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すごい。インチキ臭い。でもあと何年(何十年)かしたら犬語なんて分かって当然になって、「犬語翻訳機が発売された当時は誰も信じなかったそうだよ」なんて昔語りにされる日がくるのかもしれない。明日の運動会晴れるといいね、でも今夜から雨らしいよ、そんな会話を今日は会社でも保育園でも交わしていた。そして予報に忠実に、夜になって雨が降り出した。例えば子どもが悪気なく突き立てたナイフのように。悪気のない人の伝言で、心がめちゃくちゃになることがあるのだと、知った。会社のパートのメンバーが替わって約1ヶ月。少しずつ打ち解けてきた新しいパートさんが、前任のパートさんが引継ぎの時こんな事を言っていた、と教えてくれた。それは、そんな事を言う前任者を非難するためで、別に私への非難からではない(だからこそ言ってくれたのだ)もう過ぎた事だ。彼女はもういない。とても辛かったこの春から夏、でももうそれは過ぎてしまった季節。それに彼女が私を嫌っていた事は、とうに分かっていた筈。それでも、悪意に満ち満ちた言葉を目の前に突きつけられて、心がきしむのを、どうしようもない。その言葉自体は、客観的に考えて無意味そのものだけど、そこに込められた悪意・・私はそんなに嫌われてしかるべき人間なんだろうか・・その思いが心を蝕む。あの頃の混乱がまた私を襲う。心は身体を彷徨い出て、雨の中を流れていく。多分時が積もってまた傷口を封印してくれるのを、待つしかないのだろう・・。
2002年09月27日
今日は地元の住民運動会だった。小学生の頃は朝集合して町毎のテントに陣取って競技に参加したけど、今はあんまり関係ないという感じ。風にのってピストルの音と音楽が聞こえてくるので、ちょっと様子を見に行ってみる事にした。着いた時には何も競技をしていなかった。音楽も周辺に気を使ってか小さな音で、いつになったら始まるんだろう?と思っていたらいつの間にか玉入れがはじまっていた。合図はピストルの音1つで、アナウンスは何もない。終了もピストルの音1つで、それでも球を投げつづける人がいた為、この時は「やめてください」とアナウンスが入った。児童数が昔と比べて少ないからなんだろう、ひっそりと盛り下がった、時折降る小雨が妙に似合う運動会だった。それでもさすが地元の運動会、しばらくいるとしーちゃんは早速知った子を見つけて、いっしょにBちゃん体操とちびっこ何とかに参加して、シャボン玉と自由帳と折り紙をもらい、満足顔で戻ってきた。午後からは大仏祭りに行ったら、こちらは勘違いで明日だった。代わりに市民ホールで市民コンサート(無料)というのをやっていたのでのぞいてみる事にした。奥まだ空いてますのでどうぞ、と言われて座ったら、もう退場できない雰囲気。今日のコンサートはピアノとヴァイオリンのアンサンブル、らしかった。こういう音楽は、食事の時に流れていたりするのは好きなんだけどわざわざそれだけを聞いていると、何だか他にしなくちゃいけない事があるような気になってくる。でもまあせっかくだからたまには優雅な気分に浸ろう、と思うと、そこは隣りにしーちゃんがいるのでそうは行かない。多分この年の子にしては、小一時間、わりと静かにしていられた方だとは思うけど、私に寄りかかったり足を持ち上げたり(これは何の曲?)と小声で聞いてきたり、もぞもぞと落ち着きがない。きっと周辺の人たちも、優雅な気分に浸りきれなかったに違いない。申し訳なかった。だけどしーちゃん自身ピアノを習ってるんだから、やっぱりたまにはこうして音楽に触れるのもいいことだろう。演奏の方は、斜め前の席のおじちゃんが「なかなか優等生だね。もうちょっと迫力があれば言う事がない」と言っていたけど、なるほどそんな感じだった。それから隣りの図書館に寄って絵本を少し読み、たい焼きを買って家に帰った。明日はつくりもんまつり行こうか、と言ってたら、母に片付けはいつするの、と怒られた。確かにね。
2002年09月22日
今日は念願の栗拾いに行ってきた。前にバーベキュー施設の検索をしていた時見つけたんだけど、自転車で行ける距離を少しオーバーしているし、しかも山の上。うーんどうしよう・・と思っていたところに、かろうじて車の運転ができる妹が帰国してきたので相談してみたのだ。んで、お日柄も良く本日決行となった。歩く事と同じくらい自然な感覚で運転する人の車は単に快適な移動手段だけれど、かろうじて運転する人のそれは、誰かや自分を殺しかねない凶器にもなりうるということが、否応なく意識に上る。私たち三人はやや怪しげな運転に適度な緊張感を保ちながら山道を進み、無事栗農園に着いた時には喜びもひとしおだった。軍手は会場で貸してもらえる筈、という情報があったのだけど、予想に反して「素手で大丈夫」と言われた。私は、木からイガを落としてそれを拾い、がんばって中から栗を取り出すようなイメージを描いていたんだけど、実際は違っていた。どうやら、いがは中の栗が程よく熟した頃合にはじけて、栗が勝手に飛び出して下に落ちる仕組みらしい。そこまでしなくても、というくらい攻撃的な鎧で中の実を守っているいがの意味って一体なんだろう?などとふと思う。地面にはいがもたくさん落ちているけど、たいていはもぬけの殻だ。中には図鑑の栗のように破けたイガの間から栗が3つ並んで覗いているのもあって、その“いかにも栗”的な姿にはなんだか感動した。しーちゃんはここでも食いしん坊の本領を発揮して、私の3倍ぐらいのスピードで持ち袋に栗を詰め込んでは、しーちゃんのが一番たくさん!と大得意になっていた。約30分ほど拾ったところでしーちゃんの袋が重たくなり終了。しーちゃんが900g、私が600妹が500で2kg、入場料も入れて計2200円なり。すぐ近くの動物公園でヤギやウサギと触れ合い、帰りは、妹は久しぶりの運転にも慣れ私たちは妹の運転にも慣れ、おみやげを抱えて楽しい気分で家路を辿った。後は食べる楽しみが待っている。
2002年09月21日
最近しーちゃんはグリコにハマっている(ハマりやすい子だ)グリコというのは、じゃんけんで勝った人が階段を進める、あの昔懐かしの遊びだ。今でも巷でやってる人たちはいるんだろうか。グーで勝つとグ・リ・コチョキならチ・ヨ・コ・レ・イ・ト、パーならパ・イ・ナ・ッ・プ・ル朝な夕なじゃんけんしよう!とせがまれる。実はこれ、この間ビデオで見たハイジのワンシーンなのだ。山を恋しがるハイジのために(というかハイジに手を焼くロッテンマイヤーさんのために)一時呼ばれてきたクララのおばあさんとハイジが階段でじゃんけんしてるのを見て、私がふと昔を思い出してやってみたのだ。ハイジはアルプスの少女だからまさか「グーはグ・リ・コ」ではあるまい。(でも各国共通なのかなあ?)それにしてもグ・リ・コ・・って、思いっきり会社名だ。やっぱり考案したのはグリコの社員なんだろうか。子供の頃何とも思わなかったのは、それだけグリコの名が日常に馴染んでいたからなのか。片田舎にまですっかり浸透して、さぞグリコはご満悦だったろう・・なんて大人になると考えがいちいちヒネてくる。さっき二階にパジャマをとりに来て下に降りたら、後からしーちゃんがじゃんけんしたかったがに~と泣き出してまた喧嘩になってしまった。ああ。タイトルのイメージとは何だか程遠い。
2002年09月20日
私は料理が結構好き。でもあんまり上手じゃない。大ざっぱなうえ手際が悪いので、変な味の料理もたまに?できる。そのくせしーちゃんが文句を言ったり食べ残したりしようものならものすごく怒る。そのおかげか、しーちゃんは好き嫌いなく何でも食べる。この間○ちゃんが来たときブドウを出したら、「私ブドウは大っ嫌いなの。お菓子が好きなの」と言われた。近所の男の子達にココナツミルクプリンを出したら少し食べて後はぐちゃぐちゃになっていた。今日遊びに来た□君も、バナナを飾ったケーキのバナナしか食べなかった。しーちゃんだけがいつもきれいに食べてくれる。ああしーちゃんのママで良かった、としみじみ思う秋の夜長。というかしーちゃんの胃袋が丈夫でよかったと言うべきか。
2002年09月19日
特に予定を立てなかった連休、久々にご近所めぐりをしている。昨日は動物園へ。馬の名前はまだ決まってなかったけど、名前募集箱がなくなっていたので間もなく決まるのだろう。ペンギンコーナーに『ペンギンニュース』というのがかかっていた。ペンギンは今、年に一度羽毛?が生え変わる時期なのだそうだ。確かに一羽だけ、背中がグレーのぎざぎざになっていた。今までもちょくちょく動物園には来てたけど、全然気付かなかったなあ。そして今日はおとぎの森。着いてまず(当然のように)おにぎりを食べて、砂遊びをして水遊びを終えたところでりなちゃんに会った。りなちゃんと一緒にいると、しーちゃんのあつかましいのが嫌というほど目立つ。いや、他の子どもと比べるのはよくないんだろうけど。しーちゃんは友達がお菓子を食べているととんで行って手を差し出して「欲しい!!」とアピールする。下手をすると全く知らない家族がお弁当を広げているところへふらふらと寄っていってじとーっと見つめていたりする。おもちゃも「貸して!」と、ほとんど相手の承諾も確認せず強引に借りてしまう。りなちゃんは、「食べる?」って聞くと少し恥ずかしそうに頷く。おもちゃも、空くのを待っていていつまでも使えない。私はしーちゃんに「人生、積極的に行ったモン勝ちだよ!」なんて教えた覚えはないから、こういうのはやっぱり子どもの個性なのだろう。私はしーちゃんに手を焼きながら、ちょっぴりしーちゃんが羨ましい気もする。しーちゃんはりなちゃんのパパの事をただ「パパ」と呼んでいた。多分りなちゃんがそう呼んでいたからだろう。パパという単語に「○○ちゃんの」とつけなくちゃいけないという認識が、きっとしーちゃんにはないんだろう。教えた方がいいんだろうか・・。今「マーマー」と呼ぶから何かと思ったら、「秋だけの月見バーガーっていうのがあるんだって」・・だって。しーちゃんにはいつまでも無邪気でいて欲しいな・・それは親の勝手な願いというものだろうか。
2002年09月15日
気の小さい私は、非難されるのが恐ろしくて、小さい頃から悪い事をしないように生きてきた。(こう見えても)悪い事をしないように、しないように生きてるのに、悪い事をしていないのに非難される“濡れ衣”は、思いのほかショックが大きい。アパートを探している私が不動産屋さんに鍵を借りてその部屋を開けると、中に人が住んでいたのだ。一瞬ギャグのような話だ、と思ったけど、住んでいる人にはそれでは済まない。確かに、いきなり見知らぬ人が鍵を開けて入ってくるのだから驚くのも気味が悪いのも不快に思うのももっともだろう。「どうして鍵を持ってるんですか?」「え・・不動産屋さんにお借りしてきたんです。空室だから見てくるようにって・・ここ空室じゃないんですか?」「違いますけど」あとはほとんど何も言わず、1人で言い訳して謝る私をずっと疑わしそうに見ている。本当にご迷惑おかけしました、すみません、失礼します、と部屋を出ながら、背後に未だなお降りそそぐ疑いと腹立ちの視線を、はね返す強さは私にはなかった。私は悪くない、気にすることはないといくら自分に言い聞かせてもしばらく涙が止まらなかった。折しも降りそぼる冷たい秋雨に心まで濡れて自転車を漕ぎながら、雨で涙が目立たないのがせめてもの救いだった。
2002年09月13日
ハイジは騙されて、山から街に連れて行かれた。(映画版なので、あっという間にいつの間にか8歳)ハイジは勉強が嫌いで、いつも山の事を思い出しては椅子に立ち上がって「さようなら~」なんて叫んだりするものだから、ロッテンマイヤーさんに頭のおかしい子供だと思われる。この辺りで胸がちくりとするのが昔とは違うところだ。何だか私ってロッテンマイヤーさんに似ていない?お行儀が悪いと怒ってしまったり。「言い訳しないの!」なんていう辺り。自分に子供を合わせようとしすぎてる。ああ反省しなきゃ、と素直に思える・・あとはその気持ちを持続しないとね。幸いクララのお父さんは、ロッテンマイヤーさんの余計な助言に惑わされて偏見を持たずに、ハイジの優しさを見抜いてくれる人だった。もし彼もハイジを気違い扱いしたら、ハイジは誰にも理解されなくて心をわずらうかもしれない。周りの環境が子供に与える影響は大きい・・ってハイジってそんな話だっけ?ハイジが、クララのお父さんに頼まれて“冷たいお水”を探して翻弄し、喜んでもらえてにっこりするシーンで思わず涙ぐんでしまいながら、続きはまた今度。私はもっと見たいのに、しーちゃんは粘土遊びがしたくなったそうだ・・。
2002年09月08日
今日はしーちゃんが近所の子と遊ぶのに夢中で私1人でレンタルビデオ屋さんに行ったので、借りるべきどれみちゃんの代わりにアルプスの少女ハイジ(映画版)を借りてきた。そしたらハイジが5歳で何だかびっくりした。しーちゃんと同い年だ!ハイジは幼い時に両親を亡くして親戚に育てられる。そして山深く1人で住む変わり者のおじいさんに引き取られるが、自然を愛し、前向き思考の健気な少女だ。・・って、しーちゃんてそこまで考えてるだろうか。どっちかというと自然の美しさよりどれみちゃんが好きなような。こま切れアニメに慣れているしーちゃんは、ハイジがおじいさんに引き取られて間もなくもう眠くなってしまったので、続きはお預け。このあとどんな風にクララに出会うんだっけ?淡い記憶が蘇る楽しみと、娘を見るような楽しみ、そんな、いつの間にか歳をとった自分への感慨など入り混じって続きが待ち遠しい。今日ってそう言えば小学生の時好きだった人のお誕生日だなあ。今頃どうしてるんだろうな・・。
2002年09月07日
Here comes Santa Claus,here comes Santa Claus,Right down Santa Claus laneVixen and Blitzen and all his reindeerPullin’ on the reinsBells are ringin’, children singin’All is merry and brightHang your stockings and say your prayers’Cause Santa Claus comes tonight!Here comes Santa Claus,here comes Santa Claus,Right down Santa Claus laneHe’s got a bag that’s filled with toysFor boys and girls againHear those sleigh bells jingle jangle,Oh what a beautiful sightSo jump in bed and cover your head’Cause Santa Claus comes tonight!Here comes Santa Claus,here comes Santa Claus,Right down Santa Claus laneHe doesn’t care if you’re rich or poorHe loves you just the sameSanta Claus knows we’re all Gods childrenThat makes everything rightSo fill your hearts with Christmas cheer’Cause Santa Claus comes tonight!Here comes Santa Claus,here comes Santa Claus,Right down Santa Claus laneHe’ll come around when the chimes ring outThat it’s Christmas morn againPeace on earth will come to all It we just follow the lightSo lets give thanks to the lord aboveThat Santa Claus comes tonight!サンタさんがやってくる!サンタさんがやってくる!サンタ通りの向こうから!ヴィクセンやブリッツェン ほかのトナカイも橇をうんしょと引っ張ってベルも鳴るよ、みんなの歌に楽しくて きらめいてくつしたつって お祈りしようだって今夜 サンタさんがやってくるサンタさんがやってくる!サンタさんがやってくる!サンタ通りの向こうから!おもちゃいっぱい 袋にしょってやってくるよ 忘れずにリンリン鳴る 橇の鈴それを見たら ためいきでちゃうベッドへとびこみ おふとんかぶろうだって今夜は サンタさんがやってくるしーちゃんは今日から、ピアノの発表会用にこの曲を習い始めたそうだ。もうすぐクリスマス。嬉しい。サンタさん、私にはイライラしない、天使みたいな優しい心を下さい。お願い・・
2002年09月06日
秋風が 熱に浮かされた心をざわめかす台風に翻弄されて 窓辺の風鈴は悲鳴をあげる肌から消えてゆく温もりを恋しがって心が泣くのは きっと 秋のせい・・・もうすぐ私は30歳の誕生日を迎える。歳をとるのは嬉しい。しーちゃんも、手紙をあげる、プレゼントもあげるね、ケーキも作ろっか、パーティーしようね、となぜかやたら張り切っている。ただ単に私の誕生日に便乗しているのか。しーちゃんは私のことが大好きだ。子供は、親に愛されていないとは思いたくない。愛されていたい。自分はいい子だから、親に愛されている、と自分を肯定して、安定した心でいたいと望んでいる(もちろん無意識に)“ママ大好き!”は、(だから私のことももっと愛して!)という、無意識のメッセージなのだ。小さい子は、不安が大きい分、より“大好き!”と訴えるしかないのだ。私はしーちゃんにすぐ怒ってしまう、良くない母親の自覚が強いから、余計子供の悲しい本能を痛く感じる。ごめんねしーちゃん。私も大好きなんだよ・・。
2002年09月04日
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