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電気器具には50ヘルツ用と60ヘルツ用があります。富士川を境として東は50、西は60ヘルツという周波数の違った供給がなされている理由は? 先にその答を述べますと、東日本の電力会社が使用した発電機が50ヘルツ用、西側が60ヘルツ用のものだったから。(詳細)明治11年3月、中央電信局の開業パーティの会場でアーク灯をともしたのが、わが国最初の実験室外の電灯と言われています。翌年、エジソンが白熱電球を完成し、日本でも東京電灯会社が明治20年より一般供給を開始、これが発電所の電灯供給の始まり。当時はどれも火力発電で、21年には神戸、22年には大阪、京都、名古屋に於いても電灯会社が開業。明治29年、浅草発電所に設けた三相交流発電機はドイツ製3000ボルト、50ヘルツでした。東京電灯に対して大阪電灯は翌年、アメリカ製2300ボルト、60ヘルツの発電を導入、こういう次第で富士川以東が50ヘルツ用、西が60ヘルツ用という違いが現在も続いているのです。 (参考図書:「ホントにホント?」日本放送出版協会)
2010.10.31
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何としても欲しかった「百人一首一夕話」の下巻を近くの古本屋で見つけたことは、以前この日記に書きましたが、校訂者である古川久さんの紹介文を先ず添えましょう。<この書物(尾崎雅嘉著)の面白さは何といっても作者をめぐる豊富なエピソードにあるが、その典拠は「源氏物語」をはじめとして「伊勢物語」「枕草子」「土佐日記」「蜻蛉日記」「名月記」等等、驚くほど広い範囲にわたっている。ページを繰るにつれて、江戸人の教養の底力がひしひしと伝わって来るかのようである。>とあるように、わたし達に親しまれる著名な古典から、色んな逸話を引張り出して来ているので、或る程度信じられ得る内容と言えそうです。下巻の 瀬を早み岩にせかるゝ滝川の われても末に逢はむとぞ思ふを詠まれた祟徳院の件(クダリ)では、鳥羽上皇の第一皇子でありながら、後に美福門院と称された藤原得子を父ぎみの上皇が寵愛する余り、その方がお産みになった体仁(トシヒト)ぎみを三歳ながらも天皇に据える為、形の上で養父たる祟徳院の皇位を二十二歳の時に剥奪され、あまつさえ、新天皇になられた近衛院が17歳で崩御されると祟徳院の皇子ならぬ、鳥羽上皇の第四子、雅仁(マサヒト)公を皇位に就かされました。世に言う後白河院がそのお人。 皇位の人事や政治を欲しいままになされた鳥羽院がお亡くなりになると、此処に祟徳院を擁する側と時の実権派との間に戦が生じました。保元の乱(1156年)がそれで、戦の様子は講談に持って来いの面白さ。この書に書かれている文章そのままを講談調に語れば、立派な出し物になりそうです。本日の日記では藤原定家まで語りたかったのですが、祟徳院さんの件りだけで一杯になりました。また後日。
2010.10.30
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脳出血で倒れ、ここ1年ほど入院加療して居られる編集長に代わって、発行部数1500冊の俳句月刊誌の編集を任されていますが、その内100頁ほどの俳句欄を埋めるものは別として、数十ページに及ぶ一般的な原稿の在庫は、定例的なものを省けば、皆無に近い状態でやりくりしています。12月号については今月中旬に草稿を依頼していませんでしたので、結社の大々的な法事での主宰のご挨拶をカセット・テープでおこし、最近主宰が発刊された俳句ハンドブックの内容を要約したものを纏めるなどして、何とか紙数を埋めることができました。本日は今から本部に出向き、11月号の発送事務のお手伝いです。台風14号が通過する明日は、滋賀彦根にて、大学時代のグリー(無伴奏男声合唱)の仲間と合宿して楽しい夜を過します。同じ釜の飯を食った仲間の内、既に3人は鬼籍に入っています。そう言えば、わが庭の其処かしこに冷たい黄色の石蕗(ツワブキ)が咲き初めました。
2010.10.29
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この日記の古くからの読者なら周知のことですが、家内の趣味の一つに懸賞への応募がありまして、一時は可なり成果のあった時期があったものの、ここ数年は吹かず飛ばずの状態でした。先月あたりから持ち直す気配があり、今月はキューピーの有機栽培野菜(茄子、シシトウ、蕪など)、マルちゃんでお馴染み東洋水産さんからは調理道具のスチームケース、セブンイレブンの商品券やロッテの商品詰合せ(アーモンドチョコ、ガーナチョコ、チョコパイ、コアラのマーチ、トッポ、花梨喉アメ、チュウインガム5個)など、回復基調にあります。昔はゴミ出しをした日に限って骨の出る魚の料理があったら大当りがあるとか、いろんな縁起かつぎなどを話題にしていましたが、そういう因果関係も薄れる風潮の中、再び勢いがついてきたことは、家族団らんの話題の一つとして、喜ばしいなぁと思っています。
2010.10.28
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駄洒落と頓智の巻物・ビックリハウス版国語辞典「大語海」の”さ”の部から摘んでみました。菜食健美=菜食は美容と健康に良いということ。再三妻子=何回も離婚と結婚を繰返して妻子を次々と代えてゆくこと。妻三妻四=俗に言う浮気者。三三九度=三回体温を計っても三十九度熱があること、確実に病気である。三時制限=痩せるための必須科目。三権分立=ジャンケンのこと。雑句場乱=このビックリハウスのこと。産婦人可=四十男の花嫁募集広告文の一例。三者宅一=両親と子供一人の家庭、核家族。左右対象=乞食の場合。菜涙弾=タマネギ。サボタージュ=手を抜いて作ったスープ。更科日記=そば屋の日記。座盗一=イス取りゲーム。サルマネラ菌=他人のギャク等をすぐに真似したがり、シラケた空気をつくる人間。サロンパス=盛り場を自由に出入りできること。如何でしたか?
2010.10.27
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募集大作賞の審査準備は昨日漸く万端整いました。かなり疲れました。それを癒してくれるのが、本日の吟行です。向日市における結社関係のない同好会的な句会です。 先日家内と登った金蔵寺の近く、大原野神社の向かい側にあるのが、法寿山「正法寺」(真言宗)。鑑真和上の高弟・智威大徳が隠世したのが始まりで、天平勝宝(749~757)年間の創建。応仁の乱戦火で焼失しましたが、大坂城落城の年に再興され、西山のお大師さまと呼ばれています。京の西山と竹林が連なる大原野は、平安時代には遊猟地として、桓武帝を初め、皇族や藤原道長などの公卿が狩猟を楽しんだことろで、その牧歌的な風景は、古今集・新古今集にも数多く詠まれ、京の街や東山連峰が霞んで見える明媚な山麓地です。三面千手観音(重文)や弘法さんのお作と言われる聖観音、薬師如来、春日不動明王、愛染明王、走り出す恰好をされた走り大黒天、春日稲荷などのほか、白砂の石庭、滝、そして二つの池、水琴窟の涼やかな音色、幾種類もの大岩、鮮やかな襖絵など数え切れないほど、見所万点のお寺でした。
2010.10.26
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昨日は去年の9月から今年7月までに亡くなられた結社の方々の法事(系露忌)を、多くの参拝者を得て修し、引き続いて70名弱の人数で句会を催しました。 ところで数年前、大好きな高橋治氏の「春夏秋冬 ひと歌こころ」(新潮社)の頁を繰ると北原白秋の「城ヶ島の雨」の歌詞が載せてあって、子供の頃から利休鼠はどんなネズミかなとずうっとそう思い込んで居たと書いてありました。その本を読むまでは私も全く同様で、詩全体のバランスからはみ出てしまうネズミを不思議に思って居たのでした。これは色地のことで、鼠が勝つと途轍もなく地味で、緑に寄ると派手になってしまうという粋な色地のことでした。茶系の利休茶なら着こなし易いようですが、利休鼠色はその点難しいという話です。”利休鼠”についてはネットの世界で多々紹介されていますので、検索して御覧下さい。 以前、”紅(ベニ)”本来の色について、この日記で採り上げたことがありましたが、銀色した、むしろ黒っぽい緑で、それを伸ばせば深紅色になるとのことでしたが、正に”利休鼠”は昔の紅の色に近いのかも知れません。わたし達がたしなむ俳句というものも、一つの道を究めることですから、深みというものを大切にしたいと思います。
2010.10.25
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戦時中の父すばるの日記には、ラジオ放送に合わせて「国民カルタ」をした旨書かれている部分があって、それがどんなものなのか不明でしたが、歌人で元東洋大学学長の神作光一さんの「百人一首の文化史」という一文の中に、「愛国百人一首」(西田王堂筆・榊原子恭画)を説明されて居られます。それによると<昭和18(1934)年、国民出版社発行。日本文学報国会選定、協力毎日新聞社。とあり、柿本人麻呂以下、橘曙覧の春にあけてまづ看る書も天地も はじめの時とよみ出づるかなまで百首。周知のごとく「愛国百人一首」は、昭和17年11月20日に情報局から発表されました。その選定委員は佐々木信綱・斎藤茂吉・北原白秋・・・折口信夫・・・川田順の12人の歌人。この「愛国百人一首」は”国民精神作興といふ目的を持って”選定されたものです。 ちなみに、川田順氏の「愛国百人一首評釈」(朝日新聞社、昭和19年12月刊)及び「愛国百人一首かるた」(日本教育玩具製造株式会社、昭和17年12月刊)などの資料の存在も知られています。>とありました。
2010.10.24
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京の市内を歩いて居て、はんなりとした気分にさせられるのは由緒ある”暖簾”を目にする時。 行ったなと暖簾を掛ける棒でぶち (柳6)朝帰りのどら息子を「きのうも行きよって」と、暖簾をかける棒で叩いている商家の早朝風景。 また明和9年9月序「楽牽頭(ラクタイコ)」の ”面屋”から 若殿からお多福の面の注文を受けたものの、「何とか立派な作品を拵え、お出入り面彫りになりたいけれど、正真正銘のお多福が見たいものだ」と思っている所へ、折り良く親しい者が、「なら、良い手本がある。御蔵前まで一緒に来なさい」と連れ出し、酒屋の店先に座り、飲みたくもない酒16文ほど燗にするよう注文します。その時、暖簾の陰から當の娘が顔を覗かせたので、「手本はあれじゃ」と指させば、娘はすっ込んで「かかさん、舅のある嫁入り先は嫌よ」縁談の下検分かと、お多福娘が早とちり。のれんは、古くは”のうれん”と言って、”のう”は「暖」の唐宋音”のん”の変化した語で、禅家では、隙間風を防ぐ為の「垂れ幕」を暖簾と称したそうです。京都の町を暖簾に絞って歩き回るのも一興かと思います。この拙文は興津要さんの「おもしろ雑学日本語」を参考に、私の文体で綴ったものです。 間もなく、私達”大山崎ふるさとガイドの会”が開催する「天王山ウォーキング」に出発します。
2010.10.23
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秋は結婚のシーズン。昔愛読した「サザエさん」にも、披露宴からの土産である豪華な折り詰に留守番組が揃って舌鼓を打つ微笑ましいシーンが描かれてありました。 ところで婚の字にある昏は黄昏を意味し、とっぷり日の暮れた状態を言います。本来は「民+日」だったのが、唐の太宗・李世民が天下人になった時、「わが名である民が暗い意味の昏の字に含まれているのはけしからん、「氏+日」とせよ」と命じて以来現在まで昏が用いられているとか。 では結婚に昏が含まれている所以を探ると、面白い逸話があります。「水滸伝」に登場する豪傑・花和尚は、桃花村の愛らしい娘が盗賊の頭に結婚を強いられていると聞き及び、一計を案じた。彼が花嫁に化けてベッドに潜んでいると、宴もたけた深夜に寝室に頭目が忍び、抱きつきました。その刹那、力持ちの花和尚にひねり潰されてしまったと言う話。日本の角隠し以上に、当時の中国では、花嫁の素顔が見えないほど厚い布で覆ったまま、寝室にて婿を待機する習慣があったので、いかつい花和尚でも暗闇ではバレなかったという次第。 このように暗闇に乗じて男女が逢引したり、略奪したり・・・それに縁(ユカリ)のある昏が使われているのです。現代のように、白昼堂々と臨席の方々に祝福を受ける明るい婚など、むかしの人には想像もつかなかったのでは?(参考図書:藤堂明保著「女へんの文字」)
2010.10.22
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とんしゃんを初め、気分転換の一服に効くわ~とおっしゃるファンに、ビックリハウス版「大語海」のコの部から適宜えらびました。国会欺員=国会のために国民がだまされて選んでしまった人。(注)欺の代りに疑・戯・偽が入る場合も。紅白観念=大みそかが近づくと歌手が陥る心理状態を言う。腰淡々=味気のない女のこと。極落往生=とことん落ちぶれて死ぬこと。合性写真=ホモorレズの写真を言う。校歌敵面=母校の校歌を敵校の前で歌うこと。校名声大=面接などで自分の出身校を大きな声で言うこと。国定公演=もちろん国定忠治の公演のこと。光頭無毛=ハゲ、完璧な禿頭。酷民所得=人民をこき使ってもうけた金。国産者=イザナギ命、イザナミ命のこと。好紀信=写真家・篠山紀信のファンだよ。高価適面=顔にぴったりに作ってある面は高いということ。語裏夢中=言葉の裏、つまりパロディに夢中になること。拘束道路=無理やり、右折左折を強いられたり、反対方向へ行かされたり、おいそれとは目的地に行けない道路。また極端なラッシュで車が動けない状態の道路。格子園=刑務所の俗称。野球賭博者用の刑務所。五十三次=五十四のこと。今回はこ辺で~。
2010.10.21
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歌人:中根三枝子さんが東洋大学短期大学の非常勤講師をして居られた頃の「百人一首と植物」という論文から、皆さんにお知らせしたい史実と歌意を。契りおきしさせもが露を命にて あはれことしの秋もいぬめり「千載集」には、この歌の長い詞書があって、息子の僧都光覚から「維摩会(ユイマエ)」という法会の講師になりたいという申し出を受け入れて貰えないという不満を聞いた作者の基俊が主催者の藤原忠通にその事を訴えたところ、「しめじが原」だ、私に任せておけと請合ってくれたものの、結局その年も講師の選に漏れてしまったので、この歌を忠通に贈ったようです。では「しめじが原」とは何かと言えば、新古今集のただ頼めしめぢが原のさせも草 われ世の中にある限りはという清水観音の御詠歌に拠ったもので、「ひたすらに私を信頼しなさい、さしもありとも私が世にある限りは叶えさせてあげるから」と言った忠通の言葉を”恵みの露”と信じていたのに・・・。この拙文は中根さんの内容を参考にして書きました。
2010.10.20
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今度は、生白庵行風が編んだ「後撰夷曲集」から百人一首の本歌取り。巻三・秋歌 秋茄子嫁不喰といふ世話を○ちきり置し秋茄子をは姑か あはれことしも嫁にくはせす本歌<契りをきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり>(藤原基俊)○月見にはちゝと酒こそのみたけれ 我身ひとつもなるにはあらねど本歌<月みればちぢに物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど>(大江千里)○淡路島通ふ千鳥を肴にて いく夜ね酒をすまの関守本歌<・・・千鳥の鳴く声にいく夜ねざめぬ須磨の関守>(左京大夫顕輔)○忍れは白もやせけり我恋は 物やくはぬと人のとふまで本歌<忍ぶれど色にいでにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで>(平兼盛)有名な曰く付きの歌合戦。壬生忠見の<恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか>が負けました。○鼻の穴はつまりにけりなかみいたう 我身よるひる咳気せしまに世界3美人の一人小野小町の<花のいろはうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに>も形無しですね。○なからへは又新発意や忍はれん しらかあたまそ今は悲しき父顕輔と不和で、沈みがちな心境を詠んだ清輔の<長らへばまたこのころやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき>が本歌。”新発意”は”しんぼっち”と読み、出家して間もない僧のこと。白髪頭が悲しいと。
2010.10.19
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MBSでオセロが司会している番組ではいろんなアイディア・グッズを紹介していました。1)クローバースプーン 60歳を期に独立して永裕製作所を興した永田裕吉さんは、盲腸手術以外は店を休んだことがないと仰る勤勉家。10年ほど前に発明した特殊なスプーンが数年前のテレビ放映以来、売り上げを伸ばしている人気グッズに。それは玉子のからざを抜き取るスプーンで1万本売れているとか・・・。手先を動かし続けて居られるので85歳とは思えない健康的な方クローバースプーン2)「カップメン」 身体を直角に折り、両手を広げながら必死にしがみつくカラフルな人形。これがカップめんにお湯を注ぐ時、蓋を押さえるアイディア商品。両手を尻の後ろにつき、空を見上げる恰好の新型も・・・「カップメン」3)「詰め替えそのまま」 シャンプーなど詰め替え袋専用のキャップ。吊り下げ用のハンガー部分とのセットで。http://www.sanki-web.net/index.html/tsumekae.html4)「ポテチの手」 パソコン等に触れながらもポテトチップスのベタ着きから指を守るアイディア商品。詳細はHPで。http://gigazine.net/index.php?/news/comments//20100119_toyf2010_potachi_hand/5)ミスティガーデン ピアノやバイオリンの調律会社が繊細な楽器の適度な湿度を保持するアイディア商品。ミスティガーデン本日は随分字数を使いました。頭は生きている間に使わなくっちゃ~。
2010.10.18
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江戸後期、狂歌師として名を馳せた生白庵行風が編んだ「古今夷曲集」は、10巻から成り、その数は千を超えているのですが、小倉百首の影響を受けたものを紹介します。○春植て夏むきけらし白妙の かんへうほすなり尼もかゝらも これは持統天皇の天香具山の歌をもじっていますね。和歌の前書きが面白くって、<津国今宮わたりに干瓢といへるものを老若わかたずこしらへけるを見て>なんです。○いにしえのならのみやげの菊の酒 けふ九日のいはゐにそのむ奈良の都の八重桜が土産の祝い酒になりました。○よもすから物思ふ時のつらづえは かひなだるさそしられさりけるこれは俊恵法師の 夜もすがら物思ふ頃は明けやらで 閨のひまさへつれなかりけりを変えています。前書きには、屏風によひとよ物思ひたる女のつらつえつきたる所を>○夕ざれは門の破れ戸をとづれて あたら丸ねにあき風そふくこれは大納言経信の<夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹く>○此のたひは我もとりあへす人くれつ はかうかはじはそちのまにまにこれは道真公の紅葉の歌<このたびは幣もとりあへず・・・>をもじっていますが、この足袋を履く、履くまいは貴方の自由と。○道すがらしどろもじずり足もとは 乱れ初にしわれなら酒に河原左大臣(平等院の源融)の<みちのくの忍ぶもぢづり誰ゆえに・・・>を随分茶化していますね。○まけぬればくれぬ物とは知ながら 猶うかうかとうつばくち哉道信朝臣の<明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな>を賭け事に変えてしまいました。○きくとこそ医者はいぶきのさしも草 さしもしらしなあつひ思ひをこれは本歌に近い詠みですね。実方朝臣は<かくとだにえやはいぶきのさしも草・・・燃ゆる思ひを>○ぬきちらし着物ふみわけなく孫の 声聞く時そ婆々は悲しきこれは説明不要。紅葉踏み分け鳴く鹿が孫に。このように本歌と比較すると、いかにも江戸時代の洒落が匂って来ますね。
2010.10.17
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先日、出版社に初稿を持出したつでに、昔担当した地区を巡り、大きなギロチンで紙面を裁断していたのが印象的だった折込広告用の印刷所の社長と暫らく語らいましたが、市場などの広告は裏が真白だからメモ用紙として使え、写真面が無いから新聞紙同様、再利用できそうだから許せるとしても、最近の広告はツルツルと光る写真地のものが殆ど、土曜日の朝刊に挟まれていた数は何と27社分。住宅関連が半数の14種類、ページ数の多い家電量販店が5社、被服系が2社、スーパーが2社、新車関連が2社、仏壇具店や銀行が1となっています。わが家では殆ど目を通すことなくくず屋さんようの袋へ直行です。全く以って勿体無い、資源の無駄遣いではないでしょうか?
2010.10.16
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エドワーズ・シルベスター・モースが明治初期に来日し、新旧入り混じった日本の生活風俗、調度品などをアメリカに持ち帰り、それがセイラム・ピーボディ博物館に凡そ3万点ほど保存されています。所謂モース・コレクションがそれで「モースの見た日本」(小学館)というB4大の本に纏められています。第1章「豊かな四季の暮らし」と題して、注連飾り、羽子板、歌留多、独楽、凧・竹馬や雛祭・端午の祭の飾りもの、おもちゃ、優雅な舟遊び、茶店、楽器、絵馬などが。第2章「身まわりの道具」では炊事・洗濯・掃除の道具、トコロテンや金平糖、和菓子、蚊取り線香、箱枕、燭台、行灯、煙管、下駄・草履、団扇、櫛コウガイ、傘など。第3章「街に働く人々」として、駕籠、人力車、ヨイトマケ、飛脚・郵便夫、その他いろんな商い。第4章「自然と共に」では、水車、脱穀、鍬・鋤、製茶、天秤棒、蓑、漁道具などが簡単な解説付きで網羅されています。またモースが撮影した写真はうっすらと色のついたカラー写真で、古き日本の香りがぷんぷん。私が子供時代にあった楕円形の風呂桶には髪のふさふさした日本女性が手拭を頬に当てている写真。江戸の香りを残しながら近代化へと移りゆく日本の姿が映し出されているのです。
2010.10.15
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いよいよ多忙になってきました。こういう時は何処からか、クイズ的なものを引張りだし・・・。A) からだに関係のある慣用句。○に漢字を1つ当てはめて下さい。1)○を振るう 2)○が売れる3)○車に乗る 4)○が低い5)○を焼く 6)○を巻く7)○が覚める 8)○が痛い9)○を明かす 10)○を決めるB)反対語を入れて熟語にして下さい。 ○敗 ○枯 ○短 ○閉 ○降 ○夕 ○憂 明○ 軽○ 去○ 真○ 浮○ 動○ 賛○C)二つに共通する漢字(読みが異なります) 例)明星・文明1)○連・肯○ 2)○日・復○3)○者・容○ 4)○得・機○5)○重・荘○ 6)○配・天○7)○治・摂○ 8)○就・完○どうでしたか?参考図書)西 敏・塩谷桓共著「漢字のクイズ」
2010.10.14
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猛暑続きの所為で野菜の値上がりが庶民の家計に大きな打撃を与えていますが、ここで歴史的に有名なことからクイズを差し上げます。原典はNHK「ホントにホント?」です。ベルサイユの薔薇ですっかりお馴染みのマリー・アントワネット王妃とルイ十六世の逸話から。ルイ十六世の依頼でマリーが、夜毎開かれる夜会、舞踏会では、必ず或る花を髪に飾っていたと言われます。その花はナ~ニ?a)当時では、食材としてよりも珍しさのため観賞用とされていた”トマト”の花。狩猟好きのルイ十六世は、その日の獲物の数だけ、王妃の髪にトマト花を飾らせていた、これホント!b)大食漢のルイ十六世は大食ゆえに夜は居眠りグセが・・・。そこで刺激の強い”ニオイスミレ”の花を王妃の髪に飾らせた。信じて~~。c)ルイ王朝華やかなりし頃は、フランスの宮廷を中心に、欧州では”タバコ”が大流行。ルイ十六世もごたぶんに漏れず大層な愛煙家、王妃の髪にタバコの花を飾らせていた。これ本当です。d)食料事情の悪いとき、ルイ十六世は”ジャガイモ”の花を王妃の髪に飾らせ、その愛らしく優雅な花をPR用に利用しました。これが史実ですよ。<解説> ジャガイモはフランス語では”ポンム・ド・テール”「大地のリンゴ」と呼ばれていました。当時は毒のある食べ物として怖れられ、ほとんど普及していませんでした。ヨーロッパはおりからの大凶作に見舞われ、側近パルマンチェの提案により、ジャガイモの栽培を奨励する為、ルイ十六世はマリー・アントワネットの髪にその花を飾らせました。その花の美しさに貴族たちも競って庭にジャガイモを植えるようになりました。それが一般庶民の間にも広がり、このPR作戦は大成功。この噂を耳にした隣国ドイツのフリードリッヒ大王は、法令でジャガイモ増産に努めるよう強引に勧め、”いも大王”の異名まで貰ったとか。正解は(d)のジャガイモの花でした。
2010.10.13
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今のNHK大河ドラマの坂本龍馬が、あの筋書きのような人物であったとしたら、それこそ”破天荒”の代名詞にしても良いのかもしれません。”天荒”は、天地が開けたばかりの、植物が未だ生えやらぬ景色をさす言葉。唐の時代、荊州という土地は開けないところで、碌な人物しか出ていなく、州の予備試験は通るものの、その上の高文試験に合格した者が居ないので、荊州=天荒と言われていました。ところが或る年、劉?(リュウゼイ)という男が、予備試験も、中央の試験にも及第したので、世間は驚愕しました。”天荒”の名も破れてしまった。彼は”天荒”を破った男、これが”破天荒”の謂れのようです。(参考図書)パイプを燻らせて居られた渡辺伸一郎さんの「東洋語源物語」。
2010.10.12
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最近は公私にわたり多忙です。毎月の編集に加え、百四十点もの募集大作賞の取纏め事務それに定例的な月間八つもの句会参加等々。募集大作賞への投句一番乗りは今回も忠田鄙子さん。このほか数名は早々に当方へ送って戴きましたが、実態を申せば、十月末では六十数点、そして加速、締切直前の三日間で五十点のお作品がどっと届きました。こういう現象ですと、十月下旬での心境として、果たして今年は幾編のご参加が得られるのかと不安に駆られてしまいますので、本日から句帖の後ろに応募用の作品をメモするなどして来年度に備えて戴けると有り難いです。 このところ葬儀や法事を執り行う事や参列する機会が増え、そして目前には恒例の系露忌が控えています。編集、募集大作賞事務、句作、ボランティア・ガイドなど三本立て四本立ての同時進行と多忙な毎日ですが、皆様にお会いできる大祭の日を指折り数え、楽しみにして居ります。これは十一月号編集後記の試案的な一文です。
2010.10.11
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昨年の萩まつりの席で豊田都峯主宰が”招く”という字の謂れ、それから更に進んで”荻”と”萩”の違い等について白川立命大名誉教授の御説を引き合いにお話になりました。今朝の京都新聞15ページには、古代漢字学の権威である、その白川名誉教授の「漢字物語」というコーナーで妊娠、孕むについて触れていらっしゃいます。”壬”の字が鉄などを打ち叩いて鍛える工具の形であり、その”壬”の縦軸の中央部分が膨らんでいる様子から母体の”妊”の字が生まれ、”娠”の字を探ると、”辰”の源は”蜃”で双方共”はまぐり”を意味し、足を出して動いている姿。”辰”の字には、動物が動く意味が含まれているので地震の”震”はとどろき震える様子を表しています。つまり母体の腹の中で子が動く様子を意味するのが”娠”の字。同様に人間を真横から見た形が”乃”の字で、其処に子をつければ、すなわち”孕”む訳です。
2010.10.10
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70数万件の結婚に対して離婚は3分の1程度と言うのが相場のようです。婚姻関係と言うものは、夫婦相互が或る程度妥協することによって維持されて行くのでしょう。25年目の銀婚式、50年の金婚式の宝石は、その名の通り、銀と金であることは知っていますが、35年は?40年目は何だろうと考え、講談社の古い雑誌の中の「冠婚葬祭事典」から得た情報にによれば、1年目→紙婚式→紙製品2年目→綿婚式→木綿製品3年目→革婚式→皮革製品4年目→書籍婚式→書籍類5年目→木婚式→木製品6年目→鉄婚式→鉄製品7年目→銅婚式→銅製品・手織物以下、8:電気器具、9:陶器、10年錫・アルミ製品11:鋼鉄、12:絹・麻、13:レース、14:象牙15年目→水晶婚式→クリスタル製品20年目→磁器婚式→陶磁器類30年目→真珠婚式→真珠35年目→翡翠・珊瑚婚式→翡翠、珊瑚40年目→ルビー婚式→ルビー45年目→サファイア婚式→サファイア55年目→エメラルド婚式→エメラルド60年・75年目→ダイアモンド婚式→ダイアモンド宝石の王様はやはりダイアモンド、金の上に位置するようですね。わが家は来春ルビー婚です。
2010.10.09
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父の代にこの地に移ってもう半世紀が経っているし、造園屋ほどに植木で一杯なので、わが家の庭土は栄養不足の状態なのかも知れません。台所の生ごみなどを大きな木箱に入れて家内が腐らせていますが、土を足していませんので木箱の中で巧く発酵しているのか否か、解りかねては居りますが・・・。 ところで、わが家には一旦地表から10センチほどまで切ってしまった柿の木が、翌年から復活、リフォーム後満4年の今では元のように大きな樹木になって居て、但し、後遺症があって、それほど実を着けないのですが、先述の腐葉土作成用の古木箱の上に、食べ残しの柿の実がありました。どうやらカラスの仕業なんですが、ゴミ捨て場に食べ残しを置くなんて、何と礼儀作法の良い烏だこと。でも、そんな訳が有る筈もなく、偶然、人目に付きにくい、この肥料再生用古箱の上で柿を食したのに相違ありません。
2010.10.08
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林直道氏著の「百人一首の世界」には百首を、縦(1~10)横(a~j)それぞれ十づつ並べた”歌織物」が提示され、1のaは順徳院の百敷や~2のaは文屋康秀の吹くからに~1のbは紀友則の久方の~、1のちは小野小町の花の色は~と言った具合に並べて居られます。6のa僧正遍照の天つ風~、6bの小式部の大江山~、7b安倍仲麻呂の天の原~と続き、これが”天王山”を暗示している説かれ、また右端3列分の2段目から6段目に大山崎・山崎の名所が配列されていると。友則の<久方の光のどけき>→さか+(光)+どけ=酒解神社小町の<わが身世にふるながめ>→ふる光孝天皇お名前そして<雪はふりつつ>→ふりこれらが近くの瑠璃光山を匂わせているし、1d紀貫之の<花ぞ昔の香に匂ひける>の香2d持統天皇<白たへの・・・天の香具山>→た+香3d公任の<滝の音はたへて>のた1eの行尊の<あはれと思へ山ざくら→山+ら2e三條右大臣<逢坂山のさねかづら>→や+ら3e清少納言<鳥のそら音・・・逢坂の関>と+あふ+ら+関これらから宝積寺コト”宝寺”と油屋(定家の定宿)や油の神様である河陽離宮コト”離宮八幡”が織り込まれ、1f伊勢大輔<八重ざくらけふ九重に>や+ら2f恵慶法師<八重むぐら>や+ら3f源兼昌<かよふ千鳥・・・関守>とりのと+関>九重は御所を指す言葉であるから離宮、関+と(戸)で摂津と山城の境目の”関戸院”も絵図として描かれていると言われてます。まとめますと、酒解神社、瑠璃光山(勝幡寺)、宝寺(宝積寺)、河陽離宮(離宮八幡)、関戸院(関大明神)が織られた歌織物という訳です。
2010.10.07
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読者の皆さんから比較的反響の大きいビックリハウス版「大語海」から。くの部より抜粋群集心離=政治家にとって最悪の状態。グリコ=全くお手上げの状態に使う言葉。クッテカカル=腹ごしらえをしてから仕事に着手。クダラナイ=便秘になる。グレコ=画才のある非行少年。クラブ=苦しい恋つまり片想い。けの部激高仮面=正義感が強く不正に対して激しく怒る正義の味方。決起左官=左官屋のストライキ。軽罪学=どうしたら刑を軽くできるかを学ぶかという弁護士必須の学問。計殺官=計画的に殺人を行う世にも恐ろしい役人。検札官=人の財布の中身を調べる役人。軽卒官=誤認逮捕ばかりしている警官。激写=余りにもあからさまなカンニング。傾向塔=ピサの斜塔。毛商品=アデランス、アートネイチャーが有名。景品興業地帯=パチンコ屋の密集地域。軽語=うわべだけの敬意。血易=血液型占い。前回より、ちょっと出来がぁ~~。
2010.10.06
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本日、明日は句集校正に携わる日で、早々に本部に赴きますので、安直ながら、興津要著の「おもしろ雑学日本語」から小噺めいたものを。 <嫁の乳> たいそう器用で働き者の嫁が居て、舅の月代(ツキシロ)を剃っているとき、着物の胸から乳がはみ出て舅の唇に触れてしまいました。親父が我を忘れてそれを舐めていると、息子が激怒しながら言いました。「さてさて、親人にはあるまじき振舞い、嫁の乳を舐めてお戯れとは、如何なる存念でしょうか」と親父に迫れば、親父はひらき直って、「おのれは、おれの女房の乳を、2年食らったではないか」解り易いような言葉に換えて載せました。
2010.10.05
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自分以外のもの全てが師であると言うのがわたしの持論ですが、とりわけ事実だけを捉える”子供の直感”の威力、信憑性を力説しておきましょう。子供には、先入観や世評の影響が少ないから、まるで記録映画のように物事に接し得るのでは無いでしょうか。尤も、最近の子供たちはテレビやせっかちな大人にけしかけられ、やや大人びていますので、私たちが子供であった頃よりは精度が落ちてはいますが・・・。 自分を幸せにするには、毎日最低一度は、クリアキーを押すことをお勧め致します。常にゼロからスタートすることをお勧め致します。いくら心を真っ白にしても過去の経験が記憶されていますので、ゼロからのスタートには成れませんが、それでも御破算にする効果は計り知れないものがあることでしょう。寺で僧たちが座禅するのも、読経するのも一種のクリアーキーを押す行為なのかも知れません。汚濁ばかりの世の中とは言いませんが、少年の夢と熱い心を持ち、鏡のような心境で事に當りたいものですね。
2010.10.04
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先月の中旬より長期休館の図書館でしたが、すでに平常に戻っていましたので昨日、5冊借りました。1)「がふいしんぢゆう」岩井志麻子2)「痴情小説」岩井志麻子先月来、個性的な志麻子さんの闇に惹かれてしまいました。3)「百人一首の世界」林直道 定家の配列の妙は勿論、ガイドに役立つ記事が処々にあります。4)「百人一首の文化史」有吉保ほか5名共著 百人一首にまつわる書物の中で、本書は特異的な面白さがあります。5)「モースの見た日本」 アメリカ東部、ボストン郊外のピーボディ博物館に収められている百数十年前の日本の道具、民具類を中心とした日本の生活・風俗の解説書で、B4版200頁超。明治時代の写真には当時の女性の姿や庶民も写っており、日本独自のユニークな道具類に寄せた彼の目の確かさに思わずうなってしまいそう。
2010.10.03
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今年は9月と謂えど暑かったので、佳句が出来なかったことを言い訳にしておこうかな。 角伐や捕らわれてなほ円らな眸 角切の太鼓に逸る鹿も人も 折れ線を大空へ継ぎ秋の蝶○秋蝶に故郷遠くなるばかり 秋水のスタンプラリー伏見まで○のぼり鮭泪の数の卵産み○炊事場の前一本の竹の春 せっかち性老いても抜けず石叩◎嗚呼としか鳴けない鴉柿紅む おほらかに秋湖の色を上塗りす○白萩やきちんと並ぶ利休下駄○長き夜や湯宿の桶を響かせり◎秋茜日ごと辛味の色深む○覆ひ来る神名備にして無月かな 観月の宮司に合はせ拝礼す 料理長勧む美々卯の栗御膳 花野来て同じ空気を恋ふ人と 佳き人にひらがな綴る虫の秋この他に結社の大祭に出す”募集大作15句”も有りますが、また別の機会に・・・。
2010.10.02
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この話は以前、日記に書いたものですが、しみじみとした親子の情が秋に相応しいので、もう一度載せたいと思います。 享保14年(1729年)5月、ヴェトナムから長崎を経て百日余りかけて、遥々江戸に牡象が到着しました。江戸に詰めていた各藩の藩士たちは、こぞって珍しい象のことを国許に連絡していました。水戸藩の西野稲衛門景隆という藩士の手紙が3通、私信も含めて、その写しが残されています。その中の、幼い息子に書いた手紙と奥方へのそれが、いずれも活き活きと書かれていました。 <お父さんは象という陸の上で一番大きな動物の世話役を果たしたよ。その餌の準備に苦労したけれど、お役目柄、病気除けになるというお饅頭の食い残りや、身体を拭いた布を持っています。お母さんに贈るから、お前も少し齧りなさい。そして早く象のように大きくなって、母さんを助けて上げなさい。母さんはいろいろ五月蝿いだろうが、お前だけでなくお父さんにもそうだから、我慢しなさい。男とはそういうものだ。象は子供好きだそうで、子供たちを背中にいっぱい乗せてあげるということで、実際に江戸の我が藩にも来た時、象使いがそのように象を膝まづかせたのだが、誰も乗る勇気が無かったが、お前は、その位いの勇気を持ちなさい。是非、お前を乗せたかったなぁ。殿様の前で象が披露されたのだが、無事、世話役を務め、くたくたに疲れた、その夜、父さんが象使いになって水戸まで象を連れてゆき、お前を乗せてやろうと思った所で、夢が覚めてしまった・・・。 妻への手紙には、財政厳しい折、象の餌の手配は大変だったけれど、国に残しているお前の苦労を思った。お前や子供のことがとてつも無く大切なもののように意識した。象の係りになって本当に良かった。あの象からいろいろ教えられたように思える・・・。 6月29日 おやすどの いなえもん これは海野弘(うんのひろし)氏著の「江戸妖かし草子」(河出書房新社)から抜粋した「象を見た」の一節を参考に書いたものです。海野氏は、江戸時代に詳しい作家のようで、江戸時代の豆知識を、各節ごとに附して下さっています。江戸庶民や武士や風俗習慣が手に取るように解る名著だと思います。
2010.10.01
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