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2016.10.28
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カテゴリ: 歴史
図書館で『人魚はア・カペラで歌う』という本を手にしたのだが…
ペラペラとめくったら「小村雪岱の挿絵」というくだりがあったので、借りる決め手になりました。

丸谷さんの『ゴシップ的日本語論』という本も同時に借りたし・・・・何か短期集中というか、ミニブームの感があるのです。



人魚

丸谷才一著、文藝春秋、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
信長が謙信に贈ったズボンから「小股の切れ上つたいい女」の小股って?まで、頭が刺激されて思わず膝をうつ24篇の知的エッセイ。
【目次】
鍋の底を眺めながら/検定ばやり/象鳥の研究/浮気な蝶/007とエニグマ暗号機/敵役について/村上春樹から橋本夢道へ/北朝びいき/人さまざま/槍奴〔ほか〕

<読む前の大使寸評>
ペラペラとめくったら「小村雪岱の挿絵」というくだりがあったので、借りる決め手になりました。

rakuten 人魚はア・カペラで歌う


「満州の森林破壊」を、見てみましょう。満州族やツングース系民族は、もともとタイガの狩猟民族であった。
p199~202
<赤い夕日の満州>
 「満州」すなわち中国東北地域は、中国のなかで本格的な開発が最も遅れた辺境の一つだった。20世紀初頭、原生林をたくさん残していたのは、
 東北地方
 海南島
 雲南、四川、チベットの一部

などだったが、東北地域の森林地帯がまだ手付かずだった理由は複合的である。第一に、寒冷な気候のせい。第二に、狩猟、遊牧民族(満州族、モンゴル族、エベンキ、オロンチョン、ナナイ)の地であったため。第三に、満州族の祖地として清朝によって封禁されていたせい。この「封禁」といふのは封禁令のことで、漢人植民禁止令。

 ロシアが16世紀後半からシベリアに進出し、17世紀前半にかけて黒龍江から南へ進んで来たため、これに対抗するため、清朝は北満に植民を促した。軍隊用の食糧の確保のためで、開発されたのは主としてホルチンやハルピン西部一帯の草原地帯。北西部の大興安嶺、北部の小公安嶺、東部の長白山系は大森林地帯のままであった。

 ハルピンのすぐ東、東部満州も、ウスリートラやアムールトラ、チョウセントラが君臨する、野生動物が生きる森で、この森がタイガと呼ばれていた。これですね、バイコフの描く空間は。

 とにかく20世紀になるまで、漢人はほとんど東北地域に入植していなかった。
 この大森林を破壊したのはロシアと日本。

 日清戦争に勝った日本が、遼東半島を領土にすることにロシアは反対し(いはゆる三国干渉)、ロシアはその見返りとして1896年、満州内に鉄道敷設権を得た。

 1903年、東満州を東西に貫く東清鉄道が開通。 
 バイコフはこのため、1901年に鉄道警備隊長として赴任したんですね。彼の回想によれば、1910年代の東部満州はほとんど森で覆われていて、老爺嶺の裾野の「樹海」には樹齢五百年以上のチョウセンゴヨウマツの原生林が800平方キロも残っていたといふ。ところが鉄道敷設後、ロシアの伐採会社が、高さ40メートル以上、直径4メートル以上ものチョウセンゴヨウマツを次々に切り倒した。鉄道の枕木その他に用いたのである。

 牡丹江地方は、ツングース系の狩猟民族が狩りや朝鮮人参の採取をおこなっていたが、そのほかに約四万平方キロが清朝皇帝の狩猟地帯になり、周囲を囲まれていたことは重要である。これが環境の保全に役立った。ただし1911年、中華民国が成立すると、この一帯の森が利権の対象となって無残に分割されたけど。

 山火事も作用した。在来、満州族は農閑期に森にはいって、罠をかけたりしていたが、彼らの鳥獣の捕獲や樹木の伐採には節度があった。山火事になんかならないやう気を付けたのでせう。漢民族がはいって来ると、彼らは森林の開墾や耕地の拡大に熱心なあまり、しきりに山火事を発生させた。

 日露戦争がはじまりさうになると、日本資本の森林調査が盛んになり、戦後には日中露合弁の林業会社が設立された。
 1907年、南満州鉄道が設立。本線の複線化、ゲージ幅の標準軌への統一その他によって、満鉄は多線に対して優位に立つ。1925年以降は中国側の力が伸び、満鉄の勢力を圧迫しようとしたため、両国間の争ひが激しくなった。これが満州事変の伏線になることは前述した通りです。

 かういふ鉄道網の発達が大森林の消滅を助長したことは言ふまでもない。
 しかしこの大変動にかかはる交通機関がもう一つあった、馬車である。

 厳密に言えば大車なるもので、これは荷馬車のこと。一頭立てから五頭立て六頭立てといろいろある。1928年の調べによれば、大都市では人口百人について荷馬車一、農村では人口30について荷馬車一の割合で持っていたとやら。これは大体、県城(県庁所在地と考へていいかしら)や鉄道駅と、後背地とをつなぐのに役立っていたけれど、鉄道の代用をすることもあった。農民は冬の農閑期になると、自分の家の農馬を使って荷馬車を走らせ、大豆その他を積んで県城にやって来ては、日用品を買ひ求めて帰る。これが2ヶ月がかりの旅行になることもあったといふから、長途の旅である。

 この馬車輸送システムに必用なのは馬車材と馬。
 馬車材は長白山森林の広葉樹(クヌギ、ナラ類)が用ひられた。木材ははじめ水送で運ばれたが、やがて馬車材そのものや製作した部品を鉄道で配送する仕組に改まった。

 日露戦争のとき、日本軍は日本から馬車を持って行ったが、気候や道路事情に合わず、故障が続出して、現地の大車を調達した。1ヵ月たたぬうちに千百輌以上もの大車が第一軍に集まり、1904年5月から10月末までで延べ1万5千輌に達したといふ。おそらくロシア軍も同じやうに工面したのだらうから、当時の満州ではこの馬車がかなり普及していたことがわかる。

 1939年には、安東省の馬車台数は3万5千台、通化省は千8百台。1910~20年代に馬車が急に殖えたやうである。つまりこの分だけ広葉樹は切り倒された。

ウーム 丸谷さんの言葉の端々に、漢民族に対する忌避が感じられるが・・・ええなあ♪(コレコレ)

話題は馬から大豆に変わって、続きます。
p207~209
<赤い夕日の満州(続き)>
 先程、馬車輸送システムを成立させた条件として、わたしは木材と馬との二つをあげた。本当のことを言ふともう一つあるので、それは満州の冬の寒さである。ほら、酷寒零下何十度とか、唄の文句にあるじゃないですか。あれのせいで路が凍り、さながら舗装したみたいになるのだ。あるいはさらに、路でないところ、つまり原っぱも畑も川も何もかも、路と同じことになった。自由自在にゆける。

 その上、冬のきびしい寒さはあらゆる物を凍らせるから、物がいたむのを防ぐ。魚の輸送なんか、まことに具合がよく好都合である。これは大豆にも関係があって、秋に収穫したものをすぐには出荷しない場合、畑に積んで置いても、粗末な小屋にはふって置いても、大丈夫なのだ。零下2,30度だし、しかもものすごく乾燥しているから、こんな保管でも収穫物はいたまない。

 実は、すぐ隣の山東省も大豆の産地なのですが、ここは省内で消費するだけで輸出なんかしない。寒くなくて地面が凍らないから、道路がぬかるみで、うまく運べないのである。土地柄が商業に向いていない。

 『満州の成立』の著者たちは、これを「完全舗装・完全冷凍の馬車輸送システム」と呼んでいるが、このシステムがあるせいで、満州の社会構造は中国本土と趣を異にする、一種近代的みたいな仕組になった。本土ではいくつかの村落ごとに市が一つたって、そこへ商人たちがたいてい旬に二回やって来る素朴な仕組(地域が網状組織)なのに、満州では村から県城へおもむひて用をすませる仕組(樹状組織)になっていた。
(中略)

 といふふうに見てきてから著者たちは言ふ。
 近代満州社会の成立は、商品作物としての満州大豆の成立過程である。まづ漕運(水上運輸)といふシステムの副産物として華中の木綿の商品生産が満州大豆と結びつき、これに端を発して満州大豆が華南の甘藷畑にもたらされることになった。日露戦争のせいで、日本の水田、ヨーロッパの搾油工業、牧畜業と結びついたが、第二次大戦で衰えることになる。

 かうして満州大豆は世界史とかかはりあった。
 近代日本が国内の農業生産性を急にあげることができた一因は、満州大豆の粕を水田に入れたことであった。つまり近代日本の成功はどうやら満州大豆のおかげらしい。

 まして満州それ自体への作用はすさまじい。満州の人口爆発も、森林消滅も、県城経済システムの出現も、張作霖政権の成立も、さらには満州国の出現も、みな大豆のたまものであるとこの本の著者たちは説く。いや、満鉄の繁盛だって大豆のおかげなので、もしも大豆がなければあんなに利益をあげることができなかった。たしかに、運ぶべきものがほかにあんまりないのだから、大豆あっての満鉄であったといふのは納得できる。


『人魚はア・カペラで歌う』1





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Last updated  2016.10.28 08:43:20
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