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連休スタートの昨日は日頃の運動不足を補うため、二人して大山崎までウォーキング。道中家内が桐の花はまだかしらと尋ねますので、あれは五月の連休辺りだと説明しながら、天王山沿いにある住宅地の背にある桐の木の場所を見たところ、くすんだ色ながら咲き始めていました。これなら資料館の当番に当っている5月3日頃が綺麗だろうなと思いました。名神高速路が南下する辺りの地名を”開(ヒラキ)”と言いますが、これは明智光秀との戦いの際、秀吉が本陣を置いた可能性のある場所として一目置かれる高台で、近くに老人施設があります。そこに植えられている桐の花は既に咲いていて、しかももっと明るい色合で、斑文様のない無地の花でした。 大山崎駅前のスパゲティ屋さん「ハーミットグリーンカフェ」は創業来、人気のある店です。1200円の料理を食した客には、本来500~580円もするケーキが300円にて味わえます。しかもそのケーキを盛る皿が30センチを超えるほどの大皿で、文様がインカ帝国を彷彿させるユニークな代物です。 また「大山崎 ツム・グ・ハグ」という機関紙も地域性、個性豊かな内容で、編集に携わる者として参考になりました。また駅前の美術館では小阪謙造さんの絵画展が開催されていました。スケッチ絵も油絵も琴線に触れるお作品でした。参考までに。hermit green cafe大山崎 ツム・グ・ハグ小阪謙造の世界展
2010.04.30
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不滅の韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」がMBSで放映されていますね。惚れた腫れたがメインのドラマではなく、政治の黒幕で美味い汁を貪る悪漢グループとチャングムの亡き母ら、彼らにしてやられたグループとの因縁の対決ドラマ。毎回のように主人公チャングムにとってマイナスになる部分とそれを克服、払拭するプラス部分が交互に描かれています。時々理に適わない物語の運びが無い訳では無いのですが、それにしてもハラハラ、ドキドキ、わくわくするドラマですね。もう間もなく終ってしまうのかと思うと寂しくなりますが、また観るチャンスもあることでしょう。
2010.04.29
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とうとう”牡丹”が3色揃い咲きしました。1番最初が濃い紅色で4つ咲き、続いて無地の真っ白が2つ、そして濃い目のピンクが1つその蕾は4つもつけています。うすピンクの”平戸”、わたし達が母に贈った”鉄線”も最初の1つが薄紫をつけました。椿は15センチ近い”太陽”という花や白帽子のような”袖の下”が、”エビネ”や”山吹”はそろそろ終り。垣根の一部には”紅かなめ”が燃えるように聳え、垣の手前には赤い”平戸”や白い”平戸”が咲き初め、ウッドデッキに面した歌壇には”十二単衣(アシュガ)”や”たんぽぽ”や”ユリオプスデージー”の黄花。洋間の前に吊るしている鉢はオレンジ色の”金蓮花”。葉はサラダに盛り、花や実はピクルスに適するとか。西の庭の”蘇芳”にご苦労さんと声をかけ、”花水木”の2種類が取って変わっています。玄関前には”ラランキュラス”や”ベルフラワー(乙女桔梗)””ミニバラ”など。これから庭を飾る花として庭石昌や薔薇、それにドイツアイリス、菖蒲、芍薬、蛍袋・皐月など、庭はまだまだ賑わいそうです。私が愛用している植物のサイトは「季節の花300」さんです。
2010.04.28
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加藤迪男著「十二支の話題事典」の適当なところを開けたら、猿に関する諺欄でしたので、拾ってみると、「猿猴が月」・・・猿が水に映った月を取ろうとして溺れ死んだという寓話から、身の程知らずの望みを持って失敗することの喩え。「猿が魚釣る」・・・猿が尻尾で魚を釣ることから人真似の失敗の喩え。「猿が仏を笑う」・・・小利口な者が、深い知恵のある人の真の偉大さが分らず嘲り笑うこと。「猿が餅」・・・猿が餅を貰うとすぐ食べてしまうところから得たものをすぐ他人に与えてしまうこと。「猿がラッキョウをむく様」・・・無駄な努力をして効果が全く現れないこと。「猿知恵牛根性」・・・利口めいてみえるがどこか間が抜けている猿知恵と、牛のように鈍重で強情だがこつこつと努力する性質。全く正反対のことをいう。「猿に烏帽子」・・・猿に烏帽子をかぶせる意から、人柄にふさわしくない喩え。「猿に絵馬」・・・絵馬の図柄が猿と馬を取り合わせたものが多いことから、取り合わせの良い喩え。「猿の尻笑い」・・・猿が自分の尻が赤いのに気づかず、他を笑うことで、自分の欠点に気づかず他人の欠点を笑うこと。本書にはまだまだ面白いコーナーがあるのですが、それは又の機会に。
2010.04.27
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数日来の過密スケジュール、或いは酒宴が続いたので、朝から臥しております。本日のこの日記はいずれ差し替えることにして、失礼します。
2010.04.26
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日本は語彙数の多い国ですが、それでも同じ音(オン)ながら意味や使い方の異なるものがあります。越える(特定の場所・位置を越える→山超え、苦難を乗り越え)超える(一定の分量・範囲を超える→5万円超、理解の範囲を超える)押さえる(物事が動かないように、ある部分に力を加えること→机を押さえる)抑える(物事が程度を超えないようにすること→怒りを抑える)固い(強くしっかりした様子→固く辞退する、決心は固い)堅い(脆いの反対語で、しっかりと詰まった様子→堅い材質、義理堅い)探す(自分の求める対象を見つけ出すこと→探究、探検)捜す(見えなくなったものを見つけ出すこと→捜索、捜査)交ざる(他のものが入り、複数のものがそれぞれある状態→松林に竹が交ざる)混ざる(複数のものがミックスされた状態→醤油と酒を混ぜる)伯父(父または母の兄)伯父(父または母の弟)私の両親は長男と長女の縁組でしたから、私には伯父・伯母は居ません。小父さん、小母さんは他人に使います。収める(結果として手に入れること→成果を収める、争いを収める)納める(あるべき場所に入れること→納税、鞘に納める)微妙な違いが日本語の難しさですね。参考図書は「大人の国語力が面白いほど身につく!」(話題の達人倶楽部編)付録)私の拙作の曲です。十字軍の遠征
2010.04.25
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23日は旅館に荷物を預け、華の香号というミニ遊覧バスにて七尾市の観光スポットを巡りました。能登では嫁入りの時に一度だけ使う豪華な暖簾(”花のれん”)を披露、それを潜って嫁入りの第一歩となる慣習が今も続いているようです。加賀百万石の祖、前田利家が両親の墓所を造ったのが”長齢寺”に残っています。ご住職さんは不在で奥様の適切なガイドを頂戴しました。夫人は大阪は石切のご出身で、彼女も18年前、花のれんを潜られたそうな。最初は何度も帰阪して居られたものの、平成14年の大河ドラマ「利家とまつ」の放映から急遽、大人気スポットとなり観光客の波が押し寄せてとか。寒い日でしたが、奥様心づかいの熱い茶1服が何よりものご馳走でした。七尾市の一本杉通商店街の皆さんは労を惜しむことなく、丁寧に応対して下さいました。寺歴や花のれんは下のサイトをご参照あれ。長齢寺花嫁のれん展一本杉通り商店街
2010.04.24
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手帳のブランクの日を見つけ、急遽1泊旅行に出ました。能登の和倉温泉、七尾市見て歩きの旅。日本旅行さんお薦めの「あえの風」はホテル形式の和風旅館で全室から能登島、七尾湾を望めます。夕食時にはショウータイムがあって、夢にまでみていた「御陣乗太鼓 」の名演技を観る機会を得ました。太鼓を叩くメンバー数名は、わざわざ輪島からこの「あえの風」さんまで駆けつけて下さっているとか。昔の歌舞伎座の桝席にも似た食卓附きの座席四方から中央の舞台の演技が観ることができます。また照明を極力落としますので、舞台の演技がより映えてみえます。撥捌きも鮮やかな各鬼の迫力。永らく伝わるリアルな鬼面の凄さと胃腑の壁を震えさせる太鼓の音と見事なリズム感。夕飯の接待に出て下さったCさんも嬉しそうに話されておられた。愛社精神のある素敵なお嬢さんでした。翌日もあの名ドラマ「ホテル」を彷彿させるスタッフの方、全員総力挙げての接客サービスには頭の下がる思いがしました。御陣乗太鼓 あえの風旅行記は今後も折に触れ、日記に書かせて戴く予定です。
2010.04.23
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遊里を指す言葉を列挙すると、<中国古典にはない日本製のもの>として淫肆(インシ)、艶郷(エンゴウ)、花楓(カフウ)、流里(リュウリ)など、これらはいずれも”さと”読んだらしいのです。逆に<中国でも使われていたもの>として雲雨台(ウンウダイ)、煙花巷(エンカコウ)、温柔郷(オンジュウキョウ)、花街(カガイ)、喜見城(キケンジョウ)、狭斜(キョウシャ)、銷金鍋(ショウキンカ)、女閭(ジョリョ)、青楼(セイロウ)、桃源、洞房(トウボウ)、不夜城、柳巷(リュウコウ)そして<日本独自のもの>の悪所、悪所場、色里、いろまち、岡場所、かくれ里、廓(クルワ)、傾城町、遊郭など凡そ30近い呼称となります。江戸時代、吉原開設の折の五ケ条の覚には、1)傾城町以外では商売してはならない、2)客は1日1夜よりも長い逗留は禁じ、3)金銀の摺箔など豪華な衣裳は慎み、4)家作は美麗にならぬよう、5)不審者は奉行に届けることを命じています。(参考図書:「遊女」西山松之助編)
2010.04.22
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日本の童謡には、日本人の原風景が詠われており、現代人が失いつつあるものが幻のように見え隠れします。佐野靖著の「心に響く童謡・唱歌」は、これらを9つのジャンルに分け、紹介しています。第1節では子供の生活感覚や素朴な心情を表したものとして 春よ来い、背くらべ、アメフリ、しゃぼん玉、夕焼小焼、あの町この町、サッちゃん、お正月、うれしいひなまつり「雨降り」は現在もわが家に残る”手巻き蓄音器”を巻かずに速度を緩めたり、早くしたりして遊んだ思い出があって、その雰囲気を音痴のように真似て歌うのが得意です。第2節のファンタジー部類では 七つの子、月の沙漠、赤い靴、青い眼の人形、ペチカ、オウマ、かなりや 「月の沙漠」は、予備校時代の思い出があって通学時に見初めた女の子を密かに慕っていました。アラビアの衣裳を纏い、顔を隠した眼の大きな彼女の夢を未だに鮮明に覚えていて、ロマンティックなこの歌が大好き。「かなりや」は混声合唱で歌った曲。いずれの想い出も素敵です。
2010.04.21
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”大山崎ふるさとガイドの会”のY・Kさんご案内の”洛中ウォーキング”は今年で丁度10年になり、新人も含めた30数名が京都駅に参集。先ずは龍谷大学へ向い、明治12年に建造された瀟洒な学舎やアームストロング社製の門扉など校庭から眺めました。こんな素敵なところで学べる竜大生は幸せ。次に西本願寺へ寄り国宝の唐門の豪華さを確認したあと、そもそもここにある阿弥陀堂と方広寺への1直線上を故意に遮らせる為に家康が建てた東本願寺・枳殻亭(渉成園)などの謎を探るウォーキングとなりました。道すがら薮内流のお屋敷を教えていただき、燕庵のことや古田織部のこと、織部の墓がその夫人のよりも小さい理由なども。現在の京都駅建築に反対の意思を表すものとして、境内の地下を掘って建造した東本願寺の映写用のホールを実際に入場体験しました。 豊国神社のある方広寺の境内は元は三十三間堂の南大門から北へ伸びる広大なところだったようで、神社の石垣が何処まで続いているのか、住宅地を巡り、確かめました。秀吉の創建来、5代目となっていた京の大仏さんは父に連れられ1度観たような記憶がありますが、昭和48(1973)年3月27日に焼失してしまいました。一方、問題の鐘の文字は双眼鏡を持たないと判読できないほど小さな文字でした。また城や大仏堂の大きさを低いもの順に並べると、大阪城天守<安土城天主<現東大寺大仏殿<方広寺大仏殿となるようです。家康の執念に触れると、当初は現在の京都市立美術大学の地にあった今日吉神社を、太閤廟への参拝を遮る為に参拝道へ移し変えた経緯があります。秀頼の兄で早逝した鶴松君の菩提として秀吉が建てた祥雲寺に紀州根来衆に与えたのが現在の智積院で、豊臣家にたいする徳川家の執拗なまでのこだわりには特筆に価します。太閤秀吉の廟は阿弥陀ケ峰にあり、石段は凡そ500段ありますが、今回の参加者の大半が登りました。実に50年ぶりと言ってよい程、久しぶりの参拝ですが、ここはやはり木の葉の舞い散る晩秋がお薦めですね。
2010.04.20
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昨日の日記の2番目に挙げた書物から、面白いものを見つけました。十二支をテーマにした推理小説として「十二支殺人事件」(山前譲編、天山文庫)によれば、子・・・「ねずみ穴」泡坂妻夫丑・・・「牛に引かれてお礼まいり」赤川次郎寅・・・「人食い虎」遠藤周作卯・・・「うさぎさんは病気」仁木悦子辰・・・「切手収集事件」中町信巳・・・「蛇の環」高木彬光午・・・「幻の馬」皆川博子未・・・「二匹目の幸せな羊はいま」新羽精之申・・・「踊る手なが猿」島田荘司酉・・・「東宮鶏」日影丈吉戌・・・「白い騎士は歌う」宮部みゆき亥・・・「イノシシを買いに来た男」斎藤肇また、今西錦司著「自然と山」(筑摩書房)には、子ノ泊山(三重、907m)、牛松山(京都、627m)、虎子山(滋賀・岐阜、1181m)赤兎山(福井・石川、1629m)、竜門ケ岳(奈良、904m)、蛇谷ケ峰(滋賀、901m)白馬山(和歌山、958m)、羊蹄山(北海道、1893m)、猿ケ山(富山、1448m)鶏冠山(滋賀、491m)、犬伏山(広島、791m)、白猪山(三重、620m)など記されているとか。 川柳には牛の背に無口な父の背を思い(在我)初空の蛇が泳いだ飛行雲(高司)猿真似が本物になる日に期待(舞峰)闘犬も閑か三日は牙やすめ(蒼平)など。 本書には干支ごとに、運勢や用語、故事諺、落語、俳句、和歌、川柳、豆知識などが書かれています。
2010.04.19
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久し振りに図書館から5冊の本を借出しました。1)西山松之助著「日本史小百科9 遊女」(近藤出版社)2)加藤迪男著「十二支の話題事典」(東京堂出版)3)話題の達人倶楽部編「大人の国語力が面白いほど身につく!」(青春出版社)4)佐野靖著「心に響く童謡・唱歌」(東洋館出版社)5)堀野羽津子編「カラオケ大全集」(成美堂出版) 借り出し期間は来月2日まで。これから追々、この日記にアレンジしてお見せします。本日は川崎での法事、新幹線にて往復日帰り。明日はガイドの会先輩のご案内で、西本願寺・方広寺・太閤坦まで歩きます。太閤坦と言えば、唯一所有するゴルフ会員権が亀岡にあるカントリークラブで、友人から薦められてやっとこさ購入できたのでが、それはバブル崩壊の前兆有り無しの頃でしたから、次第に値打ちが下がり始め・・・20年以上コースは利用していないことから、年会費は免除して戴いています。・・・あっ時間です、出かけます。
2010.04.18
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3月の下旬には小ぶりのもの3個1盛千円で売っていたタケノコが今や、中ぶりのもの3個で500円。京の南、乙訓(オトクニ)地区ではいよいよ筍の季節に入り、長岡天満宮の石段下の道筋では軒並みに朝掘りのものを販売しています。地区名産の筍を関西一円に販路を広めたのは三浦芳次郎で、その功績を讃えた顕彰碑が小泉川の畔にあります。また先の昭和天皇、今上天皇も乙訓の筍をご賞味なさっているようですが、筍料理と言えば天満宮の池畔にある”錦水亭”が宮内庁ご用達でもあります。孟宗竹の発祥の地として知られるのは寂照院で、わが家から散歩に程良い距離にあります。さきほど天満宮のグランドを通って来ましたが、竹薮の中で小学生が30人ほどタケノコ掘りを楽しんでいました。天満宮の霧島ツツジも24日には見頃かな。付録)寂照院古文書錦水亭長岡天満宮
2010.04.17
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日本人はお茶漬けが大好きですね。白いご飯に茶を注ぎ、ふうふう息を吹きかけながら食すお茶漬けは素朴ながら飽きません。お茶漬けならずとも、炊きたての白いご飯に「山椒の花」の味付けは如何でしょうか?わが家の庭に永年育つ山椒の木は実の出来ない”花山椒”の木。つい先日八方に伸びる枝には小さな新芽が並んでいたのに、もう黄色の小花が鈴なりに咲いています。その花を摘み、醤油・酒・味醂で煮込んだものを食卓に出せば、酒の肴にも、白ご飯の友にもうってつけ。
2010.04.16
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「アサヒビール大山崎山荘美術館」と同じ年に発足したわたし達の「大山崎ふるさとガイドの会」は昨日、町長を初め、議会長、商工会長、教育長などのご来賓を招いて厳粛に、且つ和やかな総会を開催致しました。今年で12年目を迎え6期生も加え総勢75名の大きな組織になりました。ガイドさせて戴いた人数は年々増えていて、昨年は1万人。発足来、凡そ延べ7万人に達しています。最近、他のサークルとの協賛的な催し物が増える傾向になりますが、ボランティア・ガイドの基本は5~20名程度の小人数のお客様を丁寧に案内申し上げ、快い1日を過して戴くところにあると思っています。大イベントとして行う春・秋の”天王山ウォーキング”はガイドの会総力を挙げて200~500名ものお客様をお迎えしています。春のウォーキングは来月の第4土曜日22日です。日増しに予約が増えています。詳しくはわたし達のホームページをご覧下さい。大山崎ふるさとガイドの会
2010.04.15
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日に何度も行くトイレ。小さな空間ながらも、ほっと独り一息入れることのできる寸時。小さな出窓は一つの画廊、スノーフレークと菫の濃むらさきを試験管のような花器に挿してあります。スノーフレークは鈴蘭そっくりの清楚な花。桂小学校2年生の折、5年生の姉が鈴蘭姫の主役になった時、母が夜なべして拵えた鈴蘭の花のついた白い衣裳。4月15日は母の命日。病気するでもなく、介護される訳でもなく、不意のお迎えで亡くなった母。生前の顔よりも、ずうっと美しく、まるで桂に居た時分のように若やいで見えた母の顔。昨日は墓前に御参りを済ませました。仏壇には母の遺した百人一首の筆書き綴じ本。もう満5年経ったのですね。ご参考までスノーフレーク
2010.04.14
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一度この日記に採り上げたことがあったように思いますが、父が遺している冊子の数々、それは半世紀前に呉羽紡績が提供した朝のラジオ番組「クレハ・ホームソング」の楽譜・歌詞の綴じもの。登校準備のさなかバタバタしながら聞いたホームソングの数々は、わたしの青春時代と交錯するのです。昭和34年では、「きさらぎのひと」や「桜の園」、よくヒットした「かわいい人」(作詞:西沢 爽) 笑うと かわいい 人だった えくぼが きれいな 人だった あなたと 別れた 遠い日の 思い出の森に ああ 今日もまた 夕やけが あかあかと あかあかと にじんでいるよ これは思い出の曲で、銀行の本店での催しの折、百人ほどの前でギターを弾きながら、合唱団の声をバックにソロを歌わせて貰ったのでした。この時、もうひとり、別の歌をソロをした男性はとっくの昔に故人になっています。神戸一郎の「春のマドリカル」、「舞塚のうた」、笈田敏夫の「高原の呼声」、楠トシエの「山鳩ほろろ」、「氷壁」、「テレビのアンテナ」、「あおぎりの歌」この曲はギター伴奏でよく歌ったものでした。ロマンチックな歌詞の「エメラルドの月」(西沢爽作詞)は あなたの 頬に ぽっつりと 僕の 涙が 落ちたっけ 月の光は エメラルド 涙の いろも エメラルド、 あゝ あの くちづけを あの人は いまも おぼえて いるだろか2番3番もすこぶる素敵な歌詞でした。今検索したところ、毎週火曜日の夜9時15分から10時までABCラジオで「甦るABCホームソング」が放送されているようです。http://abc1008.com/viking/tue_hs/main.html懐かしいから聴いてみようかな?
2010.04.13
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先ほど、この日記の明日の分を書いていたところ、家内が大月さんが写っていると洋間から呼びかけました。人気番組「よ~いドン」の放映中で、なるほど、画面には元同僚の先輩、大月透さんが歌手円広志さんのインタビュウーを受られていました。わたしが千本支店の頃一緒に働いて居られましたが、健康上の都合から早期退職されたのですが、テレビでは奥様に相談もせず、命よりも大事な”剪画(きりえ)”に没頭したいが為のご退職だったことを、今、初めて知りました。年賀状は勿論、剪画。大月さんとお弟子さんの作品展には何度となく足を運んでいます。また古巣の銀行のロビーにも再々出品なさっています。現在、日本剪画協会の副会長を務めて居られるとか。聞き手の円さんも樹木などの絵画がお好きなようで、話が盛り上がっていました。そして「よ~いドン」の人間国宝認定証を受賞されていました。明日のテレビ画面も東向日市界隈だとか、ここから2駅先の距離です。大月透
2010.04.12
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某月某日、地元のスナックに飲みに行ったとき、後から来店されたお客さんが、点数附きのカラオケが大好きな男(ヒト)で、ママの話に拠れば、これまで何度か全国1位をとっている御仁なのだそうだ。歌というものは聴衆の耳に、心に届いてこそと思っている私には、機械が判断するカラオケの点数方式、順位方式は根っから好みませんが、お遊びとして全国1位に命を賭けておられるこの御仁に、つい同調しました。彼は1曲目が5位、私の1曲目の「大阪の夜」(美川)は4位。ママの実姉(御ン歳73、4?)も来られていて、これは40位。但しその曲を歌っている人数も多いのでした。さて2曲目は高得点の出そうな平坦な曲を選んでみました。フランク永井の「こいさんのラブコール」。歌っている画面には、曲想やボリュームやリズム、音程などの項目ごとに、棒グラフが上ったり下がったり、高得点の場合はカラフルなグラフの柱が頂点に行きっ放し。それで、わたしの結果はどうだったのでしょう?各項目ごとの分析による五角形が割と大きな面積を保って居て、その日、全国で1500人ほどのチャレンジの中で第1位という表示が出ました。これまで、付き合いの上での点数争い、順位カラオケは2回ほど経験しるものの、そのいずれもが不発でしたが、この日ばかりは晴の第1位と言うことで、恥ずかしくも、少し嬉しくもありました。
2010.04.11
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地元での句会の季題に”苺の花”がありましたので家内に尋ねたら、この書斎の出窓の下で咲いていると。なるほど花篭の形をした白い陶器製の鉢に2タ苗が植えてあり、その1株にたった1つが咲いていました。白色の、実に愛らしい花なので沖縄戦に散った女生徒たちのことを連想しました。 従軍のひめゆり学徒花いちご 隣家から種が零れたのでしょう、庭の東側の金網のそばに小さな紫色の大根の花が1株。いつの間にか、山椒の花もちまちま咲いています。チューリップは1番目が咲き初め、一方では母を思わせる櫻が散りぢりに落花を始めました。樹下の睡蓮鉢の金魚たちの何と風雅な住いだこと。わが家の門前の左右には赤紫の花を天まで伸ばしている蘇芳が2株。さながら左大臣・右大臣の如く控えているのです。ところで、北側の新築中の隣家ですが、棟上は終ったものの、数人の大工たちの丁寧な仕事振りが印象的です。
2010.04.10
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鈴木棠三著「日本のなぞなぞ」は万葉から江戸時代までのなぞかけが掲載されています。これは中国の故事や古歌を知っていないと解けないようなものが多くて、困りものですが、少し引用させて貰います。宸翰本のなぞなぞでは1)上は上にあり下は下にありさて何という字なンでしょう?上という字では横一の上にあって、下という字の場合には下にある → 卜2)嵐は山を去って軒のへんにあり??嵐の山を去る ふむ 風という字になりますね。軒の偏とは車 → 風車3)竹生島(嶋)には山鳥もなし琵琶湖の嶋の山鳥を省き、残った竹生を一つの字にすれば → 笙(楽器)4)道風(トウフウ)が陸奥(ミチノク)紙に山という字を置く小野道風はとうふうともみちかぜとも。道風の道を除けて、紙=上に山を置く → 嵐5)泉に水無うして竜帰る泉から水を取って、竜(りう)の逆さ読みしたら? → 白瓜6)廿人(ニジュウニン)木に登る草冠=廾+人 その下に木を → 茶これらはまるで とんち教室ですね♪
2010.04.09
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わたしに取って落語は、ここ数年来の睡眠薬になっています。勿論、飲み薬に非ず、聴き薬として効用大いなるものがあります。調子の良い時など、カセットテープを回して1分足らずの内に寝入ってしまうことがあります。思えば受験時代には漱石の「我輩は猫である」を携行して、迷亭さんや東風くんの会話に気分を解していましたから、狙いとしては同じです。寝しなにあれこれ案じてしますと寝付かれませんが、のんびりして馬鹿げた落語を聴いていると、神経が解れて行くという仕組みです。 さて演目のどれを採っても面白いのですが、掲題の地獄八景は今から150年前には演じられていた古典落語で、落語家はその時代時代に応じたアドリブを入れながら更に滑稽さを加味して話す訳で、地獄六道の辻辺りの語りや三途の渡しの船賃の計算根拠などユニークで愉快です。一方哀しい演題は「たちぎれ」。浪速の若旦那が芸子にうつつを抜かしていたので、番頭さんらが謀って屋敷牢に百日閉じ込めている間に、當の芸子さんが”焦がれ死”した話で、それとも知らず一目散に駆けつけた若旦那が悲嘆に暮れている時、プレゼントした三味線が勝手に鳴り出します。そのバックに流れる地唄が実に効果的なのです。時代考証が測れる落語って本当に興味尽きない世界だと思っています。ご参考までに地獄八景亡者戯たちぎれ
2010.04.08
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日本語倶楽部編による「”字源”の謎にこだわる本」は非常に為になる愛読書の1つです。今回は、”火”と”田”から適宜文章を変えてお届け致します。容易に想像がつくように思いますが、”火”は燃える様を表す象形文字で、カという発音はもっと昔はキ、つまり光り輝く”輝”から生まれたとされています。火が燃え尽きると黒くなるから”晦(カイ)から派生して”灰”に。炙るという字の上の部分は象形文字では”肉”を指し、あぶる、焼くの意味となります。 ”田”の字の中の十は、東西南北を走る畦道を意味し、古くはテンもしくはチンと発音し”陳”(いっぱい並べる)に通じ、畦道で仕切った田圃がいっぱい並んでいるところの意味。小振りのものは人が開拓したとの意味で”佃”、そこで新開の人工島を佃島とも名付けていますね。草や木を焼き払って作った耕地が”畑”で、同じ意味の畠は、水のない白い田となり、野菜などを作る耕地という意味合いが。男という字は田で力仕事をする人間だからと思いがちですが、田にはジンという音もあって、”任”(耐える)の含みを持ち、耐える人間、力を使う人間という意味が根底にあるとか?私も含めて忍耐力の減った男どもが・・・。本日の付録 拙作の曲、荒野
2010.04.07
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寿屋(今のサントリー)が今から50年ほど前に発刊していた「洋酒天国」49号に、今月のカクテルとして紹介していたのが”シークレット・ラブ」。クリームがかったオレンジ色のカクテルで、<まことにおもわせぶりな名をもつカクテルで恐縮です。リキュールのプリンセス的存在であるヘルメスノワヨーを使ったら、なんとも、秘密めかした、妖しい魅力が生まれました。こんなカクテルを飲みながら、愛する女性と二人ッきり、秋の夜長を語り明かしてください。>なる一文が添えてあります。<製法は、ヘルメスノワヨー1/4、赤玉ホワイトワイン1/2、トリスミルクオレンジジュース1/2を氷と共にシェイクしてシャンパングラスに。あまく、とろりとした味で、女性にも歓迎されるでしょう。>とあります。何だか昭和35年頃の雰囲気を醸し出すトリス・バーに行きたくなってきました。
2010.04.06
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今から4半世紀前に売られていた「アメリカ映画ぽすたー」なる小冊子があります。河出書房編集部の手になるもので350円。表紙は永遠のスタージェームス・ディーンの「エデンの東」。ジュリー・ハリスとひしっと抱き合った姿が印象的です。大阪は粉浜という街にピカデリー劇場という小さな映画館があって、高校時代の親友と屡観に行きました。表紙の背中には、<映画の黄金時代を築いたハリウッドのスターの”愛と別れ”の名場面が、初公開当時のポスターで今よみがえる。>とピーアールしています。ポスターはハガキ大の大きさで郵便番号欄もつけてあります。風と共に去りぬ(クラークゲーブル、ビビアン・リイ)、哀愁(ヴィヴィアン・リー、ロバート・テイラー)カサブランカ、凱旋門(イングリッド・バーグマン、シャルル・ホワイエ)、ローマの休日、七年目の浮気はモンロー、ピクニック、めぐり逢い、熱いトタン屋根の猫(エリザベス・テーラー)、そしてウエスト・サイド物語。最近のアメリカ映画はものを爆破したり、空想的なものが多く、心に残る内容が少ないのは残念ですね。(付録)本日も間もなくガイドに出かけます。拙作ですが・・・旅愁
2010.04.05
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毎朝床を離れて一番にすることは雨戸、出窓を開け新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むことですが、折りしもすぐ近くで耳にしたのは、ほぼ正調の鶯の声でした。庭の至るところに菫の花、椿は日ごといろんな花を開け、樹齢50年の老櫻もほぼ満開。本日は今月最初の句会、本部での例会です。季題は竹の秋、亀鳴く。 そんな訳で本日も手抜きの日記で申し訳ありませんが、秋田実編「ユーモア辞典」から再度、3つ拝借。 「ご面相」男「君、わしの肖像画を1つ描いてくれないかね。なるべく、そっくりというやつをね」画家(つくづくその顔を眺めて)「あいにく僕は漫画の方はやっておりませんので・・・・・」 「満開」A「彼女は、素敵な鼻をしているね」B「ほう、そうかね、少しも知らなかったよ」A「何しろパッと四方に開いているんだからね」 「禍転じて」(私なら機転という題に) セールスマンが、ある1軒の家を訪問して、出てきた女に言った。「奥さんはお出ですか?」 すると、その女が怒って、「まぁ、私を何だと思っているんです?お手伝いだとでも思っているんですか?」「いえいえ、余りお若く見えるんで、お嬢さんだとばかり思っていたんです」お後が宜しいようで・・・♪
2010.04.04
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本来は京都市立美術館で開催中の日本南画院展を観に行く積りで家をでたのですが、ひょんなことから、憧れの「都をどり」を堪能させて戴くことになりました。事情を詳しく述べますと下さった方が返ってお困りになりそうですから、此処では、花見日和の空からチケットが2枚降って来たと申しておきましょう。結社の俳句誌5月号の初稿を出版社に持参し、丸太町小川通からてくてく四条烏丸の大丸にて家内と待ち合わせ、家内がかねて行きたいと思っていた”福寿園”京都本店ビル3階のフランス料理”京の茶膳”さんにてランチを戴きました。世の中かくも不景気が続きますと外食産業も一ト工夫、二タ工夫が必要ですが、それを現に行っておられるお店で、予めテーブルに並べてある大皿は、空女さんという工芸作家の作品で1枚21万円もする代物、それが、各テーブルに並べてあるのですから・・・。また壁掛けは人間国宝:羽田登喜男作友禅「瑞鳥 四季」や「吉祥 鴛鴦」。自家製パンにも料理の味付けにも”お薄”やほうじ茶の香を含ませてあります。また9階に至る各階の庭は「天空の京の庭」と称し、誘い、釣り灯篭、霞たなびく夜空の月、静寂の州浜、などと個性に富んでいます。 天空の庭で得た切符をしっかり握り締め、花見小路歌舞練場にて指定席と引き換え、少しの余暇を円山公園にて花見やら、善導型燈籠(茶の湯向けの珍しいもの)を見ながらベンチで休息。50年ほど前、父に連れて貰った時はもっと風雅なお茶席でしたが、最近は50名ほどをいっときに座らせての当番舞妓芸妓茶のお振舞いでした。いつぞや芸妓の小愛ちゃんから、あのお茶碗は吃驚するほどの高価なもの、衣裳もより選ったもので侍るとか。亡父すばるは生前、都をどりを欠かしたことがないほどで、内緒で8ミリにも納めていました。物置には串団子模様の皿が無尽蔵にあります。脚本・写真集(600円)を買って馴染みの芸舞妓さんの役割などを探しました。偶然ながら、2日の出番には小愛ちゃん。舞妓さんの踊りは衣裳も手振りも揃っていて、さすがは井上八千代さんの仕込みが行き届いているなと感心し、芸妓さんになるとぐっと大人びて、その色香が身のこなし、指の先まで現れていて夢中になって観ました。お囃子方の舞妓さんや地方の姐さんたちの芸の域の深さにも感心すること仕切りでした。都をどり
2010.04.03
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今朝の京都新聞の地方版には「1150年祝い木札作成」という見出しで、<大山崎町大山崎の離宮八幡宮は、3日に営む創建1150年祭を前に、記念の木札を作った。昨年、本殿屋根のふき替えに使ったヒノキの端材を材料にし、約1千枚が完成。同祭で「けんか神輿」を奉納する愛媛県松山市の朝日八幡神社の名も記した。>とあります。九州の宇佐八幡からご神体を分祀して創建された大山崎の離宮八幡から、間もなく再分祀されたのが岩清水八幡宮(いわゆる八幡町の男山八幡)で、爾来、男山八幡と大山崎の離宮八幡とが本家の座を争った古文書が離宮八幡に多く残されています。ガイドの会に入って5、6年になりますが、松山の朝日八幡神社さんが離宮八幡さんから分祀されていて、しかも松山市域が、当時、灯明油の原料:え胡麻の大産地で、大山崎から買い付けに行っていたことを知りませんでした。今年の吟旅も偶々、鷲羽山から松山地区1泊のコースですから何やら因果めいたものを感じます。付録として2社の説明Wikipediaを添付します。離宮八幡朝日八幡神社
2010.04.02
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毎度のことですが、物事への整理が極めてぞんざいなタイプですので、このブログにて先月の拙句を控えておきます。 ○美人画を観ての帰りの春の雨 春雨や町屋つづきのむくり屋根 畳みたる春雨傘の遅しづく 春雨や小便いやどす塀鳥居注)塀鳥居とは京町によく見られ、板塀に小さな朱の鳥居が張っ付けてあって、立ちしょんご法度の印し。 いかなごの和みは母の思ひなる いかなごの煮しめは姉の定期便 かげろひの中に映るや幼の日 撓る身のほろほろ謡ふ雪柳 ○かぎろひや君が袖振る武良前野これは<あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖振る>を俳句にしたもの。万葉仮名では紫野は武良前野と表記。 ○吾も亦かげらふてゐる発掘地 昭和十年父が日記の磯遊び 春燈や身ぬちの塊の解れさう 梅咲く日晩婚の次女出て行きぬ 忌を修すもう顔出さぬ蕗のたう ののさまやのたりのたりの春の海 春耕の土ほくほくと笑ってる ○亀鳴くやその岩父の組しもの 春耕の田一つ隣る発掘地 ○耕せる際より造成始まりぬ 耕人も土も一息入れてをり ○晴明の隠れ墓なる雪柳安倍晴明の墓地が嵐山渡月橋より数分の処にひっそりとあります。 大井社に詣でてよりの花見かな大井神社は桂川の守り神でもあり、秦氏の神でも。 西行の歌詰橋や花馬酔木歌の名人、西行でさえ、返歌に窮したとされる場所。 ○家路には六つがほどの桜餅 菜の花を前に観光車夫憩ふ ◎生菓子とお薄小膝に花の雨 スイトピードガの踊り子見るやうな うぐひすの節おぼつかな竹の径他にも沢山詠んでいますが、4月の句会などで使用する積りです。
2010.04.01
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