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歳も生まれもバレバレになるが、終戦の折は小倉で生まれ、H氏は3歳になるかならぬか・・・幼児の記憶が残る限界だが、それでも南小倉駅前に防空避難広場を作る為か、密集家屋を大人達が集団で綱をかけ、倒したりしている現場近くで、眺めていた記憶もあり、もう一つは、その場所も、見た現場もはっきり思い出すが・・。小倉十二師団や小倉陸軍造兵廠の近くに、その日豊本線・南小倉駅があり、そこから更に、陸軍小倉兵器補給廠山田填薬所へ向けて田圃の間を南へ大きくカーブしつつ、引込み線が引かれていた。 幼児の事とて、だれかの背中に負ぶさって見たのだろうが、その田圃に、特別大きなすり鉢状の穴があいており、怖いもの見たさの大勢の見物人が不安そうに、「不発弾でよかった」と線路上から眺めていたのを思い出す。記憶はその程度・・・それがなんであったのか、この歳になって最近やっと判りかけてきた。うちの親父は身体検査で丙種とやらで、戦地行きは免れていたが、その分、在郷軍人会や隣組で焦土の中をあちこち走り回されて、疲れ果てたのか戦後1年目で亡くなったが・・いまでも家に残っているのかどうか、実家に戻った折、確認したいが、小倉砂津港近くで撃墜されたB29のジュラルミンの端材に、日付けや場所等書いた部材があったのを思い出す。米軍は、サイパン陥落後、日に日に、日本本土をB29で絨毯爆撃し、小倉の隣街、八幡や門司は焦土と化していたが不思議に、軍都小倉には大した被害も受けぬままであった。それには、或る理由があり、米軍は原子爆弾投下の候補地としては、まだ空襲を受けていなくて、原爆投下の効果の判定しやすい都市の中から広島、小倉、京都、新潟が候補に挙げられていたが、このうち京都・新潟は除外され、代わりに長崎が選定され、結局広島・小倉・長崎が最終目標となっていた訳だ・・。昭和20年7月20日以降より、模擬爆弾(パンプキン)により、目標各地で周到に、投下練習が行われた。(通常の焼夷爆弾をばら撒くのとは訳が違う程重いため投下方法が水平ままでは、投下したB29迄、衝撃波に飲み込れ墜落する。)そこで高度9000m辺りより、目視で急降下しつつ投下し、直後に155度の急降下旋回で離脱する訓練。 http://home.att.net/~sallyann4/odd-turn.html よりパンプキン爆弾は内容物によって2種類が存在し、1つはTNT火薬を主成分とした高性能爆薬を充填したタイプ、もう1つはセメントや石膏を用いたコンクリート混合物が充填されたタイプであった。パンプキンの総重量は約4,800kg、内部の爆薬またはコンクリートが約2,900kg、爆弾外殻(鋼鉄製)等その他構造物が残りの重量を占める。 長崎に投下された原子爆弾 (ファットマン)H氏の自宅近くに落とされた、パンプキン爆弾の特大のすり鉢状の穴は、規模の割りに、それほど被害もなかった為、おそらく、セメントや石膏を用いたコンクリート混合物が充填されたタイプだったと思われる。そして運命の8月6日、西太平洋テニアン島の基地を午前1時45分に発進した長距離爆撃機B29(「エノラゲイ」と呼ばれた。)は、 第1目標は広島、第2目標は小倉、第3目標は長崎であった。周辺には厚い雲の壁があったが、先行した気象観測機の報告通り、広島の上空は雲ひとつない良い天気であった為。高度9600mから爆弾を投下し訓練通り離脱、50秒後に高さ570mで爆発した・・・・詳細はH氏の筆力ではとても表現できない程の悲惨な現実が発生した・・・。さらに3日後の8月9日、B29(このB29は「ボックス・カー」と呼ばれた。)は、午前二時五十六分(現地時間)、十三名の乗員を乗せテニアン島A滑走路を離陸した。七時四十五分、屋久島上空九千メートルで随伴機一機と会合し、先発した気象観測機から第一目標の 北九州・小倉は快晴が期待できるとの報告を得て、予定通り小倉に原爆を投下することとした。ところが爆撃行程に入って、小倉上空には前夜の八幡攻撃で発生した大量の煙が流れ込んで目標を視認できなかった。ボックスカーは 爆撃行程を三回繰り返したが目視攻撃ができず、その上、高射砲や戦闘機の迎撃が激しくなったので、あきらめて第二目標の長崎に向かった。長崎には高度九千メートルで北西方向から進入したが、千八百~二千五百メートルの間が八十から九十パーセント積雲に覆われていた。一旦はレーダー爆撃を決心したが、投下寸前に雲の隙間から地上が現れたので、十一時一分これに照準を合わせて原爆を投下した。予定照準点から三キロ北の地点であった。投下後、直ちに急降下しつつ左へ急旋回し、北東へ向け全力で離脱して爆発の衝撃波を避けた後、旋回しつつ観測を続け、沖縄に向け南下して行った。(黙祷・・・当時の長崎市民に合掌・・・。)知らぬが仏とは云え、3歳のH氏が住んでいた小倉は、都合三度も、特にその三度目は一時間近くも真上で原爆投下の目標にされながら、寸前で助かってきた訳で・・・そのどれか一つでも、段取りが異なっていたら・・・、仇や疎かに生をむさぼる訳にはいかないと想いつつ・・今日まで馬齢を重ねてきているのだが・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング・・宜しければプチッと押してみてね!
June 30, 2006
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刺客を放つ政治手法は、何も、コイズミはんが編み出した方法では、ありません。 気に入らぬヤカラを死地に追いやる陰欠な、政治手腕で彼の右にでる政治家としては、東条英機首相の手法とそっくりです。東条首相は、1941年(昭和16年)に第40代内閣総理大臣・兼内務大臣・陸軍大臣・に就任するや、同年12月8日太平洋戦争に踏み切り、それより先の同年1月8日「先陣訓」を自ら作成し、布告した事は余りにも有名で。「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」の一節は、当時の太平洋戦争中の兵士や日本臣民の行動を強く支配し、捕虜になる事を拒否しての投降呼びかけ無視で、結果、サイパン島他でのおびただしい住民の集団自決、沖縄戦における住民虐殺や敵軍の捕虜への虐待などを引き起こす原因となったとして悪名が高い。しかし、その実、作成し、布告した御本人が、敗戦後おめおめと生き残り、政府差し回しの気心知れた日本の警察ではなく、米軍MP隊が自宅に逮捕に訪れるや、憤然とピストル自殺を図るも、(狂言自殺とまでは思いたくないが、・・)見事に失敗し、米軍に蘇生手術を受け、戦後、心ある人の失笑を買ったのは有名な話。(彼の使ったピストルが玩具的な22口径だとか、いや32口径だとかの説や、左利きなのに、右手で引き金を引いたとか、色々いわれているが、それはさておいたとしても、H氏も以前、グアム島や、韓国旅行時、興味半分でピストルの実弾射撃をしてみた事があるが、慣れぬ腕前では、1M先の的でも、その口径が大きい程反動がきつく、的に当たるものではない。22口径だと、比較的反動が小さく、まぐれで数メートル先の的の真ん中を射抜けるが、余り殺傷力はないそうで・・・、32口径になると、火薬の反動の為、手首がとんでもない位置になった状態で発射されてしまう。・・、要は、皆無ではないにしても、実戦経験の余りない軍人能吏、東条陸軍大将閣下も、H氏程度の腕前だったという事・・)その東条首相の政治手法で一番嫌われた方法は、逆らおうとする政治家に憲兵を恣意的に使って一種の恐怖政治をおこなったり、政治記者では自分に批判的な記事を書いた毎日新聞の新名丈夫記者が1944年2月23日朝刊に「竹槍では勝てない、飛行機だ」と書いた所、激怒し、37歳という高齢で二等兵召集し、硫黄島へ送ろうとした。流石に周囲というか、当時でも大正生まれにあたる老兵は1人も召集されてはいないと、海軍側より批判があると、辻褄合わせに、陸軍は、あわてて新名記者の出身地である四国丸亀の大正生まれの兵隊を250人、丸亀連隊に召集し、その後、新名記者こそ、海軍の引きで、三ヶ月で召集解除になったが、可愛そうなのは、辻褄あわせで召集を受けた丸亀地区の老兵250名で、まもなく丸亀連隊が、硫黄島に派遣され、全員戦死されたそうだ・・まさに刺客を向けると言うより、逆らう者を死地に追いやる手法は、独裁者そのもので、それこそ、コイズミの尊敬してやまない由縁であろう・・・コイズミはんが、靖国参拝に拘る理由は、意外と,A級戦犯、東条首相兼陸軍大将の「独善・独裁的手法・・(その実、本人はやむにやまれぬ大和魂と思っている)・・」に対する、尊敬とその遺志を継ごうとする心意気にあるのでは・・と思う今日びの、教科書には書いてない歴史の時間ではありました。 blogランキングへ楽天ブログランキング・・宜しければプチッと押してみてね!
June 29, 2006
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小学生時分の頃だから、もう半世紀も前になるが・・・H氏のお隣に、八百屋を開く家族が引っ越してきた。元々は、当家の家だったが、寡婦で子沢山の当家にとっての一つの残された財産だった隣の家をH家の食い扶持の替わりに売り渡した訳で・・・、先方も子沢山で同年輩の友達も増え、元々H氏もそこへ住んでいただけに、よく上がり込んでは一緒に遊んだものだが・・・ 親父さんは、因島出身だとかで、兵役は、憲兵だったと聞いていたが、その縁で、二直三交代勤務のさる大手電器メーカーの守衛さんもしている働き者。休みの日に、大八車を引き、街まで、野菜等をよく仕入れにいっていた・・・ある時、H氏と同学年の長男のTちゃんがなにやら古いアルバムを引っ張り出して見せてくれたことがある。八百屋の大将の親父さんの憲兵時代の若かりし折のアルバムだった・・勿論当時は白黒写真だったが、小学生のH氏らが数ページ開いていく内、ショックの余り、半世紀経った今でも、忘れられない、写真に出会った・・。その親父さんが写っていたわけでなく、恐らく戦友を写した連続写真だったが・・一番上は、辮髪の中国人が後ろ向きに穴の前に目隠しされて座らされ、その後ろに日本軍人が立っていた。その次の写真には、軍人が腰の刀を一閃・・、辮髪の中国人は瞬間首をすぼめた為か、斬首に至らず、その後頭部の一部が空中に浮いていた・・・最後の一枚は、崩れ落ちた中国人を背に、血塗られた刀を拭きながら、得意そうな、日本軍人の笑顔が写っていた・・・・。その時、親父さんが部屋に現れ、それこそ鬼の形相で、「誰に断ってアルバムを見せたか!」と友達のTちゃんは、アルバムの角で頭をぶっ叩かれた。後で思えば、所謂南京大虐殺の焼き尽くし・奪いつくし・殺しつくす「三光作戦」の生々しい現場写真だった訳だが・・巷間・・未だに、やれ三十万人虐殺したとか、そんな事実はなかったとか、喧しいが、何人虐殺したかの人数は兎も角、その写真の事実は事実。未だに白黒写真の黒い台紙に貼られたアルバムだった筈が、むしろ血塗られて赤く縁取られたイメージでH氏のトラウマとなって残り、忘れられない・・。「日本軍の作戦には、現実的な兵站(へいたん=弾薬・食糧などの補給)の計画が軽視されていて、弾薬はともかく、食糧は多くを「現地調達」に頼っていました。従って戦闘の合間に、小部隊単位で民家に入って食糧を「調達=掠奪」せざるをえなくなり、これが次第にこうじて食糧以外の金品財産を強奪し、拒まれると虐殺し、あるいはレイプなどの性暴力に及ぶ過程を生んでいきました。(この兵站軽視が、敗戦の前には「名誉の戦死者」の大部分が餓死であったという、自滅の道に導くことになります。) 日本軍はみずからの将兵が捕虜になることを不名誉なこととして厳しく禁じていました。このような精神の自然の延長として、戦争において敵兵の捕虜を得た場合に、彼等を虐待し、虐殺してもよいとする風潮が生ずることになりました。さらに実際に南京攻略時のように大量の捕虜が発生したときには、自軍の補給でさえも確立していなくて、まして捕虜への給養など考えていませんでした。そこで「大体捕虜ハセヌ方針ナレバ片端ヨリコレヲ片付クルコト」(第16師団長、中島今朝吾の陣中日記)にも見られるように、捕虜虐殺は組織的に実行されました。 南京大虐殺のようなすさまじい暴虐行為の根底には、自国民優越すなわち他民族蔑視の思想が働いていたことを否定できません。明治維新以後いちはやく「脱亜入欧」に走った日本は、近隣諸国を「遅れた国」であり、帝国主義支配の対象であるとのみ考えました。江戸時代には文化の源泉として崇拝していた中国を、日清戦争に勝ったあとは一転して侮蔑の目で見るようになり、国民の間に「神州不滅」の優越思想をすり込みました。日清戦争のなか旅順陥落のときにおこった虐殺事件は、南京大虐殺の原型であり、さらに日中戦争で中国全土にわたって「三光作戦」として広がっていきました。日本の軍隊の内部は、例えば野間宏の『真空地帯』に描かれたように、天皇=上官の命令には絶対服従、苛酷で恣意的な懲罰など、抑圧構造が兵士たちを圧迫していました。このような抑圧構造の最下層にあった兵士たちが、その憤懣をより弱い者、無力な捕虜や一般市民に向けることになりました。 」(以上、http://www.jca.apc.org/nmnankin/gyakust1.html 南京大虐殺証言より抜粋)人間の存在とは、教育やご時世や、リードする指導者によっては、とかく所属する群れの命ずるまま、あたかもめだかや魚と同様、一人一人を見れば仏の如き人たちでも、時に鬼にも、殺人者にも、犯罪者にもなれる存在・・・(現在の企業犯罪・談合事件もその流れ)その折、わしだけ、私だけは別と言い切れる自信が、あるだろうか??その為にも、こんな小さな出来事一つ一つを積み上げ、忘れずに語り継ぎ、過去の不具合を「知~らない」と突き放して語らぬやりくちで、軌道修正中の政府の方針を注意深く監視しておきたいモノだ・・・・。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 29, 2006
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「いいんじゃな~い?」・・・調子の良い軽い言葉ですね!得手に帆を上げて、快適にウインドサーフィンで風に乗り、ご機嫌な折、つい出る言葉でしょうね!H氏も友人に薦められ、偶々、風もない、高松の沖で、サーフィンにチャレンジした折がありますが・・・。泳いで板に乗り、水に浸かった、畳三畳程の帆をバランスを取りながら、引揚げるのは、最初の内は水の重さで大変です。その内、徐々に、水が抜け、軽くなると、あっという間に、センターのクリップ一つに支えられた帆が眼前に迫り、バランスを崩して、今度は板に乗っていた本人が水にザンブと転げ落ち、アップアップ・・その繰り返しです。下手をすると、倒れてきた帆が頭上に覆いかぶさり、水中から息を注ぐため浮かび上がってきても、その帆の為に、空気が吸えず、「死ぬか?」と思う一瞬があります。要は、慣れぬヘタコがすぐ出来るスポーツではありませんな。とまあ、前置きは兎も角、旨く波に乗った、世の中でいう勝ち組が使う言葉なのでしょうね。その勝ち組棟梁のコイズミさんが、いみじくも、日銀総裁の村上ファンド利殖で5年で元金の倍以上利殖を挙げ、その感想を記者団に聞かれた際の言葉が「イインジャナ~イ!」です。まあ本音でしょう!・・・「ワシら特権階級が、早めに判る情報使って、何して儲けても、イインジャナ~イ?ワシらの言う通り、オトナシク庶民は5年間1000万円銀行に預けて5万円も利息もらえばそれでイインジャナ~イ?」と云う意味でしょうね!「巧言令色鮮矣仁」とはコメディアン・ビートたけしといい勝負の、コイズミさんの言葉全て、なかなか上手な使い手で、下々は随分長い間、この言葉使いに乗せられてきていますが、庶民も、もういい加減・・というか、今更目を覚ましても、もう間に合いない処まで、お勝ち組とお負け組(庶民)の差は開いてしまってますね!・・「沸騰したお湯にわざわざ浸かる馬鹿もいませんが、これが緩々と時間を掛けて温めてゆくと、一時ほんわかと気持ちよく感じ、いつしか沸騰して、茹蛸か茹蛙寸前」といった処の日本国民。それをおいしそうに食い物にして、軽く数十、数百億円儲ける人を喝采し、茶坊主に据えニタニタと取巻かれ、遊びまわる・・それが彼の正体。昔、銀座にそういう二代目お坊ちゃま風のKOボーイが札びら切ってちやほやされてるのを見かけましたが・・・そ~かあの時の彼か~文句のある奴には、刺客を放ち、劇画をみせる如く、テレビ・マスコミを利用し調子に乗る、今頃は終盤のお遊び気分でナイヤガラの滝見物・その後はブッシュちゃんと、エルビスプレスリーの歌会と遊びほうけですかー・・・もういい加減、世のおばちゃま族も薄々彼の正体に気づいても、もう遅いやね~・・・。見え見えの隠れ総裁候補のフクダちゃん・・彼もボンボンあがりの二代目ですが、6月26日、毎日新聞の「教育の森」のコラムの「学校と私」の中で、一つだけ、中々善い事云ってます「メディアは警鐘を鳴らす役割があると思いますヨ。政治家に求めたら駄目ですよ。政治家は目先の己の事しか考えないからね・・・」・・と早くも庶民切捨て宣言!・・念の為(赤字は伏せ文字でH氏にはそう読めた・・)御尤も!、政治家なんて、、宛にせず、岡目八目の庶民の方がず~と先をお見通し、庶民は、自分の力を信じる事!、次回の選挙までにできるだけ、彼等「イインジャナ~イ」族を見極めておく事が大変、大事。 「何十回 右や左の政治家に騙されましたか??見果てぬ片想いの恋物語でっせ!」意見があれば、「きっこのブログ」のお姉さんや、各自のブログで自分の正論を述べ、好きな事を書き込み、メディアも宛にせず、一人ででも、戦い抜く積りでおれば、必ず「有朋自遠方来、不亦楽乎」で、そんな底辺さえしっかりしておればこそ、我が国も、まだ捨てたものではない・・と思う今日此の頃ですがね~~・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 28, 2006
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今日は時間があるので、ついでに、もう一つの逸話先日夕刻NHKラジオを聴きながら、初めて知った事なので、どなたかもお聞きになったかも知れませんが・・・北方4島はもとより旧樺太や千島列島は、、戦前は日露戦争の賠償として日本領土であり、現在のユジノサハリンスク(豊原)・ホルムスク(真岡)・コルサコフ(大泊)等に、邦人40万人が住んでいた。(現在、事実上ロシアが治めていても、国際法上、帰属先問題は未定・・従って、国別地図では、同地は白地で表記ままなのはご存知ですか?)昭和20年8月初旬、日ソ不可侵条約を破り、ソ連が攻め込んで来た折、日本の守備隊は良く戦い、一部では、攻め込んだソ連軍を海に追い返す程だったらしいがその間、邦人は必死に、日本本土に逃げ帰り、一部では、引揚げ船の爆沈など悲しい出来事もあったが、8月15日の、玉音放送と共に日本守備隊も、陛下の命により、矛を収めた・・・結果この守備隊約500名はシベリア送りとなり、生きて還れぬ程、徹底的にいじめられたらしい・・・この守備隊員に国民栄誉賞が贈られたなんて話は聞いた事もないが・・・・。それは兎も角、戦後28年の厚生省発表では、どの程度、真面目に調査したのか・・・・(先の北朝鮮の拉致者死亡発表と同じく相手方の調査を鵜呑みのままのおざなり発表により)残留日本人は皆無としていた・・・・ところが、現実には、その場に居残りのままの、旧日本人である、朝鮮籍の方はもとより、軍人でなくても、不都合のありそうな日本人は、遠くロシアのシベリアやカザフスタン等に連れてゆかれ、そのまま棄民化された日本人が9000人も居たとの事、早く言えば、日本厚生省のおざなり官僚のせいで、忘れられ、捨てられてしまった訳です・・・皆さんも浮かれてあちこち外国に行く場合、一旦事あれば、そんな風に日本から捨てられる事を覚悟して出かけて下さいね!!この間もご覧の如く、騒乱のイラクに例え、ボランティアで出かけても、閣僚が言い出すと、マスコミ以下一億右に倣えで、「自己責任」の名の下に、切捨て御免の国民性を持つヤマト民族の国ですので・・・。その棄民された方々の異国での生活はどんなだったでしょうね?時折、今でも、「在樺太邦人連絡協議会」のお骨折りで、ひょっこりお帰りの御老人はそういう方だった訳ですね。既に日本語を忘れ、時折みせるおだやかな笑顔の表情以外は、恐らく、必死で生きぬかれ、その地で出会っても日本人とは気がつかぬ程、異相になっておられるのは・・・悲しい事です。現在まで、仮に日本人と判っていても、その旧戸籍・身元引受人・またその引受人の収入証明(つまり引揚者を親族として食べさせてあげられるかどうか)等、山程の書類をこちらで用意しなければ、還ってこられぬのだそうで同じ敗戦国、ドイツと違い、日本は冷たい官僚王国で、今までの経緯から、もういくらも寿命のない方々位、死ぬまで贅沢三昧させてあげる事くらいの愛情を同胞として、心に思い浮かばないのしょうかね?・・前例がない・・と言う言葉ばかりしか語彙がないのでしょうが・・・他にも北方領土問題で、お手柄を挙げたい一心の橋本総理が、ゴルバチョフ首相の折だったか、シベリアのノボシビルスク?かどこかで、還す筈もない相手と形式だけの会談をひらいた際も、長年現地で棄民状態にあった、日本人数名が、日の丸をもち、時の橋本総理に直訴状を出し、帰国斡旋を依頼した際、、橋本総理は彼等を完全無視・・・(これも前例がない・・という事で・・まあ、あの手のお顔で、選挙民以外には作り笑顔さえ向けなかったでしょうね・・)日本は北朝鮮や中国ばかり、人権無視の国といってますが、これでは、余りかの国の事を誹謗する程、人権保護の国かどうか???ですね。まだまだ日本は戦後の処理を怠り、新憲法というリセットボタンを押して、以前の事は「知ら~ない」とほっかむり・・これじゃ、先日、奈良・田原本で起きた、親子放火殺人事件の16歳の少年の現状リセット殺人事件を偉そうに批判する、文部省役人以下、国や地方官僚組織がやっている、戦前リセット作業の思考方法とそっくりで、・・・やはり、魚、特に高級魚、程、頭から腐ってきておりますね!その後は、「在樺太邦人連絡協議会」のご努力で序所に規制が解かれつつありますが、一旦国として、帰国を認めても、自治省・外務省・厚生労働省間の霞ヶ関間の話がたらいまわしで折角、長年、異国で働き、ロシアでの年金受け取りの権利迄解約してその日の来るのを、心待ちしている人を無視して、何時までも待たせ続けているそうで・・・卑近な例で感じるのは、シニア年代に近づいて来ると、今まで年金積み立てを長年やってきている、我々国民も、実は、国は該当者に払いたくなくてしようがなくて早く、該当者が受け取り前に病気か事故で死ぬのを待っている如き冷たさと相似た雰囲気を、薄々感じてゾッとしてくるじゃあ~りませんか blogランキングへ楽天ブログランキング
June 27, 2006
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戦中・戦後の歴史について、意外に知っていた積もりだが、案外と真実を知らないまま、過ごしてきている。追々、その辺り、見聞きした事を整理してみようと思うが・・・北海道の例の友人の奥様が、いつぞや、リゾート先で同宿した折、一杯きこしめしつつ、打ち解けて奥様の父君のお話をして頂いた事がある。今は、道東地区で手広く、大手家具屋チェーン店の会長として、功成り、名を挙げてご活躍中のお方なのだが戦中は満州に派遣され、長くシベリアに抑留され、昭和24年頃、日本に帰還されたそうだ。そのご苦労は筆舌に尽くしがたく、お嬢様にもポツポツと、その苦労談をお話しになった、そのほんの一部だが・・シベリアに抑留されていた折は極寒の地で、碌な食料も支給されず、森林伐採や、線路敷設で、周囲の戦友はバタバタとお亡くなりになった訳だが・・やっと引揚げ船で、舞鶴に帰り着き、国までの汽車賃程度を支給され、北海道にお帰りになった折の事。お弁当に、地元奉仕団から、美味しいおにぎりを3個渡されたそうだ・・・。余りに日本のお米で炊いたおにぎりが美味しかったせいで「そうだ!、自分は国に持って帰るお土産ひとつ無いので、残りの二個をお土産に・・・」と、それを懐に当時の事で三日三晩、かけて北海道・道東に辿り着き、引揚げのお土産として、ご母堂に差し上げたそうだ・・・。その間、彼は何を食べて辛抱したのか!・・或いは何も食べなかったのか・・・?、兎に角、お届けした際には、夏場であったのか、そのおにぎりの半分は腐りかけていたそうだ・・・この飽食の現在、信じられぬ話でしょうが・・、現実には当時こんな美談というか、無残な話は山程あったのでしょうね・・・そのシベリア抑留兵士数十万人には、政府から慰労らしい慰労弔慰金も払われず、寧ろ、戦後すぐに我が国は親米に体制が変わったいたせいで、ソ連に、共産主義を教わったのでは?と、反って時の警察からは、マークされ、職業上も何かと差別を受け、独立自尊の、父君は、行商から身を起こし今の身上を成されたのではないかと拝察しておりますが・・・・帝国軍人として国に身を捧げ、半ば奴隷としてこき使われた我が兵士に、日本という国は、特段の慰労もせず、知らぬ顔をしていたなんて・・・ドイツの兵士も同様に、敗戦後、ソ連に抑留された訳ですが、ドイツは引揚げた兵士には慰労金の他、住居や職業の斡旋まで完璧に保障しているそうです。日本という国家の官僚のご都合主義の「知らぬ顔の半兵衛」の冷たさがこの一例でもよく判りますね・・・寧ろ、戦後、日本の漁船が密漁などで、ソ連に拿捕され、船など取られて、日本に引き渡された際、かなりの保証金が水産庁から支払わされ、一方それに比較し何年も奴隷としてこき使われておりながら、無保証に近い我々シベリア抑留兵士の立場は何だったのか?に気がつき、最近やっと、その辺りの話しが旧厚生省と持たれているらしく・・・我が元兵士達もお人よしですが、政府も、我々に「愛国心」を偉そうに解く以前に、すべき事は沢山あるような気がしてなりません・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 27, 2006
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日本のワールドカップのチャレンジは落ち着く処へ落ち着いた様で、その辺りの実力の無さへ、各マスコミも青きサムライ達などと煽った分だけ現在総懺悔中で弁解仕切り・・ H氏も、全く興味が無いわけではなく、所謂ドーハの悲劇のロスタイムも歯軋りしながら見ていたし、フランス大会のトゥルーズ・ナント・リヨン競技場のキックオフポジションの最前列にいる積もりでテレビにかじりつき、先の日韓同時開催時も、随分熱をあげたモノだが・・・正直、今回のW杯の日本の一次予選ほど、つまらない試合はなかった。 オーストラリア戦は最初からじっくり眺めさせて頂いたが、あの中村俊介のファールもどきのゴール以降攻撃らしきもの一つもなく、後半戦の総崩れをみて「こりゃアカンわ!」と思い、以降の試合は見る気力も失せてしまい、後の二試合とも、別の事をして過ごした。これからの二次のトーナメントの各国の華麗な試合運びを、身びいきに惑わされず、じっくり楽しませてもらいましょうか・・テレビの実況は正直に実力の差を映し出し、マスコミこぞって幾ら囃し立てた処で、前回、前々会より、覇気がないのは一目瞭然で・・悪いが随分と退歩した印象を受けた。野球の今春のW杯の「イチロー」の如きリーダーがいる訳でもなく、ただ走り廻り、パスを廻しては肩で息をし、ゴールを打つ気配もなく、ブラジル戦では子供扱いされてたらしく、(見てないので知らないが)、矢張り狩猟民族と、農耕民族のDNAの差を見せ付けられた想いがする・・・新聞の片隅に載っていたが、あるスポーツ記者の仏大会の折、巴里で見かけた各国のファンの印象記に、酔っ払って、パリジェンヌをからかっていたオランダ人に眉をひそめて見ていると、突然、飲んでしまって空になった缶を蹴りはじめるや、目にも止まらぬ早業にて空中に挙げ、その缶を、地上に落とすことなく蹴り続けたとの事・・一人の酔っ払いでも、この位の芸?が出来るのは・・サッカーが体のDNAにしみ込んだ人種であろう・・そのオランダでさえ、今だ、W杯優勝の経験がない。それでも日本人は輸入スポーツの野球で、明治以来代を重ねれば、世界一に輝く成果を挙げた事をみれば、その研究熱心さと代々の感性を磨きあげ、これから数十年かければサッカーも、同様に、(マスコミ以下に煽られたせいで、大分裾野も拡がって来た訳だし)いずれは、当然の如く、せめて一次リーグを突破できる時代の到来を信じる事としましょう・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 26, 2006
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シンドラーのエレベーター事故の前だったから平気で乗ったが、台北101ビルの高速エレベーターは現在高さ508メートルと世界一の超高層ビルの101F建てで、 5Fから展望室のある89F迄、なんとたったの37秒で到達する。ギネス公認の世界最速で分速1010m、エレベーター(メーカーは日本の東芝製、)2機を備えていた。15分も並んで待たされ、登る際は航空機並みに気圧の変化で耳が痛くなる。(去年3月の開場初期は3時間待ちだったそうだ!)入場料は350ntd だから1400円位か。一昨年、できたばかりの例の六本木ヒルズも登ったことあるが、これは屋上別途料金込みで2000円取られた、 ヘリポート迄登り、丁度昇ってきた月も写したが、大都会の夜景の中では、余り目立たない ちなみに大阪WTCビルは西日本一の高さ(256m)を誇るが、53Fの展望台行きのエレベーターに乗ると800円とられる。 H氏は、他所ではおのぼりさん宜しくええかこうで金を払うが、地元の場合は何故かもったいなくてその直ぐ下の52Fまで行く、ビジネス用エレベーターに乗り、只で見物する方を選んだ・52Fはレストランも閉じ、空家ばかり、下に降りて周りを見回すとぺんぺん草が生えていた・・大阪市もあほな建物を見栄っ張りで建てたものと感心した・・こうして並べてみると、H氏も高いところに登りたがりの馬鹿まるだし!!・・(好奇心旺盛?と取らえて頂ければ幸甚!)シンドラーのエレベーターには、先日、堺に住む娘の付き添いで、5Fにある保険所に行った際、乗り合わせたが、機内のブランド名を横目に見て非常に緊張した・・勿論異常なく上り下りはしましたがね・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 25, 2006
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先日も書いた事だが、道東O市に住む友人とは、長い付き合いで・・・・・。彼は、学生時代から、東南アジアを始め、インド・ネパール等世界を放浪し、見聞豊かで、その関連でお知り合いになったインド元ボンベイ総領事の「インド私録・・思い切り取り組んだこの50年」の本を出版したり、ネパールのポカラのペワ湖の北側にある日本山妙法寺を建立する際はわざわざ招かれて訪問する等、憂国の士として尊敬している。大学生時分は九州のトカラ列島を廻り、リュック一つで真っ黒な顔で邦の我が家を訪問し、今は亡きおふくろを驚かせたり、H氏、新入社員の折は、インドからの帰りとかで独身寮に紛れ込み、宿泊したり、そういえば、当方が初めて所帯を持った折も、ネパールからの帰路とかで、新居に泊まり、かみさんにお祝いのお土産をもらった様な気がする。現在はおとなしく?亡父の跡継ぎとして、繊維商社の会長職を勤めながら道東地方の名士に納まっている。その彼夫妻からの根回しのお誘いもあり、また、うちの嫁にも後ろから押され、隔年になるが、この7月中旬、道東の旅に出かける予定。便の都合で釧路空港から入り、数日間、道東を巡り、札幌から帰阪の予定だが、着後の行動予定は全て彼がスケジュールし、連絡してきた。ご夫妻で、わざわざ、釧路空港まで出迎えてくれるらしい・・・この春はH氏夫婦が、関空へ出迎え後、飛鳥・吉野・宇陀・熊野・奈良旅行を一緒に楽しんだが、その北海道版となりそうで、いまから、立ち寄り先を推定して、道中を予想しているが・・・正直、旅行というのは、この時間帯が一番あれこれ想像して楽しめる。もう一人の友で当方の高校時代の友人は九州から北大を受験し、卒業後そのまま北海道に居ついてしまったロマンチストだが、その彼を紹介がてら、帰りに札幌に廻り、彼の例の札幌市に寄付しようとした山林も見学する予定、意外に瓢箪から駒で、その気になれば、当方もきづつない関西の地方都市住まいを脱出し役立たずの屯田兵として、遅ればせながら、移住してもいいかも?・・・等夢想していますが・・まあ、夢想・空想できるだけでも善しとして、楽しんできましょうか・・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 25, 2006
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人それぞれだが、長年、人間やってると、意外に、瓢箪から駒、的な流れというものがあり、その功罪の責任の殆どは自分にある訳だが・・むしろそれをプラス思考に捉えて流れに乗って、日々過ごしていくのを、楽しむほうが面白い・・ ひとつには、こんなブログを開くなんて、思いもしなかったが、ある友人が、歴史が好きで、しかも、ご自分のルーツを、然るいにしえの天皇家に連なると信じ込み延々と調査をされておられる。・・いずれは自家本にでも発刊される御積りのようだ・・、売れる売れないは、個人の自由だし、一つのシニア人生の過ごし方・・それはそれで結構な事だが、延々とその講釈を、我が同期会HP上でなさるものだから、最初の内は兎も角、興味のない周囲にとっては辟易もの。やんわりと「我々身内の間で、あれこれと、講釈せずに、ご自分で発表の場を作れば?」とお薦めすべく、薦める以上は要領をえないでは、不親切と思い、H氏みずから「どんなもんじゃろうか?」と思い、開設してみる事にしたのがきっかけ・・・・まあこれも一種の瓢箪から駒・・・プラス思考でかんがえましょう結局はミイラ取りがミイラになり、今更、止めるのも何なので、細々と続けている。楽しいと云えば、楽しいが、毎日或る事、無い事書き連ねるのは結構負担になる・・それも、我が身の修行とでも思えば、やりとおせなくもないが・・・仕事上でも、先般の防犯ステッカーを全国的に販売企画中なのも、瓢箪から駒。・・この流れに乗って加速させてみるのも面白そう・・・しかし、町内会の環境保全のボランティア活動だけは、ちっとも、進展がなく、役人バラの無責任体質にもあきれはて、折々に、めげ気味気分・・・ものの本に、長年人生過ごすうち、たまたま街ですれ違う人や、乗り物・劇場・競技場で出会う人の数は1200万人とか・・ましてや、友人やどんな気の進まぬ取引先でも、今まで出会った事のない人種、人のモノをごまかしてでもワレさえ良ければ・・で正論で押してくる者には、たとえヤクザをつかってでも金にしようと、欲に眼が眩んだお人には、初めて出会い、「見かけは紳士ずらしてこんなヤカラがホン近場に存在」していた事実にはかなりショック・・・本来はその欲ぼけした眼を治すべき?眼科の医者がその人物だから、この眼科に掛かると、この世の中、大層歪んで見えるに違いない。一期一会とはよくいったもので、そんな人物と出会う事すら、当人の不徳の致す処。できれば、身なりは兎も角、寒山と拾得のような方々にこの先出会いつつ、残された人生、有意義な交流を、はかることができれば・・・、この世に生まれてきた、甲斐があると精進する事にしております。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 24, 2006
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平成○○年9月末日・・・(H氏、同期会HPより抜粋,への返事)上記に関し、早速、高校同期の札幌在のS氏より、以下書き込みあり。"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""関西ではこのような山林が坪20万円とは驚きデンナ!札幌なら20万円あれば、例えススキノでも、何処でもOKです?貴君の大学時の道東O市在住の友人所有の○○山ふもとの山林(市街化区域、下水、上水完備)多分その1/5くらい。IT時代、何処にいても仕事はOk。いっそ関西を引き払い、同地にログハウスを建て「人生の楽園」を作られては如何ですか?ゴルフ場、スキー場は近いし夜景は最高。よろしおまっせ!""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""上記に対し、更に折り返して、下記返事書き込みました。"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""めげる話ばかりしてもしょうがないので、ここらで元気の出る話に切り替えましょう確かに、当方の学生時代の道東在住の友人から昨年来、××市の「ヤブ医」地主と全く逆の善意あふれんばかりの土地の相談を受けて居ります。彼は、道東O市在の資産家ですが、環境問題にも理解があり、札幌市○○区○○地区、4028平方Mの山林の地主 で、この山林の間を小川が流れ、雪解け時、○○山より濁流となり、手入れが大変だそうです。○○小学校東側?に隣接しており、周囲はそれなりの住宅地、元来神社の境内だったのを、先代が頼まれて買った経緯があるそうです。)彼はこれを札幌市にそっくり寄付しようと考え、その案で昨年来相談を受けておりましたが札幌市は勿体無い事に、そのままの環境を残すべく寄付しようとする彼の行為に熱意なく、逆に難解な手続き問題で、彼を怒らしてしまっている様です。(いずくも同じ、環境保全等、まるでやる気のない吏員の定年前の事なかれ主義の公園緑地部、課長が手続きを面倒がったのでしょうね!彼らは既に退庁済みとか・・)関西のガリガリ亡者の薄汚い土地持ちに比較し、全く逆の話ですが、彼の善意を有効にするには、熱意なき市役所に対し、アホなH氏がやっている如く、環境を守る住民運動を起こさせるのが一番とその土地を囲い込み、北海道ならどこの牧場でもある垣根で囲い、四隅に「住宅開発予定地につき立ち入り禁止・・地主」とアッピールせよと焚きつけております。いっその事、高校同期会で上記土地を借り受け、北国同窓会の別荘用に、ロッジでも建てようかと、B氏とマジで相談してる処です。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 23, 2006
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平成○○年9月末日・・・(H氏、同期会HPより抜粋)心なしか今年の秋も寂しげに深まってゆくようです。柿の実もたわゝに実り、渋柿故に、今の所眺めるだけでいずれは野鳥が群れになって食べに現れるでしょう 写真の撮り様で深山幽谷に見えますが、実は我が家のマンションの前の林です。実はこの林(約500坪)が当方、町内会長として地域デビューした4月来、宅地開発業者に売りに出ており、当事者としてはシンドイ日々が続いております。この柿の実も生るのが今年で最後ではと思い、記念に撮っておく気になったものです。市当局にはこの7月来、地域の緑地保全の為、市長宛嘆願書も出し、近在の住民の賛同も得つゝ、市役所詣での繰り返しですが、所詮私有権の問題でもあり、それにお役所仕事ときており、中々前には進みそうにはありません。この秋、親友を亡くし、失意の最中ですが、折も折、市役所都市計画課の、頭は良さそうだが、例により、自分で動こうとはしない、程の良い係長の口車に乗り(自分では怖がってようやらぬ癖に、一丁前に「地域住民として、持ち主さんに、お願いに行かれては・・?」等と云われ、めげる気持ちに鞭打って、地主と面会もしましたが、これが又話にもならぬガリガリ亡者。流石に伝来のかような林をお持ちなだけに、地域でも有名な"ヤブ医"で、これが先般亡くした友人と、同じ職業の医者かと思うばかりの罵詈雑言を聞き流しつつ面会、こんなオッサンに限って、ドコゾの肉屋の大将並みに豪宅を社宅扱いして住んでおります。 金の為なら「ヤクザ」も出てきかねないおどし文句の状況下でスリルを楽しんでおりますが・・自分より年上の市長を「×村君に聞いておくが、市が動く筈ない・・」等ほざいており、こけ脅しみえみえの、ヤクザ言葉まで、口にだされては、逆に「このオッサンにも、患者も家族もいるだろうに・・・可愛そうに、どんな借金を背負い、ここまで剥きになって、金が欲しいのだろう??」と、同情しつゝ、考え込みますね要は地主に市に買い取らせれば不動産屋に安値で売るより、高く買い取ってくれるのでは??と勝手に相手が妄想を起こし、ずるずると1~2年の時間を稼ぎ、即売を延期させるのが当方の本心でもあり、狙いですがね・・・市や国からも緑地保全事業として、都市公園等統合補助制度の援助等の予算が近々付かなんだら、次は町内会長の骨をひらってもらうしかあるまい・・・と云う地域デビューのお粗末マイビジネスも兎も角、やってる事は中々ローマ字読みのアクティブシニヤとは参りません・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 23, 2006
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H氏の、地元地区防犯ボランティア団体への今年3月、無償提供に始まった、防犯ステッカーも、そのアイデアに興味を持って頂いた協力者の出現で「瓢箪から駒」となり、製品としての防犯ステッカー作成の経過報告ができるのを、大変うれしく思います。正規のデザインの下版も出て、印刷に取りかかり、以下3種類のデザインで、試作が出来上がりました。本ステッカーの第一の特徴である、印刷の表からでも、裏からでもどちら側からでも水貼り出来る特長を利用して、先ずはH氏の商用車のドアに、剥離フィルムをはがし、水に濡らし、貼りつけて見たのが、次の写真です。 >次に、リアウインドウの中から、同様に、水に濡らし、貼り付けてみました。 H氏の車は、一種の宣伝カーですので、もう一種類、H氏のPAT.製品で、同じく中から水貼りし、しかも車の内部から、外が透けて見えるタイプのカラフルなブラインドステッカー製品も貼って走っていますが、今回は、この製品の説明は省きます・・・ここまで出来れば後は本番真近です。後は窓口の総代理店さんが、パンフレット・貼り方説明書・ご注文用紙とサンプルを同封し、全国の主要な防犯協会へ、7月から直接DMを打ち、その反響をみてみる段取りになっています。製品の性格上、バラ売りや店頭販売はせず、概ねMIN.100枚を最小LOTとして、各地区のボランティア名入り印刷まで請負い、その独自性を保つ事にする、細かい仕事。手間ばかり掛かり、大変だとは思いますが、基本的には、青色パトカー一台だけが、その地区を走るより、100台の防犯パトロールの車が走る方が、より、警戒感と防犯意識が地区に高まるのでは・・・と言う発想が原点になっています。全国的に普及すれば・・と思っていますが・・・・原価的には100枚単位での刷りこみのオリジナル差別化にかなりコストが掛かりますが、極力安く直売する予定。皆さん、幾ら位なら、地区で購入いただけそうですか?忌憚なきご意見、ご感想を、お教え下さい・・従来から、このフィルムはH氏がPタックフィルムと命名し、toyotaNet'sの店舗のディスプレイ用として、かれこれ8年位前から全国で使用の実績はありますがこういった、両面貼りとして使用可能なステッカーの正式なネーミングも決まっていませんので、併せて募集します。有力なネーミング応募には、本製品出来上がり次第、取りあえず現物を贈らしてもらいますので・・・宜しくお願いします・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 21, 2006
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××市長 ×村 ×一 殿 地域環境保全提案の回答への質問×村市長殿には、日々、市政発展の為、研鑽ご努力いただき、有難く、厚く御礼申し上げます。先般、上記地域環境保全につき、広報公聴課を通して提案申し上げ、開発指導課課長にも面談頂き、趣旨を説明申し上げ、ご検討いただき有難うございます。が、先般8月10日、開発指導課 課長代理 氏より、公園緑地課の検討結果として、下記理由に基づき、環境保全に値しない、との伝言を回答頂きました。その理由は1.予算がない2.市議会への提議を要する3.該当地域前の道路が私道の為云々 4.同地区には緑地として××カントリーがある。 といった趣旨の回答を、お電話のみにて、聞き及びました。上記回答は、ご検討頂いた割には、断る理由が当たり前すぎて、何の工夫も窺えず、当抵、当自治会員や、ご賛同頂いた、地域住民、わけても 社会福祉法人 KK会 殿に報告できる内容の拒絶理由 及び方法とは言いがたく、最低限、いま少し丁寧な説明と、将来的な解決への方法論も含めた文書で、面談回答すべきではないでしょうか?特に疑問に思える回答は、地域緑地として××カントリーをあげられましたが、同カントリーは将来の世代の子供達の為に、いつから昆虫採集や植物採集に自由に出入りできる場所として××市公園緑地課は、まるで管轄緑地の如くカウントされておられるのでしょうか?常識的には同緑地は商用としての緑地であり、特権階級のみ出入りできる場所と心得ておりますが・・市公園緑地課のテーマとしては、みどりのまちづくりをあげ•・ 都市公園・緑地の整備によるゆとりある空間の創出•・ 樹林地や水辺などの環境を活かした憩いの場確保•・ 公共施設や民有宅地等の緑化推進による都市環境の向上•・ 市街地に残された貴重なみどりの保全などによりみどりのまちづくりに取り組んで頂いているそうですが市民が知り得る•・ ××市緑の基本計画としては、「公園緑地の整備について」しかHP記載がなく、市街地に残された貴重なみどりの保全に対する基本計画試案のひとかけらも見当たりません。元々、羊頭狗肉として題目のみが記載されていると思えるのは、当方の僻目でしょうか良く言えば、公園緑地課は公園の緑地創造がテーマで、その課が緑地という言葉だけ似て否な環境保全に最重要な、市街地に残された貴重なみどりの保全に熱意がないのは当然でしょう。今回の同地域環境保全提案は住民も該当緑地の公園化を望んではおらず、出来る限り将来の世代の子供達が里山のそのままの自然を追体験出来る事をテーマに取り組んでおります。持続可能な社会を脅かす最大の要因として、今や地球規模で温暖化防止を果たすべく「環境立国」が我国のテーマとなり、更には子供達が健やかに成長できる環境整備を目的にした次世代育成支援対策推進法が今年4月より施工された折、市民と共に解決し対応すべき環境保全に対する、今回の回答はお粗末の極みですし、××市の現状での行政管轄は、機能しておりません。回答1にあげた予算がない とは、その典型例で、市民も当然理解しており、その為に、市民より、資金を拠出してでも、と迄、提案申し上げております。具体的に住民側の提案の金額的な査問や詰めもなしに、予算不足や議会への提議を理由に云々するのは怠慢としか思えません。国からも緑地保全事業として、都市公園等統合補助制度の援助を仰ぎ、市民と共に環境保全行動を起こす絶好のモデルと捉えなおせば、何らかの将来的な含みを持たせた解決方法もある筈。他市では既に同様な緑地保全問題の取り組みへの先進事例もあり、机上論に終始せず、××市百年の環境保全への取り組みの第一歩として、再考をお願い申し上げる次第であります。××市長殿には、公務ご多忙の所、恐縮ではありますが、何卒、再度、御指導及び御助言の程、よろしくお願い申し上げます。 以上 """"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""" この位、きつく叱りおくと、気分的には、かなり「すっとします」・・しかし、よう反論出来る言葉は思いつかないでしょうけれど・・・ネ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 20, 2006
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市役所からの返事が遅い間、色々探りを入れたり、推測してみたりしたが・・・基本的には、役所の吏員の考え方の定理は、いずくも同じ・・、過も無く、不過もなく、前例が無い事には取り組まず、でしゃばらず、予算の執行使い切りに精を出し、守備範囲以外に口出しせず・・、素人の市民(国民)には、言質を取られぬ様に受け答えし、持ち回りが好きで、自分の答えではなく、人の(または別の課の)結論をしゃべり、うやむやにして自分の代の責任は乗り切り、水に流し、そのくせ、会議や出張は大好きで、机上論としては、一応先進的な考えだけは押さえておき、だけど実際は自分でせず、どこかがやり始めて、世間の評判になると、なだれをうって、同じ事をしたがるくせに、責任は取らず、それでも先輩諸氏の定年後の天下り先探しには熱心で、それができるほど出世が早く、又自分の老後も保障される・・これがお役人の生きる道なのでしょうかね・・・・この行動定理を押さえてさえおけば,大概の彼ら吏員の考え方が割り出せます。案の定、一月半もかかって、開発指導課長代理氏から電話で、(電話だけで・・)回答があった内容は以下の通り「公園緑地課の結論としては、現地が民有林ですし、しかも、道が私道のからみがあって、保全は無理との連絡がありました」との事「民有林だから相談してるわけでしょ?・・で、その回答としての書類かなにかありますか?」「いや、ありません」「だって、こちらは書類でお願いしているわけでしょ?何らかの書類がないことには、当方の立場がないのですがね~」「・・・・・」、「例えばご賛同頂いた社会福祉法人にも住民にも説明しようがないじゃありませんか?」「・・いや市議会にも諮らねば、一応、予算がない事や、又、お宅の自治会の近くには、ゴルフ場の緑があるといった事で・・」と、しどろもどろ・・こちらも、仕事で運転中に、携帯にかかってきた電話ですので、余り長話も出来ず、ハンドルさばきにも影響があり、やむなく切りましたが・・一応個人的には、お人よしそうな課長代理氏の言いにくそうな、気の毒そうな様子はわかりましたが、これじゃとても納得できません。(その後も、開発指導課に行き、H氏を見かけると、机上で多忙なふりをするか、慌てて奥の控え室へ入るかして、決して目線を合わせぬ様子は、なぜか好感がもてますが・・・)止む無く、盆休み中、案をひねり、第二弾の糾弾書類を書き上げた訳ですが・・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 19, 2006
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H氏の嘆願書を取り次いだ、広報公聴課の女性係長も随分グアンバッテくれたらしく提出後、先に市会議員氏立会いの上、名刺交換した、開発指導課課長代理氏より呼び出し電話あり5日めに、開発指導課課長との面談がありました。一応聞き置く形だが、「ふむふむ、それで市はどう対応したら良いのか?」とのご下問・・・。市にオンブに抱っこをお願いしている積もりはなく、縷々、第三セクター方式での、民有林保全を提案。従って、民有林南西に隣接している、社会福祉法人は、こちらで説得するので、その後のフォローを市にお願いしたい旨、申し入れ、了解を取りました。立場上、程の良い、課長氏の腹は読めませんが、取次ぎ役の課長代理氏は、かなり、味方になっているらしく先の、市議会議員殿との面会の折とは、雰囲気が違います・・・現に、休日を利用し、その民有林の森を自分の眼で検分に来てくれた事を、後で知りましたが・・・直ちに、社会福祉法人側、副理事長に面会を申し入れ、アポイントを取るのに、10日ほどかかりましたが経緯と趣旨説明し、応分の負担に応じる方向で、、理事会に諮ってくれ、市の指導を待つ事で了解の旨の返事を頂き、勇躍、市に報告した訳ですが・・・。その後、市の動きが遅く、一向に返事をくれません・・・例の課長代理氏から、電話がかかってきたのは、一月半後のお盆前寸前でありました。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 18, 2006
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市役所をうろうろしてるうちに、あれこれ、ルートを捜し、一番市長室の近くで、環境問題に理解ありそうな、広報公聴課の女性係長を窓口に、以下の嘆願書を提出し、取次ぎを依頼する事になった訳だが!・・さてどうなっていくのでしょうか??"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""××市長 ×村×一殿 地域環境保全と私権の狭間に悩む一市民の具申×村市長殿には、日々、市政発展の為、研鑽ご努力いただき、有難く、厚く御礼申し上げます。斯く申す、私は、順番で、本年4月来、一年間、○○小学校区、○○コーポ自治会会長を仰せつかりました。 Mr.Hと申します。役目柄、当コーポ住民のみならず、他自治会とも連携しながら、地域の安心パトロールを始め地区の環境保全に、邁進しておりますが、就任直後より、当コーポ隣接地の、当地区1丁目-4の民有山林、約500坪に売却の動きがあり、それ以来、毎日数社、延べ二十~三十の購入希望会社の下見を傍観しては、唯々、手をこまねくばかりで、頭を悩ましております。勿論、社会体制上、私権は最も優先される事は重々承知はしておりまして、売買にとやかく云える筋合いではありませんし、当自治会住民にも、よくそれは承知させてはおりますが、別添の見取り地図でもお分かり頂ける様に、北に××ゴルフカントリー、東に○○八幡宮がありますが、当地区一丁目に僅か二箇所(a及びb)残された、里山の趣を残した山林で、樫や樹齢約二百年の「山桃の雌木」等に覆われた貴重な「緑の回廊」でもあります。現にその良好な環境のめぐみを享受させて頂いている、当自治会住民のみならず当地区一丁目750世帯(約2000人)の住民や軽費老人ホーム「ーー苑」のお年寄りが、坂道を登って来られる際の一休みの緑陰でもあり、「緑の回廊」を廻って飛び交う鶯や渡り鳥の餌場でもあるだけに、将来の世代の子供達にぜひとも引き継ぐべき地域環境であるのは次の写真が、如実に表している様に思われてなりません。本来この山林の中央左には、古来から「里道」があり、土地売買は困難な筈?と、疑問に思い、法務局で、明治期の「古図」を調べると、旧××村の住民が、丁度このヤマモモの木の実や並んで生えて居る柿の実を採取する為、通った位置に、はっきりと「赤道・・里道」が確認出来、(別添図1)今でも、このヤマモモの樹の下で村人が「寄り合い」したであろう広場の跡も残っており、現在のこの飽食の時代では忘れかけてる、古人の知恵が伺えます。現にこの山林の持ち主である、資産家の先代の方が「このヤマモモは絶対切っては駄目だ!」とおっしゃった言葉を記憶している当地区住民もおります。しかし時代が移り、持ち主も代替わりすると、自ずとその趣旨も忘れ、どこをどう手当てしたのか、本年5月時点の土地公図(別添図3)上は私道上に僅かに痕跡を残し、当山林内「里道」は消されており、異議申請の裁判でも起こさぬ限り、どうしようもありません。ことほど、左様な方法を講じて迄、伝来の土地の付加価値を上げ、金銭に換えざるを得ぬ事情が土地の持ち主にはあるのか、それはそれで、今は、とやかく申すまじく思っております。そういった事情の下に、悩める町内会長は、隣接の、A自治会、B自治会、Cハイツ自治会、D自治会、K会、子供の家等、当地区一丁目自治会を始め、地区連合自治会にも、相談申し上げ、現在非公式ではありますが、心情的応援の内諾を得、また、Mr、T市議会議員にも、相談し、バックアップをお願いし、快諾を頂いております。が、問題は地域環境保全と土地の私権との兼ね合いだけに、否応は行政のトップ、×村市長殿へお諮りするしかないと思い、この嘆願書を起草し、お願い申し上げる次第であります。この良好な「環境」は××市民全体の共有財産であり、私見で、生意気申し上げれば、地区住民で買い上げる財力があれば一番ですがこの環境を享受している地区住民・・○○コーポ住民や同じく隣接する宗教法人K会(△△堂)さんに市も参加戴く、第三セクター方式で土地を共有するとか、又は、現在の地主さんの、市税などとして物納を認める方式とか、いずれも素人考えに過ぎませんが、何もかも市にオンブせず、市民として健全で恵み豊かな地域環境を保全し、将来の世代に引き継ぐ責務を果たすべく、市長殿には御多忙中、恐縮ではありますが時の氏神としてお取り計らい御裁可頂き、何か良い知恵の元に、窮状を脱する方法もあるのでは・・と思えてなりません。幸いにも、4月以来6月末時点迄では、××市開発指導課には二三の引き合いを除き、正式な開発許可依頼は出ていないと聞き及びます。××市環境基本条例下、その保全及び創造を図る必要をお認め頂き、何卒、御指導及び御助言の程、よろしくお願い申し上げます。 以上 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 17, 2006
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悩めるへっぽこ町内会長にとって、相談相手や愚痴をこぼす先は限られております。例により、高校同期の隔月の飲み会があり、町内会長役の大変さを、グチュグチュぼやきつつ、憂さ晴らししておりますと、こんな提案をしてくれた友達がおりました「お前な~二年程高校先輩の○○さん、て覚えてないか?、その方、大学でも同じゼミで、先輩後輩だったが、自治省から、消防庁長官になり、その後、出向して全国市長会の事務総長をやってるそうや!一遍、話繋いでやろうか?」「ぇえ!そんな偉いさん、知ってるの?、あんたさすがT大出ただけあるわ!是非頼むわ!」ってな訳で、その辺りはその友人に頼む事にしましたが、こんな小さな片田舎のチマチマした「環境保全問題」に、お出まし頂くのは、幾ら何でも、相手が偉すぎますし、期待もしておりませんでしたが・・・、秘書を通じ、間接的にお聞きしたアドヴァイスとしてかような伝言を友人が言付けてくれました。「環境保全問題は、国としても、大変憂慮している事、全国市長会としても、重要なテーマに挙げている、市長を通じ、国へ、都市公園等統合補助制度を申請すれば、国家より1/3補助金が出るので、詳しくは全国市長会 のHPを見るように・・・」との事で・・・市長会と言えば、2005年4月1日現在で、全国802団体(779市、23区) が加入している自治省主催の会、その中の官僚トップの事務総長といえば、大日本本社の専務取締役、関西のこんな片田舎の市長さんは、言わば○○市出張所々長に当たるわけですので、、市役所に頼むのにはこんなポジションの上からモノを言ってもらえるに限りますが・・実際はそんな訳にはまいりません(・・しかし、こけおどし位にはなるでしょう・・)早速、HPを調べてみると、貴重なDATAの山、例えば その内でも都市と環境-美しい日本、持続可能な社会をめざして-ケーススタディー100 ・表紙・目次・第4章 都市における自然環境の再生・創出都市と環境-美しい日本、持続可能な社会をめざして-【提言】 都市と環境-美しい日本、持続可能な社会をめざして-【提言】 (一括版 )等、中々、現状の環境保全問題に詳しくなれる、資料満載・・それを読み進む内、ドン・キホーテにでもなった積もりのへっぽこ町内会長は、ついに意を決し、○○市長宛に「地域保全と私権の狭間に悩む一市民の具申」として、嘆願書を書いて提出してみるはめとなりましたが・・・さて、その内容と、その後はどこがどうなりました事やら?・続きは後のお楽しみ・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 17, 2006
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兎に角、環境保全運動には先ず近隣の協力が欠かせません・・・ヘッポコ町内会長は取りあえず、民有林の周囲の南西2方向に接している、里道管理業務員に言わせれば「フン!あの寺は昭和24年に(約58年前)新しく引越してきた」と言われた、その宗教法人を、お訪ねして、来意を説明。少なくとも、売却後、の開発に当たり、隣接地の開発承諾書につき、不承認とする様に依頼、趣旨は良く理解いただくことになり、ヤレヤレ・・・500坪程度の大規模開発の場合、四隅周囲の承認が得られぬと開発が出来ないと聞いた為です。ご丁寧にも、開発指導課の若い兄ちゃんから「あんた達、南面のコーポ住民側からは、道路一本挟んでいる為、隣接している事にはならないよ、だから、なんぼ反対しても駄目よ!」 と言われていたからです。処が!トコロガ! その舌の根も乾かぬ10日後、・・再度市役所を、訪問し、例により、本館の公園緑地課・新館の用地指導課と廻り、開発指導課に言って、その旨報告しようとすると、今度は別の職員が「あのね~、今年から、隣接承諾書の認印なくても、開発できる事になりましてん!」とシラ~と言い切りました。・・ガ~ン!!「何でやねん?」「あんね、判子全部もらうのには時間もかかるし又高額な判子料払ったりで不具合が多く、更地のまま何年もおいておくのは経費も掛かるしむだですやろ!」「そりゃ、そんな更地が最初からある場合でっしゃろ!今回当方がお願いに上がっている民有林の物件は数百年も森のままの土地で、それを削って更地にしようとしているのとは、条件違いまっしゃろ!」「いや、もう決まった事ですさかい」「だれがどうやってきめたんじゃぃ・・!」(・・実際は「誰がどういう手順できめた事?」とあくまでも丁寧に言ってますが・・・)「誰っていわれても、昨年度末の指導方針より、そうなりましてん・・・」・・と全く埒があきまへん「あんた達、開発指導課の考え方は、全て業者の都合優先と違うん?、住民が困って相談に来ているのに、ダイイチ、名刺一つ出さんのは、なめとん違う!」・・と啖呵の一つ大声で切ればかっこいいいのでしょうが、生憎H氏は内に籠るタイプ・・・・・その場は黙って引揚げましたが、カッカ!きてるのは言葉に出さぬ分余計溜まります、・・直ぐに地元出身の議員名がひらめき、行動は早く、その足で本館の市会議員控え室をウロウロ・・タイミング良く、一二度連合町内会で出会ったことのあるT議員とばったり、趣旨を話し、スケジュール上翌日、議員立会いの上、開発指導課課長代理を議員控え室に呼び出し、ここで始めて名刺交換、議員は勿論偉そうにモノを言いますし、課長代理さんも、内心は「フン!」思うてるのがみえみえですが、言葉使いは「ハイ、ハハァ」と恐ろしく丁寧・・先ずは町内会長として、山林開発予定地につき、意見具申、同議員の口添えで、今後その動きあれば、即、H町内会長に電話連絡する旨確約・・・ 「住民代表の町内会長をなめたらあかんぜよ!」しかし、表面は「どうぞよろしゅうに・・」と本来の営業の癖が抜けまへん???市役所にモノを頼むのは、上からを勉強したへっぽこ町内会長でした。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 16, 2006
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里道管理業務員なる職責があるのも、知らなかったが、(市も面白い職員を抱えているもの・・・)例により、来訪の意を説明すると、そのおっちゃんにとっては、既に三十数年同市市民税を払っているH氏などは昨日か今日、引っ越してきた新米住民にしか見えないらしく、軽く手招きし、ペラペラと同地区の経緯をしゃべり始めた・・・こちらが持っている資料と言えば、市の詳細図として、各小学区毎の区域図・・これは毎年、住民に配られる地図で細かく、丁目番地も載り、各戸主の名前も入り、各町内会名、から町内会長の家には◎マークも入り、マンションであれば名前以外に号室まで記入してある優れもの・・(毎年重宝しているが・・貰う時期で去年の会長宅だったりする・・) まぁ、便宜上、ゼンリンの住宅地図に手を入れたモノといってしまえばソレまでですが・・、勿論細い路地も、里道も載っており、H氏が町内会長の当コーポ周辺の向かいの民有林内にも、その里道ははっきり記入されている。(コーポ前道より、山林を斜めにうねって右手住宅で切れている・・この住宅も数年前に同じ土地の持ち主が切り売りして違法建築気味に建売りしたばかりだが・・・) おっちゃん、ニヤリと笑って見せてくれたのが、同場所の、所謂公図という奴 同コーポ前道路にも何やら地番が付いており、これは前から聞いていた様に、この道は私道で、我々住民が通行許可替わりに金を払って通れる道・・(実質的には本来とっくの昔に市道化すべき所、なにやかやと、市が持ち主から脅されて、よう買い上げしきれていない道・・この坂道の上奥には750世帯(2000人)近い人が、買い物通勤通学に利用しているにも関わらず、今時こういうだらしない市もあるんですヨ、方々)その私道上にだけ里道のかけら道が何故か赤く残り、民有林内は、消しゴムで消した如く、里道は消えてしまっております。・・里道は昔から赤く書かれており・・ゆえに別名”赤道”と言うんだそうで・・「ナンデコウナルノ?」と昔テレビで聞いた台詞でおっちゃんに尋ね「だれぞ、此処の住民の許可印でも貰ったのか?」と聞くと、おっちゃん曰く「現在住んでる住民の意思に関係ないの!、昔ここらで百姓やってた人らが、山道の場合は実行組合、脇を流れるどぶ水の場合は水利組合いうてな、その人らの同意と判子貰って、県の土木事務所に申請したら、そうなるの!」とニヤリ「それ一種の土地泥棒違うん?少なくとも、里道いうて今まで土地税金も払うてないわけやし・・」と逆らうと、流石にムッとして、「異議申請や取り消し訴訟おこしなはれ!大方100万円位かかりまっけどな!、大概あんたらが負けよりまっさかいに!」と広げた公図をバタバタっと閉じ、さっさと向こうへ、「その公図コピーくれまへんか」と、なを食い下がると「法務局へ行きなはれ、金払うたらくれまっさかい」と、もう相手もしてくれません・・いうなら、この人達は里道や、どぶの水路は自分らのモノと思っており、新米の後から来た住民には、関係ない、自分らの小遣い稼ぎの道具と思っているのがありあり!、ましてや、その結果本来は元々入会地で、里道が入り乱れ、土地としては二束三文だったのが、結果付加価値がべらぼうに持ち主に付き、金にしようと売りに出されようが、辺の山林がなくなろうが、知ったこっちゃ無いのでしょう(勿論判子料はたんまり頂いてるのでしょうが)・・・その証拠に、その山林に接して、宗教法人のお寺の境内があるのを訪ねると「あぁ、あの寺な、昭和24年頃、土地買うて、そこへ建てた,新しい寺ですわ!」とまるで、昭和24年でも、新参者扱い・・これじゃ三十年住民税払ってる住民など、昨日今日の新米扱いする訳ですわ・・・止む無く、市役所から車で数分の法務局へより、同地の公図を購入、今の所、元の持ち主ままを確認。ついでに、明治期最初の土地租税にあたり、申請させた古地図を許可を貰って写真撮影・・(白黒コピーで購入もしましたが、所謂里道・・赤道・・がそれでは良く判らない為)あちこち破れた年代物でしたが、例のヤマモモの木の周りは、濃く太く描かれ、明らかに”入会地”の風格、途中、地図が破れて白くみえますが、右(東)方向に私道とは別れ山手に細く里道が、今も実を成らせる柿の木や栗の木(今はない)沿いに続いていたのが見て取れます・・・。 山地は青く塗られ、村境の尾根から向こうはそのままの土色に塗られています。ほんまに日本という国は、こんな虫の良い既得権益には、誰も文句も言わず、逆らえないのか、疲れがどっと出たことでした。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 15, 2006
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兎に角、役所とか、に行くのが嫌いな、へっぽこ、にわか町内会長にとって、役所内部の担当とか、仕組みが判らないのが、一番困る。精々、市民課で印鑑証明位しか取る用事しか近づかぬ事にしていただけに、先ずはNETで調べてみましたが・・・。事が環境問題という、漠然としたテーマの相談だけに、先ずは同市の環境基本条例たらいうものを、NETで落とし、熟読玩味・・HumHum・・と尤もらしい事を書いており、この条例を管理している筈の環境部を訪ねてみる事にしたが・・これが大間違い・・ここでは基本的には、でてくるゴミや「環境ってなに?」「公害・・アスベストについて」「私たち一人ひとりでもできる、環境にやさしい事」等のアッピール程度をやってるだけで、環境保全課とはそういう意味で・・具体的にこちらの考えている、現状の環境を保護する意味とは、全然違う訳でして・・日本語はムツカシおすな~それでも、個人名刺を渡し、「どこそこの町内会長がこれこれの問題で・・」と質問すると、それなりに説明してくれるだけマシ・・環境保全課の案内通り、次に向かった先は建設部・公園緑地課・・これが大層無愛想・・元々環境保護問題を相談に行くといっても、何か建設して欲しい訳でなく、そのままを保全して欲しいのでお願いに来てるのに??と思っている処に、一応、同様に個人名刺を渡し、「どこそこの町内会長がこれこれの問題で・・」と下手に質問すると・・何様のつもりか、遠い席から立とうともせず・・「そんなテーマの相談は無理々々」・・の門前払い、でおしまい・・少なくとも係長か主任風情で大きな顔をするもんだ・・次にご案内通り、都市整備部・建築指導課に首を突っ込むも要領を得ず、やっと開発指導課とやらに行き当たり、例により、「どこそこの町内会長がこれこれの問題で・・」と質問すると、若い作業服着た職員が相手をしてくれ、「どこの地区?」「どの辺?」とご下問あり、縷々事情を説明、「いや、今の所、その地区の開発申請は出ておりません」と回答、帰り際に広げた地図に、もう一人のニイチャンに「この地区な~、近々地主と地元住民と開発でもめそうやさかい、マジックペンでマークしときや!」という声のみ届き、一応目的は達成・・次に地区住民が一番疑問に思っている、民有林に残っている筈の里道がどうなっているのかを調べる為に、ウロウロ市役所内部を捜して、建築管理課を見つけた訳だが・・その課内に、里道管理業務員という、見るからに戦前からこの地区に住む農家の二三男風のおっちゃん職員が、意外な事実をペロリとしゃべりだした・・・。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 14, 2006
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6月5日のH氏、書き込みにて、村上 某の逮捕に触れて>数週間前阪神GMの「星野さん」が「村上氏が阪神に乗り込んできたら、俺はやめる、でもその前に彼には天罰が下る云々」とかっこいい事をいっていたが・・恐らくその筋の誰か(阪神びいきの)から、こっそり耳打ちされていたに違いない。>さすればその内のお一人とは・・阪神ファンを自認する日銀総裁辺りでは??と書いた事だったが、この福井総裁も、随分 自分の立場もわきまえぬ、軽~いお人とお見受けする・・・> 勿論逮捕決定権はないが、それこそインサイダー情報がその辺りには入り乱れ、つい気心しれた星野さんあたりに「らしい情報」を耳打ちしたのでは・・・?? その際「そやそや! ワシも金を村上に1000万預けてあったサカイに手仕舞いしとこうか」とさっさと村上ファンドから、2月頃、引揚げたようでんな・・・これこそ、総裁の立場で入手できた検察の動きの情報の一種のインサイダー取引と言わずして、何をインサイダー取引というべきやろか???どうせ、平蔵ちゃんも、武部ちゃんも、小泉はんも、(姉さん名義で)、少なからぬ金額を、預けていたのでは??・・あくまで、推定ですサカイ、そんな情報源も持たぬ岡目八目のH氏のいう事ですなんやけど・・とっくに秋霜烈日のその筋は内偵済みで・・国家権力の中枢者のあまりの事実に、先ずは小額の福井総裁辺りの裏を取り、世間の反応を見ながらボツボツ二人目三人目とその辺りの事実をブンヤに耳打ち公開して行くのと違いますやろか??? blogランキングへ楽天ブログランキング
June 14, 2006
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町内会長になって2週間過ぎの、4月18日、11時頃より、当町内会、安マンションの私道に長時間駐車し、真向かいの山林を窺う怪しげなおっさん二人、・・取りあえず、車体に記入の電話番号より、持ち主を割り出すと、○○建設(土木請負業)と判明・・・思えば、この日から、町内会長のH氏はまるっとドンキホーテ宜しく、対市役所・不動産屋・地主・との戦い、そして市会議員・付近町内会・連合町内会・裏手の宗教法人を味方につけるべく、不毛の努力の日々が始まった・・・翌日から、毎日の如く、入れ替わり立ち代り、現れては変わる、或いは、それらしい、或いは見るからにやの字の風体の輩が、外車・高級車・中級車・あるいは徒歩で・・ウロウロ、 明らかに土地の値踏みらしく、図面を広げ、坂を上り、見下ろし・・まるで森の木々を見ず、唯々、角度と、削った場合の住宅個数の割り出しに、専念・・明らかに、持ち主がこの土地の売り出しをしたのは間違いない・・・しかし、中々まともな業者では、購買を逡巡する、北向きの半端な500坪強の面積では、踏み切れず、毎日、或いは隔日と、よくも、これだけ居るのかと思われるほど現れては、消え、出てきては、帰る日々が、大方秋口の10月迄続く訳であった・・・ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 13, 2006
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H氏は、関西の中堅都市の住宅街に居を構えて三十数年になるが、嫌々ながらでも、長年同じ場所に住み続けると、町内の役員を仰せつかるはめになる。小さなマンション住まいゆえ、結構町内会長になる順番も早く、本来の目論見だと、一回やれば、後三十数年は平役員は兎も角、理屈上では廻ってこない筈が、当てがはずれて、8年前に続き、昨年一年間、たっぷりと、お役目に振り回された次第・・・今更細かい事の愚痴は、兎も角、嫌でも、市役所なる処へ、呼び出されたり、質問したり、陳情に伺う機会が多かったが、その間感じた、役所の建前と本音には、随分振り回された・・・後学の為、ある一点に絞って、その辺りの余りの落差につき、思う処を整理し、述べてみたい・・その一点とは、ズバリ 環境問題・・ 当市に限らず、この「都市と環境」については、各市とも、最重要なテーマであり、今後の住民の最も切望する点である事には、誰も異存がなく、要は、それに対する行政の熱意の差が一番重要である。この点につき、「全国市長会」なる処に、市長フォーラムがあり、当市市長も参加しているらしく、次のような案内があった。・・・先ずはその高尚なる建前を、お伺いしてみると・・・美しい日本、持続可能な社会をめざして、都市自らが行動するアッピール とあり以下次のような美文を書き連ねている・・・人類の21世紀最大の課題は、持続可能な社会を脅かす地球温暖化等の環境問題であり、その中で日本が環境立国として果たすべき責務は重大である。都市は基礎自治体として、地域住民の生活に密接に関わっている。自然・風景・歴史など多様な地域性を有し、固有の環境の課題を持つ都市が足並みを揃え、地球環境問題の解決において果たすべき役割は極めて大きい。全国の都市が「環境立市」を掲げ、美しい日本をめざし、持続可能な社会を構築するため、地球規模で考え、地域から行動することが重要である。そのため、このフォーラムは「3つの行動指針」を提唱する。○地球環境問題に取り組む「1億人の市民運動」実現に向けて、全国の市が一斉に提唱し、行動を起す。○市民と共に計画し、市民と共に行動する。○先進事例に学び、自主的に取り組み、より高い目標へとレベルアップを図る。平成17年7月5日 全国市長会、市民フォーラム「都市と環境」参加市長一同 とあり、だれが起案したのか、この美辞麗句にはほれぼれする程、高い思想と視線が伺え、これが本当なら日本の将来も万々歳なのだが・・・一応言う口だけは持っているとでも評価しておきましょうか・・・だがね♪ ぁホイ! 楽天ブログランキング blogランキングへ
June 12, 2006
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一時マスコミが急先鋒となり、ダイオキシンを環境を破壊する最大原因として取り上げ、主婦連を始めとして騒ぎ出す為に、あらゆる包装資材から、塩ビを締め出すのに、やっきとなっていたのは、もうかれこれ8~9年になるだろうか・・当方も仕事で塩ビベースの素材を多く扱うため、事実上売り込みを妨害されたようなモノで、大いに迷惑というか、止む無く実情を説明し、姿勢を低くして商売をしていた時期が長かった。 その間に例えば水道配管など鉄パイプは僅かな期間で赤錆など発生する為、付け替え工事の都度、道路工事業者が喜び、運輸一般が迷惑するだけで、実際の所、塩ビパイプは、50年耐用するメリットをすっかり忘れ、無駄使いばかり増やしてしまった。事実日本でのおかしなダイオキシン騒ぎを他所に世界のその間の塩ビ生産量は増大し、中国・米国・欧州共に抜かれ、日本の塩ビ業界はその間増産の生産ラインさえ組めぬ為、当然生産量も増えず、或る意味、この業界は他国に遅れを取る結果となり、コストのみupする現実が残っている実際には、塩ビが有害物質を出すチャンスは、製造段階で唯一、モノマー状態(液状)である時だけで、一般市場に製品化されて出回る際に、害になる事は皆無であり、低温で償却しない限り、発生する機会がほとんどない事が証明された昨今では、新聞テレビに出てくる事もほとんどなくなった。馬鹿げた「魔女裁判・・紅衛兵騒ぎ」をくりかえしたものだ・・・寧ろH氏の記憶では、同時期に一部で問題化し始めていた、石綿(アスベスト)問題が一方のダイオキシンばかり活字を大きく報道する為、その影に隠れてしまい、今になって、実はそちらの方が大問題でした、と平気な顔で謝りもせず、あれこれと、そのフォローに追われているのが現実・・・はやく言えば、誤認逮捕された立場が塩ビのダイオキシン問題ではなかろうか?ずっと以前のH氏自身が書いた掲示板を読み返すと、こんな事を03年5月31日に書いている「一つにはあれほど騒いだ割に、人畜への被害が「サリンの二倍」等と脅かす程の事ではないのが追々証明されてきた事と「ダイオキシン法」が成立し、ごみ焼却炉からでるダイオキシンを事実上従来の80分の1に下げる手立ての炉の販売が一巡した為、ここぞとばかり各自治体に高額な焼却炉を売りつけて廻った、炉製造メーカーは、今後はその保守点検という、余り利潤の出ぬ地味なメンテに追われてばかりいるからだろう。ある種、そんな業種業界の宣伝に乗り、踊ったマスコミも今更バツの悪い事は報道しないものと思われる。しかし、ダイオキシン、正確には「ジオキシン」という方が、おどろおどろしくないので、そう表現すべきだそうだがその最大の発生源として、あれほど忌み嫌われた、塩化ビニールの立場はどうなのか、現実問題として、塩ビを除いたごみを焼却した処で、ほぼ同等の「ジオキシン」が発生する現実もあり、又縄文時代、の遺跡や貝塚を検証しても、肉類を焼いて食べた場所には、「ジオキシン」が発生しており、これらは魔女に罪を着せて「我こそは環境保護者」顔した学者先生らの弁明を得とお聞きしてみたいものだ。実名をあげれば、「愛媛大学教授」立川涼氏・「摂南大教授」宮田秀明氏etc.いずれもその道の権威として並びなき威を振るってこられた方だが・・・」今更、知らぬ顔して、今度は「この石綿のアスベスト問題が大変なことになった!」と一般大衆を煽っている、マスコミの底の浅さは、昔々、日本の無条件降伏の敗戦を、終戦と、さも、「自分達も無用な戦が終わってほっとしました」如く言い換え、聖戦と大衆を煽ったのは、軍部で、私らじゃありません・・と責任逃れした姿勢と、相変わらず変わってはいない・・・楽天ブログランキング
June 11, 2006
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すっかり、ご無沙汰のまま、世の移り行きを眺めている間に、この辺りでも、万博も催され、バブルとやらで、成り上がった日本も、金々々や土地成金があちこちで幅をきかせ、心ある人には住み辛い、時代になりました。この山林の持ち主の医者の爺さんも亡くなり、爺さんの知恵なりに遺産相続として、兄弟5人名に分筆され、相続されました。そうすれば、元々、斜度もあり、北向きで住宅地にも向かぬ土地として、永続して孫子に引き継がれる事になるのを願ったからでしょうね・・明治生まれの人として気骨ある地元の名士でした。しかし、引き継いだ息子や娘には、或る意味迷惑な話と映りました。財産として、周囲の通常の土地であれば、即何億円になるのに、と・・(例え元値が昭和15年にせいぜい弐千円で、村の寄付金替わり名目地主tとなったにせよ・・更地として不動産屋に値踏みさせると里道さえなければ、約500坪で8億円位になると聞かされると、余計に・・金に目が眩む思いでしたのでしょう・・)そこへ、悪知恵の働く、不動産屋や地元の測量屋が出入りし、兄弟にこんな知恵を吹き込みました「わしらが金に換えてあげましょう・・爺さんは昔の経緯をご存知だったから、ヤマモモや柿や栗も自由にさせていたが、幸いモノが豊富になった今の世の中、木に登るのも危ないと親が止める時代、里道に子供が入られない様、先ず土地に囲いをつけなはれ!危険防止の為やいうたら、誰も文句いいまへんで!」と諭しました成る程、それも一理あり、我が子が木登りして危険な目に会うと、持ち主の地主さえ、管理責任云々と訴えてしまいかねぬ時代になっておりましたからね~こうして、里道毎、フェンスが張られ、通れなくして十年程もたつと、その里道は予測通り、誰も、通らなくなりました。森の緑や木の葉越の風には感謝しても、そこに生えている、うどやグミ、柿、栗の実さえ、飽食の時代、ほんの一部の人を除き、だれも関心を払わなくなっており、かえって、木々がどんどん生い茂り、台風などで倒れ掛かってきたら迷惑などと口にする人々もおりました程に・・・そうなれば既成事実として、地元に住む人に諮らずとも、県の土木事務所に申請し、不要不急な利用されて居ない道として、住んでいる人々の意思に関係なく、昔々その土地に住み、田畑を耕していたり、下流で形ばかり田圃を持ち、今ではすっかり、働く事を忘れた水利組合や実行組合の人の判子さえもらえば、その里道は、囲いをした周囲の土地持ちの物になるのです。 いわば、土地泥棒ともいえるこんな合法的な抜け道が世の中にはあるものですね 勿論口利きの判子料として、ぶらぶらしているだけの、昔ご先祖様がこの辺りで百姓をしていただけの限られた人員の水利組合や実行組合員には、そんなこんなであちこちからたんまりお小遣いが入り、今年はハワイ、来年はカナダと遊んで暮らす原資にはなるのでしょうね・・ 唯、地元の実際の住民はそんな事とは露知らず、夏冬の大掃除には、入会地の風習通り、里道の草を刈り、下枝を落とす作業を数十年来、ず~と続けてくれ、お陰で私の周りもいつもこぎれいなままで過ごしておりましたがね~ blogランキングへ楽天ブログランキング
June 11, 2006
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平成15年12月31日時点で、3056団体と先の書き込みでは記入した訳だが、驚く事に、その筋の確実な資料によると、2年後の平成17年12月31日には防犯ボランティア団体は一挙に19515団体迄増加し、(今年になっても続々立ち上げ中とか・・)増加率は、な、なんと6.34倍、となり、参加ボランティア人数は1、194、011人というから、これは一種の住民パワーが立ち上がった社会革命に近い、日本人の100人に1人は何らかのボランテイア活動に参加しているのは凄い事だ・・しかも、その増加数は大都市住民団体の立ち上がり程多く、東京が7位の153団体から一挙2290団体の堂々一位となり、一団体あたり7.7万人カバーが5千人強カバーとなり、二位埼玉は、2041団体、三位兵庫は1231団体で、全国9位の108団体だった流石の無関心な大阪でも1229団体のボランティア団体が立ち上がり、神奈川と同数の4位となっており、あの平和な北海道僅か3団体が、恐らく、札幌を中心に急遽、539団体となり、全国10位にまで躍進した・・・住民運動のパワーが立ち上がった社会革命に近い、と先にも書いたが、今の今まで隣近所との連帯感も薄く、無関心を装うのが常識だった、都会人が、何故これほど危機感をもつようになったのか・・・無関心ではわが身、我が家族さえ守れなくなった事に気付いたのが、その真相であろう・・H氏は学者でも、論文を出さねば成らぬ学生でもないから、各人の意識調査までやる気はないが、昔は「男子一歩門を出れば七人の敵あり」といわれたものだが、それは、今時の学童に言える言葉になってしまったのは・・あまりに酷い・・といわざるを得ない・・・我さえよければ、の個人主義蔓延の現下の社会風潮から、明らかに、皆で共同で地域を守ろうという、意識・風の吹き返しがどれだけ都会人や日本全体のマナー向上に結びつくのか・・非常に興味があります・・・結局は我々一人々々が、大いに反省し、行動に移さなければ、成り立たぬ処まで、この日本社会が追い込まれている証拠でもあろうと思われる訳ですが・・・当然そんなボランティアの一人から、何か注意を受けたら、快く感謝の意を表すのも、一つの参加行動と思われます。出来ることからやってみよう・・が先ず大事。(個人的には誰々政権のせい・・と言うほうが気が楽だが・・いまやそういう誰の責任問題という、言葉の上での逃避的な事もいっていられないのが事実)H氏としても、もし仕事を通じ、多少なりと、お役に立てるのであれば、気合を入れて、取り組んでみようかと、かっこいい事を考えておりますが・・実際は大汗かかねば普及しないだろうとは思っています。いずれ、来週から、正規のデザインの下版も出て、印刷に取りかかる訳で、DMを打ち、その結果を追々、blogにでも報告できれば・・と思っています。 blogランキングへ楽天ブログランキング
June 10, 2006
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ソースの資料分析上、ボランティア団体名、責任者、住所、迄判明した資料まで作成しないと意味がない為、その辺りの資料分析は生憎平成15年分しかなく、この辺りから始めてみたが、同年12月末時点で全国で3056団体各県のお国柄を反映して、トップは千葉県の305団体、以下埼玉255、兵庫245、岡山221、広島201、神奈川174、と続き7位に東京153、愛知130、大阪108、沖縄がベスト10に入り98団体、全国でもっとも少ないボランティア団体数は北海道の3団体・・(とまあこれは南の沖縄に比較し、北の大地の平和安定度を象徴しているのでしょう・・・)但し、人口密度から言えば、東京都下1180万人にしては一団体あたり7.7万人カバーとなり、更に精査して見ると東京都下23区に100名以上が所属し且つ、住所、責任者判明団体は北区に1つあるのみ・・・大阪は880万人で108団体の為、一団体あたり8.1万人カバー・・これは土台、防犯活動とはいえず、無理な話で無防備に近い・・、つまり、大都市程、ボランティアに無関心で・・「ひったくり防止」ステッカー作成をしても、「あんさん、自分の事は自分で守りなはれ!」位にしか思われない事が証明されたようなモノでしょう・・・それに比較し千葉県580万人とみて一団体あたり1.9万人となり、沖縄(118万人)1.2万人に次いで県民のボランティア意識が高いと思われます。埼玉・兵庫等も同様に、大都市の住宅都市として、千葉と同様に、学童保護に熱心なのでしょうか・・・沖縄は基地を抱えている為、住民の危機管理意識が飛びぬけて高いのでしょうか・・・処が、これが、平成16年、17年と、大阪・奈良の学童虐殺事件を始め、各地に頻繁と続く同種事件により、社会不安が広まり、・・というより現実問題、日本の社会の素質がこの辺から変わってきたのがはっきりと読み取れ 住民の危機管理意識が大きく変わってきたのが、統計上にも見てとれます・・ blogランキングへ
June 10, 2006
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確かにその地区に"防犯パトロールステッカー"貼り自家用車が別の用事にせよ、数多く走り回るのは効果があるとみえ、他の町内からも、又遠地の他地区の方からも、費用の問い合わせがボツボツくるようにはなったが・・・。と先日書き込みしたが、ある懇意な得意先とその話をし、現物を見せた処、世の中にありそうでない、一印刷で、ガラスの表からでも裏からでも貼れるステッカーは余り聞いた事がないと、非常に興味を持ち、具体的に製品化してみる事となった。早速、商品化するに辺り、流石にプロのデザイナーの絵柄十数点を並べセレクトしてみると、アッピール度が違うものと、そのデザイン方面には、とんと苦手のH氏も感心・・・(実商品になるまで、掲載は控えますが・・・)得意先の意向は、本ステッカーを「引ったくり防止」をメインテーマにデザインを起こし、(確かに大阪はひったくり犯罪率が全国一高いが・・・)大手のスポンサー契約を取り、主に街中の車に貼るアイデアで試し刷りがてら、数千枚の注文を頂いた・・・、・・黙って受注し印刷すれば、それはそれで数十万円の売り上げになり、後は得意先の営業活動次第と割り切れば良い訳だが・・・実際に防犯活動を経験したH氏としては、今の世情は、ある一面での問題である、街中の引ったくり犯罪防止が主力ではなく、寧ろ、住宅街での学童拉致等の陰湿な犯罪に対する危機感が住民を防犯活動に狩り出している訳のでは?と疑問に思い始め、寧ろその少人数のボランティア団体に、基本デザインをベースに小ロットでも、適正価格でその団体名をアッピールできる追加印刷方式を開発した方が普及が早いのでは、と若干疑問を持ち、それなら、こちらで調査し、それを実証してみようと思いたった・・。あるソースをベースにここ数日間、全国調査を掛けて調べてみると、意外に意外な事実が具体的に判明し、それを具象化させてみた訳だが・・ blogランキングへ
June 9, 2006
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昨今の、特に子供に対する、犯罪の異常さには、暗澹たる世相反映としか思えない・・かく言うH氏には特にいまの処、気になる孫や子がいる立場ではないので、比較ノホホンと過ごしていた訳だが・・昨年3月来より、町内会長なる役をもらい、連合町内会の、安心パトルールを月数回、一年間やってみて、改めて、昨今の子を持つ親の不安を感じた次第、かと言って、常時、学童や防犯に専念できる環境でもなく、できる範囲で、青色パトロールに警備乗車したり、日にちを決め、町内パトロールをお手伝いしてきただけだが・・・「やらないよりまし!」程度から、より積極的にこの区域は警戒している・・というのを、どうアッピールするかの方法論であろう・・防犯パトロールとは、ドロボウなどに犯罪の機会を与えないことが最大の目的であり、地域住民が力をあわせ、防犯活動を積極的に行っていることをアピールするのが犯罪抑止につながると思い至り、広い地区に一台の青色パトロールカーより、100台の防犯カーをアッピール出来ればと言うわけで・・・この4月、任期切れの置き土産という程でもないが、当方のPAT素材を使い、別添のようなステッカーを200枚程作成して、交代時期の各町内会長以下、防犯委員の車両に貼って、特に防犯活動というわけでもなくても、日常通り、走ってもらう事になった。 自慢話で恐縮だが、車のボデイや黒いガラスの外からでも内からでも、のりなしで水に濡らし、乾けば完全密着する、”すぐれもの” 確かにその地区に"防犯パトロールステッカー"貼り自家用車が別の用事にせよ、数多く走り回るのは効果があるとみえ、他の町内からも、又遠地の他地区の方からも、費用の問い合わせがボツボツくるようにはなったが・・・。正直一点100枚200枚をオリジナルにて作成していては、シルク印刷の版代だけで何万円もかかる訳で、即商売に結びつくとも思えず・・・今回はH氏の試作としての寄付にて実行した訳だが・・ボランティアとは金も時間もかかるモノとは、身を持って思い知らされたる次第・・・しかし、世の中、「悪事千里を走る」程早く、善意は、知れ渡りませぬが、ボツボツでも当方の別の意味で仕事のPRになれば・・程度に思っておりましたが!!・・・その後の事は又後日・・ blogランキングへ
June 7, 2006
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日本も政治・経済共に、二三代目さんが殆どで軟弱な気がするが、初代でグアンバるホリエモンに続き、村上氏も逮捕された。恐らく国家意思の逆鱗に触れたというか、家風に合わずというか・・・しかし、国家意思は誰がうざく思い、又だれが決めるのか・・今回も前回のホリエモンも小泉さんの意思ではないのは確かだし、勿論直前には検事総長辺りが報告には行っているだろうが・・・数週間前阪神GMの「星野さん」が「村上氏が阪神に乗り込んできたら、俺はやめる、でもその前に彼には天罰が下る云々」とかっこいい事をいっていたが・・恐らくその筋の誰か(阪神びいきの)から、こっそり耳打ちされていたに違いない。さすればその内のお一人とは・・阪神ファンを自認する日銀総裁辺りでは??勿論逮捕決定権はないが、それこそインサイダー情報がその辺りには入り乱れ、つい気心しれた星野さんあたりに「らしい情報」を耳打ちしたのでは・・・??うらの裏を勘ぐれば・・(ホリエモン・村上シンパの平蔵)対(検察・警察に強い亀ちゃん)の戦いが透けてみえる。いずれにせよ、ホリエモン・村上共々裏金は山程或る事だし、今回も特に大損した訳ではなく、この際、日本の足の引っ張り合いする小心な二三代目やサラリーマン重役相手の小商いを見限り、シンガポール辺りに出て行って、世界相手に、石油関連などで、ユダヤ資本相手に丁々発止とやってもらいたいもの・・・・・頼むから”岡田阪神”の足を引っ張らんといてや・・の願いの一山は越えたようだ・・・
June 5, 2006
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話はころりと変わるが、ある日ある処に土地開発計画が起きた場合、公平な処、民有地であれば、どうぞご自由に、というのが我が国の土地私有権優先の考え方・・これについては異論はないが、大規模開発の場合、その土地に資材その他を運び込む道路は公有道路でなければならぬ。止む無く開発業者は、そこへ至る私道をも買い上げ、市に寄付して公有道路としようとする場合、一見すると、非常に良心的にみえるが、問題は何故長年その道が私道のまま、放置されていたか、に思い至る・・地域住民はその私道を通るために、市民税以外に年々使用料を払うか、又は初期に一定の少なからぬ使用金額を払い込んで通行する権利を確保し、今更、私道を市道に変えるメリットのない地元住民は反対し、業者の思惑通りには事を運ばせないだろう・・その場合市開発指導課の行動基準は、長年放置して不便を掛けていた名目に乗り、無料で寄付するという小手先の開発業者の手先になるのか?住民の既得通行権を有利とみて、そのままにするのか(・・と言うことは業者の開発計画をご破算にするのか?)この辺、非常に目が話せぬ展開となってきた。(数十年前の地区住民と私道持ち主との、永劫通行使用契約書が新たに公式文書で出てきただけに・・どちらの言い分に市が加担するのか・面白い展開ではある・・・・)H氏の見る限り、長年の住民の総意や環境問題よりは、恐らく何やかやの人参ぶら下げた業者の手先をするのが、小役人の発想、と思われる。・・むしろ、それは何故?、目先の手柄意識?天下り先の確保?自分の老後安全?
June 4, 2006
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まるで台湾に避暑に行った様に涼しく、日本の蒸し暑さに戻ってくると、案の定、ここ一年アホ丸出しで風邪引かずだったのが、少しお利巧さんになったのか、珍しく、喉が辛い・・・全然別の事を書くつもりだったのが、考えまとまらず、台湾のヨイショ記事を軽く書くことにする。台北市内南東部になる信義区に出来た台北国際金融センター(別名台北101)は外から眺めるだけで良いと思っていたが、雨中続きで公園・お寺、肝心のゴルフも雨でハーフで終了で行くところなく、見晴らしの悪いのを承知の雨宿りで昇ってきました。雨続きで、遠方から写真も撮れず、観光宣伝名目にて台湾PR用WEBからの借り物写真が下の写真高さ508メートルで地上101階の高層ビルです。このビルは7年間の工期を経て、2004年の秋に世界一の超高層建築物として竣工したそうです。設計は李祖原建築事務所、施工は日本の熊谷組を中心としたJVにより行われ、地震や台風の多い台湾だけに、防震対策や暴風対策に力をいれた設計になっているそうです。台湾自慢の世界一高い建物・・・・。」バスを降り、首が折れそうにして真下から小雨の合間に見上げて撮ると、こんな感じ 店内のショッピングモールには、書籍、各種高級ファッションブランドの専門店、レストランがあります。が買い物興味ないH氏には梅田センタービルか、精々去年昇った六本木ヒルズと変わらず・・(結構高い処昇るのが好き??・・やはりアホ!)展望台行きのエレべーターは耳が少し痛くなる程結構早い、東芝製で、毎分千メートルの速さで上昇できるように設計されていて、この速度はそれまで横浜ランドマークタワーのエレベータが持っていた記録を更新し、世界最速としてギネスブックに認定されたばかり。展望台89階まであっという37秒で到達した。・・DATA表示が出る、下りはやや遅くて40秒ちょっと・・・雨の中ゆえ遠方はかすんで見えず、やむなく、真下の国父記念館辺りを撮るも航空機から撮るのと一緒 いずれもメードインJAPANがこの国は好き、建築中の台北ー高雄館の新幹線・街中のTAXIは殆どTOYOTA,電器製品NO1.人気はSONY 日本人側だけ余り台湾に関心をもってない訳だが、或る意味、本土の中国が妙に日本を刺激すると、元々事情があって日本が振った筈の(台湾)彼女が未だに、好いてくれている情にほだされるような感じとなるのは、うがちすぎ?今日はどちらにせよ、喉が調子わるいので、考え方が甘く、まとまらず、この辺で・・・ blogランキングへ
June 3, 2006
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短い旅だったが、中々の勉強家のガイドのお陰で、台湾の歴史や台湾人の人種構成や問題点がおぼろげに理解出来たのは、一つの成果だった。前回 台湾訪問したのが、古い話で、確か、田中総理が、中国訪問を果たし、日中国交が成立した間際で、或る意味日本は台湾政府を裏切ろうとしていたタイミングの悪い時期だったので、出かける際もそれは意識して注意し、訪問したと記憶しているが、勿論、台湾人及び政府は、「政経分離」を謳い、一般観光客だった我々には何らも心配もなく、台北・台中を観光して廻った訳で・・・、その頃は円の値打ちも高く、相場も現在の1NT弗=4円弱だったかどうか迄は覚えていないが、随分値打ちもあった。台中・日月譚に向かう途中のバナナ畑やサトウキビ畑で現地の金だが、日本円で50円位の積もりで金を払い、観光停車中のバスで食べていると、現地人の日傘を頭に乗せたおばさんが激しく窓ガラスを叩く・・何事、と降りて行くと、お釣りとして45円分返してくれた。・・5円で良いのに50円払ったので、返そうとして窓を叩いていた訳で・・今や懐かしい思い出だが・・お陰で随分台湾に好印象を持ったものだ・・。今でも概ね日本人には好意的で、前回の訪問時にも「日本人は台湾人を置いて逃げて損したね!」という台詞をバスガイドが何気なく云っていたが・・・その意味が今回少し判った気がする・・戦前50年間の日本統治下、決して台湾人全てに親切ではなかった筈なのに、何故懐かしがって、まるで美化しているのか?今から思えば、当時、蒋介石亡き後も国民政府は四十年に渡り、戒厳令を敷き、そう云えば、主な交差点には兵隊が立ち、本省人である台湾一般民衆を、押さえつけていた。交通事故で死人が出ようが、知らぬ顔で、ずっと民衆を睨んでいた訳で・・終戦後、日本から解放され、本来自由になるはずの本省人は中国本土から共産政権に負けて逃げて来た筈の、外省人に、なまじ「日本語で皇国教育を受けて真正な中国人ではない民族」として、こっぴどく迫害を受け、「228事件」等で数万人が殺され、その後も40年間の戒厳令が敷かれていた訳で、勿論そんな事情は当時一言もしゃべる訳にもいかなかったのだろう・・・「まだ日本統治下の頃の方がよかった」という感情が、逆に「親日」となって、今だに続いているのだろうか・・・それから数十年の今回は、例えばちょっと高級な普アール痩健美茶や"からすみ"等買うと、財布から、万札が消えて行くのが早い・・著名会社の初任給が高い人で5万円というから、日本の半分弱程度の物価だろうがもっと高く感じた・・台湾総督府から世界一高い101階建てのビルのある新都心に向かう広い道路は全部東向きの一方通行で、6車線?中1車線のバス路線のみ西向きに走り、変な道!?と思っていると、案の定次の交差点で事故が発生していた。 雨中のバスから撮ったので、写りは悪いが、推定では、北から南へ向かうベンツが一車線のみ西に向かうバスをやり過ごして交差点に入った処、今度はその影から東に向かう車と出会い頭事故となった模様・・分はベンツのほうが悪そうだが、流石に車は全然痛まず、相手の車の頭部が凹み、後部座席から降りた外省人とおぼしき老人が猛烈に抗議中!若いIT寵児風?の運転手は金持ち喧嘩せずと逆らわず、保険会社とでも電話中・・と見たが・・この交差点にはもう戒厳令下の兵隊もおらず、日常茶飯事と見えて、見物人もいなかった・・・ blogランキングへ
June 2, 2006
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台湾旅行者は必ず故宮博物館に立ち寄る事となる。前回は遥か昔の事なので、何を見て感動したか全然覚えてないが、現場へ行けば建物の立地位は思い出せる。 今回もバスからのエントランスはうっすら記憶は戻ったが、館内は驚くほどきれいに改装されて、主な展示物は360度どちら側からでも眺める様な展示方式になっていた。但し撮影はフラッシュなしでも許可されず、従って内部写真は0・・・。今更いい訳だが、展示物は一期一会で唯々、その財宝に驚嘆するのみ、 案内のガイドも良く勉強していて、判りやすかった。帰国後、NETで調べると、以下を駆け足で見た・・らしいとでも表現しなければ、とても、覚えられない年代は不順だが、2階では、ガイド付きで「繋がりと融合・・六朝・隋・唐 (221~960) 」「新しい典型の建立・・宋・元 」「新装飾の時代・・明代前期の官営工房 (1350~1521)」「官民が技術を競う時代・・明代後期 (1522~1644) 」「盛世の工芸・・清代 康熙・雍正・乾隆 (1662~1795) 」「現代に向かう・・清代後期 」の6室3階では一人で駆け足で「文明の曙光・・新石器時代 」「古典文明・・銅器時代 」「青銅器工芸の謎 」「クラシックから伝統へ・・秦・漢 」の4室を見たらしい・・どれがどれとも優劣なく、唯々感歎するのみで、記憶がぼける程・・結局は前回と同じ事兎に角、日本国内の博物館が束になっても、こればかりは勝負にならない程素晴らしい・・・ それより、清朝最後の皇帝溥儀を紫禁城からの退去させ、戦時下北京から持ち出した財宝が一万数千箱その後上海・南京・武漢等転々と移動し、国民政府が軍艦で台湾に持ってきた際には、その数は二割の2972箱それでも、超一級品ばかりで65万点あるわけだから、その間散逸したり、盗まれて鋳潰された、金製品の数々には物凄い裏話があるのだろう。一度北京紫禁城の故宮博物館も比較の為、是非覗いてみたいものだ・・・・ blogランキングへ
June 1, 2006
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