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今回の入院を機に、「迷子札兼延命治療お断りカード」を書き替えた。「迷子札兼延命治療お断りカード」は、世間に広く存在するのではない。私が独自に作って、運転免許証や財布と共に持ち歩いていたものだ。書いてある内容は、連絡先の電話番号や、血液型、延命治療お断り、だったが、今回の入院で、点滴用のポートを右腕上腕に留置したため、右腕上腕での血圧測定禁止、通院先の担当科のデータ、などを書き加えた。そして、このデータを常時持ち歩くために、ネクストラップで下げるようにした。画像上は、オリジナルのpasmo。その裏に、「医療情報等在中」として、上記のことを記してある。一見、年寄りの迷子札であるが、おそらく、この先数年は、迷子札としてよりも、医療情報として、何らかの役に立つのではないかと思っている。この医療情報カードの存在を、我が家のさっちゃんにも知らせた。万一の時に、「知らなかった」では、混乱するからだ。「へ~~、いつ死んでもいいと言いながら、生きのびたいんだ」と言われたが、私が知らせておきたいのは、「延命治療」のことだ。その内容については、明日のブログで。
2018.06.30
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ビューカードのアホと戦ったことを、数日前のブログに書いたが、説明不足の点などがあったので、思い出したくはないが、もう一度。私が持っているビューカード(VIEW CARD)は2枚。1枚は、かなり以前から使っている、ビックカメラのSUICAカード。(画像上)当時、クレジットカードとSUICAが一緒になっていて、オートチャージができる唯一の年会費無料のカードだったので、これをメインに使っていた。で、65歳になった時、JRの料金が3割引になる、ジパング倶楽部(大人の休日倶楽部)に入った。会員証イコール、大人の休日倶楽部のビューカードなので、年会費を支払うためだけに、このカードを持った。(画像下)大人の休日倶楽部は、夫婦で加入すると、年会費が安くなるので、我が家のさっちゃんと一緒に加入し、割引の年会費(すなわちカードの利用代金)は、我が家のさっちゃんの口座から引き落とすことになった。このような前提があり、先日の、ビューカードのアホとの戦いになった。ビューカードのアホは、 「大人の休日倶楽部の引き落とし口座が、最新のデータなので、 そこに、航空券の払い戻し金額を振り込んだ」と平気で言い切った。「私の口座に払い戻すのが常識だろう。支払をやり直せ!」「当社としては、支払は完了していますので、これ以上は対応できません」「私は返金してもらっていない。私の管理下にないのだから、返したことにはならない」「奥さんの口座に入っていますので・・・」「家内の通帳を見ることも出来ていない。私の口座に返せ」「すでに返金は完了しています」「私は、家内の口座に振り込むことを了承していない」というやり取りを、アホと小一時間続けたのだった。「頭に来ても アホ とは戦うな!」というが、このアホは、無視できなかった。ビューカードがアホの根源だが、そのアホを正せない社員も、これまた、アホだった!
2018.06.29
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お土産をいただいた。今どきそれほど珍しくない「白い恋人」だ。しばらく開封せずにあったのだが、賞味期限が切れたらいけないので、食べることにした。ら・・・「白い恋人」ではなく、「面白い恋人」だった。見た目は「白い恋人」だが、よく見れば「面白い恋人」だ。あったよ、あったよ・・・そんな話と、裁判が。確か、大阪の吉本興行関連の会社がおもしろ半分で作った、みたらし味の菓子で、パッケージは「白い恋人」に酷似していて、「面白い恋人」と名付けた騒動が。本家、石屋製菓は、損害賠償と販売停止を求めて提訴したが、「面白い恋人」の販売地域を限定することで和解したとの記憶がある。とは言え、関西方面に旅行した人の目には、「面白い」と思われるようで・・・いや、「白い恋人」と勘違いして・・・・買うのかもしれない。石屋製菓はどんな思いがあって和解に応じたのか、分からないが、こうして、我が家にも「面白い恋人」が届くのだから、その売れ行きは良いのではないだろうか?
2018.06.28
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田村耕太郎著「頭に来ても アホ とは戦うな!」のことを、数日前のブログに書いたが、なぜか、アホと戦うことになってしまった。それは、アメリカ行きの航空券のキャンセルによる払い戻し。本来なら、今頃、アメリカで17年セミと戯れていたはずなのだが、予期せぬ入院で、アメリカ行きをあきらめ、払い戻しの手続きをした航空券だ。支払は、ビューカード。なので、ビューカードから、払い戻しの通知が来た。が・・・が、である・・・なんと、我が家のさっちゃんの口座に振り込んだというのだ。そんなバカな!我が家のさっちゃんもビューカードを持っているが、私名義の口座に振り込むのが、常識というものだ。当然に、カードの利用代金は、私名義の口座から引き落としになっている。なのに、返金だけが、さっちゃんの口座なのだ。そんなアホな・・・・「アホとは戦うな」を読んだばかりなので、抗議の電話をためらったが、このアホは正すしかない、と思い、電話をした。案の定、待たせるだけ待たせたあげく、のらりくらりの言い訳の連続となった。 「私の言っていることが分かるか?」 「私の言っていることに間違いがあるか?」 「夫婦といえど、口座は別だ。なぜ、引き落としの口座に戻さないのか?」 「私の口座に入れ直せ!」この私の問には「分かります」「そのとおりです」と答えるのだが、「今後の参考にさせて頂きます」と、論点がズレていく。やはり、「頭に来ても アホ とは戦うな!」のとおりで、時間と電話代の無駄だった。ま、大人の休日倶楽部のビューカードを解約する気にさせてくれたのは、アホのおかげである・・・と、思うことにした。
2018.06.27
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北大阪地方の地震で、にわかにブロック塀の倒壊が問題になっている。これまでの地震でも、何回も、何カ所も、ブロック塀が倒壊しているのに、小学生が犠牲になると、目が覚めたように、反省を繰り返している。私の散歩コースにも、学校のプールを目隠ししたブロック塀が何カ所かあり、そのうちのいくつかは、高すぎないか? 地震で倒れないか? と思っていた。学校側は、鉄製のフェンスではすき間があって、そこから中が覗かれることを心配して、すき間の生じないブロックで塀を積み上げたのだろうが、強度を考慮したのかは疑問だ。と、私自身も、「そう言えば、近くの学校もそうだった」と、気づいていながら何もできなかった後ろめたさを感じるのだが、これを機会に、先回りして、気づいたことを書いておこう。画像は、我が家近くの電柱。右側は、JRの高架で、電柱の支線を張る場所がない。左側は、柱上トランスが左側に乗せてあり、左方向に太い配線がなされている。当然ながら、電柱は左へ傾いていくが、何年もこのままだ。少しずつ、傾きが増しているようにも思える。もしこの電柱が折れたら、単なる停電では済まないだろう。歩行者、通行車両に、少なからず損傷を与えるものと思われる。・・・・と、ここに書いただけではダメなのは、百も承知だが・・・
2018.06.26
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「頭に来ても アホ とは戦うな」(田村耕太郎著、朝日新聞出版)を読んだ。新聞広告に何万部増刷、とあり、タイトルに惹かれて、図書館に予約した。いつもの事ながら、買うほどのことはないだろう、という判断だ。在庫部数が多いので、半年も経たずに順番が回ってきた。タイトルが言うところの「アホ」は、「わざわざ戦ったり、悩んだりする価値のない人間」だといい、そのアホを正そうとするのは時間の無駄だという。著者の経歴を見ると、優秀な大学を出て、留学し、一流企業に就職し、後継ぎとして企業を経営し、落選を繰り返して政治家となり、学者に転身している。タイトルは過激だが、この内容には同感する所が多々あった。この種の本は、著者が偉そうに、どこかで聞いたことのありそうなことを、自分流に変換して、読者に押し付けるものが多いが、「頭に来ても アホ とは戦うな」は、すべてが、著者の経験を基に書かれている。そして、その経験は、鼻高々のものではなく、反省をして振り返った経験なので、読んでいて、姿勢の低さというか、物事の考え方の基本を教えられる。著者は最終章で、「アホとではなく自分と戦え」と書いている。「他人の人生を生きていないか」、久しぶりに、すっきりはっきりとする本を読んだ。「他人の人生を生きていないか」という項目に本の紹介があった。「死ぬ瞬間の5つの後悔」で、オーストラリアの看護師が、緩和ケアに働いていた時に見聞したことをまとめた本だといい、 「他人の期待に応えようとするばかりの人生でなく、 自分が真に生きたいと思う人生を生きる勇気を持っていたかった」というところから書かれているという。「死ぬ瞬間の5つの後悔」、この本も図書館に予約した。予約待ちはゼロ。すぐに該当図書館に来ることだろう。
2018.06.25
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退院後、はじめて、化学療法のために通院した。化学療法というのは、早い話が、抗がん剤投与による治療のこと。入院中に一回、点滴による化学療法があったのだが、通院での化学療法は、投薬なのか、注射なのか、点滴なのか、想像できなかったが、私の場合には、腕に専用の点滴ポートを作って、そこから点滴することとなった。血液検査をして、データの説明を受け、これこれこういう薬を点滴する、副作用は、こういうことが予測できる、との説明があり、点滴専門の部屋に送られた。長距離空路のビジネスクラスの座席を思わせるリクライニングのシートの、カーテンで仕切った小部屋で、4時間、6種類の点滴を受けた。画像上は、電動式の点滴器。指圧の要領で、点滴の管に圧を加えて、正確に点滴をする。一つの点滴が終わると、終了通報が出て、看護師が点滴を交換に来る。で、次の画像が、腕に施された点滴セット。7種類目の点滴で、これが、48時間掛かるので、点滴を差したまま、帰宅となる。この姿で電車に乗るわけにはいかないので、長袖で被って、帰ってきた。で、48時間後には、自分でこの点滴を外す。病院で、点滴の外し方、消毒の仕方、止血の仕方を教えられるのだが、片手が使えない状態での作業は大変だった。そして、3枚目の画像は、この点滴セットの全体を写したもの。右下のカプセルに点滴液が入っていて、その下にある袋にカプセルを入れて、首から下げるか、胸のポケットに入れるようになっている。管の途中に、フィルターや温度センサーが付いていて、先端の黒い部分が、点滴の針。最後は、点滴の針を抜く前に、画像下の注射器で、管の中に生理食塩水を流して、管が詰まらないようにするのだが、自分の体に・・・血管に、こんなことをすることになるとは夢にも思っていなかったので、かなりのカルチャーショックがあった。この点滴が、2週間おきに、あと2回、予定されている。この作業が自分でできない場合には、入院することになるのだろう。病室の隣にいたリピーター患者は、そうだったのかもしれない。
2018.06.24
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入院中にTVで見たのが、醤油スプレー。醤油の使いすぎ、塩分摂りすぎ、の抑制になるという。入院中の食事の、食塩相当量は、1食、1.5 ~ 3.5gほどで、普通の醤油は、大さじ一杯で、食塩相当量が、2.5gほどあり、刺身や大根おろし(しらす大根など)を食べると、10gを超すというので、今後のためと思い、TVを見た。スタジオのタレントが、「醤油の香りがする」、「掛けるよりスプレーの方がいい感じ」と言っていたので、退院してすぐに、100均で購入した。刺身、大根おろし、餃子、焼き魚、てんぷら・・・などなど、普通の食事になったが、醤油だけは、TVに従って、スプレー掛けにした。確かに、醤油の香りがする。スプレーしただけで、十分に満足できる。食事中にスプレーした回数と同じ回数で、小皿に醤油を出してみると、かなり少ないことが分かる。塩分摂りすぎには少なからぬ効果があると思われる。甥の子(3歳)が、マグロを醤油に泳がせて食べているのが気になっていて、このスプレーの画像をLINEで送ったら、「すでに使っているが、子供は、もはや、スプレー掛けでは満足しない状況になってしまった」、と、嘆いていた。子供の将来を考えたら、今でしょう、と思うのだが。100均には、この他、酢スプレー、油スプレー、というのがあった。健康酢やオリーブオイルをサラダなどに掛ける人向けなのだろうか?私には、無用と思われる。
2018.06.23
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入院中に読んだ本は、どのページからも読める「バラ肉のバラって何?」という雑学本だと、入院中のブログに書いたが、もう一冊読んでいた。それは、「百人一首を楽しくよむ」(井上宗雄著、笠間書院)という本で、見開きの2ページに、一首が解説と共に記載されている。この本も、どこから読んでもいいので、入院中や、長い飛行機移動の時に開ける。たしか、以前のブログでも、アメリカ行きの中でこの本のことを書いている。で、この本の右ページには、作者と、歌と、歌の文字上の意味が書かれ、左のページには、歌の鑑賞と、作者の紹介、語句の解説がある。一首の紹介と解説にこれだけのスペースを使っているので、中身が濃いのだが、残念なことに、作者の紹介、語句の解説の活字が小さく、その振り仮名は、年寄りの目には読めない。また、この本のいいところは、巻末に色々なデータが載っていること。例えば、「むすめふさほせ」の文字で始まる百人一首は、一字札と言われて、7枚しかなく、「む(らさめの・・・)」、「す(みのえの・・・)」、「め(ぐりあひて・・・)」、で始まるのは、下の句(取り札)が、「・・・きりたちのぼる」、「・・・ゆめのかよひぢ」、「・・・くもがくれにし」だ、という具合だ。また逆に、「あ」で始まる歌は16首あって、何文字まで確認しないと、下の句が分からないというデータもある。例えば、「あさぼらけ うぢの」、「あさぼらけ ありあけ」という具合で、かるた取り大会に臨むような雰囲気にさせてくれる。
2018.06.22
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どっちが上で、どちらが下なのか、分からないが、私が10日ほど前まで入院していた病棟には色々な入院患者がいた。点滴ポールに、数個の電子機器を付けて、酸素ボンベからの酸素を吸入し、導尿、導便の管を出す患者もいれば、点滴ポールも何もなしで歩いている患者もいた。ある青年は、酸素を吸入し、導便の管を出し、いつでも吐いていいような器を持ち、広間(面会室)で、半分死んだようにしていた。彼と比べたら、私はまだいい方か・・・・などと思ったのだが、数日後、彼は、点滴だけで歯を磨いていた。「元気に回復されましたね。一時はだいぶ辛そうでしたね」と声を掛けたら、「良くなって嬉しいです」との声が返ってきた。その青年は、数日後、広間で、3時のおやつ(病院食)を食べていた。その頃、私は5分粥だったので、3時のおやつが羨ましく、看護師さんに、「普通食になると、おやつが出るんですか?」と尋ねた。すると、「おやつではありません。一日5食の患者さんです」とのこと。なるほど、青年は、胃の一部を切除したのだろうか?なので、苦しそうにしていたし、その後は5食で、少しづつ食べていたのだ。その青年、私より数日前に退院して行った。快復力は若さに比例するようで、これまた、羨ましい思いだった。
2018.06.21
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読売新聞18日の朝刊、一面の記事。「ルマン トヨタ初V」との見出しと、レーシングマシンの写真に目が行った。伝統のルマン24時間耐久レースで初制覇を飾ったとある。日本のトヨタが、ルマンで世界一になったか・・・と喜んだのだが、どうも、書き方が変だ。他の新聞(東京新聞)を読んでも、よく分からなかったが、このレース、実質、トヨタしか参戦していたなかったようだ。いわゆるベンチャーメーカがどれだけ参戦していたのか・・・それも分からない。ポルシェやアウディーが参戦しておらず、トヨタの独り舞台だったようだ。十両力士ばかりの中で、 横綱が優勝したとしても、嬉しくも名誉でもない。だが、新聞一面での、写真入りでの扱い。これって、何なのだろう?いま流行りの・・・トヨタへの「忖度」なのか?新聞一面で取り上げるほど、大きな出来事なのか?日本のマスコミは、中国などの見栄っ張りマスコミとは違うと思っていたが、日本のマスコミも、同じ穴のムジナだったようだ。
2018.06.20
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昨日の大阪北部の地震、兵庫へ転居した娘から「揺れた」とのメールがあって知った。9時少し前だった。TVを点けたが、分かるのは震度くらいで、TV画面は、揺れを映した数カ所のモニターの画像を繰り返すだけ。で、昼のニュースをNHKで見たが、ニュースの時間を1時間に延長しながら、その内容は、ブロック塀の下敷きになった、小学生と高齢者のこと、水道管の破裂、火災の消火の様子を繰り返すばかり。違うだろう。叫びたかった。地震で生じた被害はいつでも報道できる。新聞に任せてもいい。被害を報道する前に、安心できる情報を流すべきだ。鉄道はどこが動いている、バスはどう動いている、どこに避難所を開設した、断水はこの地域のみ、停電は普及した、橋の崩落はない、電話の不通傷害はない、災害伝言ダイヤルが開設された、この道路は通れる、などなど、住民に安心材料を伝えるのが先だ。風呂屋の煙突が折れたり寺の本堂が崩れたことは、後で報道すればいいことなのに、カメラマンは被害を映したがり、TV局もそれを流したがるが、そんな手柄話のような報道を望む市民はいない。大きな地震の直後の報道は、安心情報が最優先だ。2005年の福岡沖での地震の際、私は、たまたまレンタカーで福岡市内のホテルに向かっていた。ラジオを聞いたのだが、壁が落ちた、塀が倒れたという被害のニュースばかりで、どの道路が通行止めになっているのか、市内に入れるのか、停電しているのか、どの地域が無傷なのか、瓦屋根が落ちることはなかったのはどこか、欲しい情報はまったく報道されず、途方に暮れたことがあったが、いまだに、その報道姿勢は変わっていない。あの時、ホテルに電話をするも、通話規制がされていて通じなかった。安心情報がないので、電話をするしかなく、結果、電話が通じなくなるのだ。それは、旅行者だけではなく、遠くに住む親戚や知人も同じことで、TVやラジオ報道で不安が大きくなるばかりだからだ。結局、のろのろと数時間渋滞に従って市内に入り、ホテルに着いたら、その周辺はまったくの無傷で、ホテルも近くの居酒屋も何事もなく営業していた。こうと分かっていたら、渋滞が収まるまで、郊外で休むかラーメンを食べていたのに、と思うのだった。地震国ニッポン。報道のありかたから根本的に考え直す必要がある。
2018.06.19
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6月18日、羽田発10:50 シカゴ乗換、バッファロー着14:04この便で、17年セミを見に行く予定をしていた。退院した今、行けなくはなかったかな、という感じもしないではないが、突然に病院に捕まり、点滴だけの生活になった時に、アメリカ行きは絶対に無理だと判断して、空路とレンタカーの予約をキャンセルした。もし、入院の事態がアメリカで起きていたら、どうなっただろうと想像すると、日本でよかったと、しみじみ思う。空路のキャンセル料は安くなかったが、キャンセルも正解だったと思う。実際、明日19日は、外来での通院、抗がん剤の投与が予定されている。17年セミは、今年だけということではない。次は17年後、ということでもない。毎年のように、アメリカのどこかの地で17年セミは生まれてくる。だが、外国でレンタカーを運転できるのは、今年が最後かな、と思っていた。日本での運転が危なっかしいということではないが、馴れない車、馴れない左ハンドル、馴れない右側走行、初めての道・・・を考えると、今年で最後とするのがいいと思っていた。だが・・・・アメリカ50州で、ただ一つ、訪問していない州がある。ノースダコタ州だ。ノースダコダ州を、レンタカーなしで訪問するのは無理だ。体力と相談して・・・・来年、もう一度だけ、OKとしようか・・・・
2018.06.18
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昨日のブログの続き。ステントを入れた後、巡回で部屋にきた研修医に聞いた。「ステントってどのくらいの長さがあるんですか? そして、どのくらい膨らむのですか?」と。これは、私が一番知りたかったことだ、入れたステントの長さが分かれば、閉塞部分の長さ(腫れ具合)が分かり、ステントが膨らむ大きさが分かれば、腸の太さも分かる。すると、「見たことが無いんです」と、これまた、正直な答が返ってきた。彼女(研修医)は、ステントを入れる私の手術に立ち会っていた。手を出さなかったので、100%見学だと思うが、何を見ていたのだろう?「学校の研修用とか、患者への説明用とか、あると思うのですが」と問うと、「ないと思います・・・」と言って、院内のモニターを持って来た。「積極的にお見せするものではありませんが」と言って、ステントを入れて広がった状態の(私の)腸内の画像を見せてくれた。それは、糸で縛った肉かハムの、逆状態で、長さは3センチほどと推測できた。どんな説明よりも、その画像には説得力があった。研修医が、私の質問に詰まらなかったら、見せて貰えない画像だったかもしれない。研修医は、こうして、患者との接し方を身に付けていくのだろう。点滴の針を満足に刺せなかったのはこの研修医だが、患者の要求がどこにあるのかの・・・・理解を早めたものと思う。
2018.06.17
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私が入院していたのは、大学の付属病院。なので、何人かの研修医が担当になった。最初に担当になったのは、女性。女性だからどうこうと言うことはないのだが、患者訪問の不安が顔に出ていた。確か、入院4日目の月曜日から、部屋に来て、腸内の洗浄をしてくれた。腸内の洗浄というのは、閉塞部分に通したチューブに温水を入れ、閉塞した腸に溜まっている便を軟らかくして、抜き出す医療で、医師の資格がないとできない行為のようだった。だが、補助として働く看護師の方が知識があり、研修医は看護師の無言の指示で、ぎごちなく腸内洗浄をした。で、その研修医が巡回に来た時に、質問された。「便が赤くないですか?」と。この質問は何回か、他の医者からもあったのだが、「赤くないです」と答えていた。だが、研修医には、確認してみた。「赤いって、どんな色ですか」と。すると、「見たことが無いのでわかりませんが、赤みあるという意味で・・・」との正直な答が返ってきた。「血便とは違いますよね。どんな赤なのでしょうね」「色見本はないと思いますが、他の医師から聞いておきます」ということで、それきりになっている。研修すべき範囲は広いと思うが、患者に質問する事項については、それなりに知識を得ておくべきと思う。
2018.06.16
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ファミレスで、店員が「お水、だいじょうぶですか?」と問うと、客の方も「だいじょうぶです」と答える、という日本語の使い方が問題になって、久しいが、入院した病院で、何回か「だいじょうぶそうですか?」を耳にした。それは、レントゲン室や外来診察室の前で、看護師が、患者に次の診察などの説明をしている時、「今日の診察はこれで終わりです。1階の会計で支払をして帰って下さい。 次回は、この紙に書いてありますが、診察券を機械に入れると、 どこへ行けば分かるようになっています」などと言うのだが、言われた方の患者は、自分が今何階の何処にいるのかが分からなくなっていて、一階に行くにはどうしたらいい、支払場所はどこにある、次はいつ来るのか、と不安げに尋ねる。看護師は、その患者を連れて回ることはできないようで、エレベータの場所などを教え、何回か同じ説明を繰り返して、最後に、「だいじょうぶそうですか?」と付け加える。だいじょうぶそうなら、次の患者の相手に移行したいのだろう。大概は、こう言うと、「気を付けて帰って下さい」と言って、その場を離れる。だいじょうぶそう・・・と思うのは、看護師なのだった。
2018.06.15
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体の痛む度合いは、当人以外にはよく分からない。医師や看護師が聴診器を当てても、分からない。患者本人が「このくらい痛い」と言わないと、周囲には分かってもらえない。しかし、どの程度の痛みなのかを表すのは難しい。患者本人の感じ方が大きく影響するからだが、そうは言っても、医師や看護師にその痛さを伝えないことには、先に進まない。その痛さの度合いを表すのが、ペインスケールだ、ゼロから、10までの、11段階で痛さを表すものだ。 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 なし 軽度 中等度 高度 極度こんな感じだろうか。数字の下に、痛さを表す顔のマークがあったりする。で、入院当日の、各種検査をしているころから、お腹が痛くなってきた。最終的に医師の説明を受けるころには、かなり痛かった。「お腹が痛いです」と医師に伝えると、10段階でどのくらい痛むのかを聞かれた。「5位でしょうか・・・」と言うと、「お産の痛みが、6~7だけど、そんなに痛いんですか」と問われた。「あ・・・それでは、3か4位でしょうか・・・」と答えたのだが、考えてみれば、お産したことがないので、その痛さを知らない。そして、痛みの度合いを尋ねた医師は、どうみても、男だ。彼も、お産の経験はないだろう。元気なら、ここで突っ込みを入れるところだが、痛い方が先で、それは出来なかった。同じ病室の患者は、痛みの度合いを「11」と言っていたが、ペインスケールがあっても、個人差が大きいので、目安、あるいは、その当人だけのスケールになっているものと思われる。
2018.06.14
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今回の入院は、生まれて初めての入院だった。しかも、28日もの長期間だった。この間、私の体に変化が生じた。その一つは、体重の減少。4キロほど、さらに体重が落ちた。最初の2週間は点滴だけで、絶食飲水不可だったし、その後の重湯は、一食200Kcal、全粥で400Kcalほどだったので、体重減は当然なのかもしれない。そして、体脂肪率が減った。25%ほどあった体脂肪率が、18%ほどになった。胸周り、腹周り、尻周りの脂肪が落ち、アフリカの難民の子を思わせる体になった。体重の減少は、体脂肪の減少のようである。そして、血圧が下がった。病院の減塩食に効果があったのか、その辺はよく分からないが、140-90 台だった血圧が、110-70 台となった。で、期待したのが、耳鳴り。長年耳鳴りと付き合ってきたので、体脂肪率や血圧が下がると、耳鳴りも消えるのではないかと期待した。だが、耳鳴りは以前と同じで、変化は無い。
2018.06.13
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私が大学病院に入院するまでに、こんなことがあった。体重を減らさなければ、と思って、腹筋や腕立て伏せを始めたのが、去年の6月ごろ。直ぐには体重は減らなかったが、徐々に体重が減ってきた。その体重減が嬉しくて、食事を減らすようになった。去年の冬の初めごろ、体重が65Kgほどになったので、ダイエットはこの辺で終わりかな、と思ったのだが、なぜか、体重が下げ止まらない。それは、胃が小さくなったので、食べられなくなったためかと思い、積極的に食べるように心がけるようになった。で、今年の春先ごろから、便秘がちになった。市販の便秘薬を服用したのだが、薬が少ないと便秘が解消せず、薬を増やすと下痢になったりした。そんな時、散髪をした。何十年来のことなのだが、散髪をすると数日、首筋が寒くなり風邪っぽい様子になる。なので、今回も気にしなかったのだが、なぜか、風邪気味が抜けないでいた。便秘で3日も出ないことが何回か続いたころ、強いシャックリが出るようになった。何か変だなと思うようになったころ、白内障や耳鳴りの薬が無くなったので、開業医に処方して貰いに行った。医師に「痩せすぎではないのか」と言われ、採血と尿の検査を受けることになった。その検査の結果、貧血、栄養失調、と言われ、その医師が講師をしている大学病院を紹介された。医師には、早い方がいい、土日の外来は休みなので、明日にでも行くようにと言われ、病院を紹介した医師の立場もあるだろうからと思い(←忖度)、大学病院を訪れた。血液、尿、レントゲン、CT・・・の検査の結果、腸閉塞になっている、今すぐ手術をしないと腸が破裂する危険がある、と言われた。そんな・・・心の準備もできていないし、当然に入院の準備もない・・・明日出直しますから、今日は帰らせて下さい、と言ったのだが、「帰すことはできない。帰宅途中で腸が破裂したら命取りになる」とも言われ、医師の指示に従うことにしたのだが、その頃から、腹部の痛みを感じるようになった。今にして思えば、便秘も、シャックリも、腸閉塞が原因だったようだ。素人判断で市販薬に頼ったのも良くなかった。大学病院の実態を知っていながら、なぜ大学病院に行ったのか、とのコメントをいただいたが、このような経緯であった。そして、閉塞部分にチューブを通し、溜まっていた便を出すのに2週間、飲まず食わずで点滴だけの入院生活が始まった。
2018.06.12
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人生70年も生きていると、色々な情報が蓄積される。その一つが、医科大学(大学病院)の教授の人事力という情報だ。医科大学の教授には、多くの病院から、医師派遣の依頼がある。国公立の病院もあれば、県立や市立病院も、私立の総合病院も田舎の町の診療所からの依頼もある。時には、海外の病院への派遣もある。そして、これに対して采配を振るのが教授だ。どの医師をどの病院に派遣するのか、教授の心ひとつで決まる。特別公務員となる医師の人事権まであるのだから、その力は半端ではない。だから、若い医師は教授の顔色をうかがいながら、仕事をする。国公立や県立などの大きな病院であれば、派遣された医師のスキルは上がるが、爺さん婆さんに聴診器をあてるだけの、先端の医療設備のない田舎の診療所では、スキルアップは望めない。そして数年後に、派遣を終えて大学病院に戻ると、この両者の差は明らかで、その後の地位や転勤に大きく影響する。なので、大学病院の若い医師は、 論文を書けるような、学会で発表できるような、容態の悪い患者の治療を好み 高度な手術の実績を積むことに励むから、私の様な、内視鏡でのステント留置という単純な患者は、大きな実績にならないので、積極的な接触がなされなくなる。病院内の掲示板には、「この病院は大学教育の一部を担っている」とある。確かにそのとおりなのだが、大学の実験室であっていいはずはない。当然に、本来の医師が、「教育」の名の下に、実績に結び付かない私のような患者を、点滴の針を満足に刺せないような研修医に任せてしまっていいということではない。だが、教授は、この現実を分かっていない・・・と、思われる。
2018.06.11
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看護師長に、こうも言い加えた。「診療予定表のようなものは無いのですか? 例えば、私の場合、ステント留置をしましたが、 ステント留置後何日間は重湯、その後何日間はお粥、 そして、その間に、レントゲンや採血での検査が何回ほど、 そして次は、抗がん剤の点滴や服用がいつごろから始まる、 だから、退院はいつ頃になる・・・という日程表のようなものです。もちろん、回復力には個人差があるので、予定どおりには行かないでしょうが、治療進行表があれば、自分自身がどのような位置にいるのかが分かって、安心できる。そうでなければ、明日が分からない死刑囚と同じでしょう」と。看護師長は、「確かにそのとおりと思います」を繰り返すだけで、反論も言い訳もしなかった。それはそうだろう、私の意見が間違っているはずはない(と思う)。これが改善の手がかりになるといいのだが、病院内での力関係で潰されるのだろう・・・。私の場合、このような情報は、部屋担当の看護師から得ていた。「重湯は3日位でしょうかね~ その後は、3分粥、5分粥、全粥となっていきます。 レントゲンと採検査が終われば退院は近いと思います」などと、教えてもらった。かなりアバウトな内容だが、この情報の有る無しでは、入院生活が大きく違う。医大病院の医師は、患者の方を向かずに、教授の顔色をうかがっている医者が多いので、患者第一の考えが表に出てこないのだろう。この事については、明日のブログで。
2018.06.10
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♫ 泣けた泣けた、堪えきれずに泣けたっけ~ ♪という、古い歌があったが、そんな感じで、切れた!事は、入院中の、突然のMRI検査。医師から何らの説明がないまま、検査室送りになった。看護師は、先生が説明に来ると思います、というが、音沙汰なしだった。MRI検査なので、体に負担はないと納得して、検査を受けたが、釈然としない。検査後、すぐに、看護師長を呼び出した。 「この病院は、何の説明もなく検査をするのか? なぜ説明ができないのか?」と。さすがの看護師長もこれには驚いた様子だったが、さらに付け加えた。 「説明のないまま患者を扱うのはどういう考えなのか?」 「私は、動物実験で病院に飼われている実験用動物と同じなのか?」 「エサ(食事)を与えられるだけの毎日で、回復しているのかどうかも分からない」 「動物園の動物のように、狭い檻に閉じ込められていて、ストレスが溜まる一方だ」 「患者を実験動物扱いするのか」 「まるで、明日が分からない死刑囚と同じだ」・・・・などなどと。看護師長は、謝ったり、言い訳したり、否定したりしたが、やはり同じ意見が出てしまったか・・・というニュアンスになった。 「医師が患者の立場に立っていない、と言われることがある」 「医師の説明遅延があるのは事実」 「医師同士の横の連絡が良くないのも事実」と、正直な答えになった。 「我々患者は囚われの身なのだから、医師に強く言うことはできない。 病棟の看護師が患者の思いを医師に伝えなければ、この病院はダメになる」とも付け加えた。そして1時間後、担当医が説明と謝りに来た。看護師長から連絡が行ったようだ。 「後から説明されても、返事のしようがない」とだけ答えた。その翌日昼過ぎ、突然に退院許可が出た。うるさい患者は出してしまおう・・・・という事かもしれないし、退院許可を出すのを忘れていた・・・・という事なのかもしれない。
2018.06.09
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私が入院していた病室は、カーテンで仕切られた4人部屋。なので、色々なことが見えてくる。斜め向こうのお隣さんは、入室時から、うめき声を上げていた。胃が痛むようで、お粥が一口しか食べられない、痛み止が欲しいと、毎日訴えていた。患者の痛みは、看護師にも分からない。看護師が、「痛みは10段階でいくつくらい?」と問うと、「11」と答えるほどの痛さのようだ。で、本人と家族などの会話から、治療を断っている様子が分かった。「抗がん剤投与は、延命治療だから望まない」との意向だ。だったら、何で、入院してきたの、と思っていたら、治療を受けないのなら、入院は継続できない、と医師に言われていた。私も、延命治療は望まないが、抗がん剤投与は普通の治療だと思っている。が、色々な考えがあるようだ。この患者、医師が何らかの症状を見つけて、入院継続となり、病棟を移って行った。
2018.06.08
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先ほど、退院して、我が家に戻りました。28日振りの我が家です。ブログの皆様には、 お見舞いのメッセージ 励ましのコメント 医療情報の提供などを、いただきまして、誠にありがとうございました。お陰様で、大変勇気づけられました。今後は、一日も早く元の生活に戻れるように努力していきます。しばらくは、コメントへの返信ができないかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
2018.06.07
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私が入院している病室は、カーテンで仕切られた4人部屋。なので、部屋の様子がよく分かる。先日入院してきたお隣さんは、手慣れていた。少し大きめのスーツケースをゴロゴロ引いてきて、そこから、ティッシュ、漫画本、携帯時計、洗面用具などを出して、並べた。お隣さんがレントゲンに行っている間に、看護師さんから情報収集。4回目の入院だという。なるほどと、感心したのだが、入院のリピーターにはなりたくないものである。おそらく、何回かの手術をして、抗がん剤の投与と思われる。どこまで生きたいか、どこまで治療するのか、考えさせられた。で、昨日昼過ぎ、突然に退院の許可が出た。なんとも慌ただしい病院だ。これから、最後の点滴をして、退院となる。
2018.06.07
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欧米では、13という数字を嫌うのて、「13階」 はないと言われ、同じように、日本では、4と9が嫌われていて、この数字が使われないところがある。駐車場の区画番号にも、4と9は少ない。あえて使うことはない、という考えなのだろう。で、その典型は、病院。ということで、院内を観察した。結果、4階、9階、14階、19階、はあり、病室番号、下二桁には、04号室、14号室はなく、09号室、19号室はあった。と、何なんだ、というレポートだが、暇ん爺の入院患者なので、ご容赦を。いつになったら退院できるのやら、先の見えない状況にイライラ!!
2018.06.06
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点滴漏れのことを知ってか知らずか、看護師長が、部屋に来た。なぜ来たのか、確認する前に、私の口が先に動いた。なぜ、経験の少ない医師に点滴をさせるのか?ベテランの看護師なら安心して任せられるのに、点滴漏れで、皮膚科に行くなんて、おかしい、と。看護師長は、看護師より経験の少ない医師がいるのは事実でその通りと思う。とは言うが、このシステムは変えられないと言う。いかに看護師長であっても、口を出せないところなのだろう。が、重ねて言った。経験の少ない医師のおかげで、退院が遅れるかもしれない、そのための部屋代などは私の負担だ、しかも、皮膚科診療は、私にはまったく責任のない費用となる、と。看護師長は、その点は配慮しますと答えたが、患者に余計な負担を掛けないで欲しいという分かりやすい例だ。支払いどうこうが問題なのではない。そのために、別の病気になりそうだと、慇懃に抗議した。嫌な患者と思われたかも・・・
2018.06.05
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点滴漏れを皮膚科で診るということが、分からなかった。時間が過ぎれば吸収されて、腫れは引くのではないかと思えたからだ。が、皮膚科の医師は、強い抗がん剤だと、皮膚が壊死することがある、という。また、看護師も、過つて腕などに抗がん剤を落とすと、かぶれる、と言う。幸いにも、強い抗がん剤ではなかったので、ステロイド系の注射と軟膏で済ますことができた。そっか、抗がん剤は強くないのか、私のガンは軽いのかという安堵があったが、一週間後に再診と言われてしまった。未熟な点滴で退院が遅れることになるかも・・・・これには、ガン以上に落ち込んだ。医師も研鑽が必要だろうが、どうも得心がいかない。今のところ、抗がん剤の副作用はなく、退屈している。
2018.06.04
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私の場合、腸閉塞の詰まりを出すことが第一だった。遅れれば、腸が破裂する危険があったという。なので、生体検査が、後回しになっていた。が、その間、医師から、閉塞の原因はガンである可能性が高いことを教えられていた。そして、抗がん剤の投与は通院でも可能だが、点滴の方が薬効があるので、入院を少し延ばして点滴をするよう勧められた。で、その点滴は、医師の役目のようで、研修医が担当した。腕を変え場所を変えて、3回目で針を設置。その後は、看護師が点滴薬を入れるのだが、看護師に聞いた。「医師の針刺し最悪だね。看護師さんにやって欲しがった」と。すると、「抗がん剤のような重要な点滴は、先生がすることになっているんです」との答。「逆でしょう。看護師さんの方が、段違いに、技術が上でしょうに」こう言うと、看護師は小さく頷いた。その後、一時間。点滴が腕の中に漏れ出した。案の定、である。点滴を外して、と言うも、医師が施した点滴は、医師が外すことになっている、ということで、時間のロス。少し経験のありそうな医師が来たのだが、点滴の場所を変えるのに、やはり、3回を要した。で、点滴が漏れた腕は、皮膚科で診てもらうことになった。
2018.06.03
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色々な情報が共有されているので、接する時間の長い看護師さんからもろもろを聞くと、様子がより分かる。言えないこともあるのだろうが、続いて、抗がん剤の点滴になると言われた時には、おどろいた。生体検査の結果も聞かされていないし、そ結果かどうであれ、緊急なことではないので、その後は、外来(通院)と言われていたからだ。その後、ドクターが来て、外来の投薬より、点滴の方が効果かあるので、続けましょう、と言われた。看護師は、根回し役だったのか・・・・同意するしかなかった。ということで、きょうから、がん患者となった。
2018.06.02
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最近の病棟看護はハイテクだ。日に3回の、体温や血圧、酸素量の測定では、測定した体温計をカードリーダーに乗せると、データがパソコンに行き、血圧は無線でパソコンに飛んでいく。ナースコール(⬅この言葉は健在)を押すと、その時の担当者のPHSが鳴り、担当者が手を離せない場合には、他の看護師が来るシステムになっている。そして、どうやら、患者のデータは一元化されていて、看護師も医師も、データを共有しているようだ。レントゲンの結果も、血液検査の結果も、直ぐに、共有しているようである。医師に尋ねるより、看護師に聞いた方が、先が分かる。
2018.06.01
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