全3件 (3件中 1-3件目)
1
職場に新入りのメカニックが送り込まれてきました。こういうのはホントは新入り配属された店舗に近隣のチーフメカみたいなのが数日赴いて研修みたいな事をやるのが通例である。あとはウチの研修施設みたいな所で数日泊りがけで実地研修やるとかね。で…それがなんでオレの居る店に送り込まれてきたか?事の発端はオレの居るエリアのチーフメカが異動で相模原の方に行ってしまった。普通なら後任のチーフメカを選定するなり赴任させるわけだが、ウチのエリアは今に至るまでオレが実質2店舗分の整備車両を面倒見てた状態で、チーフメカの人は自分の店だけで手一杯だったので、そんなスタイルで今に至ってた。前からもたまに新人入社すると研修施設の方に呼ばれて講習の講師やれとか言われて行った事もあったんだが、アレ行くと自分の仕事が進まないのと、その割りに特に手当てが出るわけでもないので、テキトーな口実つけて最近は行かなくなってた。なんでそんな話が俺の所に来るかといえば、オレが給与等級だけはチーフメカと同等でやってる仕事内容も複数店舗の車両管理してるにも関わらず「余計な仕事増えるから」という理由でチーフやろうとしないからだと思うが。一つ上の職位と同等の給料等級で働く一般職という、ちょっと歪な勤務形態なせいか、今ですら一般職の職権超えた仕事やらされてる感じなのは、会社としては嫌がる俺に徐々に色んな仕事投げてチーフメカとして既成事実化してから昇格確定させたいんだろう。俺の理想としては職権や責任は一般職のまま、給料だけ上がるという野望を抱いてたわけだが、さすがに4年近くもいると、そんな本音は見透かされてくる。で、会社が(というか本部長が)画策した新たな一手(だと俺は思ってる)が、この新人派遣だろう。研修講師に呼んでも来ようとしないオレを、なんとかして育成に携わらせようと逆にこっちに送り込んでしまったみたいな。ウチの関東の本部長は面白い人で、出世してもあまり周囲に対するスタンスが変わらない。以前に業績悪化で責任問われて降格危機になってた時も、その磊落というか豪放な性格であまり危機感を表に出さなかったんだが、ウチの店舗の異常値ともいえる成績値でクビの皮一枚繋がったせいか、やたらとウチの人員に対しては絡んでくる。みんなは恐れる本部長だが、オレはあまりこの人が嫌いではない。口から出る言葉を言葉通りに受け取れないというか、明るく闊達な振る舞いの裏にかなり深くまでこっちの考えを読むような会話のやり取りになるんで、みんなは下手なこと言えないみたいな空気がある。オレは昔はそういう腹の探り合いみたいな会話は苦手だという自覚があったんだが、最近はそういうやりとりも嫌いじゃないのかな?と気付き始めた。その本部長が打って来た手がこの新人の派遣。実は同じ様な新人をあと3人、それぞれ違う店舗のチーフメカのところに研修で派遣してるんだそうな。んで、1ヶ月ほどしてから集めて、一応の成果というか簡単な実地テストもやるとか。本部長からすれば新人の研修成果はもちろん、それぞれのチーフが(オレは違うけど)どういう教育するかを見定めてる部分もあるんだろうなと思ってる。新人同士で連絡は取ってるようで、他の3店舗はそれぞれ社内ルールとか業務マニュアルから始まって、実際の仕事は助手みたいな形で傍につけてやってるようだ。オレはとりあえず初日は一緒にメシ食いに行きました。整備資格は専門学校で取得したそうで、実際の現場が始めてだというだけなので、素人相手よりは多少マシだろうし、飲み込みも早かろう。1週間ほどして、40年前の旧車のZが入庫した。軽く20年は動いてないようだ。それそのまま新人君に投げました(´_ゝ`)「Zとかやった事ないっすよ」「オレも始めてやった時はやった事なかったから気にするな(´_ゝ`)y-~~」メーカーからの部品も生産中止、サービスマニュアルも手元に無い。果たしてこの状態で彼はどうするのか?まぁ、俺が駆け出しの頃より恵まれてるのは、今はネット環境があって色々調べられる事かな。しばらく様子を見てましたが、どこから手をつけていいのかわからないようで、とりあえずネットで諸元表を探し出してプリントアウトし、車両に一切手をつけず、ずっとそれを眺めて何やら頭をひねってた。すぐにはそれくらいしか思いつかなかったんだろう。2日ほどしてから、やっととりあえず外装や足回りをバラし始めた。途中でチラチラと俺の方を見るが気付かないフリ。仕事中は一切声はかけない。休憩時間もあえてZの話はしない。翌日また手が止まった。そしてすっかり頭に入ってるはずの図解と配線図を眺めてばかりいる。どこかに電話したりしてるが、オレには何も聞いてこなくなった。チラ見もしてこない所を見ると、とりあえず困った時にオレに頼ればいいという甘い考えは捨ててくれたようである。傍から見れば完全に行き詰って追い詰められてる感じすらするんで、元来なら心根の優しい好青年なオレなんかは可哀想で見ていられないくらいである(´σ_` ) ホジホジ4~5日経過した昨日。心なしが元気の薄い新人君に一言だけ言いました。「世の中、多少馬鹿でもろくでなしでも、自分の仕事さえ自分で果たしてりゃ男でいられるからさ」新人君はそれ聞いて笑ってたんで、多分もう平気でしょう。本気で潰れそうだったらギブアップ受け入れてやろうかとも思ってたが、とりあえず納期までまだ10日あるし3日くらい前まではやらせようかなと。そこまでで終わらなければ代わるしかないが、もちろんそんな事は言わない。1ヵ月後にあるという実地テストとやらで本部長ががどんな事やるのかは知らんけど、おそらく社内マニュアルや業務マニュアルに沿った上で簡単なトラブルシューティング的なものだろう。そもそも1ヶ月やそこらで完成されたメカニックなんぞ育つはずが無い。俺は新人君には何も教えて無いので、多分一ヵ月後のそのテストとやらの出来はダメでしょう。ただ、俺は自分が育ってきた環境でしか物事を教えられないなとは思ってた。15年以上メカやってきて、誰かを育てろと言われたら第2の自分を育てるしかないわけで、本部長が俺のところに人寄越したのはそういう意味だろうと解釈してる。最悪の場合は失敗しても尻拭いが出来る奴がいる状況で、一番やるべき事は越えられない壁を越えさせる事なんじゃなかろうか?と思った。俺が10代の頃は失敗が許されない状況の中で壁が何枚も迫って来てたが、当事心底思ったのは「俺がダメでも何とか出来る人が欲しい」だったしな。壁に対して防衛本能で迂回する思考を捨て、嬉々として飛びついてくような奴なら将来でっかくなってくれそうな気はするが、そういう奴が送り返されてきた時に本部長がどういう評価するかが楽しみではある。「テメエ真面目にやれよ」なのか「次また送るから」なのか。ま、本音でどう思うかはともかく、俺にもし電話してくるとしたら口から出るのは前者だとは思ってるけどw
2011年09月29日
コメント(2)

http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=39061作者は祝辞バージョンと違うらしいが、なかなかツボを抑えた出来であるwそういえばロシア海軍艦艇24隻が北海道と樺太の間の宗谷海峡を通過したというニュースが、事件の割には扱い小さく報道されてました。まぁ現政権が対外に対して腰砕けで国防意識が皆無と見た周辺諸国がアレコレ探りいれてくるのは尖閣でも痛感したはずだが、それに対して一度は遺憾を示したという発表があったはずが、後に取り消される(´_ゝ`)北方領土問題。これちゃんと把握してて、両国の主張がどうで何が争点なのかを知ってる人ってそれだけいるんだろう?基本的に昭和期の沖縄返還しろとか国内の基地を返せというのとは問題の根っこから違う。何故なら戦争によって正当に占拠された土地じゃなく完全に不当占拠だからだな。ちと時系列でまとめてみた。8月は終戦の月であり、15日が終戦日なのは日本人なら誰もが知ってますが、8月15日以降も戦っていた日本人がいることを知ってる人はあまりいません。誰がどこで戦っていたか?樋口中将指揮下の北方第五方面軍が日ソ不可侵条約を一方的に破棄して侵攻してきたソ連軍と戦っております。これだけなら単なる局地戦だけど、問題は15日の段階で日本は敗戦して武装解除を始めてる。降伏が決まり戦争が終わった直後に千島列島に火事場泥棒的に侵攻してきたソ連軍に対して樋口中将は「ここで武装解除して無血占領を許せば北海道まで奪われる」と判断し徹底防戦を指示しております。現に当事のソビエト軍の計画では一時は北海道占領計画も持ち上がってたが、アメリカのトルーマンが占領政策へのソ連介入を警戒して拒否した経緯がある。で、このソ連軍の北方領土侵攻が止まったのが1945年の9月5日。この北方領土問題ってのは大戦前から何度か日ソの間で条約が行ったり来たりしてるので、時系列でまとめてみようかと。元々は、19世紀初頭くらいまでは日本は何となく択捉島までの4島を自然に支配してて、ロシア側もなんとなくそこまでが自国の境界だろうみたいな認識をしてた。樺太は当事も日本人とロシア人が混住してて「なんかあれだから今までどおりテキトーに両方住んでる感じで境界も定めないでいいんじゃね?」という今の時代からすればありえないようなテキトーな条約を結びました。■樺太千島交換条約なんとなくグレーだった樺太の扱いが問題なんじゃね?という事で日露で紛争がおき始めたので、かの榎本武揚を大使として送り込んで、樺太ロシアに譲るから千島列島を全部クレという交換条約を締結する。で…よーく見ると、この「千島列島」の中には俗に言う「北方四島」は含まれてません。この時既に北方四島は日本の領土だと確定してたんですな。だってそれまでの条約でも四島に関して触れた条文はないわけだし。とりあえずここでは『千島列島』というワードだけを覚えておきましょう。■1905年 ポーツマス条約日露講和条約という名の方が俺は馴染みが深いというか、教科書じゃそう習った記憶があるようなないような感じだが、正式にはポーツマス条約と呼ぶそうな。「日露戦争は日本が勝った」という認識が一般的にはされてます。世界三大提督とも呼ばれ、今も西洋の海軍学校のテキストに名前まで載っちゃうような東郷平八郎が日本海海戦で当事世界最強と自負してたロシアのバルチック艦隊を「トーゴーターン」で一方的に壊滅させたという、戦史マニアならこれツマミに酒が飲めるくらいの戦果を挙げた戦闘ですが…当時の日本とロシアの戦力差から考えれば、日本はもうこれ以上戦争を継続する力がありませんでした。ロシアはまだ局地戦で負けただけで強硬姿勢を崩してなかったが、何とか勝ち逃げしたい日本はアメリカを仲介役にして戦争を終わらせた。それがこの条約です。これによって、ロシアは戦後賠償には一切応じない代わりに樺太の南部を日本に割譲するという妥協案が結ばれた。ちなみにこの境界線は案としては樺太千島交換条約の際にも日本側が検討してた案なんだが、難航したので変わりに千島を貰う形になってたわけで、その後に戦争に勝った事で両方手に入れたわけだな。~太平洋戦争突入~■大西洋憲章、カイロ宣言での連合国側の認識大西洋憲章は米英はじめとする首脳が、この大戦で互いに領土拡大を目的として戦うのを自粛しましょうみたいな条文。後にたしかソ連も参加してた気がする。後のカイロ宣言では「領土は拡大しないけど、日本が武力で獲得した土地に関しては日本軍を排除しなきゃね」という確認がされる。ここでじゃあ「追い出した土地を誰が代わりに統治するか」なんてことに触れてないあたりが問題あるんだが、仮にこの宣言がどう解釈されようが日本は参加してないし、そもそも北方四島に関しては過去一度も日本が武力で占拠した事例がないので対象外だろう。■ポツダム宣言 ~太平洋戦争終結~日本に対する降伏の条件として提示された宣言だが、この中で「日本の主権が本州、北海道、九州及び四国並びに連合国の決定する諸島」に限定される。ここで四島の主権が離れたと勘違いする可能性もあるが、よく考えてみよう。この当事、まだ日本とソ連は日ソ不可侵条約を結んでる。そして、ソ連は「日本がポツダム宣言を受諾した後」に千島列島含む北方四島に侵攻してるのだな。■サンフランシスコ平和条約この条約で日本は連合国側からの占領政策から解放され、主権を取り戻す。この条文の中で「ポーツマス条約で獲得した樺太南部、千島列島に対するすべての権利、権限、請求権を放棄する」という条文があり日本はそれに調印した。この時点で日本は樺太と千島列島の領有権を放棄してます。ポツダム宣言で連合国側が示した「日本の主権が本州、北海道、九州及び四国並びに連合国の決定する諸島」の中には樺太南部、千島列島は除外されてます。そしてあの沖縄も。沖縄が返されるのはここから更に20年ほどかかりました。で…北方四島とは別問題ですが、韓国との間である竹島問題で韓国側一部から「竹島も放棄したんだ!」という声がありますが、これに関してアメリカ側はサンフランシスコ条約の解釈をこう述べてます。「竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない。」で…この放棄した千島列島の中に北方四島が含まれてるはずだというのがロシア側の主張の一部ではあるんだが、日本側の認識では含まれてないし、歴史上の経緯から見ても含むのは不自然である。ソ連側が「国後島・択捉島以外の2島返還」という案を出してくるのは、この2島が「南千島」に含まれるからだと解釈してるからだろう。この辺はもう水掛け論である。と、それ以前に!まず千島列島の放棄を明記したサンフランシスコ平和条約には当事のソ連は調印してない。つまり日本とソ連の間で最後に有効性を持った条文はポーツマス条約までさかのぼるわけで、両国間の領土線はここまで戻るただ、日本はその後「ソ連が調印してないサンフランシスコ平和条約」で樺太南部と千島を放棄してるので、ソ連がどうこう以前に樺太と千島は放棄し、以後も領有権を主張してない。日本が領有権を主張してるのは、あくまで「戦後不当に占拠された日本固有の北方四島」だけなんだな。そして多くの日本人はあまり意識してないが、今の日本は「どことも戦争してない状態」でしょうか?「なにをアホなことを」と思うかもしれません。ただ、時系列で思い起こしてみてください。日本はサンフランシスコ平和条約で連合国とも平和条約を結んで、戦争状態の失効を確認し領土を逐次返還されてる。戦争は平和条約が結ばれれば終結だ。しかしソ連はサンフランシスコ平和条約に署名してない。その後も日本とソ連、崩壊後のロシアとも平和条約を結んでないので、今の日本はいわば「休戦状態」のまま65年以上経過してる。「不法占拠された領土が返されるまでは平和条約は結ばない」というのが日本の外交スタイルである。何故なら不法占拠をされた状態で和平してしまうと、その時点で北方四島のロシア領有を認めることになるから。領土問題ってのは、その島の資源だとか面積が問題になってるわけじゃないのだ。「独立国として国家の主権を維持できるか」が問われる問題だからこそ日本もロシアも譲れないんだな。面積で言ったら大した面積じゃないさ、竹島だってなんもない。まぁ北方四島はロシアからすれば軍事的な意味は相当大きいけどね。アメリカと同盟国の日本にあの海峡を支配されると困るし。ちなみにこの北方領土問題。他国はどう見てるか?欧州議会では「北方領土は日本に返還されるべき」との提言を出した。ロシアは無視したけど。アメリカのクローリー国務次官補は「アメリカは、北方領土の主権は日本にあるとしている」と明言しとる。ただアメリカの場合、自国都合でよく主張変わるけどな(´_ゝ`)y-~~ただ日米安保条約の対象外だという姿勢だけど。面白いのはなんで今まで北方四島に対するスタンスが曖昧だったアメリカがこんな発言したかだな。本音で言えばアメリカは四島が日本領有の方が都合がいい。今まで何もいわなかったのは、日本のロシアに対する外交政策に特に異論がなかったからだろう。今の政権になってから、アメリカは何度か外交問題で日本をフォローせざるをえない状態になって発言しとる。外交案件で他国に後押しされるこういう発言もね…タダじゃあないんだよね(´_ゝ`)もう少し政府には気合入れて頑張ってもらわんと、舐められっぱなしになりますよ。返還に向けての日本の武器は経済力と欧州各国へのウケのよさからの根回しとかだろうか。
2011年09月24日
コメント(0)
この前、実家に顔出したついでに近所で買い物してた時の話。オレの母校の小学校が近くにあるんだが、毎朝通学する時に学校のすぐ近くの横断歩道に「大石さん」という婦警さんが横断旗を持って児童の誘導をしてた。この横断歩道の旗番って市によっては児童の保護者とか近くの商店のオヤジとかが当番でやってたりするんだと思うが、オレの通学路はずっとこの大石さんという婦警さんがやってた。当事でもまだ30歳にはなってなかったくらいの婦警さんだと思うが、俺らは当事からオバちゃん呼ばわりしてたな(´_ゝ`)あれから25年以上も経過するわけだが。この前、実家寄ったついでに小学校の近くを車で通りかかって信号待ちしてた時。ちょうど放課後の帰りの時間帯だったのか横断歩道を旗持って児童渡してる婦警さんを見た。…すっかり老けた大石のオバちゃんだった( ゚д゚)y-ヾポロッまだ現役でやってたんか…雨の日も風の日も台風だろうが吹雪だろうが、学校が休校にならん限りは毎朝そこに立ってた記憶があるが、25年近く経った今でも未だ現役でいらっしゃった( ゚,_ゝ゚)今はもう余裕で50代であろうと思うが、一ヶ所の横断歩道を25年以上も守り続けた婦警は誰に言わせても学校の守護神であろう。…当事オバちゃんの旗の制止を無視して横断歩道でもなんでもない所から駆け込み横断してたオレが言うのもアレな感じではあるが(´_ゝ`)
2011年09月08日
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1