全7件 (7件中 1-7件目)
1
今更「リア王」(シェークスピア作」を持ち出して来るなんて、一体全体、どんな魂胆があるのだろう?という貴重なご意見を賜りましたので、御返答を申し上げましょう。人類史上で、心の浄化作用という点で最高の高みに達しているのがこの作品だったのですね。他にも古代ギリシャの「オイデェプス王」などもありますが、人類がいくら偉大であると自負し、自慢したとてもこの種の傑作には限りがありまして、その辺にごろごろと転がっているものでもありません。時間的にも、空間的にも、人類皆兄弟と言った精神を、今からはもっともっと大切にしませんと、私たちの限られた未来は、益々細く、頼りない物になりかねませんね、実際。そして現代は文字通り「地球村」が現前しているわけですから人の「和・輪・サークル」を一層強固な物にしていく努力が重要性を強めていくのです。カタルシス・心の浄化作用!本当に私たちの日々の生存に欠くべからざる重大な問題なのですよ、嘘では在りませんで……。「四つの幸せ塾」の開設とか、このブログでの「ボヤキ」とかどれも同じ危機意識から発して、麻痺し切っている精神に、焼け石に水であったとしても、警鐘を鳴らしたいものと頑張っている、その現れ。どうか、草加の爺の「老婆心」に注目してみて下さい!
2011年07月27日
コメント(0)
子供の遊びにこそ、生きた生活の英知が隠されている、といった恰好の例が「ジャンケン」、そうグー、チョキ、パーを出し合って勝負を決めるあの遊び。グーはパーに負け、パーはチョキに負け、チョキはグーに負ける。そうです、所謂三すくみのお遊戯ですが、これが中々侮り難い深い思想を表現している。この世、現世、仮の世には真の勝者は存在しない ― 実に哲学的な深い、深い諭しが秘められていた。仏教で説くところの、「色即是空」すなわち、色とは私達が住む世界を意味しますが、それは空、つまり実体・本質の無い世界。あるのは相互の間の関係性だけ。しかもその関係性が次々と変化してやまない所謂常の無い「無常」の世界でもある。三すくみのそんな深い思想・哲学をジャンケンという遊びが表わしている。驚くべきことです。しかしこうした例は実はあるべくしてあるのでした。FYC,つまり「ふへん・ゆうこう・くらぶ」として私が主宰するプレイ・スポット・純粋な遊びの場の設定の必要性も、元はと言えば「遊び」が本質的に備えている重要性に着目した結果の行動なのです。蛇足めいた追加をを付け加えると、蛇がカエルに勝ち、カエルはナメクジに勝ちナメクジは蛇に勝つという、もう一つの「三すくみ」思想も古来からの日本の庶民の生活の中から生まれてきた、活きた生活の知恵。本当に生きていく上で役立つ真の知恵とは、実生活の中から生まれてくるのでした。その事実を肝に銘じて忘れないようにしたいものですね。
2011年07月17日
コメント(0)
昨日、7月10日(日)の14時から「四つの幸せ塾」の記念すべき第一回目の学びがスタートいたしました。参加されたお二人の大学生と事務局として裏から支援してくれている長男・貴信に衷心より深く、深くお礼申し上げます。サポート・センターのスタッフの方々からも温かな応援の声掛けを頂戴しました。誠に身に余る光栄と、感謝も申し上げたいと思います。笛吹けど踊らずというのがこの種の「世の為、人のため」を標榜する善意の試みですが少数とはいえ、心強い「踊り手」が既にしっかりと拙い吹奏に合わせて下さっている手ごたえを得ております。再度、感謝の言葉を申し述べたいと存じます。親世代に対するボヤキをテーマに雑駁な駄文を縷々と綴っておりますが、今回の「四つの幸せ塾」がテーマとして掲げる、学びを楽しむ!を体感する場の提供こそ大きな意味では最大の「ボヤキ」になるのですが、その辺の意味合いは是非とも一度、我々の学び実践の場に足をお運びの上で銘々が納得していただきたい、そう考えており、大勢の皆様方のご出席を重ねてお願い申し上げます。予約制をとってはおりますが、また一般の社会人の方からは実費を申し受けることになっておりますが当分の間は宣伝期間と心得ておりますので、飛び込み参加は大歓迎。また、懐具合がチョットと躊躇されているニートや、ご家庭の主婦その他、色々なご事情を抱えていらっしゃる皆さん、どうぞご遠慮なさらず出席なさって下さい。次回は7月16日(土)の14時から、一回目と同じJR浦和駅東口の前、パルコ九階サポセン・北ラウンジ奥のH席で開催予定ですので、宜しくご参加のほどお願い申し上げます。また「四つの幸せ塾」の学びは内容や切り口などかなり高度でユニークなものばかりですが、参加してくださる皆さんには殆ど負担が掛からないように工夫を凝らしておりますので、どうぞ普段着で、寄席にでも立ち寄るような気軽さでお出でください。とにかく理屈抜きで楽しい高品質の娯楽、つまりエンターテインメントとお考え下さい。高座の私・草加の爺の芸はまだまだ未熟ですが、皆さん方のご指導ご鞭撻をえて「芸道精進に精を出す」つもりでおりますので、ご協力をお願い致します。草加の爺 謹白 追伸 二回目はシェークスピアの「リア王」を題材とします。ご期待下さい。
2011年07月11日
コメント(0)
人生の半分以上をテレビドラマのプロデューサーとして過ごしてきた私・草加の爺が満を持して現代に問う、新しい試み。資本主義の、金銭万能の、誰も彼もが「利潤追求」の活動に血道をあげている平成の世に、真っ正直に、愚直に只管(ひたすら)「世の為、人のため」になることだけを念じてLet`s ennjoy learning(学びを楽しもう)をスローガンに立ち上げる「四つの幸せ塾」が7月10日(日)に、記念すべき第一回目の授業を開始します。大学生と社会人の数名の参加希望が既に寄せられていますが、どうせなら満員御礼という大盛況で開始したいものと、今回はその宣伝をさせていただきます。一応、予約制をとっておりますが今回は特別中の特別当日の飛び込み参加も大歓迎ですので、どうか奮ってご参加下さい。企業の宣伝のお先棒を担いで「メシ」を食ってきた人間ですが今では心を入れ替えまして、お金の為ではなく純粋に社会奉仕のヴォランティア精神に徹して居りますゆえ、実費徴収がキツイと思われて参加を躊躇なさっておられる方が、もしいらっしゃるようでしたらその旨お申し出下さい。出世払いで将来、世の為・他人の為に還元して下さったらそれで十分。とにかく、騙されたと思って足をJR浦和駅東口前のパルコの九階、サポセン・北ラウンジの奥ミーティング・スペースへお立ち寄り下さいませ。時間は14時に授業開始予定で終了は16時。あなた様の人生が一変する記念すべき「特別の日」になるかもしれませんね。また、今回は都合が付かないけれど次の機会をとお考えの方もどうぞ宜しくお願い致します。あっ、それから授業一回目はテーマとして源氏物語の「柏木の巻」をとりあげますが、何の準備も、予備知識も不用です、どうぞお気軽に、サンダル履きでティーシャツ姿でお越し下さい。懇切丁寧、学びの楽しさの世界をご案内するつもりでおりますので。尚、二回目はシェークスピアの「リア王」を題材とする予定を組んでおります。どうぞ、ご期待下さい。草加の爺 謹白
2011年07月08日
コメント(0)
食物連鎖というものが生物界にありますが海で言えば、植物・動物プランクトンから始まり小型の魚がより大型の魚の餌となり、魚類の食物連鎖の頂点にたとえば鮫などの王者が君臨している。また、陸上では同様の弱肉強食の食物の連鎖が存在し、草食動物を肉食動物が餌とし肉食獣の中では最強のライオンなどが頂点にあり、空からは大鷲などの強者が虎視眈々と獲物である小動物や大小動物の死骸に狙いをつけている。しかし彼ら最強者と言えども死すべき運命を免れることは許されていない。つまりその死体は最小動物であるバクテリアなど微生物によって最終的に始末がつけられている。そうです、食物連鎖は完全なる円環をなしているのです。つまり、大所・高所からみた時には強者も弱者もないのですね。個々の生物は食物連鎖の中で機能や役割を果たしているに過ぎない。お分かりでしょうか?以上、小学生でも知っている様な初歩的な知識をわざわざ開陳したのは何故か?今度は人体の例をあげてみましょうか。ご承知のように人体には頭から手足に至るまで実に様々なパーツがあり、内臓なども本当に複雑微妙な役割が誠に絶妙に配置され、それぞれの機能を発揮し、互いに補完し合っている。どの器官と言えどもそれぞれに大切な役割をはたしているのであって、どの器官が他の器官より優れている、あるいは大切だなどという判断は間違いなのですね。ところで現代人は頭脳に過度な、過大な評価を与え過ぎてはいませんか?私・草加の爺は不当な過信を頭脳に与え過ぎていると考えているのです。如何でしょう。例えば爪一つを取り上げても大切な役割を果たしている訳で、有機体全体を健全快適に保つ上で欠くべからざる「ユニーク」なパーツ。ことほど左様に有機体として完全無欠の私達の人体は、驚くほどに無駄や余分が無い。互いが互いを完全な形で補完し合っている。それでは個人のレベルを離れて社会や国家、国際社会に目を転じてみた時、それらの集団がいかに有機的に不完全にしか機能していないかということは、誰の目にも明らかでしょう。大局的に俯瞰して正当かつ妥当な認識がなされていないこと、偏見や迷信に左右されて、それらを妄信していることが、私達の社会をどれほど住み難くしているか。想像することは容易いこと、児戯に等しいことと、私は主張したいのですが、意のあるところをご理解頂けたでしょうか。
2011年07月06日
コメント(0)
卑近な例で恐縮なのですが、我々が様々な迷信に拘束され、あるいは支配されている見やすい事象として表題の言う所の「美男」・「美女」がどうゆう理由があつて異性たちから注目され持て囃されるのか、についてご一緒に考えてみたいと思います。一口に美男・美女と言いましても、その時々の流行廃りのようなものがあり一概には定義付けできないようですが、まあ顔形が整っていてスタイルが良くて、女性であれば化粧や服装のセンスに優れ男性であれば言葉遣いなども無難で、愛想がよかったり。まあ何となく大勢の異性から好感を持って迎え入れられるタイプの類型が想像できる訳ですね。ところで、これが生物界の子孫繁栄という鉄則とどの様な関連があるのか、浅学菲才にして、あるいは寡聞にして確かなことは分かりません。DNAレベルでより優秀で強力な要素を少しでも後世に残そうとする合理的戦略と、ぴったりと合致する道筋がいまひとつ欠けている、様に私には思われます。そこで次のような仮説を用意してみました。人類という生物は既に生物界の常識を著しく逸脱する奇妙な存在に成り下がっている。それで、異性間の自然な吸引力にも狂いが生じており、その狂い・逸脱を「文化」として代々子孫に継承している内に、生物本来のあり方からすれば「非常に異常な」要素が肥大化を遂げ遂に今日にいたっている。ですから、この仮説に立脚してみると何も美男・美女的な魅力に幻惑され、強く牽制される謂われなど皆無。所謂、ブスもシコメも不細工な男も、もっともっと自分自身に大いなる自信を持って、異性に向き合ったらよろしい、という結論に達するのです。理由のない、劣等感や引け目など感じる、合理的理由などはどこにもありはしない。自信を持って堂々と胸を張って生きてさえいれば、貴方らしい本来の魅力が、言う所の「個性的な美点」が光り輝くに相違ありません。どうでしょうか、どこか可笑しな点がありましたでしょうか。あなたは有難くも、この広い世界でたった一人の独自な、ユニークな、掛けがえのないオンリー・ワンなのですよ。今が流行でないからという理由だけで親から頂戴した貴重な「資源」を、大金を費やしてまで、痛い思いまでして整形手術を施すなどと言った愚かな行為に及ぶ。なんたる愚行、なんという田分け。異性の関心をひきたかったら、あなたが、あなただけが持っているオリジナルで勝負すべきです。人まねや猿真似はダメですね、悲惨すぎる。如何でしょう、ご納得いただけましたか?
2011年07月04日
コメント(0)
所謂、守銭奴という人種について少しばかり考察を加えてみようと思います。何の為に、というご質問の声が聞こえましたので現代人が権威あるものに支配されて自由を奪われている典型的な例として取り上げたのですと、お答えいたしましょう。守銭奴にももしかしたら色々なタイプがあるのかも知れませんが、ここでは分かりやすい形に割り切りをつけて、考えてみたい。ここに登場する一人の守銭奴は非常な金持ちである。ざっと100億ぐらいの銀行預金がある。言う所の大金持ち。しかしながら、彼の日常の生活振りを観察するととてもお金持ちには見えない。極貧生活に甘んじているとしか形容できない。しかし、彼はとても充実した毎日を送っている。我々、本当の貧乏人がこの守銭奴と同じような毎日を送るように強制されたならば、一日たりとも我慢が出来ないだろうというほどの、酷い貧乏生活。彼の内面の充実を支えているのは幾つもある銀行通帳の預金高を示す桁数の多い数字である。かの守銭奴は抽象化された欲望にのみ奉仕する、一種の奴隷と見做すことが可能ですね。そしてこの抽象化された欲望というものには限度が無い。際限なく「欲」を追い求める。お金が貯まれば貯まるほど、更にもっとお金が欲しくなる。まるで飲めば飲むほど喉の渇きが益々激しくなる「渇きを癒さない」水のように、飲めば飲むほどに渇きが増す「魔法の水」。普通、われわれの生理的・感覚的な欲望には限度というものがあり、ある一定のところで飽和状態になるように上手く設定されている。ところが抽象化された欲望には制限がなく、際限も無く欲望の対象をのみ追い求める結果となってしまう。ここが恐ろしい、実に恐ろしい点ですね。早い話が、結論を先取りして申すならば、私達現代に生きる者は多かれ少なかれ、この抽象化された「何らかの欲望」に取り憑かれている「奴隷的な存在」なのではあるまいか、という深い疑念をば私・草加の爺めは胸底に秘めているのでした。であるからこそ、一見したり、仄聞しただけでは誤解、あるいは理解がし難い物言いになるわけですね。しかしいい訳をするわけではありませんが、わたしの文章力や話術の拙さがこうした事態を招いているのではなく、現実の在り様がとても複雑で怪奇なものであることを篤とお考えいただきたいのです、正直な話が。現代人はまた「漠然とした抽象的な不安」に支配されてさえいる。自覚なさっている方、そうでない方まちまちでしょうが、兎に角病的な兆候を明らかに示している、と私・草加の爺には強く感じられる。それは私が変人であったり、ひねくれているからとばかりも断定できない面があるので。とにかく、早期の治療・手当てが必要なのですが、その治療法さえ確立されては居ない。なにしろ当人たちにその自覚すら殆ど無い始末ですから。とても大変な、困った事態なのです。
2011年07月01日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


