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グローバル圏企業の脱国家化とドメスティック企業の停滞化この間なくなったアメリカの歴史学者ハンチントンは、『アメリカの分断』で、アメリカは移民国家であり、世界中から人が集まってくるので、国家というよりひとつの普遍的な世界になり、グローバル化によってますます多くのエリートたちが多国籍企業に属して世界中を闊歩して仕事をするようになると、ナショナルな意識からトランスナショナルな意識になっていると書いているが、企業行動はその通りに脱国家化している。つまりアメリカの超大企業は、アメリカという地域的な国境を超えてしまい、他国も自分たちのマーケット圏(いわば領土)として操作するようになる。日本の株を売買している60%は外国人だというが、かれらが日本の株でもうけて、自国の負債を軽減するために、株主の権利を強める意識を日本人に植え付けたといえよう。水野はこのような状態をアメリカの帝国化だとしている。日本のグローバル圏企業もアメリカ化して、国内需要とは関係なくグローバル市場で儲ける体質に変化している。つまり国内需要が足りなくてもアメリカで売れればいいわけである。一方、ドメスティック経済圏企業はもはや成長の余地はなく、16年間にわたって一人当たり生産性は低下しているという。こういう企業は成長を目標にせず、雇用を確保し、定常状態で、安心と安定を社是にしなさいという。これは中世の農民が数百年にわたって成長ゼロだったことに等しい。グローバル圏企業にとって一番のネックはエネルギーである。水野の予測によれば、2010年で原油の総需要が総供給量を上回ることになり、産油国の価格操作によって価格は青天井になるとしている。したがって原油に代わるエネルギー革命が必須の課題になる。特に日本のように原油を産出しない国は、真剣に対策を考えないといけない。アメリカは産油国に膨大な支払いをする一方で、それを取り返すためにアラブの金をアメリカに投資させることで回収し、中国は省エネ技術がないために相当な損害を受けるが、膨大な供給力によって石油価格の上昇分を分散吸収して、輸出価格に反映させない措置をとった。日本では太陽光、風力などが研究されているが、革命的なアイデアが必要である。日本のドメスティック圏企業つまり非製造業の中で最も付加価値比率が高いのは流通業(卸売と小売)で20.8%である。それに運輸・通信を加えると34.3%になる。これに金融、不動産業をくわえると約半分になり、雇用者は全企業雇用者4770万人のうち3657万人で76.7%をしめている。8割近い人が非製造業をメシをくっていることになる。この業界は鳴かず飛ばずでじり貧である。だから生産性革命が不可欠になる。水野はここで筆を置いて、生産性を上けるアイデアは書いていない。そこで思うのに、生産性を上げるには、リストラや賃金を下げずにそれをやるのはどうしたらいいか。それにはどこかでコストを下げるか、高く売るか、新しいマーケットを開拓するか、全く新しい産業を創造するか、でしかない。
2008/12/31
水野和夫のグローバル経済論9 誰のための景気回復か?去年くらいまでいざなぎ以来の長期好況などといわれて一部の企業収益は過去最高を記録した。失われた10年が終わって景気回復したと言われた。しかし、大多数の人はそういう実感が伴わなかった。この理由を経済評論家も経済ジャーナリストも誰も説明しなかった。それを水野は実証してくれた。水野の本『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』の最後の章は「資本の反革命における2つの選択」となっている。資本の反革命という言葉も新しい言葉だ。「均質性が失われると、経済のパーフォーマンスを「景気回復」という一言で表現することはできなくなる。数字上では景気が回復しているといっても、その恩恵はごく少数の企業や限られた人たちが享受するだけである」。つまり景気が回復してもすべての企業が楽になるのではなく、一部の企業だけに偏る。そういうのは景気回復と言えないのではないかと言う。実際に景気が回復した後も、生活の不安を訴える人の数が増え、生活保護世帯が増えている。具体的に言うと、グローバル経済圏企業はもうかり、ドメスチック経済圏企業はもうからない。それどころか利益が減っている。国内の商売だけで生きている企業や商店は、77%の中小企業である。当然そういうところで働いている人の給料も増えないから、景気回復の実感がない。バブル崩壊後の不況がいまだに継続しているから、貯金も取り崩し、高齢者は収入がないから、生活困窮者が増えている。水野はたくさん数字をあげて実証しているが、そのうちのいくつかを挙げさせてもらうと、グローバル経済圏企業に属する従業員の一人当たり人件費(給与のほか、福利厚生費、役員給与も含む)は06年7~9月期で856万円(4四半期合計値)である(財務省法人企業統計年表)が、ドメスティック経済圏企業に属する従業員のそれは373万円である。前者の人件費は毎年1.2%増加してきたが、後者のそれは毎年1.5%減少している。このままいくと、あと10年くらいで、グローバル6経済圏企業に属する従業員の人件費は969万円になり、ドメスティック経済圏企業に属する従業員の人件費は320万円になり、その差は約3倍に達する。今度の金融恐慌のあとでも、この差はあまり変わらないであろう。そうはいっても、グローバル経済圏企業で働いている人にとっても所得の増え方は過去にくらべて著しく下がっていると水野は言い添える。正社員であっても増えないわけである。年収270万以下の所帯は600万あり、いま共稼ぎでなんとか中流のレベルを維持していてもいつ片方が働けなくなるととたんにこの数字は増える。1991年の内閣府の「国民生活に関する世論調査」では「悩みや不安を感じている」と答えた人の割合は46.8%であったが、06年の同じ調査では、67.6%に増え、景気回復後でも増え続けている。悩みや不安の中身は、「今後の収入や資産の見通しについて」が38.2%で、「老後の生活設計について」が54.0%、あとは自分や家族の健康についてである。「今後の収入や資産の見通しについて」や「老後の生活設計について」の不安は収入が減っていること、資産価値が下がっていること、貯金を取り崩して少なくなっていることなどが理由である。金融資産の増え方についても格差が生じている。年収650万円以上の所帯はおおむね金融資産をふやし、それ以下の収入の所帯は貯蓄残高を減らしている。年収1500万円以上の所帯はと突出して金融資産を増やしている。それば有価証券を持っていることが大きい。
2008/12/26
昨日は久恒さん、近藤さん、秋田さん、小林さんなどと本を出す計画について打ち合わせを新宿のTOPSで行った。そのあと、テアトル・タイムズ・スクウェアで「アラビアのロレンス」を久しぶりに見ようと思って行ったが、時間が合わなくてやめ、弟を呼びだして紀伊国屋の地下の庄屋で1杯やることにした。弟は築地で中国貿易の会社を経営しているが、なんとか会社は無事であるという。それから景気の話になった。弟は「景気とは気分だね」と言う。特に今すぐ悪くなったわけでもないのにすぐ買い控えたり、安いものに切り替えたりする。そういうマスの行動がますます景気を悪くする、と言う。その通りだと思う。収入の減り方が少ない人は無理して節約などしないでほしい。年収1千万円以上ある人なら不景気の年ほどどんどん金をつかってくれれば、ありがたいと思う。本屋に平積みになっている単行本はどれもこれも金融大危機、日本経済の破たん、アメリカ崩壊、日本沈没などのタイトルのオンパレード。新聞記事も雑誌も不況一色だ。しかし、こういう記事や本を書く人はみな年収1千万円、2千万円、講演すれば1時間ウン10万円という人たちだからなんとなく不信感がつのる。トヨタが派遣労働者1000人の首切りを発表したが、弟は怒っていた。昨年まで毎年利益1兆円をあげ、資本金は4千億円、内部留保は6兆円くらいあるだろうという。なのに1000人の派遣を切ったとして浮く経費はわずか40億円、たったこれくらいの度量もないのかというわけだ。結局、経営者の器量の劣化だという話になった。このごろ「百年に一度の災難」という言葉が決まり文句である。だったら、政府を始め、どこもかも百年に1度のことをしたらどうだと言いたい。この頃、新聞テレビなどの報道がうざくなった。解散総選挙をやれというなら百年に1度の論陣を張ればいいではないか。くだらぬ“バランス”など考えないで、政治的な中立を考えるあまり、発言がどっちつかずのあいまいでは国民を誤らせる。帰ってきたらビートタケシの「東條英機と日米開戦」をまだやっていた。なかなかよくできた番組だった。開戦を決定する会議で、陸軍と海軍が資源の取り合いで激論し、海軍の要求の鉄140万トンを陸軍が110万トンまでのんだことによって、陸海軍の開戦の意見が一致してしまった。アメリカ側の要求は中国大陸から即時撤兵であるが、日本側は撤兵まで50年、いや30年、いや10年などとバナナのたたき売りみたいに外交条件を言い合うが、足して2で割って25年になった。東郷外相の5年というのがいちばんリアリティがあり、これならアメリカを外交でぐずぐずひっぱっていけたかもしれない。しかし、戦争が職業の軍人が国政の中心にいるということの悲しさ、彼らは勝つか負けるかのソロバンで、その思い込みは早くやらないとやられる、石油の備蓄が2年もない、という強迫観念に支配されている。アメリカの歴史家バーバラ・タックマンは真珠湾攻撃を世界の5大愚行の一つに挙げている。アメリカには当時差し迫った戦争の気分はなく、日本が仏印進駐し、南方の石油を手に入れても、アメリカはすぐに叩く態勢になれなかったという。どう考えても日本人の考えが理解できなかった、真珠湾でまんまとアメリカ国民の参戦意欲を盛り上げてしまったという。東條はやはり天皇・元老から陸軍を抑えてくれと頼まれて首相になったのであるから、開戦会議などは決裂させて、内閣総辞職して、“無責任”な態度で投げ出してしまえばよかったのだ。それが小心者すぎて逆らえず流されてしまった。
2008/12/25
この後いったいどうなるのだろうかアメリカではドルをどんどん刷ってヘリコプターで撒く勢い。不良債権をどんどんFRBが買い取って、立て直しに必死、住宅価格がまたあがってくるのを待ち望んでいる。昔からアングロサクソン文学でペシミズムというものを読んだ記憶がない。彼らは絶望とか暗黒とかいう言葉を知らない。では希望なのかというと、「やればなんとかなる」「手段を選ばず、なんでもあり」「力で現実を変える」というのが彼らの本領である。ジャブジャブのドル洪水のあとはどうするか。「なんとかなる」と思っているだろうと思う。日本の場合は円高で輸出が駄目になるとアメリカ以上にダメージが大きくなる可能性がある。これほど大量にドルを撒いたら、インフレになるかというと、それがならない。金利も当然上がらない。つまり金ジャブのところにさらに金ジャブになったからといっても、需要が創造されるわけではないから物価は上がらない。また工業製品は供給力過剰であるから、物が足りなくなるということもないから、インフレになるということもない。上がる場合は希少な地球資源の買占め競争が起こるときである。日本では、円安主義であるが、アメリカではドル高主義である。まったく政策が逆である。ドルを高くすれば世界中からドルが集まってくる。アメリカは対外負債が増える。借金でアメリカ経済を成長させるしかなくなった。借金というと負の思考だと考えるが、借金は実力である。アメリカが対外負債つまり借金を少しでも減らすにはどうするかというと、アメリカが外国にもっている対外資産を上げればよいわけである。その方法は対外投資でもうけるか、外国の株を買って、株価を上げることである。そのためには配当をもっとあげろと政治的に迫ることも辞さない。グローバル時代は国家の国境内の管理力が衰える。つまり業界を統制・管理ができなくなる。その一方で、帝国化して外国をおどかして管理しようとする。お金は国境をとびこえて、どこにでも飛んで行く。いちばんもうかるところに根を下ろす。そうすると、お金は出自した母国を繁栄させずに出ていった国を豊かにする、あまりにも円高が進んで、たとえば1ドル60円になったら、トヨタは日本から出て行って、アメリカや中国、ブラジルで生産をするようになるかもしれない。今から60年前にプレトン・ウッズ協定で金1オンス35ドルということで、世界の基準を決めたわけだが、ニクソン政権のときに欧米諸国がドル暴落を予想して大量に金と交換したため、アメリカの手持ちの金が激減し、とうとう金ドル交換をやめてしまった。ニクソンショックである。それから変動相場制になったが、日本は円安、アメリカはドル高で固定してしまっている。もしアメリカが借金清算するといって一方的にドル暴落をやったとしても、変動相場制を受け入れたのはお前やアジア諸国だから文句をいうな、とアメリカは開き直れるわけである。それにしてもあまりにも増えすぎたお金というのは何者だろうか。哲学的な省察が必要である。、
2008/12/23
「大きな物語」の終わりと「新しい物語」の始まり16世紀以来、国家と資本主義経済が結婚し、「インフレがすべての怪我を治す」、つまり500年間ずっとインフレが続いてきて、それで儲けて、あれこれの損失をうやむやにしてきたのだという。つまり最近まで経済成長率は物価成長率と二人三脚だった。なぜ商人たちがインフレを好んだかというと、過去に仕入れた物や資産が値上がりすればじっとしていてももうかるし、借金の負担も軽減したからである。だから資本主義国では値付けはできるだけ高くつけ、競争でやむを得ない時だけ値下げした。一方、資本主義でない植民地や後進国では物価は上がらないから、先進国の資本主義がそこから物資をもってくれば格差でもうかった。アフリカの土人とブリキの洗面器1個と象牙1本を交換したようなものである。一人の皇帝が膨大な地域の人民を支配していた帝国の時代が16世紀頃から国家に分裂するが、ナポレオン時代から民族国家がどんどん共和制国家をつくって、資本主義と固く結びあう。民族が同じだとか、言語、宗教が同じだとか、地理的にもまとまりやすいとかいう地域が国家をつくって強力な支配層が生まれ、軍備を拡張し、兵器を量産できる工業を起こすなどして近代化を始めるとどんどん周辺国を併合し、植民地を侵略・獲得していく。資本主義はこれとぴったりよりそっていたわけである。例えば日本は明治以来、国家は主導してどんどん富国強兵して領土を増やし、第二次大戦までにアジア最強の国になった。戦争に負けると、今度は復興、先進国に追い付け追い越せでこれまた国家が旗を振って傾斜生産、エネルギー革命、外資導入などで、世界第二といわれるほどの豊かな国になった。つまり「大きな物語」の時代である。大きな政府が機能した時代である。ところが2000年あたりからどうも大きな政府はお荷物になってきた。財政赤字がどんどんたまるし、毎年30兆円ほどの赤字国債を出さねばならない。こんなことをいつまでもやるわけにはいかないと小泉内閣時代に「小さな政府」を目指した。規制を緩和し、政府はいちいち民間を指導、拘束しない、市場主義でやれといったら、とたんに悪徳商人が出てゴマカシ、手抜きをやり、資本主義の悪い面がどっと出てきた。資本主義には道徳という要素はないから、法律に違反しない限り、何やってもいいことになり、その最大の悪果が単純労働者の派遣・請負システムを許したことであった。このために1700万人のワーキング・プアが発生してしまった。日本はアメリカに次いで先進国で第2の貧民層の多い国になったさて、水野が指摘した重大なことは、新しい物語が始まったということである。つまりこういうことだ。物価というものはもう上げられなくなった。これ以上上げたら売れなくなるという臨界点に達した。昔だったら、労働者の賃金が上がるから物価も上げるという言い訳が通ったが、それができなくなった。賃金も上げられなくなった。そこで、企業はどう切り替えたか。資産価値を上げて儲けることに切り替えた。つまり土地に投資し、株価を上げることである。グローバル力のある国、アメリカなどはいろいろな手を用いて外国人の貯金を利用してもうける算段をした。労働者も賃金が上がらないから、土地とか住宅とか株とか証券を買って収入を増やそうとした。水野は、1970年代はGDPが1%上がれば株価も1%上昇し、1対1の関係だったが、2002年以降はGDPが1%あがったら、株価が12.1%も上がるようになった。一方、GDP1%上がっても雇用者所得は0.79%、つまり減少しているという。これが「新しい物語」の始まりである。大きな政府はこのことをいかんともし難い存在になり下り、赤字で庶民を苦しめる存在になった。大きな政府がいいか、小さな政府がいいか、ということには正解はない。まったく新しい国づくりをしなければならなくなったわけである。昔なら、会社がもうかったのは、従業員が頑張り、お得意さんが協力してくださったおかげです、と感謝の気持ちで、従業員にはたっぷりボーナスと賃上げで報い、お得意さんには値引きやリベートでお返ししたものだが、今では、「もうかったのは従業員のおかげではない。株価が上がったからだ、経営者の金融スキルがうまかったからだ、IT革命を導入したからだ」というのが経営者の開き直りになった。だから従業員などの賃上げなどはする理由がない。もっと首を切ればもっともうかる、というふうになった。これが新しい物語の始まりである。
2008/12/21
日本の乗用車の生産台数は2000年に800万台あったのが、最近は500万台を切ったという。7年で300万台減った。2007年度の日本自動車工業会の調べでは、自動車の世帯保有台数は79.2%で横ばい、複数保有率は2年前から5%減って33.5%、つまり一度買ったら長く持っている。平均保有年数は7.1年になった。今の若い人は一頃よりも自動車を乗り回したいという欲が減っているようだ。もし、自動車を盛り上げるなら、全国の高速道路をタダにして、自動車旅行をはやらせる。本四架橋や東京湾横断道路などの通行料を10分の1の値段にしたら、通行車両が増えるから、今と同じ収入が維持されたうえ、地方を活性化させるだろう。アメリカのG3が危なくなり、議会に公的資金による助けを求めたが、上院で拒否された。労働者一人当たり時間給が69ドルでトヨタの48ドルにくらべ高すぎるというクレイムがついたからだ。G3の救済は政府融資に切り替えられた。GMが資金的に行きづまったのは、正規の自動車の販売よりも半分以上金融で儲けていたので、今度の金融恐慌で銀行が金を貸さなくなったためである。金融が実体経済を悪化させたというより、自分の金融ビジネスで失敗したのである。急激な円高でこんどは日本の自動車業界が危機的な状態に陥った。軒並み減産で、派遣、期間切り、正社員のリストラまで始まった。そうでなくてもじわじわと自動車産業は下降していた矢先、輸出に活路を見出していたのがやられたわけである。異常にアメリカ市場に依存していると、ひどい落とし穴に陥る。18日、多摩大学で聞いた寺島実郎氏の講演は、円の価値について焦点をしぼっていた。明治30年になってはじめて定められたのは、1ドル2円が固定相場だった。大平洋戦争前はそれが1ドル4円になった。そして戦争に負けると、ドッジラインで1ドル360円という90分の1の相場におとされた。私は、敗戦国とはいえこれは屈辱的な相場だったと思う。日本は売るものがなかったから、金魚とかクリスマス用のおもちゃとか、扇子だとか、100ドルブラウスなどを国民は必死で作って売った。そして高いアメリカの農産物を買わされた。やがて、カメラなどが売れ出してだんだん国力がついてきた。1985年のプラザ合意でやっと280円になりそれからすぐ200円になった。やがて円高不況がつづき、平成になってからは100円程度が常態になった。オバマ政権は、肥大した金融経済にメスを入れ、ドル安容認、実体経済のテコ入れに動くことが確実である。外国なんかから物を買うな、自分でつくろうというキャンペーンを張ると言っている。そうするとますます日本の自動車はダメージを受けるだろう。1ドル60円という想定もあり得る。寺島講演は、「円が安い方がいい、高いのは悪」という観念を変えないとだめであるという。円が高いのは国の値打ちが高いことで、誇らしいことである。外国から馬鹿にされるような通貨の屈辱をもう1度思い知れ、ということである。寺島さんは、自動車以外の産業として、中型ジェット旅客機、宇宙産業を創設せよという。また食糧自給率の向上のために農業振興が大事だという。せっかく国民がかせいだお金でアメリカの国債を買ってアメリカを助けるのではなく、自分の国の新産業の創設につぎ込めという。国債というものは、予算不足の穴埋めや金利稼ぎに買うものでは本来ない。何か素晴らしい国家事業を起こすために国民が賛同して買うものである。中型ジェット旅客機の新産業起こしに国債を売るのであれば私も喜んで買いたいと思う。
2008/12/20
アメリカの個人部門循環が超長期化している一方で、日本の在庫循環は超短期化している、ということはどういうことだろうか。一言で言うと、アメリカでは住宅が10年間ずっと値上がりをつづけている、つまり循環が「超」長期化している。すると薄型テレビやパソコン、自動車などの最終需要財が売れる。このような商品にはほとんどIT関連材がつかわれている。IT革命によってパソコンや周辺機器の性能は日進月歩し、2年前に買ったものはもう陳腐化してしまうという速さである。それで新商品の生産が1年かかるとすると、販売が1年、それで1循環がおわり、そして2年経ち、また次のバージョンアップした商品を出すといういそがしさだ。したがってひとつの型番商品がずっと売れ続けるということはなく、すぐ売れ行きは鈍化し、山谷は小刻みになり、循環が「超」短期化している。しかし、この中に入っている生産財の電子部品、半導体や集積回路、エンジンなどの循環はずっと長くうれつづける。日本の鉱工業生産は最終需要財と生産財に分け、それぞれ出荷先を国内と輸出に分けてみると、生産財の輸出が著しく多く、過去6年間で158.7%伸びているが、国内向けは18.6%しか伸びていない。ということは、韓国、台湾、中国などで製造している最終需要財の中に日本の電子部品、半導体素子、集積回路、エンジンなどの生産財が使われているからである。それで売れ行きの順位をみるとダントツに多いのが、生産財の輸出(年率6.1%増)、次が最終需要財の輸出(同2.5%増)、3番目が生産財の国内向け販売(同1.1%増)、4番目が最終需要財の国内向け販売(同0.9%減)である。生産財の中でもIT関連材の寄与度が特に多い。つまり我が国は精密部品を輸出して、経済を牽引しているといってよい。水野は、景気循環が短くなれば、それだけ経済の振幅は安定化するが、景気循環の周期が長いと振幅は大きくなる。景気の上昇期が長引くと景気が過熱しやすく、それだけ経済に負担がかかるとしている。水野の本は現在のような金融恐慌になる前に書いたものだが、アメリカの金融経済がついにクラッシュし、ドル安円高になったおかげで、日本の輸出産業が危機的な状態になった。日本は金融的なダメージは少ないとみられたが、円高のダメ-ジがいっぺんにきた。輸出にあまりにも依存することのリスクである。しかし日本の輸出依存度は24%であるが、韓国は76%である。こういう安定性のなさがウオンの暴落をもたらした。
2008/12/18
一国経済であれば、景気循環の波は4、5年というのが普通であった。景気不景気は経済の生理みたいなもので、浮かれすぎた年が何年も続けば、物を作りすぎて売れなくなり、しばらくは要らないとなって、次の好況期まで一休みするわけである。ところが、IT革命とグローバル時代になるとこの生理がくるってくる。つまり海外の景気が続けば輸出はどんどん増えて、向こうの需要がなくなるまで供給し続ける。つまり向こうに振り回されることになる。特に我が国は戦後ずっとアメリカ消費市場に売り込んできており、輸出が経済を引っ張るけん引役を引き受けてきた。水野の調査によると、日本の企業部門のGDP成長寄与率は1954年では、輸出と設備投資の合計が24%くらいであったのが、グローバル化してからは、2000年前後で52%になり、2006年になると約80%というふうに恐ろしい数字になっている。一方個人消費部門はGNP構成比が6割で、成長寄与率は55%くらいで推移してきたが、80年代以降はそれが26%に下がったという。つまり個人消費はたいして経済成長に貢献しないという結果になっている。一方、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの英語圏ではここ10年間ずっと住宅価格が上がりつづけてきた。住宅は人間にとって最終商品で、他の消費も引っ張る。アメリカの景気のけん引役は個人消費で、成長寄与率は、戦後から97年まで60~70%であったが、97年7~9月期から様相が一変し、90%になり、ついに消費支出がGDP成長率を上回るようになった。アメリカは資本効率がいいから海外から資金が集まってくる。しかも長期金利は上がらないから、将来もずっとつづけて住宅は上がるだろうと誰でもが当たり前に思うようになる。しかし、水野はアメリカ政府が意図的にこういう構造変化を生じさせたという。アメリカはいくら経常収支が赤字になっても海外から金があつまってくるから、貿易収支が赤字になっても、赤字埋めの金には困らない。グローバル化した結果がそう出たのであるから、金利を上げて消費を引き締める必要はない。しかしそうすると対外債務がかさんでくる。今後5年間の予想累積赤字と今の赤字残高を足すと、約10兆ドル、これは今の日本の国、地方の財政赤字にほぼ同じである。問題は、日本でもアメリカでもこれだけ経済がアンバランスになれば、これを均衡させるのは至難の技になるということである。経済がひとたびクラッシュすれば、被害が甚大になるということである。まるで、蟹の鋏の片方が異常に肥大してしまって、バランスよく歩けなくなる事態に陥る。海外の消費ががらりと落ちたり、ドル安円高になったりすると、たちまち輸出は行き詰まってしまう。また、海外からの輸入が減少すると、たちまちインフレになり、消費が圧迫される。つまり均衡点を見失ってしまうからである。多国籍企業が海外の工場で生産して輸出すれば、それは当該国の実績になる。中国は世界の工場といわれているが、この中のかなりのものは多国籍企業の投資先工場である。利益はどうしているかはよくわからない。かなりの金が香港にプールされて再投資に回される。こうなると多国籍企業の実績は母国の経済に何ら貢献しなくなる。
2008/12/15
忘れないうちに書いておくが、12月1日に自民党無駄撲滅プロジェクト外務省棚卸というのを傍聴した。外務省はさすがに関心が高いのか、9時ちょっと第一衆院会館の会議室に行ったところすでにぎっしり満室の状況であった。棚卸はODAの棚卸をするチームと外務省のいくつかの政策項目を棚卸するチームに分かれて行われた。我が国のODAは一般会計が平成9年ピークが1兆1600億円あったのがどんどんへってきて20年度は7002億円になっている。これはアメリカ、イギリス、フランス、イタリアの次で、オランダよりすこし多い程度である。国民一人当たりだと約7000円、22カ国中20位でビリから3番目。不況時代に下がってしまったのであるが、これはさびしいこと言だと思った。ODAの重点課題は、貧苦の削減、持続的成長、地球的規模の問題への取り組み、平和の構築が掲げられている。貧苦の解消、援助を通しての国益追求、地球環境が3大テーマである。一般会計と都は7002億円は外務省以外の省庁も予算をもち、関係各省に配分されている。外務省が独自に関与している予算は63%の4407億円、事業予算1兆5113億円のうち外務省関与分は29%の4408億円である。国民はODAがこれほど減っているのをどう思っているのだろうか。それを調査したことはない。不況だから減らしなさいと国民が意思表示したということはないと思う。日本の評判は世界一であると外務省がいうのは、私は、そうだろうと思う。中国、韓国などでは日本への批判が根強いが、それ以外の国では、日本のことを悪く言う国はすくないと思う。だからODA予算を減らすかどうかは国民の意見を聞いて決めたらよいではないかと思う。ODAで日本はこれほど感謝されていますよ、と胸を張る外務省職員に対して、そういうことをもっとニュースとして流せ、という意見が出た。マスコミの記者からも同じ意見が出た時、お役人はすこしムッとしたらしく、マスコミ自体が調査して流してくれれば、われわれはいい仕事ができると皮肉が出た。官庁と記者クラブのことはもっと改革しなければならないと思う。一般会計と都は7002億円は外務省以外の省庁も予算をもち、関係各省に配分されている。外務省が独自に関与している予算は63%の4407億円、事業予算1兆5113億円のうち外務省関与分は29%の4408億円である。つまり外務省以外のものは外務省が関与しないので、どう使われているかが不明である。外務省の無償資金協力事業はJICAの調査積算にもとづいておこなわれる。私は、ODAは外務省が一元的に管理して行っているのかと思ったら違っていた。河野太郎、亀井善太郎議員の棚卸追及と評価は、外務省はODA政策についてまったく指令塔が機能していないということをさらけ出した。私も質問にたいする官僚の答弁を聞いていて全くその通りだと思った。しかし、政治家がいまになってそんなことを言うのも目くそ、鼻くそではないか。文科省、環境省、外務省と傍聴してきたが、よくわかったことは、政治家は官僚がどんな仕事をしているか、まったく知らないという事実であった。数省の一部政策項目を洗っただけで、3500億円という無駄な金額が出た。自民党政治が50年にも及んでいるのに、政治家が官僚が何をしているのか知らないということ自体が驚くべきことであった。日本の統治をしているのは、官僚集団であり、政治家はそれにのっかっているのが実情である。もし政権交替した内閣、政党は官僚以上に官僚がどんな仕事をしているかを熟知することから始めなければならない。
2008/12/12
ここのところ会誌の編集で忙しくブログを書けなかった。今日ようやく解放された。その間にも世の中がどんどん悪くなってゆく。失業者3万人、毎日のように派遣労働者の首切りが報道され、優良企業だといわれていた企業までどんどん人員整理の数が増えていく。私も嘱託で働いていたころ、契約期限がきて延長されずにクビを切られたことが何回かあった。失業でいちばんつらいのは、冬、失業することである。師走のどんよりした寒空の下、木枯らしが吹いている。落葉が舞う。どうして年を過ごそうかと絶望的な気分になる。正社員はボーナスが出て、クリスマスだ、忘年会だとはしゃいでいるのを横目でみながら、なんともやりきれない思いをする。だから、いくら首切りでも、人情的な配慮というものが、最低線あってしかるべきだ。まだ正式の決算が出たわけでもなく、株価の含み損というのは、ほんとうに欠損に入るのかどうか。それなのに、さあ大変だ、と人の首切りを急ぐ。内定した学生には簡単に、あれ、なかったことにしてください、という。こういう会社は会社名を公表して、消費者はボイコットすべきだ。 今は、他人を思いやる人情などというものは皆無になった。まるで、原料の量目を減らすように、人間を減らす。派遣労働者の給与は正社員の半分か6割である。それなのに、要らなくなったら、部品を外すみたいにスパッと取り外す。調整自在の便利きわまる存在である。これは、いってみれば、奴隷制度と同じではないだろうか。資本主義はだんだん貴族主義、階級主義にもどっていくのではないか。奴隷といっても生きている存在であるから、首を切られても毎日食べていかねばならない。すると、資本主義を採用している国家は、調整可能に作り上げた雇用システムを維持していくためには、首を切られた人たちが最低生活を維持できるようなセフティ・ネットを常に用意しておかねばならない使命があるのではないか。昔の人でも飢饉になったら餓死者がでないように地主が備蓄米を放出したではないか。ところが、自民党政府は二兆円を給付金としてばらまくというが、この金こそ、明日食べられなくなるという人のために使うべき金ではないか。民生の維持というのが、施政者の最大の責務である。人情の機微がまったくわからなくなった経営者や政府の閣僚、政治家は、人情、紙の如し。こういう人たちにとっては、不況は有れども無きが如しである。これから犯罪はますます増える。社会は不安になる。早く解散して、施政者を変えないと困る。
2008/12/10
2001年以降、アメリカは「帝国」になったもう10年くらい前の話であるが、橋本内閣のころ、金融ビッグバンというのがあって、銀行は最低の資金準備率が8%なければならないとか、会計基準を国際標準に変えねばならないとかいうことが決まった。最低資金準備率8%というのは貸出額に対して8%はいざというときのために、銀行に寝かせておかねばならないというものである。それまで日本の銀行はせいぜい3%くらいだったのではないかと記憶するが、それでも国内はよく回っていた。ビッグバンの結果、銀行は大騒ぎになり、貸出しの制限、貸出しの回収、銀行合併などが起こった。なぜこんなに無理しなければならないかは、当時は、グローバル経済になれば、外国の投資も呼び込めるようになり、いいことがあるからだ、というふうに皆が思っていた。今、そのねらいがどこにあったか、水野はよく教えてくれる。つまりこういうことだ。アメリカ(イギリス、オーストラリアなどの英語圏もふくめて)では70年代にはいってから住宅価格が上がりっぱなしに上がっており、一般庶民も、自分の家を担保いっぱい銀行から借りて、別の家を買ったり、自動車を買ったり、物を買ったり、株や債券を買った。要するにアメリカ人は収入以上の消費をするのが当たり前になり消費ブームが盛り上がった。こうなると、供給が不足して、物価があがり、金利が上がり、かならずインフレになるのが通例である。また、金が不足してくる。アメリカはこれを防ごうとした。それで供給をふやすには外国にたよる以外にない。それを、ヨゴザンスと待ち受けてどんどん供給したのが、日本、中国、韓国のアジア勢だった。これでアメリカは供給不足から解放されたし、安い外国の商品で潤った。と同時に、これでアメリカは貿易赤字になるから、これが景気の足を引っ張る。したがって常にアメリカにはGDPの伸び以上の金が集まってきて、この貿易赤字を埋めねばならない。その仕掛けが外国よりも高い利子率の設定で、これで外国の金を呼び込む、ドルを常に高くしておくことである。水野の本で気づかせてくれたのは、今度は、アメリカの企業や個人が日本のゴルフ場や不動産や株などを買ったら、それが常に値上がりして、資産価値を増やす仕掛けになっていないとこまる。こうしたアメリカの外国における所有資産が高くなれば、それだけアメリカの対外負債も減るからである。もう金の使い道は国境を越えてどこでもよくなったのである。アメリカはアメリカに呼び込んだ外国の金をまた外国に投資してもうける。そのためには外国の政府が言うことを聞いてくれて、アメリカの思うようになっていることが必要であるから、「年次改革要望書」で、簡易保険を廃止しろとか、民間保険会社化しろとかいうことを要求した。これは「恒常化された内政干渉」(関岡英之)だと問題になったが、日本の役人は「こちらでもアメリカに言いたいことを言っているから、内政干渉ではなく、お互いの希望条件をぶつけているだけだ」と簡単に受け流した。水野は、2001年からこのようなグローバル経済の仕掛けが、アメリカによって意識的に仕組まれたとしている。アメリカの過剰消費の恩恵がニンジンになって日本も中国もそれにのったわけである。ドルの暴落のリスクも承知の上で。水野は、アメリカの経済をけん引しているのは個人消費であり、対GDP寄与率70%を維持している。一方、日本の景気上昇を引張っているのは輸出とそれにともなう設備投資である。これがGDPに対する寄与率が非常に高い(80%)が、個人消費はGDPの57%でありながら、対GDP寄与率は26%に落ちてしまった。したがって日本の国内でいくら消費ががんばったところで、大した景気上昇のけん引にならないと水野は言う。つまり4、5年の周期で回っていた景気循環が、一国内でのバランスが崩れたために、グローバルの大波の中で引き回されることになった。水野は、アメリカがねらうグローバル戦略こそが、アメリカの「帝国化」なのだと言う。アメリカは帝国になる以外に道がなくなったのだと言う。
2008/12/04
水野和夫のグローバル経済論5 日本国内の2極化さきに近代化が終わって低成長となった先進国地域とこれから近代化が始まった高成長をつづけるBRICsなどの新興国地域に分けたが、先進国に入る日本国内の2極化について水野は、第1の2極化―大企業・製造業vs中小企業・非製造業、第2の2極化―資本vs労働、第3の2極化―大都市vs地方 をあげている。そしてグローバル経済圏にかかわる企業は成長し、グローバル経済圏とは無縁のドメステック経済圏企業(情報通信と電力を除いた非製造業)はもうのびない、と宣告している。つまり国内市場だけを相手にしている企業は、国内需要はもう伸びないから、安心と安定で食べていけさえすればいいというものである。たしかに、中国の特需、つまりアジアの近代化に販路を見出した2002年以降のグローバル経済圏・大企業の一人当たり実質GDP成長率は年率9.5%であるに比べてドメスチック中小企業は3.8%であった。したがって「失われた10年」というけれども、グローバル経済圏にかかわる企業は好況がつづいたから、「失われた5年」ですみ、ドメスチック経済圏企業は「失われた10年」がまだ続いていることになる。神武景気以来の長期好況などともてはやしたのは前者だけの話で、後者は関係なかった。これは実感的にも十分わかる話である。第2の資本vs労働であるが、資本のリターンは上昇しているが、労働分配率は減少している。従来なら、企業がもうかれば労働者の賃上げも可能だった。しかし、99年以来実質GDPが増加しても実質雇用者報酬は伸びなくなった。雇用者が景気回復の恩恵にあずかれなくなった。2002年からの景気回復では実質GDPは年率2.1%成長しているが、実質雇用者報酬は0.2%にとどまっている。その後はほとんどストップである。グローバル経済圏・大企業の労働分配率は99年4~6月期の83.4%をピークにさがりつづけ、今では64.6%だという。中小企業はどうかというと、グローバル経済圏、ドメスチック経済圏企業とも労働分配率は85%程度で、これは中小企業が労働者によくしているわけでなく、もうけがなくなって労使ともかろうじて生きているという表現の数字である。グローバル経済圏の大企業で働いている雇用者は全体の4.0%で、ドメスチック経済圏の中小企業で働く雇用者は57.4%である。目の前がまっ白になるのは、もうけの源泉がグローバル、すなわち海外にあるから、グローバル関連の企業は、たとえ中小企業でも恩恵にあずかれるが、国内だけで営業しているドメスチック圏の企業は、少子化、高齢化、人口減、収入源で、国内需要は減退しているから、いくら、「内需の振興」と叫んでも、よほどの新産業を興すなどをしなければ、もう無理だという話である。経済評論家みたいな人が、努力と工夫、アイデアで成功なんていう例え話をするが、基本的には、「内需」「内需」といっても、それならどんな産業を興すのか、という意見をはっきり言える人でないといけない。次に、大都会と地方であるが、地方に行けば、どこもかしこもシャッター街になっている。全国でいい地域は東海地域で、02年からの年率伸び率は9.3%である。いちばん低いのは北海道のマイナス0.0%。全国平均は4.4%であるが、これはほとんど東京、横浜、大阪、京都などの大都市にとられている。地域格差がひろがっているのは、北海道、東北、九州、四国、中国、関東などである。結論をいうと、日本全体に均質性がなくなり、グローバル経済圏に連動しているところはよく、そうでないところは鳴かず飛ばずというところである。もはや日本列島の均質的な底上げ政策というものが機能しなくなっている。
2008/12/03
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