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オレは物事をつい二極化論で考えるクセがあるので、こういう言い方になるが…「働けないならまだしも、働く気が無い奴なんか国外放り出せ」と言いたい。教育、勤労、納税こりゃ国民の三大義務である。勤労しない奴の生産性なんて0である。働いてないから税金だって課税されてない。それが生活保護という名の元でそこらの下手なワーキングプアより裕福な暮らししてんだから、そりゃ勤労意欲もなくなろう。必死こいて働いてガッツリ仕事して出世して年収1000万とか2000万とか稼いでる奴が年間にいくらの税金払ってるか知ってんのか?と。年収200万以下の駆け出しみたいな身だと5%程度だが、1500万超えるような奴は年収3割持っていかれてんだぜ?その金で働かない奴の生活を養って総額が3兆円超えたってよ。本来はあれだろ?体が不自由だとか諸事情で「生きてけるほど働けない人」の救済措置だべさ。なんで中国から連れてこられた税金もロクに払わない擬似親戚みたいな外国人にまで支給許可してんだと(´_ゝ`)20代30代の単身者で受給してる奴とかどう考えてもおかしいと思うべさ。「仕事がないから」んなわけあるかい!仕事なんか今の日本いくらでもあるだろがw選り好みして待遇がどうとか休みがどうとか我儘言わなきゃ今日食う米を買うために日雇い人夫でも引っ越し屋でもいくらでも日銭稼ぐ仕事はあるじゃねーかと。人間ドン底まで困窮したらハングリー精神に覚醒して馬車ウマのごとく働くもんだが、そこで国から15万だ20万だ支給されて医療費タダですみたいな特典までつけられたら、そりゃ誰も働かないだろwオレが今の業界に見習いで入った時なんか、聞いて驚け、週休1日で毎日働いて月収12万からスタートしてんだぞwwそれで4万円のアパート借りて生活してて月末なんかタバコ買う金も無くて灰皿にあるシケモクに火をつけて吸ったり、近所の弁当屋に顔なじみになって売れ残り貰ったりして生活しとった。毎日働いてるのにだぜ?w必死で仕事覚えて資格も取ったりして認められてからは給料も上がったが、あの時もしオレが「生活できません」と生活保護申請したら受理されんのか?でも、もしされてたら今のオレはないな。「金が欲しい!」というハングリー精神だけで仕事してたから、あそこで空から金が降ってきてたら今のオレはない。何が問題かといえば、やっぱ申請に対する受理基準が甘いんだろな。それこそ、今まで散々社会で働いてきて奉仕期間も終えた爺ババとか、体が労働に耐えられん人とか、子持ちで働きに出れないシングルマザーくらいまでじゃね?昔ネットで「働いたら負けかな」とか言ってたニート君がいたが、大学中退して職歴もない彼の希望年収はボーナス抜きで500万だそうである(´_ゝ`)とりあえずTOEICテストで800点以上出してから野村證券のグローバル型社員枠にでも申し込めば?ホジホジ(´σ_` ) ポイ( ´_ゝ`)σ ⌒゜必死に働いて稼ぐだけ稼いでる奴ほど大量の生活保護者を養う為に高額納税してるという現状は誰がどう見てもおかしいのだが、それもこれも働かなくても生きていけちゃうくらい日本が裕福だからなんだろうな
2011年08月26日
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歴史小説の話をしたからじゃないが、オレが今まで読んだ中でも確実に三本指に入るだろうと思う名作。三国志というと吉川三国志のイメージが日本じゃ強いし、漫画の横山三国志も基本的にあれをベースで書いてる。北方謙三というとハードボイルド作家というイメージがあるけれど、オレは歴史小説を書き始めた北方謙三の作品は一読の価値ありと思う。ハッキリ言ってメチャクチャ面白い。オレはもう10年くらい前に全13巻買い揃えたんだが、今までにもう4~5回は読み直してる。北方三国志はどちらかというと正史ベースでありながら、作者独自の解釈で人物描写がされている。そして全編通してバックボーンにあるのは、この作品に登場する群雄の漢王室に対するスタンスで『万世一系思想』派と『時代ごとの覇者が成り代わるべき』派の対立という視点で書かれる。既存の作品の劉備はどちらかというと徳の男であり、優柔不断で覇気に欠ける描写が多い。しかしこの作品の劉備は違う。片田舎で三兄弟で義勇兵を立ち上げた時から胸に秘めた熱い志を持ってる。片田舎で筵を織って暮らす劉備と出会った関羽と張飛が劉備の真意を聞いてから臣従するかを選ぼうとするくだり。「心に秘めたものがある と劉備殿は言われたが」「語っても理解はしてもらえないだろう」「語りもせずにわかるものか」「…私はこの世を平定したいのだよ」「どういう意味だ?」「世が乱れている。だから平定して民を安んじたいとかねてから思っていた」「意味はわかる。だがどういうことだ?」「天下を平定したい。この国の全てを平定して漢王室を建て直す」「なるほどな。天下を取るのか」言ったが、言葉に何の実感も無いのを関羽は感じていた。「私は一人だ。名も財も無い。無から始めることゆえに、無に帰しても悔やまぬ。自分の命を自分の好きなように使う。笑ってくれていい。私の夢を押しつぶす事は誰にもできぬ」一般に描かれる桃園の誓いは無い。ただ、筵織りの青年が語った天下への夢に心を揺り動かされた2人がこの会話だけで兄弟の誓いを立てる。それまで劉備にただならぬものを感じてた関羽と張飛は「胸に秘めたその思いとやらが一群の長くらいの夢なら笑って立ち去ろう」と2人で話していた。その2人に劉備は天下を説いた。第一巻から「おおっ」と思わせる一節だった。他にも登場人物全てが主人公と遜色のない個性を出していて、誰が主人公だかわからなくなる。むしろ巻ごと、一節ごとに主人公が変わった一人称視点で話が進んでいく。作品を通して最もオレが強い個性を感じたのが呂布。とても魅力的に描かれてる。既存の作品の呂布は一言で言えば「腕は立つし戦は滅法強いがバカで人格も最低」という扱いをされているが、この作品の呂布は全ての行動が自分の中のブレない理によって動いてる。丁原や董卓を裏切ったことも、彼なりの理があっての末の結果。器用ではないが彼なりの思慮もある。戦場での戦術も秀でてる、兵や配下の将の人心も強いカリスマ性で掴んでる。しかし孤独である。自分の胸のうちを語れるのは赤兎と妻だけだが、その妻にも死なれてる。ちなみに硬派な北方文学に貂蝉など出てこないw彼は根っからの軍人なので『志』が無かった。敵が来れば倒す。戦う意味は他の者が考えるのだろうという割り切り。劉備が漢王室に対する志を説いた時も、真剣に話を聞く姿勢は見せた。しかしそれは呂布の心を動かすものじゃなかった。彼に足りなかったのは関羽や張飛にとっての劉備であり、呂布を理解できる友だけだったんだろう。呂布と赤兎との別れのシーンは見事の一言だった。包囲中の城塔から弓で遥か離れた敵本陣の曹操に対し「貴様の隣においてある鎧を今から射抜いてやる」と一喝し射て見せ「お前に命一つ貸した。その貸しを返して欲しい」と赤兎だけを逃がす。敵味方全軍が見てる中で「殺す気になれば殺せたが、お前より馬が大事だ」ということだろう。自らが手塩にかけて育てた旗本の騎馬隊500騎が壊滅状態になった時、呂布は「オレは兵たちの前で自決しよう」と語っている。止める陳宮に対し「これだけの兵を失った俺が生きていられると思うか」と怒る。呂布の死のシーンは涙を誘う。最後の最後で呂布に惹かれる自分を抑えきれなくなった曹操が必死で投降を叫ぶシーン。「やめろ曹操。男には守らねばならぬものがある」「なんなのだ、それは?」「誇り」「おぬしの誇りとは?」「敗れざること」全編通して共通してるのは、北方謙三の中では兵は数よりも質を重視するんだろう。様々なシーンでいかに鍛え上げられた精鋭が雑兵の大軍よりも強いかを巧みに描いてる。僅かな手勢しかいなかった劉備が乱世で死なずに生き残れたのは、挙兵から付き従う経験豊富な兵達のおかげであるとしてる。呂布が郷里から連れてきた部隊。作中で「黒いけもの」と敵から評される旗本の騎馬隊500騎をそれ以上に数を増やそうとしなかったのも、手足のように動かせる数と軍のクオリティを落としたくないという思いから。そしてこの500騎は歴戦を重ねてるが、最後に曹操軍の策で壊滅するまでほとんど損害らしい損害を出してない。この辺の戦場描写は意外とリアリティに即してて、北方謙三も時代考証をちゃんとやったんだろうと思う。当事の軍隊の戦いで戦死する兵というのは、訓練された軍なら余程の壊走でもしない限りは一般人が思うほど多くない。重傷者や手負いは大量に出るけれど。大体は軍の3割相当の兵が死んだら軍としては全滅判定なんだな。KOEIゲームじゃよくオレは部隊全滅させてたが10割死んだらそれは玉砕であるw異常な死亡率として日本でも称される『川中島の戦い』大体4割近い兵が死傷してるが、これは濃霧の中で不意に遭遇したからで、普通じゃありえない。人物描写が秀逸なのがこの作品の特徴だけど、中でも目立ったのを数人。・諸葛孔明これまでの超人的・神がかり的な存在ではなく、とても人間くさい。それはむしろ今までの孔明像よりはるかに親しみやすい。既存の三国志の「三顧の礼」は劉備が書生にひたすら平身低頭して頭を下げて孔明が仕方なく根負けして仕官するという流れだった。他作だと孔明が留守で3度目で出会うわけだが、この作品では一度目から対面は果たす。3度の対談のなかで揺れ動く孔明を描いてるんだな。時代が曹操に傾く中で自分は世に出るには遅すぎるという念が孔明にはある。曹操の下へ仕官すれば出世する自信もある。しかしそれは何故か踏み切れない。悶々としながら畑を耕すが村の長老は「孔明の作物は大きいが味が無い」と評する。「このまま世に埋もれて朽ち果てるのか」という想いが土にこもるからだろうと。劉備との初対面こそ表向きは冷ややかだ。だが志を語って劉備が去った後、明らかに孔明の心は揺れる。3度目の来訪の時は確実に心は決まってた。むしろ劉備が来るのを待ち望んでた。その後の孔明は悩みもするし失敗もする。冷静沈着で神算鬼謀というイメージとは明らかにかけ離れてる。・周喩吉川三国志とかだと明らかに孔明のアテ馬にされてる感じである。だが北方三国志の周喩は確実に物語中盤の主役ですらある。呉の水軍に洋上で勝てる軍はないという描写も先の精鋭重視思想に則してて、それを作り上げた周喩の存在感が大きい。曹操から恐れられ、孔明すら食いかねないくらいの存在感を発揮する。最後は劉備を完全に押さえ込んだまま益州攻略を画策してる途上で死去するが、つくづく「あそこで周喩死んでなきゃ時代は変わったな」と痛感させるシーンではあった。・張飛「ただの猪武者」というステレオタイプの張飛像とは明らかに違う描写がされてる。腕は立つし言動も粗暴ではあるが、一番の特徴は「内に秘めた優しさ」だろう。従者の王安に厳しく当たる張飛。自信を無くす王安に対して張飛が言う。「ひとつだけ言っておこう。王安」張飛は、王安の顔から眼をそらした。「おまえは、すべてが足りぬ至らない従者だ。しかし、俺が選んだのだ。あまたいる兵の中から、俺の従者に俺がおまえを選んだ。それだけは忘れるな」長坂の戦いで自分が厳しく育ててきた従者の王安が戦死した事を聞かされたシーンが張飛らしさを一番出してると思う。「王安が死んだとよ」そう自分の愛馬に語りかけたあとに怒りをあらわにし敵中を疾駆する張飛に泣かずにはいられない。・馬超この作品で一番印象深いというか、特殊な存在が馬超だろう。時代の流れで西涼兵を率いて曹操と戦う事になったが、彼自身はそれほど世の情勢に興味はなかった。腕は滅法立つ。戦も上手い。天下に固執する者に対する少し皮肉な見方。理想も志も無く虚無的な人物像。一族郎党を全て殺され、率いる手勢を飢えさせない為に劉備の配下に加わるが、親交があったのは直接手を交えた張飛と、自分を説得に来た簡雍だけだろう。劉備に対しての思いを孔明に聴かれた時も「主君に対して俺に何か言えと?」とはぐらかしている。「馬岱には良い主だろうと思う」という物言いも含みがある。結局はいずれ蜀を去るであろうと見越した孔明の願いを聞く形で程なく「自分を死んだこと」にして、隠棲してしまう。おそらく、史実じゃいまいち派手な活躍の場がなく、劉備に従ったあとはアッサリ死んでしまった生涯が北方謙三としては腑に落ちない所があったのかもしれない。かなり独自解釈で人物像を描いてる。この物語も最後は孔明が死んだ所で終わるのだけど、最後の一説は馬超の視点で描かれてる。13巻全部読み通して最後の馬超の視点でのシメを読んで「結局は天下ってなんだ?誰が勝ち組なんだ?」なんて事を考えさせられて終わる。個人的には最後までブレずに自分の理に殉じて死ねた呂布と、早い時期から達観して最後は自分の望む生活を手に入れた馬超の人生が一番勝ちなんじゃないかと思うがwまぁ時間ある人で無骨で硬派な男の話が読みたい人は読んでみるといいよ。
2011年08月12日
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どうやら歴史好きな女性の事を歴女というらしい。オレの職場に本社から総務の女性が一応は社内監査みたいな感じで一日やってきた。その子が自称『歴女』なんだそうで、歴史好きなオレとしては多少は会話のネタにもなるんじゃないかと思ってたが、どうやら少しオレの認識は違ったようだ。多分、彼女達の中で歴史上の人物のベースとなってるのは『戦国BASARA』的なものだろうと思う。なるほど、道理で歴史好きを称する女性に伊達政宗ファンや真田幸村ファンが多いのか…「政宗は長身だったらしいよ」と言ってた彼女にオレは言えなかったよ…「遺骨の調査じゃ160cmないくらいだけどね」とは(´_ゝ`)ただ、まぁ当事の戦国武将からすれば160cmは平均身長である。昔は「6尺の大男」なんて言うくらいだから、180cmなんて巨人みたいな扱いだろう。184cmのオレが戦国時代にタイムスリップしたら今だと2m超えた男くらいの目で見られる。大河ドラマなんかだと大きな馬にゴッツイ武者が乗ってるイメージあるが、あんな馬体重500キロ級のサラブレットみたいな馬は日本の在来種にはいない。ああいう馬は海外産とかだ。実際はマザー牧場にいるようなポニーくらいの馬に150cm台の今なら小学校高学年くらいの身長の男が乗って走り回ってたのが実情である。まぁ武家に生まれて何不自由なく食えた家ですら栄養状態そんなもんだから、動物性タンパクの激しく欠乏してる庶民の身長なんか更に小さいだろう。「そんな小さい馬で戦えたのかな?」俺:「あぁ、戦場で騎馬隊って兵種は当事の日本にはないのだよ」「え?そうなの?」俺:「完璧に軍用に調練された軍馬を作るにも時間かかるし乗り手の技量もいるしね」「モンゴル帝国は?」俺:「あいつらは生まれた時から馬乗ってるから走りながら両手で騎射くらいは平気でできただけだよ」意外と勘違いされてるが、日本で騎馬が兵種として組織されたのは多分、明治以降とか日露戦争時の騎兵隊くらいからじゃないかな。よくドラマとかで見る一団となった騎馬隊の騎馬突撃なんてのは少なくとも当事の戦国時代じゃなかった。当事の日本では騎馬は身分の証で、騎兵一人が長となり周囲を歩兵が護衛して一個の隊となってたので、実際戦うのは周囲の歩兵である。西洋やモンゴルでは騎馬隊の突撃なんてのもあるが、戦国無双のごとく騎兵が歩兵を槍で薙ぎ倒すようなのは現実的には無理である。騎馬隊は機動力を生かした奇襲や撹乱に使う兵種なので、戦場の主力はあくまで歩兵だったようだ。突破力を生かして敵の陣内を駆け回って陣形を崩し、崩れた所を歩兵が囲む…みたいな。馬も人も相当な訓練が必要だけどね。「なんで大名の小姓って美男子が多いのかな?」俺:「性の対象も仕事に含まれるからじゃね?」「まじで?」衆道とか男色とか呼び名は色々あるが、当事の武家で衆道に全く関心が無かったのは生まれの家柄が下層階級の秀吉くらいじゃないかと。今のゲイとかとは少し意味合いは違うが、昔は武士の中じゃ女性はあまり縁起の良い生き物じゃなかった。何よりも縁起とかゲンを担ぐ生き物である武士は、戦の前は自分の嫁にすら会わない。まぁこれも生まれが武家じゃなく武家としての嗜みを教育されてない秀吉あたりは平気で戦場に芸者や側室を連れてってたけどw女性の地位がおそろしく低かった当事、一国の主たる大名は大体が小姓を性の対象にしてたわけだな。まぁ他にも、身内ですら裏切る時代で、恋慕の情で幼少時から傍においておけば決して裏切らない家臣ができるという面もあるけど。信長にとっての前田利家とかね。その後も歴史談義は続く。「新撰組のダンダラ羽織の色は何か意味有るのかな?」俺:「あまりにダサくて評判悪いからすぐ廃止になったらしいけどねw」明治期くらいになるとさすがに書物文献も残ってるので結構な詳細がわかる。新撰組というと浅葱色のダンダラのイメージが一般的だけど、後期は黒羅紗の羽織袴だという記述もあるし、新撰組に尾行された藩士の日誌に「黒羽織ゆえ新撰組だと思われる」という記載もあるので、実際は黒い羽織を着用してたようだ。結局、その子は肝心の監査の仕事は小一時間で済ませて、あとはずっと俺とか職場の連中と歴史談義して帰ってった(´_ゝ`)オレの中で歴史って学問は「昔の人の行動から反省や教訓を得て今に生かす学問」だと思ってるので、あまり脚色が過ぎるとただの娯楽書になってしまう。しかし、大半の人は娯楽書として読んでるんだろうし、そうしないとビジネスとして本もゲームも売れないので、それはそれだろう。戦国ゲームで歩兵に蹂躙される騎馬隊とか、男同士の恋慕とか表現しても絶対売れねーしなw
2011年08月11日
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