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〇ビックリハウス版の洒落ことば集「大語海」から拾ってみました。 モノガタル=地震が来る。或いは、裕福に暮らす。 問答無用=にらめっこ。 模範怪盗=証拠も残さず、かつて1度も捕まったこと のない優秀な泥棒。 夜番人=ガードマンの方、ごめんなさ~い。〇薬罐飛行=夫婦ゲンカ。 遊男大敵=”プレオボーイ”には気をつけろの意。 誘解=ヒント。 優先放送=災害発生時の緊急放送。〇溶解変化=化粧のとれつつある女性。 呼ぼう注射=病気になるための注射。 余言者=おせっかいな人、おしゃべり。 浴窮不満=狭い風呂に対する不満。四時限空感=四時間目は空腹感に難儀します。 余約=キャンセル待ち。 用心棒=拍子木。まぁ~こんなところでしょうか?
2021.11.30
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〇大山崎町に在る火災信号板は画像の方が読者に解り易いと思いますが、要は真っ赤に塗りこめられた鉄板に、火災を知らせる鐘やサイレンの符合を白抜きで記した一覧表で、所どころに錆が付着しています。1番上の段には火災信号という枠、山林火災信号枠、火災警報信号枠、演習召集信号枠の4つが並んでいます。2番目の段は種類を表す欄で、3段目が打鐘信号の図柄、4段目がサイレン信号の図表です。例えば火災信号の部の近火信号(消防屯所から800m以内)なら、都をどりの串団子模様そっくり、鐘は連打を示し、サイレンは高音5秒低音2秒。出場信号なら3連打ごと、応援信号は2連打で、サイレンなら高音5秒に低音6秒、間を置いて繰り返す。報知信号は1点ごと切り離して打ち、鎮火信号なら1点と2点の斑(マダラ)打ち。山林火災信号の部では3点と2点の斑ら打ちなら出場命令・応援命令を表し、サイレンは上10秒下2秒の繰返し。火災警報では1点と4点との斑ら打ち、サイレンは高音30秒低音6秒、その解除信号は2点と2点との斑ら打ち、サイレンは上10秒下3秒更に高音1分と長く鳴らすようです。
2021.11.29
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〇大阪、住吉小学校の正門前には、時々ひよこや手品を売りに来ていました。手品師のおっちゃんは細長い鉄製の棒をポケットに入れたかと思うと、立ち処に10円玉が出て来る。また別の子供のポケットに突っ込んでは新しい10玉が湧いて来る不思議な手品。この勢いで10玉が増えたらおっさんは金持ちになる筈なのに・・・といぶかしんだりしていました。籠に入れられる小鳥以外は父が動物を飼うことを許さない人でしたので、ひよこも手品も只見るだけにしていました。
2021.11.28
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〇自分の感性で文を綴りたいのですが、時には丸写しの記事も一興かと。 「両手で」 堀内大学人間には 男にも 女にも なぜ 両手があるか恥かしさ 片手では 隠しきれない 「石ころの歌」 堀口大学わたしは石ころですよ どこにでもころがっている ただの石ころですよ蹴とばされて叫ぶ ただの石ころですよ 石けりの石ころですよ 投げられて跳び上る 水切りの石ころですよダイアモンドではありません 磨いて初めて艶のでる ただの石ころですよ
2021.11.27
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〇季刊誌「銀花」第20号には掲題の若狭化粧地蔵について頁を割いています。<石のお地蔵さまをたわしで洗って、絵の具で極彩色の色を塗る。こんなけたはずれの、仏像との交情ってあるのだろうか。それを子供たちがやるのだから、お地蔵さまはかわいくて、ものすごい。それは8月24日の地蔵盆、若狭小浜の秋立ち初める一日のことである。>まるでエジプトのツタンカーメンの顔そっくりに黄色と赤で彩色する少年。子供の美的感覚はのびのびしていて、個性が光ります。
2021.11.26
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〇久しぶりのお湿り。庭に出てみると、先ずは樹齢50年の老桜が散りばめた落葉明りが目に留まります。赤く身を焦がしたものもあれば、黄色のまま地面に臥すものもあり、また虫に食われ所どころ穴空きの哀れなものもあります。それらは古来より累々と続く死者の姿のようであり、人間界の縮図にも見えてしまいます。真っ赤に燃え尽きた葉は幸せ。あやかりたいものです。背高のっぽの茗荷は全身すっかり黄色に覆われ横たわる始末、酔芙蓉は黒ずんだ花屑を先端に残したまま強まる寒さに抗っています。盛りを過ぎて30数株に減った石蕗の花明りも何処か侘しさを漂わせています。柿の木は何故あんなに上を目指すのでしょう、幾条かの幹が迷う事なく空に向かって伸びきっています。樹下に積むのは真紅、朱色に染めつくした大きな流線型の落葉。天狗が持ち歩くような大葉をそぞろ剥いで行くのは青桐。蘇芳もまた門先の石段に夜毎日ごと葉を落として行きます。これらの枯葉落葉はいつも家内が整頓してくれているものの、週2回の朝のゴミの持ち出しには、前夜に落ちた新イ仏の葉を掃き寄てせから・・・。
2021.11.25
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〇最高の地位とか、中心的と言う意味合いの「府」は現在2つしかありませんが、一時、全国に10カ所もありました。東京、京都、大阪、箱館、神奈川、新潟、甲斐、度会、奈良、長崎。東京は日本の首都・政治の中心地、大坂は天下の台所・経済の中心地、京都は千年も首都であったという輝かしい歴史の中心地。これには一歩下がる意味で、神奈川は明治9年9月、新潟は明治2年2月、長崎は同じ6月に、箱館(函館)、甲斐、度会、奈良は明治2年7月に県へと移行したようです。明治4(1871)年の廃藩置県により藩が廃され、県という行政組織になりましたが、当時は3府302県という夥しい数でした。その一例として、千葉には20以上もの県があったようです。公平を期したり、慣習・人情の同一性など、新政府は試行錯新政府は試行錯誤の末、明治11年11月に漸く、4分の1以下の3府72県まで削減しました。但し、現在ある県名のうち、この間に消えた県として、富山、福井、奈良、鳥取、香川、徳島、佐賀、宮崎などが挙げられます。明治13年高知県から徳島が独立、福井、鳥取、佐賀などもこれに習い、明治21年、香川が愛媛から独立、東京が都制を敷いたのが戦時中の昭和18(1943)年、北海道が府県と同格の自治権を持つのはその3年後、沖縄が日本に返還されたのが凡そ30年あとの昭和47(1972)年で、現在の行政区分としては半世紀ほどしか経っていません。(参考図書・浅井建爾著『日本の地名』)
2021.11.24
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〇スポーツ界に年々薄れゆく武士道精神、わけて国技とされる相撲界に於いても、その傾向にある中、某日、こんな一番がありました。 把瑠都x安美錦 体調万全と言えない安美錦は、初日以来、その体調としては良い相撲を取っていましたが、運なく惜しいところで負けていました。ましてや、因縁の対決、朝青龍との一番では一発勝負に賭けたもののこれ又惜敗し、更に足を痛めている様子でした。把瑠都との一番では、コンデション・体力の差が歴然とする相撲でしたが、勢いよく安美錦を土俵の外へ押し出した瞬間、把瑠都関は安美錦の腕をぎゅうっと掴み、土俵の下に落ちないよう、彼の安全を守っていました。把瑠都は数日前、横綱に勢いよく押し出され、カメラが壊れるほどすっ飛ばされた被害者?でしたが、この一番では勝者となりながらも相手力士の怪我防止に気配りできる思い遣りの相撲を、本来日本の力士が知っているであろう、武士道に沿った相撲を披露したのでした。
2021.11.23
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〇煙草入れやちょっとした袋物、深い色合いの温かな袋物は、よほど注意しないと目にすることが叶わなくなってきました。籐椅子の籐を網代編みにした煙草入れの留め金の部分は彫刻師・鉄宗の作で、象牙に、玉、銅の象嵌。注文者が大店の八百屋の旦那であろうか、栗や蕪、大根などが浮彫にしてあります。一方、豪華な袋物の根付けには、象牙、珊瑚、白檀、堆朱など。緒締めには、とんぼ玉、南京玉、翡翠、瑪瑙、珊瑚などが使われた洒落たものが残されています。
2021.11.22
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〇日本三大駒の一つ、三春駒で有名な福島県郡山市西田町高柴にあるデコ屋敷では、数百年前から三春人形を作って来ました。江戸文化文政時代の最盛期を過ぎると材料の紙が品薄になって一旦廃れていましたが、三春町出身、大阪のコレクター小沢太郎氏の尽力で息を吹き返し、現在に至っています。三春人形の特徴は、自由闊達な身振り、表情にあって、腰をひねったり、古い時代の歌舞伎を真似た「暫」の鎌倉権五郎景政や腹出し奴の空威張りの仕草、表情など見飽きませんね。
2021.11.21
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〇句会場の獲得が難しくなるコロナ禍での吟行句会の対応が変わり、俳誌に記載してある吟行地を予め訪れ、作句したものを野風呂記念館の句会場にて行う方式になりました。で、昨日阪急、京阪電車を乗り継いで終点、宇治に着き、先ずは「竹林」にて腹を満たし、修学旅行生や各種団体もまじる平等院の阿字池越に阿弥陀様を拝し、鳳翔館の飛天楽士などを見て、休息場にて紅葉を楽しみ、裏通りを通って、JR駅前の「中村藤吉本店」の庭にて珍しい小粒の「翁柿」や黒松、茶の花などに遇することができました。
2021.11.20
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〇梶本きくよ氏の句集『北浦和』から菊の句を拾ってみました。 夕日もろとも大輪の菊剪りにけり 豪快豪放な句ではないか。黄菊か白菊か大輪の菊の切り時を数日前から見計らっていた。明日にしようかなと思いつつ庭に出て、橙色の夕日を背にした大輪の菊を見、この瞬間だと迷わず切った。今が潮時と思ったのだ。夕日もろともが良く、剪りにけりの”剪り”の語法が適切。鋭敏な鋏でないと、この大輪の菊の茎の太さを切り落すことができない。もう1句、 脇役の視線に主役菊人形 歌舞伎の演出はいろいろ工夫が施されている。その一つが脇役の重要性なのである。主役を引き立たせる為、脇役を上手に使っている。悪役もその一つであるが、悪役だけでなく、舞台を彩る登場人物すべてが、主役に観客の目が行くように演じさせている。歌舞伎に限らず、舞台芸術・ドラマなどもそうである。不幸なのはテレビドラマで脇役に大物俳優を揃えた場合、主役一人が浮き出てしまい、ちぐはぐなドラマになってしまうことである。経験の浅い人が主役に抜擢され、本人は一生懸命努力する。しかし努力のポイントがズレている為、そして付け焼刃の状態で演技するから、こういう結果になる。初主役でも、脇役と呼吸を揃えたり、場を見て演技する力があれば、その人は将来的にも大物役者になれること請け合いである。演技とはこうしたもの。前置きが長くなって仕舞ったが、この句の言わんとするところ、菊活け職人の演出も、其処にあると思うのだ。
2021.11.19
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〇もうお馴染みの「大語海」辞典の”す”の部のから・・・スモーキング=大相撲の横綱。スターウォーズ=芸能界の醜い争いのこと。頭悩迷積=悩んでいる人。酔民不足=現代社会のようす。吸う学=キスのやり方。図解骨=レントゲン写真。推犯機=警視庁が開発した最新コンピューター。推古伝=推古天皇の生活を、或る中国人が著した本。○睡奏楽=いびき。○スペード=梅ぼし。スキャンティ=酢味のある飴。スクイズ=夏の終わりとともに、伊豆の海岸のひっそり感。スコッチ=決して多く飲んではいけないお酒。ずんどる=太るの現代語。皆さん ハブ ア ナイス デ~♪
2021.11.18
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〇人付き合いの悪い書生ふたりが心を打ちとけ合ったのは、共通の趣味、寄席にあったとか。その後ふたりは漢詩文の回覧、批評を通じて互いの才能を敬慕し合い、友情は生涯に至りました。 子規は随筆『筆まかせ』で漱石を畏友と称え、また、漱石も子規の天真爛漫な性格を畏敬の念で称えました。 松山市立子規記念博物館編集の『漱石と子規』という愚陀佛庵100年記念本(朝日新聞社)には子規については第一高等中学校在学中の写真は掲載されいて、 正岡常規(愛媛)と書かれているし、 漱石については大学予備門(第一高等中学校)時代の写真があり、成績表には塩原金之助(東京)とあります。俳誌「ホトトギス」第11巻12号の漱石のエッセイには、好き嫌いが激しく、豪放な子規の一面を書いています。
2021.11.17
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〇あるお寺の吟行句会で詠んだ 緋の山を引き裂くがごと鵯髙音 星 子実は数日前の「野風呂俳諧日誌を読む会」の席で見た句 鵯の矢の曳きてとびたる紅葉かな 鶏 二 鵯の声は高音で、わが家でも早朝雨戸を開けるとき、空気を割くような鳴き方をします。 それを「矢」「曳く」と表現されたことに感化を受けて捻くり出したのが、先述の拙句。それに季重なり防止のため紅葉する山を、「緋の山」としたことで、緊張感を失ってしまいました。改作 鵯一声庭を響動(とよ)むる妙満寺 星 子妙満は顕本法華宗総本山「妙満寺」で、松永貞徳ゆかりの俳句発祥の地とも言われています。尚、別途三句、投句箱に入れて退去しました。
2021.11.16
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〇立冬過ぎて、小春日もあって、ここ数日は寒く感じますね。前月の句の控えです。 会へぬとは解つてゐても草紅葉 石蕗の黄泉路再び戻りませ みちのくの尾瀬にしあれば草紅葉 風そよぐ野菊明かりに母想ふ 茜さす紫野ゆき野菊摘む 京洛や碧くた走る水の秋〇みささぎへ野菊の群るる路伝ひ◎十三夜夢二のをんな首垂る〇稲雀群るる日当たり終の里 工房の火溶け硝子や草紅葉 〇坂道のある大阪の街秋澄めり90歳を超えられた先輩方が老い闘いながら作句しておられるのだから、こちらも頑張らねば。
2021.11.15
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〇15年前の23日は、京鹿子句会年一度の大祭でした。四条烏丸のシルクホールに約700名が賑々しく集いました。大正9年に鈴鹿野風呂前々師が日野草城と共に興し、海道先師が3千名を擁する結社に発展させ、3代目の都峰主宰を軸に全国的にも評価される句派へと成長していました。野風呂賞、功労賞、精励賞、大賞、海道賞、新賞、募集大作賞に次いで双滴賞の京都府知事賞は高齢の林さんが受賞され、翌朝の京都新聞に報じられました。都峰の記念講話は自然主義やロシアリアリズムなどの主張を例に引き出され、俳句を詠む基本的なスタンスについて解り易く教えて下さいました。 夕刻から宴会場を国際ホテルに移し、安田さんの名司会の下、舞踊・フラダンス・奇術の余興など、和やかな中にも仲間同士の絆の深さを確かめ合いました。皆さんに酔いが廻る前に、亡父すばるが遺してくれた高浜虚子の肉声のテープ(SP盤78回転のレコードから録音しました)を披露しました。
2021.11.14
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〇上代には無かった「様」という敬称ですが、室町時代から使われ、「殿」よりも高位の敬称になったようです。上代では「サマ」のイメージは、方法、手段、状態、理由を意味していましたが、室町時代には人の顔付や姿、趣向、様子、品格の意味と変わって敬称化したようです。京都室町の商家では、昔は奉公人の呼び名に、身分により一定の命名法があって、丁稚の例で言うと本名が長次郎なら、長に「吉」をつけて「長吉」ドン、丁稚の一番上を経て手代になれば、「助」をつけて「長助」と呼ばれ、番頭になれば、「七」をつけて「長七」っツァンと呼ばれたようです。「殿」は建物の意味のドノに由来し、そこに住む人の敬称になり、例えて言うなら淀城の主ゆえ、淀殿、淀君など称していました。
2021.11.13
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〇古書店に入って物色していると、思いもよらない幸運に遭遇することがあります。掲題の『六十年前の今』は名誉を欲しがらないお人柄の河井寛次郎氏のエッセイで、棟方志功氏の版画と相まって、心温まる良書です。私らと2世代前の人で、寛次郎氏の幼年期を綴ってあるから、素朴な日本の良さが全章に溢れています。行者山の火渡り、七夕祭、秋風の中の子供達、子供達と竹、子供達の草花。どれも土の匂いと太陽の匂いがして来ます。
2021.11.12
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〇結納の儀式は女系の結社に血縁として男が入り込む折の証拠の品々を贈る習いでした。また結婚式というのは、女性が神に仕える儀式で、純白の衣装に純白の角隠し。神仕えの風俗、これが白無垢の思想でした。お色直しは白無垢で神に仕えていた女性が人間に戻って来たことの証で、色のついた衣装に変えます。そして厳かな式が終わり、宴を催しても良いという意味の結婚披露宴が本来のしきたりでした。
2021.11.11
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〇時には、秋はもの悲しく感じる季節で、庭の処々に咲く石蕗の黄色花の冷たそうな色、交差点では吹く風に枯色の落葉がカラカラ泣きながらぶつかり合っているのも哀しく感じます。掲題の和歌の続きは 声きくときぞ あきはかなしきさして技巧をつんでいない素朴な詠みだから万葉期の作者、詠み人知らずが、猿丸大夫に変えられています。元来、実在ではない人物を猿丸大夫とネーミングし、身分卑しい風体の男をイメージ。池田弥三郎氏は大夫は官職名ではなく、神職を意味する太夫で、猿丸太夫と名乗り、諸国を行脚していた神職の多数と解され、梅原猛氏は『續日本記』に再々登場する「柿本朝臣猿」にスポットを当てられ、柿本人麿が猿丸大夫と同一視。その訳は、柿本人麿は政治犯として深い山中に追放されました。隠棲する世捨て人=人麿という構図です。
2021.11.10
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〇今月4日(木)の夜10時過ぎ、叔母満106歳入院先のナース室から緊急の電話。「私失敗しないので」でお馴染みのドラマの手術室の非常アラームのような忙しないカウントが聞こえ、うわ~これは危篤状態の雰囲気が手に取るように解り、急遽タクシー、電車、タクシーと乗り継いで、家内と駆けつけました。病室に入ると確かに叔母は酸素吸入で苦しそうな息をしていました。当直の医師の話では、今月1日(ついたち)は通常で、「ありがとう」等の受け答えあったようで、2日から病状悪化。4日晩方から危篤状態という次第で連絡があり、駆けつけた訳ですが、我々が着く前にはやや、安定。一旦帰宅(午前0時過ぎ)しましたが、5日(金曜)の午前2時過ぎ、呼吸停止、計測器も反応なしで、死亡診断了解依頼あり。5時起床、早々に準備して病院へ、タクシーから予め契約していた葬儀社へ。いろんな段取りを取り決め、5日は十分睡眠をとり、6日(土曜)菓子類その他準備の上、通夜。叔母は106歳とは思えぬほど、綺麗な表情でした。日曜の例会俳句は句友に投句依頼。7日の日曜、午後から葬儀、初七日も済ませ、次のの法事の日時など決めて戻って参りました。へとへと。
2021.11.09
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〇ホトトギスから独立して「駒草」を主宰した阿部みどり女さんと何故か父すばるは懇意にしていました。短冊や葉書も少々遺していますが、「駒草」に寄せた句評やエッセイを記録したファイルが出て来ました。それによると、昭和11年5月号「シャボン玉の幻想」と題して、みどり女さんの 雪掻いて普請はじまる弥生かなの句評など。同年11月号「俳諧漫歩」というエッセイ。善さん雛、句選評や13年10月「大阪に迎へたみどり女先生」など、実に42編もの記事を献じていました。
2021.11.08
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〇季刊銀花17号を開いて、初めて知った初山滋という画家のこと。明治30年7月東京浅草生まれ。11才で神田・宇佐美という着物柄絵かきに奉公、三越のコンクールで優勝。その後、さし絵師・井川洗敬〇季刊銀花17号を開いて、初めて知った初山滋という画家のこと。 明治30年7月東京浅草生まれ。11才で神田・宇佐美という着物柄絵かきに奉公、三越のコンクールで優勝。 のち、さし絵師・井川洗厓に弟子入り、風俗画を学ぶ。次いで3世坂東秀調に弟子入り、沢村田之助の名で、少年倶楽部に「月下悲曲」という口絵が掲載されたのを皮切りに、雑誌「おとぎの世界」の専属となり、童画家として成功を収めた個性的な人物。
2021.11.07
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〇名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな 三條右大臣逢坂山のさねかずらとは暗示的だね。きみに逢う逢坂山、きみと同衾するさ寝、それに蔓草であるツルをくるくるたぐり寄せるように、人目につかずここへ来る術はないのかな三條右大臣とは藤原定方のことで、父は高藤、母は山科の豪族の娘。父母のロマンスが『今昔物語』にあって、若き高藤が鷹狩に出かけ、山科で豪雨に遇い、近くの邸で雨宿り、そこの娘と一夜を過ごしました。数年を経て再びその邸に寄ると娘は更に美しく、可愛い女児の母でもあったので、二人を引き取り、他に妻を持たず、仲良く連れ添い、定国、定方をもうけました。高藤は凡庸でしたが、雨宿りにもうけた姫を源定省という官吏と結婚させ、この男は光孝天皇の皇子で臣籍に下っていましたが、崩御を起点として皇族に復帰、宇多天皇に、姫は女御格に。お産みになった皇子が醍醐天皇となられ、後年、母の里を大切に思われ、山科の豪族の菩提寺として建てられたのが勸修寺なのでした。
2021.11.06
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〇画家の蕗谷虹児作詞の童謡「花嫁人形」 金らんどんすの 帯しめながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ 文金島田に 髪ゆいながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ昭和初期まで女性は髷を結っていました。歌舞伎の「助六」では揚巻の派手な髪。毎日新聞社編「浮世絵」10の付録に髪型一覧では、唐輪まげ、兵庫まげ、下げ髪、玉結び、投島田、勝山まげ、先笄、丸まげ、かけおろし、三ツ輪まげ、蝶々まげ、見わげ、ばいわげ等の画像がありますが、上村松園の作品には実にいろんな髷がありますね。
2021.11.05
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〇某年某日、夙川の空気に触れようと思い、堤防を歩きました。通常、冬の川はそれほど水量が多くないのですが、夙川は豊かでした。午前十時の川風は頬を緊張させる冷気を運ぶけれど、それが快く感じます。 川面には幾つかの川石が並んでいて、その周りを勢いよく水が流れ、或る川面では鴨が首を背中に廻し、黄色の足を冷たい水に浸しすっかり寝入っています。 一体全体、鴨という動物には足の霜焼けという病名は無いのだろうか。滝に打たれ修行する僧は自分の意志で、この冷気と闘っているだろうに、暢気に眠っている水鳥たち。 夙川をゆっくり遡っていく間には、犬を散歩させる女性や老人、ジョッギングに専念する人、お互いを支えながら歩く老夫婦、正にいろんな人たちに行き交い、これらの住人がこよなく、この川を愛しているように思えました。 川に沿って整備された公園には、延々と桜の木が並んで居て、細い枝先を目で辿れば、ちゃんと今年の4月に咲かせるる蕾を持っていました。
2021.11.04
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〇ひぃ、ふぅ、みぃ、よ・・・と数え始めても、途中で何台目か解らなくなってしまう程に、40数台もの貨車を繋いで、JRの貨物列車が山裾を走ります。大阪府の北端に位置する此処は、阪急電車京都線の上牧、水無瀬辺り。 見渡せばやまもと霞む水無瀬川 夕べは秋となにおもひけむと後鳥羽上皇が詠まれたように、淀川と西山連峰の延長が平行するこの地域は、実に風光明媚な地域です。 JR高槻市駅から長岡京駅に至る間で、天王山と淀川とが接近する狭い部分には、JR東海道線、阪急電鉄、新幹線、国道171号線、そして淀川の対岸に在する男山の手前を京阪電鉄が京都に向かって走っています。それでも、この辺りは僅か10キロほどの区間ながら四季折々の風景がまるで箱庭のように、季節によって変化して楽しむことが出来る地域で、谷崎潤一郎の『葦刈』の舞台にもなっています。
2021.11.03
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〇戦後少し落ち着き始めた昭和二十三年、元来明治天皇のお誕生日であった天長節の日を平和憲法に則り、文化の日となりました。では、何を指して文化と言ったのでしょう?従来文化という名称は、江戸時代西暦1804~18年、光格天皇御世の年号でした。具体的に形の備わったものではなく、漠然とした感覚的なもので、大正から昭和にかけて洋風を採り入れた住宅を文化住宅などと称しました。文化とは無数の要素の複雑な組み合わせであり、互いの地域に共通性がありつつ、特異性もあり、歴史性もあるものと言えましょう。
2021.11.02
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〇父が一時、地酒に凝ったことがありました。さして上等でない頒布品の徳利や盃が残っています。ここに読売新聞社の「地酒の旅」(特集号)があって、その発刊日が昭和57(1982)年11月20日だから、その頃だったと思われます。 目次には「酒の匂い、酒を讃(ホ)むる」大岡 信、「知られざる名酒を訪ねて」「北陸のうま酒」藤原審爾、「名醸地北摂は今」藤本統紀子、「旅で見つけるぐいのみの楽しみ」日本列島地酒の旅、地酒を育てた人びと、などのコーナーのほか、瀬戸内晴美、岡部冬彦といった方々の随想も載せてあります。熱燗の美味い寒さになりましたので、逸品を購入して来ようかとも思っています。驚くほど美味と思った日本酒は、近隣奈良の「春鹿」や滋賀の「七本槍」など。
2021.11.01
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