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言葉は 心にしまっておくとどんどん大きくなるでも出してしまうと見失うその言葉は 本当の気持ちなのか手術前日の心の乱れのせいなのか手術前日のせいにしてしまいたいのかもう何だかよく分からない ~・~ ~・~ ~・~カズが来てくれた。嬉しい。会社のおじちゃんがお子さんを連れて来て下さった。嬉しい。大好きな天使ちゃんのしーちゃんは毎日来てくれる。・・ここにいると私も少し天使みたいなママ?隣りには 美しいが故に存在している美しい花花園で微笑むしーちゃんの写真もし 今死んでも、私はとても幸せな人生でした・・今回はたまたま先方の不注意の事故だった。でも、私もとても不注意な人間だ。私の不注意が事故を引き起こす可能性も十分ある毎日だった。もしこのけがが自分の責任だったら、会社にも両親にもどんなに肩身が狭かったろう。そしてその辛い思いを人にさせているのかと思うと、何だか申し訳なく思う。私は微塵も彼を恨んでいません。むしろ優しさに感謝しています。もし私に何かあっても、どうぞ誰も責めないで下さい。(私の事も許してください)
2002年04月29日
4月28日 朝足の痛みにも大分慣れ、お尻対策もばっちりの三夜目は腹痛に悩まされた。まったく次々とあちこち痛んで、病人臭くて情けない。将来介護などする機会があったら“まったくこの人は病(やまい)苦しい”なんて思わず何でも聞いてあげよう。これ1つ分かっただけでも良い経験だ。腹痛は初めて感じるものではない。例えばお酒を飲みすぎた夜、例えば天ぷらを食べた夜、あるいはストレスの強かった日、結局原因不明の、そんな日々の翌朝、しばしば感じてきた。寝返りをうつと激痛が走る。そしていつもなら起き出せば治るのだけど、起き出せないここでは一晩中痛みが続いた。ここは整形外科。しかも今日は休日。夜中に痛みを訴えても、痛み止めくらいしか対処の仕様がないだろう。結局朝まで我慢しながら、今日も苦しみもがく夢を見た。
2002年04月28日
病院のご飯はあんまり評判がよくないけど、私は結構おいしくいただいている。昨日なんて昼からお刺身だった。ちゃんと冷たかったし。昨日隣りのおばあちゃんが、今日向かいのおばあちゃんが退院された。ななめ向かいのおばあちゃんはとってもお元気で優しい方だけれど、私の声の波長は彼女には届きにくいらしい。ちぐはぐな会話しか交わせなくて申し訳なく思う。ここにいると、人と話すことが仕事だ。なーんにもする事がない。忙しくて何にもする暇がないのと暇だけど何にもできないのとどっちがいいだろう?まあ前者でも後者でも、前向きに受け入れて楽しんだ者勝ちだ。そんなこんなで入院日記など。4月25日 2時今日は、確か今月で閉館する富士館ホテルのレストランへ行こうと思っていた。ひとりでレストランなんて私も大人になったなあとワクワクしていたけど、時間も遅いし仕事もまだ残ってるし・・・と、やっぱりコンビニのおにぎりで済ます事にした。電車通りの歩道を自転車で走っていると、いつもの事ながら、大通りに出ようと待機している車がいる。後ろを通るほどのスペースはなさそうなので前を・・・と思ったら車が出てきた。ウソ!と思う間に激突。でもまだ車は止まらない。私は恐怖と激痛に、ヒステリーのように泣きわめいた。車が静止し、バックする時、自転車がメリメリ音を立てた気がして、私はもう一度足がまき込まれるかと恐怖でまた叫んだ。(でも自転車はかご以外外傷がないらしいので気のせいだったのかもしれない)しばらく泣き叫んでいた(多分私は叫び性なのだろう)あまりの痛さに、私の足はどうなるんだろう、と思ったけど、見る余裕もない。「大丈夫?」と人が寄ってきた。今救急車を呼んだから、と聞こえる。足に上着がかけられる(順番は定かでないけど)そういえば太ももむき出しで自転車にまたがったままの自分の姿が気になったけど、動けそうにない。不自然な格好の自転車がきしんで傾ぐ度、私は激痛に悲鳴をあげた。その合間合間、落ち着いている時に名前を聞かれる。 どこの高校? 違います・・そこの・・○○に勤めてます・・・高校生に間違われるのは嬉しいわ、とこんな時でも思う。(別に顔を見て聞いた訳ではないだろうけど)「うちの社員になんて事してくれるんだ!」と会社のおじちゃんの声がする。駆けつけて下さって嬉しいわ。「会社の保証とかもあるんだから!」・・ってそういう事かい。でも私、社会保険入ってない・・。彼は病室までついてきてくださって心強かったけれど、会社でも「忙しいのになんて事してくれる!」と怒っていたらしい。ごめんなさい・・・。救急車で病院に運ばれる途中、「事故。二十才の女性、搬入します」“二十才”だけクリアに聞こえたのであわてて「私29才です」と言ったら、どっちでもいいんです、と言われた。着いてみたら全然二十じゃないじゃーん、ということになったらイヤだなあと思ったけど、確かにこの人たちにはどっちでもいい事だろう。でも病室ではやっぱり二十才の娘が来るらしい、と噂になっていたらしい。まあ○○さんが退院するらしい、とか△△さんが×号室に移ったそうだとか、噂以外にはする事もない所だ。それに病院というところは、70ならまだまだお若い、という。20も30もさほど変わらないかもしれない。ここでは私は“娘さん”扱いだから、退院したら定めし浦島太郎の気分かしら。初日の夜はさすがに痛みで眠れなかった。うつらうつら睡んで目が覚めると、テレビかラジオの音がする。外はまだ暗い。随分お年寄りは朝が早いな、と思った。何度か浅く眠り、目を覚ます。そのうち音が止むが、いっこうに空が明るくなる気配はない。いつまで経っても夜だ。痛みは、気を紛らすもののない時どんどん増大する。1日同じ格好をしている為、下になっている部分の圧痛がひどい。私の足は変な圧力がかかってねじれ、折れた骨が少し重なっているらしい。それを伸ばすために、かかとの骨に針金を通して、ベッドの足元からおもり付きのくさりで引っ張られている。足をくくりつけられているので動けない。それでも圧痛に耐えかねて少し動かすと、激痛が走る。ポキッという音まで聞こえる。最初看護婦さんがまわってくる度 痛いです、と言っていたが、その都度「じゃあ痛み止めの注射打ちましょうか?」と言われて「いえ、それ程でも・・」と我慢する事になる。激痛と圧痛の長い長い最初の夜に比べて、2日目は結構眠れた。夜中何度も目が覚めたけれど、それでも眠っている時間の方が長かった。寝始めが早いので、むしろ寝過ぎかもしれない。そうして眠ってみると、目覚め心地が非常に悪い。どうして寝返りがうてないのかが分からない。自分がどういう状況にあるのかよく分からない。そして一日中下になっていたお尻が痛くて痛くて、どうしても寝返りがうちたい。ベッドサイドの柵につかまって腕の力で体をよじったり、かけ布団をお尻の下にまるめ込んであてがったりして何とかまた眠った。朝になって、自分の七転八倒ぶりを思い出し足が心配になったが、わりと平気なようだ。相変わらず折れているのだから、平気といっていいのか分からないけど。もがきながら妙な夢を見た。夢というのは、目覚め直後には強烈な印象で“なんてヘンな夢だったんだろう。ぜひ書きとめておかなくては”と思わせられるが、正直今はどうでもよくなっている。でも一応記念に書いておこう。ベッドの上で何かが12700から13400に追加になったのだ。私は必死だった。で、目覚めてから考えた。何かって何だろう?ベッドの上といっても私と布団しかない。私は何を一生懸命だったんだろう?変な夢。でもしばらくしてその意味がはっきり分かった。ああコレのことだったのか、夢じゃなかったんだ、と妙に納得した。それが又夢だった。多分。結局よく分からない。後註:文中に出てくる退院されたおばあさんたちについては、現在(6/3)まったく記憶がない。認識した事を記憶にとどめる、という機能は、何かあったとき真っ先に低下するらしい、と、酔っ払って記憶がまだらな時などもよく思う。
2002年04月27日
つまりこういう事だった。もし定時間内で仕事をしていれば(多少残業しても)超える筈のない収入のボーダーラインを、ほんの少し超えてしまった。私は会社に提出した書類に扶養親族の名前を書かなかったけど、会社もまぁ関係ないだろう、とそのままにしておいた。そのため私は課税対象者になった。源泉徴収表を持って市役所に行けば2700円返してもらえるよ、と言われたけど、どうしようかなあと思いつつ結局取りに(というか、申請に)行かなかった。まあ2700円ぐらいいいや、と思っていたら・・。これまで無料で通っていた保育園が、4月から月額19000円になったのだ。2700円が一気に10倍だ。10倍どころじゃない、毎月払っていくと100倍にもなる。ヒエエ。サラ金で借りた小金が雪だるま式に膨らんだ人の気持ちはこんなんだろうか・・。そもそも保育園に通ってるんだから申請しなくたって子供がいるのは分かりそうなものだけど、まあそういう訳にもいかないのだろう。私はあたふたと市役所に行き、税務署に行き、もう一度市役所に行った。多分5月からまた無料で通わせてもらえるだろう・・。それにしても、離婚なんて決して誉められた事じゃないのに各種手当てを受けられるのはなぜだろう、と思う。・・思うけど、払わなくても許されるお金が万単位で月々出て行くのを想像すると、さすがにまぁいいかとは思えなかった。2700円を笑うものは・・大変な目に合う。今後の教訓にしよう。
2002年04月24日

しーちゃんがどうしてもお昼を外で食べたいというので、急いでおにぎりを作って出かけた。出かけたとき既にお昼にはなっていたけれど、どこかお花の咲いてるところで食べよう、ということにした。近所の公園の片隅にチューリップの小さな花壇があった。ここで食べる?もうちょっと行ってみる?と聞くともうちょっと行ってみる、という。多分遊具が少なくて嫌だったのだろう。・・が、そこを過ぎると、両脇に土の広がる農道が延々と続いた。うららかな日ざしを浴びてのどかな光景ではあるけれど、花がない。しーちゃんはそのうち居眠りを始めた。自転車の後ろで寝られると結構辛くて怖い。しーちゃんがもっと小さい頃はこちらも新米ママだったので、そりゃもう落ちるんじゃないかと心配した。その頃に比べると私の心臓は強くなったけど、その分しーちゃんが重くなっている。こっくりこっくりされる度自転車が揺らいだ。156号線を時々脇道に入りながら30分以上も走り、ここまで来たらもうチューリップフェアまで行ってしまおう、と思った頃、国道の反対側に広がる黄色が目に飛び込んだ。車の来ないのを見計らって道を渡ると、そこは一面の菜の花畑だった。しーちゃんを起こして川沿いにシートを敷き、おにぎりを食べた。昔、私が家庭教師をしていた中3の女の子が、どういうテーマだったのか、小論文の問題で冒頭の歌(タイトルを忘れた・・おぼろ月夜かな)について書いていた。 菜の花の鮮やかな黄色に、夕陽の色さえ薄く見える・・・私は夜の帳のおりる頃、菜の花畑もまた、夕陽とともに宵闇に淡く沈んでゆく様を思い浮かべていたので、日の色が薄れるのは純粋に夜のせいだと思っていた。でもそういう捉え方もあるんだな・・とずっと心に残っていた。目の前で黄色い炎のように輝きたつ菜の花畑を見てふ・・っと思い出した。彼女はこんな菜の花畑を、もしかしたらそこに沈む夕陽も見たことがあったのかもしれない。繊細で優しかった彼女、学校にはほとんどいってなかった彼女、今どうしているんだろう・・。おにぎりを食べてすっかり元気になったしーちゃんは、また眠くなると私に迷惑がかかると思ってか(?)その後はずっと自転車の後部座席で自作の歌を歌っていた。
2002年04月20日
しーちゃんはたまにご飯を食べている時口の中をかむ。しーちゃん曰く、「だってしーちゃん口の中に目ぇないから、どれが食べ物で どれが口やらさっぱり分からんもん」・・なるほど。昨日餃子の皮をこねるのをしーちゃんに手伝ってもらった時。「しーちゃん、お金触っとったやろ。手ぇ洗ってこられぇ」「なんで?」「お金って汚いがいよ」「なんで?」「洗わんから。バイキンいっぱいついとるよ」「ふーん。お金に歯ぁないけど、歯ぁ磨かんから?」ばい菌という言葉は虫歯を連想させるのだろう。ちなみに私、普段は結構ばい菌好き。殺菌・除菌する人の気が知れない。そんなことしたら、ばい菌が強くなって人間が弱くなるよねえ。共存が一番。
2002年04月19日

保育園の、卒園式だか入園式だかの時にいただいたお砂場セットをまだ一度も使ってなかった事を思い出して、今日はおとぎの森に砂遊びに行った。今日は暖かく、外遊びが心地よい季節になってきたな、って感じだったが風がめっぽう強い。なぜよりによってこんな日に砂遊び・・。顔にかかる髪とすなぼこりを砂の付いた手でこするのがさすがに本人も嫌だったらしく、早々に切り上げて古城公園に移動した。お目当ては最近公園にやってきた舶来のマーラちゃん(テンジクネズミ科)。そしてやっと、ひよこちゃんに会うことができた。しーちゃんは心行くまでひよこを抱っこして、キスまでしていた(それはやめて・・・)夜、今日から妹がホームステイする事になったオーストラリアのご家庭に電話する事になった。親はどうしよう?どうしよう?と困るばかりだし面白そうなので私がかける事に。にわかに和英辞典で勉強した。「妹がお世話になります どうぞよろしくお願いします」と本当はいいたかったのだけど、「よろしく」にあたる英語はありません、と辞書は冷たい。時差もあって、早くしないと電話しては失礼な時間になってしまうので諦めた。「Hallo.Is this the G~ residence?」「Yes」「How do you do?」「How do you do ペラペラペラ」(聞き取れなかった)「あ・・This is K~,Please get えっと・・」「Oh,M~?」「Yeees!!」というわけで無事取り次いでもらえた。最後に「Thank you」と言われてこちらも慌てて「Thank you」と返すのがやっとだった。こちらの方こそ、は何て言うんだろう・・。緊張したけど、通じるって何だか嬉しい(って言うほどしゃべってないんだけど)私も遊びに行きたくなりました^^しーちゃんもわけもわからずその気になって、なぜかトイレでヘルプ・ミーと叫んでいた・・。
2002年04月14日
夕食の後、ともちゃんに誘われてお獅子を見に行った。お獅子の笛の音って好き。異国情緒めいたものを感じる。笛太鼓に合わせて踊るお獅子のシルエットの辺りを見つめていると、自分がどこに居るのか一瞬分からなくなる。・・今日はお獅子が怖くない気分のしーちゃんが、得意になってあちこち駈け回っては車道に飛び出しそうになるので、その度現実に戻った。お獅子の後公園に寄り道した。夜の公園は幻想的。闇の中でオレンジの常夜灯が、小さく周りの空間を照らしている。ともちゃんの知り合いがいる。闇の中から聞こえる声の辺りに適当に会釈した。私は闇の底に立ちすくんで、しーちゃんの黄色いズボンを見失わないよう必死で目で追う。ともちゃんは楽しそう。タイヤに登ったり中に入ろうとしてはしゃぐ華やかな彼女は、夜の公園に鱗粉を振りまく蝶みたいだった。ママと手をつないでいてね、と言ったのにしーちゃんはさっさと走っていってしまう。淋しさも どこか非現実的風の暖かな 素敵な夜・・おままごとの夜遊びでした。
2002年04月13日
お昼休み、相も変わらず控え室ではなく外へ。足が勝手に、控え室の前を足早に通り過ぎてしまった。いや足のせいではない。私の心がそう命じたのだろう。肌寒いので公園はやめて、近所の商工ビルのロビーのソファでおにぎりを食べた。何もそうまでしなくても・・。別にいじめられてる訳でもないのに。今日は私の心も曇りらしい。まったく扱いにくい。立ち寄ったついでに自販機など眺めてみる。エスプレッソ・チョコレート??とりあえず、買ってみた。苦くて、甘い。予想を立ててから飲んだ訳ではないけど予想通りの味。体もあったまって、心もあったまった。事にしておこう。無駄遣いしちゃったと思うよりは、その方がいい。まだ戻るには時間が早い。街中探検ツアー。最近やたら会社の周りを探検しているから、随分この辺に詳しく・・は、なってないような。何の変哲もない道は、何度通ってもそう記憶には残らない。この間通ったのもここだっけ?1本隣りの道だっけ?変哲って、ないと言うためにある言葉だろうか。変哲がある、って使わないけど、私の知識の問題か。変な哲学・・・なかなか好みかも。曇り気分のまま一日の仕事を終え、帰りに大和によってみた。スプーンを3本衝動買い。なんて中途半端な。お腹がすいたのでシュークリームでも買おうと地下へ。シュークリームの代わりに、パン屋さんで試食のパンを3種類食べて済ませた。これでエスプレッソ・チョコの浪費は帳消し。という事に。さもしい、と思うよりはその方が・・。本日の夜ご飯 シーフードのクリームスパゲティ しーちゃん初めて包丁で人参を切る(私と一緒に)本日のお話 もも売りとのさま 若者のお嫁さんは、その美しさのために無理やりお城に 連れていかれてお殿様の奥方となる。 若者はもも売りになってお城にやってくる。 若者の声を聴いて喜ぶ奥方を見て、自分も奥方を喜ばせたい お殿様はもも売りの恰好をし、そのままお城から追い出される。 そして若者がお殿様となり、末永く幸せに・・・・ ・・って、何だか哀しいお話だ。本日曇り。花曇り・・
2002年04月12日
会社のお昼休み、私を誘い出してくれる桜は散ってしまったけど、相変わらず小さな控え室には入っていけなくて、ふらふらと外に彷徨い出る。きっかけは、とてもとても小さなパート仲間の一言。彼女とはウマが合わない。でも別にオトモダチになる必要はない。会社の仲間とは仕事上の付き合いをしていけばいいと、いくつかの小さな言動と、その裏に透いて見える彼女の私への不快感の様なものを受け流してきた。小さな事の積み重ねは、とても小さなきっかけで私の中から溢れてしまった。仲直りが苦手な私。もう二度と、元には戻らないだろう・・。私が嫌だったのは、お昼を外で食べる事じゃなくて、その事を悲しく思う自分。彼女とうまくやれない事じゃなくて、うまくやれない自分を責めてしまう自分。人生相談の、一人よがりで被害者妄想的な相談者に自分を重ねた。魅力のない人間・・園庭で遊びにきていた大きな子供達の交わす会話 「・・それって誰?」 「○組の△△」 「ああ、あいつ嫌い」・・そんな会話に涙が出た。そんなに簡単に嫌わないで・・。皆で誰かの悪口を言う事が、仲良しの正体なの・・?好きなものを選べる自由は、嫌いなものを排除する高慢を生むだけなの・・?でもいつまでもずるずると沈んではいてはもったいない。まっ直ぐに、かつ楽しく生きている人を見てそう思った。誰かと合わなくても別に構わない。私は悪くない。・・悪いところもあるかもしれない。客観的に自分を見つめて、反省するところはしよう。でも卑屈にはなる必要はないよね・・?桜が散ったのは、終わりではなく始まりの合図。外はこれから次々に花の咲き乱れる暖かな春。私が小さな部屋で「仲間ごっこ」できないと感じるなら外の世界が受け入れてくれる。そう思えるかどうかは心持ち1つ。颯爽と風を切って生きていきたい。急に意気込むと、私はきっとまた落ち込んでしまうから、少しずつ・・。
2002年04月10日
大島絵本館へ行った。“どうぶつとびだせえほん”みんなで楽しく作って上手にできた。大好きなアンパンマンの絵本もたくさん読んだ。絵本館横の公園と、海辺の公園をはしごした。少しずつ闇に沈む海に、船の灯りがゆらゆらと綺麗だった。夜ご飯はお寿司。しーちゃんは目的達成型。並んで待ってる間に「イクラとフルーツ!」と決めてしまって、席についたとたんにフルーツ・イクラGET。お付き合いで玉子も食べたけど、次々まわってくるお寿司には目もくれない。優柔不断でなかなかお寿司の取れない私とは大違い。ただ、スイカが回ってくる度「スイカだ!」と知らせるのはやっぱり食べたかったからだろう・・。家に帰ってから、今日何が一番楽しかったか聞いてみた。「うーんと・・ママに優しくしてあげた事!」・・私が、う~んどうしようと迷いながらなかなか取れなかったので、しーちゃんが自分のデザートを少し私に分けてくれた。1日の終わりの、つまり一番最近の事が一番思い出しやすくはあるけれど、それにしても1日楽しく遊んだのに・・。私にくれたゼリーがよっぽど印象に残ったんだろう。しーちゃんらしい。
2002年04月08日
去年の卒園式は、出なくていいのに参加する気で恥ずかしい思いをした。おととしの入園式は、出なくちゃいけないのを忘れていて呼出のお電話をいただいた。今年の入園式は・・・雑巾を忘れました。。でもまあ入園式はつつがなく終わり、役員も無事決まった。しーちゃんたちの新入園児歓迎のマラカス踊りはとても可愛かった。入園式の後、しーちゃんとようちゃんがいつもの如く勝手に約束を取り交わし、楽しそうだし・・と、いくちゃんも一緒に映画を見に行く事になった。三人は平成10年秋入園の同期で、子供達は長い付き合いだけど一緒に遊びに行くのは初めてだ。すごく嬉しそうで、私もなんだか嬉しい。サティのマックでお昼ご飯。もちろんハッピーセット。映画ドラえもん・・・私は不覚にも、ドラえもんを見て泣いてしまった。歳をとると涙もろくなるってほんとうだ。途中から、タイムマシーンがやたら攻撃されたりして音と映像が激しくなり、しーちゃんといくちゃんが怖がって外に出てしまった。それからしばらく公園で遊んだ。子供というのは相手におもねる事をしない分、見ていてハラハラする。「ねえこっちで一緒にジャンプしようよ!」「・・・」(無視)「・・・」(涙)「ねえ貸してよ」「やだ」「貸して!」「やだ!」「・・・」(涙)ああもうちょっとお互い気を使えばいいのに・・。でも次の瞬間には仲直り。今日の公園は遊具の少ない所だったけど、それでもとっても楽しそうに小一時間遊んだ。写真を現像に出しに行き、スーパーに買い物に。途中、しーちゃんが手に持っていたおもちゃを落とした。だから余計なものは持っていかないでって言ったのに!買い物のレジで、財布の中身が800円しかない事が発覚。お店の人に謝って品物を少し返品。子供の失敗は親に怒られるけれど、親の失敗は誰にも怒られない。これは私が子供の頃つねづね思っていた不公平だ。しーちゃんもいつかそのことに気付いて不平を言うんだろうな・・。銀行でお金を下ろす。しーちゃんのズックを洗う。できた写真を取りに行く。途中ないと君達に会って、しばらく一緒に公園で遊ぶ。夕食後、明日の朝のパンがなかったのでシフォンケーキを焼く。はちみつレモンティー味にしてみた。雑巾を作る。しーちゃんにお話を読む。今日のお話は三びきの子ぶた。でもしーちゃんはとっても眠そうで、途中で私が7ひきの子やぎの話にすり替えたのに気づかず眠りに落ちていった・・。こんなにあわただしくても、なんだか淋しいのはどうしてなんだろう・・?
2002年04月04日
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