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石垣りん
の 第2詩集「表札など」
を持ち出したかぎりは、この詩を案内しないわけにはいきませんね。彼女がひとりの女性として戦後という社会を生きた人であることは、ある時代、例えば 高等学校の国語の教科書
にまで載せられて語られたことが、 2025年の今
、果たして記憶されているのでしょうか?
最近、女性政治家の方が、大日本帝国の行った戦争で亡くなった兵士の方たちが祀られている施設にお参りするのしないのということが話題になっていますが、あの施設にはサイパンや沖縄で亡くなった人たちは祀られているのでしょうか?崖 石垣りん
戦争の終わり、サイパン島の崖の上から次々に身を投げた女たち。
美徳やら義理やら体裁やら何やら火だの男だのに追いつめられて。とばなければならないからとびこんだ。ゆき場のないゆき場所。(崖はいつも女をまつさかさまにする)
それがねえまだ一人も海にとどかないのだ。十五年もたつというのにどうしたんだろう。あの、女。
詩人 が 「皆さん どうかここに居て下さい。」 と呼びかけたのは50年以上も昔のことですが、 詩人 に対しても、 詩人が声をかけたかった人たち にも 「皆さん どうかここに戻って来て下さい。」 呼びかけたい時代ですね。弔詞 石垣りん
職場新聞に掲載された一〇五名の戦没者名簿に寄せて
ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ちあがる。
ああ あなたでしたね。あなたも死んだのでしたね。
活字にすれば四つか五つ。その向こうにあるひとつのいのち。悲惨にとぢられたひとりの人生。
たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。一九四五年三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、ドブの中死んでいた、私の仲間。
あなたはいま、どのような眠りを、眠っているだろうか。そして私はどのように、さめているというのか?
死者の記憶が遠ざかるとき、同じ速度で、死は私たちに近づく。
戦争が終わって二十年。もうここに並んだ死者たちのことを、覚えている人も職場には少ない。
死者は静かに立ちあがる。さみしい笑顔でこの紙面から立ち去ろうとしている。忘却の方へ発(た)とうとしている
私は呼びかける。西脇さん、水町さん、みんな、ここへ戻って下さい。
どのようにして戦争にまきこまれ、どのようにして死なねばならなかつかた。語って下さい。
戦争の記憶が遠ざかるとき、戦争がまた私たちに近づく。そうでなければ良い。
八月十五日。
眠っているのは私たち苦しさにさめているのはあなたたち。行かないで下さい。 皆さん どうかここに居て下さい。
追記
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