で質問したが、未だに回答はない由。科学の最先端でなぜこのような不祥事が起きてしまったのか。闇は途方もなく深そうだ。
2014.07.29
コメント(10)

連日猛暑に包まれている日本列島ですが、お元気でお過ごしのことと思います。どうぞ日中症には十分ご注意くださいね~!!さて、今日も散歩中に撮った近所の花々を紹介しますね。暫しの間これで心の乾きを癒していただけたら嬉しいです。 取材経費が1円もかかってない花ばかりで済みませんが、少しは慰めになったでしょうか?まだまだ暑さが続きます。この夏を元気に乗り切りましょうね~!!
2014.07.28
コメント(8)

連日暑いですね。私は昨日の日中に3kmほど歩いた時、フラフラっとしました。腕が冷えて来たので、どうやら軽い熱中症に罹ったようです。皆様もどうぞご注意くださいね。今日は久しぶりに花の写真を載せます。これを見て、元気になっていただけたら嬉しいです。 いや~っ、花って本当に良いですね。見てると元気が出ますね。また明日も続きます。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
2014.07.27
コメント(14)

我が家のオニユリ 毎日暑い日が続いていますが、お元気ですか。仙台はまだ梅雨が明けてないのですが、昨日は32.8度の今季最高気温に達したようですよ。どうぞくれぐれも熱中症にはご注意くださいね。少しでも涼しく感じていただけるように、今日は我が家の家庭菜園の様子を紹介しますね。 これは東の畑のキュウリです。種から育てた苗が10本植えてあり、今は毎日4本から8本程度の収穫があります。 これは雲南百薬です。中国の蔓性野菜で、昨年苗を1本買いました。それを根だけ冬越しさせ、春に出た蔓から苗を1本増やしました。時々大きく育った葉を摘むと、その後からまた葉が生えてきます。淡白な味の健康野菜です。 こちらはモロッコインゲンです。6月に玉ネギを収穫した跡地に種を蒔いたので、今はようやく花が咲き始めたところです。そのうちに大きな莢のインゲンが収穫出来るでしょう。 こちらはゴーヤです。4月の末に3本の苗を植えました。2日前に4本収穫しました。今年の初物でしたが、これからどんどん収穫出来るはずです。ただしゴーヤは実に「かくれんぼ」が上手なんですよねえ。 収穫物1 これはある日の収穫物です。トマト、ミニトマトはサラダなどにして生で食べます。冷やし中華の具にも良いですね。手前の右側にあるのが雲南百薬です。これは茹でてお浸しにします。淡白な味で、少し粘り気があります。 収穫物2 丸ナスはスライスして「焼きナス」にします。長ナスは味噌汁の具や、漬物にしています。下の緑色の野菜はツルムラサキです。 収穫物3 キュウリは千切りにして冷やし中華の具にしたり、そのままぬか漬け、一夜漬けなどにします。スライスしてサラダにすることもあります。今が最盛期で、間もなく新しい種を蒔く予定です。 収穫物4 ゴーヤは何と言ってもチャンプルーでしょうか。これからどんどん獲れるようになると、バナナや牛乳と一緒にジューサーにかけて、ジュースにします。栄養たっぷりで美味しいですよ。 これが我が家のゴーヤチャンプルーで、具材も味付けもシンプルです。昨夜は他の野菜やブタ肉と一緒にカレー味で炒めました。これはなかなか美味しくて、食欲がそそられました。 これはツルムラサキのお浸しです。独特の味で少し粘り気がある、夏の健康食品です。 どうです?少しは涼しくなったでしょうか。なになに?「さっぱり涼しくならない」ですって~?仕方がないなあ。じゃあ「とっておき」のやつを最後に。 これはねえ2日前に買ったばかりのミニ扇風機なんですよ。これまでのが故障しちゃったもんですからね。高さは20cmほどの卓上型で、値段は1210円でした。でもこれで6年間の保証がついてるんですよ。で、肝心の風はどうかですって~? ふふふ。大きさが大きさだけに微風ですが、結構涼しく感じますよ。それでもまだ暑い場合は首に濡れタオルをしています。なになに~?「お前はサンデー毎日だからそれでも良いけど」ですって。こりゃまた失礼致しました~!!ともあれ皆様、熱中症にはくれぐれもご用心を~!!
2014.07.26
コメント(12)

「仙台市縄文の森広場」は、今から4千年前の縄文時代の山田上ノ台遺跡に建つ小さな博物館です。7月のある日、眼科の帰りに立ち寄ってみました。私達の遠い祖先である縄文人が、どんなものを食べていたのかを知る手がかりが、ここにあると思ってのことでした。 これはこの遺跡のジオラマです。4千年前の様子を再現してあります。広い台地の上に3軒の竪穴住居と、3人の縄文人がいるのが見えるでしょうか。現在は「仙台市太白区山田上ノ台」と言う住居表示ですが、4千年前はただの台地で、この下には名取川が流れていました。 昨日は果実やドングリなど植物性の食べ物を紹介しましたが、秋になると名取川を鮭が遡上して来ます。縄文人にとって鮭はとても重要な食糧で、長く食べられるよう干したり燻したりして保存したと思われます。また落とし穴を作ってウサギなどの小動物を捕えたり、イノシシやシカなどを集団で狩りをし、毛皮は冬期の衣服や敷物に、肉は食用に、骨は装身具や釣り針などに加工して無駄なく利用していました。 広場の一角に畑が作られていました。説明によれば、これらの作物は日本各地の出土例から縄文人が栽培したと思われる作物とのことです。ただし、「畝」や「棚」は管理し易いよう、現代風に変えてあると記されています。ここに植えられていたのはエゴマ、アワ、キビ、ソバ、ヒエの5種類ですが、私は強い違和感を感じました。ここ10年ほど私は考古学の専門書を読んでませんが、その間に日本の考古学に進展があったのでしょうか?とても不思議です。 これはエゴマです。エゴマはシソ科の一年草で原産地は東南アジアです。日本列島においては、インド原産のゴマよりも古くから食用にされ、三内丸山遺跡から植物オパール(花粉の化石)が出土しています。きっと現在のような畑ではなく、住居の周囲に種をばら撒いていたのでしょう。 これはエゴマの実です。炒って食用にしたようです。独特の香りがし、縄文人も好んでいたのでしょう。 これはアワです。アワはイネ科エノコログサ属の多年草で、原産地は東南アジアです。高さは1mから2mに育ちます。ウキペディアによれば、縄文時代の遺跡から発掘されたことがあると記されています。後になると「五穀」の一つに数えられます。 これはアワの実です。ビタミンB1を含み、鉄分やミネラル分が豊富な食料です。 これはキビです。イネ科の一年草で、原産地はインドとされていますが、原種となった野生植物の発見はまだ確認されていません。ウキペディアによれば、日本列島への渡来は、「弥生時代」に中国を経てと記されています。高さは1m程度で、後に五穀の一つに上げられます。この博物館で、縄文時代に栽培したと考えた「根拠」は一体何なのでしょうねえ? これがキビの実です。「サトウキビ」でもトウモロコシの「トウキビ」でもなく、「キビ団子」のキビです。 これはヒエです。ヒエはイネ科ヒエ属の植物で、イヌビエを栽培化したものです。冷涼地でも栽培でき、酒造りの良い原料になったようです。ただし私は縄文時代から栽培していたとの確証をつかんでおりません。 これがヒエの実です。かつては焼き畑農業でヒエを植えていた地域が九州などにありました。今でも民謡に「ヒエつき節」と言うのが残っています。 これはソバです。ソバはタデ科ソバ属の一年草です。最近の研究によれば、原産地は中国南部と考えられているようです。やせた土地でも育つ植物ですが、私は縄文時代に栽培していたことは確認していません。 これがソバの実で、脱穀後に製粉して食料にするのが一般的です。ただし、徳島県では「ソバ米」として製粉せずに食べることがあります。またブータンでは殻ごと製粉して食料にしています。苦い味がするようですが、日本でも古い時代はそのような食べ方をしていたのでしょうか。 後味が悪い最後になりました。ここの博物館がキビ、ヒエ、ソバを縄文人が栽培して食べたとする根拠は分かりません。私もどこの遺跡で出土例があるかを確認はしていませんが、機会があれば学芸員の方にお尋ねしたいと思っています。<完>
2014.07.25
コメント(10)

7月のある日、眼科の帰りに「仙台市縄文の森広場」に立ち寄って見ました。ここは今から約4千年前の縄文時代の遺跡(山田上ノ台遺跡)に建つ、小さな博物館です。博物館には、縄文人が食べた物のコーナーがありました。私達の遠い先祖が、当時どんなものを食べていたのかを以下に紹介しますね。 これは栗です。クリはブナ科クリ属の落葉性高木で、原産地は日本及び朝鮮半島南部です。実は縄文人の主食でした。青森県の三内丸山遺跡では住居の近くに栗林があったことから、彼らがクリを栽培していたと考えられています。なお山野に自生するのはシバグリやヤマグリですが、それらの栽培化によって現在のクリに変化したのでしょうか。 これはトチの実です。トチはトチノキ科トチノキ属の落葉広葉樹で、東日本が主な繁殖地です。実はあく抜きして食用にします。でんぷんやたんぱく質を多く含み、縄文人にとって大切な食料の一つでした。現在でも食用にしている地域があります。 これはドングリです。ブナ科のカシ、ナラなどコナラ属果実の総称で、「ドングリの木」はありません。実にはタンニンやサポニンなどの渋みがあり、縄文時代はあく抜きして食用にしていました。主に西日本では流水に曝し、東日本では煮沸する方法をとっていたようです。 これはクルミです。クルミはクルミ科クルミ属の落葉高木で、日本に自生するのはオニグルミと呼ばれる種類で殻は堅く、中の種子(仁)が取り出し難いのが特徴です。 これはブナの実です。ブナはブナ科ブナ属の落葉高木。果実は総苞片に包まれて2個生り、断面は三角形をしています。中の胚乳は渋みがなく、脂肪分が豊富で美味のようです。 これはクヌギの実です。クヌギはブナ科コナラ属の落葉高木。縄文時代、実はあく抜きして食用にしていました。 これはカヤの実です。カヤはイチイ科カヤ属の常緑針葉樹。種子は緑色の厚い仮種皮に包まれ、翌年の秋に熟して紫色になります。数日間あく抜きをし、炒って食用にします。 これはシイの実です。スダジイはブナ科シイ属の常緑広葉樹で、普通「シイ」と言う場合は本種を指します。果実はあく抜きが不要で、そのまま食用になります。 これはハシバミの実です。ハシバミはカバノキ科ハシバミ属の落葉低木です。果実(堅果)は食用になります。同属異種のセイヨウハシバミの実がヘーゼルナッツです。 これはヒシの実です。ヒシ(菱)はヒシ科の一年生の水草で、池や沼に生えます。棘のある種子は食用になります。 これはサルナシの実です。サルナシはマタタビ科マタタビ属の蔓性落葉植物で、原産地は日本と中国です。サルやクマなどの動物が好み、この実が木の窪みなどで自然発酵したのが「サル酒」と言われています。縄文人も食用にしたと考えられています。中国原産のサルナシがキウイフルーツの原種です。 これはヤマボウシの実です。ヤマボウシはミズキ科ミズキ属の落葉高木で、原産地は日本です。秋に生る赤い実は甘く、生でも食べられます。 これはアケビの実です。アケビはアケビ科の蔓性落葉低木の一種、あるいはアケビ属の植物の総称です。原産地は日本と中国です。種子を包む胎座に甘味があり、古来から食用にされて来ました。現在でも東北地方では、若芽や果皮も食用にしています。 これはヤマイモのムカゴです。ムカゴは植物の栄養繁殖器官の一つで、葉の脇や花序に形成され、離脱後は新たな植物体として成長します。普通はヤマイモやナガイモに出来たものを指しますが、オニユリ、ノビル、シュウカイドウなどにも出来ます。 これはユリ根です。ユリの中でもあくが少ない種の鱗茎を食用にします。乾燥、高温、過湿に弱い特徴があり、皮がないため、そのままの状態で食べられます。 こうして見ると、縄文人は意外なほど多様な食べ物を口にしていたことが分かります。私もこの中のものを、幾つか食べたことがありますが、皆さんはいかがでしょうか。縄文人は最初はこのような食べ物を探し歩いていましたが、次第に住居の付近で栽培することを覚えます。それは土の中から植物オパール(花粉の化石)が出土することで分かるのです。また縄文人が「クッキー」を作っていたことも分かっています。日本人の遠い祖先達は、案外グルメだったのかも知りませんね。<続く>
2014.07.24
コメント(8)

7月のある日。眼科へ行った帰りに「仙台市縄文の森広場」へ寄りました。ここは今から4千年前の縄文時代の住まいの跡である「山田上ノ台遺跡」に建つ、小さな博物館なのです。市の広報に縄文人の食糧だった植物を育てていると書いてあるのを見て、私達の遠い祖先達は一体どんなものを食べていたのか、興味を持ったのでした。 先ずは住まいから。縄文人達が住んでいたのは、このような形をした竪穴式住居です。 この「広場」には、竪穴式住居が3棟復元され、屋根のカヤが腐らないよう毎日のように住居の内側で火を燃やしています。その時出る「煤」(すす)が素材を炭化させ、強く変えるのです。 当時の住居には、このように土が被せてあったと考えられています。このお陰で夏は涼しく、そして冬は暖かく過ごすことが出来たのです。 これは竪穴式住居の骨組みですが、案外丈夫に造られていますね。 縄文人が家を建てる様子を再現したものです。良く見ると床部分が少し掘り下げられて、低くなっています。これは保温などのためですが、この形が「竪穴式住居」と呼ばれる理由です。 当時の服装で、頭と両腕を出すための穴がある衣服です。 これはアオソ(青麻)、苧麻(ちょま)、「からむし」と呼ばれる当時の衣服の原料になった、イラクサ科カラムシ属の多年生植物です。これと同じものを沖縄の宮古島で栽培(現地では「ブー」と呼んでいました。おそらくは「布」が訛ったのでしょう)し、糸を取って布を織っています。100kmマラソンの途中に、植物園で見ました。(笑) 焚火の跡を再現したものです。 発掘した「落とし穴」の写真です。集落の近くに落とし穴を掘り、ウサギなどの小動物を生け捕りにしたのでしょう。 最初の土器は近辺の遺跡で発掘され、後の4点はここの遺跡から発掘された縄文式土器です。それほど立派なものは少ないですが、それだけにより一層、私達の祖先の暮らしぶりが感じられますね。 「石棒」と呼ばれていますが、男性のシンボルを型取り、いろりの傍に置かれて長命と子孫の繁栄を祈ったのでしょう。当時の平均年齢は27歳と言われています。まだ乳幼児の頃に亡くなることが多かったのでしょう。 石製の石鏃(せきぞく=矢じり)です。これを矢の先端に付けて動物を射殺し、食料にしたのです。 石製のナイフです。動物の皮を剥ぐために使用したのでしょう。明日は縄文人の食べ物を紹介します。どうぞお楽しみに~!!<続く>
2014.07.23
コメント(12)

妻の姉が認知症と診断されてから、もう1カ月ほどになる。どうやら「レビー小体型」と言うもので、認知症の患者の中では4%しかいないのだそうだ。ホームヘルパーの妻は、毎週のように姉の家に行っているが、以前から認知症の症状が進んでいることを心配していたのだ。1人で外出が出来ない姉に代わって、今は義兄が買い物をし、料理を作っている。数年前には予想もしなかった老後だ。 市の健診で心電図を撮った日、ドクターから不整脈が出ていると指摘され手術を勧められた。あの時は不調とも感じなかったのだが、今は心臓が不快に脈打つ。これでは走れないと判断し、楽しみにしていたチャリティランはキャンセルした。昨年の7月も同じ状態で、一時は死を覚悟したほど。今も突然暴れ出す心臓の様子を窺っている。動物の心臓が一生に打つ心拍数は決まってるそうだ。私の場合は後どれくらい残されているのだろう。 不調の間は自室で沖縄の音楽を聞いた。沖縄の風景を動画で観ながら、ゆったりとした沖縄の音楽に癒されていた。意味も分からない民謡や最近の歌、沖縄勤務時代に歌った懐かしい曲。その全てが良かった。沖縄本島単独一周はじめ、私は沖縄の島々を2千kmは走ったはず。初フルも沖縄だった。果たしてあの南の島をもう一度走ることが出来るだろうか。ざわわ、ざわわ、ざわわ。今もざわめいている私の心臓。 ウクライナ東部の惨状に心が痛む。撃墜したマレーシア機乗客の荷物から、親ロ派自警団が貴重品などを略奪する映像を観た。原因解明の手掛かりとなるフライトレコーダーなどはいち早く探して隠し、遺体は列車に積んで渡さず、国際調査団に対しては悪質な妨害行動を取る。彼らの後にロシアの指示があることは明らかだ。それに装置を隠そうとするのは、やましい点がある何よりの証拠。乗客は1万mの上空で、何の罪もなく突然命を奪われた。自警団側は命の重さをどう考えているのだろう。 <ブログ更新後、遺体を積んだ列車がウクライナ政府側に引き渡されてキエフに向かい、フライトレコーダーとボイスレコーダーは、マレーシア政府に引き渡されることになったことを知り追記した。> 小保方さんの博士論文の是非を検討していた早大調査団の結論が出た。論文には画像の流用や外国論文のコピペなど26か所に問題があり、そのうち6か所は明らかな不正。従って論文は合格に値せず、彼女も学位を授与される人物に値しないと考える。だが学位取り消しには当たらないとの結論だった。それを聞いた彼女は「申し訳ない」と謝ったそうだ。だが、草稿段階のものを間違えて提出したとの主張を認めたのもおかしいし、再提出を許したのも変。早大大学院の指導教官は、博士論文をまとめる最後の3カ月間指導してなかったことも今回明白になった。 数日前のこと、ミニトマトの苗の下に、赤い皮だけが残されていた。妻が同じようなことを、他所の家で聞いたと言う。それに我が家の庭に2度、何者かがウンチをしていた。犯人は近所の飼いネコかと疑ったのだが、ウンチは臭くない。犯人はきっと数年前に道路で見かけたハクビシンだろう。ネットで調べると、彼らは果樹を好む由。どうやら水っぽいトマトは避けて、甘いミニトマトだけ食べたようだ。それ以降は完熟してないミニトマトも早めに収穫することにした。う~む。 「海の日」の昨日は、九州北部から東海地方までに梅雨明け宣言が出た。「koboスタ」では高校野球県予選の決勝があった。ベスト4は全てが公立校で、しかも仙台市以外の高校。結果は接戦で利府が佐沼を下した。利府は21世紀枠で選抜大会に出場したことはあるが、夏は初出場。これから各県の代表が続々決まることだろう。残念だったのは水の事故。各地で何人かが亡くなっている。 高校生の快挙が続いている。カザフスタンで開かれていた「国際物理学オリンピック」では、日本の高校生4人が銀メダルを獲り、1人が銅メダルに輝いた。先日の数学、生物学分野に引き続いての活躍は明るいニュースで、とても嬉しい。
2014.07.22
コメント(14)

さあ今日は『紫陽花祭』の第二弾だよ。ワッショイ、ワッショイ。でも今日はね、静かで学術的なお祭りなんだよ、ワッショイ。説明文はウキペディアから借用したんだよ、ワッショイ。なお、写真と説明文は直接的な関係はないから注意してね。ワッショイ。 アジサイ(紫陽花)はね、アジサイ科アジサイ属の落葉低木の一種なんだって。ワッショイ。 「アジサイ」は狭義では品種の一つの和名で、区別のため「ニホンアジサイ」と呼ばれこともあるんだって。ワッショイ。 アジサイの原種は、日本に自生するガクアジサイなんだってよ。驚いたかな、ワッショイ。 アジサイは日本では6月から7月にかけて開花し、白、青、紫、赤色の萼(がく)が大きく発達した装飾花を持つんだって。難しい表現だねえ。ワッショイ。 ガクアジサイでは、これが花序の周辺部を縁取るように並ぶ。これを園芸の世界では「額咲き」と言うんだって。ワッショイ。 ガクアジサイから変化した花序が球形で、すべて装飾花となったアジサイは、「手まり咲き」と呼ばれているんだって。こんなこと初耳だねえ。ワッショイ。 アジサイは土壌の酸性度によって色を変えることは知ってるよね。酸性度が高いと土の中のアルミニューム分が強くて、花は青い色になるんだよ。ワッショイ。 そして土壌が中性やアルカリ性であればアルミニューム分は融け出さないため、花の色が赤くなるんだって。それに最初の頃は、葉緑素のために薄い黄緑色なの。そして最後に赤っぽくなるのは、花の「老化」によるんだって。これがアジサイの色の変化の秘密だよ。ワッショイ。 今では日本、ヨーロッパ、アメリカなど世界各地で栽培され、多くの品種が作り出されているんだよ。ワッショイ。 原産地が日本であることは前に書いたけど、ヨーロッパで品種改良されたものは、「セイヨウアジサイ」って呼ばれている。良くみかけるのはきっとこれだね。ワッショイ。 幕末にオランダ商館員として来日したシーボルトは、帰国後『日本植物誌』を著して、アジサイ属14種を新種として記載してるんだよ。アジサイが好きだったんだね。ワッショイ。 自著の中でシーボルトは、当時の日本ではアジサイのことを、「おたくさ」と呼んでいると記しているんだって。ワッショイ。 日本の植物学者牧野富太郎は、シーボルトがアジサイの学名の一部に”otaksa”を入れたのは、愛妾お滝の名を潜ませたと非難したが、これはまるきりの誤解で、既にヨーロッパではotaksaが学名として使われていたんだってよ。ワッショイ。 このことによって、「オタクサ」の名はシーボルトとお滝のロマンスをイメージさせ、作家の創作意欲を刺激することになったようだね。私も吉村昭の書いた『ふぉん・しーぼるとの娘』を読んだけど、実に面白かったよ。どう?今日はちょっと難しかったかな。それでも最後まで読んでくれてありがとうね。そしてもっとアジサイが好きになってくれたら嬉しいよ。ワッショイ、ワッショイ。
2014.07.21
コメント(10)

さあ祭だよ。ワッショイ、ワッショイ。 祭の名前はね、『紫陽花祭』。 なかなか粋な名前だろ。ワッショイ、ワッショイ。 「その祭どこでやってるの?」だって~。 ふふふ。それが有名なお寺なんかじゃなくってね。 それは皆さんのお家の庭なのさ。 ほら、アジサイが元気に咲いてるだろ? 「な~んだ」なんて言わないでよ♪ 雨の中でも健気に咲いてるアジサイって可愛いね。 世の中にゃ厭なことがたくさんある。 イスラエルとパレスチナの紛争や ウクライナで起きた民間機撃墜事件や 中東じゃイスラム教徒同士の戦いもね。 それに俺の心臓も調子悪く、昨日はレースに出られなかったよ。 それでも元気よく祭を楽しみたいね。ワッショイ、ワッショイ。
2014.07.20
コメント(14)

室生寺五重塔 7月12日土曜日。仙台市博物館で、特別展『室生寺の仏たち』を観た。室生寺は奈良県宇陀市にある古寺で、「女人高野」とも呼ばれている。三重県との県境に近い同寺は天武8年(680年)の創建と伝わる。今回は国宝の仏像など約90点が出展されている。会場内は撮影禁止のため、写真は地元新聞の紙面などから借用させていただいた。会期は7月4日から8月24日まで。本展は「東日本大震災復興祈念企画」である。室生寺の仏たち 宝暦年間(770~781年)後に桓武天皇となる山部親王の病気平癒の「延寿の法」を室生で執り行ったところ、見事に回復。朝廷の命により興福寺の高僧がこの地に寺院を建立した。現在の堂宇のうち9世紀前半まで遡れるのは、五重塔のみ。 元禄11年(1698年)それまでの法相宗から真言宗に改宗し、以来女性の入山が許可されたことから、「女人高野」の別名がついた。この頃徳川五代将軍綱吉の生母桂昌院(1627~1705年)の寄進で堂塔が修理されたことも、女性の参詣を増やした一因と思われる。 金堂 国宝の金堂は鎧坂(よろいさか)を登った石段の上にある杮葺(こけらぶき)の建物。高床の正面一間通りは江戸時代に付加されたもので、それ以前は石段の上(外)から堂内の仏像を直接拝むことが出来た。 五重塔 国宝。屋外に建つ五重塔としては国内で最も小さく、高さは約16mで法隆寺五重塔に次ぐもの。檜皮葺(ひはだぶき)の屋根と丹塗りの組み合わせが絶妙。屋根の大きさが上から下までほとんど変わらないため、こんな風に見える。数年前の強風で境内の杉が倒れ、破損した。この時全国から暖かい支援を受けたことが、今回の協力に繋がった。 釈迦如来立像 国宝。本尊の釈迦如来立像はカヤの一木造で平安前期の作。本来は薬師如来として造立されたようだ。朱色の流れるような衣紋(えもん)は漣波式(室生寺様)と呼ばれる。光背(こうはい)には、七仏薬師、法相華、唐草文が描かれている。 十一面観音菩薩立像 国宝。装飾的で女性的な優しさが漂う、室生寺様式の仏像。唇には朱も塗られている。八重蓮華座の台座の一部に後世の補修があるが、平安前期の様式を良く伝えている。 十二神将の一部 重要文化財。薬師如来の卷属(けんぞく=一族)として12の方角を守る神。同時に12の時と月を守り、頭上にそれぞれ一体ずつ十二支を戴く。誇張のある姿態の表現は鎌倉時代の特徴。檜の寄木造に彩色が施されている。このうち2体は常時奈良国立博物館にあり、全体が揃うのは希有である。 両界曼荼羅 胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅の2つを合わせたものを両界曼荼羅と称する。日本密教の中心となる大日如来(万物の慈母)を中心に配し、その周囲に一定の秩序に従って数々の仏を散りばめている。 素晴らしい仏たちに出逢えたのは、我ながら幸運だったと思う。この室生寺の仏像に魅せられた写真家は多い。山形県酒田市出身の土門拳(酒田市に写真博物館がある)が、写真集「古寺巡礼」を撮影する際、最初に室生寺を訪れたことはあまりにも有名である。 また奈良市の仏像専門写真家小川晴暘、光三親子、三好和義なども室生寺をこよなく愛した。彼らが撮った数々の写真も、特別のコーナーにまとめられていた。名前だけしか知らなかった古寺の実態を、この特別展で知ることが出来たのは、私にとって僥倖と言うべきであろう。
2014.07.19
コメント(12)

我が家のお向いに住んでいるKさん宅の取り壊しを、一部始終見て来た。引き続いて新築の様子もカメラで撮って来た。これはその記録である。 4月23日。地鎮祭で畏まるKさんご夫妻。 4月28日。基礎工事が始まる。工事を受け持ったのは地元でも好評の建築業者。長期間観察していたが、実に丁寧な仕事ぶりだった。 5月1日。基礎のコンクリート打ち。 5月14日。基礎立ち上がり。 5月30日。建築資材搬入。 6月2日。躯体部分立ち上がり。 6月3日。屋根が載った。 6月11日。外壁の工事が進む。 7月2日。こちら側の外壁は完成。この後は内装工事に取り掛かっているようだ。 7月16日。足場撤去。 7月17日。2階ベランダ部分取り付け完了。妻は内見会の時に、見学させてもらったらオール電化の由。機密性が高く、居間以外の窓は小さい。夏は涼しく、冬はとても暖かい住宅だそうだ。引っ越しは8月10日の予定。それまでには駐車スペースなど、外構工事も完了してるだろう。再びKさん宅との付き合いが始まるのが楽しみだ。
2014.07.18
コメント(16)

「うちのキウイの中に、ヤマバトが巣を作ってるんだよ」。そう教えてくれたのは近所のHさん。3日ほど前のことだ。「どれどれ」と覗いて見ると、確かに幼い雛が巣の中で目を丸くしていた。デデポポ、デデポポ。そう言えばヤマバトが何度かキウイの上で鳴いていた。あれはせっせと巣を作っていたのだ。翌日また通りかかると淋しそうなHさんの顔。「挨拶もしないで巣立って行ったんだよ」。なるほど巣は空っぽ。丸い目をした雛の姿は消えていた。 「お早うございます」。妻と2人朝食を摂っている所へ誰かの声。近所のTさんが書類を届けに来たようだ。今年は我が家が同じ路地の10軒の班長。書類は事故などがあった非常時の連絡先を記すもので、町内会へ提出する。我家は私達夫婦の他に、四国の長女の住所と電話も連絡先に記した。外を見ると一緒にヘバも来ていた。網戸を開けて頭を撫でる。このヘバ。私がTさんの家を通りかかると、必ず出て来て頭を撫でてくれと吠える。 バス停前に、町内会が花壇を作った。市の補助金を受けるため、区役所に届けて許可をもらっている。中心になって世話しているのはKさん。3年前には石ころだらけで、空き缶やペットボトルやタバコの吸い殻が捨てられて個所に、今は美しい花が咲いている。石ころをどけ、草を抜き、土を改良し、花が倒れないよう支柱を立てたりしているKさん。その彼の家が間もなく完成する。彼は仮住まいの家から出張しながら、草花の世話をしてるのだ。 ゴミのチェックをしてる方がいる。これも市の委託を受けた町内会の役員だ。燃えるゴミ、リサイクル出来る燃えないゴミ、そしてプラスチックゴミと出す日が決まっているのだが、中にはルールを守らない人がいて、大型ゴミや分別しないままのゴミや、古タイヤなどを捨てる人がいるのだ。恐らくは町内会以外の住民が車に積んで、通りがかりに捨てて行くのだろう。我が班の収集所は便利な場所にあるため、チェックする役員の苦労は尽きない。 中には同じ町内なのに、町内会に入らない人もいるようだ。従って町内会費も払わなければ、種々の寄付金も払わない。かと言って市の広報などを届けない訳にも行かない。何か災害などが起きた時の連絡先も不明だ。最近は亡くなる住民が増えて、一層高齢化が進んだ我が町内。無人のまま荒れ果てた家もあるし、売れずにそのまま残った家もある。 定期清掃日は第一日曜日の朝7時半からと決まっている。これは4月から11月までで、冬期の草が生えない時期は草取りはせず、集会所の清掃だけを行う。今月の我が班は集会所の清掃当番で、妻が行った。私は一人バス停前のどぶ掃除をしていた。水が澱んで腐っている。底に溜まった泥をスコップで掬ってバケツに入れ、側溝の中をよちよち歩いて、20mほど離れた場所に捨てる。そしてそれが終わると側溝周辺の草刈り。頭から顔から背中から、汗がどっと噴き出す。 資源ゴミは子供会の活動資金にするため、決められた日に出す。これも「塵も積もれば山となる」で、案外馬鹿にならないそうだ。ところが肝心の子供の姿が少ない。子供の声が聞こえない町内は淋しいもの。その半面、未婚の男女も結構いるようだ。冬休み期間は、子供会と町内会が共同して、防火を呼び掛ける夜廻りをしている。「マッチ1本火事の元」。今時マッチをつける人は少ないだろうが。 私は3月に古稀を迎えた。9月の敬老の日には、町内会からお祝いがいただけるはず。最近は長命で祝い金の支出が多いそうだ。昨日は妻の誕生日。妻も亡き母親の年齢を1つ超えた。昨夜は妻の誕生日を祝って、私が特上の寿司を奢った。さすがに大トロは格別の味だ。その妻が今ランニングから帰って来た。途中で雨に降られてずぶ濡れになったみたいで、玄関へバスタオルを届けた。東北の梅雨明けはもう少し先のようだ。
2014.07.17
コメント(10)

七月の花によせて 花は何も話さない そして 花は自らの美しさを知らない だが花は 咲くべき時を知り 散るべき時を知っている 人は話すことも伝えることもできる 人は自らの美しさも醜さも知っている そして 花は人になれず 人も花になることはできない 花よ 美しいおまえたちよ この世に生れて来てくれてありがとう わたしたちの暮らしのすぐ傍で 咲き続けてくれてありがとう 今日の花はいかがでしたか~?少しでも元気が出たら嬉しいです♪<続く>
2014.07.16
コメント(14)

モモ 「メッシより上だと示して来い」。そう言ってドイツのレーヴ監督は1人の選手をピッチに送り込んだ。サッカー、ワールドカップ決勝の後半戦が始まる時だ。交代した23歳のゲッツェがセンタリングされたボールを胸でトラップし、直接ボレーで蹴り込んだ。ボールはアルゼンチン側のゴールネットに深々と突き刺さった。後半開始後わずか8分。結局それが決勝点になった。今回最多得点を挙げているドイツチームは、きっと強い自信を抱いていたのだろう。 キウイ MVPに選ばれたのはアルゼンチンのメッシだが、彼の顔に笑みはなかった。やはり頂点に立つことしか眼中になかったのだろう。3位決定戦は3-0の圧勝でオランダがブラジルを下した。オランダが緒戦、優勝候補のスペインを破ったのは、超ロングパスだった由。監督はスペインに勝つための秘策を練り、選手は厳しい練習に耐え、本番でそれに応えた。若手主体のブラジルは4位に終わり、国民の願いは届かなかった。だが、アジア勢は1勝すら出来なかったのだ。 イチジク カナダ在住の大川翔君(14歳)がこの度カナダの5つの大学に見事合格したそうだ。彼は5歳の時両親の仕事でカナダに渡り、12歳で「飛び級」で高校に入った。その2年後に今回の快挙だ。結局彼はこの9月から、ブリティッシュコロンビア大学のサイエンス学部に入学することが決まった由。頭脳明晰なのは間違いないが、柔軟な発想とリーダーシップのある国際人になって欲しいと願う。 ブラックベリー インドネシアで開かれていた「国際生物学オリンピック」には、日本から4人の高校生が参加していたが、結果は金メダル1個、銀メダル3個だった由。また南アフリカで開かれていた「国際数学オリンピック」には、同じく6人参加し金メダル4個、銀メダル1個、銅メダル1個を獲得した由。つまり2つの大会に参加した日本人高校生は、全員が入賞した訳だ。日本の若い英知がこのまま大きく育ち、将来社会に貢献する力となることを心から願う。 柿 甲子園を目指す高校野球の宮城県予選ではベスト16が出そろった。だが、我が母校は敢え無く1回戦で敗退してしまった。これからが暑さと戦う正念場だろう。庭の草取りも暑い日中を避けて、早朝に行っている。妻は居間の自分用の椅子をより涼しい籐椅子に変え、重たいソファーを2階に移動した。大きな図体のソファーは扉に突っかかり、結局私の書斎コーナーへ置くことになった。仕方なく昨夜は本箱を整理した私だった。 ブルーベリー 一方私の部屋はとても暑い。日中温まったベランダから、夜も熱が放射されるためだ。それに西日も当たる。だからパソコンに向かう時は、ランニングシャツに半ズボン姿。昨夜はユーチューブで沖縄の歌を聴きながら、蒸し暑い南の島を思い出していた。7月に沖縄本島の西海岸を140km走った時は、道路が40度を超える暑さで熱中症との戦いだった。あれからもう6年。私は老化が進み、心臓がすっかり弱ってしまった。 夏川りみやBIGINもなかなかだが、大工哲弘、知名定男、大城美佐子、高嶺ミツなど老民謡歌手の歌がまた良い。言葉の意味も良く分からないまま、朗々と響く三線と歌声に痺れる。笛の音が聞こえる曲にも心が動く。眠るので音を低くするようとの妻の注文にも、部屋の扉を閉めて聴き続けていた。暑さとの戦いはこれからだ。大相撲名古屋場所は昨日が2日目。白鵬は幕内通算747勝となり、ついに大鵬の記録を抜いて単独4位となった。
2014.07.15
コメント(14)

台風8号は消滅したが、梅雨明けはまだのようで気候は安定しない。それでも蒸し暑い日本列島。こんな時に暑中見舞いは変だろうか。それも咲き誇る花々の写真を載せての。まあ理由などどうでも良い。美しい花々を観て元気が出たら、それで十分ではないか。そんな訳で、久しぶりに花の特集を組んでみた。名前の知ってる花、知らない花、色々あるが、楽しんで見てほしいと思う。 散歩の途中に撮ったものや我が家の庭に咲く花だが、楽しんでもらえたろうか。<続く>
2014.07.14
コメント(14)

今月は折角順調なペースだと思っていたのに、台風8号の影響で雨が降り出してから全く走れなくなった。すると一日中家の中にいて、体調までおかしくなり始めた。それでなくても年々加齢が進み、筋力が低下している。これはいかんなあ。せめて歩いてみるか。そう思って雨の中を近所のスーパーへ買い物に行った。7月10日金曜日のことだ。 買ったのは米。宮城県産の「ささにしき」10kg。それを3分搗きにしてもらいリュックに入れて帰る。これは妻に頼まれたもの。10日と20日はポイントが10倍の日。それに妻の誕生月のポイントなどが加算され、景品までついた。傘を差しながらずっしりと重たいリュックを背負うのは苦痛だが、これも修行だと考えれば楽なもの。帰宅後、直ぐにまた出かける。 今度は銀行でお金を下ろす。遅れ馳せながら税務署から還付金が振り込まれたのだ。その通知を見た妻が、そのうち7千円を自分に欲しいと言う。ランニングシューズを買うのだそうだ。そんなのは自分のお金で買ったら良いのにと思いながら雨の中を歩く。次に別なスーパーで歯ブラシなどを買い、リカーショップで4リットル入りの焼酎を購入。リュックに入れるとずっしり重い。これもまた修行。家康の言葉を思い出しながら歩く。 午後からは眼科へ行った。これも歩き。雨は止んだが、念のために傘は持った。よそのお宅の花などをデジカメで撮りながら病院へ向かう。小川の岸辺に2羽のアヒル。カメラを向けても驚く様子はない。検査の結果眼圧が安定してるとのことで、緑内障用の目薬を今回から2か月分もらうことになった。これで2カ月に1度の通院で済む。この日歩いた距離は合計で8km。案外良い運動になったみたい。 ウバユリの蕾 7月11日金曜日。この日は朝食を摂らずに山の上の循環器内科へ歩いて行く。仙台市の健康診断を受けるためだ。ここは血圧と不整脈の治療を受けてる病院で、予約はしないでも大丈夫だった。血圧を測ると脈拍数が異常。心電図を撮ると案の定不整脈が出ていた。ドクターが驚いて「3度目の手術をしますか」と私に言う。「もう入院は厭です」と言うと、「急いで薬を飲んで下さいね」と彼。この日はいつもの薬も飲んでなかった。 パンを食べながら坂を下る。帰宅後野菜とヨーグルトを食べ、再び歩いて外出。今度は前日行ったばかりの眼科で眼底出血の検査。これも含め健康診断は全て無料。妻は他に乳がんや胃がんの検査も受けている。帰路「縄文の広場」に寄る。ここは市立の小さな博物館。縄文時代の食糧だった植物などを撮影。これはいずれブログに載せたいと思う。この日も8km歩いた計算。夕食時の焼酎が旨い。父の日に娘が送ってくれた九州の麦焼酎もこれが最後。 7月12日土曜日。ブログ更新後、自室の掃除をし、古新聞などをまとめ、畑の野菜を収穫。採れたのはキュウリ、ナス、シシトウ、トマト、ミニトマト、雲南百薬、ツルムラサキ。朝食後、妻と博物館へ。台風一過、仙台では6月1日以来の真夏日となった。汗をタオルハンカチで拭きながら、山越えで歩く。していたのは特別展『室生寺』。これは「豊齢カード」の提示で半額。国宝の仏像など、「女人高野」の秘宝を堪能する。 昼食は外のベンチで済ませ、またまた歩いてメディアセンターへ。ここは市立図書館の本館。妻が所属する絵のグループの展覧会を観に来たのだ。デジカメで撮るが額縁のガラスが反射するため、絵は斜めになる。別なフロアではかなり大きな作品が展示中。こちらは画家の集団のようで、見事な作品を撮影させてもらった。室生寺展と共に、いずれブログに載せる予定。図書館の外では賑やかな野外コンサート。この日歩いた距離は5kmほどか。 3日間の合計は21km。ちょうどハーフマラソンの距離だが、情けないことにこれだけで疲れてしまった。もうレースは今年が最後だろうが、歩くのは死ぬ間際まで必要。健康で過ごすためにも筋力を維持し、今後も元気で歩き続けたいものだ。
2014.07.13
コメント(18)

日本列島を混乱に陥れた台風8号が去った。強い風と大雨で各地に被害をもたらした台風8号だが、皆様の地区では被害が出なかっただろうか。昨日の午前中に温帯性低気圧に変わったとかで、仙台は雨も風も強くはなかった。雨対策でトマトの畝に差してあった4本のビニール傘も無事。午後からはグングン気温が上がり、6月1日以来の真夏日になった。久しぶりに青空が出、夜は月が空に登った。その月を寝ながら見ていた私だった。 ワールドカップが開催されたブラジルで、工事中の高架道路が落ちたのには驚いた。日本ではとても考えられないことだ。試合中に噛みついた選手や、飛び膝蹴りで相手に大けがをさせた選手が出たことにも驚いた。噛みついたウルグアイのスアレス選手はスペインの名門チームに移籍が決まり、ブラジルのエースネーマールに重傷を負わせたコロンビアの選手は、ブラジルのマフィアが報復を宣告している由。 そのブラジルが準決勝でドイツに1対7で敗れた。ブラジルの国民は怒って、バス20台に放火する騒ぎになった。サッカーに熱中するあまり、殺人事件も起きかねないとは物騒な話だ。決勝戦はドイツとアルゼンチンの間で行われ、破れたブラジルとオランダは3位決定戦に回る。FIFAは負傷したネイマール選手の補償として、1日数十万円を支給するようだ。たかがサッカー、されどサッカー。騒動はさらに続きそうだ。 大リーグNYヤンキースの田中投手の負傷にも驚いた。最近は負け試合が続き心配していたのだが、どうやら右肘靭帯の部分断裂を起こしていたようだ。リハビリには6週間を要する由。故障者リストに入ったのは当然だ。折角選手間投票でオールスターに選ばれたのだが、彼に代わってレッドソックスの上原投手が出場することになった。マー君はリハビリで治らない場合は手術をすることになるみたいだ。 日本なら中6日での先発だが、大リーグでは中4日の登板間隔。いかに投球数が日本より少ないと言っても、長距離の移動などを考えると、疲労はなかなか取れないのだろう。それに彼の場合は昨年楽天で優勝しており、その疲れも溜まっていたのではないだろうか。ともあれ怪我の具合が軽微なことを祈りたい。 北朝鮮との拉致被害者や特定失踪者に関する協議が続いている。中国に見放され、韓国と敵対している北朝鮮は、日本からの支援に頼らざるを得ない立場。今度はかなり本気で対処しているようだ。これは噂に過ぎないが、30人ほどの帰国者リストが用意されているとか。きっと日本がどんな反応を示すか、様子を窺っているのだろう。政府が関与した事件であることは間違いないのだから、責任を持って臨んでほしいと思う。何とか解決すると良いね。 埼玉で起きた昏睡強盗の犯人が逮捕された。犯人は性同一障害で生活保護を受けている人とか。気の毒な障害ではあるが、治療費欲しさに人を騙しては良くない。被害者は20人近くに上るとか。男を騙す時は、カツラを被って「女性に変身」するが、普段は男として暮らしているとか。声も低くて男のようだった。夫と2人で部下の従業員を殺したリサイクルショップ経営の女性もいた。最近では金欲しさに簡単に殺人を犯すのが怖い。 金と言えば、号泣県会議員には驚いた。今時あんな訳のわからない政治家がいるものだろうか。県から支給された政治活動費の使い方がデタラメ。日帰り出張が年間200回近くに上り、全てグリーン車使用での申請とか。それに金券ショップで買った切手代が凄い金額だ。あれはまた売り払って自分の懐へ入れたのだろう。名門高校、名門大学の卒業らしいが、県民を欺く行為は許されず、とうとう辞職を申し出たようだ。今後は詐欺罪での告発もあると聞く。 例のSTAP細胞の疑惑もまだ決着がつかない。Natureへの論文は結局Nature誌自体が論文に不正があったと判断して取り消された。現在理研では小保方さんを交えて実験が行われているが、これに対して理研の高橋プロジェクトリーダーが異議を申し出ている。不正があったと判断された研究者を実験に加えることはおかしいと言うのが彼女の主張。一時は退職の意思を表明したが、今は成り行きを見守っているようだ。 同様に日本分子生物学会の大隅理事長も、本件に対して疑義を唱えている。疑惑のある研究者を実験に立ち会わせている理研に対する批判だ。あの論文作成の経緯と言い、ES細胞の取り扱いと言い、どうも今度の「事件」は彼女1人のしわざとは思えない節がある。笹井CDB副センター長の関与を疑っているのは私だけだろうか。京都大学の山中教授と激しく研究成果を争っていた同氏の行動に、問題はなかったのか。一日も早い解明が望まれる。 この記事を書いている途中に大きな地震があった。東北ではあの「東日本大震災」の余震が、未だに続いているのだ。早く強い地震に驚かない日が来ると嬉しいのだが。書き終えて何気なくアクセス数を見て驚いた。既に本日分が100件に達している。私のブログがそんなに注目されている訳がない。何だか変だねえ、楽天ブログさんは??
2014.07.12
コメント(16)

東北歴史博物館で開催されている特別展『日本発掘』の紹介も、いよいよ今日が最後になりました。同展では、幸いにも撮影が許可されていました。これは考古学ファンにとっては何よりも嬉しいことです。こうして皆さんにも紹介出来る訳ですからね。では早速展示物を紹介しますね。 奈良県明日香村石神遺跡出土銅製人形 飛鳥時代(1400年前) 人形(ひとがた)は人間に代わって穢れや病気から逃れるために使用したのが最初です。これが後世は紙で出来た「流し雛」になりました。縄文時代には土偶を壊すことで、人間の厄を祓ったのですが、銅製の人形は珍しく、身分の高い人が用いたと思われます。この人形には、果たしてどのような願いが込められていたのでしょうか。 奈良県明日香村石神遺跡出土具注暦木簡(複製品) 同上 持統天皇3年(689年)の3月と4月の暦です。木簡は普通長い板に、税金や役人の出勤状態などを記録するものですが、円形の暦とは全く珍しいですね。これは第一級の史料で、毎日の吉凶を記し、壁にかけてカレンダーとして用いたようです。上の人形と共に、占いに頼る当時の暮らしぶりが良く分かります。 奈良県旧川原寺跡出土塑像破片 飛鳥時代(1400年前) 川原寺は天智天皇が亡き母のために建立した寺院と言われている古寺です。天智の母とは第35代皇極天皇、第37代斉明天皇として重祚(ちょうそ:1人の人が複数回天皇の位に就くこと)した女帝です。この塑像には亡き母の優しい面影が宿っているように感じます。母を思う気持ちは、庶民でも天皇でも変わりなかったのですね。 奈良県旧川原寺跡出土塼仏 飛鳥時代(1400年前) 塼仏(せんぶつ)は小さな土製の仏像を作る「装置」です。広く仏徳に浴するためのものでしょう。当時の人々の仏教に寄せる期待が感じられる逸品です。 上記を拡大したものです。釈迦三尊の柔和な表情が分かるでしょうか。 岩手県平泉町柳之御所跡出土墨書かわらけ 平安時代(800年前)重要文化財 「かわらけ」は素焼きの粗末な杯で、どぶろくなどを飲んだのでしょう。その裏側に漫画風の人物が描かれています。ひょっとして、かわらけの持ち主の顔かも知れません。柳之御所は奥州藤原氏の自宅兼執務所で、この跡から膨大な遺物が出土しています。古代東北にこの世の浄土を築こうとしていた奥州藤原氏。理想に燃える陰に、こんな人間的な一面があったのですね。 奈良県明日香村キトラ古墳壁画玄武図 飛鳥時代(1300年前) キトラ(亀虎とも書く)古墳は2段式の円墳で、石室内に中国大陸由来の壁画があることで有名です。これはカビの害から保護するため、転写したものです。玄武とは亀の形をした中国の神で、北の星宿の守り神。きっと高貴な被葬者を、死後も守るために描かれたのでしょうね。 奈良県明日香村高松塚古墳壁画白虎図 飛鳥時代(1300年前) これもキトラ古墳同様壁画をカビの害から保護するため転写したものです。同様に中国の神である白虎を描いています。星宿は西を守る神で、虎の姿をしています。やはり高貴な被葬者を死後も守る役目を果たしたのでしょう。転写とは言え、自分の目で図柄を確認出来たことは幸いでした。このような貴重な史料は、二度と見られるチャンスはないでしょうからね。 福岡市博多遺跡群出土緑釉小皿 室町時代(500年前) 福岡は古代から「那の津」と呼ばれる港町で、貿易で栄えました。この緑釉を施した小皿も、中国から渡来したものでしょうか。波高い玄界灘を渡って中国や南島へと貿易に向かった博多商人の逞しさが思い浮かびます。 愛知県瀬戸古窯群跡出土灰釉水差 平安~江戸時代(900~150年前) 愛知県瀬戸地方は国内でも有数の陶器生産地です。西日本では「唐津もの」と呼ばれますが、東日本では「瀬戸物」が陶器の代名詞。この水差も灰釉を施しただけの地味なものですが、単純な中にも深い味わいがありますね。「お宝鑑定団」に出品したら、果たしてどれくらいの値打ちがあるものなのでしょうね。 <以下の展示物は、つい最近日本の各地で発掘された遺物です。> 埼玉県加須市長竹遺跡出土注口土器 縄文後期(3千年前) いわゆる縄文土器の一種です。注ぎ口があるところを見ると、中には液体を入れていたのでしょうね。この時代にはまだ米はありません。もし酒を造るとしたら、材料はサルナシだろうと考える学者がいます。サルナシはキウイの原種となった小さな果物。それをサルが採って木のうろ(窪み)に置いたら自然に発酵して酒になったと言うのが「サル酒」。縄文人はそれを真似して酒を造ったと言うのがその学説なのですが。 埼玉県加須市長竹遺跡出土土製イヤリング 縄文後期(3千年前) これはクッキーではありません。立派なイヤリングなのです。ひもで耳に縛ったのではなく、耳たぶに大きな穴を開けてこれをはめ込んだようです。今でもアフリカでは同じように使っているところがありますね。平均寿命が30歳以下だった縄文の女性も、このような飾りでおしゃれを楽しんでいたのですね。 埼玉県加須市長竹遺跡出土独鈷石 縄文後期(3千年前) 独鈷(とっこ)とは仏具の名前で、これに良く似た石器にその名をつけたのです。子孫繁栄を願う男性のシンボルとも見えますが、実態は両頭型の石斧(せきふ:いしおの)です。これを木の枝に縛り、木などを切ったのでしょう。当時の人にとっては生活必需品だったのでしょうね。 石川県能美市能美古墳群出土器台 古墳時代中期(1600年前) 器台は前にも出て来ましたが、上に土器を置く台です。床に直接置かず、この上に載せたのは重要な儀式をするために用いたのでしょう。能美古墳群は全部で62基の古墳がある一大古墳群で、方墳、円墳、周濠墓、前方後円墳など様々な形式の古墳が集まる珍しいもので、私は石川勤務時代に偶然訪れたことがあります。 ここから日本海は見えませんが、目の前には白山の勇姿が望める小高い山の上(一部は平地)にあります。きっと被葬者にとっても、白く輝く白山は聖なる山だったのでしょうね。 岩手県山田町畠中遺跡出土人面付き土器 縄文後期(3500年前) 少し尖がった人面がついた縄文土器。縄文人は何を考えて土器に人面を施したのでしょうね。きっとそこには長命を願う気持ちがあったのは間違いないでしょう。そんな貴重な土器が、東日本大震災の被害にも遭わずに出土したことを、私達東北人は心から喜びたいと思うのです。 岩手県陸前高田市堂の前遺跡出土深鉢 縄文中期(4500年前) 縄文土器の深鉢です。これは食糧を煮炊きしたり、貯蔵するために使ったようです。ろくな道具もない時代に、自分の手だけでこのような土器を作る縄文人は、優れた文化を持っていたことがわかります。当時の東北は豊かな食糧に恵まれ、日本列島で最も人口密度の高かった地域なのです。縄文土器は世界でも有数の土器として知られています。まさに郷土の誉れですね。 3回に亘ってお送りした『日本発掘』もこれで終了です。長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。<完>
2014.07.11
コメント(20)

超大型台風8号が九州へ上陸しようとしています。これから皆様のお近くでも、風雨が強まることでしょう。どうぞ十分に注意してお過ごしくださいね~!! さて、今日も東北歴史博物館(宮城県多賀城市)で開催された特別展、『日本発掘』の展示物を紹介しますね。それらは日本でも有数の遺跡から出土した立派なものばかりで、普段はこんな風に一堂に会して観ることはとても無理なのです。考古学ファンにとってはまさに垂涎の的。幸いにも撮影が許可されていたため、こんな風に紹介することが出来ました。では、早速ご紹介しますね~!! 佐賀県吉野ヶ里遺跡出土の甕棺(かめかん)です。 弥生中期(2千年前) 吉野ヶ里遺跡は我が国を代表する弥生時代の遺跡で、私も23年前に訪ねたことがあります。その頃はまだ展示スペースなどが十分に整備されていませんでしたが、それでも大変重要な出土品が多いことに驚いたものです。ひょっとしてここが卑弥呼がいた「邪馬台国」と考えられたのも無理はありません。写真の甕棺は2つの大きな甕を合わせて、その中に遺体を安置する棺として用いています。 佐賀県吉野ヶ里遺跡出土甕棺内部の写真 同上 これは甕棺の内部に葬られた遺体です。良く見ると頭部がありません。この時代は稲作が始まり、富の集中が起こり、それを束ねる権力者が出現して小さな国家(クニ)が誕生しています。そのようなことを考えると、被葬者はクニ同士の戦いで首を切られた戦士と考えるのが普通でしょうね。「魏志倭人伝」の世界を彷彿とさせる写真です。 吉野ヶ里遺跡出土の筒型器台 同上 これは上部に器を載せる台です。器を直接床に置かず、このような器台に載せたと言うことは、よほど重要な儀式、特に宗教儀式に用いたと考えても差し支えないでしょうね。まさに祭政一致のこの時期を、思い起こさせる一品です。 吉野ヶ里遺跡出土の把頭飾 同上 小さくて良く分かりませんが、これは青銅製の剣の把手(取っ手)部分の飾りです。つまり手で持つ部分です。権力者の出現には武器が付きもの。原料である青銅はおそらく中国本土か朝鮮半島由来のものでしょう。武器は戦いで使うもの。その結果首を討たれた戦士もいれば、このように剣先のない取っ手だけが残った武器もあったのでしょうね。 吉野ヶ里遺跡出土の貝輪 同上 これは貝殻をスライスして作った貝輪です。腕などに装飾としてはめました。原料はイモガイです。沖縄などの南の島でしか採れません。この時代以降に日本列島で装飾品として使われたスイジガイ(水字貝)、ゴホウラガイ、タカラガイ(宝貝)などは全て南島から届いたものです。既にこの時代から「物流」があったことが分かります。卑弥呼の腕にも、このような貝輪がはめられていたのでしょうか。 茨城県常陸太田市泉坂下遺跡出土人面つき壺型土器 弥生中期(2千年前) いわゆる「弥生式土器」ですが、珍しいことに壺の上部に人の顔がついています。 これは上の写真を部分的に拡大したものです。口の周囲と目の周囲にギザギザが刻み込まれています。これは刺青(いれずみ)を表現したものと考えられています。「魏志倭人伝」にも、当時の倭人(日本人)が顔などに刺青をして水没(潜水)して魚を獲っていたいたことが記されています。 茨城県常陸太田市泉坂下遺跡出土人面つき壺型土器 同上 これも同じ遺跡から出土した人面がついた土器です。これをどんな風に用いたのでしょうね。私には呪術性が高いように思えるので、宗教的な儀式に使ったのではと考えているのですが。 これも上の写真を拡大したものです。口と目の周囲に刺青と思われる線刻があります。これが当時の風習だったのでしょうね。実は沖縄にも近世まで刺青の風習が残っていました。潜水漁法は今でも沖縄で行われていますが、顔などの刺青はその際に魚を鎮めるための呪術だったと思われます。常陸太田市は少し内陸部にあるので、多分海の漁とは関係ないはずですが。 和歌山県日高町荊木遺跡出土銅鐸 弥生中期(2千年前) この銅鐸には「六区袈裟襷紋」が施されています。6つに区切ったスペースの中に、袈裟(けさ)のような斜めの襷(たすき)が架かっている紋と言う意味です。銅鐸の使用方法はまだ十分明らかになっていませんが、収穫時にこれを鳴らして祝ったとも言われています。つまり楽器として使った訳です。銅鐸の中には、「べろ」のようなものが残っていたものがあり、ちょうど「風鈴」のような使い方だったとも言われています。 徳島市国府町西矢野遺跡出土銅鐸 弥生中期(2千年前) これも和歌山県出土の銅鐸と同じ紋が刻まれています。同遺跡は弥生時代のものですが、周囲には古墳群があると聞いています。また奈良時代には阿波国の国分寺と国分尼寺が置かれています。そうすると少なくても弥生時代から奈良時代まで、この周囲は徳島県でも最先端の文化を保ち続けていた文明の地であったことが分かります。出土品には、遠い祖先の暮らしぶりが分かるものも多いのです。 応神天皇陵出土水鳥型埴輪 古墳時代中期(1600年前) 応神天皇は第14代の天皇で、実在の人物と考えられています。墓陵は大阪府羽曳野市にある前方後円墳です。天皇陵を発掘することはないため、この埴輪がどんな経緯で発見されたのかは不明ですが、恐らくは陵の表面に落ちていたのを拾ったのではないでしょうか。継体天皇陵である今城塚古墳から出土したのは鶏型埴輪で、応神天皇陵からは水鳥型埴輪。古代の天皇の傍には鳥がいたと考えると、微笑ましくなりますね。 奈良県御所市鴨都波1号墳出土三角縁神獣鏡 古墳時代前期(1700年前) 三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)は、中国皇帝が卑弥呼の使者に下したと考えられている重要な鏡で、国内でもかなりの数が発掘されています。だが、中国本土では1枚も見つかってないのが謎です。鏡の断面で、縁が三角形をしており、裏面に神像と神獣が刻まれているのが名前の由来です。最近の学説では国内で鋳造されたのではないかとも考えられており、謎は深まる一方です。 御所市鴨都波1号墳出土勾玉 同上 めのう製の勾玉(まがたま)です。一説によれば勾玉は胎児の形を模したものと言われており、呪術的な要素が濃い装飾品です。巫女(みこ)や尊い身分の女性が身に付けたと考えて間違いないでしょう。琉球王朝時代の最高神職である聞得大君(きこえおおぎみ)も巨大な勾玉を身に付けていたことが知られており、一部は今でも残っています。恐らくは卑弥呼の体もこのような勾玉で飾られていたのでしょうね。 御所市鴨都波1号墳出土紡錘車 同上 これはめのう製の紡錘車(ぼうすいしゃ)です。紡錘車は糸を縒(よ)る際に、真直ぐになるよう整える役目を果たす装置です。貴人が直接使う道具ではありませんが、再び生き返った時暮らしに困らないよう、墓に入れた「ミニの道具」の一つです。私も高校時代に仙台市の遠見塚古墳の周辺で滑石製の紡錘車を拾ったことがありました。ツルツルした見事なものでした。今から50年以上も前のことですが、畑の表面には土器の破片が幾らでも落ちていたのです。<続く>
2014.07.10
コメント(12)

6月下旬のある日、私は妻と一緒に多賀城市にあるアヤメ園へ行きました。その日は花ショウブを見るだけでなく、東北歴史博物館で開催中の特別展『日本発掘』~発掘された日本列島2014~を観ることも目的の一つでした。考古学ファンにとって、地元にいながら全国の遺物を観られるなんて滅多にないチャンスですからね。 幸いにもこの展示は撮影を許されていたため、私はメモを記しながら展示物を撮っていたのです。掲載はほぼ展示順ですが、枚数の関係で一部入れ替えています。では早速紹介しますね。歴史や考古学が苦手な方も、写真を観るだけでも楽しめますよ。 北海道赤石山遺跡出土の黒曜石 旧石器時代(1万5千年前) ガラス質に近い黒曜石(こくようせき)は矢じりやナイフの材料として貴重な存在でした。北海道赤石山は国内でも有数の黒曜石の産地で、しかも質が良いことで知られています。ここの黒曜石は青森県の三内丸山遺跡でも使用されています。きっと丸木舟を漕いで津軽海峡を渡ったのでしょうね。 青森県三内丸山遺跡出土の縄文土器 縄文前期(5500年前) 三内丸山遺跡は我が国を代表する縄文時代の遺跡で、数千年に亘って村落が継続されています。最大の人口は500人と言われ、当時としては大きな町でした。漁労、狩猟の他、集落の近くでクリやエゴマなどを栽培したことも分かっています。立派な縄文土器ですが、実用的なものも多かったようです。私は2度この遺跡を訪れていますが、園内は無料で見学することが出来ます。 三内丸山遺跡出土の土偶 同上 三内丸山遺跡からは大量の土偶が出土しており、江戸時代から周囲の人々は周知していたそうです。ほとんどは儀式で用いられバラバラに壊されていますが、無傷のものの中には重要文化財に指定された土偶もあります。同遺跡には大人用の墓が道路に沿って並んでいます。また漆を施した櫛や、「縄文ポシェット」と呼ばれる布袋も出土し、長さ50mほどのロングハウスや高さ20mもの建築物も建てられ、高度の文化があったことが知られています。 新潟県野首遺跡出土の火焔式土器 縄文中期(4500年前) 縄文土器の一種で、火焔が燃え上がっているように見えることから、「火焔式土器」と呼ばれています。実に見事な造りで、縄文人の芸術性と感性の豊かさに驚かされます。私は新潟県立歴史博物館(長岡市)でも実物を観ていますが、立派な展示物が多いことに驚いたものです。 新潟県野首遺跡出土の土偶 同上 重要文化財 同遺跡出土の土偶は無傷で、国の重要文化財に指定されています。縄文人の平均寿命は27歳と言われています。乳幼児の死亡率が高いことが第一の原因ですが、自分達の長命と子孫の繁栄を願って土偶が作られたのでしょうね。 同遺跡出土の土面 同上 重要文化財 これは土面と言われるものです。恐らくは宗教的な儀式に用いられていたと思われます。この白い顔をしたのは死者でしょうか。それとも神と意思を通じ合う巫女のような存在かな?神々しい表情を浮かべるこの面は、国の重要文化財に指定されています。 大阪府高槻市今城塚古墳出土の家型埴輪 古墳時代(1500年前) 大阪府高槻市にある今城塚古墳は被葬者が不明のまま、中世は山城として使われていました。ところがつい最近の発掘調査で、継体天皇陵であることが分かったのです。 当時は天皇家の血筋が絶え、北陸にいた天皇家にゆかりのある人物が世継ぎとして迎えられたのです。それは「継体」と言う字にも表れています。彼の妻は琵琶湖の交通を制していた息長(おきなが)氏。夫人の実家の援助も大きかったことでしょう。 同古墳出土の家型埴輪 同上 天皇家の遠い血筋と言うだけの人物は、実力派豪族の支持を得られず、30年もの間都に入れなかったと伝えられています。奈良から離れた高槻市に墓陵を造ったのもそのせいでしょう。 宮内庁が管理する「継体天皇陵」は隣の茨木市にあります。これはもっと小型の整った古墳。今城塚が天皇陵に指定されなかったお陰で、自由に古墳を発掘出来た訳です。これらの家型埴輪は、ひょっとして当時の王宮を模したものではないでしょうか。 同古墳出土の力士型埴輪 同上 同古墳の付近には「埴輪工場」と呼ばれる、当時の工房跡が残っています。恐らくは継体天皇陵(今城塚古墳)の埴輪を専門に焼くためのものと考えられます。同古墳は周濠を持つ、天皇陵に相応しい造りです。大阪勤務時代に、私は高槻市に住んでおり、この古墳へも何度か訪れています。だから、ここが本当の継体天皇陵だと分かった時は、大変驚きました。相撲は古代から重要な神事で、当時の力士の伝説も幾つか残されています。 同古墳出土の太刀型埴輪 同上 この長い棒は何に見えますか?これはどうやら太刀のようです。力士型埴輪も珍しいですが、この太刀型埴輪の出土も珍しいですね。鉄製の武器は当時は貴重品でした。これを持っているのはやはり権力者だった何よりの証拠ですね。 同古墳出土の鶏型埴輪 同上 天皇陵に鶏とはビックリですね。恐らく鶏は時を告げる鳥として、神聖なものだったのでしょう。真っ暗な夜が明けて朝になる頃、一番先に大きな声で鳴くのが鶏。これを当時の人々は慶事と感じたのでしょうね。 同古墳出土の巫女(みこ)型埴輪 同上 当時の政治に巫女は欠かせない存在でした。政治は神の託宣に従うことであり、神の意志を伝える巫女は王と同等の立場にあったのです。あの有名な卑弥呼がそうですね。古い時代は祭政一致。祭事(まつりごと)はまさに政治(まつりごと)そのものだったのです。 長崎県対馬市黒島遺跡出土の広形銅矛 弥生中期(2千年前) これほど立派な銅矛はあまり見かけませんね。しかも複数の出土です。対馬は朝鮮半島へ向かう途中にあり、古代から日本と半島を繋ぐ重要な役割を果たしていたのです。日本神道の源流の一つがこの島にあると聞きました。古代から天皇家との結びつきが強く、これらの矛も権力の大きさを物語っているようですね。 奈良県山田寺跡出土の十二尊連座塼仏(復元) 飛鳥時代(1400年前) 旧山田寺は「山田大仏」の仏頭で有名ですね。この跡地から土で作った仏像の型が出土しています。これは復元されたものですが、貴重な存在であることは間違いありません。言わば小さな仏像を一度にたくさん造る装置です。それに金メッキを施し、丁重に扱ったのでしょう。当時の人々の仏教に対する熱い想いが伝わる一品です。<続く>
2014.07.09
コメント(16)

7月のある朝、私は郵便受けを開けた。雨で少し濡れた新聞の下に、2通の封書をみつけた。1通は妻宛てで、もう1通は私宛て。濡れて切手が剥がれたその封書の裏側の住所と差出人の名前を見て、私は何が起きたのか瞬時に察した。知らない女性の名前だが、住所と姓は分かる。Nさんの身に、一体何が起きたのだろう。 自室に戻って封書を開けると、中に1枚の紙片が入っていた。上段に奥様の挨拶文。何とNさんは今年の5月に亡くなっていたのだ。ようやく49日の法要を終え、亡きNさんの希望により、生前お世話になった方にNさんが用意した挨拶文を送った由。下段にはNさんが書いたお別れの文章が記されていた。以下にその全文を紹介したい。 私Nは、ガンという不治の病によりまして亨年69歳をもって人生を終えることになりました。 ここに、生前、あなた様からお受けいたしました数々のご厚情に対しまして衷心より幾重にも厚く御礼申し上げます。 長年にわたるご厚情は、私の生きる喜びでした。 それは「宝」でもあり、「見えざる財産」の一部でもありました。 悠久なるあの世の楽しみのために、生前好んだ本やテニスボール、日記等の一部を持参いたします。 先に旅立った黄泉の国の方々と堅い契りを交わし、再びまみえた喜びをゆっくり分かち合いたいと思っています。 在世中は本当にお世話になりました。心からの感謝を捧げます。 この挨拶文を、果たしてNさんはどんな気持ちで準備していたのだろう。まだ40代前半の頃、私は四国の小さな都市で新しい大学の図書館を作っていた。そこへ九州の小さな都市の新しい大学に勤めていた彼が、見学に来たのだった。彼はある有名大学の秘書係長をしたことがあると話していた。そのまま行けばエリートコースで、大学内ではかなり偉くなっただろう。だが彼はその後、故郷に出来た新しい大学での勤務を選んだ。 私はその後、彼の勤務先を訪ねたことがあった。それ以来26年ほど年賀状のやり取りが続いていた。本が好きな彼は市内の古本屋から古本を買って読み、自宅には2千冊以上の本が集まり、書庫を新設したと聞いた。彼はシニアテニスの県チャンピオンでもあった。つまり文武両道だ。自慢の子息は2人とも国立大学に入り、1人は医学部卒、もう1人は工学部卒で、共に研究者の道に進んだと聞いた。 私はそれから転勤族となって全国を異動し、彼はそのまま地方の小さな大学に勤め、最後は慣れない分野の仕事に携わったようだ。人生でたった2回しか会ったことのない彼が、その後も熱心に手紙をくれ、時には私のブログにコメントをくれたこともあった。結局お互いにあまり偉くはならなかった。その原因はゴマ擦りが下手なこと。自分を誤魔化してまで相手に頭を下げるのが嫌いだったのだ。 男らしくて誠実そのものだったNさん。一緒に仕事をしたことはなかったけど、あなたと知り合えて本当に嬉しかったよ。素晴らしい奥様や息子さんに恵まれて良かったね、Nさん。そのうちに私もそっちへ行くので、その時はまたお話をしましょう。それまでNさん、ゆっくりと休んでくださいね。では、ひとまずさようなら。そちらの世界でも、どうぞお元気で~。
2014.07.08
コメント(22)

「仙台市八木山動物公園」の動物達の紹介も最終回です。今日はエース級が続々登場しますよ~♪ 何だか眠いわ~。Zzz・・・ ボクも同じ。Zzz・・・ 君達、良くそんなに眠れるねえ。オレなんか目が冴えてねえ。 byベンガルタイガー わたしはカバ子。やっぱり水の中は気持ちが良いわ~♪ ボクはカバ男。おなかが空いたから、餌ちょうだい!! ほら、早くってば~!! のっしのっしと歩いているのはアフリカゾウだぞう。 ゾウさん、ゾウさん、お鼻が長いのね そうよ、母さんも長いのよ~ キリンさん、キリンさん。あなたはどうしてそんなに首が長いの~? そう言われても、ボクの首が長いのは生まれつきでね。 優しい目をしたキリンさんがそう答えたのさ。 そうそう、ボクの首が長いのは・・。うん、な~に? こんなふうに、高い所にある木の葉を食べるためなんだけどね。ふ~ん。とっても便利な首なのねえ。<おしまい>
2014.07.07
コメント(14)

今日も仙台市八木山動物公園の動物達を紹介しますね。この日は病院の帰りに、すぐ近くの動物園に寄って見たのです。仙台市では65歳を過ぎた人に「豊齢カード」と言うのが配られ、市営の施設のほとんどが無料で入場できるんですよね。さて、今日はどんな動物達が出て来るのかな。始まり、始まり~!! ボク達はニホンザルだよ~ん。この動物園のサル山に、15匹で住んでるの。時々は喧嘩もするけど、家族みたいなものさ。 顔は赤いけど、別に酔っ払っている訳じゃないよ。これがボクラのいつもの顔なんだ。 見て見て~っ。私の自慢の赤ちゃん♪ 私と赤ちゃんはいつもこうして一緒なのよ。 僕らはヒヒ。サルの仲間だけど、鋭い牙を持っててね。これでも案外強いんだ。 そのせいか、こんな狭い檻に閉じ込められてねえ。本当は自由なジャングルに帰りたいんだけどなあ。 強いサルと言ったら、やっぱりボクだろう。名前はゴリラだよ~ん。 ボクが住んでるのは檻ではないけど、一人じゃ淋しいんだよな。目下婚活中。誰かお嫁さんになってくれない? おや、雨だ。それに見学者が爺さん1人じゃつまらないや。 わたしはホッキョクグマ。生まれは北極に近い氷山よ。仙台は冬は寒いけど、それ以外は結構暑いのよねえ。 本当は生きたお魚など食べたいんだけど、案外果物も大好きなのよ♪ そうかなあ。やっぱりボクは肉が好き。仙台名物の「牛タン」なんか、さぞかし美味いだろうなあ。 でも今日も野菜と果物。これじゃ力が出ないんだよなあ、園長さんってば~!! わたしはレッサーパンダ。パンダと付いてても、アライグマの仲間なの。結構可愛いでしょ?ウフフ♪ わたしはミャンマーの奥地から来たんだけど、仲間は中国南部の山奥にもいるんだって。会ってみたいわ~!!<続く>
2014.07.06
コメント(16)

今日も「仙台市八木山動物公園」の動物達を紹介しますね~♪ 今日のトップバッターはホシガメです。頭は左側にありますよ~♪ 背中の白い星が良く目立ちますね。 こちらはゾウガメ。同じく「爬虫類館」で飼われています。 ゾウガメの甲羅は、とっても頑丈そうですね。重い体で、ノッシノッシと歩いています。 こちらは南の国からのお客様、アカカンガルーですよ~♪ こちらはトカラヤギです。皆さん、トカラってどこだか知ってますか~? トカラは鹿児島県の屋久島と奄美大島の間にある、東シナ海に浮かぶ12の島々なんですよ。中には無人島もありますけどね。 僕達の島も狭かったけど、動物園はもっと狭いねえ。 でもこの切り株、気持ちが良いね。何だか生まれた島を思い出すなあ。 私はロバの花子。皆さん、ロバのパンって知ってますか~?あれも私達の仲間なんです。どうぞよろしくね~!! ボクは対州馬って言うの。生まれは長崎の対馬なんだよ。対馬馬だと馬が重なるから、こんな名前になったんだ。 おいおい、アップで撮るのはよせよ。僕は日本古来の馬でね。体は小さいけど、すばしっこいんだ。 私はアフリカから来たシマウマよ。ゼブラって言う、洒落た名前もあるけどね。 お尻を向けて失礼!!でも私のヒップラインって素敵でしょ? この動物園って、草が少ないのが困るのよねえ。ちょっと何とかならないのかしら?<続く>
2014.07.05
コメント(16)

6月下旬のある日、私は病院へ行きました。その帰りに寄ったのが動物園です。正式な名前は「仙台市八木山動物公園」。昭和の初め、東京の「花屋敷」が手放した動物達を引き取って作ったのがこの動物園の起源のようです。ここへ寄ったのは、ブログネタを探すため。今でもあまり大きな動物園ではなく、飼育されている動物達の種類も限られていますが、たまには動物園の雰囲気を味わっていただけたら嬉しいです。では、早速紹介しますね~!! 最初に登場するのはオオワシです。なぜって、ここは東北楽天の地元ですからね。つまりイーグルスって訳。今は最下位に沈んでいるけど、日本一になった去年の戦いを思い出してほしいな。 次に登場するのはトンビ。普通動物園じゃあまり飼ってないんじゃないのかなあ?それでも良いのです。普段こんな間近にトンビを見ることなどないですもんね。 トンビも猛禽類の仲間なんですかねえ?結構鋭い目つきをしてますよ。まあ目が良いのは確かだね。だっていつも高いところから、餌を探しているもんね。 こちらは白鳥。優雅な雰囲気があるのはさすがだねえ。 ふふふ。誰です、「白鳥の湖」を思い出すなんて言ってるのは? こっちはシジュウカラガンって言うみたいですよ。シジュウカラに羽根の色が似てるからなのかなあ? こちらは餌をついばむのに夢中になってますね♪ どれもみな同じような表情をしてるけど、鳥にも感情はあるんだろうか? こちらは白鳥と同じ鳥小屋で飼われていた鳥。幾つか名札が出てたけど、無難なのは「ガン」かもね。 フラミンゴって、案外華麗じゃないかなあ。長い首もよくそんなに曲がるねえ♪ フラミンゴ達は集団で暮らしています。数えたら10羽以上はいましたよ~。 中でもこのトキ色のは良く目立ちますね。色が鮮やかできれいだねえ♪ 今日の最後はヘビですよ。もし嫌いな人がいたらゴメンね~!!名前は知りません。緑色をしてるこのヘビは外国産だね、きっと。 私もヘビは好きじゃないけど、これは大人しそうで、そんなに厭じゃなかったね。でも他の動物より、少し小さめにしておいたからね。これで今日はお終い。続きはまた明日ね~!!<続く>
2014.07.04
コメント(20)

「いわて銀河」スタート前 「いわて銀河」の完走記を書き終えた後、「認定書」と完走メダルは捨てた。そしてフルマラソン以上の完走リストに1行、今回の記録を付け加えた。思い出は自分の頭の中にあれば良く、残しておいてもゴミになるだけだ。これで100kmレース時のリタイヤ分も含め、「レース」で42.195km以上を走ったのが100回になった。自分としては十分意味のある記録で、いずれそのことについて記したいと思っている。 < 6月のラン&ウォーク > ラン:4回71km ウォーク:20回69km 月間合計:140km 年間合計:1060km うちラン:647km これまでの累計:84741km 6月は全くと言って良いほど走れなかった。「いわて銀河」の50kmも含めてわずか71km止まり。ウォークの距離も延びなかった。レースの疲れがずっと取れず、めまいや息苦しさも感じた。きっと微細な不整脈が出ていたのだろう。月の後半になって、幾分体調は戻った。そこで改めて「権利」を行使すべきかどうかを考えた。 あれは確か2月頃だったと思うのだが、今年のレースや旅行について妻と話したことがあった。それで2人の予定を確認したのだ。私のレースに関しては、宿泊を伴うものが2回までとし、その他に「古稀祝い分」として久しぶりに沖縄で走ることを認めてもらっていた。その沖縄分を活かすのか、それとも捨てるのか。 もし行く場合は、12月第1日曜日にある「NAHAマラソン」を考えていた。確か今回で13回目の参加で、申し込みは8月1日からのはず。首尾良くエントリー出来れば、沖縄の走友にも会えると思う。奥武山グラウンドの集合場所が決まっているためだ。だが2万5千人もの参加者数と、6時間15分の制限時間、そして幾つかの坂道があるあのコースは、走力と筋力が落ちた今の私にはかなりきつい。 だが、10月末の「久米島マラソン」はコースがフラットで、制限は7時間。これなら何とかなりそうな感じ。ネットでの申し込みは6月下旬からだったが、大会本部にメールして要綱を送ってもらい、郵便振替でエントリーした。 妻は驚いたようだが、これは話し合って決めたことなので、最終的には納得してくれた。問題は「足」と「宿」の確保。既にツーリスト数社が押さえているせいで、全く「空き」がないのだ。 そこで沖縄へ行く時はいつもお世話になっているツーリストを訪ねた。ここで3時間以上粘って、何とか「足」と「宿」は確保した。さらに本社の「マラソンツアー」に空きが出たら、再検討することになった。 最近5年平均の10月末の久米島は、最低気温が24度で最高は25度。涼しくなった仙台から行けば、きっとその温度差に苦しむことだろう。それに4カ月後の体調がどうなっているかは分からない。最近は1日の中でも、体調が激しく変化することがある。 ともあれ、「久米島マラソン」が私の引退レースになることは間違いない。大好きな「NAHA」で沖縄の走友と会えないのは残念だが、それもまた運命。そして、わが東北楽天がキャンプでお世話になっている離島を、最後のレースとして走るのも何かの縁だろう。 南の島での42.195kmを楽しめるよう、何とか体調を整えたいと思う。たかがマラソン、されどマラソン。ランニングに寄せる想いは尽きない。
2014.07.03
コメント(10)

6月末のある日、私は妻と共に多賀城跡のアヤメ園へ行った。ニュースで「あやめまつり」が開催中であることを知ったためだ。会期は6月24日から7月6日までの2週間みたいだ。 アヤメ園は1haの敷地に約500種の花ショウブやアヤメが咲いている。本数は300万本だ。ここは多分多賀城市の管理下にあるはず。これだけ見事な花を、無料で観られるのが嬉しい。この日は平日だったが、史跡国府多賀城の見学と合わせて結構人出があったように思う。 それぞれの種類ごとに名前を書いた札は出ているが、私はきっと混同すると思いメモはせず、愛用のデジカメを向けていた。 それにしてもたくさんの花ショウブだ。私が撮ったのは全体の種類の10分の1にも満たない。そして観た範囲も5分の1ほどのはず。広大な敷地のどこかには、きっとアヤメも咲いていたのだと思う。 それにしても日本人の美意識は凄い。基になった花を何代にも亘って交配し、最後はこのような華麗な鑑賞用の花に仕上げるのだから。その追求心と技術力には驚かされるばかりだ。 これは少し離れた高台から撮った写真だが、それでも全体は写っていない。この日は幼稚園児が遠足に来ていた。その列が小さく見える。 いずれアヤメかカキツバタと言いたいところだが・・・。 30分ほどブログ用の写真を撮り、私と妻は次の目的地である国府多賀城跡へと向かった。その模様はまたの機会に紹介したいと思う。<完>
2014.07.02
コメント(16)

6月末のある日、多賀城跡にあるアヤメ園へ行くことにした。テレビのニュースで、「あやめまつり」が開催中であることを知ったためだ。場所は分かっているし、アヤメは絵になる。それに国指定の史跡である国府多賀城とその付属寺院である多賀城廃寺を久しぶりに見たいし、東北歴史博物館で開催中の特別展「日本発掘」もそのついでに観たい。そんな欲張った気持ちで妻と出かけたのである。 アヤメ園はJR東北本線「国府多賀城駅」から歩いて10分ほどの場所にある。目の前には多賀城がある丘が見える。広さは1ha。種類は500種類もあって、本数は300万本。会期は6月24日から7月6日までの2週間だ。だが、これは後日ネットで調べて分かったこと。この日は何の予備知識もなく、花を観て廻っていた。そして、アヤメ園とはなっているが、私達が見たのは全部花ショウブだろう。私はそう思っていたのだ。 こんな風に別な種類と思われる花ショウブを次々に写して行く。名札はあるが、メモは取らない。おそらくメモしても混同することになる。私はそんな風に考えていた。それにしても種類が多い。これでもまだ10種類も撮ってないのだ。 これは隣の小高い丘からアヤメ園を遠望したもの。全体の広さはこの10倍以上はあるだろう。これが無料で観られるのだから嬉しい限り。 これはアヤメ園へタブレット端末を向ける妻。彼女は撮った写真を基にして、油絵を描こうとしていたようだ。果たして絵になる景色が撮れたのかどうか。<続く>
2014.07.01
コメント(14)
全31件 (31件中 1-31件目)
1

![]()
![]()