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初日。真夜中の3時半頃起床。しーちゃんを起こすのが忍びなかったけど、ちゃんと自ら起きてきた。えらい。予定通り4:20高岡発。10:03那須塩原着。りんどう湖行きの無料シャトルバスに乗り、りんどう湖下車。徒歩で、ワールドモンキーパークへ。(この区間はわりと近かったので、楽勝楽勝とあなどったのが 間違いだった。 この日はたいした事なかったんだけど、翌日、 ものすごい距離を歩く事になった)ワールドモンキーパークは、良くも悪くも、とても印象的なテーマパークだった。事前に見かけたHPで、この施設の事を「B級ぼったくり施設」という表現があったけれど、こんな事を言ってはいけないのかもしれないけど、まさにその通りであった。あまりあくどいので、猿達も愛情を込めて育てられていないのではないか、と不安になったくらいだ。あんなに嫌な気持ちのする施設もそうそうないと思う。ただ、だから行かない方がいいとは言わない。行かなければよかったとも言えない。猿劇場では芸達者な猿達に充分感動したし、リスザルとのふれ合いも生半可なものではなく、常時2、3匹が私の頭の上や肩に陣取り、ポケットに手を突っ込んだり、カメラのレンズを手で覆ったり、しーちゃんの三つ編みをつまんだり、とにかく体中猿まみれ、という貴重な体験ができた。そういう、集客力に自信があるからこその強気な商売なのかもしれない。だけど一見人懐っこくいたずら好きに見えるリスザルも、実は餌を最低限しか与えられていないために必死で餌を探しているだけなのではないかと、つい心配になる。(ふれあい広場自身は無料の筈なんだけど、餌代300円を 払わないと入れないように係のおばさんが入り口を ふさいでいて、その300円を払った観光客の手に 渡してくれる餌は、ほんのヒマワリの種3粒だった)施設内にある、猛獣レストランという、檻に入れられた猛獣を眺めながら食事するというレストランも、考えてみたら悪趣味の極地だ。複雑な思いを抱えつつ、予定より少し早く外に出た。その後行く予定だった亜細亜工芸館は、なぜか道を間違えて、前を通らなかったのでやめた。天使の花冠美術館ではトリックアートの写真を撮りまくったので、現像するのが楽しみ。その隣のジュラシックメイズスタジオ館は、迷路がちゃちでいまいちだった。(4/3の日記に書いたたまごっちもどきと昔懐かしいルービック・キューブをお土産に貰ったのでしーちゃんは喜んでいた)予定がだいぶ繰り上がって、予定していたレストランに5時に5分ほど前に着いた。時間が早かった事もあって客は私達だけだった。泊まる予定のペンションを告げると、ここから2.5キロくらいはありますよ、送っていってあげましょうか、と仰ってくださった。ありがとうございます、でも何とか明るいうちに着けそうだし、と辞退はしたけど、その優しさがとても嬉しかった。
2005年03月31日
・卵の腐ったような・・ 学校で立山登山をして地獄谷にさしかかった時とか、 理科の時間に 硫化なんとかを使った時とかに、 みんながうわ~臭~い、卵の腐った匂いだ、と はやし立てる。 でも、卵を腐らせた事のある人なんてそうそう いるんだろうか。・走馬灯のように・・ 死に際に幼い頃から現在に至るまでの記憶が 脳裏を駆け巡る時などに用いられる表現。 何となくイメージは湧くけど、走馬灯を 見た事のある人は、少なくとも私が調査した限り いない。 せいぜいお葬式の時に回っているやつ? (でもあれは走馬灯ではない筈)・熱病にかかったみたいに・・ 熱病というのは多分マラリアとか、 そういった病気だろう。 これもかかった事のある人は 少ないと思うのに、何となくイメージはわかる。 その昔、私がまだ若くて誰かに恋をしていた頃、 一日中頭が同じ事ばかりを考え、仕事も 上の空、食事も喉を通らなかったりした時、 “私、熱病にかかったみたい・・・おいおい、 熱病にかかった事ないくせに”と 自分で自分につっこんでました。・犬も歩けば棒に当たる これは、ただ単に私が意味を知らないだけなんだけど、 イロハがるたの冒頭にあるから言葉は知っているけど 意味は知らないという人は、私のほかにも いるんじゃないかと思います・・どうなんだろう。 世の中には棒が多いって事かな。 そもそも棒って電信柱? しーちゃんには「気をつけて歩かんなん電信柱にぶつかるって 事やと思うよ」と言ってみたけど・・。ちなみにドレミファソラシドは、ドレミが親指、人差し指、中指、そのあとさっと親指に戻ってファソラシド、でした。
2005年03月27日
りんどう湖ファミリー牧場に、3/19、アルプスの少女ハイジの公式カフェができたそうです。わーい♪(アルプスの少女ハイジ、すごい変な変換になりました)あとソーセージ作り体験というのにメールで申込みしてみました。んーでもそんな事してる時間ないかなあ。他にもいろいろ楽しそうです。わくわくです。
2005年03月23日
GWに行けなくなったので、春休みに行く事にしました(笑)1日目ワールドモンキーパーク 亜細亜工芸館 天使の花冠美術館 ジュラシックメイズスタジオ館 2日目エンジェル・キューピッド美術館 りんどう湖ファミリー牧場 エミールガレ美術館3日目チーズガーデン五峰館(お土産屋さん) お花の城(時間があれば) 銀河高原ビール 2Fヨーロピアンアンティーク館など 1Fバイキングレストラン3日目はあまりにもお土産屋さんぽいとこばかりなのでステンドグラス美術館・アンティークジュウリー美術館・アジアンオールドバザールに代えるかもしれません。(ん・・でもあまり代わり映えしないなあ。もともと観光地なんだししょうがないか)1日目は朝4:20高岡発、3日目夕18:55高岡着で予定を立てようと検討中です。イメージは“ちょっとハイソな高原の休日”ってとこでしょうか。美術館巡りは優雅そうに見えて、内心出費が痛いぞって感じです(1ヶ所大人千円ちょいの所が多い)ま、たまには良いかと。予定がひと月早まったので、高原はまだ寒いかもしれません・・かなり寒くはない事を祈りつつ。
2005年03月19日
季節の変わり目昨日とは違う温度の空気がふと 何かを思い出させるそれが、32年間生きてきたうちのどの瞬間の事なのかはわからない一瞬全てを思い出し次の瞬間全てを忘れただ 感覚だけが私に残る例えば幼い日遅くなりすぎてしまった帰り道見上げる空いつもの道見知らぬ道例えば1人で例えば誰かと例えば あなたと雨が降ってきた温められた地面が強く雨の匂いを立てる温かく湿った風いくつもの瞬間 この風を感じた私は今 何時にいるんだろう・・「10%」の天気予報が当たった事になるのかは永遠の謎
2005年03月11日
「ねえママ―、ゼロガツゼロニチみたいな マークって何?」?ああ。わかった。 XXX XXX XXX今日はチーズケーキを焼きました。いい出来!と思って、遊びにきたしーちゃんのお友達に出したんだけど、・・・彼女の口にはちょっと合わなかったみたい。(フルーツが嫌いだから、キュラソーの風味が苦手だったのかも)でもしーちゃんはおいしいと言ってくれてたし、まあいっか。 XXX XXX XXXお菓子作りもいいけど、せっかくの長期休暇、もっと何かできないかな、と思って、3月に入ってから、ピアノの練習を始めました。(ちょっと、思いつくのが遅かったですが)ピアノって難しい。右手と左手に同時に命令を出すのも、それを実行するのも、とても人間業とは思えません。私は車の運転ができないので、運転できる人を尊敬してますが、ピアノを弾ける人もすごいと改めて思います。頑張って上達したら、私は少し自分が好きになれると思います。頑張れ、私!(・・でも今のところ、ドレミファソラシドさえまだ 弾けません。ドレミファソまでは片手の指が 一本ずつあるけど、そのあとどうやって弾くのか、 未知の世界です・・) XXX XXX XXX「ゼロガツゼロニチみたいなマーク」=パーセント(%)でした。
2005年03月08日
2.3日鬱状態の底辺を這いずっていましたが、「私って可哀想」自己憐憫紛ぷんの日記を書いて気が済んだのか今日はすっきりした気分です。片付ける前に、育児日記にもう一度ぱらぱら目を通しました。私も人間なら、保育士さんも人間。どちらも天使ではないなりに、精一杯やんちゃ娘と接してきたのだと、今度は感じる事ができました。お互い、神経の疲れているときにはぎくしゃくとしたやりとりになり、不必要に相手の言葉に棘を感じたりもしたけど、それは仕方のない事。元気すぎる時には手を焼き、元気のないときには困りながらも、成長の徴候を見つけては喜びを共感してくれ、ともに愛情を込めて見守ってくれていた事を、今日は感じながら読むことができました。感謝こそすれ、恨みに思うのは恥ずかしい事でした。淀んだ気持ちのまま封印する事にならなくてよかったです。今度開けてみるのは、いつになるのかな・・。気分が沈んでいないのは、お天気のせいかもしれません。久しぶりの晴れマークの天気予報。今日はミニスカートにハイソックス。馬鹿っぽい私、万歳です。
2005年03月07日
しーちゃんが、学校の授業で赤ちゃんの時の思い出の品について書いていかなくてはいけないというので、漠然と、しーちゃんが10歳頃になったら開けようと思っていたタイム・カプセルを実家から取ってきた。しーちゃんの手型を取った石膏、しーちゃんが生まれた日の新聞、へその緒・・・そこら辺は覚えているのだけど、あとどんな物を入れたか全然記憶になかった。2人で、わくわくしながら箱を開けた。・・・わりと、しまい場所に困ったものなど適当に入れていたらしく、保育園で作ったオニのお面や、運動会のプログラム、初期の頃のサンタさんからの手紙など、統一性のないものがごちゃごちゃ出てきた。その中に、「育児日記」というのがあった。それは、私が自主的につけていた日記というわけではなく、1歳半で保育園に入ってから1年と半年、しーちゃんが未満児の間、保育園に提出していた生活の記録だ。就寝時間、起床時間、夕食、朝食、体温等とともに日々の様子がコメントしてある。懐かしいかと思いきや、その記述内容が殆ど記憶から抜け落ちている事に驚いた。あっという間に大きくなったような気がしても、考えてみればもう5~7年も前の事なのだから覚えていない事が多いのは当然なんだろうけど、それにしても、比較的手がかからず大きくなったように思っていたしーちゃん、しょっちゅう熱を出したり、何にでも「いや!」「自分でやる!」と主張する時期があった事など、ほんと見事に忘れていた。可笑しい記述もたくさんあって笑った。例えば「トイレでしーちゃんのおしりを拭いている時、なぜか人の顔を 見上げて『よく見るとかわいいねえ』と言ってました。 どういう意味・・・?」(H11.9.8)「きのうは気分の波が激しく、夜ご飯の前に『ピザ食べたいー』と 大泣きしてましたが、食事中は上機嫌で珍しく短期間で済ませ、 『さすがお姉ちゃんねえ』と、自分でほめていました」(H12.1.25)でも、しばらく読んでいると、わくわくした気持ちも可笑しい気持ちもだんだん小さくしぼんでしまった。小さな子を保育園に預けて仕事をするというのは、今ではそんなに珍しい事ではない。別に肩身の狭い思いをする事はないと思う人も多いと思うけれど、実際にはそうではない。「子供がかわいそう」とはっきり言う人も結構いるし、当の保育園の先生の中にも、ちくりちくり、言う人がいる。いや、先生には悪気はないのだろう。風邪の治りきらない子を連れてこられては迷惑と言うのは逆の立場で見ればよくわかる意見だし、むしろ子供を心配して仰っている場合ももちろんある。だけど、まだ免疫のしっかりしていない小さな子は、殆ど一冬中、咳をしたり鼻水をたらしたりしている。他のどの子も似たり寄ったりで、治ったと思って連れて行ってはすぐ次の風邪を伝染される。仕事というのは、一旦就業すれば、好き放題休みたいだけ休める仕事なんてあるはずがない。いつも非難の視線を感じながら、「まだ少し咳をしていますが、熱はないようです。 すみませんがよろしくお願いします」「保育園では少し元気のない様子でした。お家で様子を 見てあげてください」というやりとりがとても多い。そしてそれにも増して辛かったのは、「しーちゃんは今日も保育士にべったりくっついて 甘えていました。愛情不足ではないですか?」という保育園からのコメントが、再三あった事・・・。そうなのかもしれない。私は、身に蓄えのない愛情を必死に振り絞って与えているつもりだったけど足りないのかもしれない。だけど私はどうすればいいの・・・?あの頃、泣く事しかできなかった・・。それは、今でも変っていないのかもしれない。学童保育の連絡帳にも、友達より先生にくっついている事が多いというコメントが多い。どうすれば いい・・?多分、1ヶ月続いた自堕落な生活に終止符を打つ事や、いろいろ重なって不安定な時に開けてしまったから、余計辛い部分がのしかかってきたんだろうと思います。今日はしーちゃんと一緒にお花見に行ってきました。途中、意識して深呼吸しないと呼吸がうまくいかない感じで、何度も深呼吸しながら、自分に言い聞かせました。大丈夫。頑張ろう。頑張ろう。がんばろう・・
2005年03月06日
2月に面接を2つ受けて、1箇所に履歴書を送ってあった。面接を受けたうちの1社には、直後に断りを入れたのだけど、もう1社は、時間がいまいちかなあ・・と思いつつも保留にしてあった。履歴書を送った方からは、10日経ってもなしのつぶてだったんだけど、今日、不採用通知が届いた。そしていまいちな方から採用通知が。うーーん。断ろうかと思ってたけど、やっぱり行こうかなあ・・。と迷ってるところへ、重なる時には重なるもので、仕事の紹介の電話が入った。そして、この話も時間が微妙・・。無理ではない程度に、辛い。A社は、土日が休みでない事が、ネック。B社は、夕方5:30までの勤務なので、毎日しーちゃんが1時間ほどひとりになってしまう。(トイレに行くのさえ怖がるしーちゃんが夕方1人で家にいる事は無理だと思うので、結局は親を頼る事になる)A社は、近い。お給料も、激安ではない。B社は、お給料がとてもいい。距離も、通えなくはない。どっちもいまいちだけど、どっちも捨てがたい。どっちかに決めなければ・・。こんな時私は相談できる人がいない。(誰だって、結局は自分で決めなくてはいけない事だろうけど)1時間ほど考えて、親に電話した。(どっちにしてもしーちゃんを見てもらわなくてはいけないので)私は、誰としゃべるよりも親と話すのが一番苦手。しどろもどろになりながら用件を伝えると、「どっちでも、あんたの働きやすい方にしられ。 しーちゃんの事はいつでも見ててあげるから」と言ってくれた。ありがとう、お願いしますと電話を切って、少し涙が出た。親のやさしさを、ありがたく思う気持ち。どんなに強がっても、結局親に頭を下げるしかない自分を惨めに思う気持ち。そんな風に素直じゃない自分を嫌う気持ち・・ともあれ頑張ろうと思います。
2005年03月04日
今日は豆腐のシフォンケーキを作りました。前回かぼちゃシフォンが失敗だった後、リベンジで紅茶のシフォンを作ったのがもっと失敗だったので今回は慎重に、慎重に・・。メレンゲも上手くいき、豆腐も水切りして裏ごしもして、砂糖も小麦粉も珍しくはかりを使ってきちんと計量し、今まで見たこともないくらいふんわり美味しそうな生地になりました。それを、焼く時、こぼしてしまいました。生地を流し込んだシフォン型のまん中の筒型の棒の部分をうっかり持ち上げてしまい、底の抜けた型から生地があたりに流れ出しました。とろとろの生地が、レンジだけでは足りずに床にもどろどろ、どろどろ、広がっていきました。今日はうまくできたと思って、嬉しかったのにな・・
2005年03月01日
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