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2016.01.20
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カテゴリ: アート
<『日本ジジババ列伝』>

おお、清水義範のジジババ列伝なら、例のドタバタが期待できるでぇ♪

ということで借りたのだが…


ジジババ

清水義範著、中央公論社、1995年刊

<「BOOK」データベース>より
しみじみおかしい長生き百態。孫に片思いのお祖母ちゃん、夜な夜な洋食屋に出没するホラ吹き爺さん、海外旅行の達人の老女―。不安や悲哀を抱えつつもどこかたくましい老人達を、ユーモラスに描く12編。

<大使寸評>
図書館で『日本ジジババ列伝』という本を手にしたのです。
おお、清水義範のジジババ列伝なら、例のドタバタが期待できるでぇ♪

ということで借りたのだが、読み進めると、まっとうな老人小説なので拍子抜けの感もあったのです。

少子高齢化の話題で盛り上がる前に、ちょっと先走りして刊行されているのだが・・・
この老人列伝が、いい味出しているだけに、この路線で押して行けば良かったのにと思ったのである。

今からでも遅くないので、シリーズ第二弾を期待したいものです。

Amazon 日本ジジババ列伝


この本は、12人の老人の列伝になっているのだが、そのなかでひとつ。
p158~173
<ホラ吹き爺さん>
 マスターは、子供ばかりではなく、あらゆるタイプの客に対する対応がうまかった。若いカップルの客がいいムードでいる、なんて時にはもちろん口出しせず、ただほんわりと料理を出すだけだが、マスターに話しかけるのが目的で店に来る、なんていう客にはあれこれ相手になってやるのだ。

 たとえば、岩井徳造が、そういう客の一人であった。本人の話すところによればなんでも山形県出身で、近頃は引退したに近い格好だが確か庭師さんで、今年77歳のはずの小柄な老人。小柄だが筋肉質で、案外身のこなしは敏捷である。

 その岩井徳造は、ほとんど毎日、ちょっと姿を見せないなという時でも週に2回は、自転車に乗って、午後5時半頃に「マリオ」にやって来る。

 すわる席も決まっている。厨房に一番近い4人がけの席に、入口に背を向けて、ということは奥の厨房への通路を隠すのれんの方を向いてすわる。マスターは家族を迎えたようなあたたかい声で、いらっしゃいませ、と言う。

 岩井徳造は、決まって酒をたのむ。燗酒をコップで。
 酒はちゃんとお銚子で出す店なのだが、彼が、面倒だからコップでいいよ、という習慣にしたのだ。

 つまみに、一品料理を注文する。カニコロッケだけとか、サケのムニエルとか、アスパラガスのバター焼きとか。メニューにはないそういうコースの中の一品のようなものを、マスターはみつくろってやるのだ。
 「今日はどうしましょうか。お肉を食べますか。お肉の気分じゃない。じゃあ、ホタテはどうです。粉をつけてバターで焼いて、さっと醤油味で。ね。それいきましょう」
 そういう料理をつつきながら、岩井徳造はぽつりぽつり、マスター相手に話を始めるのだった。

 「今日は久しぶりに遠出をしちゃって、くたびれちゃったよ」
 「へえ、どちらへいらっしゃったんですか」
 ほかの客の注文をきいたり料理を出したり、時には小さな女の子のクイズの相手をしたりしながら、マスターは実に程良く岩井徳造の相手をする。

 「大宮のほう。あっちのね、資産家の庭を手直しするってんで、見てくれって頼まれて」 「へえ、遠くて大変ですね」
 「送り迎えしてもらえるんだから、それはいいんだけどさ」
 「あ、そういう時は息子さんが車で送ってくれるんですか」
 「うん。あいつの仕事の監督をしに行くようなもんだからね」
 「でもいいじゃないですか。そうやって人に頼まれてやる仕事があるっていうのは」
 「本当は悠々と引退していたいんだよ」
 「そういう贅沢なこと言っちゃいけませんよ。やることがあるっていうのは幸せでしょう」

 岩井徳造はへっへ、と皮肉な笑いを顔に浮かべる。よその席で客が立って、毎度ありがとうございました、と言いながらマスターはレジのほうへ行く。
 マスターが立ち働いている間、岩井徳造はひとりでむっつりと飲んでいる。コップ酒が二杯目になる時もある。

 そうして、結局マスターは、合い間合い間に徳造の相手をしてやらねばならない。
 「マスター、あの人知ってる。文芸評論家でさ、文化勲章も受けた串畑吉光って先生」
 「串畑吉光ってもう亡くなった方でしたよね」
 「そう。昭和55年に亡くなって、最後の大物評論家が消えたって言われたんだ」
 「お名前ぐらいは知っていますけど、何か読んだかってきかないで下さいよ。文化的な方面にはさっぱり教養がないんですから」
 「でも名前はしっているだろう。有名な人だからね。あの先生とおれ、いろいろ話をしたことがあるんだよね」
 「えーっ。どうしてですか」

 この、えーっ、という驚きの声が、このマスターの優しさなのだ。岩井徳造は満足げに薄ら笑いを浮かべる。
 「あの人、当時中野のほうに住んでたんだ。かなりの庭のある立派な家でね」
 「いつ頃のことですか」
 「昭和30年代だよ。それで、ちょくちょく庭木の手入れに行ってたの。そしたらある時あの先生が庭へ出てきてさ、ご苦労様ですってとこからいろいろ話をしたの」
 「へえ、そうなんですか」
 「あれだけの文芸評論家の先生がだよ、学生の時分には柔道をやってて、将来は柔道家になりたいと思ってたそうだから面白いよな。それでおれもさ、若い頃にはいろいろスポーツをしたほうだから、話があってしまって」

 「岩井さん、スポーツをやった人間の体つきをしてますもんね」
 「そうなんだ。若い時に鍛えてあるのは、あとで違ってくるわな」
 「そうなんですよね」
 マスターは逆らわずそう言う。

 だが実は、このパターンの、岩井徳造が仕事の関係で親しく話したことがある文化人というのは、これで十数人目なのであった。評論家や作家や画家や、ヘルシンキ・オリンピックの時の選手や。このあたり十キロ圏内に住んでいた有名人は、みんな岩井徳造に庭の手入れを頼んでいたらしいのである。

(中略)
 ホラを吹くのが習性になってしまっているのだろう。話をしていて、なんぞのきっかけで有名人とか出てくると、ついつい、よく知っている人だよと言いたくなってしまう。老人のわりには社会的な関心があるほうだから、世間に知られているぐらいは本当に知っているわけだし。

 別にそのホラによって自分を大物だと思わせ、ふんぞり返りたいわけでもないらしい。そういう気持ちも多少あるかもしれないが、それよりも、その場でちょっといい顔をしたいだけのことなのだ。へーえ、そうなんですか、と言ってもらえればそれでそれで十分なのである。

 岩井徳造が、特に寂しい人生を送っているわけでもない。話し相手は猫だけ、なんていう孤独な老人で、その人がついつい振り向いてもらいたくて嘘をつく、というようなドラマを彼にあてはめることはない。

 飲んで、いい調子でホラを吹くおもしろい爺さん、ぐらいの受け止め方が正しい。だからこそ、「マリオ」のマスターの反応が一番正しいのだ。


ウン いい線いっているやんけ♪ 

清水義範さんの著作は、レパートリーも広く、時流を見る眼もいいわけです。
だけど、何を書いても水準以上なんだが器用貧乏というか・・・大ブレークしないのである。
(何でもできるが、何者にもなり得なかったことでは、吉田兼好さんのような人である)

清水義範さん、大使も応援するさかい、頑張りましょうね♪






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Last updated  2016.01.20 02:43:38
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