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〇今から4半世紀前の月刊美術誌「芸術新潮」の特集は南伸坊の”美人画考現学”。その1章が”美人を描けば美人画か”というテーマで、歌麿の浮世絵とそれに扮した京マチ子の写真を並べています。右の頁にはピカソの”肘つくマリー・テレーズの画とモデルの写真が添えてあります。キュビスム独特の顔が半分ズレた構成ながらなかなかの美人を匂わせています。数頁めくった処には、夢二の黒猫を抱く「黒船屋」やセミヌードの寺島紫明「夕月」、伊藤小坡の「母と子」の上品な母娘図、池田輝方の「幕間」は明治初期の女性群、そして左頁には<写実を重んじながら、理想の女性像を筆に託して描く>3大美人画家の上村松園の「長夜」。 北村恒富のぽっちゃり系「浴後」や手鏡がモダンな「化粧の女」(樋口五葉)、妖艶な「ゆあがり」(島成園)、伊藤深水「湯気」、更に、中村貞以の「爽涼」、梶原緋佐子の「花」、菊池契月の「少女」、鏑木清方の「築地明石町」が掲載され、次の頁には美人画の眉・目と鼻・口元をアップした写真が10組並べてあります。
2021.07.31
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〇某日、教育テレビでは今年5月大歌舞伎の「土蜘蛛」を放映していました。主役は4代目松緑ですが、私が舞踊家として心酔したのは2代目で、軽妙にも荘厳にも舞うことのできた人で、幼年期の私の記憶にしっかり刻まれています。関西歌舞伎では、中村鴈治郎、扇雀、富十郎、友右衛門、仁左衛門一家、嵐吉三郎、嵐雛助、尾上菊次郎、市川寿海など。東京から歌右衛門、幸四郎、松緑、猿之助、段四郎、海老蔵、彦三郎、羽左衛門、訥升、宗十郎らが旧歌舞伎座で公演していました。
2021.07.30
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〇令和3年平和記念式典の式場に添えられる千羽鶴を今年も家内らのリフォーム愛好サークルも出品。長岡京市庁舎2階渡り廊下に展示されていますので、確認しに行きました。いくつもの大掛かりな千羽鶴が吊るされていますが、家内らの作品がはっきりしません。そばを通られたハンサムな職員さんに家内が質問しますと関係スタッフの所へ案内して下さった。この千羽鶴の受付と展示、7月30日(金)に広島市へ持ち込まれるようです。渡り廊下で出会った職員さん、担当係の職員さん、どなたも労を惜しまず、親切に対応して下さり、ありがとう御座いました。リフォームの仲間が父の遺した折り紙で鶴を折り、母が遺した布団のしつけ糸で妻が折り鶴を繋いだものです。
2021.07.29
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〇俳句会では参加者が互いに清書を受け持ちます。各自が投句した5句の短冊をバラバラにして、それを各自が清書することによって、字の癖などによって作者が解るのを防ぐためです。私は書き直しの多いタイプですので、消しゴムを使って新たに正しい語をかきますが、鉛筆のHBではやや薄いのでB2以上の鉛筆を使います。鉛筆は削る作業が伴いますので、掲題のコクヨ製のシンプルな「鉛筆シャープ」を愛用しています。1,3、2Bの替え芯を入れておけば長らく、使えます。
2021.07.28
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〇小泉和子著『昭和 台所なつかし図鑑』の表紙には、坊ちゃん刈りの末子、その横に両親、お婆さん、そしておかっぱ頭の長女と丸刈りの6人家族が小ぶり長方形の卓袱台2脚を囲んでいる写真が載っています。また写真の下部には、菜入り擂り鉢と擂粉木、綿入り保温布と木製のお櫃、真ん中に焦げ茶いろの頑丈そうな冷蔵庫(上の段に氷と牛乳瓶、下段には西瓜やビール瓶など)、かつお節削り箱や藁製のたまご容れ、行平、十能などが写っています。
2021.07.27
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〇果物の甘味を構成している物質中、ブドウ糖の約2倍甘く、ショ糖の1.5倍甘いのが果糖です。この果糖には、温度が低くなると甘味が強くなるα型とその3倍甘くなるβ型がありますので、さらに冷やせばα型がβ型に変わって甘味が増すと言われています。だから60度で保存する果物と0度の果物の甘さを比べると、1.8倍ほど甘くなるようです。
2021.07.26
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〇生保会社に勤務していた亡父は業界の保険経済新聞の「保経俳壇」紙上にコーナーを頂戴し、昭和35年前後数年間、自句自解を掲載させていただいていました。 ゴブランに一閃呉れて鉾を撮る すばる 京都祇園祭前夜は宵宮と称し大へんな賑わいである。この夜ばかりは、京都近郊の人は申すに及ばず、地方からの観光客まで加わって、市電まで止まるほどの混雑である。夜のカメラマンも盛んにライトをたいて写真をとる。鉾を飾る国宝級のゴブラン織の高貴な綾錦も一瞬ライトの前に昼のような輝きを見せる。現代の宵山風景をキャッチした一句である。
2021.07.25
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〇12年前の大山崎町恒例の”夏休み子ども歴史教室”のテーマは「武将のかぶと・よろいをつくろう!」資料館に勤務されているパートさんお二人がせっせと材料の準備をして居られました。兜は4つのパーツ、鎧には51個ものパーツが必要で、しかもパーツを繋ぐ緋の緒を通す穴は総計千個も空ける必要があります。つるっとした光沢のある腰の強い紙の色が漆黒ですので、緋色の紐に結ばれて出来た黒い甲冑は、実にシンプルながら重厚で、そしてデザイン的にも優れていました。
2021.07.24
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〇「洋酒天国」numoro15に掲題の一文が載っています。元朝日新聞論説委員の吉村正一郎氏。先日某テレビ番組で、ビールやワインの美味の飲み比べを流していましたが、<日本のビールの味は本場のドイツに負けない、と誰もが言う。それにくらべると、フランスのビールは不味いという話を聞いていたが・・・・>1957年頃、<アルザス地方産のビールが日本の全生産量を越え、葡萄酒を2千万石、林檎酒を6.7百万石、ビ―ㇽを同量作るフランスという国は、よほど飲み助ばかり揃っていそうだが、酔っ払いがいない。>実はあまり沢山飲まないで、ビールなら大てい小壜1本か多くても2本、それで1時間でも2時間でもネバっている。>ようだったそうな。
2021.07.23
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〇断捨離するには、家が火事に遭ったという心境に至る勇気が基本になりますが、私ではなく、亡父の影が捨てるなと言っているようで捨てきれないものが数多残っています。この日記で一度抄出しましたが、覚えのない仏さんや天井画、彫刻が掲題の本では100を越えます。法界寺の飛天図、養源院杉戸画の唐獅子図や白象図、或いは鞍馬寺の毘沙門天立像、仁和寺の宝相華迦陵頻迦蒔絵壜冊子箱など世界に誇れる秀逸なものは枚挙に遑がありません。
2021.07.22
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〇何処から引っ張り出したものやら、掲題の旅行地図が書斎の洋服ダンスの前にありました。大阪西区新町3丁目、明治5年(1872年)、日下伊兵衛が創業。依頼00年以上に亘り専ら地図を出版、1981年にワラヂヤ出版株式会社として法人化。残念なことに2002年負債額7億5千万円にて破産宣告されました。昭文社やアルプス社などのCG製品にとって代わられたようです。平戸・佐世保、別府・湯布院、雲仙・島原半島、阿蘇・九重、霧島、秋吉・山口鳴門・萩、広島・厳島・岩国・呉、福山・尾道・耕三寺、高松周辺、大山・米子・東郷・三朝、松江・出雲、京都・大津、大阪神戸と周辺、琵琶湖国定公園こんな具合に手書きの地図。裏側は九州、四国、中国、近畿、中部、関東、東北、北海道、全国の詳しい交通網つきの地図です。古書価格は千円から2千5百円程度でした。
2021.07.21
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〇この家を建替える前、母存命の頃、台所の夜窓に出勤していたのは、掲題の守宮。吸盤でもあるのか、外窓をわが家のごとく、自由に動き回っているのを、家の中から時々見ていました。母が亡くなって、改築後、物置を物色して居たら、真冬とて、物置小屋の床には、夥しい守宮を見つけ、驚愕のあまり、物置から飛び出た記憶があります。彼らは冬眠中の深眠り。雨戸を開けるとき、視界に入って、ギョっとさせるのも守宮。害虫を食べて呉れそうだから・・・共生しよう。
2021.07.20
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画像はにいにい蟬〇蝉の声を聞けば、大阪は住吉の社宅を思い出します。今は播磨町から玉出へと抜ける広い公道になっていますが、少年期の玄関前は広大な松林でした。自分で拵えた蝉用の網(直径10~15センチほどの袋状のもの)に長い柄をつけ、松の樹液を啜る蝉を捕獲していました。にいにい蝉や油蝉は少し愚かですから、簡単に捉えることが出来ました。 今や熊蝉の数が急増して値打ちが下がっていますが、当時の花形は声の凛々しい、透けた羽を持つ黒い胴体の熊蝉でした。油蝉なんかに比べたら敏捷でなかなか捕獲することができませんでした。八月半ばの午後の暑さは七月の比ではありませんが、暦の上では既に秋。寿命の尽きた熊蝉が腹を見せて転がっているのを見たり、そこかしこにある空蝉に、子供ごころにも世の儚さを感じていました。
2021.07.19
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〇掲題のハンドブックには<歴史探訪に便利な>という副題がついていて、ガイドの先輩の遺品、平成7年度もの。重要年表・年号一覧(時代順、50音順、十干・十二支)歴代天皇、院政、将軍・執権、大老・中老、内閣総理、政党変遷、公家官制・官位一覧、武家職制、それに便利な国県対照と戦国(江戸)大名一覧。近世交通路、神話の神々、神宮・諸国一宮&旧官国幣社、鳥居の構造、仏教宗派、百観音霊場、そして感動するのが新旧漢字書体対照表。数詞、名数、度量衡換算表、月の異名、二十四節気・雑節、石器・土器図表、 大内裏図、内裏図、門の名、家紋章が580個、 神社、仏像,梵字、屋根・破風、方位・時刻表、くずし字など、致せり尽くせり。
2021.07.18
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〇4時過ぎに会社を出て直接高辻へゆく。時節柄飾りをしてゐない。大方のうちが幕は吊ってゐるのでせめてそれだけはと云って吊らす。風呂に入ってゐたら妻、長女が来る。茶碗むしで夕食、多田の英ちゃんが数年ぶりにひょっこり訪ねて来らる。両親に死別してすっかり大人びてゐる。半時間ほど話してゆく。母、妹、妻、長女と共に函谷→占出→孟宗→保昌と廻る。半時間ほどで帰り仕度。岩戸山で真ちゃんを見かけ呼んだら、二階まで案内してくれる。 新町仏光寺南で長女に提灯を買ってやる。大変な喜び方。凱旋船鉾の前で新関、占武両君にあふ。帰宅11時半。就床1時。(尚、欄外の空白に、近衛内閣辞職とあります)
2021.07.17
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〇剣が峰に立っていた白鵬関が予想を超える強さで白星を並べています。一方、横関昇進を胸に固く刻んでいる照富士関の強さは恰もアメリカ大リーグの中にあって超人的な活躍を呈した大谷翔平同様、他の力士とは別格レベルの強さを見せつけています。先場所の活躍で期待していた若隆景関は大きな壁に突き当たった感じで、自信を失い、勝ち星を稼ぐことが出来ていませんが、将来への大切な教材を得ています。目を見張るのは、朝昇龍の血縁、豊昇龍の腰の強さと腕力、それに巧さも時々見せていて、今後、彼は上位の常連になりそう。琴の若、新入幕の一山本たちが将来の大相撲を支えてくれそうな予感がしますね。俳句で夏場所と言えば、東京国技館で行われる5月場所を言いますが、名古屋場所の方がピンと来ますね。俳句は季節の先取りですから、詠む側から言えば、旧暦がぴったりです。
2021.07.16
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〇東男に京女、京に良きもの3つ=おなご・賀茂の水・寺社、京おんなの長ぶろ、大原女、白川女、桂女。続いて小野小町、源義朝と平清盛に翻弄された常盤の一生、常盤に溺れ過ぎたため、彼女の遺児に平家は滅亡。恋ごころの行き違いの男女、滝口入道と横笛の物語。夫への操を守るため、自ら刃の犠牲になった袈裟御前。 和歌・俳諧・書道・茶道・華道から管弦に至るまで奥義を弁えながら慎ましやかな美女の吉野太夫。 このほか、蓮月尼、幕末の志士を支えた多くのおんな達の話題に、京は魔法の壺のように泉が湧き出るのです。
2021.07.15
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〇晩年の父は2度目の入院ですっかりパワーを失っていましたので、専ら病院への見舞いが主でした。父が鬼籍に入ると、夢の跡となった家の断捨離に着手。捨てて良さそうなものを選び、2トン車に電化製品その他を乗せて廃棄して貰い、続続しようと思っていましたらあれほど母を苦しめた筈の父のグッズの整理に母の表情が曇っていましたので、一旦凍結。 一方、妻は妻で、自分の両親の介護を弟だけに任せる訳にいかない思いも強く、大阪まで度々足を運び、妻の留守中は私が食事の用意。向日町のわが家からこちらに来ては母の世話、時々寝泊りして3度の食事の用意も。夏場は冷やしソーメンが好みだったので、昼は冷素麺が主流でした。夕飯は南瓜が料理映えし、味付けも簡単だったので副菜としてよく出しました。
2021.07.14
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〇ユネスコに世界無形文化遺産として登録する為の基礎資料として、山鉾の重量測定が10数年前にありました。測定場所は河原町御池下ル。以下測定結果を並べますと。長刀鉾 :11.10t 孟宗山 :0.54t 油天神山: 0.55t保昌山 : 0.67t 函谷鉾 :11.39t 太子山 : 0.59 四条傘鉾: 0.40t 占出山 : 0.51t 鶏 鉾 : 9.42t白楽天山: 0.71t 霰天神山: 0.65t 山伏山: 0.60t月 鉾 :11.88t 芦刈山 : 0.64t 綾傘鉾 : 0.36t蟷螂山 : 1.22t 菊水鉾 :10.31t 木賊山 : 0.67t伯牙山 : 0.52t 郭巨山 : 0.69t 放下鉾 :10.32t岩戸山 : 8.25t 船 鉾 : 8.41t 北観音山: 9.27t 橋弁慶山: 0.80t 黒主山 : 0.67t 八幡山 : 0.75t鈴鹿山 : 0.70t 役行者山: 0.84t 鯉 山 : 0.81t浄妙山 : 0.78t 南観音山: 9.54t(重さは人や装飾品を含む、巡行順) 保昌山と黒主山が同じ重量ですが、それ以外は少しづつ異なっているのが不思議です。最も重いのが大きさから言っても納得の月鉾、次で函谷鉾、そして長刀の順。
2021.07.13
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〇夏の風物詩の一つに、鵜飼い船がありますね。成人してから乗船したのは一度位。暗闇の中、松明の明かりに照らされる船べり、鵜匠の巧みな綱のあしらい。こちらに引っ越して来て数年後、嵐山大堰川での鵜飼い船のテーマにした画を散髪屋の主が描いておられたのが印象的で、実はその画が安珍・清姫で有名な道成寺に飾ってあったので、再び驚きました。どういう経緯であの寺に? 血まなこの荒鵜に爆ぜる篝かな 高井 北社 疲れ鵜を労はる己が指噛ませ 栗田やすし おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな 芭 蕉
2021.07.12
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〇生かせて貰っている限り、思い出は尽きませんが、何と言っても子供の頃の記憶が鮮明ですね。京都から九州佐賀市で2年過ごし、4年生の夏休み、大阪の住吉小学校へ戻ってきました。最初はチンチン電車(南海電鉄上町線)で助松から2駅乗って帝塚山4丁目で下車していましたが、5年から徒歩。短縮授業の住吉中学校から徒歩で帰って来るや何はともあれ、昼ごはん。冷たいご飯に、母の胡瓜揉みこれが定番でした。こう言っては何ですが、母は同じメニューでも平気な人でした。そうそう弁当箱を包んだ新聞紙が醤油色に滲んでいることが多く、蒲鉾を炊き込んだ弁当が主流でした。
2021.07.11
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〇孫が出来ましたので、これからはデパートの子供売り場へ足を延ばす機会が多くなりそうです。長女が赤ん坊だった頃は、まだブリキ製のおもちゃが多かったのか、風呂おけで使っていたのはブリキ製の金魚。今なら軽い素材のアヒルの親子4羽ぐらいを浮かべるのでしょうね。とにかく勢いよく飛びあがって来る様は何度見ても飽きませんでした。
2021.07.10
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〇りそなのOB、OGの京滋地区ゆかりのメンバーが集う「カラオケ同好会」が解散となり、ここ丸1年半、カラオケ店に足を踏み入れていませんので声質が低下、張りのある声が出せていません。日常の会話に於いてもその通りで、孫をあやす声が掠れ声で心哀しく思う許りです。普段自転車で出かける折も、大っぴらに歌うことも叶わず、声帯を鍛えていないので、先行きが不安です。早春、某歌姫のリサイタルに行きましたが、往時のお声ではなく、気の毒に感じました。我が身を振り返りますと、爺さん声になっているように感じ、一番の悩みはファルセットが情けない出来で、哀しくなります。
2021.07.09
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〇「俳句作家610号」という諸家合同句集に掲題の句があって、それに寄せた拙文(凡そ20年前)です。私の記憶が正しければ、炎昼という季語は虚子の手によって生まれたものらしく、炎天と真昼を一つに合体省略した有り難い季語である。猫という動物は細心さと大胆さを兼ね備えた不思議な愛玩動物で、谷崎潤一郎の『痴人の愛』に登場するナオミのような、妖しい雰囲気を持つ。而して私は、猫の性格と女性の性格とを重ねてしまう。一応平和な日本では、袋小路に寝そべる夏の猫は、人が通っても立ち退かない。日陰に腹をくっつけて涼を取る。漱石の猫は、人間という不可思議な生き物を冷静な目で批評している。飼っている積りの人間様が、体良く猫様にあしらわれていないでもない。猫が鼠を捕らえたという武勇伝は遠い過去の話。しかし猫だけで無いぞ、役立たずは。最近のワンちゃんも過保護の故に番犬にもならない。猛犬の立札に偽り有り。本句、ゆらりが効いている。
2021.07.08
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〇ビックリハウス版『大言海』のナ・二の編はこれと言って面白くありません。ナリタツ=成田空港から飛び立つ。内心書=日記のこと。○無核(ナイカク)=中心人物不在の内閣、うむ納得。軟膏不楽=膏薬を貼り付けたぐらいでは取れない方のコリ。ナポレオン=ナポリ育ちのライオン、寒さに弱い。なんだべかしら=人に何か言われたとき、聞き返すときに用いる。なんだべ?とかしら?との合成語。ギャグ向き。日中有効条約=昼間だけ適用される条約。○任期商売=代議士。女人金征=金ずくで女性をものにすること。◎入額式=お葬式のこと。○ニューイヤー=初耳。
2021.07.07
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〇下の漢数字を並べたものを読解して下さい。 八万三千八 三六九三三四七 一八二 四五十三二四六 百四億四百 この数や漢数字に、うまく言葉を当てはめていきましょう。 やまみちは さむくさみしな ひとつやに よごとみにしむ ももよおくしもはい、これを更に解り易くすれば 山路は 寒く寂しな 一つ家に 夜ごと身にしむ 百夜置く霜随分深みのある哀感を伴った名歌ですね。貴方も一度挑戦されては如何?
2021.07.06
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〇現在、初孫がこの家に居ますので、洗濯物がいっぱいです。想えば3歳の長女と生まれたばかりの長男を抱え、家内の家事は大変だったろうなと。そして偶に、夜に洗濯機を回すような事もあったように思うのです。掲句の絞り切れざるものとは何でしょう。ジーパンのような厚手の生地ならその一つかも知れません。それは実体験の事にせよ、絞り切れないものは、悩みや不満、或いは育児や将来への不安なのかも知れません。心象心理を一緒に詠み込んだところにこの句の味わいがあります。
2021.07.05
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〇『日本史小典』の中ほどに新旧漢字書体対照表が付してありますが、簡略字の恩恵に浴する現在のわたし達には、到底、字画数の多い旧字の複雑さに耐えられないのでは?囲→圍、医→醫、駅→ 驛、塩→鹽、応→應、仮→假会→會、旧→舊、学→學、缶→罐、拠→據、済→濟発→發、号→號、図→圖、読→讀、余→餘、励→勵こういう風に、画数の多い漢字を覚えていたのだから、尊敬しちゃいますね。
2021.07.04
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〇貴族女性の正装だった十二単はどのくらいの重さだったのか、それを検証してみます。十二単というのは俗称で本来は女房装束といい、小野小町の頃には未だ無く、紫式部の頃、平安中期からとか。袴、薄地の単、さらに単よりもひと回り小さな袿を色合が見えるように重ね着し、表着を着ました。 腰に裳を纏い、袷の短い衣である唐衣を着るのが女房たちの公の場所での正装だったようです。 「栄華物語」には、20枚もの袿を重ねたことが書かれていて、おそらく10キロから20キロの重さと思われますが、平安末期には5枚の袿に固定されています。フランス革命前のあちらの女性はコルセットなるもので体を絞る苦痛に耐えるなど、古今東西、女性の美への意識には頭の下がる思いがしますね。
2021.07.03
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〇この頃は鶯が庭に遊びに来て、見事な咽喉を聞かせてくれます。俳句ではこの季の鶯を夏うぐひすとか老鶯と言いますが、節回しが一番円熟する時期でもあります。同じ鳥でも鶯ならぬ十姉妹はいろんな鳴き方をする小鳥のようですが、 京都大学の渡邉大教授・安部健太郎助教チームが以前、この十姉妹の「歌」の文法について研究成果を発表されたニュースがあります。十姉妹の歌のさえずりには独特の文法・ルールがあるようで、それを成長の段階で順次習得して行くという報告がありました。十姉妹の雄は10~20種類の音を操り、雌を引寄せたり、ほかの雄に警告を発したりするようで、研究チームは実際の十姉妹の歌を2時間聞かせたあと、この歌の一部の音を変えて流したところ、特定のパターンにだけ反応し、歌の相手を確かめる為、鳴き返しの回数が顕著に増えたということのようです。
2021.07.02
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〇午前中はどちらかと言えば能動的に過ごしますが、午後からは余り有意義に過ごしていません。そのツケが句作にも表れてくるのでしょうね。サルビアの焔(ほむら)を咲かせ卒寿女史御覧なさいこれが千入の藍浴衣 千入=ちしお、つまり何度も染めること歌舞練へ赤帯きりり白浴衣水中花泡(あぶく)ひとつの独り言花あぢさゐ今日に染まるはどんな彩夜咄の茶事なかごろや冷奴 茶事七式→曉、朝、正午、夜咄、不時、飯後、跡見紫陽花や女御の如く侍りをり麗容のくじゃく仙人掌花堂々奉行とな結界石の雨蛙哲学の道のかたへは木下闇一雨得て古社大豊の大茂り
2021.07.01
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